(菴摩羅女見仏品第二十二)

 

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仏は王舎城を発ち、城市ごとに説法して毘舎離国の菴羅林に至る

菴摩羅女見佛品第二十二

菴摩羅女見仏(あんまらにょけんぶつ)品第二十二

毘舎離にて菴摩羅女(あんまらにょ)を化し、その供養を受ける。

 世尊廣化畢  而生涅槃心

 發於王舍城  詣巴連弗邑

 到已住於彼  娑吒利支提

 彼是摩竭提  邊邑附庸國

 國主婆羅門  多聞明經典

 瞻相土安危  國之仰觀師

 摩竭王遣使  敕告彼仰觀

 命起於牢城  以備於強鄰

 世尊記彼地  天神所保持

 於中起城郭  永固不危亡

 仰觀心歡喜  共養佛法僧

世尊広く化しおわりて、涅槃の心を生じ、

王舎城を発(た)ちて、巴連弗邑(はれんほつおう)に詣(いた)り、

到りおわりて彼の、婆利支提(ばたりしだい)に住(とどま)る。

彼(かしこ)はこれ摩竭提の辺邑、附庸の国にして、

国主の婆羅門は、多聞にて経典に明るく、

土の安危を瞻相する、国の仰観の師なり。

摩竭(まかつ)王使いを遣わし、勅して彼の仰観に告げ、

命じて牢城を起さしめ、以って強鄰に備う。

世尊彼の地を記すらく、『天神の保持する所なり、

 中に於いて城郭を起つれば、永く固うして危亡せざらん。』

仰観心に歓喜して、仏法僧に供養せり。

仏は、

   広く、教化して、

      為すべきことは、すべて為しおえ、

   王舎城を発(た)って、華子城に到り、

      華子城の供養塔に住(とど)まった。

華子城は、

   摩竭陀(まがだ)国の属国である。

国主の婆羅門は、

   多聞にして聡明、各種の経典に通じ、

   摩竭陀国の安危を占う、占星の師であった。

摩竭陀国の王が、

   使者を遣わして、星を占わせ、

   堅牢な城郭を築いて、近隣の強国に備えさせた。

仏は、

   この地を見て、こう言った、――

  『この地は、天の神に護られ、

   中心には、城郭が起てられている。

   堅固であり、危機も存亡も無かろう。』

占星の師は、

   心より歓喜して、

   仏法僧に供養した。

 

