(分舎利品第二十八)

 

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力士衆は舎利を供養し、七国の王はそれを求める

分舍利品第二十八

分舎利(ぶんしゃり)品第二十八

仏舎利を八国に八分し各各塔を起てて供養すること、並びに無憂王の仏法興隆のこと。

 彼諸力士眾  奉事於舍利

 以勝妙香花  興無上供養

 時七國諸王  承佛已滅度

 遣使詣力士  請求佛舍利

 彼諸力士眾  敬重如來身

 兼恃其勇健  而起憍慢心

 寧捨自身命  不捨佛舍利

 彼使悉空還  七王大忿恨

 興軍如雲雨  來詣鳩夷城

 人民出城者  悉皆驚怖還

 告諸力士眾  諸國軍馬來

 象馬車步眾  圍遶鳩夷城

 城外諸園林  泉池花果樹

 軍眾悉踐蹈  榮觀悉摧碎

彼(かしこ)の諸の力士衆、舎利に奉事するに、

勝妙なる香花を以って、無上の供養を興す。

時に七国の諸王、『仏すでに滅度せり』と承け、

使を遣わして力士に詣(いた)り、請うて仏の舎利を求めしむ。

彼の諸の力士衆、如来の身を敬重し、

兼ねてその勇健を恃みて、憍慢心を起すらく、

『寧ろ自らの身命を捨てぬらん、仏の舎利は捨てじ。』

彼の使悉く空しく還るに、七王大いに忿恨し、

軍(いくさ)を興すこと雲雨の如く、来たりて鳩夷(くい)城に詣れり。

人民城を出づるに、悉く皆驚怖して還り、

諸の力士衆に告ぐらく、『諸国の軍馬来たり、

 象馬車歩の衆は、鳩夷城を囲遶し、

 城外の諸の園林、泉池花果樹は、

 軍の衆悉く践蹈し、栄観悉く摧砕せり。』

鳩夷城(くいじょう)では、

   力士(りきし、鳩夷城の貴族種)たちが、

      仏の舎利に、恭しく仕えていた。

      珍しい花や香の好い花をもって、美しく飾りたて、

      この上なく、恭しく供養をしていた。

その時、

   七つの国の王たちは、

     『仏がすでに滅度した。』と聞いて、

      使者を遣わして、力士たちに請い、

      仏の舎利を求めた。

   力士たちは、

      仏の身を、敬って重んじている。

   その上、

      勇敢であり、慢心していた、――

     『身命を捨ててもよし!決して仏の舎利は渡さない!』と。

   使者たちは、

      皆、何も得ずに本国に還り、

   七つの国では、

      王たちが、皆大いに怒る。

   雲雨のように、

      大量の軍勢を集め、

      鳩夷城に来て、陣を布いた。

鳩夷城の、

   人民は、

      朝の仕事のために城を出て、これを見た。

      皆悉く、驚き怖れて城に還り、力士たちに告げる、――

     『多くの国の、

         軍勢が来ております。

         象兵、馬兵、車兵、歩兵たちが、城の回りを取り囲み、

      城外では、

         畑や林が、泉も池も果樹園も、

         皆、軍(いくさ)の衆に踏みにじられて、

         かつての、美しかった面影は何処にも残っておりません。』

 

  :力士(りきし):鳩夷城の貴族種。末羅(まつら)族。

  :舎利(しゃり):身と訳す。遺骨。

  :奉事(ぶじ):恭しく事(つか)える。

  :勝妙(しょうみょう):言いようもなく勝れている。

  :香花(こうけ):香の好い花。

  :供養(くよう):仏法僧の三宝に飲食、衣服、臥具、薬湯等を奉げて養うこと。

  :滅度(めつど):涅槃。

  :敬重(きょうじゅう):敬って重んずる。

  :勇健(ゆごん):勇敢で健やか。

  :憍慢心(きょうまんしん):おごり高ぶる心。高慢心。

  :使(つかい):使者。

  :忿恨(ふんこん):いきどおって恨むこと。

  :軍(いくさ):軍隊。

  :雲雨(うんう):雲と雨。

  :鳩夷城(くいじょう):力士国の首都の名。拘尸那竭羅(クシナガラ)国。

  :人民(にんみん):庶民。

  :驚怖(きょうふ):驚いて恐れる。

  :軍馬(ぐんめ):軍隊と軍馬。

  :象馬(ぞうめ):象と馬。象兵(ぞうひょう)と馬兵(めひょう)。

  :車歩(しゃぶ):戦車と歩兵。車兵(しゃひょう)と歩兵(ぶひょう)。

  :囲遶(いにょう):取り囲む。

  :城外(じょうげ):城郭の外。郊外。

  :園林(おんりん):林の有る園地。

  :泉池(せんち):泉と池。

  :花果(けか):花と果(このみ)。

  :践蹈(せんとう):ふみにじる。踏みこんで痛めつける。

  :栄観(ようかん):美しい高楼。宮殿。

  :摧砕(ざいさい):折り砕く。

  :七国(しちこく):『長阿含経巻第4』によれば、波婆(はば)国の末羅(まつら)民衆、遮羅頗(しゃらは)国の跋離(ばつり)民衆、羅摩伽(らまが)国の拘利(くり)民衆、毘留提(びるだい)国の婆羅門衆、伽維羅衛(かいらえ、カビラ)国の釈種民衆、毘舎離(びしゃり)国の離車(りしゃ)民衆、及び摩竭(まげち、マガダ)国王阿闍世(あじゃせ)を挙げ、舎利は香姓(こうしょう、独楼那の訳語)婆羅門の指導のもと、拘尸(くし、鳩夷)国を合せて八分したとする。

