(入苦行林品第七)

 

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太子、苦行林の梵志に諭す

入苦行林品第七

入苦行林(にゅうくぎょうりん)品第七

菩薩は、苦行する仙人と火に事(つか)える仙人とを諭す。

 太子遣車匿  將入仙人處

 端嚴身光曜  普照苦行林

 具足一切義  隨義而之彼

 譬如師子王  入于群獸中

 俗容悉已捨  唯見道真形

太子、車匿を遣(や)り、まさに仙人の処に入らんとす、

端厳なる身に光曜(かがや)き、普く苦行林を照らす。

一切の義を具足し、義に随うて彼(かしこ)に之(ゆ)く、

譬えば師子王の、群獣の中に入れるが如く、

俗容は悉くすでに捨て、ただ道真の形を見るのみ。

太子は、

   車匿を解き放つと、

   仙人の処に入った。

太子の、

   端正で威厳のある身は、

   光を耀かして、

      苦行林をすみずみまで照らす。

一切の義を、

   完全に備えるが故に、

   義に随ってそこに往くのである、

譬えば、

   師子王が、群獣の中に入るように。

世俗の身分を飾る、

   一切の虚飾はすでに捨てた、

ただ、

   道理と真実の肉体が有るのみ。

 

  :端厳(たんごん):端正にして威厳あること。

  :義(ぎ):道理、正義。

  :具足(ぐそく):完全に備える。

  :道真(どうしん):道理と真実。

 彼諸學仙士  忽睹未曾見

 懍然心驚喜  合掌端目矚

 男女隨執事  即視不改儀

 如天觀帝釋  瞪視目不瞬

 諸仙不移足  瞪視亦復然

 任重手執作  瞻敬不釋事

 如牛在轅軛  形來而心依

 俱學神仙者  咸說未曾見

 孔雀等眾鳥  亂聲而翔鳴

 持鹿戒梵志  隨鹿遊山林

 麤性鹿睒[*] 

 見太子端視

 隨鹿諸梵志  端視亦復然

彼の諸の学仙士、忽(たちま)ち未だかつて見ざるを睹(み)て、

慄然として心驚喜し、合掌し端目(たんもく)して矚(み)る。

男女は執事に随えるに、即ち視れども儀を改めず、

天の帝釈を観るが如くに、瞪視(ちょうし)して目瞬かず。

諸仙も足を移さずに、瞪視することまたまた然り、

重きを任(にな)い手に執りて作すも、瞻敬して事を釈(お)かず、

牛の轅軛に在るが如く、形来たりて心依れり。

倶に神仙を学ぶ者は、咸(ことごと)く未だかつて見ざると説き、

孔雀等の衆鳥は、声を乱して翔(かけ)り鳴き、

持鹿戒の梵志は、鹿に随い山林に遊び、

麁性の鹿は睒睗(せんせき)し、太子を見て端視し、

鹿に随う諸の梵志も、端視することまたまた然るなり。

そこの、

   見習いの仙人たちは、

      すぐに、未曽有の人に目をとめた。

      ふるえながら

         驚喜して合掌し、

         目をみはって見つめている。

   雑務をしていた男女は、

      目をみはり、服装を整えることも忘れた。

      天たちが

         帝釈を観るように、

         じっと見てまばたかない。

   仙人たちも、

      同じように、

      じっと立ったまま、注視していた。

   重い物を荷う者も、

   道具を手に持って作業する者も、

      仰ぎ見たまま、

      仕事を続ける。

   牛が軛(くびき)に繋がれるように、

      肉体は動きながら、

      心は太子に依りかかっている。

   神仙の術を学ぶ者たちは、

      皆、未曽有を見たと話しあい、

   孔雀等の鳥たちは、

      飛び回り、

      声を乱して鳴きあい、

   鹿戒(ろくかい)を持(たも)つ梵志は、

      鹿の後について、山林に遊んでいたが、

      がさつな鹿が、ちらっと太子を見ると、

      自らも同じように、ちらっと見た。

 