  :涅槃:永遠の静寂を得ること。肉体の死。

  :王舎城:摩竭陀(まかだ)国の王都。邑は周辺の城。

  :巴連弗邑(はれんほつおう):華子城と訳す。王舎城近辺の摩竭陀国の第二王都。

  :婆利(ばたり)支提(しだい):婆利は巴連弗。支提は聖人の供養塔。

  :摩竭提(まかだい):摩竭陀。

  :辺邑(へんおう):王都の周辺の城。

  :附庸(ふよう):属国。庸は小国。諸侯。

  :瞻相(せんそう):観相して占う。

  :仰観(ごうかん):天文を観察して占う。占星術。

  :牢城(ろうじょう):堅牢な城郭。

  :強鄰(ごうりん):近隣の強国。

  :危亡(きもう):危機と存亡。危難に遭いて滅亡する。

  :仏法僧(ぶっぽうそう):仏、仏の法、仏の教団。

 佛出彼城門  往詣恒河濱

 仰觀深敬佛  名為瞿曇門

 恒河側人民  皆出迎世尊

 興種種供養  各嚴船令渡

 世尊以船多  偏受違眾心

 即以神通力  隱身及大眾

 忽從此岸沒  而出於彼岸

 以乘智慧船  廣濟於眾生

 緣斯コ力故  濟河不憑舟

 恒河側人民  同聲唱奇哉

 咸言名此津  名為瞿曇津

 城門瞿曇門  津名瞿曇津

 斯名流於世  歷代共稱傳

仏彼の城門を出で、往きて恒河の浜に詣るに、

仰観は深く仏を敬えるに、名づけて瞿曇の門と為す。

恒河の側(ほとり)の人民は、皆出でて世尊を迎え、

種種の供養を興して、各々船を厳(いまし)めて渡らしむ。

世尊は船多く、偏(ひとえ)に受くれば衆心に違うを以って、

即ち神通力を以って、身及び大衆を隠す。

忽(たちま)ち此の岸に没して、彼の岸に出で、

智慧の船に乗るを以って、広く衆生を済(すく)う。

その徳力に縁(よ)るが故に、河を済るに船に憑(たの)まず、

恒河の側の人民は、声を同じうして『奇なるかな』と唱う。

咸(みな)言わく、『この津に名づけん。名づけて瞿曇の津と為さん。』

城門は瞿曇の門、津は瞿曇の津と名づく、

この名世に流れて、歴代共に称し伝えぬ。

華子城の門は、

   仏が恒河の浜に出る門である。

仏を深く敬う占星の師は、

   この門に、瞿曇(くどん、釈迦の姓)の門と名づけた。

恒河の側(ほとり)の人民は、

   皆、仏を出迎えて種種の供養をし、

   各々、自らの船を用意して仏を渡そうとした。

仏は、

   多くの船の中から、一つを選べば、

   多くの人の、心を悲しませるのを思い、

   神通力を用いて、弟子たちと共に、

   瞬時に、向こう岸に渡る。

   智慧の船に乗ることによって、

   広く衆生を済ったのである。

この仏の力により、

   仏は、船に頼らずに河を渡り、

   人民は、声をそろえて、『思いもよらないことだ!』と言い、

   皆は、この渡し場に、瞿曇の渡し場と名づけた。

瞿曇の門と、

瞿曇の渡し場、

   二の名は世間に流れ、

   末代まで語りつがれる。

 

  :恒河(ごうが):ガンジズ河。

  :瞿曇(くどん):釈迦族の姓。

  :津(しん):港。船着き場。

 如來復前行  至彼鳩梨村

 說法多所化  復至那提村

 人民多疫死  親戚悉來問

 諸親疫死者  命終生何所

 佛善知業報  悉隨問記說

 前至鞞舍離  住於菴羅林

如来また前に行きて、彼の鳩梨(くり)村に至り、

法を説いて化する所多く、また那提(なだい)村に至る。

人民多く疫死せるに、親戚悉く来たりて問わく、

『諸親の疫死せる者は、命終りて何所にか生まれたらんや。』

仏善く業報を知りて、悉く問いに随うて記説す。

前(すす)みて鞞舎離(びしゃり)に至り、菴羅(あんら)林に住る。

仏は、

   前に進んで、鳩梨(くり)村に到り、多くの人に法を説いて教化した。

   次の那提(なだい)村に到ると、多くの人民が疫病で死んでいた。

死者の親戚が来て、こう問うた、――

  『疫病で死んだ親戚の者は、命が終って何処に生まれるのですか?』

仏は、

   善く、その死者の行いとその報とを知り、

   悉く、その問いに答えた。

更に、

   前に進んで、毘舎離(びしゃり)城に到り、

   そこの菴羅(あんら、マンゴー)の林に住る。

 

  :鳩梨村(くりそん):村名。

  :那提村(なだいそん):村名。

  :疫死(やくし):流行病にて死ぬ。

  :親戚(しんしゃく):親戚。

  :業報(ごうほう):身口意の行いの報。

  :記説(きせつ):記は決。決定的事実として説く。

  :鞞舎離(びしゃり):毘舎離。離車族の国。

  :菴羅林(あんらりん):菴羅はマンゴー。マンゴー林はよく日差しと雨を遮って住居に適す。

 

 

 

 