 力士登城觀  生業悉破壞

 嚴備戰鬥具  以擬於外敵

 弓弩[-+]石車 

 飛炬獨發來

 七王圍遶城  軍眾各精銳

 羽儀盛明顯  猶如七耀光

 鍾鼓如雷霆  勇氣盛雲霧

 力士大奮怒  開門而命敵

 長宿諸士女  心信佛法者

 驚怖發誠願  伏彼而不害

 隨親相勸諫  不欲令鬥戰

 勇士被重ナ  揮戈舞長劍

 鍾鼓而亂鳴  執仗鋒未交

力士城観に登れば、生業悉く破壊せり、

戦闘の具を厳備して、外敵に擬(ぎ)す。

弓弩砲石車、

飛炬独り発来し、

七王城を囲遶して、軍衆各々精鋭なり。

羽儀盛んに明顕して、なお七曜の光の如く、

鍾鼓は雷霆の如く、勇気盛んにして雲霧のごとし。

力士大いに奮怒し、門を開きて敵に命ず、

『長宿と諸の士女、心に仏法を信ぜば、

 驚怖して誠願を発(おこ)せ!彼(かしこ)に伏せば害せず。

 親に随うて相い勧諌し、闘戦せしめんと欲せず。』

勇士は重ナを被て、戈を揮いて長剣を舞わし、

鍾鼓して乱鳴せしめ、仗鋒を執るも未だ交えず。

力士たちは、

   城観(じょうかん、物見)に登って見た。

大切な、

   畑も田も、泉も池も果樹園も、

   皆悉く、破壊されつくし、

厳めしく装備した、

   戦闘の器具が、立ち並んでいる。

   巨大な石弓、投石機、象や馬。

時々、

   炬(たいまつ)が飛び来たり、

   七国の王によって、城は完全に包囲された。

七国の、

   軍勢は、皆、精鋭ばかり、

   羽根で飾られた、王の兜は、

   きらびやかに、北斗七星のように輝き、

   どろどろがんがんと、まるで雷鳴のように、

   鍾(かね)と太鼓が打ち鳴らされている。

その、

   勇気は盛んで、むくむくと湧き上がる雲のように空に漂う。

力士たちは、

   大いに奮怒して、門を開いて敵に命じた、――

  『長老と男女たちよ!

      心に、仏法を信じるならば、

      驚き怖れて、心から願え!

      本国におとなしくしておれば、殺さずに置こう。

      かつて通じた好(よしみ)により、勧めて諌める。

      戦闘させたくはないのだ。』

勇士たちは、

   重ナを着て、鋒を揮い長剣を舞わし、

   鍾や太鼓を乱打しているが、

手にした、

   槍の類は、未だ交わらない。

 

 

  :城観(じょうかん):城郭上の楼観。物見。

  :生業(しょうごう):なりわい。市民の生活。畑、田、果樹園等。

  :厳備(ごんび):車馬に装備し、武器鎧を身につける。

  :外敵(げじゃく):城郭の外の敵。

  :擬(ぎ)す:武器を向ける。

  :弓弩(くぬ):弓の総称。

  :砲石車(ひょうしゃくしゃ):石を弾き飛ばす武器を載せた車。[-+]は砲に改める。

  :飛炬(ひこ):空を飛ぶ炬(たいまつ)。

  :軍衆(ぐんしゅ):軍勢。

  :精鋭(しょうえい):精鋭。

  :羽儀(うぎ):羽根飾り。正装の威儀。

  :明顕(みょうけん):明らかに目立つ。

  :七曜(しちよう):北斗七星。

  :鍾鼓(しゅく):かねと太鼓。

  :雷霆(らいじょう):雷霆。かみなり。

  :勇気(ゆけ):勇気。

  :雲霧(うんむ):高いもの、盛んなるものの譬え。

  :奮怒(ふんぬ):忿って怒ること。

  :長宿(ちょうしゅく):長老。

  :士女(しにょ):男女。

  :誠願(じょうがん):心より願うこと。

  :勧諌(かんけん):勧め諌める。

  :闘戦(とうせん):戦闘。

  :重ナ(じゅうきょう):重いよろい。

  :乱鳴(らんみょう):乱雑に鳴らす。

  :仗鋒(じょうぶ):鋒(ほこ)や槍の総称。

 

 

 

 

危うく戦端が開かれんとする時、一婆羅門が七国の諸王を諌める

 有一婆羅門  名曰獨樓那

 多聞智略勝  謙虛眾所宗

 慈心樂正法  告彼諸王言

 觀彼城形勢  一人亦足當

 況復齊心力  而不能伏彼

 正使相摧滅  復有何コ稱

 利鋒刃既交  勢無有兩全

 困此而害彼  二俱有所傷

 鬥戰多機變  形勢難測量

 或有強勝弱  或弱而勝強

 健夫輕毒蛇  豈不傷其身

 有人性柔弱  群女子所獎

 臨陣成戰士  如火得膏油

 鬥莫輕弱敵  謂彼無所堪

一婆羅門有り、名づけて独楼那(どくるな)と曰う、

多く聞きて知略勝れ、謙虚にして衆に宗めらる。

慈心もて正法を楽しめば、彼の諸王に告げて言わく、

『彼の城の形勢、一人してまた当るに足らん、

 況やまた心力を斉しうすれば、彼を伏すること能わず、

 正に相い摧滅せしめんも、また何の徳か有りて称(かな)わん。

 利き鋒刃すでに交うれば、勢いは両全たることの有ること無く、

 此に困(くる)しみて彼に害せば、二つ倶に傷つけらるる有らん。

 闘戦には機変多く、形勢は測量し難く、

 或いは強きの弱きに勝つ有り、或いは弱くとも強きに勝つ、

 健夫にして毒蛇を軽んぜば、あにその身を傷つけざらんや。

 ある人の性は柔弱にして、群るる女子の奨(すす)むる所なるも、

 陣に臨まば戦士と成りて、火の膏油を得るが如し。

 闘うに弱き敵を軽んじて、『彼に堪うる所無し』と謂う莫かれ。

一人の婆羅門がいた。

   名を独楼那(どくるな)といい、

   多くの事を聞いて、智慧と謀略に勝れていたが、

   謙虚な性格の故に、人々には崇められ、

   慈悲心をもって、正法を楽しんでいた。

彼は、王たちにこう告げた、――

  『鳩夷城の形勢を見てみると、

      護るには、ただ一人で十分である。

   敵と味方の、

      心と力とが、等しいとすれば、

      彼を屈伏せしめることは、とうてい叶わず、

      仮に敵を討ち滅ぼそうとしても、

      敵につりあう、何のような力が味方に有ろうか?

   利い刃が交われば、

      勢いとして、両軍が万全たることは有るはずもなく、

      苦労して敵を殺しても、両軍ともに傷つく。

   戦闘に、

      思わぬ事故は付きものであり、

      形勢も予測が付きがたいものがあって、

      ある時には、強い者が弱い者に勝つが、

      また時には、弱い者が強い者に勝つのである。

   健やかな男子といえども、

      毒蛇を軽んじれば、

      何うして傷つかないことがあろうか?

