(破魔品第十三)

 

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魔王は菩薩を怖れ、毒箭を以って迫り脅す

破魔品第十三

破魔(はま)品第十三

菩薩は菩提樹の下で魔を破る。

 仙王族大仙  於菩提樹下

 建立堅固誓  要成解脫道

 鬼龍諸天眾  悉皆大歡喜

 法怨魔天王  獨憂而不ス

 五欲自在王  具諸戰鬥藝

 憎嫉解脫者  故名為波旬

仙王族の大仙、菩提樹の下に於いて、

堅固なる誓いを建立す、要(かなら)ず解脱の道を成ぜんと。

鬼龍と諸の天衆、悉く皆大いに歓喜せるも、

法怨の魔天王、独り憂いて悦ばず。

五欲自在王、諸の戦闘の芸を具えて、

解脱者を憎嫉し、故に名づけて波旬(はじゅん)と為す。

もと王族の、

   大仙(聖者)は、

      菩提樹の下で、

      堅固な誓いを立てた、――

     『必ず、解脱の道を開いてみせよう。』

鬼神、龍王、諸の天衆は、

   悉く皆、大いに歓喜したが、

法の敵、魔天の王は、

   独り、憂えて悦ばなかった。

五欲自在な魔王は、

   諸の戦闘の術を身にそなえ、

   解脱する者を嫉みにくむ。

その故にか、

   魔王の名を、波旬(はじゅん、悪者)という。

 

  :仙王族:仙人にして王族。

  :法怨(ほうおん):法敵。

  :五欲自在王:欲界の主、他化自在天王、また魔王、あるいは天魔ともいう。

  :憎嫉(ぞうしつ):にくみねたむ。

  :波旬(はじゅん):魔王の名。悪者あるいは殺者と訳す。

 魔王有三女  美貌善儀容

 種種惑人術  天女中第一

 第一名欲染  次名能ス人

 三名可愛樂  三女俱時進

 白父波旬言  不審何憂慼

 父具以其事  寫情告諸女

 世有大牟尼  身被大誓鎧

 執持大我弓  智慧剛利箭

 欲戰伏眾生  破壞我境界

魔王に三女有り、美貌と善き儀容とありて、

種種に人を惑わす術は、天女の中の第一なり。

第一を欲染と名づけ、次を能悦人と名づけ、

三を可愛楽と名づく。三女は倶に時に進みて、

父波旬に白して言さく、『不審(いぶかし)何んが憂慼したもうや。』

父は具にその事を以って、情を写(はら)うて諸女に告ぐらく、

『世に大牟尼(むに)有り、身に大誓の鎧を被り、

 大我の弓と、智慧の剛利の箭とを執持して、

 戦いて衆生を伏し、わが境界を破壊せんと欲す。

魔王には、

   顔も形も美しく、

   しぐさもたおやかな、

   三人の女(むすめ)がいた。

三人は、

   長女を欲染(よくぜん)といい、

   次女を能悦人(のうえつにん)といい、

   三女を可愛楽(かあいぎょう)という。

皆、

   種種の術で人を惑わせること、

   天女の中の第一であった。

三人の女は、

   声をそろえて父波旬にこう言った、――

  『おかしなこと!

      お父さまが、憂え悲しんでいらっしゃるなんて。

   何がございましたの?』

父は、

   憂えをはらうと、

   そのわけを、つぶさに語り、

   三人の女に、こう教えた、――

  『世に、

      大牟尼(むに、聖者)が現れた。

   彼は、

      大誓願の鎧を身につけ、

      大我の弓と、

      剛利な智慧の箭とを取り持って、

      おれに戦いをしかけ、

      衆生を屈伏させて、

      おれの世界を破壊しようとしている。

 

