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(答瓶沙王品第十一)
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太子は、瓶沙王に答える
答瓶沙王品第十一 |
答瓶沙王(とうびんしゃおう)品第十一 |
太子は、瓶沙王に答える |
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瓶沙王隨順 安慰勸請已 太子敬答謝 深感於來言 善得世間宜 所說不乖理 訶梨名族胄 為人善知識 義懷心虛盡 法應如是說 世間說凡品 不能處仁義 薄コ遇近情 豈達名勝事 承習先勝宗 崇禮修敬讓 能於苦難中 周濟不相棄 是則為世間 真善知識相 |
瓶沙王、随順して安慰し、勧請しおわりぬ。 太子、敬って答えて謝すらく、『来たりて言いたもうに深く感ぜり。 善く世間の宜しきを得て、所説は理に乖(そむ)かず、 訶梨(かり)は名族の胄(よつぎ)にて、人の為に善知識たり、 義を懐きて心虚しう尽す、法はまさにかくの如く説くべし。 世間は凡品を説いて、仁義に処する能わず、 薄徳の近情を遇す、あに名勝の事に達せん。 先勝の宗を承習し、崇礼して敬譲を修め、 よく苦難の中に於いて、周く済って相い捨てざる。 これ則ち世間の、真の善知識の相と為す。 |
瓶沙王は、 逆らわずに心を落ち着け、 太子に帰城をうながした。 太子は、 敬いをもって感謝し、 こう答えた、―― 『わざわざ、 お出でいただき、 お言葉に深く感動している。 世間の、 常識に善く通じ、 仰る事は道理に背いていない。 さすが、 訶梨(かり、大自在天)の血筋を受けたお方であり、 他人にとっての善き友である。 正義を懐き、心の内を尽す、 法を説くとは、正しくそうあるべきだろう。 世間の人は、 平凡な事を説いて、人の道を踏み外し、 徳(とく、人の為になる力)は薄く、 親しい者だけに厚くしている。 どうして、 勝れた事を達せられようか? あなたは、 先祖の勝れた祭祀を、 受け継いで、崇めて礼拝し、 謙譲の徳を身に備え、 苦難の中では、 人民を、救って捨てることがない。 まさに、 世間の、真の友のあるべきさまである。
注:随順(ずいじゅん):逆らわない。 注:安慰(あんに):安心させる、心を落ち着ける。 注:勧請(かんじょう):請い勧める。 注:訶梨(かり):大自在天。 注:崇礼(すうらい):崇めて礼する。 注:善知識(ぜんちしき):善き友。 注:凡品(ぼんぽん):平凡な説。 注:仁義(にんぎ):人の道。 注:近情(こんじょう):情愛。親族。 注:名勝(みょうしょう):勝れた。 注:宗(しゅう):祭祀。 |
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善友財通濟 是名牢固藏 守惜封己利 是必速亡失 國財非常寶 惠施為福業 兼施善知識 雖散後無悔 既知汝厚懷 不為違逆論 且今以所見 率心而相告 畏生老病死 欲求真解脫 捨親離恩愛 豈還習五欲 |
善友、財にて通じて済う、これを牢固なる蔵と名づく、 守り惜みて己利に封ぜば、これ必ず速かに忘失せん。 国財は常の宝に非ず、恵み施して福業と為し、 兼ねて善知識に施せば、散ずといえども後に悔無し。 既に汝が厚き懐(おもい)を知れば、違逆の論を為さず、 且く今所見を以って、心を卒(つく)して相い告げん。 生老病死を畏るれば、真の解脱を求めんと欲し、 親を捨てて恩愛を離る、あに還って五欲を習わんや。 |
善き友が、 財をもって広く救う、 これを、 堅牢なる蔵という。 財を、 守り惜んでおのれの利のみを図る、 これでは、 必ず、速かに失うことになろう。 国も財も、 常にある宝ではない。 恵み施して、 福業と為し、 かねて、 善き友に施せば、 財が散失しても、 後に、悔が残らない。 わたしは、 あなたの、人に厚くする心を知っているので、 あえて、 逆らうというのではないが、 しばらく、 今見ておる所のものを、 心のありたけ申してみよう。 わたしは、 生老病死の苦を畏れ、 真の解脱を求めようとして、 親を捨て妻子と離れた。 どうして、 また五欲(色声香味触)の習慣に還られようか?
