(車匿還品第六)

 

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佛所行讚卷第二(亦云佛本行經)

 馬鳴菩薩造

 北涼天竺三藏曇無讖譯

仏の所行の讃 巻の第二(また仏の本行経ともいう)

  馬鳴菩薩造り

  北涼の天竺三蔵 曇無讖訳す

   釈迦一代の本行(ほんぎょう、仏の所行)を説く。

 

 

太子、車匿に言付けて父王に申し開く

車匿還品第六

車匿還品(しゃのくげんぽん)第六

 太子は、御者の車匿(しゃのく)と別れて苦行仙人の林に入る。

 

  :車匿(しゃのく):御者の名。

 須臾夜已過  眾生眼光出

 顧見林樹間  跋伽仙人處

 林流極清曠  禽獸親附人

 太子見心喜  形勞自然息

 此則為祥瑞  必獲未曾利

 又見彼仙人  是所應供養

 并自護其儀  滅除高慢跡

 下馬手摩頭  汝今已度我

須臾にして夜すでに過ぎ、衆生の眼に光出づ、

顧り見るは林樹の間、跋伽(ばつが)仙人の処、

林流は極めて清く曠(あき)らかに、禽獣は親しく人に附く。

太子見て心に喜び、形の労は自然に息(や)む、

これ則ち祥瑞たり、必ずや未曽の利を獲ん、

また彼の仙人を見るに、これ供養に応ずる所なり、

并せて自らもその儀を護りて、高慢の跡を滅除し、

馬を下り手にて頭を摩(な)づ、『汝、今すでにわれを度せり。』と。

しばらくして

   夜もたけなわ、動物たちの眼からは光が出はじめた。

辺りをながめれば、

   樹林の間は、跋伽(ばつが)仙人の住処である。

   林の中の河は、極めて清く広やかに流れ、

   禽獣は、親しげに人に近づく。

太子は、これを見て、

   心に、喜びを感じ、

   体の、疲労も自然に消え去る。

   『これは、

      祥瑞(しょうずい)であるぞ、

      必ず、未曽有の利を得ることになろう。』

また、

   彼の仙人を見た、

   『これは、

      供養を受けるにふさわしい。』

   自ら、

      威儀を正し、

      謙遜して高慢の跡を取り除いた。

馬を下り、

   頭を撫でて、こう言った、――

   『お前の仕事は今おわった。』と。

 

  :須臾(しゅゆ):しばらくの間。

  :顧見(こけん):ながめる。

  :跋伽仙人(ばつがせんにん):苦行婆羅門の名、仏が最初に事えた仙人。

  :禽獣(きんじゅう):鳥と獣。

  :祥瑞(しょうずい):めでたい兆しのしるし。

 慈目視車匿  猶清涼水洗

 駿足馳若飛  汝常係馬後

 感汝深敬勤  精勤無懈惓

 餘事不足計  唯取汝真心

 心敬形堪勤  此二今始見

 人有心至誠  身力無所堪

 力堪心不至  汝今二俱備

慈の目に車匿を視ること、なおし清涼の水にて洗うがごとし、

『駿足にて馳せ飛ぶが若し、汝は常に馬の後に係(つな)がれり、

 汝が深き敬勤に感ず。 精勤すること懈惓(けけん)無ければ、

 余事は計うるに足らず、ただ汝が真心を取るのみ。

 心敬いて形勤むるに堪う、この二は今始めて見ぬ、

 人は心に至誠有れど、身力の堪うる所無く、

 力堪うれど心至らざるを、汝は今二を倶に備う。

慈悲の

   目で車匿を視た、

   清涼な水でその身を洗うように。

『お前の、

    駿足ぶりは、

      飛ぶように走り、常に馬の後から離れない。

 お前の、

    深く敬った勤めようと、

    精勤して怠けない心は、

      わたしを感動させた。

 他の事はどうでもよい、

    ただお前の真心をくみ取ろう。

 心で敬い、体で勤めにたえる、

 今、はじめて、

    この二つを同時に見た。

 人は、

    真心が有っても、身の力が不足するか、

    力は有っても、心が足らないかであるのに、

 お前は、

    これを、二つながらに備えている。

 