   ある人は、

      性格が柔弱で、

         群がる女、子供には大いに喜ばれるが、

      戦陣に臨めば、

         勇敢な戦士と成り変わって、

         火に油を注いだように燃え上がる。

   戦闘には、

      弱い敵だとしても、

      『味方にとって敵ではない。』等と言って、

      軽んじてはならない。

 

  :婆羅門(ばらもん):印度四姓の第一。祭祀、学問を司る。

  :独楼那(どくるな):香姓と訳す。婆羅門の名。

  :摧滅(さいめつ):摧いて滅ぼす。

  :徳(とく):為になる力。

  :鋒刃(ぶじん):槍と刀。

  :両全(りょうぜん):両者が安全。

  :機変(きへん):はずみで起る突然の乱れ。

  :測量(しきりょう):はかる。

  :健夫(ごんぶ):強い男。

  :柔弱(にゅうにゃく):柔弱。

  :女子(にょし):女と子供。

  :膏油(こうゆ):あぶら。

 身力不足恃  不如法力強

 古昔有勝王  名迦蘭陀摩

 端坐起慈心  能伏大怨敵

 雖王四天下  名稱財利豐

 終歸亦皆盡  如牛飲飽歸

 應以法以義  應以和方便

 戰勝搗エ怨  和勝後無患

 今結飲血讎  此事甚不可

 為欲供養佛  應隨佛忍辱

 如是婆羅門  決定吐誠實

 方宜義和理  而作無畏說

『身力は恃むに足らずして、法力の強きには如かず。

 古昔勝れし王有り、迦蘭陀摩(からんだま)と名づく、

 端坐して慈心を起し、よく大怨の敵を伏せり。

 四天下に王たりて、名称と財利豊なりといえども、

 終に帰するにまた皆尽くすこと、牛の飲み飽きて帰るが如し。

 まさに法を以(もち)い義を以うべく、まさに和を以って方便すべし、

 戦いて勝つはその怨を増し、和して勝つは後に患無し。

 今飲血の讎(あだ)を結ばば、この事甚だ可(よ)からず、

 為に仏を供養せんと欲せば、まさに仏に随いて忍辱すべし。』

かくの如く婆羅門、決定して誠実を吐く、

まさに義と和の理を宜しくすべく、無畏の説を作せり。

  『身の力というものは、

      恃むに足るものではなく、

   法の力には、

      強さで敵わない。

   昔、

      迦蘭陀摩(からんだま)という勝れた王がいた。

   王は、

      坐ったままで、慈悲心を起し、

      長年の、大敵を屈伏させることができた。

   やがて、

      四天下(してんげ、全世界)の王と成り、

      高い名声と、豊かな財利とを得たが、

      結局は、皆尽くしてしまった、

      まるで、牛が飲み飽きて帰るように。

   まさに、このように、

      法と道理とを、用いなければならず、

      和睦を用いて、方便(手段)としなければならない。

      戦に勝てば、敵の怨は増し、

      和睦して勝てば、後の患(うれえ)は無い。

   今、

      戦闘に流れる血を飲んで、仇敵同士となれば、

      これは、甚だ道理に背く。

   それほどまでに、

      仏に供養したいのであれば、

      仏の忍辱(にんにく、堪え忍ぶこと)に随うがよかろう。』

このように、

   婆羅門は、

      心を決し定めて、

      真心の中より真実を吐露し、

      理に適った和睦の道理、

      畏れの無い道理を説いた。

 

  :身力(しんりき):体力。

  :法力(ほうりき):道理の力。

  :古昔(こしゃく):いにしえ。むかし。

  :迦蘭陀摩(からんだま):王名。委細不明。

  :端坐(たんざ):姿勢を正して坐る。

  :大怨(だいおん):大いに怨む。

  :四天下(してんげ):須弥山の四方の海上にある大洲。全世界。

  :名称(みょうしょう):名声。

  :財利(ざいり):財物と利益。

  :方便(ほうべん):正しい手段。

  :飲血(おんけつ)の讎(あだ):戦争の上での仇敵。

  :忍辱(にんにく):堪え忍ぶ。

  :決定(けつじょう):決心して動かないこと。

  :誠実(じょうじつ):真心からの真実。

  :無畏(むい):恐れる物の無いこと。

 爾時彼諸王  告婆羅門言

 汝今善應時  黠慧義饒益

 親密至誠言  順法依強理

 且聽我所說  為王者之法

 或因五欲諍  嫌恨競強力

 或因其嬉戲  不急致戰爭

 吾等今為法  戰爭復何怪

 憍慢而違義  世人尚伏從

 況佛離憍慢  化人令謙下

 我等而不能  亡身而供養

その時彼の諸王、婆羅門に告げて言わく、

『汝今善く時に応じ、黠慧の義もて饒益せり。

 親密至誠の言は、法に順(したが)い強理に依るも、

 且(しばら)くわが説く所を聴け。王者たるの法は、

 或いは五欲に因りて諍い、謙恨して強力を競い、

 或いはその嬉戯に因りて、不急なるに戦争を致す。

 われ等今法の為に、戦争するにまた何をか怪しむ、

 憍慢して義に違えるすら、世人はなお伏従す、

 況や仏は憍慢を離れ、人をして謙下ならしめたるをや。

 われ等にして能わずとも、身を亡ぼして供養せん。

その時、

   彼の王たちは、婆羅門にこう告げた、――

  『あなたは、

      今、この時に相応しく、

      智慧と道理とで、我々を潤(うるお)してくれた。

   親密にして、

      心のこもった言葉は、

      法には順じ、道理にも強く依っている。

   しかし、

      少しばかり、わたしの説を聴け、――

     『そもそも、

         王者であるということは、

            或いは、五欲の楽しみの為に争い、

            或いは、互いに嫌い恨んで力を競い、

            或いは、遊びや戯れがこうじて、不急の戦に至るのである。

         われ等が、

            今、法の為の故に、戦争をしたとしても、

            何処に、怪しむことがあろうか?

         驕り高ぶって道理に背く者にさえ、

            世間の人は服従する、

         まして、

            仏は、

               自らは高慢を離れ、

               人には謙譲であるよう教えられた。

            何うして、

               服従せずにいられよう?

         われ等は、

            もし敵わなくとも、この身に代えて、

            仏を、供養するのである。

 

  :黠慧(げちえ):聡明なる智慧。

  :饒益(にょうやく):豊に利益する。

  :親密(しんみつ):非常に親しい。

  :至誠(しじょう):真心。

  :強理(ごうり):強い道理。

  :五欲(ごよく):色声香味触。世間の欲望。

  :謙恨(けんこん):嫌って恨む。

  :強力(ごうりき):強い力。

  :嬉戯(きげ):あそびたわむれること。

  :不急(ふきゅう):差し迫って必要でない。

  :伏従(ふくじゅう):服従。

  :謙下(けんげ):謙譲卑下。へりくだること。

 昔諸大地主  弼瑟阿難陀

 為一端正女  戰爭相摧滅

 況今為供養  清淨離欲師

 愛身而惜命  不以力爭求

 先王驕羅婆  與般那婆戰

 展轉更相破  正為貪利故

 況為無貪師  而復貪其生

『昔諸の大地主、弼瑟(ひつしつ)阿難陀(あなんだ)は、

 一の端正なる女の為に、戦争して相い摧滅せり、

 況や今は、清浄なる離欲の師を供養せんが為なり。

 身を愛し命を惜まば、力争を以って求めず、

 先王騎羅婆(きらば)は、般那婆(はんなば)と戦い、

 展転し更に相い破るるは、正に利を貪らんが為の故なり、

 況や無貪の師の為なれば、またその生を貪らんや。

     『昔、大国の王である、

         弼瑟(ひつしつ)と阿難陀(あなんだ)とは、

         一人の美しい女の為に、戦争して互いに滅んでしまった。

      まして、

         今は、清浄なる離欲の師に供養する為である、

         何うして、戦わずにいられよう?

