(神力住寿品第二十三)

 

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佛所行讚卷第五(亦云佛本行經)

 馬鳴菩薩造

 北涼天竺三藏曇無讖譯

仏の所行の讃 巻の第五(また仏の本行経ともいう)

  馬鳴菩薩造り

  北涼の天竺三蔵 曇無讖訳す

   釈迦一代の本行(ほんぎょう、仏の所行)を説く。

 

 

菴摩羅園にて諸の離車を教化する

神力住壽品第二十三

神力住寿(じんりきじゅうじゅ)品第二十三

菴摩羅園にて離車衆を教化し、彌猴池にて魔王波旬は仏に涅槃を請う。

 爾時鞞舍離  諸離車長者

 聞世尊入國  住菴摩羅園

 有乘素車輿  素蓋素衣服

 青赤黃告F  其眾各異儀

 導從翼前後  爭塗競路前

 天冠袞花服  寶飾以莊嚴

 威容盛明曜  撈彼園林

 除捨五威儀  下車而步進

 息慢而形恭  頂禮於佛足

 大眾圍遶佛  如日重輪光

その時鞞舎離(びしゃり)の、諸の離車(りしゃ)の長者、

世尊国に入りて、菴摩羅(あんまら)園に住すと聞く。

素(しろ)き車輿に乗りて、素き蓋、素き衣服なるもの有り、

青、赤、黄、緑色は、その衆ごとに各々儀を異にす。

導き従い翼(たす)け前後し、

  塗(みち)を争い路を競いて前(すす)み、

天冠と袞花(こんけ)の服は、宝飾を用って荘厳す。

威容盛んにして明曜とし、暉(き)を彼の園林に増しながら、

五威儀を除き捨て、車を下りて歩み進む。

慢(まん)を息めて形恭しく、頂にて仏の足を礼するに、

大衆は仏を囲遶して、日の輪光を重ぬるが如し。

その時、

   鞞舎離国(びしゃりこく)の離車(りしゃ、鞞舎離の貴族種)たちは、

      世尊が、国に入って菴摩羅園(あんまらおん)に住っていると聞いた。

   離車たちは、

      或いは、

         白い車や白い輿(こし)に乗り、白い蓋(かさ)と白い衣服というように、

         その各々の家ごとに青、赤、黄、緑に色をそろえ、

      或いは、前になって導き、

      或いは、後になって従い、

      或いは、左右に翼のように従い、

      道を争い、道を競って前に進む。

      豪華な冠、花模様の上着、種種の宝石に身を飾り、

      その威容の光輝は、彼の園林を明るく照らした。

その時、

   その離車たちは、

      冠、上着、宝石などをすべて捨て去り、

      車を下りて、自らの足で歩き、

      おごり高ぶる気持ちを納めて、

      仏の足に頭を付けて礼をした。

   仏は、

      大勢の弟子たちに、とり囲まれている、

      日のまわりを、輪になった光が幾重にもとり囲むように。

 

  :鞞舎離(びしゃり):国名。

  :離車(りしゃ):鞞舎離国の貴族姓。

  :菴摩羅園(あんまらおん):マンゴー園?菴摩羅女の園?

  :車輿(しゃよ):車と輿(こし)。

  :儀(ぎ):風俗、風采、ようす。

  :天冠(てんがん):天子の冠。

  :袞花(こんけ):袞(こん)は天子の服、花は服に模様のあること。

  :宝飾(ほうじき):宝石の装飾品。

  :威容(いよう):威勢ある容貌。

  :明曜(みょうよう):明るく輝く。

  :暉(き):日の光。

  :五威儀(ごいぎ):国王の五つの飾り。剣、蓋、宝冠、払子、履。(増一阿含経巻第51大愛道般涅槃分品第五十二第八経参照)

  :慢(まん):おごり高ぶること。

 離車名師子  為諸離車長

 コ貌如師子  位居師子臣

 滅除師子慢  受誨釋師子

 汝等大威コ  名族美色容

 能除世憍慢  受法以摶セ

 財色香花飾  不如戒莊嚴

離車の師子と名づくるは、諸の離車の長たり、

徳貌は師子の如く、位は師子臣に居れど、

師子の慢を滅除して、誨(おしえ)を釈師子に受く。

『汝等に大威徳あり、名族にて美しき色容あれど、

 よく世の憍慢を除いて、法を受け以って明を増す、

 財、色、香、花飾も、戒の荘厳に如かず。

師子という名の者が、

   離車たちの長であった。

   徳のある容貌は師子のようであり、

   位は大臣の中の師子であったが、

   師子の高ぶりを納めて、

   釈迦族の師子に教を受けた、――

  『あなた方は、

      世間に隠れもなき名族であり、

      立派な容貌をしているにもかかわらず、

      世俗の高慢を捨てて、法を受けようとは、

      増々その輝きに明るさを加えることだろう。

   大きな財力、優れた肉体、香よき花の飾りといえども、

      持戒による荘厳には及びもつかない。

 