  :儀容(ぎよう):よく調った立ち居振る舞い。

  :欲染(よくぜん):魔王の第一女。欲望は真性を汚染するに因む。

  :能悦人(のうえつにん):魔王の第二女。欲望はよく人を悦ばすに因む。

  :可愛楽(かあいぎょう):魔王の第三女。欲望は愛し楽しむべしに因む。

  :憂慼(うしゃく):心配して心を痛める。

  :写情(しゃじょう):情を払い去る。

  :牟尼(むに):仙人、聖者にたいする尊称。

  :大誓(だいせい):一切の衆生を救う大誓願。

  :大我(だいが):一切の衆生を自分と等しく見る。

  :境界(きょうがい):世界。個々人にとっての世界。

 我一旦不如  眾生信於彼

 悉歸解脫道  我土則空虛

 譬如人犯戒  其身則空虛

 及慧眼未開  我國猶得安

 當往壞其志  斷截其橋梁

 執弓持五箭  男女眷屬俱

 詣彼吉安林  願眾生不安

 見牟尼靜默  欲度三有海

 左手執強弓  右手彈利箭

 而告菩薩言  汝利速起

 死甚可怖畏  當修汝自法

 捨離解脫法  習戰施福會

 調伏諸世間  終得生天樂

 われ一旦如かずんば、衆生彼を信じて、

 悉く解脱道に帰し、わが土は則ち空虚ならん、

 譬えば人戒を犯さば、その身は則ち空虚なるが如し。

 慧眼の開かざるに及びて、わが国なお安きを得ん、

 まさに往きてその志を壊し、その橋梁を断截すべし。』と、

弓を執り五箭を持(たも)ちて、男女の眷属と倶に、

彼の吉安林に詣(いた)り、衆生をして安んぜざらしめんと願う。

牟尼の静黙として、三有の海を度せんと欲するを見、

左手に強き弓を執り、右手には利箭を弾きて、

菩薩に告げて言わく、『汝刹利(せつり)よ、速かに起て。

 死は甚だ怖畏すべく、まさに汝自らの法を修むべし。

 解脱の法を捨離し、習い戦うて福会を施し、

 諸の世間を調伏して、終に天に生るる楽を得よ。

   もしも、

      おれが、負けたならば、

      衆生は彼を信じて、悉く解脱の道を得、

      おれには、何にも残らない。

   さいわい、

      智慧の眼は、まだ開いていないので、

      おれの国も、しばらくは安泰であろう。

   すぐに、

      行って、その志をうち壊し、

      その橋梁を、断ち切ってしまおう。』

魔王は、

   手に、弓と五本の箭とを執り、

   吉祥安楽の林にいたり、

   衆生が不安でいるように願いながら、

   牟尼を見た。

菩薩は、

   心を動かさず、

   静かに黙って坐り、

   三有(さんぬ、生死)の海を渡ろうとしている。

魔王は、

   左手に弓を執り、

   右手に箭をつがえて、

   菩薩にこう告げた、――

  『おい王族の者よ!

      速く起ち上がれ!

      死を怖れないのか?

   お前の祖先がしてきたように、お前もせよ!

   解脱の道を求めて何になる、捨ててしまえ!

   常に戦いにあけくれ、天を祠って福を祈れ!

   世界を征服し、天に生れて楽しむがよい。

 

  :五箭(ごせん):五欲、色声香味触を五本の矢に譬える。

  :三有(さんぬ):三界の異名、生死の境界。

  :利箭(りせん):利い矢。

  :刹利(せつり):王族種。

  :怖畏(ふい):おそれはばかる。

  :自法(じほう):王族の習うべき術、戦闘の術。

  :福会(ふくえ):福徳を得るために天を祠ること。

  :調伏(ちょうぶく):征服、柔は法を以ってこれを調え、剛は勢を以ってこれを伏す。

 此道善名稱  先勝之所行

 仙王高宗胄  乞士非所應

 今若不起者  且當安汝意

 慎莫捨要誓  試我一放箭

 罣羅月光孫  亦由我此箭

 小觸如風吹  其心發狂亂

 寂靜苦行仙  聞我此箭聲

 心即大恐怖  惛迷失本性

 況汝末世中  望脫我此箭

 汝今速起者  幸可得安全

 此箭毒熾盛  慷慨而戰掉

 計力堪箭者  自安猶尚難

 況汝不堪箭  云何能不驚

 魔說如斯事  迫脅於菩薩

 この道は善き名称ありて、先勝の行く所なり、

 仙王高宗の胄(よつぎ)なれば、乞士は応ずる所に非ず。

 今もし起たずんば、且(しばら)くはまさに汝が意を安んずべし、

 慎んで要誓を捨てること莫かれ、わが一放箭を試みよ。

 罣羅月光孫も、またわがこの箭に由りて、

 小しく触ること風の吹くが如きにも、その心に狂乱を発せり。

 寂静たる苦行の仙も、わがこの箭の声を聞きしに、

 心即ち大いに恐怖し、昏迷して本性を失えり。

 況や汝末世の中に、わがこの箭を脱れんと望まんや、

 汝今速かに起たば、幸いにも安全を得べし。

 この箭の毒は熾盛なり。慷慨し戦掉して、

 力を計りて箭に堪うれど、自ら安んずることはなお難し。

 況や汝の箭に堪えざるをや、云何がよく驚かざらん。』と、

魔はかくの如き事を説き、菩薩に迫りて脅しにけり。

   この道は名誉があり、

      お前の勝れた祖先も、

      この道を択んだ。

   聖者でもあった王族の末裔に、

      乞食行者はふさわしくない。

   今もし起たなければ、

      したいようにするがよい。

   用心してかかれよ!

      自らの誓願を捨てるなよ!

      おれの放つこの箭を試してみよ!

   月光の孫、罣羅(けいら)もまた、

      おれのこの箭を受けて、

      そよ風がやさしく触れてさえ、

      発狂するほど痛がっておった。

   苦行で心を滅し尽した仙人でさえ、

      この箭のうなりを聞いては、

      心に恐慌を来して、

      昏迷して本性を失っておったぞ。

   ましてや、

      お前なんぞ、末世に生まれた者が、

      おれのこの箭を脱れられると思うのか。

   お前が、

      今すぐ起てば、運がよいわ!