  :学仙士(がくせんし):仙人の修業をする者。

  :慄然(りつぜん):畏れおののく。

  :端目(たんもく):礼儀正しく見る。

  :執事(しゅうじ):雑務をつかさどる監督。 または仕事。

  :瞪視(ちょうし):じっと見つめる。

  :瞻敬(せんぎょう):敬って仰ぎ見る。

  :轅軛(えんやく):牛を車につなぐ轅(ながえ)と軛(くびき)。

  :鹿戒(ろくかい):鹿のごとく草を食う戒。

  :梵志(ぼんし):婆羅門の修行者。

  :麁性(そしょう):荒々しい性質。 がさつ。

  :睒睗(せんせき):ちらっと見る。

  :端視(たんし):まっすぐ見つめる。

 甘蔗燈重明  猶如初日光

 能感群乳牛  搶o甜香乳

 彼諸梵志等  驚喜傳相告

 為八婆藪天  為二阿濕波

 為第六魔王  為梵迦夷天

 為日月天子  而來下此耶

 要是所應敬  奔競來供養

甘蔗の灯は明かりを重ね、なお初めての日の光の如く、

よく群の乳牛に感じて、増(ますま)す甜(あま)き香乳を出す。

彼の諸の梵志等は、驚喜し伝えて相い告ぐらく、

『八婆数天(ばすてん)たりや、二阿湿波(あしは)たりや、

 第六魔王たりや、梵迦夷天(ぼんかいてん)たりや、

 日月天子たりや、しかも来たりてここに下れるや。

 要(かなら)ず、これまさに敬うべき所なり。』と、

   奔り競って来たり供養す。

甘蔗(かんしょ、一族の尊称)の灯は、

   明かりを重ねて、

   朝日がさしたように、

      乳牛の群に感じさせて、

      甘く香り高い乳を増々出させた。

そこの、

   梵志たちは、

      驚喜して伝えあい、尋ねあった、――

   『八婆数天(ばすてん、八柱の神々)だろうか?

    二阿湿波(あしは、双子の神)だろうか?

    第六天の魔王(まおう、他化自在天)だろうか?

    梵迦夷天(ぼんかいてん、初禅天)だろうか?

    日月の天子だろうか?

    なぜ、

       下りて来なさったのだろう?

    これは、

       必ず、敬われている方だ。』と。

そこで、

   走ってそばに来て、

   供養を競いあった。

 

  :甘蔗(かんしょ):太子の一族の尊称。 太子のことを言う。

  :婆数天(ばすてん):神の名、水、北極星、月、大地、風、火、暁、光の神格化。

  :阿湿波(あしは):神の名、双子の神。

  :第六魔王:欲界第六天の王、他化自在天。

  :梵迦夷(ぼんかい):色界の初禅天。

 太子亦謙下  敬辭以問訊

 菩薩遍觀察  林中諸梵志

 種種修福業  悉求生天樂

 問長宿梵志  所行真實道

 今我初至此  未知行何法

 隨事而請問  願為我解說

太子もまた下に謙(ゆず)りて、敬辞を以って問訊(もんじん)す。

菩薩遍く観察するに、林中の諸の梵志は、

種種に福業を修め、悉く天に生ずる楽を求む。

長宿の梵志に、行う所の真実の道を問わく、

『今われ初めてここに至るも、未だ知らず何の法を行いたもうや。

 事に随うて請い問わん、願わくはわが為に解説したまえ。』と。

太子も、

   同じようにへり下り、

   丁寧な言葉で挨拶を交わした。

菩薩(ぼさつ、太子)は、

   林の中の梵志たちを、観察した、――

      皆、種種の福業を修め、

      悉く、天に生れる楽を求めている。

長老の梵志に、

   彼等の行う真実の道を問うた、――

   『今、わたしは初めてここに来ましたので、

    未だ、

       何も知りません。

    何の法を、

       修行していらっしゃるのでしょうか?

    事事に、

       問い訊ねることをお許しねがい、

    どうか、

       わたくしの為に、

       解説してください。』と。

 

 

  :敬辞(きょうじ):敬った言葉。

  :問訊(もんじん):挨拶する。

  :福業(ふくごう):天に生れる福を得る修行。

  :長宿(ちょうしゅく):長老。

 爾時彼二生  具以諸苦行

 及與苦行果  次第隨事答

 非聚落所出  清淨水生物

 或食根莖葉  或復食華果

 種種各異道  服食亦不同

その時、彼の二生(にしょう)、具(つぶさ)に諸の苦行、

および苦行の果を以って、次第に事に随うて答う。

『聚落より出づる所に非ざる、清浄なる水に生ずる物、

 或は根茎葉を食い、或はまた華果を食い、

 種種に各道を異にすれば、服食(ふくじき)もまた同じからず。

その時

   そこの婆羅門たちは、

      諸の

         苦行と、その苦行の果とを、

         ひとつひとつ丁寧に答えた、――

      『わたくし共は、

          聚落より出た物は食いません。

       ある者は清浄な水に生ずる物のみを食い、

       ある者は根菜や茎や葉のみを食い、

       ある者は花や果物のみを食い、

       皆は種種に、

          各々の道を異にしていますので、

          飲み食いする物も同じではありません。

 