  :囲遶(いにょう):取り囲む。

  :徳貌(とくみょう):威徳ある容貌。

  :師子臣(しししん):師子は百獣の王、大臣中の大臣。

  :釈師子(しゃくしし):釈迦族の師子。仏のこと。

  :色容(しきよう):容色。

  :憍慢(きょうまん):高慢。

  :花飾(けじき):花の飾り。

 國土豐安樂  唯以汝等榮

 榮身而安民  在於調御心

 加以樂法情  令コ轉崇高

 非薄土群鄙  而能集眾賢

 當日新其コ  撫養於萬民

 導眾以明正  如牛王涉津

『国土豊かにして安楽なるは、ただ汝等を以って栄ゆるのみ、

 身を栄えて民を安んずるは、心を調御するに在り。

 法を楽しむを以って情に加え、徳をして転た崇高ならしめよ、

 薄土、群鄙に非ざれば、よく衆賢を集めん。

 まさに日にその徳を新にして、万民を撫養し、

 衆を導くには明正を以ってし、牛王の津を渉るが如くなるべし。

  『国土が豊かで安楽であるためには、

     ただ、あなた方が栄えることにある。

   あなた方の身が栄え、

   あなた方の民が安んじるのは、

     ただ、あなた方の心が、

     いかに、調えられ制せられるかにある。

   持戒の法の楽しみを、

     心の底に加えて、

     更に、あなた方の徳を崇高にせよ!

   この国土は、

     やせてもいなければ、辺境でもない、

   必ず、

     多くの賢人たちが集まろう。

   日に日に、

     あなた方の徳を、新にして磨きたて、

     万民を慰撫し養育して、公明正大に人々を導け!

     群がる牛の中の王が、川の浅瀬を択んで他の牛たちをうまく渡すように。

 

  :調御(じょうご):調教と制御。

  :情(じょう):まごころ。こころざし。人の本性が外に現れたもの。

  :薄土(はくど):やせた土地。

  :群鄙(ぐんひ):辺境の地。

  :衆賢(しゅけん):多くの賢人。

  :撫養(ぶよう):慰撫と養育。

  :明正(みょうしょう):公明正大。

  :牛王(ごおう):群牛の王。

  :津(しん):渡し場。

 若人能自念  今世及後世

 唯當脩正戒  福利二世安

 為眾所敬重  名稱普流聞

 仁者樂為友  コ流永無疆

 山林寶玉石  皆依地而生

 戒コ亦如地  眾善之所由

 無翅欲騰虛  渡河無良舟

 人而無戒コ  濟苦為實難

『もし人よく自ら、今世及び後世を念ぜば、

 ただまさに正戒を修すべし。福利ありて二世に安んぜん。

 衆に敬い重んぜらるれば、名称は普く流聞して、

 仁者は楽しんで友と為り、徳は流れて永く疆(かぎり)無けん。

 山林の宝も玉石も、皆地に依りて生ず、

 戒の徳もまた地の如く、衆善の由る所なり。

 翅(はね)無きに虚に騰らんと欲し、河を渡るに良舟無きがごとく、

 人にして戒の徳無きに、苦を済うは実に難しと為す。

  『もし、

      人が、自らの今世と後世の事を思うならば、

   ただ、

      正しい、持戒を修めるべきである。

   その福利は、

      二世に、その人を安んじることだろう。

   もし、

      人々に、敬い重んぜられたならば、

      あなた方の名称は、世界中に流れ聞こえて、

      立派な人たちは、楽しんで友となり、

      あなた方の徳は、世界中に流れよう。

   譬えば、

      山林の宝石も玉石も、皆地にはぐくまれて生じるように、

   戒の徳も、

      この地と同じように、多くの善い行いを生じるのである。

   譬えば、

      翅(つばさ)が無ければ、空は飛べず、

      良い舟が無ければ、河を渡れないように、

   人も、

      戒の徳が無ければ、苦の海を渡れないのである。

 