菴摩羅女は仏を出迎え、仏は比丘衆に女色の畏るべきを説く

 彼菴摩羅女  承佛詣其園

 侍女眾隨從  庠序出奉迎

 善執諸情根  身服輕素衣

 捨離莊嚴服  自沐浴香花

 猶世貞賢女  潔素以祠天

 端正妙容姿  猶天玉女形

彼の菴摩羅(あんまら)女は、仏のその国に詣れるを承け、

侍女の衆随従して、庠序として出でて奉迎す。

善く諸の情根を執りて、身に軽素なる衣を服(つ)け、

荘厳の服を捨離して、自ら香花に沐浴すれば、

なお世の貞賢なる女の、潔素を以って天を祠るがごとく、

端正にして妙なる容姿は、なお天の玉女の形のごとし。

そこの菴摩羅(あんまら、女人名)女は、

   仏が、この国に来たと聞き、

      大勢の侍女と共に立ち並んで出迎えた。

   善く情根(情欲を起す能力)を抑えて豪華な服を捨て、

      簡素な衣を身に着けて、自ら香花を浮かべた水に沐浴した。

   世の貞潔な賢女が、

      潔らかな白絹を供えて天を祠るように恭しく出迎え、

      端正な容姿は、天の玉女よりも美しい。

 

  :菴摩羅女(あんまらにょ):菴摩羅は菴羅。菴羅樹の女の意。菴羅樹に由り生まれ、摩竭陀国瓶沙王の妃と為る。後に仏に帰依し、菴羅林を供養する。

  :庠序(しょうじょ):整列して。庠も序も学校の意。

  :奉迎(ぶぎょう):恭しく迎える。

  :情根(じょうこん):情欲の根本的能力。

  :軽素(きょうそ):簡素軽薄。

  :捨離(しゃり):捨て去る。

  :荘厳服(しょうごんふく):厳めしく飾った服。

  :沐浴(もくよく):沐は髪を洗い、浴は身体を澡ぐ。

  :貞賢(じょうけん):貞賢。

  :潔素(けっそ):潔らかな白絹。

  :玉女(ぎょくにょ):美女。

 佛遙見女來  告諸比丘眾

 此女極端正  能留行者情

 汝等當正念  以慧鎮其心

 寧在暴虎口  狂夫利劍下

 不於女人所  而起愛欲情

 女人顯恣態  若行住坐臥

 乃至畫像形  悉表妖姿容

 劫奪人善心  如何不自防

 現啼笑喜怒  縱體而垂肩

 或散髮髻傾  猶尚亂人心

 況復飾容儀  以顯妙姿顏

 莊嚴隱陋形  誘誑於愚夫

 迷亂生コ想  不覺醜穢形

仏は遙かに女の来るを見て、諸の比丘衆に告ぐらく、

『この女は極めて端正にして、よく行者の情を留む。

 汝等はまさに正念して、慧を以ってその心を鎮(しず)むべし。

 むしろ暴虎の口、狂夫が利剣の下に在りて、

 女人の所に於いて、愛欲の情を起さざれ。

 女人の恣態を顕すに、もしは行住坐臥に、

 乃(すなわ)ち画像の形に至るまで、悉く妖しき姿容を表し、

 人の善心を劫奪す。如何が自ら防がざる。

 啼笑喜怒を現し、体を縦(ほしいまま)にして肩を垂れ、

 或いは髪を散らして髻(もとどり)傾き、なお人心を乱す。

 況やまた容儀を飾り、以って妙なる姿と顔を顕し、

 荘厳に陋形を隠し、誘いて愚夫を誑かせば、

 迷い乱れて徳想を生じ、醜穢の形を覚らず。

仏は、

   遙かに彼の女が来るのを見て、比丘たちにこう告げた、――

  『この女は極めて美しく、行者の心を惹きつけてやまない、

      お前たちは正念し、智慧によって心を鎮めよ!

   たとえ暴虎の口の中、狂人の利剣の下に在っても、

      女人の所に於いて、愛欲の情を起すよりはましである!

   女人は坐っていようと寝ていようと、たとえ画像であろうと、

      妖しい姿態をさらして、人の善心を奪いさる!

      何うして自ら防がずにおられよう!

   女人は喜怒哀楽を現して、さまざまな媚態を見せ、

      肩を垂してみたり、髪を散らし髻(もとどり)を傾けたりして人の心を乱す!

      まして紅をさして美しく着飾り、妖しい身振りをしてみせれば何うなることか!