注:解脱(げだつ):束縛を解いて苦より脱れる。 注:恩愛(おんない):父母妻子等の間の恩を感じ愛に溺れる感情。 |
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不畏盛毒蛇 凍電猛盛火 唯畏五欲境 流轉勞我心 五欲非常賊 劫人善珍寶 詐偽虛非實 猶若幻化人 暫思令人惑 況常處其中 五欲為大礙 永障寂滅法 天樂尚不可 況處人間欲 五欲生渴愛 終無滿足時 猶盛風猛火 投薪亦無足 |
盛なる毒蛇、凍電、猛く盛なる火は畏れず、 ただ五欲の境に流転してわが心を労するを畏るるのみ。 五欲は常の賊の、人の善き珍宝を劫(かす)むるに非ず、 詐(あざむ)き偽り、虚にして実に非ざること、なお幻化の人の若し、 暫くの思いすら人をして惑わしむ、況や常にその中に処するをや。 五欲は大いなる礙(さわり)たり、永く寂滅の法を障(さ)え、 天の楽すらなおすべからず、況や人間の欲に処するをや。 五欲は渇愛を生じ、終に満足する時無し、 なお盛なる風と猛き火に、薪を投ずるもまた足ること無きがごとし。 |
山盛りの毒蛇、 凍ったいかづち、 盛んな猛火、 これ等ならば、 畏れない。 ただ、 五欲の境(色声香味触)に流転して、 苦労するわたしの心を、畏れているのだ。 五欲とは、 常の賊が人の大切な珍宝を盗むのとは違い、 人を偽ってたばかり、 虚のみ有って実が無く、 まるで、 幻術により現れた人のようだ。 五欲は、 暫くの間の思いでさえ、人を惑わす、 まして、 常にその中に居れば、なおさらなのだ。 五欲は、 大きな礙(さわり)であり、 永遠に 寂滅(じゃくめつ、生死を離れた永遠の命)の法を邪魔する。 天の楽でさえ、 近づけるべきではなく、 まして、 人間の欲になど漬かってはいられようか。 五欲は、 渇愛(かつあい、渇いたように執著する)を生じ、 決して満足する時はない。 まるで、 盛んな風の中の猛火に、 薪を投げ込んでも、 まだ、 足りないようなものなのだ。
注:五欲の境:色声香味触。 注:流転(るてん):転々として流れる。 注:幻化(げんけ):幻術で現される。 注:寂滅(じゃくめつ):生老病死に流転する主体を滅する。 注:渇愛(かつあい):渇くように愛し求める。 |
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世間諸非義 莫過五欲境 眾生愚貪故 樂著而不覺 智者畏五欲 不墮於非義 王領四海內 猶外更希求 愛欲如大海 終無止足時 曼陀轉輪王 普天雨黃金 王領四天下 復希忉利天 帝釋分半座 欲圖致命終 農沙修苦行 王三十三天 縱欲心高慢 仙人挽步車 緣斯放逸行 即墮蟒蛇中 |
世間の諸の非義、五欲の境に過ぎたるは莫し、 衆生は愚と貪との故に、楽しみ著して覚らざれど、 智者は五欲を畏れて、非義に堕ちず。 王四海の内を領せば、なお外に更に希求す、 愛欲は大海の如く、終に止まりて足る時無し。 曼陀(まんだ)転輪王は、普く天より黄金を雨ふらし、 王として四天下を領するも、また忉利天を希(のぞ)み、 帝釈半坐を分てど、図(はか)らんと欲して命終を致せり。 農沙(のうしゃ)は苦行を修めて、三十三天に王たりしが、 欲を縦(ほしいまま)にして心高慢し、仙人に車を挽き歩かしめ、 この放逸の行いに縁(よ)り、即ち蟒蛇(うわばみ)の中に堕せり。 |
世間の諸の道理にもとるものの中で、 五欲の境に過ぎたるものはない。 衆生は、 愚かであり、貪るのが性であるから、 五欲に、 ふけることを楽しんで、 道理に、 背いていることを覚らないが、 智者は、 五欲を畏れて、道理に背かない。 王が、 全世界を領土としても、 なお、 足らず、更に外の世界を求めるように、 愛欲も、 大海のように果てしなく、 どこまで行っても、 止まることも満足することもないのだ。 曼陀転輪王(まんだてんりんのう)は、 全世界に天より黄金の雨を降らせ、 全世界を王の領土としたが、なお足らず、 忉利天(とうりてん)までも領土にしようと図った。 帝釈天が、 自ら座席の半分を分ったが、 なお全てを図ろうとして、終に命を落した。 農沙(のうしゃ)は、 苦行を修めて、 三十三天の王と成ったが、 欲をほしいままにして、心が高慢になり、 仙人に自らの乗車を挽かせて歩かせたので、 この、 放逸の行いによって、大蛇に生まれかわった。
注:四海:四天下、須弥山の回りの四大洲。 注:曼陀(まんだ):伝説上の転輪王。 注:忉利天(とうりてん):三十三天、欲界の六天中の第二。 注:帝釈(たいしゃく):忉利天の主。 注:農沙(のうしゃ):伝説上の王。 |
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罣羅轉輪王 遊於忉利天 取天女為后 賦歛仙人金 仙人忿如咒 國滅而命終 波羅大帝釋 大帝釋農沙 農沙歸帝釋 天主豈有常 國土非堅固 唯大力所居 被服於草衣 食果飲流泉 長髮如垂地 寂默無所求 如是修苦行 終為欲所壞 |
罣羅(けいら)転輪王は、忉利天に遊んで、 天女を取りて后と為し、仙人の金を賦斂(ふれん)す、 仙人忿(いか)りて咒を加えしに、国滅して命終れり。 波羅(はら)より大帝釈、大帝釈より農沙、 農沙より帝釈に帰す、天主あに常有らんや。 国土は堅固なるに非ず、ただ大力の居る所なるのみ、 草の衣を被服し、果を食うて流泉を飲み、 長き髪を地に垂らすが如くし、寂黙して求むる所無し、 かくの如く苦行を修むれど、終に欲に壊せらる。 |