      もし、

         身を愛し、命を惜むようであれば、

         力を争ってまでは、求めない。

      昔の王の、

         騎羅婆(きらば)が、般那婆(はんなば)と戦い、

         戦を重ねる中にやがて、互いに滅亡したのは、

         まさに、利を貪ったが為の故であった。

      まして、

         貪りの無い師の為の故であれば、

         何うして、生を貪ることがあろう?

 

  :大地主:大国の王。

  :弼瑟(ひつしつ)、阿難陀(あなんだ):神話上の滅びた国の王。『答瓶沙王品第十一』参照。

  :端正(たんじょう):端正。均整がとれて美しい。

  :離欲(りよく):五欲を離れる。

  :力争(りきそう):力を競うこと。

  :騎羅婆(きらば):神話上の王の名。委細不明。

  :般那婆(はんなば):神話上の王の名。委細不明。

  :展転(てんでん):次から次に。

  :無貪(むとん):離欲。

  :生(しょう):生活。

 羅摩仙人子  瞋恨千臂王

 破國殺人民  正為瞋恚故

 況為無恚師  而惜於身命

 羅摩為私陀  殺害諸鬼國

 況無攝受師  不為其沒命

 阿利及婆俱  二鬼常結怨

 正為愚癡故  廣害於眾生

 況為智慧師  而復惜身命

 如是比眾多  無義而自喪

 況今天人師  普世所恭敬

 計身而惜命  不勤求供養

『羅摩(らま)仙人子、千臂王(せんぴおう)を瞋恨して、

 国を破り人民を殺せしも、正に瞋恚の為の故なり、

 況や無恚の師の為に、身命を惜まんや。

 羅摩(らま)は私陀(しだ)の為に、諸の鬼国を殺害せり、

 況や摂受の師、その為に命を没せざるもの無からんや。

 阿利(あり)及び婆倶(ばく)の、二鬼は常に怨を結んで、

 正に愚癡の為の故に、広く衆生を害す、

 況や智慧の師の為に、また身命を惜まんや。

 かくの如き比(たぐい)の衆多は、義無くとも自ら喪(うしな)う、

 況や今の天人師は、普く世の恭敬する所なり、

 身を計りて命を惜み、勤めて供養を求めざらんや。

     『羅摩仙人子(らませんにんし)は、

         千臂王(せんぴおう)に怒りを懐いて、

         その国を破り人民を殺したが、

      それは、

         まさに、怒りの為の故であった。

      まして、

         怒りの無い師の為にであれば、

         何うして、身命を惜むことがあろう?

      羅摩(らま)は、

         妃の私陀(しだ)の為に、

         鬼神の国を皆殺しにした。

      まして、

         受け入れ、抱きしめてくれる師の為に、

         命を投げ捨てないものがあろうか?

      阿利(あり)と婆倶(ばく)の、

         二鬼神は、常に怨を懐いて、

         何と愚かにも、多くの衆生を殺した。

      まして、

         智慧の師の為に、また

         身命を惜むことがあるだろうか?

      このように、

         種種の多くの者たちは、

            実に、道理に合わずとも、

            自ら、命を失っている。

      まして、

         天と人との師であり、

         普く世間に敬われている人の為に、

         身命を惜んだり、

         懸命に供養したいと思わない者があるだろうか?

 

  :瞋恨(しんこん):怒りと恨み。

  :瞋恚(しんに):いかり。

  :無恚(むい):怒りが無いこと。

  :鬼国(きこく):悪鬼の国。

  :殺害(せつがい):殺すこと。

  :摂受(しょうじゅ):受け入れること。

  :阿利(あり):悪鬼の名。委細不明。

  :婆倶(ばく):悪鬼の名。委細不明。

  :愚癡(ぐち):愚かなこと。

  :天人師(てんにんし):天と人との師。仏の尊称。

  :恭敬(くぎょう):恭しく敬う。

  :羅摩仙人(らませんにん):伝説上の王。ラーマ。

  :千臂王(せんぴおう):伝説上の鬼神。ラーヴァナ。

  :私陀(しだ):羅摩の妃。シーダ。

  :羅魔(ラーマ):叙事詩ラーマーヤナの主人格。中印度阿踰陀(あゆだ)国王十車王の長子にして、つとに諸芸に達し名声あり。次いで毘提訶(びだいか)国王の女私陀(シーダ)と婚し、たまたま王位継承に関し、讒言せられて十四年流謫の刑を受け、妃及び末弟ラクシュマナと共に檀陀柯(だんだか)林に住す。父王の崩御の後、王位に就かんことを求められしも、刑期の満ぜざるをもってこれを辞し、次弟ブハラタ代りて万機を摂す。山林に止まること十年、後南進してゴーダヴァリー河辺に到り、林中の悪羅刹鬼を討伐するに、鬼王邏伐拏(らばつな、ラーヴァナ)は怨を含み、その妃私陀を奪うて楞伽(りょうが、ランカー)に還る。羅摩は即ち猿王等の援助を得て、長橋を架して楞伽に渡り、終に邏伐拏を誅して妃を救い、且つ火誓に由りて妃の貞潔なるを知り、大いに歓喜す。時に刑期既に満ちたるをもって妃と共に本国に還り、遂に王位に登りて聖化を布けりと云う。(望月仏教大辞典)

 汝若欲止爭  為吾等入城

 勸彼令開解  使我願得滿

 以汝法言故  令我心小息

 猶如盛毒蛇  咒力故暫止

『汝もし争いを止めんと欲せば、われ等が為に城に入り、

 彼に勧めて開解せしめ、わが願いをして満ずることを得しめよ。

 汝が法言を以っての故、わが心をして小(しばら)く息ましむるも、

 なお盛んなる毒蛇の、咒力の故に暫く止(や)むが如し。』

     『あなたが、

         もし争いを止めたいと思うのであれば、

         われ等に代って城に入り、

         彼等に勧めて門を開かせ、

         われ等の願いを満たせ!