  :二生(にしょう):再び生れる者、婆羅門をいう。

  :聚落(じゅらく):むらざと。 小さな町。

  :服食(ふくじき):薬を服(の)み、ものを食う。

 或習於鳥生  兩足鉗取食

 有隨鹿食草  吸風蟒陀仙

 木石舂不食  兩齒嚙為痕

 或乞食施人  取殘而自食

 或常水沐頭  或復奉事火

 水居習魚仙  如是等種種

 梵志修苦行  壽終得生天

 以因苦行故  當得安樂果

 或は鳥の生に習いて、両足を鉗取(かんしゅ)して食(じき)し、

 有るは鹿に随(なら)いて草を食し、風を吸う蟒蛇仙(もうだせん)は、

 木石にて舂(つ)かば食わず、両の歯にて噛みて痕(あと)を為す。

 或は乞食して人に施し、残りを取りて自ら食す、

 或は常に水にて頭を沐(あら)い、或はまた火に奉事し、

 水居して魚に仙を習う。 かくの如き等の種種あり。

 梵志は苦行を修め、寿(いのち)終らば天に生ずるを得。

 苦行に因(よ)るを以っての故に、まさに安楽の果を得べし。』と。

       ある者は、

          鳥をまねて、

          両足で食い物を挟んで取ります。

       ある者は、

          鹿をまねて、

          草を食います。

       風を吸う蟒蛇仙(もうだせん)は、

          木や石の臼で搗いた物は食わず、

          上下の歯で噛んで食いますので、

             傷痕が残っています。

       ある者は、

          人に乞うた食い物を人に施し、

          その残りを自ら食います。

       ある者は、

          常に、水で髪を洗い、

       ある者は、

          水で髪を洗って、

          火に事(つか)え、

       ある者は、

          水中で暮して、

          魚に仙術を習い、

       梵志たちは、このように

          種種の苦行を修めていますので、

          寿命が尽きれば、

             天に生れることができます。

       苦行すれば、

          必ず、安楽の果実を得る、

          これが、道理です。』と。

 

  :鉗取(かんしゅ):挟み取る。

  :蟒蛇(もうだ):うわばみ、大蛇。

  :乞食(こつじき):施しものを食うこと。

  :奉事(ぶじ):敬ってつかえること。

  :事火(じか):火の神に事えること。

  :水居(すいご):水中に住まう。

 兩足尊賢士  聞此諸苦行

 不見真實義  內心不欣ス

 思惟哀念彼  心口自相告

 哀哉大苦行  唯求人天報

 輪迴向生死  苦多而果少

 違親捨勝境  決定求天樂

 雖免於小苦  終為大苦縛

両足の尊、賢士は、この諸の苦行を聞くに、

真実の義を見ずして、内心に欣悦せず、

思惟して哀れみ彼を念えば、心と口とは自ずから相い告ぐらく、

『哀れなるかな、大いに苦行して、ただ人天の報を求む。

 輪廻して生死に向かうは、苦多くして果少なし。

 親に違うて勝境を捨て、決定して天の楽を求むるは、

 小苦を免るといえども、終(つい)に大苦に縛られなん。

両足の尊者にして賢英の人は、

   この諸の苦行を聞いたが、

   そこに真実の義を見いだせず、

   心の内には、

      悦びが無かった。

   よく考え哀れんで

      彼等のことを思った。

   心の中は、

      自然に、

      教えとなって口にでる、――

      『哀れなことだ、

          大いに苦行しながら、

          ただ、

             人天の報を求めるのみ。

       輪廻して、

          生死に向かうとは、

          苦は多くして、

          果は少ない。

       親に背いて勝れた境界を捨て、

       心を定めて、

          天の楽を求めるのでは、

             小さな苦を免れたとしても、

             やがて、

                大きな苦に縛られなくてはならない。

 

  :両足尊(りょうそくそん):人の中の尊者。

  :賢士(けんし):賢い人。

  :欣悦(ごんえつ):よろこぶ。

  :人天の報:天上、人間に生れて得る報。

  :勝境(しょうきょう):勝れた境界。

 自枯槁其形  修行諸苦行

 而求於受生  搨キ五欲因

 不觀生死故  以苦而求苦

 一切眾生類  心常畏於死

 精勤求受生  生已會當死

 自らその形を枯槁して、諸の苦行を修行し、

 しかも生を受くるを求めて、五欲の因を増長し、

 生死を観ざるが故に、苦を以って苦を求む。

 一切の衆生の類は、心に常に死を畏るれど、

 精勤して生を受くるを求め、

   生じおわれば会(かなら)ずまさに死すべし。

       自ら肉体を枯らして、

       諸の苦行を修行しても、

          生を受けることを求めていたのでは、

          五欲の因(もと)を増長するばかり。

       生死の苦を、

          観察せずに、

          苦を行って、苦を求める。

       一切の衆生は、

          心では、常に死を畏れていながら、

          熱心に、生を受けることを求める。

       生じれば、

          必ず、死ななければならないのに。

 

