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(分舎利品第二十八)
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力士衆は舎利を供養し、七国の王はそれを求める
分舍利品第二十八 |
分舎利(ぶんしゃり)品第二十八 |
仏舎利を八国に八分し各各塔を起てて供養すること、並びに無憂王の仏法興隆のこと。 |
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彼諸力士眾 奉事於舍利 以勝妙香花 興無上供養 時七國諸王 承佛已滅度 遣使詣力士 請求佛舍利 彼諸力士眾 敬重如來身 兼恃其勇健 而起憍慢心 寧捨自身命 不捨佛舍利 彼使悉空還 七王大忿恨 興軍如雲雨 來詣鳩夷城 人民出城者 悉皆驚怖還 告諸力士眾 諸國軍馬來 象馬車步眾 圍遶鳩夷城 城外諸園林 泉池花果樹 軍眾悉踐蹈 榮觀悉摧碎 |
彼(かしこ)の諸の力士衆、舎利に奉事するに、 勝妙なる香花を以って、無上の供養を興す。 時に七国の諸王、『仏すでに滅度せり』と承け、 使を遣わして力士に詣(いた)り、請うて仏の舎利を求めしむ。 彼の諸の力士衆、如来の身を敬重し、 兼ねてその勇健を恃みて、憍慢心を起すらく、 『寧ろ自らの身命を捨てぬらん、仏の舎利は捨てじ。』 彼の使悉く空しく還るに、七王大いに忿恨し、 軍(いくさ)を興すこと雲雨の如く、来たりて鳩夷(くい)城に詣れり。 人民城を出づるに、悉く皆驚怖して還り、 諸の力士衆に告ぐらく、『諸国の軍馬来たり、 象馬車歩の衆は、鳩夷城を囲遶し、 城外の諸の園林、泉池花果樹は、 軍の衆悉く践蹈し、栄観悉く摧砕せり。』 |
鳩夷城(くいじょう)では、 力士(りきし、鳩夷城の貴族種)たちが、 仏の舎利に、恭しく仕えていた。 珍しい花や香の好い花をもって、美しく飾りたて、 この上なく、恭しく供養をしていた。 その時、 七つの国の王たちは、 『仏がすでに滅度した。』と聞いて、 使者を遣わして、力士たちに請い、 仏の舎利を求めた。 力士たちは、 仏の身を、敬って重んじている。 その上、 勇敢であり、慢心していた、―― 『身命を捨ててもよし!決して仏の舎利は渡さない!』と。 使者たちは、 皆、何も得ずに本国に還り、 七つの国では、 王たちが、皆大いに怒る。 雲雨のように、 大量の軍勢を集め、 鳩夷城に来て、陣を布いた。 鳩夷城の、 人民は、 朝の仕事のために城を出て、これを見た。 皆悉く、驚き怖れて城に還り、力士たちに告げる、―― 『多くの国の、 軍勢が来ております。 象兵、馬兵、車兵、歩兵たちが、城の回りを取り囲み、 城外では、 畑や林が、泉も池も果樹園も、 皆、軍(いくさ)の衆に踏みにじられて、 かつての、美しかった面影は何処にも残っておりません。』