  :敬勤(きょうごん):敬って勤める。

  :精勤(しょうごん):懸命に勤める。

  :懈惓(けけん):疲れ怠ける。

 捐棄世榮利  進步隨我來

 何人不向利  無利親戚離

 汝今空隨我  不求現世報

 夫人生育子  為以紹宗嗣

 所以奉敬王  為以報恩養

 一切皆求利  汝獨背利遊

 至言不煩多  今當略告汝

 汝事我已畢  今且乘馬還

 自我長夜來  所求處今得

 世の栄利を捐棄(す)てて、歩みを進めてわれに随うて来たる、

 何人か利に向わざる、利無くば親戚すら離るるを、

 汝は今空しくわれに随い、現世の報を求めず。

 それ人の子を生育するは、以って宗嗣を紹がしめんが為なり、

 王を奉敬する所以は、以って恩養に報いんが為なり、

 一切は皆利を求むるに、汝独りは利に背いて遊べり。

 至言は煩多ならざれど、今はまさに略して汝に告ぐべし、

 汝われに事えおわらば、今且く馬に乗りて還れ、

 われ長夜に来たるにより、求むる所の処を今得たり。』と。

 世の栄利を捨て、

    懸命に歩んで、わたしに随って来た。

 誰か、

    利を求めない者がいるだろうか、

    利が無ければ、親戚さえも離れてしまうというのに。

 お前は、

    今、空しくわたしに随い、

    現世の報を求めようとはしない。

 人というものは、

    子を生み育てるのは、それで子孫を紹ぐためである。

    王を敬って奉るのは、それで養いの恩に報いるためである。

 一切の者は、利を求めているのに、

 お前だけは、利に背いて遊んでいる。

 言葉は、

    いくら尽しても、それを面倒だとは思わないが、

    今は、もう略してお前に言うことにしよう。

 お前の、

    仕事は、もうおわった、

    今は、いったん馬に乗って還れ。

 わたしは、

    夜通し来て、

    ここに、

       目的の場所を見つけた。』と。

 

  :捐棄(けんき):捨てる。

  :宗嗣(そうし):子孫、後継。

  :奉敬(ぶきょう):敬って奉る。

  :恩養(おんよう):扶養の恩。

  :煩多(はんた):煩わしい。

 即脫寶瓔珞  以授於車匿

 具持是賜汝  以慰汝憂悲

 寶冠頂摩尼  光明照其身

 即脫置掌中  如日曜須彌

 車匿持此珠  還歸父王所

 持珠禮王足  以表我虔心

 為我請王  願捨愛戀情

 為脫生老死  故入苦行林

 亦不求生天  非無仰戀心

 亦不懷結恨  唯欲捨憂悲

 長夜集恩愛  要當有別離

 以有當離故  故求解脫因

即ち宝の瓔珞を脱(と)り、以って車匿に授く、

『具持せるこれを汝に賜(さず)く、以って汝が憂悲を慰めよ。』、

宝冠の頂の摩尼は、光明その身を照らす、

即ち脱りて掌中に置けば、日の須弥を曜(かがやか)すが如し。

『車匿この珠を持ちて、また父王の所に帰り、

 珠を持ちて王の足に礼し、以ってわが虔心(けんしん)を表し、

 わが為に王に啓請せよ、『願わくは愛恋の情を捨てたまえ、

  生老死を脱れんが為の故に、苦行林に入りたれども、

  また天に生るるを求めず。 仰恋の心の無きにしも非ざれど、

  また結恨を懐かず、ただ憂悲を捨てんと欲するのみ。

  長夜に恩愛を集むるも、要ずまさに別離は有るべし。

  まさに離るべきこと有るを以っての故に、故に解脱の因を求む。

そして、

   宝の瓔珞を取って車匿に授け、こう言った、――

『わたしが身につけていたこれを、お前にやろう。

 これで、

    お前の憂いと悲しみを慰めよ。』と。

宝冠の頂の摩尼珠は、

   太子の身を、その光明で照らしている。

太子は、

   それを、

      脱いで掌中に置いた、

      日の光が須弥山を耀かすように、

      摩尼珠の光が太子の身を輝かす。

『車匿、

   この宝冠を持って父王の所に帰り、

   王の足に礼をしたならば、

   珠を奉げ、

      これが、わたしの敬い慎む心だと言い、

   わたしの為にこう申せ、――

      『どうか、

          愛し恋い慕う心をば、お捨てください。

       苦行林に入りましたのは、

          生老病死を脱れる為で、

          自ら天に生まれる為ではございません。

       父上を、

          仰ぎ見て恋い慕う心が無いわけではございませんが、

       これ以上、

          心に恨みを結ぶことなく、

          ただ憂いと悲しみを捨てようと思うばかりです。

       永い年月、

          父上の恩と愛情とを集めてまいりましたが、

          別離の悲しみは必ず有るものでございます。

       この、

          別離が有ればこそ、解脱の要因を求めるのです。

 