  :枯槁(ここう):枯らす。

  :生を受ける:善悪の行為の結果、報として六道に生を受ける。

  :五欲(ごよく):色声香味触:見たり、聞いたり等と、その欲望。

  :五欲の因(もと):五欲と同じ。

  :衆生(しゅじょう):生き物、種種に異なりが有るので類という。

 雖復畏於苦  而長沒苦海

 此生極疲勞  將生復不息

 任苦求現樂  求生天亦勞

 求樂心下劣  俱墮於非義

 方於極鄙劣  精勤則為勝

 未若修智慧  兩捨永無為

 また苦を畏るといえども、長く苦海に没し、

 この生に疲労を極むれど、生ずるを将(も)ってまた息まざらん。

 苦に任えて楽を現すを求め、天に生るるを求めてまた労す、

 楽を求むるは心の下劣なるなり、倶に非義に墜ちなん。

 まさに極めて鄙劣なるに於いて、精勤なるを則ち勝れたりと為す。

 未だ智慧を修むるに若(し)かず、両を捨てて永く無為たらん。

       また、

          苦を畏れながらも、

             長く苦の海に没し、

          この生にては、

             極めて疲労しながらも、

                生ずるよう努力して、

                息(やす)もうとしない。

       また、

          苦に任(た)えて、

             楽が現れるよう求めているが、

          天に生じて、

             また苦労することを求める。

       楽を求める者は、心が下劣である、

          苦行する者も、

          楽を求める者も、

          倶(とも)に、

             道理を忘れている。

       まさに、

          卑しく劣った事について努力し、

          それを、勝れた事であると思っているのだ。

       それよりも、

          智慧を修めた方がよい。

       苦行をする事も、

       楽を求める事も、

          両(ふたつ)ながらに捨て去り、

          永く無為の境地に入ろう。

 

  :鄙劣(ひれつ):卑劣。

  :無為(むい):生死を離れた境地。

 苦身是法者  安樂為非法

 行法而後樂  因法果非法

 身所行起滅  皆由心意力

 若離心意者  此身如枯木

 是故當調心  心調形自正

 身を苦しむるをこれ法なりとせば、安楽なるをば非法と為す、

 法を行いて後に楽しむとは、法に因りて非法の果あり。

 身の行う所の起滅は、皆、心意の力に由る、

 もし心意を離るれば、この身は枯木の如し、

 この故にまさに心を調うべし、心調えば形は自づから正し。

       身を苦しめることが法であれば、安楽は非法である。

       法を行って、後に楽しむのは、

          法に因って、非法の果を得ることになる。

       身が行う事は、皆、心意の力に由る。

       もし、

          心意を離れれば、

          この身は枯木のようになろう。

       この故に、

          心を調えなくてはならず、

          心が調えば、

             肉体は自ずから正されよう。

 食淨為福者  禽獸貧窮子

 常食於果葉  斯等應有福

 若言善心起  苦行為福因

 彼諸安樂行  何不善心起

 樂非善心起  善亦非苦因

 食の浄なるを福と為さば、禽獣、貧窮の子は、

 常に果葉を食う、これ等はまさに福有るべし。

 もし『善心起るにより苦行を福の因と為す』と言わば、

 かの諸の安楽行は、何なる不善心起る、

 楽にて善心起るに非ず、善もまた苦の因に非ず。

       もし、

          浄いものを食うのが福であれば、

       禽獣も貧乏人も、

          常に、果物と茎葉を食っているので、

          必ず、福が有ろう。

       もし、

          『苦行は善心が起るので福の因(もと)である。』と言うならば、

       天に於ける、

          諸の安楽な行いは、

          どのような、

             不善(ふぜん、悪)の心を起すと言うのか?

       楽は、

          善心を起すものでなく、

       善は、また

          苦の因でもない。

 若彼諸外道  以水為淨者

 樂水居眾生  惡業能常淨

 彼本功コ仙  所可住止處

 功コ仙住故  普世之所重

 應尊彼功コ  不應重其處

 如是廣說法  遂至日云暮

 もし彼の諸の外道、水を以って浄なりと為さば、

 水居を楽しむ衆生は、悪業もよく常に浄ならん。

 彼の本功徳仙の、住止すべき所の処は、

 功徳仙住するが故に、普く世の重んずる所なり、

 まさに彼の功徳を尊ぶべし、まさにその処を重んずるべからず。』と。

 かくの如く広く法を説き、遂に日の云(めぐ)りて暮るるに至れり。

       もし、

          あの外道たちが、『水は浄い』と言うならば、

          水中に住むことを楽しむ衆生たちは、

             悪いことをしても、常に浄いはずである。

       本、功徳仙が住んでいた処は、

          功徳仙が住んでいたからといって、

             広く世間で重んじられているが、

          彼の功徳こそが尊ばれるべきであり、

             その処を重んずべきではない。』と。

このように、広く法をお説きになる間に、

いつしか、

   日はとっぷりと暮れた。

 