注:力士(りきし):鳩夷城の貴族種。末羅(まつら)族。 注:舎利(しゃり):身と訳す。遺骨。 注:奉事(ぶじ):恭しく事(つか)える。 注:勝妙(しょうみょう):言いようもなく勝れている。 注:香花(こうけ):香の好い花。 注:供養(くよう):仏法僧の三宝に飲食、衣服、臥具、薬湯等を奉げて養うこと。 注:滅度(めつど):涅槃。 注:敬重(きょうじゅう):敬って重んずる。 注:勇健(ゆごん):勇敢で健やか。 注:憍慢心(きょうまんしん):おごり高ぶる心。高慢心。 注:使(つかい):使者。 注:忿恨(ふんこん):いきどおって恨むこと。 注:軍(いくさ):軍隊。 注:雲雨(うんう):雲と雨。 注:鳩夷城(くいじょう):力士国の首都の名。拘尸那竭羅(クシナガラ)国。 注:人民(にんみん):庶民。 注:驚怖(きょうふ):驚いて恐れる。 注:軍馬(ぐんめ):軍隊と軍馬。 注:象馬(ぞうめ):象と馬。象兵(ぞうひょう)と馬兵(めひょう)。 注:車歩(しゃぶ):戦車と歩兵。車兵(しゃひょう)と歩兵(ぶひょう)。 注:囲遶(いにょう):取り囲む。 注:城外(じょうげ):城郭の外。郊外。 注:園林(おんりん):林の有る園地。 注:泉池(せんち):泉と池。 注:花果(けか):花と果(このみ)。 注:践蹈(せんとう):ふみにじる。踏みこんで痛めつける。 注:栄観(ようかん):美しい高楼。宮殿。 注:摧砕(ざいさい):折り砕く。 注:七国(しちこく):『長阿含経巻第4』によれば、波婆(はば)国の末羅(まつら)民衆、遮羅頗(しゃらは)国の跋離(ばつり)民衆、羅摩伽(らまが)国の拘利(くり)民衆、毘留提(びるだい)国の婆羅門衆、伽維羅衛(かいらえ、カビラ)国の釈種民衆、毘舎離(びしゃり)国の離車(りしゃ)民衆、及び摩竭(まげち、マガダ)国王阿闍世(あじゃせ)を挙げ、舎利は香姓(こうしょう、独楼那の訳語)婆羅門の指導のもと、拘尸(くし、鳩夷)国を合せて八分したとする。 |
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力士登城觀 生業悉破壞 嚴備戰鬥具 以擬於外敵 弓弩[打-丁+勉]石車 飛炬獨發來 七王圍遶城 軍眾各精銳 羽儀盛明顯 猶如七耀光 鍾鼓如雷霆 勇氣盛雲霧 力士大奮怒 開門而命敵 長宿諸士女 心信佛法者 驚怖發誠願 伏彼而不害 隨親相勸諫 不欲令鬥戰 勇士被重ナ 揮戈舞長劍 鍾鼓而亂鳴 執仗鋒未交 |
力士城観に登れば、生業悉く破壊せり、 戦闘の具を厳備して、外敵に擬(ぎ)す。 弓弩砲石車、 飛炬独り発来し、 七王城を囲遶して、軍衆各々精鋭なり。 羽儀盛んに明顕して、なお七曜の光の如く、 鍾鼓は雷霆の如く、勇気盛んにして雲霧のごとし。 力士大いに奮怒し、門を開きて敵に命ず、 『長宿と諸の士女、心に仏法を信ぜば、 驚怖して誠願を発(おこ)せ!彼(かしこ)に伏せば害せず。 親に随うて相い勧諌し、闘戦せしめんと欲せず。』 勇士は重ナを被て、戈を揮いて長剣を舞わし、 鍾鼓して乱鳴せしめ、仗鋒を執るも未だ交えず。 |
力士たちは、 城観(じょうかん、物見)に登って見た。 大切な、 畑も田も、泉も池も果樹園も、 皆悉く、破壊されつくし、 厳めしく装備した、 戦闘の器具が、立ち並んでいる。 巨大な石弓、投石機、象や馬。 時々、 炬(たいまつ)が飛び来たり、 七国の王によって、城は完全に包囲された。 七国の、 軍勢は、皆、精鋭ばかり、 羽根で飾られた、王の兜は、 きらびやかに、北斗七星のように輝き、 どろどろがんがんと、まるで雷鳴のように、 鍾(かね)と太鼓が打ち鳴らされている。 その、 勇気は盛んで、むくむくと湧き上がる雲のように空に漂う。 力士たちは、 大いに奮怒して、門を開いて敵に命じた、―― 『長老と男女たちよ! 心に、仏法を信じるならば、 驚き怖れて、心から願え! 本国におとなしくしておれば、殺さずに置こう。 かつて通じた好(よしみ)により、勧めて諌める。 戦闘させたくはないのだ。』 勇士たちは、 重ナを着て、鋒を揮い長剣を舞わし、 鍾や太鼓を乱打しているが、 手にした、 槍の類は、未だ交わらない。