  :虔心(けんしん):敬虔の心、敬い慎む心。

  :啓請(けいしょう):申し開き。

  :仰恋(ぎょうれん):恋い慕う。

  :結恨(けつこん):恨みが結ばる。

  :長夜(ちょうや):無明の年月の永いことの譬え。

  :恩愛(おんない):親子、夫婦の情。

 若得解脫者  永無離親期

 為斷憂出家  勿為子生憂

 五欲為憂根  應憂著欲者

 乃祖諸勝王  堅固志不移

 今我襲餘財  唯法捨非宜

 夫人命終時  財產悉遺子

 子多貪俗利  而我樂法財

 若言年少壯  非是遊學時

 當知求正法  無時非為時

  もし解脱を得ば、永く親に離るるの期(ご)無し。

  憂いを断たんが為に出家せしに、子の為に憂いを生じたもう勿れ。

  五欲は憂いの根たり、まさに欲に著する者をば憂うべし。

  乃祖(ないそ)の諸勝王は、堅固に志を移さざりき、

  今われ余の財はただ法のみを襲い、宜しからざるを捨つ。

  それ人は命の終りの時、財産をば悉く子に遺せども、

  子は多く俗利を貪る。 しかれどもわれは法財を楽しまん。

  もし年少壮なりと言わば、これ遊学の時に非ず、

  まさに知るべし、正法を求めんに時の時と為すに非ざるは無しと。

       もし、

          解脱を得たならば、

       もう永遠に、

          親しいものどうしが離れることはございません。

       憂いを

          断つために出家するのです。

       憂いを、

          子の為に生じないでください。

       見るもの聞くものは、

          皆、憂いの根でございます。

       見るもの聞くものに執著する者をこそ、

          憂いてやってください。

       われ等の祖先の、

          勝れた王たちは、志を堅固にして移しませんでした。

       わたくしは、今、

          ただ、その堅固なる志のみを財産として受け継ぎ、

          その他の、宜しくないものは捨てることにします。

       人というものは、

          命の終る時、財産を悉く子に遺しますが、

          子の多くは、俗利を貪ります。

       わたくしは、

          この堅固な志を楽しんでいるのです。

       もし、

          まだ年が少(わか)いと仰るならば、

       これは、

          遊学の時ではないのです。

       どうか、

          ご承知ください、

          正法を求める時には、

             遅いも早いもないのですから。

          

 

  :五欲(ごよく):色声香味触。

  :乃祖(ないそ):祖先。

 無常無定期  死怨常隨伺

 是故我今日  決定求法時

 如上諸所  汝悉為我宣

 唯願今父王  不復我顧戀

 若以形毀我  令王割愛者

 汝慎勿惜言  使王念不絕

  無常には定りたる期(ご)無く、死の怨は常に随いて伺う、

  この故に、われ今日を法を求むる時と決定せり。』

 上の如く諸の啓(もう)す所を、汝悉くわが為に宣(の)べよ。

 ただ今父王に願わくは、またわれを顧恋せられざらんことを。

 形を以ってわれを毀つが若きは、王をして愛を割かしめん者なり。

 汝慎んで言を惜むこと勿く、王をして念いを絶えざらしめよ。』と。

       無常には、

          定った時期が無く、

          死という怨賊が、常に後ろから伺っています。

       この故に、

          わたくしは、今日を『法を求める時』と決定いたしました。』と。

   このような、

      申し開きを、

      お前は、わたしに代って宣べよ。

   ただ、

      これを聞かれた父上が、

      これ以上、

         わたくしを、恋い慕われることがないように。

   この、

      髪を剃ってわたしを傷つけるのは、

      王の愛情を削ぐためである。

   お前は、

      言葉を惜まず、

      王の思いを絶たしめよ。』と。

 

  :顧恋(これん):恋い慕う。

  :形を以ってわれを毀つ:形は肉体、ここでは頭髪のこと。 毀(こぼ)つは傷つけること。 髪を剃って自らを傷つける。 髪は活力の源であり、髪を切ることは肉体を傷つける以上に意味がある。

 

 

 

 