   :功徳仙(くどくせん):功徳ある仙人。 誰を指すのかは不明。

 

 

 

 

菩薩、火に事える梵志を諭す

 見有事火者  或鑽或吹然

 或有酥油灑  或舉聲咒願

 如是竟日夜  觀察彼所行

 不見真實義  則便欲捨去

 時彼諸梵志  悉來請留住

 眷仰菩薩コ  無不勤勸請

 汝從非法處  來至正法林

 而復欲棄捨  是故勸請留

火に事うる者の有るを見るに、或は鑽(き)り、或は吹きて然(もや)し、

或は酥油を灑(そそ)ぐ有り、或は声を挙げて咒願して、

かくの如くに日夜を竟(お)う。 彼の行う所を観察するに、

真実の義に見えざれば、則便ち捨てて去らんと欲す。

時に彼の諸の梵志、悉く来たりて留住を請い、

菩薩の徳を眷仰して、勤めて勧請せざる無し。

『汝、非法の処より来たりて正法の林に至れども、

 また棄捨せんと欲す。 この故に留まらんことを勧請す。』と。

菩薩は、

   火に事える者たちを見た。

      ある者は火をおこし、

      ある者は火を吹いて燃やし、

      ある者は火にバターをふりかけ、

      ある者は火神に声を挙げて咒願する。

   これを、

      日を夜についで行う。

菩薩は、

   彼等の行いを観察したが、

   真実の義を見いだせず、

   捨てて去ろうとした。

その時、

   そこの梵志たちは、

      皆が出てきてひき留めた。

   菩薩の徳を慕い仰ぎ、

      皆が懸命にひき留めた、――

   『あなたは、

       あの非法の処より、この正法の林に来られた。

    しかし、

       また捨てて去ろうとされるとは、どうしたことか。

    ここはひとつ、

       どうしても、おひき留めしなくてはなりません。』と。

 

  :鑽(き)る:乾燥した木片に木の棒をきりもみして火をおこす。

  :酥油(そゆ):バター。

  :咒願(じゅがん):呪文を唱えて願い事をする。

  :則便:すなわち。 そこであっさりと。

  :留住(るじゅう):留まって住む。

  :眷仰(けんごう):慕い仰ぐ。

  :棄捨(きしゃ):捨て去る。

  :勧請(かんじょう):丁寧に招待すること。

 諸長宿梵志  蓬髮服草衣

 追隨菩薩後  願請小留神

 菩薩見諸老  隨逐身疲勞

 止住一樹下  安慰遣令還

諸の長宿の梵志は、蓬髪に草衣を服(き)て、

菩薩の後を追随し、願いて小(しばら)く神を留めんと請う。

菩薩は諸老を見るに、随逐して身は疲労せり、

一樹の下に止住し、安慰し遣りて還らしめんとす。

長老の梵志たちは、

   長くもつれた髪をふり乱し、

   草で樹皮を編んだ服をつけ、

   菩薩の後に追いしがたい、

   『ほんの少しでもお気に留めてください。』と願った。

菩薩は、

   老人たちが息をきらしているのを見て、

   一樹の下に止まり、

   落ち着かせて還らせようとした。

 

  :随逐(ずいちく):後を追う。

  :留神(るじん):心を留める、注意する。

  :止住(しじゅう):止まる。

  :安慰(あんに):落ち着かせる。

 梵志諸長幼  圍繞合掌請

 汝忽來至此  園林妙充滿

 而今棄捨去  遂成丘曠野

 如人愛壽命  不欲捨其身

 我等亦如是  唯願小留住

梵志の諸の長幼は、囲遶し合掌して請うらく、

『汝忽(たちま)ち来たりてここに至り、園林には妙なるもの充満す、

 今棄捨して去れば、遂に曠野に丘(むな)しからん。

 人の寿命を愛するが如きは、その身を捨てんとは欲せず、

 われ等もまたかくの如し。 ただ願わくは小く留住せられよ。

梵志たちは、

   老いた者も幼い者も、

   菩薩を取囲み合掌して、こう請うた、――

   『あなたが、

       ふと、ここにお出でになると、

       この園林には素晴らしいものが充満しました。

    あなたが、

       今、ここを捨ててお去りになれば、

       ここは墓場のように空しくなるでしょう。

    人というものは、

       もし寿命を愛するならば、

          その身を捨てたりはいたしません。

       わたし共も同じです。

    どうか、

       しばらくの間でも、ご逗留なさってください。

 