注:城観(じょうかん):城郭上の楼観。物見。 注:生業(しょうごう):なりわい。市民の生活。畑、田、果樹園等。 注:厳備(ごんび):車馬に装備し、武器鎧を身につける。 注:外敵(げじゃく):城郭の外の敵。 注:擬(ぎ)す:武器を向ける。 注:弓弩(くぬ):弓の総称。 注:砲石車(ひょうしゃくしゃ):石を弾き飛ばす武器を載せた車。[打-丁+勉]は砲に改める。 注:飛炬(ひこ):空を飛ぶ炬(たいまつ)。 注:軍衆(ぐんしゅ):軍勢。 注:精鋭(しょうえい):精鋭。 注:羽儀(うぎ):羽根飾り。正装の威儀。 注:明顕(みょうけん):明らかに目立つ。 注:七曜(しちよう):北斗七星。 注:鍾鼓(しゅく):かねと太鼓。 注:雷霆(らいじょう):雷霆。かみなり。 注:勇気(ゆけ):勇気。 注:雲霧(うんむ):高いもの、盛んなるものの譬え。 注:奮怒(ふんぬ):忿って怒ること。 注:長宿(ちょうしゅく):長老。 注:士女(しにょ):男女。 注:誠願(じょうがん):心より願うこと。 注:勧諌(かんけん):勧め諌める。 注:闘戦(とうせん):戦闘。 注:重ナ(じゅうきょう):重いよろい。 注:乱鳴(らんみょう):乱雑に鳴らす。 注:仗鋒(じょうぶ):鋒(ほこ)や槍の総称。 |
危うく戦端が開かれんとする時、一婆羅門が七国の諸王を諌める
有一婆羅門 名曰獨樓那 多聞智略勝 謙虛眾所宗 慈心樂正法 告彼諸王言 觀彼城形勢 一人亦足當 況復齊心力 而不能伏彼 正使相摧滅 復有何コ稱 利鋒刃既交 勢無有兩全 困此而害彼 二俱有所傷 鬥戰多機變 形勢難測量 或有強勝弱 或弱而勝強 健夫輕毒蛇 豈不傷其身 有人性柔弱 群女子所獎 臨陣成戰士 如火得膏油 鬥莫輕弱敵 謂彼無所堪 |
一婆羅門有り、名づけて独楼那(どくるな)と曰う、 多く聞きて知略勝れ、謙虚にして衆に宗めらる。 慈心もて正法を楽しめば、彼の諸王に告げて言わく、 『彼の城の形勢、一人してまた当るに足らん、 況やまた心力を斉しうすれば、彼を伏すること能わず、 正に相い摧滅せしめんも、また何の徳か有りて称(かな)わん。 利き鋒刃すでに交うれば、勢いは両全たることの有ること無く、 此に困(くる)しみて彼に害せば、二つ倶に傷つけらるる有らん。 闘戦には機変多く、形勢は測量し難く、 或いは強きの弱きに勝つ有り、或いは弱くとも強きに勝つ、 健夫にして毒蛇を軽んぜば、あにその身を傷つけざらんや。 ある人の性は柔弱にして、群るる女子の奨(すす)むる所なるも、 陣に臨まば戦士と成りて、火の膏油を得るが如し。 闘うに弱き敵を軽んじて、『彼に堪うる所無し』と謂う莫かれ。 |