  :正戒(しょうかい):正しい戒。

  :福利(ふくり):善行の利得。

  :名称(みょうしょう):立派な名前。

  :流聞(るもん):流れ聞こえる。

  :仁者(にんじゃ):立派な人。

  :戒徳(かいとく):戒の力。徳は力。

  :衆善(しゅぜん):多くの善事。

  :良舟(ろうしゅう):良い舟。

 如樹美花果  針刺難可攀

 多聞美色力  破戒者亦然

 端坐勝堂閣  王心自莊嚴

 淨戒功コ具  隨大仙而征

 染服衣毛羽  螺髻剃鬚髮

 不脩於戒コ  方涉眾苦難

『樹に花果美しうすとも、針刺あらば攀(よ)づべきこと難きが如く、

 多く聞きて色力を美(よ)くすとも、戒を破らばまた然り。

 勝れし堂閣に端坐せば、王が心は自ずから荘厳するがごとく、

 浄戒の功徳具(そな)わらば、大仙に随うて征(ゆ)くなり。

 染めたる服も衣に毛羽あるも、螺髻するも鬚髪を剃るも、

 戒徳を修せざるは、まさに衆苦を渉らんとして難し。

  『譬えば、

      樹上の花や果実が、何れほど美しかろうと、

      その樹に刺や針が有れば、よじ登ることができないように、

   人が、

      多くの事を聞いて、智慧があり、

      肉体もその力も、何れほど立派だったとしても、

      戒を破れば、皆同じように意味がないのである。

   譬えば、

      勝れた堂閣に、身を正して坐っていれば、

      王の心は、自ずから荘厳されるように、

   人が、

      浄戒の功徳を、身に備えていれば、

      心は自ずから仏の後に随い、苦を滅ぼしに征くのである。

   例えば、

      染めた服の比丘であろうと、

      毛と羽で飾りたてた俗人であろうと、

      巻き貝のように髪を結った仙人であろうと、

      髪と髭とを剃った比丘であろうと、

   戒の徳を修めなければ、

      苦の海を渡れないのである。

 

  :花果(けか):花と果実。

  :針刺(しんし):針ととげ。

  :色力(しきりき):肉体とその力。

  :端坐(たんざ):姿勢を正して坐ること。

  :浄戒(じょうかい):生活を浄く保つこと。不殺、不盗、不邪淫、不妄語、不飲酒の五戒。

  :大仙(だいせん):仏。道を行じて長生を求むるを仙といい、仏子は仙中の極尊なるが故に大仙という。

  :螺髻(らけい):髪を巻き貝のように結うこと。仙人の髪型。

  :鬚髪(しゅほつ):髪とひげ。

  :衆苦(しゅく):多くの苦。

 日夜三沐浴  奉火修苦行

 遺身穢野獸  赴水火投巖

 食果餌草根  吸風飲恒水

 服氣以絕糧  遠離於正戒

 習斯禽獸道  非為正法器

 毀戒招誹謗  仁者所不親

 心常懷恐怖  惡名如影隨

 現世無利益  後世豈獲安

『日夜に三たび沐浴し、火を奉じて苦行を修め、

 身を穢れし野獣に遺し、水火に赴いて巌より投じ、

 果(このみ)を食い草の根を餌(く)い、風を吸うて恒水を飲み、

 気を服(の)み以って糧を絶ちて、正戒に遠離す。

 かかる禽獣の道に習うは、正法の器たるに非ず、

 戒を毀(こぼ)ちて誹謗を招くは、仁者の親しまざる所なり。

 心に常に恐怖を懐けば、悪名は影の如く随い、

 現世には利益無く、後世にも豈(あに)安んずることを獲んや。

  『例えば、

      日夜に三たび沐浴することも

      火の神に仕えて苦行を修めることも、

      身を穢れた野獣に与えることも、

      水や火に入って崖の上から身を投げることも、

      果実を食って草の根をかじることも、

      風を吸って恒河の水を飲むことも、

      気を服(の)んで糧を絶つことも、

   皆、

      正戒には、遠く離れていている。

   これは、

      禽獣の道であり、それを何れほど習っても、

      正法を受ける器になることはない。

   戒を破れば、

      人の誹謗を、自ら招き、

      立派な人は、誰も親しもうとしない。

      心には、常に恐怖を懐き、

      悪名は、影のようにつき随う。

      現世にさえ、何の利益も無いものを、

      後世に、何うして安んじられるだろう。

 