車匿は太子を諫め、太子は車匿に教える

 車匿奉教敕  悲塞情惛迷

 合掌而胡跪  還答太子言

 如敕具宣言  恐更摎J悲

 憂悲晉z深  如象溺深泥

 決定恩愛乖  有心孰不哀

 金石尚摧碎  何況溺哀情

 太子長深宮  少樂身細軟

 投身刺棘林  苦行安可堪

 初命我索馬  下情甚不安

 天神見驅逼  命我速莊嚴

 何意令太子  決定捨深宮

車匿は教勅を奉じて、悲しみに塞がり情昏迷して、

合掌し胡跪(こき)して、また太子に言(もう)さく、

『勅の如く具(つぶ)さに言を宣ぶれば、恐らく更に憂悲を増しまさん、

 憂悲の増すこと転(うた)た深く、象の深泥に溺るるが如く、

 決定して恩愛に乖(そむ)くも、心有らば孰(いづく)んぞ哀まん。

 金石はなお摧砕(ざいさい)せん、何をか況や哀情に溺れんをや。

 太子深宮に長じたまうれば、少(わか)くして楽しみ身は細軟なり、

 身を刺棘(しきょく)の林に投じ、苦行に安(いづ)くんぞ堪うべけん。

 初めてわれに命じて馬を索めたまえるに、下情は甚だ安からざるも、

 天神に駆逼(くひつ)せられ、われに命じて速やかに荘厳せしめたり、

 何の意か太子をして、決定して深宮を捨てしむる。

車匿は、

   教えを聞いて、

   悲しみに、

      心が塞がり、

      心が乱れ惑い、

   合掌し跪き、

   また太子に、こう答えた、――

『お教えを、そのままお伝えすれば、

 恐らくは、

    憂いと悲しみを増すだけでございましょう。

 憂いと悲しみとは、どんどん増して深まり、

 やがては、

    象が深いぬかるみに溺れたようになりましょう。

 父上の愛情に背く決心をなされたとはいえ、

    心がお有りならば、どうして哀しまずにおられましょう。

 金石でさえも、打ち砕くことができます、

 どうして、

    哀しみの情に、溺れずにいられましょう。

 太子は、

    宮の奥深くに長じられ楽しむのみで

    身は繊細でございますのに、

    棘の林の中に身を投じて、

    どうして、

       堪えることができましょうか?

 太子が、

    馬をお求めになったときから、

    わたくしの心は不安でございましたが、

 天神に、

    せかされ強いられて、

    速やかに馬に鞍をつけてしまいました。

 何者かの意が、

    太子にも、

      宮を捨てるよう決心させたのでございます。

 

  :胡跪(こき):両膝を地につけて直立する。

  :摧砕(ざいさい):打ち砕く。

  :刺棘(しきょく):とげ。

  :下情(げじょう):わたくしのこころ。

  :駆逼(くひつ):せかす。

 迦毘羅衛國  合境生悲痛

 父王年已老  念子愛亦深

 決定捨出家  此則非所應

 邪見無父母  此則無復論

 瞿曇彌長養  乳哺形枯乾

 慈愛難可忘  莫作背恩人

 嬰兒功コ母  勝族能奉事

 得勝而復棄  此則非勝人

 耶輸陀勝子  嗣國掌正法

 厥年尚幼少  是亦不應捨

 迦毘羅衛国(かびらえこく)は、境を合わせて悲痛を生ぜん、

 父王は年すでに老いたまい、子を念うの愛もまた深からん。

 決定して家を捨出したもうは、これ則ち応ずる所に非ず、

 邪見にて父母を無(かろん)ずる、これ則ちまた論ずること無し。

 瞿曇弥(くどんみ)は長く養いて乳哺(にゅうほ)に形枯乾(こけん)す、

 慈愛忘るべきこと難し、恩人に背くことを作すこと勿かれ。

 嬰児の功徳母には、勝族はよく奉事(ぶじ)す、

 勝を得てまた棄つるは、これ則ち勝人に非ず。

 耶輸陀(やしゅだ)の勝子は、国を嗣いで正法を掌(つかさど)らん、

 その年なお幼少なれば、これもまた捨つるべからず。

 迦毘羅衛国(かびらえこく)では、

    周辺の国々までもが、悲しみと痛みとを生じましょう。

 父王は、

    もうお年でございます。

    子を思う愛情もまた深うございます。

 家を捨てて出るなどとは、

 これは、

    なさってよい事ではございません。

 邪見にとらわれて、

    父母をないがしろになさるようでは、

    これは、

       もう言うまでもないことです。

 瞿曇弥(くどんみ、太子の継母の名)は、

    長い間の養育と哺乳とで、

    体が痩せて枯れてしまいました。

 この慈悲と愛情とを

    どうして、忘れることができましょう。

    恩人に、背くべきではございません。

 嬰児のときの継母には、

    勝れた一族なればこそ、よく事えるものでございます。

 勝れた人と言われましても、

    恩人を捨てるようでは、

    これは、

       もう勝れた人ではございません。

 耶輸陀羅(やしゅだら、太子の妃)の勝れた子は、

    やがて国を嗣いで、一切をつかさどることでしょう。

 しかし、

    まだ幼少でございます、

    これも、捨てるべきではございません。

 

  :迦毘羅衛国(かびらえこく):太子の故国。

  :瞿曇弥(くどんみ):太子の継母の名。

  :功徳母(くどくも):功徳ある母、継母。

  :奉事(ぶじ):恭しく仕える。

  :耶輸陀(やしゅだ):太子の妃にして羅睺羅(らごら)の母。

 已違捨父王  及宗親眷屬

 勿復遺棄我  要不離尊足

 我心懷湯火  不堪獨還國

 今於空野中  棄捐太子歸

 則同須曼提  棄捨於羅摩

 今若獨還宮  白王當何言

 合宮同見責  復以何辭答

 すでに違いて父王および宗親、眷属を捨てたまえり、

 またわれを遺棄したもうこと勿れ、要ず尊足を離れざらん。

 わが心は湯火を懐き、独り国に還るに堪えず、

 今空野の中に於いて、太子を棄捐(きえん)して帰るは、

 則ち須曼提(すまんだい)の羅摩(らま)を棄捨せるに同じきなり。

 今もし独り宮に還らば、王に白すにまさに何に言うべき、

 宮を合せて同じく責められんにも、また何なる辞を以って答えん。

 すでに、

    父王の意に違い、

    親戚、眷属ともどもお捨てになられ、

 その上、

    わたくしまでも、お捨てになられようとは、

    決して、おみ足から離れませんぞ。

 わたくしは、

    心が煮えたぎったまま、ひとり国に還ることはたえられません。

 今、

    何もないこの野の中に、太子を見捨てて帰ったならば、

 それは、

    須曼提(すまんだい、神話上の人物、御者)が、

    羅摩(らま、神話上の人物、王子)を捨てたのと同じではありませんか。

 今、

    もしひとりで宮に還ったならば、王に何と申し開けばよろしいでしょう?