罣羅転輪王(けいらてんりんのう)は、 忉利天に遊んだ時、 天女を奪って后とし、 仙人の金を奪い取った。 仙人は、 これに忿って 呪いをかけたので、 国は滅びて、命を失うことになった。 忉利天の王は、 波羅(はら、神の名)より大帝釈に、 大帝釈より農沙に、 農沙よりまた帝釈天に代った。 天の主だとて、 何うして常でありえようか? 国土も、 堅固ではない、 ただ、 大力の者が王と成るのだ。 では、 草の衣を身に着け、 木より果を取って食い、 流れる泉の水を飲み、 長い髪を地に垂らして沈黙し、 求めるものの無い苦行者なら何うだろうか? このように、 苦行を修めたとて、 欲にふければ無駄になるのだ。
注:罣羅(けいら):神話上の神。 注:賦斂(ふれん):奪い取る。 注:波羅(はら):神話上の神。 注:寂黙(じゃくもく):沈黙。 注:如咒は他本により加咒に改める。 |
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當知五欲境 行道者怨家 千臂大力王 勇健難為敵 羅摩仙人殺 亦由貪欲故 況我剎利種 不為欲所牽 少味境界欲 子息長彌 慧者之所惡 欲毒誰服食 |
まさに知るべし、五欲の境とは、道を行く者の怨家なり、 千臂の大力王、勇健なれど敵たり難しと。 羅摩(らま)仙人の殺せしは、また貪欲に由るが故なり、 況やわが刹利(せつり)種、欲の為に牽かれざるや。 少しく味わう境界の欲ですら、子息長じて弥(いよいよ)増す、 慧者の悪(にく)む所、欲の毒をば誰か服食せん。 |
どうか、 知ってほしい! 五欲の境とは、 旅人にとっての、 盗賊の住み処であり、 千の腕を持った神が、 勇敢に戦っても勝ちがたいものであると。 羅摩仙人(らませんにん)が、 人を殺したのは、欲を貪ったからである。 まして、 わたしのような刹利種(せつりしゅ、王族)が、 欲に引かれないことがありえようか? 少しばかり味わう、 欲でさえ、 利息が利息を生じて、 どんどん増してくるのだ。 智者の憎むもの、 欲の毒を、 誰が飲み食いするだろうか?
注:千臂(せんぴ):千本の腕を持つ。『分舎利品第二十八』の注参照 注:羅摩(らま):伝説上の仙人。『分舎利品第二十八』の注参照 注:勇健(ゆごん):勇敢。 注:刹利(せつり):王種。 注:子息(しそく):利息。 注:服食(ふくじき):飲み食い。 注:ここまで、欲とは主に愛欲をさす。 |
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種種苦求利 悉為貪所使 若無貪欲者 勤苦則不生 慧者見苦過 滅除於貪欲 世間謂為善 即皆是惡法 眾生所貪樂 生諸放逸故 放逸反自傷 死當墮惡趣 勤方便所得 而方便所護 不勤自亡失 非方便能留 猶若假借物 智者不貪著 貪欲勤苦求 得以揶、著 非常離散時 益復搴龕サ 執炬還自燒 智者所不著 |
種種に苦しんで利を求むるは、悉く貪に使わる、 もし貪欲無くば、勤苦は則ち生ぜず、 慧者は苦の過ぐるを見て、貪欲を滅除するなり。 世間の謂いて善と為すは、即ち皆これ悪法なり、 衆生の貪り楽しむ所は、諸の放逸を生ずるが故に、 放逸すれば反って自ら傷つけ、死してまさに悪趣に堕つべし。 勤め方便して得し所、しかも方便して護る所も、 勤めずして自ら亡失す、方便してよく留むるに非ず、 なお仮借せる物の若きに、智者は貪著せず。 貪欲は勤苦して求め、得れば以って愛著を増し、 非常、離散の時には、益々また苦悩を増し、 炬を執りて還って自ら焼くがごとく、智者の著せざる所なり。 |
種種に、 苦しんで利を求めるが、 悉く、 貪りの為に使いつくされる。 もし、 欲を貪ることが無ければ、 苦労が生じることはない。 智者は、 苦しみの過を見て、 欲を貪る心を滅除しようとする。 世間の善(少年の愛欲、壮年の利財、老年の修法)は、 皆、悪法なのだ。 衆生が、 貪って楽しめば、 諸の好き勝手な行いを生じる。 好き勝手な行いは、 かえって自らを傷つけ、 死んでからは、 悪趣(あくしゅ、地獄、餓鬼、畜生)に生まれることになろう。 勤めて、 手だてを尽して得たもの、 手だてを尽して護ったもの、 これらも、 勤めずに、 好き勝手な行いをすれば、 自ら失ってしまい、 手だてを尽しても留めることはできない。 まるで、 借り物でもあるかのように、 智者は、 貪ることも執著することもない。 欲を貪り、 苦労して求めれば、 得たときにはそれだけ愛著が増す。 得たものは、 常のものではないので、 離散するが、 その時には、 それだけ苦悩が増すのだ。 まるで、 炬(たいまつ)を手に持って、 自らの身体を焼くようなものである。 智者が、 執著するものではない。
注:勤苦(ごんく):勤めて苦しむ、苦労。 注:不生:生死界を滅する。 注:放逸(ほういつ):好きなようにする。 注:方便(ほうべん):手だてを尽す。 注:亡失(もうしつ):失う。 注:世間謂為善:少年の愛欲、壮年の利財、老年の修法。 |
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愚癡卑賤人 慳貪毒燒心 終身長受苦 未曾得安樂 貪恚如蛇毒 智者何由近 勤苦嚙枯骨 無味不充飽 徒自困牙齒 智者所不嘗 |
愚癡、卑賤の人は、慳貪の毒に心を焼かれ、 身を終うれば長く苦を受け、未だかつて安楽を得ず、 貪恚は毒蛇の如し、智者は何に由りてか近づかん。 勤苦して枯骨を噛めば、味の無きに充飽せず、 徒(いたずら)に自ら牙歯に困ずるは、智者の嘗めざる所なり。 |