   女人は豪華に着飾り、

      賎しい肉体を隠して、愚かな男どもを誑かせば、

      男どもは迷い乱れて、それを素晴らしく思い、

      醜く賎しい肉体については、何も覚らない!

 

  :正念(しょうねん):正しく心にかける。

  :恣態(したい):乱れた姿。

  :行住坐臥(ぎょうじゅうざが):歩く、止まる、坐る、臥せる。立ち居振る舞い。

  :姿容(しよう):容姿。

  :劫奪(ごうだつ):奪い去る。

  :善心(ぜんしん):善事を行う心。

  :啼笑喜怒(たいしょうきぬ):泣く、笑う、喜ぶ、怒る。誘惑の技巧。

  :容儀(ようぎ):容貌と作法。

  :荘厳(しょうごん):形式どおり厳かに飾ること。

  :陋形(るぎょう):むさ苦しい肉体。

  :徳想(とくそう):すばらしい物だと思いこむこと。

  :醜穢(しゅうえ):醜くきたない。

 當觀無常苦  不淨無我所

 諦見其真實  滅除貪欲想

 正觀於自境  天女尚不樂

 況復人間欲  而能留人心

 當執精進弓  智慧鋒利箭

 被正念重鎧  決戰於五欲

 寧以熱鐵槍  貫徹於雙目

 不以愛欲心  而觀於女色

 まさに無常、苦、不浄、無我所を観ずべし、

 その真実を諦見し、貪欲の想を滅除せよ。

 自らの境を正観せば、天女すらなお楽しまず、

 況やまた人間の欲の、しかもよく人心を留むをや。

 まさに精進の弓と、智慧の鋒(やじり)の利き箭を執りて、

 正念の重き鎧を被(き)、五欲と決戦すべし。

 むしろ熱鉄の槍を以って、双目を貫徹せんも、

 愛欲の心を以って、女色を観ぜざれ。

  『無常、苦、不浄、無我を観察し、

      その真実を審らかに見て、貪欲の想いを除き去れ!

   自らの境界を正しく観察すれば、

      天女でさえ、その楽しみとなることはない、

      ましてや人間などに、何うして欲情して心を留めていられよう!

   精進の弓を手に執って、

      智慧の矢尻のついた利い箭(や)をつがえ、

      正念の重い鎧を身につけて、五欲(色声香味触)と決戦せよ!

   たとえ焼けた鉄の槍で双眼を貫かれようと、

      愛欲の心で女人の肉体を観てはならない!

 

  :無我所(むがしょ):無我。我所はわがもの、わが身心をいう。

  :諦見(たいけん):審らかに見る。

  :正観(しょうかん):真実を正しく観察する。

  :精進(しょうじん):休み怠りの無きこと。

  :正念(しょうねん):真実のみを正しく心にかける。

  :五欲(ごよく):欲望をかきたてるもの。色声香味触。

 愛欲迷其心  R惑於女色

 亂想而命終  必墮三惡道

 畏彼惡道苦  不受女人欺

 根不繫境界  境界不繫根

 於中貪欲想  由根繫境界

 猶如二耕牛  同一軛一鞅

 牛不轉相縛  根境界亦然

 是故當制心  勿令其放逸

 愛欲はその心を迷わして、女色に於いてR惑し、

 乱想して命終われば、必ず三悪道に墜ちん、

 彼の悪道の苦を畏れて、女人の欺きを受けざれ。

 根を境界に繋けず、境界を根に繋けざれ、

 中に於ける貪欲の想は、根を境界に繋けるに由ればなり。

 なお二耕牛の、一軛一鞅を同じうすれば、

 牛は転ぜずして相い縛すが如し、根と境界もまた然り。

 この故にまさに心を制し、それをして放逸せしむること勿かれ。』

  『愛欲に心を迷わし、女の肉体に目を眩ませて惑い、

      想念を乱して命を終れば、必ず三悪道(地獄、餓鬼、畜生)に墜ちよう、

      悪道の苦しみを畏れて、女人の欺きを受けてはならない!