  :沐浴(もくよく):髪を洗って身をすすぐこと。

  :恒水(ごうすい):恒河(ごうが、ガンジズ河)の水。

  :正戒(しょうかい):正しい戒。浄戒。

  :正法(しょうぼう):正しい法。悪道に堕するを畏れて浄戒を持つこと。

  :恐怖(くふ):恐怖。

  :悪名(あくみょう):悪しき名声。

 是故智慧士  當修於淨戒

 於生死曠野  戒為善導師

 持戒由自力  此則不為難

 淨戒為梯蹬  令人上昇天

 建立淨戒者  斯由煩惱微

 諸過壞其心  喪失善功コ

 先當離我所  我所覆諸善

 猶灰覆火上  足蹈而覺燒

『この故に智慧の士は、まさに浄戒を修むべし、

 生死の曠野に於いて、戒を善き導師と為す。

 持戒は自らの力に由れば、これ則ち難しとは為さず、

 浄戒は梯蹬(たいとう)たり、人をして天に上昇せしむ。

 浄戒を建立するは、これは煩悩の微なるに由り、

 諸の過(とが)その心を壊(やぶ)らば、善功徳を喪失す。

 先にまさに我所を離るべし、我所は諸の善を覆(おお)う、

 なお灰の火上を覆うに、足に蹈みて焼くを覚ゆるがごとし。

  『この故に、

      智慧有る人は、

         浄戒を修めよ!

   生死の曠野に於いては、

      戒こそが、善き導師である。

   持戒は、

      自力のみでできることであり、

      これは困難なことではない。

   浄戒を、

      天に昇る階段だと思え!

   浄戒を持(たも)つためには

      煩悩を薄れさせなくてはならない。

   多くの過失が、

      持戒を失わせ、善い功徳を失わす。

   先に、

      我所(がしょ、わが為を計る心)を離れよ!

   我所は、

      多くの善いものを覆す。

   譬えば、

      灰に覆われた火のように、

      それを蹈んで初めてそれと分かるのである。

 

  :曠野(こうや):広い荒れ野。

  :導師(どうし):導き手。商隊の先導者、船の船長のごとき者。

  :梯蹬(たいとう):はしご。階段。

  :建立(こんりゅう):成就。

  :善功徳(ぜんくどく):善行の力。

  :我所(がしょ):わがもの。わが身心。

 憍慢覆其心  如日隱重雲

 慢怠滅慚愧  憂悲弱強志

 老病壞壯容  我慢滅諸善

 諸天阿修羅  貪嫉興諍訟

 喪失諸功コ  悉由我慢懷

 我於勝中勝  我コ勝者同

 我於勝小劣  斯則為愚夫

 色族悉無常  動搖不暫停

 終為磨滅法  何用憍慢為

『憍慢のその心を覆うこと、日の重き雲に隠るるが如し、

 慢怠とは慚愧を滅ぼし、憂悲は強志を弱め、

 老病は壮容を壊り、我慢は諸善を滅ぼす。

 諸天と阿修羅とは、貪嫉して諍訟を興し、

 諸の功徳を喪失するは、尽く我慢を懐くに由る。

 『われは勝れたる中にも勝れ、わが徳の勝れたるも同じなり』、

 『われは勝れたるに於いて小劣なり』、これ則ち愚夫たり。

 色族は悉く無常なり、動揺して暫くも停らず、

 終に磨滅する法たり、何を用ってか憍慢せんや。

  『慢心は、

      日を覆う厚い雲のように、心を覆って暗くし、

      それから生じる怠慢によって、自らと他人に恥じる心を失わせる。

   憂いと悲しみは、強い意志を弱らせ、

   老いと病は、壮年と容貌を失わせるが、

   慢心も、

      また多くの善いものを滅ぼすのである。

   諸天と阿修羅(あしゅら、悪神)とは、

      貪り嫉んで争いを繰り返し、多くの功徳を喪失しているが、

   これは、

      皆悉く、心に慢心を懐くからである。

      『わたしは、勝れた者の中でも特に勝れ、わたしの力も同じように勝れている。』と思う者も、

      『わたしは、勝れた者にはとても敵わない。』と思う者も、

      これ等は皆、愚か者である。

   肉体を持つ者は、

      悉く、無常なのである。

      揺れ動いて、暫くも止まらず、

      やがては、磨滅するのである。

   それなのに、

      慢心していて、何になろうか?