愚かで卑しい人は、 惜みと貪りの毒に、心を焼かれ、 死んでからも、 長く苦を受けて、安楽になることがない。 怒りを貪る毒蛇のようなものに、 智者が、 何のような理由から、 近づこうか? 苦労して、 枯れた骨を噛めば、 味も無く、腹も満たせず、 無駄に歯を傷めるだけである。 智者の、 嘗めないものなのだ。
注:愚癡(ぐち):道理を知らない。 注:慳貪(けんどん):惜んで貪る。 注:貪恚(とんに):貪欲と瞋恚。 |
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王賊水火分 惡子等共財 亦如臭[暇-日]肉 一聚群鳥爭 貪財亦如是 智者所不欣 有財所集處 多起於怨憎 晝夜自守衛 如人畏重怨 東市殺標下 人情所憎惡 貪恚癡長標 智者常遠離 入山林河海 多敗而少安 如樹高條果 貪取多墮死 貪欲境如是 雖見難可取 |
王と賊と水と火とに分ち、悪子等と財を共にするも、 また臭き仮肉を、一聚の群鳥の争うが如し。 財を貪るもまたかくの如く、智者の欣ばざる所なり、 財有りて所集の処には、多く怨憎を起す、 昼夜に自ら守衛して、人の怨を重ぬるを畏るるが如し。 東市にて標の下に殺すは、人情の憎悪する所なり、 貪恚癡は長き標なれば、智者は常に遠離す。 山林、河海に入らば、多く敗れて安んずるもの少なし、 樹高くば條(こえだ)に果(みの)るが如く、貪り取らば多く死に堕す。 貪欲の境とはかくの如く、見るといえども取るべきこと難し。 |
王、賊、水、火には財産を分たれ、 悪子たちとは、財産を共にしなければならない。 これもまた、 臭い借り物の肉を、 一群の鳥たちが争うようなものである。 財を貪るということは、 このように、 智者の欣ばないことなのだ。 財の集まる所には、 多くの恨みと憎しみが起る。 昼夜に、 自らを守衛して、 敵が重なるのを畏れなくてはならない。 刑場の、 高い標柱の下に行われる処刑は、 人が心から憎悪するものであるが、 貪りと怒りと愚かさの、 高い標柱は、 智者の常に遠ざけ離れるものなのだ。 山や林や海や河に入れば、 多くの人は打ち負かされて、 安んじる者は少しである。 樹の高い小枝に生る果(このみ)は、 貪って取れば、 多くの人が堕ちて死ぬ。 欲を貪ることも、 これと同じである、 見ることはできても、 取ることは難しい。
注:仮肉(けにく):仮の肉身。 注:一聚(いちじゅ):一群。 注:東市(とうし):刑場。 |
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苦方便求財 難集而易散 猶如夢所得 智者豈保持 如偽覆火坑 蹈者必燒死 貪欲火如是 智者所不遊 如彼鳩羅步 弼瑟膩難陀 彌郗利檀茶 如屠家刀机 愛欲形亦然 智者所不為 |
苦の方便にて財を求むるは、集め難くして散じ易く、 なお夢に得し所の如きを、智者あに保持せんや。 偽りて火坑を覆えるに、蹈めば必ず焼死せんが如し、 貪欲の火はかくの如し、智者の遊ばざる所なり。 彼の鳩羅歩(くらぶ)、弼瑟膩(ひつしつに)、難陀(なんだ)、 弥郗利(みきり)、檀荼(だんだ)の如く、屠家の刀机の如く、 愛欲の形もまた然り、智者の為さざる所なり。 |
苦しんで、 手だてをつくして、財を求めるが、 集まっても、たちまち散ってしまう、 まるで、 夢の中で得たもののように。 智者が、 どうして、保持したいと思うだろうか? 偽の覆いをした火坑は、 蹈めば必ず焼け死ぬように、 欲を貪ることの火とは、 このように、 智者の遊ばない所なのだ。 あの、 鳩羅歩(くらぶ)、弼瑟膩(ひつしつに)、難陀(なんだ)、弥郗利(みきり)、檀荼(だんだ)のように、 屠家の、 刀や机のように、 愛欲の形も、 智者の喜ばない所である。
注:鳩羅歩(くらぶ)、弼瑟膩(ひつしつに)、難陀(なんだ)、弥郗利(みきり)、檀荼(だんだ):神話上の滅びた種族。 |
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束身投水火 或投於高巖 而求於天樂 徒苦不獲利 孫陶缽孫陶 阿修輪兄弟 同生相愛念 為欲相殘殺 身死名俱滅 皆由貪欲故 貪愛令人賤 鞭杖驅策苦 愛欲卑希望 長夜形神疲 麋鹿貪聲死 飛鳥隨色貪 淵魚貪鉤餌 悉為欲所困 |
身を束ねて水火に投じ、或は高巌に投じて、 天の楽を求むるは、徒に苦しんで利を獲ざるなり。 孫陶(そんとう)と鉢孫陶(はつそんとう)とは、阿修羅の兄弟なり、 同じく相愛の念を生じ、為に相い残殺せんと欲す。 身死せば名も倶に滅す、皆貪欲に由るが故なり。 貪愛は人をして、鞭杖、駆策の苦に賤しましめ、 愛欲の卑しき希望は、長夜に形と神と疲れしむ。 麋鹿は声を貪りて死し、飛鳥は色に随うて貪り、 淵魚は鉤と餌とを貪る、悉く欲に困ぜらる。 |
身を縛って、 水や火に飛び込んだり 高い岩の上から飛び降りたりして、 天に生まれる楽を求める者は、 無駄に苦しんで利を得ない。 孫陶(そんとう)と鉢孫陶(はつそんとう)とは、 阿修羅(あしゅら、悪鬼)の兄弟であり、 同じように愛しあったが、 欲のために、 互いに惨殺しようとした。 身が死ねば、 名誉もいっしょに滅びる、 皆、欲を貪ったからなのだ。 愛を貪れば、 来世には、 賎しい地獄に堕ち、 鞭や杖で駆使される苦を受けなければならない。 愛欲の、 卑猥な希望は、 長い夜の間に、 心身を疲れさせる。 麋鹿(びろく、鹿の類)は、 異性の声を死ぬまで貪り、 飛ぶ鳥は、 色を追いかけて貪り、 淵に住む魚は、 鉤(はり)と餌とを貪る。 皆悉く、 欲の為に苦しめられるのだ。