  :丘:墓所の意、むなしと読む。

 此處諸梵志  王仙及天仙

 皆依於此處  又鄰雪山側

 搨キ人苦行  其處莫過此

 眾多諸學士  由此路生天

 求福學仙者  皆從此已北

 攝受於正法  慧者不遊南

 この処の諸の梵志、王仙および天仙は、

 皆、この処に依る。 また雪山の側に隣(となり)すれば、

 人の苦行を増長す。 その処ここに過ぎたるは莫し。

 衆多の諸の学士は、この路に由りて天に生じ、

 福を求め仙を学ぶには、皆ここより北にて、

 正法を摂受し、慧ある者は南に遊ばず。

    この処は、

       梵志たちや、王仙および天仙たちが、

          皆、身を寄せる処です。

    また、

       雪山(せっせん、ヒマラヤ山)の隣ですので、

       他の処より苦行の効果を増長します。

    また、

       多くの仙人は、この路をとおって天に生れました。

       来世の福を求めて、仙術を学ぶ者たちは、

          皆、ここより北で正法を得ており、

       智慧のある者で、

          南に遊ぶ者はおりません。

 

  :王仙(おうせん):王であったが仙人の修行をする者。

  :天仙(てんせん):天であったが仙人の修行をする者。

  :雪山(せっせん):ヒマラヤ山脈。 その南麓は気候は温涼であり、風光は明媚である。

  :衆多(しゅうた):多くの人。

  :学士(がくし):天に生れる術を学ぶ者。 仙人。

  :学仙:仙は仙術、天に生れる術。 天に生れる術を学ぶ。

  :已北(いほく):以北。

  :摂受(しょうじゅ):受けて収める。

 若汝見我等  懈怠不精進

 行諸不淨法  而不樂住者

 我等悉應去  汝可留止此

 此諸梵志等  常求苦行伴

 汝為苦行長  云何相棄捨

 若能止住此  奉事如帝釋

 亦如天奉事  毘梨訶缽低

 もし汝、われ等は懈怠、精進せずして、

 諸の不浄の法を行ずと見て、住まることを楽しまざれば、

 われ等は悉くまさに去るべくして、汝はここに留止すべし。

 ここの諸の梵志等は、常に苦行の伴(とも)を求め、

 汝を苦行の長と為す。 云何が相い棄捨する。

 もしよくここに止住せば、奉事すること帝釈の如く、

 また天の毘利訶鉢低(びりかばつてい)に奉事するが如くせん。』と。

    もし、

       あなたが、

          『お前たちは、怠けて精進せず、

           しかも、

              諸の不浄の法を行っている。

           ここには、

              住まりたくない。』と仰るならば、

       わたくし共が、

          悉く、ここを去りましょう。

       あなたは、

          ぜひ、ここにお留まりください。

    ここの

       梵志たちは、

          常に、いっしょに苦行する人を求めています。

    あなたを、

       われわれ苦行する者の長といたしますが、

       それでも、

          見捨てると仰るのですか?

    もし、

       ここに留まっていただければ、

          帝釈に事えるように、

          あなたに事えましょう。

       また、

          天たちが、毘利訶鉢低(びりかばつてい)に事えるように、

          われわれは、あなたに事えます。』と。

 

  :留止(るし):留まる。

  :奉事(ぶじ):奉仕する。

  :毘梨訶鉢低(びりかばつてい):神名。 太白星。

 菩薩向梵志  說己心所期

 我修正方便  唯欲滅諸有

 汝等心質直  行法亦寂默

 親念於來賓  我心實愛樂

 美說感人懷  聞者皆沐浴

 聞汝等所說  揄苙ル法情

菩薩は梵志に向かい、己が心に期する所を説かく、

『われ正しき方便を修めて、ただ諸有の滅せんことを欲す、

 汝等は心質直(しつじき)にして、行法もまた寂黙たり。

 親しく来賓を念うに、わが心は実に愛し楽しめり。

 美説は人の懐(こころ)に感じ、聞く者は皆沐浴(もくよく)す。

 汝等が説く所を聞くに、わが法を楽しむの情を増せり。

菩薩は、

   梵志たちに向って、自らの決心を説いた、――

   『わたしは、

       正しい方便(ほうべん、方法)を修めて、

       ただ、

          迷いの人生を滅(ほろ)ぼそうとしている。

    あなた方の、

       心は実直であり、

       修行法もまた心静かである。

    あなた方は、

       親しく客をもてなし、

       わたしの心は楽しんだ。

    あなた方は、

       美しく説いて

       人の心に感じさせ、

    聞く者は、

       皆、その恩恵を受ける。

    あなた方の、

       説く所を聞くと、

    わたしは、

       法を楽しむ心が増してくる。

 