 

  :憍慢(きょうまん):高慢。慢心。

  :慢怠(まんたい):怠慢。

  :慚愧(ざんき):自ら恥じて他にも恥じること。

  :憂悲(うひ):憂いと悲しみ。

  :強志(ごうし):強いこころざし。

  :老病(ろうびょう):老いることと病むこと。

  :壮容(そうよう):壮年の容貌。

  :我慢(がまん):自らの力を頼んで高慢になること。

  :阿修羅(あしゅら):常に帝釈と戦闘する神。

  :貪嫉(とんしつ):貪欲と嫉妬。

  :諍訟(じょうしょう):争いごと。

  :小劣(しょうれつ):劣ること。

  :愚夫(ぐふ):愚か者。

  :色族(しきぞく):肉体を持つもの。

 貪欲為巨患  詐親而密怨

 猛火從內發  貪火亦復然

 貪欲之熾燃  甚於世界火

 火盛水能滅  貪愛難可消

 猛火焚曠野  草盡還復生

 貪欲火焚心  正法生則難

 貪欲求世樂  樂摯s淨業

 惡業墮惡道  怨無過貪欲

『貪欲は巨患たり、親を詐(たばか)りて怨に密(したし)む、

 猛火は内より発(おこ)り、貪の火もまたまた然り。

 貪欲の熾燃たるは、世界火よりも甚だしく、

 火の盛んなるは水よく滅すれど、貪愛は消すべきこと難し。

 猛火曠野を焚(や)くに、草は尽く還ってまた生ず、

 貪欲の火、心を焚けば、正法の生ずることは則ち難し。

 貪欲もて世の楽を求めば、楽は不浄の業を増す。

 悪業にて悪道に堕せば、怨として貪欲に過ぐるは無し。

  『貪欲は、

      巨大な災難である、

      親しい者を誑かして、敵に親しむような。

   貪欲は、

      自らの、内より起こる猛烈な火であり、

      その猛烈さは、世界を焼き尽くす火よりもなお甚だしい。

   火は盛んであっても、

      水を掛ければ消える、しかし、

   貪欲の火は、

       何を掛けて消そうというのか。

   野火が起こって曠野を焼いても、

      やがて草が尽く生えそろい本のようになる、しかし、

      貪欲の火に焼かれた心には、何のようにして正法を生じさせればよいのか。

   貪欲により、

      世俗の楽しみを求めれば、

      楽しんで、不浄の行いが増そう。

   悪道に墜ちる悪業の中でも、

      貪欲よりも、すさまじい敵は無い。

 

  :貪欲(とんよく):貪ること。

  :巨患(こげん):大きな災難。大きな憂い。

  :親(しん):おや、みうち、父母。

  :怨(うらみ):かたき、敵。

  :猛火(みょうか):猛烈な火。

  :世界火(せかいか):世界の終りに燃える火。劫火。

  :貪愛(とんあい):貪欲と愛執。

  :悪業(あくごう):悪しき行為。

  :悪道(あくどう):地獄、餓鬼、畜生。

 貪則生於愛  愛則習諸欲

 習欲招眾苦  元惡無過貪

 貪則為大病  智藥愚夫止

 邪覺不正思  能令貪欲

 無常苦不淨  無我無我所

 智慧真實觀  能滅彼邪貪

 是故於境界  當修真實觀

 真實觀已生  貪欲得解脫

 見コ生貪欲  見過起瞋恚

 コ過二俱忘  貪恚得除滅

『貪は則ち愛に於いて生じ、愛は則ち諸欲に習う、

 欲に習うは衆苦を招けば、元の悪として貪に過ぐるは無し。

 貪は則ち大病たり、智の薬も愚夫は止む、

 邪覚して正思せずんば、よく貪欲をして増さしむ。

 無常と苦と不浄と、無我と無我所とを、

 智慧もて真実に観るは、よく彼の邪貪を滅す。

 この故に境界に於いては、まさに真実の観を修むべし、

 真実の観すでに生ぜば、貪欲も解脱を得ん。

 徳を見れば貪欲を生じ、過を見れば瞋恚を生ず、

 徳と過と二つながら倶に忘れて、貪と恚と除滅するを得ん。

  『貪欲は、愛執の中に生じ、

   愛執は、対象となる物に従い、

   物に従えば、多くの苦を招く。

   悪の本として、

      貪欲に過ぎるものは無い。

   貪欲は、

      大病である。

   智慧の薬を要するが、

      愚か者は、それを止めようとする。

   邪に覚って、

      正しい思考がなければ、

      貪欲は、増すばかりである。

   無常(一切は無常である)と、

   苦(世間は苦である)と、

   不浄(肉体は不浄である)と、

   無我(霊魂は無い)と

   無我所(身心は無い)。

   智慧でもって、

      この真実を観よ!

   あの邪な、

      貪欲を滅することができよう。

   この故に、

      見る物、聞く物に於いて、

      真実を観なければならないのである。

   真実に観ることができれば、

      貪欲を解脱できよう。

   見る物、聞く物に於いて、

      好もしい所を見れば、貪欲を生じ、

      悪しき所を見れば、瞋恚を生じる。

   好悪を、

      ともに、忘れさり、

      貪欲と瞋恚を、滅除せよ!