注:孫陶(そんとう)、鉢孫陶(はつそんとう):阿修羅(あしゅら、悪神)の兄弟。 注:愛念(あいねん):愛して心から離れない。 注:残殺(ざんせつ):惨殺。 注:鞭杖(べんじょう):鞭と杖。 注:駆策(くさく):駆使。 注:長夜(ちょうや):長い夜、無明の人生に喩える。 注:形神(ぎょうしん):肉体と精神。 注:麋鹿(びろく):鹿の類。 注:淵魚(えんぎょ):淵に住む魚。 注:阿修輪は阿修羅に改める。 |
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觀察資生具 非為自在法 食以療飢患 除渴故飲水 衣被卻風寒 臥以治睡眠 行疲故求乘 立惓求床座 除垢故沐浴 皆為息苦故 是故應當知 五欲非自在 |
資生の具を観察するに、自在の法たるに非ず、 食は以って飢えの患を療し、渇きを除かんが故に水を飲む、 衣を被て風と寒きを却け、臥して以って睡眠を治し、 行きて疲るるが故に乗を求め、立ちて惓むが故に床座を求め、 垢を除くが故に沐浴す、皆苦を息めんが為の故なり。 この故にまさに知るべし、五欲は自在なるに非ずと。 |
生活を助ける物を、 観察してみれば、 それ自体が楽である物など、 何処にもない。 例えば、 食物は、飢という病を療し、 水は、渇きを除き、 衣を着るのは、風と寒さとを除き去り、 臥せるのは、眠気を治し、 乗り物を求めるのは、旅に疲れたため、 床几を求めるのは、立つことに惓んだため、 沐浴するのは、垢を除くため、 皆、 苦を取り除くためにある。 この故に、 どうか知ってほしい、 五欲とはそれ自体が楽ではないのだ。
注:資生の具:生活に必要なもの。 注:自在法:他に縁らず、それ自体の中に存在理由を有する物。 |
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如人得熱病 求諸冷治藥 貪求止苦患 愚夫謂自在 而彼資生具 亦非定止苦 又令苦法掾@ 故非自在法 溫衣非常樂 時過亦生苦 月光夏則涼 冬則搖ヲ苦 乃至世八法 悉非決定相 |
人熱病を得て、諸の冷治薬を求むるが如く、 貪り求めて苦患を止むを、愚夫は自在なりと謂う。 しかれども彼の資生の具も、また定めて苦を止むるものに非ずして、 また苦法をして増さしむ、故に自在の法に非ざるなり。 温(ぬく)き衣は常の楽に非ずして、時過ぐればまた苦を生じ、 月光は夏なれば則ち涼しく、冬なれば寒苦を増さん、 乃ち世の八法に至るまで、悉く決定の相に非ず。 |
人は、 熱が有れば、 冷ます薬を求めるが、 欲を貪り求めることも、 苦の病を、 止めているに過ぎないのだ。 しかし、 愚夫は、 それ自体が、楽であるかのように思っている。 また、 生活を助ける物もまた、 決定的に苦を止めるものではない。 それどころか、 苦を増すことさえあり、 この故に、 それ自体が楽ではない。 例えば、 温かい衣は、 常に楽ではなく、 時が過ぎれば、苦を生じ、 月光は、 夏でこそ、涼しいものであるが、 冬になれば、寒さを増す。 このように、 世間の、 利財と衰微、 名誉と毀傷、 称讃と誹謗、 苦と楽、 この八法は、 悉く、決定的な相ではないのだ。
注:八法:利、衰、毀、誉、称、譏、苦、楽。 注:苦患(くげん):苦しみの患い。 |
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苦樂相不定 奴王豈有間 教令眾奉用 以王為勝者 教令即是苦 猶擔能任重 普銓世輕重 眾苦集其身 為王多怨憎 雖親或成患 無親而獨立 此復有何歡 雖王四天下 用皆不過一 營求於萬事 唐苦何益身 未若止貪求 息事為大安 居王五欲樂 不王閑寂歡 歡樂既同等 何用王位為 |
苦楽の相は定らず、奴と王とあに間有らんや。 教令せんに衆奉用すれば、王を以って勝者と為さんも、 教令は即ちこれ苦なり、なお擔(にな)うてよく重きに任うるがごとく、 普く世の軽重を銓(はか)れば、衆苦はその身に集まる。 王たらば怨憎多く、親といえども或は患を成さん、 親無くして独り立つも、これにまた何の歓びか有らん。 四天下に王たりといえども、用いるは皆一なるに過ぎず、 万事を営み求めて、唐(いたずら)に苦しんで何が身に益せんや、 未だ貪り求むるを止むるに若かず、事を息(や)むるを大安と為す。 王に居おれば五欲楽しみ、王たらざれば閑寂にして歓ぶ、 歓楽既に同等なり、王位を用いて何に為んや。 |
苦と楽との相でさえ、 決定的ではないというのに、 王と奴隷との間に、 何れほどの違いがあろうか? 王が、 命令すれば、 人民は、受けたまわり聴きいれるので、 王が、 勝れているように見えるが、 命令するということは、 苦であり、 重い責任を、 担わなくてはならない。 広く、世の軽重を量ることにより、 多くの、苦がその身に集まる。 王であれば、 怨まれて憎まれることも多く、 親族であろうとも、 しばしば患と成るのだ。 親族が無くて、 独りで立つというならば、 この、 何処に、歓びが有ろうか? 全世界の、 王であろうとも、 用いるものは、 ただ一つに過ぎない。 あくせくと、 万事を求めて、無駄に苦しんでも、 身には、 何のような益が有ろうか? 貪り求めることを、 止めた方が、 まだ、 増しではないか? 事が止まるのを、 大いに安まるという。 王であれば、 五欲を楽しみ、 王でなければ、 静寂を楽しむ。 同じように、 楽しむのであれば、 なぜ、王位に就く必要があろうか?