  :諸有(しょう):迷いの生存。 人の身心。

  :質直(しつじき):正直、実直。

  :寂黙(じゃくもく):ひっそりと静か。

  :沐浴(もくよく):恩恵を受ける。

 汝等悉歸我  以為法良朋

 而今棄捨汝  其心甚悵然

 先違本親屬  今與汝等乖

 合會別離苦  其苦等無異

 汝等は悉く我に帰し、以って法の良き朋(とも)為らんとすれども、

 今汝等を棄捨せんには、その心甚だ悵然(ちょうねん)たらん。

 先には本の親族と違い、今は汝等と乖(そむ)く、

 合会と別離の苦は、その苦は等しきこと異なり無し。

    あなた方が、

       悉く、わたしになついて心を寄せ、

       良い法の朋(とも)となろうとするのに、

    わたしは、

       今、あなた方を捨てるのであるから、

    あなた方の、

       心は、さぞかしがっかりすることだろう。

    わたしは、

       先には、本の親族に違い、

       今は、あなた方に背こうとしている。

    しかし、

       会うことも、別れることも、

       その苦は、

          等しくて異なりが無い。

 

  :悵然(ちょうねん):がっかりするさま。

  :合会(ごうえ):相い会うこと。

 非我心不樂  亦不見他過

 但汝等苦行  悉求生天樂

 我求滅三有  形背而心乖

 汝等所行法  自習先師業

 我為滅諸集  以求無集法

 是故於此林  永無久停理

 わが心の楽しまざるに非ず、また他の過ちをも見ず、

 ただ汝等が苦行は、悉く天に生ずる楽を求むるのみ、

 わが三有を滅するを求むるには、形背いて心も乖く。

 汝等が行う所の法は、自ら先師の業に習えり、

 われは諸集を滅せんが為に、以って無集の法を求む。

 この故にこの林に於いて、久しく停るの理は永く無し。』と。

    わたしの心は、

       あなた方の修行を楽しまないのではない、

    また、

       あなた方に他の過ちを見たというのでもない。

    ただ、

       あなた方の苦行は、悉く天に生れる楽を求め、

       わたしの求めるのは、三界での生死を滅ぼすことにある、

       わたしの、

          肉体も心も倶に、あなた方に背いている。

    あなた方の、

       行っている法は、自ら先師の業に習われたのであろうが、

    わたしは、

       あらゆる苦の原因を滅ぼして、

       その結果、

          あらゆる苦の原因の無い世界を求めている。

    この故に、

       この林に永く留まる道理は、まったく無いのだ。』と。

 

  :三有(さんう):三界(欲界、色界、無色界)の異名、生死の境界。

  :諸集(しょしゅう):三界の苦報を起す諸の原因。 貪瞋癡等の煩悩、および善悪の諸業。

 爾時諸梵志  聞菩薩所說

 真實有義言  辭辯理高勝

 其心大歡喜  倍深加宗敬

 時有一梵志  常臥塵土中

 縈髮衣樹皮  黃眼脩高鼻

 而白菩薩言  志固智慧明

 決定了生過  善知離生安

 祠祀祈天神  及種種苦行

 悉求生天樂  未離貪欲境

その時、諸の梵志は菩薩の説きたもう所の、

真実にして義有るの言、辞辯と理の高勝なるを聞き、

その心は大いに歓喜し、倍して深く宗敬を加う。

時に一梵志有り、常に塵土の中に臥し、

縈髪(えいはつ)に樹皮を衣とし、黄眼に脩高なる鼻なり、

しかも菩薩に白して言さく、『志固く智慧明らかなり、

 決定して生の過を了(おわ)り、善く生を離るるを知りて安からん。

 祠祀して天神に祈り、および種種の苦行して、

 悉く天に生ずる楽を求むるは、未だ貪欲の境を離れず。

その時、

   梵志たちは、

      菩薩の説かれた、

         真実にして有意義な言葉と、

         言葉たくみで高尚な道理とを聞いて、

      その心は、

         大いに歓喜し、

         倍して尊敬を深めた。

その時、

   ある梵志がいて、

      常に、土ぼこりの中に臥し、

      髪を、長く束ねて巻き、

      黄色い眼で、高く長い鼻であった。

   その梵志は、

      菩薩にこう言った、――

      『あなたは、

          志が堅固であり、智慧が明らか、

          必ず、

             生死の過を終えて、

             生死を離れる法を知り、

             心が安らかになるでしょう。

       われわれのように、

          天神を祠(まつ)って祈り、

          種種の苦行をして、

             悉く、天に生れる楽を求めても、

             未だ、貪欲の境を離れません。

 