      あなたが、

         法を説いてくれたので、

         わたしの心は少し休まった。

      ちょうど、

         盛んな毒蛇が、咒力の故に、

         暫くの間、休んでいるように。』

 

  :開解(かいげ):錠前を解いて開く。

  :咒力(じゅりき):まじないの力。

 

 

 

 

婆羅門は諸王の求めに随い、力士に理を説く

 爾時婆羅門  受彼諸王教

 入城詣力士  問訊以告誠

 外諸人中王  手執利器仗

 身被於重ナ  精銳耀日光

 奮師子勇氣  咸欲滅此城

 然其為法故  猶畏非法行

 是故遣我來  旨欲有所白

その時婆羅門、彼の諸王の教を受け、

城に入りて力士に詣(いた)り、問訊し以って誠を告ぐらく、

『外の諸の人中の王、手に利き器仗を執り、

 身には重ナを被(つ)け、精鋭を日光に輝かせ、

 師子の勇気を奮いて、咸(みな)この城を滅ぼさんと欲す。

 然れどもそれ法の為の故に、なお非法の行いを畏れ、

 この故われをして来たらしむ、旨に白す所有らんと欲すればなり。

その時、

   婆羅門は、

      王たちの求めに応じた。

      城に入って、力士に会い、

      互いに挨拶を済ませると、

      心をこめてこう告げた、――

     『外では、

         多くの王たちが、

            手には利い武器を持ち、

            身には重い鎧をつけて、

            精鋭の武器を日光に輝かしめ、

            獅子奮迅の勇気をもって、

            この城を滅ぼそうとしている。

         しかし、

            法に順じたいと思うが故に、

         なお、

            非法の行いを畏れている。

      その故に、

         わたしを、ここに来させたのであるが、

      わたしとしても、

         胸の中に、申したい事が有る。

 

  :問訊(もんじん):挨拶を交わすこと。

  :器仗(きじょう):武器。

  :重ナ(じゅうこう):厳重なよろい。

  :精鋭(しょうえい):するどい鉾先。

  :勇気(ゆけ):勇気。

 我不為土地  亦不求錢財

 不以憍慢心  亦無懷恨心

 恭敬大仙故  而來至於此

 汝當知我意  何為苦相違

 尊奉彼我同  則為法兄弟

 世尊之遺靈  一心共供養

 慳惜於錢財  此則非大過

 法慳過最甚  普世之所薄

『われは土地の為にせず、また銭財を求めず、

 憍慢心を以ってせず、また恨心を懐くことも無し、

 大仙を恭敬するが故に、来たりて此に至る。

 汝まさにわが意を知るべし、何すれぞ苦しんで相い違える、

 彼と我と同じきを尊奉すれば、則ち法の兄弟たり、

 世尊の遺霊は、心を一にして共に供養せん。

 銭財を慳惜するは、これ則ち大過に非ず、

 法を慳む過(あやまち)は最も甚だしく、普く世の薄うする所なり。 

     『わたしが、

         ここに来たのは、

            土地が欲しくではなく、

            銭財を求めてでもなく、

            驕り高ぶりの心からでもなく、

         また、

            恨みを懐いてでもない。

         ただ、

            仏を敬うが故に、

            ここに来たのである。

      あなた方に、

         わたしの心を伝えよう。

      何故、

         苦しんで仲違いをしているのか?

      仏を、

         尊び奉ることは、我も彼も同じではないか!

         言わば、法の兄弟である。

      仏の、

         遺霊は、心を一つにして共に供養したがよい!

      銭金を惜む、

         これは、大した過ではない。

      法を慳む過、

         これこそが、最も甚だしい過であり、

         世間の、誰にも軽蔑される。

 

  :恨心(こんしん):恨む心。

  :大仙(だいせん):仏。仙は不死の人。

  :尊奉(そんぶ):尊び奉る。

  :遺霊(いりょう):霊魂。

  :慳惜(けんじゃく):惜む。

  :大過(だいか):大きなあやまち。

 決定不通者  當修待賓法

 無有利法  閉門而自防

 彼等悉如是  告此吉凶法

 我今私所懷  亦告其誠實

 莫彼此相違  理應共和合

 世尊在於世  常以忍辱教

 不順於聖教  云何名供養

『決定して通さずんば、まさに待賓の法を修むべし、

 刹利(せつり)の法には、門を閉じて自ら防ぐこと有ること無し。

 彼等悉くかくの如く、この吉凶の法を告げ、

 わが今の私(ひそ)かに懐(おも)う所、またその誠実を告ぐ。

 彼と此と相い違うこと莫かれ、理はまさに共に和合すべし、

 世尊にして世に在(いま)さば、常に忍辱を以って教えたもう、

 聖教に順わずんば、云何が供養と名づくる。

     『心を決して、

         門の中に通さないというのであれば、

         賓客を待遇する法を学んだがよい。

      刹利(せつり、王族)の、

         法には、そのように、

           『門を閉ざして、自らを防ぐ』というような法は無い。

      彼等は、

         悉く、このように、

         吉凶両様の事を告げた。

      わたしも、

         今、また心に思う所を、

         その、真心のままに告げた。

      彼等と此の方と

         互いに行き違ってはならない!

      道理として、

         共に和睦したがよい!

      世尊が、

         世に在る時、

         常に忍辱を教えていたではないか!

      世尊の、

         教に従わなければ、

         何うして、それを供養といえよう?

 

 

  :決定(けつじょう):決心して変えない。

  :待賓(だいひん):賓客を遇する。

  :刹利(せつり):印度四姓の一、王族種。

  :吉凶(きっく):幸と不幸。

  :誠実(じょうじつ):真心の真実。

  :和合(わごう):なかよくすること。親和。

  :聖教(しょうきょう):最も正しい教。仏の教。

 世人以五欲  財利田宅諍

 若為正法者  應隨順聖理

 為法而結怨  此則理相違

 佛寂靜慈悲  常欲安一切

 供養於大悲  而興於大害

 應等分舍利  普令得供養

『世人は五欲を以って、財利田宅に諍う、

 もし正法の為なれば、まさに聖理に随順すべく、

 法の為に怨を結べば、これ則ち理として相い違わん。

 仏の寂静の慈悲は、常に一切を安んぜんと欲す、

 大悲に供養せんとして、大害を興すや、

 まさに等しく舎利を分け、普く供養を得しむべし。

     『世の人は、

         五欲から、財利や田宅を争っている。

      正法の為にするのであれば、

         当然、その道理に従わなくてはならない。

      法の為に、

         敵視するようでは、

         これは道理に相違している。

      仏は、

         寂静と慈悲とをもって、

         常に一切の衆生を安んじようとしていた。

      仏の大悲に、

         供養しようと思う者が、

         大害を興すだろうか?

      舎利は、

         等分に分けて、

         皆に普く供養させてはどうか?