    宮中の者に責められたならば、何と言って答えればよいのでしょう?

 

  :須曼提(すまんだい):古代叙事詩ラーマーヤナ中の御者スマントラ。 ラーマ王子を森に残して帰る。

  :羅摩(らま):ラーマーヤナの主人公、ラーマ王子。 『分舎利品第二十八』の注参照

 太子向告我  隨方便形毀

 牟尼功コ所  云何而虛說

 我深慚愧故  舌亦不能言

 設使有所說  天下誰復信

 若言月光熱  世間有信者

 太子向(さき)にわれに告げたまわく、『方便に随って形を毀つ』と、

 牟尼(むに)とは功徳の所なり、云何が虚説したまえる。

 われ深く慚愧せるが故に、舌もまた言う能わず、

 たとい説く所有れど、天下に誰かまた信ぜん、

 月光に熱ありと言うが若きを、世間に信ずる者の有らんや。

 太子は、先ほど、わたくしに教えられました、

    『仮の手段として、髪を剃るだけだ。』と。

 牟尼(むに、尊い人)とは功徳の在る所、

 どうして、

    嘘の説明ができましょう。

 わたくしは、

    恥ずかしさの為に、舌が動きません。

 たとえ、

    説明したとしても、天下の誰が信じてくれるでしょう。

    月光に熱が有ると言ったところで、世間の誰が信じましょうか?

 

  :方便(ほうべん):仮の手段。 前出『若以形毀我 令王割愛者』のこと。

  :牟尼(むに):寂黙、身語意の煩悩の寂滅した者の尊称。 仙人のこと。

  :虚説(こせつ):嘘をつく。

 脫有信太子  所行非法行

 太子心柔軟  常慈悲一切

 深愛而棄捨  此則違宿心

 願可思還宮  以慰我愚誠

 もし太子を信ぜんもの有らんも、行いたもう所は非法の行いなり、

 太子が心は柔軟にして、常に一切に慈悲したまえり、

 深く愛してしかも棄捨するとは、これ則ち宿心を違えたもうなり。

 願わくは宮に還ることを思いて、

   以ってわが愚かなる誠を慰めたもうべし。』と。

 もし

    太子を信じる者がいたとしても、

    その行いは道理にかなわぬ非法の行いです。

 太子は、

    柔軟な心で、常に一切に慈悲を施されました。

    深く愛していながら、捨てるとは、

    これは、

       本心からではございますまい。

 どうか、

    宮に還ろうとお思いになり、

    わたくしの、

       愚かな真心を、お慰めください。』と。

 

  :宿心(しゅくしん):本心。

 太子聞車匿  悲切苦諫言

 心安轉堅固  而復告之曰

 汝今為我故  而生別離苦

 當捨此悲念  且自慰其心

 眾生各異趣  乖離理自常

 縱令我今日  不捨諸親族

 死至形神乖  當復云何留

 慈母懷妊我  深愛常抱苦

 生已即命終  竟不蒙子養

 存亡各異路  今為何處求

太子は車匿の悲しみ切にして苦諫(くかん)の言を聞けども、

心安んじて転た堅固なり、しかもまたこれに告げて曰わく、

『汝は今わが為の故に、別離の苦を生ず。

 まさにこの悲しみの念いを捨てて、かつ自らその心を慰むべし。

 衆生は各趣きを異にして乖離(かいり)す、理は自ずから常なり、

 たといわれ今日、諸の親族を捨てずとも、

 死至らば形神乖(そむ)かんに、まさにまた云何が留むべき。

 慈母われを懐妊し、深く愛せるも常に苦を抱き、

 生じおわるや即ち命終りて、ついに子の養いを蒙らず、

 存亡の各路を異にするを、今何の処にぞ求めんと為す。

太子は、

   車匿の

      切なる悲しみと、

      ねんごろなる諫言を聞いたが、

   心は、

      安らいで、どんどん堅固になり、

   またこう教えさとした、――

『お前は、

    わたしの為に、別離の苦を感じているが、

    その悲しみの念いを捨てよ。

 それで、

    自らの心を慰めるのだ。

 衆生は、

    各、趣くところを異にして、離れ離れになくてはならない。

    これが、

       道理であれば、常にそうなるのだ。

 たとえ、

    わたしが、

       今日、親族たちを捨てなくとも、

    死がいたれば、

       肉体と精神とは、別々になってしまうものを、

    どのようにしても、

       留めようというのか?