注:教令(きょうりょう):命令。 注:奉用(ぶよう):受けたまわって聴きいれる。 注:怨憎(おんぞう):恨みと憎しみ。 注:閑寂(けんじゃく):静寂。 |
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汝勿作方便 導我於五欲 我情之所期 清涼虛通道 汝欲相饒益 助成我所求 我不畏怨家 不求生天樂 心不懷俗利 而捨於天冠 是故違汝情 不從於來旨 如免毒蛇口 豈復還執持 執炬而自燒 何能不速捨 有目羨盲人 已解復求縛 富者願貧窮 智者習愚癡 世有如此人 則我應樂國 |
汝、方便を作して、われを五欲に導くこと勿れ、 わが情の期する所は、清涼なる虚(無)に通ずる道なり。 汝、相い饒益して、わが求むる所を助成せんと欲すれど、 われは、怨家を畏れず、天に生ずる楽を求めず、 心に俗利を懐かざれば、天冠を捨つ。 この故に汝が情に違いて、来旨に従わず、 毒蛇の口を免るるが如き、あにまた還って執持せんや、 炬を執りて自ら焼くに、何んがよく速かに捨てざらん。 目有るもの盲人を羨む、すでに解くるにまた縛を求む、 富める者貧窮を願う、智者は愚癡を習う。 世にかくの如き人有らば、則ちわれまさに国を楽しむべし。 |
あなたは、 手だてを尽してまで、 わたしを、 五欲に導かないでほしい。 わたしの、 心で期待するものは、 清涼な虚無に通じる道なのだから。 あなたは、 『共に助け合って、 わたくしの願いを叶えよう』と言われたが、 わたくしは、 敵を畏れてもいず、 天に生れて楽をしようとも思わない。 俗利に、 関心が無いので、 天子の冠を捨てたのだ。 この故に、 あなたの心にも違い、 来ていただいた、 趣旨にも従えない。 毒蛇の口を逃れた者が、 何うしてまた、 還ってその毒蛇を手に持ちたいと思おうか? 手に持った炬(たいまつ)が、 手を焼いているのに、 何故、速かに捨てようとしないのか? 例えば、 目の有る者が、盲人を羨む。 解かれた者が、縛られるのを求める。 富んだ者が、貧窮を願う。 智者が、愚か者のまねをする。 世間に、 このような人がいれば、 わたしも、 国に還って、 王位を楽しもう。
注:饒益(にょうやく):豊かに利する。 注:助成(じょじょう):助けて成らせる。 注:怨家(おんけ):敵の一族。 注:来旨(らいし):来たわけ。 注:執持(しゅうじ):しっかりと持つ。 |
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欲度生老死 節身行乞食 寡欲守空閑 後世免惡道 是則二世安 汝今勿哀我 當哀為王者 其心常虛渴 今世不獲安 後世受苦報 汝以名勝族 大丈夫禮義 厚懷處於我 樂同世歡娛 我亦應報コ 勸汝同我利 |
生老死を度せんと欲し、身を節して乞食を行ず、 欲寡(すくな)くして空閑を守り、後世に悪道を免る、 これ則ち二世の安きなり、汝は今われを哀しむ勿れ、 まさに王者たるを哀しむべし、その心は常に虚しく渇き、 今世には安きを獲ず、後世には苦の報を受く。 汝、名勝の族の、大丈夫の礼儀を以って、 厚く懐いてわれを処し、楽しんで世の歓娯を同じうせんとす、 われもまたまさに徳を報ゆべし、汝に勧むわれと利を同じうせよ。 |
生老死の、 苦を渡り超えるために、身を節して乞食を行じ、 後世に、 悪道(地獄、餓鬼、畜生)を免れるために、欲を少なくして静寂を守る。 これを、 二世に安んじるという。 あなたは、 今、わたくしを哀れまないでほしい。 まさに、 今、王である者を哀れむべきなのだから。 王であれば、 その心は、常に虚(うつろ)に渇き、 今世には、安きを得られず、 後世には、苦の報を受けるのである。 あなたは、 名高い一族の王として、 礼儀を以って、わたしを遇し、 『同じように世の歓楽を楽しもう』と言ってくれた。 わたくしも、 同じようにその徳に報いて勧めよう、 『わたしと利を同じにされよ。』と。
注:空閑(くうげん):静寂。 注:悪道(あくどう):地獄、餓鬼、畜生。 注:歓娯(かんご):娯楽。 |
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若習三品樂 是名世丈夫 此亦為非義 常求無足故 若無生老死 乃名大丈夫 汝言少輕躁 老則應出家 我見年耆者 力劣無所堪 不如盛壯時 志猛心決定 死賊執劍隨 常伺求其便 豈聽至年老 遂志而出家 |