 

  :愛(あい):愛執。愛著。執著。

  :諸欲(しょよく):色声香味触、五欲。

  :邪覚(じゃかく):不正なるさとり。

  :正思(しょうし):正しい思考。次の行の無常、苦、不浄、無我、無我所を観察すること。

  :邪貪(じゃとん):不正なる貪欲。

  :境界(きょうがい):色声香味触の五欲。

  :瞋恚(しんに):いかり。

  :除滅(じょめつ):除きほろぼす。

 瞋恚改素容  能壞端正色

 瞋恚翳明目  害法義欲聞

 斷絕親愛義  為世所輕賤

 是故當捨恚  勿隨於瞋心

 能制狂恚心  是名善御者

 世稱善調駟  是為攝繩容

 縱恚不自禁  憂悔火隨燒

 若人起瞋恚  先自燒其心

 然後加於彼  或燒或不燒

『瞋恚は素容を改め、よく端正なる色を壊(やぶ)る、

 瞋恚は明目に翳(かげ)さして、法義を害して聞かんと欲す。

 親愛の義を断絶するは、世の軽賎する所たり、

 この故にまさに恚を捨つべし、瞋心に随うこと勿かれ。

 よく狂恚心を制す、これを善く御する者と名づけ、

 世に善く駟を調うを称えて、これを縄を取る容(かたち)と為す。

 ほしいままに恚りて自ら禁せずんば、憂悔の火に随って焼かる、

 もし人瞋恚を起さば、先に自らその心を焼き、

 然る後、加えて彼に於いて、或いは焼かれ或いは焼かれず。

  『瞋恚すれば、

      本の容貌は失われ、

      端正な顔も台無しになる。

   瞋恚すれば、

      真実を見る目に翳がさし、

      道理を損なって、法を聞こうとし、

      親子の関係を断絶して、世間に軽んじられ賎しめられる。

   この故に、

      瞋恚を捨てよ!

      心に瞋恚を懐いたままでいるな!

   瞋恚に狂った心を制すれば、

      善い御者といわれる。

   世に称えられる善い御者とは、

      善く縄を執るものである。

   瞋恚をほしいままにして、

      自ら禁ずることができなければ、

      憂いと悔やみは、火となってその心を焼こう。

   もし、

      人が瞋恚を起せば、

         先に、自らの心を焼き、

         後に、それに加えて地獄に於いて、

            焼かれることもあり、

            焼かれないこともあろう。

 

  :素容(そよう):もとの容貌。

  :明目(みょうもく):真実を見る目。

  :法義(ほうぎ):道理にかなったことば。正義。

  :瞋心(しんじん):怒りを懐いた心。

  :狂恚心(ごういしん):怒りに狂った心。

  :善御者(ぜんごしゃ):よい御者。

  :駟(し):四頭立ての馬。

  :憂悔(うけ):憂いて悔やむこと。

  :彼(かしこ)に於いて:地獄に於いて。

 生老病死苦  逼迫於眾生

 復加於恚害  多怨復揄

 見世眾苦迫  應起慈悲心

 眾生起煩惱  摧無量差

 如來善方便  隨病而略說

 譬如世良醫  隨病而投藥

『生老病死の苦は、衆生に逼迫するに、

 また恚害を加うれば、多くの怨にまた怨を増さん、

 世の衆苦迫るを見て、まさに慈悲心を起すべし。』と。

衆生の煩悩を起すには、増微に無量の差あるも、

如来は善く方便して、病に随うて略説す、

譬えば世の良医の、病に随うて薬を投ずるが如し。

  『生老病死の苦は、

      衆生に於いては差し迫った問題である。

   その上さらに、

      衆生に瞋恚の害を加えれば、

      多くの敵に加えて、更に多くの敵が増そう。

   世の人々には、

      多くの苦が迫っている、

      それを見て慈悲心を起せ!』

衆生は、

   煩悩を起すにも種種さまざまあり、

   多い少ないにも無量の差がある。

仏は、

   善く方便し、病に応じた法を説く。

譬えば、

   世の良医が、病に応じて薬を投ずるように。

 

  :恚害(いがい):恚りて害すること。

  :増微(ぞうみ):多いと少ないと。

  :良医(ろうい):良い医者。

 

 

 

 