 慈母は、

    わたしを

       懐妊して深く愛していたが、

       常に苦を抱え、

       生みおえると、

          すぐに命が終り、

    わたくしは、

       ついに、子として養われることがなかった。

    生存と死亡とは、

       各、路を異にしている、

       今、どこに母を求めよと言うのか?

 

  :苦諫(くかん):ねんごろにいさめる。

  :乖離(かいり):別々に離れる。

  :形神(ぎょうしん):肉体と精神。

  :子養(しよう):子としての養い。

 曠野茂高樹  眾鳥群聚栖

 暮集晨必散  世間離亦然

 浮雲興高山  四集盈虛空

 俄而復消散  人理亦復然

 世間本自乖  暫會恩愛纏

 如夢中聚散  不應計我親

 譬如春生樹  漸長柯葉茂

 秋霜遂零落  同體尚分離

 況人暫合會  親戚豈常俱

 曠野に高樹茂り、衆鳥群聚(ぐんじゅ)して栖(す)む、

 暮に集まれど晨(あした)には必ず散らん。世間の離るるもまた然り。

 浮き雲高山に興り、四集して虚空に盈(み)つれど、

 俄(にわか)にまた消散す。人の理もまたまた然り。

 世間は本より自ずから乖く、暫く会うて恩愛に纏(まつ)われど、

 夢中に聚散するが如く、まさにわれと親とを計るべからず。

 譬えば春には樹を生ずるが如く、漸く長じて柯葉(かよう)茂り、

 秋霜についに零落して、体を同じうすれどなお分離す、

 況や暫く合会(ごうえ)せる親戚をや、あに常に倶(とも)ならんや。

 曠野に、

    高樹が茂り、多くの鳥たちが群をなして栖(すみか)としている。

    暮れに集まっても、また早朝には散り散りになるだろう。

 世間の

    離別も、これと同じである。

 浮き雲は、

    高山に興り、四方から集まって虚空に満ちるが、

    突然、また消散するのである。

 人の道理も、

    また、これと同じである。

 世間とは、

    本より、自ずから別れ別れになるものである。

    しばらくの間、

       親子夫婦の愛情に纏わられていても、

    夢の中のことでもあるかのように、

       群は散り散りになるものなのだ。

    こうなれば、

       どれが、わたしで、

       どれが、親しい者であるか、

       それを、

          識ることが、誰にできよう。

    譬えば、

       春には樹が芽吹き、

       しばらくすると枝葉を茂らすが、

       秋の霜にあえば、こぼれ墜ちる。

    一本の樹のように、

       体を同じくするものでさえ、分れて離れるものを、

    人のように、

       しばらくの間だけ集まるものが、

       たとえ親戚だろうと、

       どうして、

          常にいっしょにいられようか。

 

  :群聚(ぐんじゅ):群がり集まる。

  :四集(ししゅう):四方より集まる。

  :聚散(じゅさん):集まったり散らばったり。

  :柯葉(かよう):枝と葉。

  :合会(ごうえ):出会って一つになる。

 汝且息憂苦  順我教而歸

 歸意猶存我  且歸後更還

 迦毘羅衛人  聞我心決定

 顧遺念我者  汝當宣我言

 越度生死海  然後當來還

 情願若不果  身滅山林間

 汝しばらく憂苦を息(やす)めて、わが教えに順(したが)うて帰れ、

 帰りても意のなお我に存らば、且く帰りて後また還(もど)れ。

 迦毘羅衛の人の、わが心の決定せるを聞き、

 顧みて念いを我に遺す者には、汝まさにわが言を宣ぶべし、

 『生死の海を越え度(わた)り、然る後にまさに来たり還るべし、

  情願もし果たさずんば、身は山林の間に滅びん。』と。

 お前は、

    いったん憂いに苦しむのをやめて、

    わたしの教えにしたがって帰れ、

 帰ってから、

    まだ、わたしといっしょに居りたければ、

    しばらくして、また還ってくればよかろう。

 迦毘羅衛の人が、

    わたしの決心を聞き、

    それでもなお、

       わたしを念って忘れない者たちには、

 お前は、

    わたしの言葉をこう伝えよ、――

『生死の海を越え渡った後には、必ずまた還ってこよう。

 心の願いが果たされないならば、身は山林の間に滅びよう。』と。』と。

 