三品の楽を習うが若き、これを世の丈夫と名づけたれど、 これもまた非義と為す、常に求めて足ること無きが故になり。 生老死の無きが若きを、乃ち大丈夫と名づく、 汝が言には軽躁少なし、老ゆれば則ちまさに出家すべし、 われ年の耆(お)いたる者を見るに、力劣りて堪うる所無く、 盛壮の時、志猛くして心に決定するに如かず。 死の賊は剣を執りて随い、常にその便を伺い求む、 あに年の老ゆるに至って、志を遂げ出家するを聴(ゆる)さん。 |
少年には色欲にふけり、 壮年には利財にはげみ、 老年になれば法を修める。 これを、 世の一人前の男というならば、 これは、 常に求めて、決して満足しないので、 また道理に背く、 もし、 生老死が無ければ、 これを、 大丈夫ということもできよう。 あなたは、 『少年の時は、軽々しくて落ち着かず、 老年になれば、出家するのにふさわしい。』と言うが、 わたしは、 『年をとれば、力が劣って堪えられず、 志が勇猛で心の決定した、壮年の方がふさわしい。』と見る。 死の賊は、 剣を手に持って後に随い、 常に機会を伺っている。 何うして、 年が老いて、志を遂げ、 出家するまで待ってくれようか?
注:三品楽:法(修法)、財(利財)、欲(色欲)。 注:軽躁(きょうそう):軽々しく落ち着きがない。 注:盛壮(じょうそう):盛なる壮年。 |
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無常為獵師 老弓病利箭 於生死曠野 常伺眾生鹿 得便斷其命 孰聽終年壽 夫人之所為 若生若滅事 少長及中年 悉應勤方便 祠祀修大會 是皆愚癡故 應當崇正法 反殺以祠天 害生而求福 此則無慈人 害生果有常 猶尚不應殺 況復求無常 而害生祠祀 |
無常を猟師と為す、老は弓、病は利箭なり、 生死の曠野に於いて、常に衆生の鹿を伺い、 便を得ればその命を断つ、孰(だれ)か年寿を終うることを聴さん。 夫(そ)れ人の為す所とは、もしは生じ、もしは滅するの事なり、 少長および中年は、悉くまさに勤めて方便すべし。 祠祀して大会を修す、これは皆愚癡の故なり、 まさに正法を崇め、殺を反(あらた)め以って天を祠るべし。 生を害して福を求む、これ則ち慈の無き人なり、 生を害する果は常に有れば、なおまさに殺すべからず、 況やまた無常を求むるに、生を害して祠祀するをや。 |
無常とは、 猟師である、 老いの弓と、 病の利い矢でもって、 生死の荒れ野に、 常に、 衆生という鹿を伺っている。 機会が有れば、 その命を奪うことだろう。 誰が、 死ぬまで待ってくれようか? そもそも、 人の、 必ず、為す事といえば、 生まれる事と、死ぬ事である。 少年、老年、中年の、 悉くが、手だてを尽して勤めなくてはならない。 何をか? 神を祀って大会を設けることか? これは、愚かな事である。 当然、 正しい法を崇めなくてはならないのに、 反って、生き物を殺して神に捧げる。 生き物を、 殺して、福を求める者は、 慈悲の無い人である。 生き物を、 殺せば、その報は必ず有るのだから、 決して、殺してはならないのだ。 まして、 求める福が、無常でしかないのであれば、 殺して、神に捧げるなど愚かな事である。
注:利箭(りせん):利い箭(や)。 注:曠野(こうや):広く空虚な荒れ野。 注:祠祀(しし):神を祀る。 注:大会(だいえ):神を祀って犠牲を捧げる祭事。 |
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若無戒聞慧 修禪寂靜者 不應從世間 祠祀設大會 殺生得現樂 慧者不應殺 況復殺眾生 而求後世福 三界有為果 悉非我所樂 諸趣流動法 如風水[漂*寸]草 是故我遠來 為求真解脫 |
もし戒と聞と慧無くて、禅の寂静を修めんとすれば、 まさに世間に従うて、祠祀し大会を設くべからず。 生を殺さば現に楽を得んとも、慧者はまさに殺すべからず、 況やまた衆生を殺して、後世の福を求めんをや。 三界の有為の果は、悉くわが楽しむ所に非ず、 諸趣に流動する法は、風水に草を漂わすが如し。 この故にわれは遠く来れるは、真の解脱を求めんが為なり。 |
もし、 持戒も多聞も智慧も無くて、 禅の静寂を修めようとするならば、 決して、 世間のやり方に従って、 神を祀って大会を設けてはならない。 生き物を、 殺せば、現に楽を得られるとしても、 智者は、 決して、殺さない。 まして、 生き物を殺して、 後世に福が得られるなど、 有るわけが無いのだ。 俗世界の、 有為(うい、移り変わるもの)の果は、 悉く、わたしの楽しむものではない。 諸趣(しょしゅ、天上、人間、畜生、餓鬼、地獄)を、 流れ動く者は、 風や水に、 漂う草のようなものでしかない。 この故に、 わたしは、 遠く国を離れて、 真の解脱を求めているのだ。