      根(眼耳鼻舌身)を境(色声香味触)に繋けてはならない!境を根に繋けるな!

   心中に貪欲の想が起こるのは、根を境に繋けるからである!

   たとえば二頭の役牛が一つの軛(くびき)と一つの鞅(むながい)に繋がれているように、

      互いに縛られていては向きを変えることもできない、

      根と境とも同じことである!

   この故に、

      必ず、心を抑制して放逸にしていてはならない!』

 

  :R惑(げんわく):目をくらまして惑わす。

  :一軛一鞅:軛(やく)は馬のくびき、鞅(おう)はむながい。

 

 

 

 

菴摩羅女に法を説く

 佛為諸比丘  種種說法已

 彼菴摩羅女  漸至世尊前

 見佛坐樹下  禪定靜思惟

 念佛大悲心  哀受我樹林

 端心斂儀容  止素妖冶情

 恭形心純至  稽首接足禮

仏は諸の比丘の為に、種種に法を説きおわるに、

彼の菴摩羅女、漸く世尊の前に至りて、

仏の樹下に坐し、禅定して静かに思惟するを見る。

仏の大悲心に哀れんで、わが樹林を受けたまえと念じ、

心を端(ただ)し儀容を斂(おさ)め、素(もと)の妖冶の情を止めて、

形を恭(つつし)み心純至にて、稽首し足に接して礼す。

仏が、

   比丘たちの為に、このように法を説きおわった頃、

菴摩羅女は、

   ようやく仏の前に進み出た。

彼女は、

   仏が樹の下に坐り、禅定に入って静かに熟慮しているさまを見て、

   仏の大悲心が哀れんで、わたしの樹林を受けてくれるようにと念じ、

   心を端(ただ)し、身を引き締めて本性のなまめかしさを抑え、

   慎ましやかに真心をもって、頭を下げると仏の足に接して礼をした。

 

  :儀容(ぎよう):作法と容貌。

  :妖冶(ようや):なまめかしい。

  :純至(じゅんし):純真の至り。

  :稽首(けいしゅ):頭を相手の足に接する礼法。

 世尊命令坐  隨心為說法

 汝心已純靜  表徹外コ容

 壯年豐財寶  備コ兼姿顏

 能信樂正法  是則世之難

 丈夫宿智慧  樂法非為奇

 女人情志弱  智淺愛欲深

 而能樂正法  此亦為甚難

世尊命じて坐せしめ、心のままに為に法を説かく、

『汝が心はすでに純静、外に徳容を表徹す。

 壮年にて財宝豊かにし、徳を備うるに姿と顔を兼ぬるに、

 よく正法を信じ楽しむは、これ則ち世の難しとするものなり。

 丈夫に智慧を宿して、法を楽しむは奇と為(す)るに非ず、

 女人は情志弱く、智浅くして愛欲深し、

 しかもよく正法を楽しむは、これもまた甚だ難しと為す。

仏は、

   坐るように命じて、心のゆくままに法を説く、――

  『あなたの心は、すでに静まり、

      その徳は外に貫き徹って、その表情に現れている。

   年若くして財宝豊か、姿と顔に徳を兼ね備え、

      その上に正法を信じて楽しむ者、これは世にも得難い。

   立派な男子であれば、智慧を宿して、

      法を楽しむ者も、珍しくはないが、

   女人は意志が弱く、智慧浅く、愛欲が深い、

      その上に正法を楽しむ者、これもまた甚だ得難い。

 