      命をまっとうして、安楽にくらせよう。

   この箭の、

      毒は激しいぞ!

      悲しみ歎いて、振るえおののけ!

   力のある者が、

      箭に堪えられたとて、

      とても楽ではないぞ!

   ましてや、

      お前なんぞに、堪えられるものか!

   お前は、

      何うして、驚かずにいられるのだ?』

魔王は、

   このように、

   菩薩に迫って脅した。

 

  :先勝(せんしょう):先の勝れた者。

  :仙王(せんおう):王族にして仙人、伝説上の釈迦の祖先。

  :高宗(こうしゅう):先祖。

  :要誓(ようぜい):主たる誓い。

  :放箭(ほうせん):放たれたる箭。

  :罣羅月光孫(けいらがっこうそん):神話上の神。『答瓶沙王品第十一』の罣羅転輪王と同じ。

  :狂乱(ごうらん):狂い乱れる。

  :寂静(じゃくじょう):煩悩を離れ心が静かなこと、煩悩を離れるを寂、苦患を絶つを静という。

  :惛迷(こんめい):昏迷、思い悩む。

  :末世(まっせ):世界の衰退期。

  :熾盛(しじょう):燃えるように盛ん。

  :慷慨(こうがい):悲しみなげく。

  :戦掉(せんとう):振るえおののく。

  :計力(けりき):力を見積もることができる。力のある。

 

 

 

 

魔軍の異形の類は種種に菩薩に迫り、菩薩は身動きすらしない

 菩薩心怡然  不疑亦不怖

 魔王即放箭  兼進三玉女

 菩薩不視箭  亦不顧三女

 魔王タ然疑  心口自相語

 曾為雪山女  射魔醯首羅

 能令其心變  而不動菩薩

 非復以此箭  及天三玉女

 所能移其心  令起於愛恚

 當更合軍眾  以力強逼迫

菩薩が心は怡然たり、疑わずしてしかも怖れざれば、

魔王は即ち箭を放ち、兼ねて三玉女を進ましむ。

菩薩箭を視ず、また三女も顧みざれば、

魔王はタ然として、心口自ら相い語らく、

『かつて雪山女の為に、摩醯首羅(まけいしゅら)を射て、

 よくその心をして変ぜしめたり、しかも菩薩は動かせず。

 またこの箭および天の三玉女を以ってしても、

 よくその心を移し、愛と恚とに起たしむる所には非ず、

 まさに更に軍衆を合せ、力を以って強いて逼迫すべし。』

菩薩の心は、

   和らぎ悦んで、

   疑わず怖れることもない。

魔王は、

   ついに箭を放ち、

   三人の美しい女を前に進ませた。

菩薩は、

   箭を見つめることもなく、また

   三人の美女を顧みもしない。

魔王は、

   おじけ怖れて、

   心と口とで、自らにこう語り聞かせた、――

  『かつて、

      おれは、

         女神、雪山女(せっせんにょ)の為に、

         大自在天、摩醯首羅(まけいしゅら)を射て、

         彼の心を動かしたことがある。

   しかし、

      菩薩の心を動かせないとは。

   やはり、

      この箭でも、三人の美女でも、

      この菩薩の心を動かして、

         愛と怒とを起させることはできなかったのか!

   ようし、

      軍勢を呼び寄せ、

      力で強く迫ってみよう。』

 

  :怡然(いねん):和らぎ悦ぶ。

  :玉女(ぎょくにょ):玉は美称。美女。

  :タ然(ちゃくねん):おじけ怖れる。

  :雪山女(せっせんにょ):神話上の女神。

  :摩醯首羅(まけいしゅら):大自在天、色界頂天の王。

 作此思惟時  魔軍忽然集

 種種各異形  執戟持刀劍

 戟樹捉金杵  種種戰鬥具

 豬魚驢馬頭  駝牛兕虎形

 師子龍象首  及餘禽獸類

 或一身多頭  或面各一目

 或復眾多眼  或大腹長身

 或羸瘦無腹  或長腳大膝

 或大腳肥[-+(//)] 