 

  :五欲(ごよく):色声香味触の欲望。

  :聖理(しょうり):最も正しい道理。仏法の道理。

  :随順(ずいじゅん):従って逆らわない。

  :寂静(じゃくじょう):煩悩が無く患わない。

  :大悲(だいひ):大慈悲。仏のこと。

  :大害(だいがい):大きな災害。

 順法名稱流  義通理則宣

 若彼非法行  當以法和之

 是則為樂法  令法得久住

 佛說一切施  法施為最勝

 人斯行財施  行法施者難

『法に順わば名称流れて、義は通じ理は則ち宣ぶべし、

 もし彼非法に行わば、まさに法を以ってこれに和すべし、

 これ則ち法を楽(ねが)う為なり、法をして久住するを得しめん。

 仏の説きたまわく、『一切の施は、法施をば最勝と為す』と。

 人はこれ財施を行うも、法施を行うは難し。』

     『法に従えば、

         普く名声が流れ、

         正義は通じて道理が広がる。

      もし、

         相手が非法に行うのであれば、

      まさに、

         法を以って、

         これと和睦しなければならない。

      このようにして、

         法を、楽しんでいれば、

         法も、末永く世に住(とど)まろう。

      仏は、こう説いている、――

        『一切の施しの中では、法の施しが最も勝れる。』と。

      人は、

         財を、施しても、

         法は、施し難い。』

 

  :名称(みょうしょう):名声。

  :久住(くじゅう):永く世間にとどまる。

  :法施(ほうせ):仏法を施すこと。

  :最勝(さいしょう):最も勝れること。

  :財施(ざいせ):財物を施すこと。

 

 

 

 

力士は、梵志の勧めに応じて舎利を八つに等分する

 力士聞彼說  內愧互相視

 報彼梵志言  深感汝來意

 親善順法言  和理雅正說

 梵志之所應  隨順自功コ

 善和於彼此  示我以要道

 如制迷塗馬  還得於正路

 今當用和理  從汝之所說

 誠言而不顧  後必生悔恨

力士彼の説を聞いて、内に愧じ互いに相い視て、

彼の梵志(ぼんし)に報(こた)えて言わく、『深く汝が来意に感ぜり、

 親善順法の言(ごん)、理に和して雅やかに正説す。

 梵志の応ぜし所、自らの功徳に随順して、

 善く彼と此とを和らげ、われに示すに要道を以ってし、

 塗(みち)に迷える馬を制するが如く、また正路を得しむ。

 今まさに和理を用うべく、汝の説く所に従わん、

 誠言ありて顧みずんば、後に必ず悔恨を生ぜん。』

力士たちは、

   彼の梵志の説を聞いて、恥ずかしく思った。

   互いに見交わして、こう答えて言う、――

  『親切にも、

      法に順じた言葉で、

      和睦の道理を雅やかに説かれた。

   梵志の言葉は、

      自らの、功徳は少しも損なわず、

      見事に、彼と此とを和睦させ、

      われ等に、必要な道を示した。

   ちょうど、

      路に迷った、馬を制して、

      正しい路を、還らせるように。

   今こそ、

      和睦の道理を用いて、

      あなたの説に従おう。

   真心の、

      言葉を受けて、顧みなければ、

      後に必ず、悔恨を生じることになろう。』

 

  :梵志(ぼんし):婆羅門の修行者。

  :来意(らいい):来訪の目的、趣旨。

  :親善(しんぜん):親しいこと。

  :順法(じゅんぽう):法に従って逆らわないこと。

  :和理(わり):和合の道理。

  :正説(しょうせつ):道理を正しく説く。

  :所応(しょおう):受け答え。

  :功徳(くどく):善事をなす力。

  :要道(ようどう):要の道理。

  :正路(しょうろ):正しい道。

  :誠言(じょうごん):真心をこめたことば。

  :悔恨(けこん):悔やみと恨み。

 即開佛舍利  等分為八分

 自供養一分  七分付梵志

 七王得舍利  歡喜而頂受

 持歸還自國  起塔加供養

 梵志求力士  得分舍利瓶

 又從彼七王  求分第八分

 持歸起支提  號名金瓶塔

即ち仏舎利を開き、等分して八分と為せり。

自ら一分を供養し、七分をば梵志に付せるに、

七王舎利を得て、歓喜して頂受し、

持ち帰りて自らの国に還り、塔を起てて供養を加う。

梵志は力士に求めて、 舎利瓶を分かち得て、

また彼の七王より、第八分を分かつことを求めて、

持ち帰りて支提(しだい)を起て、号を金瓶塔と名づく。

そこで、

   仏の舎利を広げて、八つに等分し、

   自らは、一分を供養し、

   七分は、梵志に預けた。

七王は、

   舎利を、手にすると、

   喜んで、頂(いただき)に受けた。

   自ら、携えて自国に還り、

   塔を起てて、供養する。

梵志は、

   力士からは、舎利の入っていた瓶を求め、

   七王からは、各々八分の一を求めて得ると、

   持ち帰って塔を起て、金瓶塔と名づけた。

 

  :支提(しだい):塔と訳す。

  :金瓶塔(こんびょうとう):金の瓶を納めた塔。

 俱夷那竭人  聚集餘灰炭

 而起一支提  名曰灰炭塔

 八王起八塔  金瓶及灰炭

 如是閻浮提  始起於十塔

 舉國諸士女  悉持寶花蓋

 隨塔而供養  莊嚴若金山

 種種諸伎樂  晝夜長讚嘆

倶夷那竭(くいなが)人、聚(あつま)りて余の灰炭を集め、

一支提を起てて、名づけて灰炭塔と曰う。

八王は八塔を起て、金瓶及び灰炭と、

かくの如く閻浮提に、始めて十塔を起せり。

国を挙げて諸の士女、悉く宝の花蓋を持(たも)ち、

塔に随いて供養し、荘厳は金山の若(ごと)く、

種種諸の伎楽、昼夜に永く讃嘆せり。

倶夷那竭(くいなが)の人民は、

   総出で、残りの灰や炭を集め、

   塔を起てて、灰炭塔と名づけた。

八王の起てた八塔と、

金瓶塔及び灰炭塔とを、併せて、

   閻浮提(えんぶだい、世界)には、

   始めて、十塔が起った。

国を挙げて、

   男女たちは、

      悉く、宝の花蓋を捧げ持ち、

      塔ごとに、供養したので、

   塔は、

      金山(こんせん、ヒマラヤ山)のように美しく輝き、

      種種の音楽が供せられて、

      昼夜を分かたず、永く詠い継がれている。

 

  :倶夷那竭(くいなが):鳩夷(くい)、拘尸那竭羅(くしながら)と同じ。

  :灰炭(けたん):焼け残った灰と炭。

  :閻浮提(えんぶだい):須弥山の南の海上に在る大洲。現に実在するこの世界。

  :花蓋(けがい):花で飾った天蓋。

  :荘厳(しょうごん):厳かな飾り。

  :金山(こんせん):ヒマラヤ連山。

  :伎楽(ぎがく):音楽。

  :讃嘆(さんたん):讃えて嘆息する。

 