  :純静(じゅんじょう):純真静寂。

  :表徹(ひょうてつ):徹して表に現れる。

  :徳容(とくよう):徳のある容貌。

  :丈夫(じょうぶ):立派な男。

  :情志(じょうし):こころざし、意志。

  :正法(しょうぼう):正しい法。

 人生於世間  唯應法自娛

 財色非常寶  唯正法為珍

 強良病所壞  少壯老所遷

 命為死所困  行法無能侵

 所愛莫不離  不愛而強鄰

 所求不隨意  唯法為從心

 人、世間に生まれんに、ただまさに法のみを自ら娯むべし、

 財と色とは常の宝に非ず、ただ正法のみを珍と為す。

 強良も病に壊(やぶ)られ、少壮も老に遷さる、

 命は死の為に困(くるし)めらるれど、法を行ぜばよく侵すこと無し。

 愛する所も離れざるは莫く、愛せざるも強いて隣(とな)る、

 求むる所は意に随わず、ただ法のみ心に従うと為す。

  『人は、世間に生まれたならば、

      ただ正法のみを、自らの娯みとなすべきである。

   財宝も容色も、常に変らぬ宝ではない、

      ただ正法のみを、珍重すべきである。

   強く勝れた者も、病には勝てず、

      若く盛んな者も、老いれば墓場に遷される。

   命は死によって、苦しめられるが、

      法を行じる者は、侵されることがない。

   愛する者とは、離れなければならず、

      愛さない者とも、強いて隣りあわなければならない。

   求める物は、意のままに得られず、

      ただ法のみが、心のままに得られる。

 

  :強良(ごうろう):強く勝れる。

 他力為大苦  自在力為歡

 女人悉由他  兼懷他子苦

 是故當思惟  厭離於女身

 他の力を大苦と為し、自ら在る力を歓びと為せど、

 女人は悉く他に由り、他の子を懐く苦しみを兼ぬ。

 この故にまさに思惟して、女身を厭離すべし。』

  『他の力を受けることは、大きな苦しみであり、

      自らの力をふるうことは、大きな歓びである。

   女人は、悉くを他によって支配され、

      兼ねて他人の子を懐く苦しみがある。

   この故に、

      まさによく考えて、女人の身を厭い離れよ!』

 

  :思惟(しゆい):よく真実を思いはかること。

  :厭離(えんり):嫌になって離れる。

 彼菴摩羅女  聞法心歡喜

 堅固智摶セ  能斷於愛欲

 即自厭女身  不染於境界

 雖恥於陋形  法力勸其心

 稽首而白佛  已蒙尊攝受

 哀受明供養  令滿其志願

彼の菴摩羅女は、法を聞いて心歓喜し、

智慧の明かりを堅固ならしめて、よく愛欲を断ぜり。

即ち自らの女身を厭うて、境界に染まず、

陋形を恥づといえども、法の力はその心を勧む。

稽首して仏に白(もう)さく、『すでに尊(そん)が摂受を蒙る。

 哀れんで明供養を受け、その志願を満たしめたまえ。』

菴摩羅女は、

   法を聞いて歓喜し、智慧の明かりを堅固にした。

   愛欲を断じて、自らの女身を厭い、

   意は境(色声香味触)の汚れに染まず、

   賎しい女身を恥じらいながらも、法の力によって心を励まされた。

   仏の足に頭を付けて、こう申した、――

  『すでに法を受け、仏の教えは身にしみました。

   この上は哀れみをもって、わたくしの供養をお受けになり、

   わたくしの心よりの願いを、満足させてください。』

 

  :陋形(るぎょう):賎しい肉体。女身。

  :摂受(しょうじゅ):捕らえて受け入れる。仏が衆生を救いあげること。

  :明供養(みょうくよう):真心をこめた供養。

  :志願(しがん):真心からの願い。

 佛知彼誠心  兼利諸群生

 默然受其請  令即隨歡喜

 視聽轉摶セ  作禮而還家

 

佛所行讚卷第四

仏は彼が誠心と、兼ねて諸の群生を利するを知り、

黙然としてその請を受け、即ち随うて歓喜せしむ。

視聴に転た明るみを増すに、礼を作して家に還れり。

 

仏所行讃 巻の第四

仏は、

   彼女の真心を知り、兼ねて諸の群生(ぐんしょう、衆生)を利する為に、

   黙然としてその請いを受け、彼女を喜ばせた。

視聴しているうちに、

   空はだんだん明るさを増し、

   皆は礼をして家に還った。

 

  :誠心(じょうしん):真心。

  :群生(ぐんしょう):衆生。

  :黙然(もくねん):無言は承諾を意味する。

 

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