 或長牙利爪

 或無頭目面  或兩足多身

 或大面傍面  或作灰土色

 或似明星光  或身放煙火

この思惟を作す時、魔軍は忽然として集まる。

種種各々異形あり、戟(げき、鉾の類)を執り刀剣を持ち、

戟、樹、金杵の、種種の戦闘の具を捉る。

猪、魚、驢、馬の頭に、駝、牛、兕(じ、犀の類)、虎の形、

師子、龍、象の首、および余の禽獣の類。

或は一身に多頭あり、或は面に各一目あり、

或はまた衆多の眼あり、或は腹大きくして長身、

或は羸痩(るいそう)して腹無く、或は脚長うして膝大きく、

或は脚大きくして腨(せん、ふくらはぎ)肥え、

或は牙(が、歯)長うして爪利(するど)く、

或は頭目面に無く、或は両足に多身あり、

或は大面に傍面あり、或は灰土の色を作し、

或は明星の光に似、或は身に煙火を放つ。

このように考えた時、

   いつのまにか、

      魔の軍勢が集まっていた。

種種、

   異形の者たちが、

     各々、手に手に種種の武具をとり持っている。

ある者は、

   或は、戟(げき、二股の槍)を執り、

   或は、刀剣を執り、

   或は、樹(たちき)を執り、

   或は、金杵(こんしょ、金棒)を執り、

ある者は、

   或は、猪の頭、魚の頭、驢の頭、馬の頭、

   或は、駱駝の身体、牛の身体、犀の身体、虎の身体、

   或は、獅子の首、龍の首、象の首、

   或は、その他の禽獣の類に至るまで、

   或は、一身に多くの頭、

   或は、一面ごとに一つの目、

   或は、一面に多くの眼、

   或は、大きな腹に長い身体、

   或は、痩身に腹は無く、

   或は、長い脚に大きな膝、

   或は、大きな脚に肥えたふくらはぎ、

   或は、犬歯が長く爪が鋭い、

   或は、頭、目、面が無く、

   或は、二本の足に多くの身体、

   或は、大きな面に両脇にも面があり、

   或は、灰土色をして、

   或は、明星の光に似る、

   或は、身から煙火を放つ。

 

  :忽然(こつねん):ふっといつのまにか。

  :戟樹(げきじゅ):地に種えられた戟。

  :金杵(こんしょ):金属のきね。

  :衆多(しゅた):多い。

  :羸痩(るいそう):やせ衰える。

  注:[-+(//)]は他本に従って腨に改める。

 或象耳負山  或被髮裸身

 或被服皮革  面色半赤白

 或著虎皮衣  或復著蛇皮

 或腰帶大鈴  或縈髮螺髻

 或散髮被身  或吸人精氣

 或奪人生命  或超擲大呼

 或奔走相逐  迭自相打害

 或空中旋轉  或飛騰樹間

 或呼叫吼喚  惡聲震天地

或は象の耳に山を負い、或は髪を裸身に被(こうむ)り、

或は皮革を被服して、面色は赤白半ばす、

或は虎の皮の衣を著け、或はまた蛇の皮を著け、

或は腰に大鈴を帯び、或は縈髪(ようはつ)螺髻(らけい)、

或は髪を散らして身に被り、或は人の精気を吸い、

或は人の生命を奪い、或は超擲(ちょうちゃく)して大いに呼び、

或は奔走し相い逐うて、迭(たがい)に相い打害し、

或は空中に旋転し、或は樹間を飛騰し、

或は呼び叫び吼え喚いて、悪声は天地を震わす。

   或は、象の耳で山を背負い、

   或は、髪を裸身にまとい、

   或は、皮革の衣をぴったり身にまとい、

   或は、半身は赤で半身は白、

   或は、虎の皮の衣を身に着け、

   或は、蛇の皮を着る、

   或は、腰に大きな鈴をさげ、

   或は、もつれた髪をうずたかく結い上げ、

   或は、髪を散らして身に纏い、

   或は、人の精気を吸い、

   或は、人の命を奪い、

   或は、遥か遠くに投げうって大声で叫び、

   或は、走り回り追いかけ回して殺し合い、

   或は、空中で飛び回り、

   或は、樹の間を飛び回り、

   或は、呼び叫び吼え喚いて悪声が天地を震わす。

 