注:三界(さんがい):欲界、色界、無色界。 注:有為(うい):因縁によって生じたもの。遷り変り本性が無いもの。 注:諸趣(しょしゅ):天上、人間、畜生、餓鬼、地獄。 注:[漂*寸]は漂に改める。 |
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聞有阿羅灆 善說解脫道 今當往詣彼 大仙牟尼所 誠言苦抑斷 我今誨謝汝 願汝國安隱 善護如帝釋 慧明照天下 猶如盛日光 殊勝大地主 端心護其命 正化護其子 以法王天下 |
阿羅藍(あららん)有り、善く解脱の道を説くと聞けり、 今まさに往きて彼の、大仙牟尼(むに)の所に詣(いた)るべし。 誠言にて苦(ねんごろ)に抑え断じたまえる、われは今汝に誨謝す。 願わくは、汝が国の安穏たりて、善く護ること帝釈の如く、 慧明天下を照らして、なお盛なる日光の如く、 殊勝なる大地主、端心にその命を守りたまいて、 正しくその子を化護し、法を以って天下に王たらんことを。 |
聞けば、 阿羅藍(あららん)という仙人がいて、 善く解脱する道を説いているとか。 今は、 ちょうど、 その大仙人の処に往こうとしていたところだ。 親切なことばで、 わたしを、諫めてくれて、 非常に、感謝している。 願わくは、 あなたの国が、安穏であり、 帝釈のように、善く国を護ることができ、 智慧の明かりは、盛んな日光のように天下を照らし、 殊に勝れた大国の王は、 心を正して、その命を守り、 正しく導いて、お子たちを護り、 法律で、天下に王たられんことを。
注:阿羅藍(あららん):仙人の名。 注:大仙(だいせん):大仙人。 注:牟尼(むに):身口意の業を静止する者に対する敬称。 注:誨謝(けしゃ):感謝。 注:大地主(だいじしゅ):大国の王。 注:端心(たんしん):正しい心。 注:化護(けご):化導と守護。化とは導いて悪から善に化すこと。 |
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水雪火為怨 緣火煙幢起 煙幢成浮雲 浮雲興大雨 有鳥於空中 飲雨不雨身 殺重怨為宅 居宅怨重殺 有殺重怨者 汝今應伏彼 令其得解脫 如飲不雨身 |
水雪は火を怨(あだ)と為し、火に縁りて煙幢起(た)つ、 煙幢は浮雲と成り、浮雲は大雨を興す。 空中に鳥有り、雨を飲めど身を雨(ぬら)さず、 殺は怨を重ねて宅と為し、宅に居れば怨は殺を重ぬ、 殺有らば怨を重ぬるとは、汝今まさに彼を伏すべし、 それをして解脱を得しめよ、飲みて身を雨さざるが如く。』 |
水と雪とは、 火が敵であるが、 火からは、 煙が起ちのぼり、 煙が起ちのぼれば、 浮雲と成り、 浮雲は、 大雨を起す。 空中の、 鳥は、雨を飲みながら身を濡らさない。 殺しは、 敵を重ねて、宅と為す。 宅である、 敵の中に住めば、殺しを重ね、 殺しが有れば、 敵が重なる。 あなたは、 まさに、それを屈伏させなくてはならない。 今、 その束縛から解脱せよ、 鳥が、 雨を飲んでも、身を濡らさないようにして。』
注:幢(どう):高い竿から吊す旗。 |
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時王即叉手 敬コ心歡喜 如汝之所求 願令果速成 汝速成果已 當還攝受我 菩薩心內許 要令隨汝願 交辭而隨路 往詣阿羅藍 王與諸群屬 合掌自隨送 咸起奇特想 而還王舍城 |
時に王即ち叉手し、徳を敬いて心に歓喜すらく、 『汝の求むる所の如き、願わくは果をして速かに成ぜしめんことを。 汝、速かに果を成じおわれば、まさに還ってわれを摂受すべし。』 菩薩、心の内に許すらく、『要ず汝が願に随わしめん』と。 交(こもご)も辞して路に随い、往きて阿羅藍に詣る。 王と諸の群属と、合掌して自ら随い送り、 咸(ことごと)く奇特の想を起して、王舎城に還れり。 |
その時、 王は、 手を組み合わせて合掌し、 菩薩の徳を敬い、 心の中で歓喜して、こう言った、―― 『あなたの求めているものが、 願わくは、速かに成就せられんことを。 あなたが、 速かに成就されたならば、 どうか、 還ってわたくしを導いてください。』 菩薩は、 心の中で同意した、―― 『必ず、あなたの願いを叶えよう。』 交互に 挨拶をかわしながら、路をたどる。 菩薩は、 阿羅藍の所に往き、 王と群臣たちとは、 合掌して見送り、 皆、『素晴らしい人に出会った』と思いながら王舎城に還る。
注:叉手(さしゅ):合掌。 注:摂受(しょうじゅ):慈心にて摂取する。悪道に堕ちないようすくい取る。 注:群属(ぐんぞく):群臣。 |
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