 

 

 

経蔵の結集と無憂王の業績

 時五百羅漢  永失大師蔭

 恇然無所恃  還耆闍崛山

 集彼帝釋巖  結集諸經藏

 一切皆共椎  長老阿難陀

 如來前後說  巨細汝悉聞

 鞞提醯牟尼  當為大眾說

 阿難大眾中  昇於師子座

 如佛說而說  稱如是我聞

 合坐悉涕流  感此我聞聲

時に五百の羅漢(らかん)、永く大師の蔭を失い、

恇然として恃む所無く、耆闍崛山(ぎじゃくっせん)に還り、

彼の帝釈巌に集まりて、諸の経蔵を結集せり。

一切は皆、長老の阿難陀(あなんだ)を推すらく、

『如来前後に説きたまいし、巨細は汝悉く聞けり。』と。

鞞提醯(びだいけ)にて牟尼(むに)は、まさに大衆の為に説き、

阿難は大衆の中にて、師子座に昇る。

仏の説くが如くに説きて、『かくの如くわれ聞けり。』と称うれば、

坐を合せて悉く涕(なみだ)流れ、この『われ聞けり』の声に感ず。

その時、

   五百の阿羅漢たちは、

      永遠に、仏の庇護を失って怯えながら、

      恃む者も無く、耆闍崛山(ぎじゃくっせん)に還った。

   そして、

      近くの帝釈巌(たいしゃくげん)に集まり、

      仏の遺した経蔵を集める。

   皆は、長老の阿難陀(あなんだ)を推す、――

     『如来が、前後して説かれた事は巨細によらず、

      あなたは、一一すべてを聞いていたはずだ。』

鞞提醯(びだいけ、帝釈巌の所在地)の山で、

   仏が、

      かつて、大衆(だいしゅ)の前で法を説いたように、

   阿難は、

      今、大衆を前にして師子座(ししざ、説法の座)に昇り、

      仏の説いたそのままを、少しも違えずに説く。

   『このように、わたしは聞いた。』

      朗々と、阿難の声が流れる。

   一会の大衆は、

      皆、坐ったまま、

      悉く、涕(なみだ)を流し、

      この『わたしは聞いた。』の声に感じ入った。

 

  :羅漢(らかん):悟りを開いた聖者。阿羅漢(あらかん)。仏の高弟。

  :恇然(こうねん):恐れるさま。

  :耆闍崛山(ぎじゃくっせん):印度摩竭陀(まがだ)国王舎城の東北の山頂の精舎。霊鷲山(りょうじゅせん)と訳す。

  :帝釈巌(たいしゃくげん):摩竭(まが)国の菴婆羅(あんばら)村の北にある毘陀(びだ)山の因陀娑羅(いんだしゃら)窟。『長阿含経巻第10』、『中阿含経巻第33』等参照。帝釈天はこの中にて、仏より四十二の疑事を問い、仏はそれに演釈したという。

  :経蔵(きょうぞう):仏法の経典を集めたもの。三蔵(経蔵、律蔵、論蔵)の一。

  :結集(けつじゅう):集めて結ぶ。編集。

  :阿難陀(あなんだ):仏の十大弟子の中の多聞第一。仏の従兄弟にして侍従。阿難。

  :鞞提醯(びだいけ):帝釈巌の在る山の名。毘陀山と同じ。

  :牟尼(むに):寂黙または寂静と訳す。仏の尊号。

  :大衆(だいしゅ):大勢の弟子の集まり。

  :師子座(ししざ):説法の座。高座。

  注:椎:推に改める。

 如法如其時  如處如其人

 隨說而筆受  究竟成經藏

 勤方便修學  悉已得涅槃

 今得及當得  涅槃亦復然

法の如く、その時の如く、処の如く、その人の如く、

説くに随いて筆に受け、究竟じて経蔵を成ぜり。

勤めて方便し修学せよ!悉くはすでに涅槃を得、

今得及びまさに得べし。涅槃もまたまた然なり。

阿難の声は、

   『法』を在るがままに、

   『その時』を在るがままに、

   『処』を在るがままに、

   『その人』を在るがままに説く。

阿難の、

   説くがままを、筆に受けて、

   ついに、経蔵を完成した。

聞く者よ!

   勤めて、

      方便(ほうべん、持戒、布施、忍辱等)に励み、

   謹んで、

      この経蔵を学ばれよ!

   一切は、悉く、

      すでに、涅槃を得たか、

      今、得ようとしているか、

      未来に、必ず得るかである。

   涅槃とは、

      それ以外には無いのだから。

 

  :究竟(くきょう):つまるところ。結局。

  :方便(ほうべん):道を求める行い。持戒、布施、忍辱等。

  :修学(しゅがく):学んで智慧を得ること。

 無憂王出世  強者能令憂

 劣者為除憂  如無憂花樹

 王於閻浮提  心常無所憂

 深信於正法  故號無憂王

 孔雀之苗裔  稟正性而生

 普濟於天下  兼起諸塔廟

 本字強無憂  今名法無憂

 開彼七王塔  以取於舍利

 分布一旦起  八萬四千塔

無憂王世に出でて、強者をしてよく憂えしめ、

劣者の為には憂えを除くこと、無憂花樹の如し。

王閻浮提に於いては、心常に憂える所無く、

深く正法を信ずるが故に、無憂王と号す。

孔雀の苗裔に、正しき性を稟(う)けて生まれ、

普く天下を済(すく)いて、兼ねて諸の塔廟を起つ。

本強き無憂と字(な)づくるも、今は法の無憂と名づけて、

彼の七王の塔を開き、以って舎利を取りて、

分け布くこと一旦にして、八万四千の塔を起つ。

無憂王が、

   世に出ると、

   強者には、憂いを与え、

   弱者には、憂いを除いた。

無憂樹の花が、

   かつて、摩耶(まや、釈尊の実母)の憂いを除いたように。

王は、

   閻浮提の中では、常に、

   心を憂わすものが、何も無く、

   深く、正法を信じていた。

その故に、

   無憂王と呼ばれる。

王は、

   孔雀の血筋を受け、

   正義は生まれついての性である。

   普く、天下を済い、

   兼ねて、多くの仏塔を起てた。

王は、

   本は、

      皆に、強(ごう、暴悪)無憂と呼ばれていたが、

   今は、

      法(ほう、正義)無憂と呼ばれている。

      あの七王の起てた塔を開いて、

      舎利を取りだし、分け布いて、

      一朝にして、八万四千の塔を起てた。

 