  :情願(じょうがん):真心からの願い。

 白馬聞太子  發斯真實言

 屈膝而舐足  長息淚流連

 輪掌網手  順摩白馬頂

 汝莫生憂悲  我今懺謝汝

 良馬之勤勞  其功今已畢

 惡道苦長息  妙果現於今

白馬、太子のこの真実の言を発すを聞いて、

膝を屈して足を舐め、長息して涙流れ連る。

輪掌網(りんしょうもうめん)の手にて白馬の頂を順に摩で、

『汝、憂悲を生ずること勿かれ。 われ今汝に懺謝(ざんしゃ)す。』と。

良馬の勤労、その功も今はすでに畢(おわり)ぬ、

悪道の苦に長息すれど、妙果は今に於いて現る。

白馬は、

   太子の、この真実の言葉が発せられるのを聞いて、

   膝をかがめて太子の足を舐め、

      長く歎息して涙を流しつづけた。

太子は、

   車輪の相のある掌と、

   指の間に膜のある手で、

      白馬の頭頂をやさしく撫でた、――

   『お前までが、憂いて悲しむな。

    わたしは、お前に感謝しているのだから。』と。

良い馬は

   勤労も勲功も、今はすでに終え、

   畜生道に墜ちた長い苦しみも、もう終った、

   妙なる果報が、

      今、現れようとしている。

 

  :輪掌(りんしょう):掌に車輪の模様のある仏の相。 恐らく作者の間違い。車輪の相は足にある。

  :網(もうめんしゅ):指の間に網の膜がある仏の相。

  :懺謝(ざんしゃ):感謝。

  :悪道(あくどう):畜生と悪い道とにかけたもの。

 眾寶莊嚴劍  車匿常執隨

 太子拔利劍  如龍曜光明

 寶冠籠玄髮  合剃置空中

 上昇凝虛境  飄若鸞鳥翔

 忉利諸天下  執髮還天宮

 常欲奉事足  況今得頂髮

 盡心加供養  至於正法盡

衆宝にて荘厳せる剣は、車匿常に執りて随えり、

太子、利剣を抜くに、龍の光明を曜かすが如し。

宝冠に籠もりし玄髪をば、合せて剃り空中に置かば、

上に昇りて虚境(こきょう)に凝(ぎょう)し、

  飄(ただよ)うて鸞鳥の翔(かけ)るが若し。

忉利(とうり)の諸の天下、髪を執りて天宮に還れり、

常に足に奉事せんと欲するに、況や今頂髪を得たるをや、

尽く心に供養を加え、正法の尽くるまでに至る。

多くの宝石で飾られた剣を、

   車匿は、常に捧げて随っていた。

太子は、

   その利剣を抜いた。

   その光は、龍が光明を耀かせたようだ。

宝冠に籠められていた、

   黒髪をば

      一つに合せて、さっと剃り、

      空中に置くと、上に上に昇って、

   やがて、

      一つにまとまって漂い、

      鶴のようになって飛び去った。

忉利天の、

    諸の天下では、皆が髪をとって天宮に還った。

    常であれば、足を捧げて事えているものを、

    今は、

       頭頂の髪の毛を得たのであるから、

       心を尽して供養し、

       それは、

          正法が尽きてしまうまで変わらなかった。

 

  :玄髪(げんはつ):黒髪。

  :虚境(こきょう):空中。

  :鸞鳥(らんちょう):鶴。

  :忉利(とうり):忉利天、欲界の第二天。 合せて三十三天が須弥山頂に在る。

 太子時自念  莊嚴具悉除

 唯有素処゚  猶非出家儀

太子は時に自ら念いたまわく、『荘厳の具は悉く除けり、

 ただ素潤iそぞう)の衣のみ有りて、なお出家の儀に非ず。』と。

太子は、この時こう念われた、――

  『身を飾るものは、皆悉く除いて、

   ただ、

      白い絹の衣を残すのみである、

   これが、

      有っては、出家であるとは言えまい。』と。

 

  :素潤iそぞう):白い絹。

 

 

 

 