菴摩羅女の供養を受けおわり、彌猴池の側で魔王の請を受ける

 爾時諸離車  聞佛所說法

 即起禮佛足  歡喜而頂受

 請佛及大眾  明日設薄供

その時、諸の離車、仏の説く所の法を聞き、

即ち起ちて仏の足に礼し、歓喜して頂に受け、

仏及び大衆に請う、『明日、薄供を設けん。』

その時、

   諸の離車たちは、

      仏の説く法を聞き、

      歓喜して仏の足を頂に受け、

      仏と大勢の比丘たちに、こう請うた、――

     『明日は、ささやかながら供養を設けたいと思います。』

 

  :大衆(だいしゅ):大勢の僧衆。

  :薄供(はくく):少しばかりの供養。

 佛告諸離車  菴摩羅已請

 離車懷感愧  彼何奪我利

 知佛心平等  而起隨喜心

 如來善隨宜  安慰令心ス

 伏化純熟歸  如蛇被嚴咒

仏は諸の離車に告ぐ、『菴摩羅すでに請えり。』

離車は感愧を懐く、『彼は何んがわが利を奪える。』

仏の心は平等なるを知りて、随喜心を起せ!

如来は善く宜しきに随いて、安慰し心をして悦ばしむ、

化に伏し純熟して帰すこと、蛇の厳咒を被るが如し。

仏は、諸の離車たちに告げた、――

  『すでに菴摩羅が請うている。』

離車たちは、面目を失って傷ついた、――

  『菴摩羅は、何のつもりで我々の権利を奪うのか?』

離車たちよ、

   仏の心は平等であると知り、菴摩羅の幸運を喜ぶのだ!

仏は、

   皆に相応しい道を説き、

   安んじ慰めて、その心を悦ばせる。

離車たちは、

   教を受けて心が静まった、

   蛇が厳しい咒(まじない)を受けたように。

 

  :菴摩羅(あんまら):菴摩羅園の女地主、摩竭陀国瓶沙王の妃。菴摩羅女。

  :感愧(かんき):傷ついて恥ずかしく思う。きずつくこと。

  :随喜心(ずいきしん):他人の幸福を喜ぶこと。

  :安慰(あんに):安心させて慰める。

  :化(け):教えて心を変化させる。化導。教化。

  :純熟(じゅんじゅく):まごころが熟すること。

  :帰(き):服従すること。帰依。

  :厳咒(ごんじゅ):きびしい呪い。

 夜過明相生  佛與大眾俱

 詣菴摩羅舍  受彼供養畢

 往詣毘紐村  於彼夏安居

夜過ぎて明相生ず。仏は大衆と倶に、

菴摩羅の舎(いえ)に詣(いた)り、彼の供養を受けおわり、

毘紐(びちゅう)村に往詣し、彼(かしこ)に於いて夏安居す。

夜が過ぎて明るみが生じた。

仏は、

   大勢の比丘たちと共に、

   菴摩羅の舎(いえ)で供養を受け、

その後、

   毘紐村(びちゅうそん)に往き、

   そこで夏安居(げあんご、雨季に精舎で疲れを休めること)した。

 

  :明相(みょうそう):明るみ。

  :往詣(おうげい):ある所をめざして到着すること。

  :毘紐村(びちゅうそん):毘紐は自在天の別名。自在天を祠る村。

  :夏安居(げあんご):旅ができない雨季の三ヶ月間、比丘は各地に点在する寺院にて旅の疲れを休め、学問と禅定と戒律の生活にはげんだ。雨季は夏に相当するので夏安居という。

 三月安居竟  復還鞞舍離

 住獼猴池側  坐於林樹間

 普放大光明  以感魔波旬

 來詣於佛所  合掌勸請言

 昔尼連禪側  已發真實要

 我所作事畢  當入於涅槃

 今所作已作  當遂於本心

 時佛告波旬  滅度時不遠

 卻後三月滿  當入於涅槃

三月の安居おわり、また鞞舎離に還る。

彌猴(みこう)池の側(ほとり)に住りて、林樹の間に坐し、

普く大光明を放ちて、以って魔波旬(はじゅん)に感ぜしむ。

仏の所に来詣し、合掌し勧請して言わく、

『昔尼連禅(にれんぜん)の側に、すでに真実の要を発したまわく、

 『わが作す所の事おわらば、まさに涅槃に入るべし。』と。

 今作す所すでに作したまい、まさに本心を遂げたもうべし。』

時に仏波旬に告ぐらく、『滅度の時は遠からず。

 却(しりぞ)きし後三月満ちなば、まさに涅槃に入るべし。』

仏は、

   三月の夏安居が過ぎると、また鞞舎離に還り、

   彌猴(みこう)池の側(ほとり)で、林樹の間に坐り、

   普く大光明を放った。

魔王波旬(はじゅん)は、

   その光に感ずると、わざわざ仏の所に来て、

   合掌すると、こう請うた、――

  『昔、

      尼連禅河(にれんぜんが)の側で、こう誓われた、――

     『わたしは作すべき事を作しおわり、その後に涅槃に入ろう。』と。

   今、

      作すべき事は、すべて作しおわられた。

      そろそろ本心を遂げる時ではなかろうか?』

その時、

   仏は波旬にこう教えた、――

     『その時は近い。今から三月の後、涅槃に入ることになろう。』

 