  :被服(ひふく):被はかぶる、服はぴったり身に着ける。

  :縈髪(ようはつ):糸がもつれたような髪。

  :螺髻(らけい):巻き貝のような髪型。

  :超擲(ちょうちゃく):遥か遠くになげうつ。

  :打害(だがい):打ち殺す。

 如是諸惡類  圍遶菩提樹

 或欲擘裂身  或復欲吞噉

 四面放火然  煙焰盛衝天

 狂風四激起  山林普震動

 風火煙塵合  K闇無所見

 愛法諸天人  及諸龍鬼等

 悉皆忿魔眾  瞋恚血淚流

 淨居諸天眾  見魔亂菩薩

 離欲無瞋心  哀愍而傷彼

 悉來見菩薩  端坐不傾動

 無量魔圍繞  惡聲動天地

 菩薩安靖默  光顏無異相

 猶如師子王  處於群獸中

 皆歎嗚呼呼  奇特未曾有

かくの如き諸の悪類、菩提樹を囲遶して、

或は身を擘裂せんと欲し、或はまた呑噉せんと欲す。

四面は火を放って然(も)え、煙と焔は盛んに天を衝く、

狂風四(よも)に激しく起りて、山林普く震動し、

風火は煙塵を合せて、黒闇して見る所無し。

法を愛する諸の天人、および諸の龍鬼等は、

悉く皆魔衆を忿りて、瞋恚の血涙流る。

淨居の諸の天衆は、魔の菩薩を乱せるを見、

離欲無瞋の心に、哀愍して彼を傷み、

悉く来たりて菩薩を見るに、端坐して傾動せず、

無量の魔囲遶して、悪声は天地を動かせども、

菩薩は安靖として黙し、光顔に異相無くして、

なお師子王の、群獣中に処するが如し。

皆は嗚呼と呼(さけ)びて、奇特の未曽有なるを歎ず。

このように、

   諸の醜悪の類は、

      菩提樹を取り巻いて、

      或は、菩薩の身を引き裂こうとし、

      或は、呑み込んで食おうとした。

   四面は、

      火を放って然えさかり、

      煙と焔は盛んに天を衝く。

   強風が、

      四方から激しく吹きつけ、

      山林はあまねく震動する。

   風と火とは、

      煙塵を合せ、

      辺りを真っ暗闇にした。

法を愛する

   諸の天人、および諸の龍王鬼神等は、

      悉く皆、魔界の衆にいきどおり、

      怒りの為に、血の涙を流した。

淨居天の、

   諸の天衆は、

      魔の衆が菩薩を乱すのを見て、

      欲を離れて怒りの心が無いはずなのに、

      菩薩を哀れんで心を傷つけ、

   悉く、

      来て様子をうかがった。

   菩薩は、

      静かに身を正して坐り、

      微動だにしない。

   無量の、

      魔の衆がとり囲み、

      悪声が天地を動かしている。

   菩薩は、

      静かに沈黙する。

      光顔(こうげん)は、

         静かに安らぎ、

         それ以外の表情は無い。

   まるで、

      師子王が、群獣の中にいるように。

   皆は、

      『ああ、ああ。』と嘆声をあげて、

      今まで見たこともない様子に感じ入った。

 

  :悪類(あくるい):醜悪なる類。

  :擘裂(びゃくれつ):引き裂く。

  :呑噉(どんたん):呑込んで食う。

  :淨居(じょうご):淨居天、色界の第四禅天。欲を離れ怒りの心が無い。

  :瞋恚(しんに):怒り。

  :離欲無瞋(りよくむしん):欲望を離れて怒りが無い、淨居天の心。

  :哀愍(あいみん):哀れむ。

  :端坐(たんざ):姿勢を正して坐る。

  :傾動(きょうどう):身動きする。

  :安靖(あんじょう):静かに安んじる。

  :光顔(こうげん):明るく耀く顔。

  :異相(いそう):普段と異なる顔色。

  :嗚呼(おこ):ああという嘆声。

  :奇特(きどく):奇妙にして独特。

  注:未曽有(みぞう):未だかつて有らず。

 魔眾相驅策  各進其威力

 迭共相催切  須臾令摧滅

 裂目而切齒  亂飛而超摧

 菩薩默然觀  如看童兒戲

 眾魔益忿恚  倍撈D鬥力

 抱石不能舉  舉者不能下

 飛矛戟利槊  凝虛而不下

 雷震雨大雹  化成五色花

 惡龍蛇噀毒  化成香風氣

 諸種種形類  欲害菩薩者

 不能令傾動  隨事還自傷

魔衆は相い駆策して、各々その威力を進め、

迭(たがい)に共に相い催切し、須臾にして摧滅せしめんと、

裂目して切歯し、乱れ飛んで超え摧かんとすれど、

菩薩は黙然として観、童児の戯るるを看るが如し。

衆魔益々忿恚して、倍して戦闘力を増さんと、

石を抱けども挙ぐること能わず、挙げたるは下ろす能わず、

矛戟利槊を飛ばすも、虚に凝(こご)りて下らず、

雷は震え、大雹を雨ふらせど、化して五色の花と成り、

悪しき龍蛇は毒を噀(は)けど、化して香風の気と成る。

諸の種種の形類、菩薩の害せんと欲せども、

傾動せしむる能わずして、事の随い還って自らを傷む。

魔の衆は、

   たがいに追い立てあって、各々その軍勢を進めた。

   たがいにうながしせき立てて、あっという間に砕いて粉々にしようとし、

   裂けるほどに目を見開いて歯がみし、乱れ飛んで速かに砕こうとした。

菩薩は、

   ただ黙って観ていた。

まるで、

   幼い子供が戯れるのを見守るように。

魔の衆は、

   ますますいきり立ち、

   戦闘力を倍増した。

しかし、

   石を抱えた者は、挙げることができず、また挙げた石を下すこともできず、

   短槍、二股槍、長槍を飛ばせば、空中に凝り固まって下りてこない。

   雷を震わせ大きな雹を雨ふらせば、化して五色の花に変り、

   醜悪な龍や蛇が毒を吐けば、風の中に化して香気と成る。

諸の、

   種種の形の類が、

      菩薩を殺そうとするが、身動きすらさせることができず、

      事事に還って自らを傷つけた。

 