  :辞辯(じべん):言葉たくみに語ること。

  :高勝(こうしょう):高尚。

  :宗敬(そうけい):尊敬。

  :縈髪(えいはつ):束ねて巻いた髪。

  :脩高(しゅうこう):長く高い。

 能與貪欲爭  志求真解脫

 此則為丈夫  決定正覺士

 斯處不足留  當至頻陀山

 彼有大牟尼  名曰阿羅藍

 唯彼得究竟  第一搶汪

 汝當往詣彼  得聞真實道

 能使心ス者  必當行其法

 よく貪欲と争い、志は真の解脱を求むる、

 これ則ち丈夫と為す、決定して正覚士たらん。

 ここの処は留まるに足らず、まさに頻陀山(ひんだせん)に至るべし。

 彼(かしこ)に大牟尼有り、名を阿羅藍(あららん)と曰う、

 ただ彼のみ究竟の、第一に増す勝れたる眼を得たり。

 汝はまさに往きて彼に詣で、真実の道を聞くを得べし。

 よく心をして悦ばしむれば、必ずまさにその法を行うべし。

       あなたは、

          貪欲と争い、志して真の解脱を求めていられます。

       これこそが、

          丈夫であり、必ず正覚士(しょうがくし、仏)となられましょう。

       ここは、

          留まるに足る処ではございません、

       頻陀山(ひんだせん)に

          お往きなさるのがよいでしょう。

       そこには、

          大仙人がおり、

          名を、

             阿羅藍(あららん)といいます。

       ただ、

          彼のみが、窮極の第一に勝れた眼を得ております。

       あなたは、

          彼の所にお往きなさいまし、

          必ず、真実の道を聞くことができましょう。

       もし、お心に適えば、

       その時、

          その法を行えばよろしいでしょう。

 

  :丈夫(じょうぶ):立派な男。

  :正覚士(しょうがくし):仏の異名。

  :頻陀山(ひんだせん):山の名。

  :牟尼(むに):寂黙、身口意の三業を静止した尊者。 仏のみでなく、また仙人にも言う。

  :阿羅藍(あららん):禅定を実践する仙人。

 我觀汝志樂  恐亦非所安

 當復捨彼遊  更求餘多聞

 隆鼻廣長目  丹脣素利齒

 薄膚面光澤  朱舌長軟薄

 如是眾妙相  悉飲爾炎水

 當度不測深  世間無有比

 耆舊諸仙人  不得者當得

 われ汝が志楽(しぎょう)を観るに、恐らくはまた安んずる所に非ず、

 まさにまた彼を捨てて遊び、更に余の多聞を求むべし。

 隆き鼻と広く長き目、丹(あか)き唇と素(しろ)く利き歯、

 薄き膚と面の光沢、朱(あか)き舌は長く軟らかく薄し、

 かくの如き衆の妙相は、悉く爾炎(にえん)の水を飲み、

 まさに測られざる深みを度(わた)り、

   世間に比(たぐい)有ることの無かるべし。

 耆旧(ぎきゅう)の諸の仙人の得ざる者をまさに得べし。』と。

       わたしが、

          あなたの、志と願いを観てみますと、

       恐らく、

          あなたは、またそこにも安んじないはずです。

       必ず、

          また、彼を捨ててお遊びになり、

          更に、他の学者を求められましょう。

       あなたの、

          高い鼻、

          広く長い目、

          朱い唇、

          白く鋭い歯、

          薄い皮膚、

          光沢のある顔面、

          赤く長く軟らかく薄い舌、

       このような、

          素晴らしい相は、

          悉く、

             智慧の水を飲みほし、

             測れないほどの深みを度(わた)る相であり、

          世間に比類ない相です。

       あなたは、

          往古の仙人たちでさえ、

             得られなかったものを、

          必ず、

             得ることでしょう。』と。

 

  :志楽(しぎょう):志願。

  :多聞(たもん):多く聞く者、物知り。

  :爾炎(にえん):智慧の境界に生ずることのできる者。 智慧。

  :耆旧(ぎきゅう):老年。

 菩薩領其言  與諸仙人別

 彼諸仙人眾  右繞各辭還

菩薩はその言を領し、諸の仙人と別る。

彼の諸の仙人衆は、右に繞(めぐ)りて各辞して還れり。

菩薩は、

   その言葉にうなづき、

   仙人たちと別れることにした。

仙人たちは、

   菩薩の回りを、右に迴り、

   各々、

      別れの言葉を残して帰っていった。

 

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