淨居天子、猟師に化して太子と衣を替える

 時淨居天子  知太子心念

 化為獵師像  持弓佩利箭

 身被袈裟衣  徑至太子前

 太子念此衣  染色清淨服

 仙人上標飾  獵者非所應

 即呼獵師前  軟語而告曰

 汝於此衣服  貪愛似不深

 以我身上服  與汝相貿易

 獵師白太子  非不惜此衣

 用謀諸群鹿  誘之令見趣

 苟是汝所須  今當與交易

 獵者既貿衣  還自復天身

時に淨居(じょうご)の天子、太子の心の念いを知り、

化して猟師の像と為り、弓を持ちて利箭(りせん)を佩(お)び、

身に袈裟(けさ)の衣を被(き)て、ただちに太子の前に至れり。

太子この衣を念うに、染色せる清浄の服にて、

仙人の上の標飾(ひょうしき)にして、猟者の応(う)くる所に非ず。

即ち猟師を前に呼び軟語して告げて曰く、

『汝はこの衣服に於いて、貪愛せること深からざるに似たり、

 わが身の上服を以って、汝と相い貿易せん。』と。

猟師の太子に白さく、『この衣を惜まざるには非ず、

 用って諸の群鹿を謀り、これを誘いて見(しめ)し趣かしむ。

 いやしくもこれ汝が須(もと)むる所なれば、

   今まさに与(とも)に交易すべし。』と。

猟者すでに衣を貿(か)え、また自ら天の身に復(もど)れり。

その時、

   淨居天の天子が、

      太子の心の念いを知り、

      猟師の形に身を変え、

         弓を手に矢づつを肩にし、

         身には袈裟(けさ)の衣を著け、

      たちどころに、

         太子の前に現れた。

   太子は、

      その衣を見ると、

      染色された清浄な服であり、

      仙人の上の者の着るにふさわしく、

      猟師にはふさわしくないものであった。

太子は、

   猟師を前に呼び止め、

   やさしい言葉で呼びかけてこう言った、――

『お前は、

    その衣服には、あまり愛著がないように見受けるが、

    おれの身につけている、上等の服と交換しないか。』と。

猟師は、

   太子にこう答えた、――

『この衣が

    惜しくないわけではございません。

 これを見せて、

    鹿の群を欺き、誘い出すのでございます。

 しかし、

    仮にも、あなた様のお求めでございますので、

    今は、喜んで交換させていただきましょう。』と。

猟師は、

   衣を交換しおえると、

   また天の身にもどった。

 

  :淨居(じょうご):色界の最頂天。 一切の煩悩を断つが故に淨居という。

  :利箭(りせん):鋭い矢。

  :袈裟(けさ):出家の衣。 汚い色に染めた衣。

  :標飾(ひょうしき):標識。

  :軟語(なんご):優しい言葉。

 太子及車匿  見生奇特想

 此必無事衣  定非世人服

 內心大歡喜  於衣倍搆h

 即與車匿別  被著袈裟衣

 猶若青絳雲  圍繞日月輪

 安詳而諦步  入於仙人窟

太子および車匿、見て奇特の想を生ずらく、

『これ必ず無事の衣なり、定めて世人の服に非ざらん。』と、

内心大いに歓喜して、衣に敬いを倍増す。

即ち車匿と別れ、袈裟の衣を被著(ひじゃく)すること、

なお青絳(しょうこう)の雲の日月の輪を囲遶(いにょう)するが若く、

安詳(あんじょう)として諦らかに歩みて仙人の窟に入れり。

太子と車匿は、

   これを見て、珍しい事だと思った、――

『これは、

    必ず、普通の衣ではあるまい。

    きっと、世の人の服ではないだろう。』と。

太子は、

   内心で、大いに喜び、

   前に倍して衣を敬い、

   すぐに、

      車匿と別れて、袈裟の衣を身に着けた、

      青や紅の雲が、日輪月輪を取囲むように。

   そして、

      落ち着いた気持ちで、仙人の洞窟に入っていった。

 

  :被著(ひじゃく):服を着る。

  :青絳(しょうこう):青と紅。

  :囲遶(いにょう):取囲む。

  :安詳(あんじょう):落ち着いて。

 車匿自隨矚  漸隱不復見

 太子捨父王  眷屬及我身

 愛著袈裟衣  入於苦行林

 舉首仰呼天 

 迷悶而[-+]

 起抱白馬頸  望絕隨路歸

 徘徊屢反顧  形往心反馳

 或沈思失魂  或俯仰垂身

 或倒而復起  悲泣隨路還

車匿自ら随矚(ずいしょく)するに、漸く隠れてまた見えたまわず。

『太子は父王と眷属およびわが身を捨て、

 袈裟の衣に愛著して苦行林に入りたまえり。』と、

首(こうべ)を挙げ仰いで天に呼び、迷悶して地に躃(たお)れ、

起きて白馬の頚を抱き、望絶えて路に随いて帰る。

徘徊して屡(しばしば)反って顧み、形往けども心は反って馳せ、

或は沈思して魂を失い、或は俯き仰いで身を垂れ、

或は倒れてまた起き、悲しみ泣いて路に随うて還れり。

車匿は、

   太子から目を離さずじっと見つめていた、

   太子が隠れてもう見えなくなるまで。

   『太子は、

       父王も眷属も、その上、わたしまでも捨てて、

       袈裟の衣に愛著して、苦行林に入ってしまわれた。』と、

    首を挙げて天を仰ぎ呼びかけ、

    迷い悶えて地に倒れ、

    起きあがると、白馬の頚を抱きかかえ、

    絶望して路をたどり、帰っていった。

    さまよい、

       ふり返りふり返り、

       身は帰路をたどりながらも、

       心は太子のところへ戻ろうとする。

    或は、もの思いに沈んで魂を失い、

    或は、俯いたり仰いだりして身を垂し、

    或は、倒れてまた起きあがり、

       悲しんで泣きながら路をたどって帰っていった。

 

  :随矚(ずいしょく):じっと見つめる。

 

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