  :無憂王(むうおう):無憂は阿輸伽(あゆか、アショカ)の訳名。西暦紀元前321年頃、印度に於いて孔雀王朝を創立した旃陀掘多(せんだくつた、チャンドラグプタ)大王の孫。紀元前270年頃、全印度を統一し、大いに仏教を保護して、これを各地に宣布せしめた。

  :強者(ごうしゃ):強い者。

  :劣者(れつしゃ):力の弱い者。

  :無憂花樹(むうけじゅ):無憂樹。阿輸伽(あゆか、アショカ)樹。釈迦の生母摩耶夫人がこの樹の下で釈迦を産み、母子共に安らかであった所から名づけられた。

  :孔雀の苗裔(みょうえい):孔雀の血筋。

  :塔廟(とうみょう):塔。

 唯有第八塔  在於摩羅村

 神龍所守護  王取不能得

 雖不得舍利  知佛有遺骼

 神龍所供養  搗エ信敬心

 雖王領國土  逮得初聖果

 能令普天下  供養如來塔

 去來今現在  悉皆得解脫 

ただ有る第八の塔のみ、摩羅(まら)村に在りて、

神龍の守護する所なれば、王取らんとして得ること能わず。

舎利を得ざるといえども、仏に遺骼有りて、

神龍に供養せらると知り、その信敬心を増す。

王は国土を領すといえども、初の聖果を逮得し、

よく普く天下をして、如来の塔を供養せしむれば、

去来今現在、悉く皆解脱を得たり。

ただ、

   第八の塔のみは、

      摩羅村(まらそん)に在り、

      龍神に護られていて、

      舎利は、王にも取れない。

王は、

   舎利は取れなかったが、

   仏の遺骨が、龍神に供養されていると知り、

   信じ敬う心がました。

王は、、

   国土を領しながら、

   聖者の初の成果を得た。

普く、

   天下に、仏塔を供養させ、

   過去、未来、現在の衆生は、

   悉く、皆解脱を得る。

 

  :摩羅(まら):摩羅(まら)国。鳩夷国の隣国。摩羅は末羅(まつら)のこと。力士族の生地。

  :神龍(じんりゅう):龍神。

  :遺骼(いきゃく):遺骨。

  :信敬心(しんきょうしん):信じて敬う心。

  :初の聖果(しょうか):聖者の最初の位。須陀洹(しゅだおん)という。

  :解脱(げだつ):煩悩の苦縛を解いて脱れること。

 如來現在世  涅槃及舍利

 恭敬供養者  其福等無異

 明慧搶辮S  深察如來コ

 懷道興供養  其福亦俱勝

 佛得尊勝法  應受一切供

 已到不死處  信者亦隨安

 是故諸天人  悉應常供養

如来世に現在すると、涅槃して舎利に及ぶと、

恭敬し供養すれば、その福は等しくして異なり無し。

明慧の心を増上して、深く如来の徳を察すると、

道を懐い供養を興すも、その福はまた倶に勝るなり。

仏は尊勝の法を得て、まさに一切の供(く)を受くべきも、

すでに不死の処に到れば、信ずる者もまた随って安らかなり。

この故に諸の天人、悉くまさに常に供養すべし。

仏は、

   現に、世に在る時も、

   涅槃して、舎利となった時も、

それを、

   恭敬して、供養すれば、

   その福は、等しくして異なりが無い。

また、

   智慧を増上して、深く仏の功徳を推察しても、

   仏の道を懐って、供養しても、

   その福は、また同じように勝れている。

仏は、

   その得た所の、尊くも勝れた法の故に、

   一切の人に、供養されたが、

   不死の処に行ってしまった今にして、まだ、

   それを信ずれば、同じように、

   心が、安らかになる。

この故に、

   天も人も皆悉く、常に供養し給え!

 

  :明慧(みょうえ):明るい智慧。

  :増上(ぞうじょう):勢力を強めること。

  :尊勝(そんしょう):尊く勝れる。

  :供(く):供養。

 第一大慈悲  通達第一義

 度一切眾生  孰聞而不感

 生老病死苦  世間苦無過

 死苦苦之大  諸天之所畏

 永離二種苦  云何不供養

 不受後有樂  世間樂無上

 攝カ苦之大  世間苦無比

第一の大慈悲たる、第一義に通達せる、

一切の衆生を度(わた)したるを、孰(だれ)か聞いて感ぜざる。

生老病死の苦より、世間の苦に過ぎたるは無く、

死苦の苦の大なるは、諸天の畏るる所なり、

永く二種の苦を離れたるを、云何が供養せざらん。

後有を受けざる楽より、世間の楽に上は無く、

生苦を増すの大なるより、世間の苦に比(たぐい)無し。

仏は、

   第一の大慈悲であり、

   第一義に通達し、

   一切の衆生を渡すと、

誰か、

   聞いて、感じない者が有ろうか?

生老病死の苦こそは、

   世間の苦の中の、これに過ぎたるは無く、

死苦の苦の大なることは、

   天たちにさえ、畏れられる。

永く、この二種の苦を離れた者を、

   誰が、供養せずにいられようか?

後世に生まれない楽こそは、

   世間の楽の中で、これ以上は無く、

生を累(かさ)ねる苦の大なることこそは

   世間の苦の中で、比(たぐい)が無い。

 

  :通達(つうだつ):理事に通じて閉塞するものの無いこと。精通練達。

  :死苦(しく):死の苦しみ。

  :後有(ごう):後世に生を受けること。

  :生苦(しょうく):生まれる苦しみ。

 佛得離生苦  不受後有樂

 為世廣顯示  如何不供養

 讚諸牟尼尊  始終之所行

 不自顯知見  亦不求名利

 隨順佛經說  以濟諸世間

 

佛所行讚卷第五

仏は生苦を離るるを得て、後有を受けざる楽を、

世の為に広く顕示せり、如何が供養せざらん。

諸の牟尼尊の、始終行う所を讃じて、

自らの知見を顕さず、また名利を求めず、

仏の経説に随順し、以って諸の世間を済わん。

 

仏所行讃 巻の第五

仏は、

   生苦を離れて、

   後世に、生まれない楽を、

   世の為に、広く顕示された。

誰か、

   供養せずにいられようか?

 

ここまで、

   仏の諸の諸行を讃じたが、

   自らの知見は隠して顕さず、

また、

   自らの名利も求めずに、

   仏の経説に従った。

せめて、

   世間の人の済いとなれば、

   それが幸いである。

 

仏所行讃 終り

 

  :顕示(けんじ):はっきりと示す。

  :牟尼尊(むにそん):牟尼(むに)と同じ。仏の尊号。

  :知見(ちけん):知識と見解。

  :名利(みょうり):名声と財利。

  :経説(きょうせつ):経の所説。

 

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