  :彌猴池(みこうち):猿の住む池の意。鞞舎離国菴摩羅園の側の精舎。天竺五大精舎の一。

  :波旬(はじゅん):魔王の名。

  :感(かん):感応させる。

  :来詣(らいけい):ある所にわざわざ来ること。

  :勧請(かんじょう):請うて勧めること。

  :滅度(めつど):生死の苦を滅して彼岸に渡ること。涅槃。

 時魔知如來  滅度已有期

 情願既已滿  歡喜還天宮

 如來坐樹下  正受三摩提

 放捨業報壽  神力住命存

 以如來捨壽  大地普震動

 十方虛空境  周遍大火然

 須彌頂崩頹  天雨飛礫石

 狂風四激起  樹木悉摧折

 天樂發哀聲  天人心忘歡

時に魔は如来の、滅度のすでに期(ご)有るを知り、

情願すでに満てりと、歓喜して天宮に還る。

如来樹下に坐して、三摩提(さんまだい)を正受し、

業報の寿を放捨して、神力もて命の存するに住す。

如来の寿を捨つるを以って、大地は普く震動し、

十方の虚空の境は、周遍して大火然(も)ゆ。

須弥(しゅみ)の頂は崩頽して、天は雨ふらして礫石を飛ばす。

狂風四もに激しく起こりて、樹木も悉く摧折し、

天楽は哀声を発して、天人は心に歓(かん)を忘る。

その時、

   魔王は、

      仏は近く涅槃に入ると知り、

      心願が今叶ったと、歓喜して天宮に還った。

   仏は、

      樹の下に坐った。

      一切を、心の明鏡に映し出して、

      三昧(さんまい、澄み切った心境)に入った。

      業報によって得た寿は、すでに捨て去られた。

      今は、神通力によって命を住めているのみである。

すでに、

   仏は、寿を捨てた。

   大地は普く震動して、十方の虚空の辺には大火が燃えさかる。

   須弥山(しゅみせん)の頂は崩壊して、天は雨のように小石を飛ばす。

   狂風が四方より起こり、樹木は悉く摧け折れる。

   天の楽人は哀しみの声を挙げ、天人は心に歓びを忘れる。

 

  :期(ご):期限。

  :情願(じょうがん):心からの願い。

  :天宮(てんぐう):天の宮殿。

  :三摩提(さんまだい):心が波立たず乱れないこと。三昧。

  :正受(しょうじゅ):明鏡の如く無心に物を現わすこと。禅定。

  :業報(ごうほう):善悪の業のむくい。

  :周遍(しゅうへん):周囲あまねく。

  :須弥(しゅみ):世界の中心にそびえる高山。

  :崩頽(ほうたい):崩壊。

  :礫石(りゃくしゃく):小石。

  :狂風(ごうふう):狂風。

  :摧折(ざいしゃく):くだき折る。

  :天楽(てんがく):天の楽人。

  :哀声(あいしょう):哀しみの声。

  :歓(かん):歓楽。

 佛從三昧起  普告諸眾生

 我今已捨壽  三昧力存身

 身如朽敗車  無復往來因

 已脫於三有  如鳥破卵生

仏は三昧より起ちて、普く諸の衆生に告ぐらく、

『われ今すでに寿を捨て、三昧力もて身を存す、

 身は朽敗せる車の如く、また往来の因無し。

 すでに三有を脱るること、鳥の卵を破りて生ずるが如し。』

仏は、

   三昧より起つと、普く諸の比丘たちにこう告げた、――

  『わたしは今、すでに寿を捨てた。この身は三昧の力で保っているのである。

   わたしの身は、すでに朽ち廃れた車のように、往来に耐える物ではない。

   わたしは、すでに生死を脱れたのだ。ちょうど鳥が卵を破って生まれたように。』

 

  :朽敗(くはい):朽ちて破損する。

  :三有(さんぬ):欲界、色界、無色界の総称。生死の境界。

 

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