  :駆策(くさく):追い立てる。

  :威力(いりき):他を怖れさせる力、軍勢。

  :催切(さいせつ):うながしせまる、せき立てる。

  :須臾(しゅゆ):わずかの間。

  :摧滅(さいめつ):砕いて粉々にする。

  :裂目(れつもく):眼を見開く。

  :切歯(せっし):歯を食いしばる。

  :童児(どうに):子供。

  :忿恚(ふんに):いきどおる。

  :矛(む):ほこ、短槍。長い木柄に柳葉状の金属の刃物をもつ。

  :戟(げき):ほこ、二股槍。矛の刃が二股のもの。

  :槊(さく):ほこ、長槍。矛の特に長いもの。

  :形類(ぎょうるい):異形の類。

 魔王有姊妹  名彌伽迦利

 手執髑髏器  在於菩薩前

 作種種異儀  婬惑亂菩薩

 如是等魔眾  種種醜類身

 作種種惡聲  欲恐怖菩薩

 不能動一毛  諸魔悉憂慼

魔王に姉妹有りて、名を弥伽迦利(みかがり)という、

手に髑髏の器を執りて、菩薩の前に在り、

種種の異儀を作し、婬(たわむ)れて菩薩を惑乱す。

かくの如き等の魔衆、種種の醜類の身にて、

種種に悪声を作し、菩薩を恐怖せしめんと欲すれど、

一毛だに動かす能わざれば、諸魔悉く憂慼せり。

魔王に、

   姉妹がいた、弥伽迦利(みかかり)という。

彼女は、

   手に髑髏の杯を執って、菩薩の前に現れ、

   種種に妖しいしぐさで、菩薩にたわむれ惑乱しようとする。

このように、

   魔の衆は、

      種種に醜い身でもって、悪声をたて、

      菩薩を恐怖させようとしたが、

      菩薩の、一毛だに動かすことができず、

      悉く、憂えて悲しんだ。

 

  :弥伽迦利(みかかり):魔王の姉妹。

  :異儀(いぎ):異教の儀式。

  :醜類(しゅうるい):醜悪なる類。

  :憂慼(うしゃく):憂いて心を痛める。

 

 

 

 

負多神、道理を説いて魔軍を退却させる

 空中負多神  隱身出音聲

 我見大牟尼  心無怨恨想

 眾魔惡毒心  無怨處生怨

 愚癡諸惡魔  徒勞無所為

 當捨恚害心  寂靜默然住

 汝不能口氣  吹動須彌山

 火冷水熾然  地性平軟濡

 不能壞菩薩  歷劫修善果

空中に負多(ふた)神、身を隠して音声を出す、

『われ大牟尼を見るに、心に怨恨の想無く、

 衆魔の悪毒の心すら、怨処に怨を生ずること無し。

 愚癡の諸の悪魔、徒労すれど為す所無ければ、

 まさに恚害心を捨てて、寂静黙然に住すべし、

 汝が口気にて、須弥山を吹き動かすこと能わざれば。

 火は冷たく水は熾然、地性平らかに軟濡たらんとも、

 菩薩の歴劫の修善の果を壊すること能わず。

空中から、

   負多神(ふたじん)は、

      身を隠したまま声を出した、――

  『わたしが見たところ、

      大牟尼は、

         怒りも恨みも心に起すことが無い。

      魔の衆の醜悪な毒のある心でさえ、

         菩薩の心には恨みを生じさせられないのだ。

      愚癡の悪魔たちでさえ、

         無駄に疲れて何もできない。

   もう、

      怒りと殺害心とを捨てよ!

      心を静めて沈黙するがよい!

   お前は、

      口気で須弥山を動かせまい!

   たとえ、

      火が、冷たくなり、

      水が、盛んに燃え、

      地の性が、平らかで軟らかだとしても、

   お前には、

      菩薩の、

         時空を超えて、

         修めた善の、

         功徳の果(このみ)を、

            壊すことはできないのだ。

 

  :負多(ふた):鬼神の類、四天王天の中の広目天の眷属。

  :怨恨(おんこん):怨んでにくむ。

  :怨処(おんじょ):怨を生じる処、心。

  :徒労(とろう):無駄に疲れる。

  :愚癡(ぐち):愚かさ。

  :恚害(いがい):怒って殺す。

  :須弥山(しゅみせん):世界の中央にそびえる高山で天に通じる。

  :熾然(しねん):盛んに燃える。

  :軟濡(なんじゅ):柔軟。

  :歴劫(りゃくこう):時空を超えた無間の時間。

  :修善(しゅぜん):不殺、不盗、不婬、不妄語、不飲酒を行う。

 菩薩正思惟  精進勤方便

 淨智慧光明  慈悲於一切

 此四妙功コ  無能中斷截

 而為作留難  不成正覺道

 如日千光明  必除世間闇

 鑽木而得火  掘地而得水

 精勤正方便  無求而不獲

 菩薩は正思惟し、精進して方便に勤め、

 智慧の光明を浄めて、一切に慈悲す。

 この四の妙功徳は、よく中に断截し、

 為に留難と作りて、正覚の道を成ぜずということ無し。

 日の千の光明の如く、要ず世間の闇を除き、

 木を鑽(き)りて火を得、地を掘りて水を得るがごとく、

 正方便に精勤すれば、求めて獲(え)ざること無し。

   菩薩は、

      正しく考え、

      努力して正しく行い、

      智慧の光明を浄めて、

      一切に慈悲をしめす。

   この、

      四つの素晴らしい功徳こそは、

         決して、

            誰にも中断されることもなく、

            誰にも邪魔されることもなく、

         必ず、

            正覚の道に通じるのである。

      まるで、

         日の千の光明は、必ず世間の闇を除くように、

         木をきりもみすれば、火が得られるように、

         地を掘れば、水が得られるように、

      菩薩が、

         努力して正しく行えば、

         求めて獲られないものは何も無いのだ。

 

  :正思惟(しょうしゆい):正しい思考。

  :精進(しょうじん):正しい努力。

  :方便(ほうべん):正しい行い。

  :功徳(くどく):衆生を助ける力。

  :断截(だんせつ):中断。

  :留難(るなん):邪魔。

  :正覚(しょうがく):正しい覚り。

  :精勤(しょうごん):勤め励む。

 世間無救護  中貪恚癡毒

 哀愍眾生故  求智慧良藥

 為世除苦患  汝云何惱亂

 世間諸癡惑  悉皆著邪徑

 菩薩習正路  欲引導眾生

 惱亂世尊師  是則大不可

 如大曠野中  欺誑商人導

 世間は救護無く、貪恚癡の毒に中(あた)れり、

 衆生を哀愍するが故に、智慧の良薬を求め、

 世の為に苦患を除かんとするに、汝云何が悩乱する。

 世間の諸の癡惑は、悉く皆邪径に著(つ)けり、

 菩薩は正路を習いて、衆生を引導せんと欲す。

 世の尊師を悩乱する、これ則ち大いにすべからず、

 大曠野の中に、商人を欺誑して導くが如し。

   世間は、

      助ける者も無く、

      欲望、瞋恚、愚癡の毒にあたっている。

   菩薩は、

      衆生を哀れんで、

         智慧の良薬を求め、

         世間の毒を除こうとしている。

   お前は、

      何故、

         菩薩を悩ませるのか?

   世間は、

      愚かさに心を惑わせ、

      悉く皆、邪な小道をたどっている。

   菩薩は、

      正しい大路を学んで、

      衆生を導こうとしている。

   世間を導く尊い師を、

      何故、

         悩ませるのか?

   これは、

      してはならないことなのだ!

   ちょうど、

      広い荒れ野の中に、

      商人を欺して導くような。

 

  :救護(くご):助け。

  :貪恚癡(とんいち):欲望と怒りと愚かさ。

  :哀愍(あいみん):哀れむ。

  :苦患(くげん):苦しい病。

  :癡惑(ちわく):愚癡と迷惑。愚かさととまどい。

  :邪径(じゃきょう):邪なる小道。

  :正路(しょうろ):正しき大路。

  :引導(いんどう):引率。

  :曠野(こうや):広き荒れ野。

  :欺誑(ごおう):だます。

 眾生墮大冥  莫知所至處

 為燃智慧燈  云何欲令滅

 眾生悉漂沒  生死之大海

 為脩智慧舟  云何欲令沒

 忍辱為法芽  固志為法根

 律儀戒為地  覺正為枝幹

 智慧之大樹  無上法為果

 蔭護諸眾生  云何而欲伐

 衆生は大冥に堕して、至る所の処を知ること莫(な)し、

 為に智慧の灯を燃やさんとするに、云何が滅せしめんと欲する。

 衆生は悉く生死の大海に漂没せり、

 為に智慧の舟を修めんとするに、云何が没せしめんと欲する。

 忍辱を法の芽と為し、固志を法の根と為し、

 律儀戒を地と為し、覚正を枝幹と為し、

 智慧の大樹に、無上法を果と為す。

 蔭にて諸の衆生を護らんとするに、云何が伐(き)らんと欲する。

   衆生は、

      暗闇の中に堕ちて、

      行方を知る者とて無い。

   衆生の為に、

      智慧の灯を燃やしているものを、

   何故、

      消そうとするのだ!

   衆生は、

      生死の大海の中を、

      漂流し沈没している。

   衆生の為に、

      智慧の舟を浮かべようとしているものを、

   何故、

      沈めようとするのだ!

   菩薩は、

      忍辱と堅固な志とを、法の芽と根とし、

      戒律を地とし、正覚を幹や枝として、

      智慧の大樹に、仏法の果実を生じさせ、

      蔭にて、諸の衆生を護ろうとしているものを、

   何故、

      伐ろうとするのだ!

 

  :大冥(だいみょう):大暗黒。

  :漂没(ひょうもつ):漂流と沈没。

  :忍辱(にんにく):耐え忍ぶ。

  :固志(こし):堅固なる志。

  :律儀戒(りつぎかい):戒律と礼儀、或は単に五戒。

  :覚正(がくしょう):正覚、正しい覚り。

  :無上法(むじょうほう):仏の法。

 貪恚癡枷鎖  軛縛於眾生

 長劫修苦行  為解眾生縛

 決定成於今  於此正基坐

 如過去諸佛  堅豎金剛臺

 諸方悉輕動  惟此地安隱

 能堪受妙定  非汝所能壞

 但當輕下心  除諸憍慢意

 應修智識想  忍辱而奉事

 貪恚癡の枷鎖は、衆生を軛縛すれば、

 長劫に苦行を修めて、為に衆生の縛を解かんとす。

 決定して今成ぜんとし、この正基に坐すこと、

 過去の諸仏の、堅く金剛の台を豎(た)つるが如し。

 諸方悉く軽動せんにも、ただこの地のみ安穏にして、

 よく妙定を受くるに堪うれば、汝がよく壊する所に非ず。

 ただまさに軽下心にて、諸の憍慢の意を除くべく、

 まさに知識の想を修めて、忍辱し奉事すべし。』

   衆生は、

      欲望と瞋恚と愚癡との、

      首かせと鎖とに、縛りつけられている。

   菩薩は、

      衆生の為に、

      時空を超えて果てしない苦行を重ね、

      衆生の縛を解こうとし、

   今、

      それが決定して成就し、

      まさに仏に相応しい堅固な座に坐っているのだ。

   ちょうど、

      過去の諸仏が、

         金剛の台を、堅固に立てられたように。

   諸方が、

      悉く、軽々しく動こうと、

   ただ、

      この地のみは、

         安穏に、この素晴らしい禅定を、

            受けて堪えている。

   お前なんぞに、

      壊されるはずがないではないか。

   もう、

      自尊心をおさめて、驕りを捨てよ!

      この菩薩を、

        師とあがめ、

        耐え忍んで奉仕せよ!』と。

 

  :枷鎖(かさ):首かせと鎖。

  :軛縛(やくばく):軛(くびき)に縛りつける。

  :長劫(ちょうごう):無間の時間。

  :正基(しょうき):正しい土台。正に仏にのみ相応しい堅固なる座席。

  :金剛台(こんごうだい):金剛は極めて堅固な座。

  :軽動(きょうどう):軽々しく動く。

  :妙定(みょうじょう):素晴らしい禅定、定は心を動かさないこと。

  :軽下心(きょうげしん):軽く見下す心。

  :憍慢(きょうまん):驕りとあなどり。

  :知識(ちしき):師長、先生。

  :奉事(ぶじ):奉仕。

 魔聞空中聲  見菩薩安靜

 慚愧離憍慢  復道還天上

 魔眾悉憂慼  崩潰失威武

 鬥戰諸器仗  縱棄林野

 如人殺怨主  怨黨悉摧碎

 眾魔既退散  菩薩心虛靜

 日光倍摶セ  塵霧悉除滅

 月明眾星朗  無復諸闇障

 空中雨天花  以供養菩薩

魔は空中の声を聞き、菩薩の安静たるを見て、

慚愧して憍慢を離れ、道を復(もど)りて天上に還れり。

魔衆は悉く憂慼し、崩潰して威武を失い、

闘戦する諸の器仗は、縦横に林野に棄つ。

人怨主を殺すに、怨党悉く摧砕するが如く、

衆魔すでに退散し、菩薩が心は虚に静まる。

日光は倍して明るさを増し、塵霧は悉く除滅せり、

月は明るく衆星朗らかに、また諸の闇障無く、

空中に天花を雨ふらし、以って菩薩を供養せり。

魔王は、

   空中の声を聞き、

   菩薩の安らぎ静かなさまを見て、

   恥じ入り高慢を捨て、

   もとの道をたどって天上に還った。

魔の衆は、

   悉く憂え悲しみ、

   散り散りになって勇気を失い、

   戦闘のための諸の武器を、

   縦横に林野に捨てた。

まるで、

   人が敵の大将を殺して、敵の軍が散り散りになるように、

   魔の衆は退散してしまった。

この時、

   菩薩の心は、虚しく静まった。

そして、

   日光は、倍して明るさを増し、

   塵霧は、悉く除滅し、

   月光は、明るく、

   星たちは、朗らかにまたたき、

もう、

   暗黒の障碍は無くなったのだ。

空中からは、

   天の花が雨のようにふり、

   それで菩薩を供養した。

 

  :安静(あんじょう):安らいで静か。

  :慚愧(ざんき):自他に恥ずかしく思う。

  :崩潰(ほうかい):崩壊。散り散りになる。

  :威武(いぶ):勇猛なる心。

  :器仗(きじょう):武器。

  :怨主(おんしゅ):敵の家の主人。

  :怨党(おんとう):敵の家の眷属。

  :摧砕(ざいさい):砕け散る。

  :塵霧(じんむ):塵の霧。

  :除滅(じょめつ):除き去る。

  :闇障(あんしょう):闇の障碍。

  :天花(てんげ):天の花。

 

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