一人の婆羅門がいた。 名を独楼那(どくるな)といい、 多くの事を聞いて、智慧と謀略に勝れていたが、 謙虚な性格の故に、人々には崇められ、 慈悲心をもって、正法を楽しんでいた。 彼は、王たちにこう告げた、―― 『鳩夷城の形勢を見てみると、 護るには、ただ一人で十分である。 敵と味方の、 心と力とが、等しいとすれば、 彼を屈伏せしめることは、とうてい叶わず、 仮に敵を討ち滅ぼそうとしても、 敵につりあう、何のような力が味方に有ろうか? 利い刃が交われば、 勢いとして、両軍が万全たることは有るはずもなく、 苦労して敵を殺しても、両軍ともに傷つく。 戦闘に、 思わぬ事故は付きものであり、 形勢も予測が付きがたいものがあって、 ある時には、強い者が弱い者に勝つが、 また時には、弱い者が強い者に勝つのである。 健やかな男子といえども、 毒蛇を軽んじれば、 何うして傷つかないことがあろうか? ある人は、 性格が柔弱で、 群がる女、子供には大いに喜ばれるが、 戦陣に臨めば、 勇敢な戦士と成り変わって、 火に油を注いだように燃え上がる。 戦闘には、 弱い敵だとしても、 『味方にとって敵ではない。』等と言って、 軽んじてはならない。
注:婆羅門(ばらもん):印度四姓の第一。祭祀、学問を司る。 注:独楼那(どくるな):香姓と訳す。婆羅門の名。 注:摧滅(さいめつ):摧いて滅ぼす。 注:徳(とく):為になる力。 注:鋒刃(ぶじん):槍と刀。 注:両全(りょうぜん):両者が安全。 注:機変(きへん):はずみで起る突然の乱れ。 注:測量(しきりょう):はかる。 注:健夫(ごんぶ):強い男。 注:柔弱(にゅうにゃく):柔弱。 注:女子(にょし):女と子供。 注:膏油(こうゆ):あぶら。 |
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身力不足恃 不如法力強 古昔有勝王 名迦蘭陀摩 端坐起慈心 能伏大怨敵 雖王四天下 名稱財利豐 終歸亦皆盡 如牛飲飽歸 應以法以義 應以和方便 戰勝搗エ怨 和勝後無患 今結飲血讎 此事甚不可 為欲供養佛 應隨佛忍辱 如是婆羅門 決定吐誠實 方宜義和理 而作無畏說 |
『身力は恃むに足らずして、法力の強きには如かず。 古昔勝れし王有り、迦蘭陀摩(からんだま)と名づく、 端坐して慈心を起し、よく大怨の敵を伏せり。 四天下に王たりて、名称と財利豊なりといえども、 終に帰するにまた皆尽くすこと、牛の飲み飽きて帰るが如し。 まさに法を以(もち)い義を以うべく、まさに和を以って方便すべし、 戦いて勝つはその怨を増し、和して勝つは後に患無し。 今飲血の讎(あだ)を結ばば、この事甚だ可(よ)からず、 為に仏を供養せんと欲せば、まさに仏に随いて忍辱すべし。』 かくの如く婆羅門、決定して誠実を吐く、 まさに義と和の理を宜しくすべく、無畏の説を作せり。 |
『身の力というものは、 恃むに足るものではなく、 法の力には、 強さで敵わない。 昔、 迦蘭陀摩(からんだま)という勝れた王がいた。 王は、 坐ったままで、慈悲心を起し、 長年の、大敵を屈伏させることができた。 やがて、 四天下(してんげ、全世界)の王と成り、 高い名声と、豊かな財利とを得たが、 結局は、皆尽くしてしまった、 まるで、牛が飲み飽きて帰るように。 まさに、このように、 法と道理とを、用いなければならず、 和睦を用いて、方便(手段)としなければならない。 戦に勝てば、敵の怨は増し、 和睦して勝てば、後の患(うれえ)は無い。 今、 戦闘に流れる血を飲んで、仇敵同士となれば、 これは、甚だ道理に背く。 それほどまでに、 仏に供養したいのであれば、 仏の忍辱(にんにく、堪え忍ぶこと)に随うがよかろう。』 このように、 婆羅門は、 心を決し定めて、 真心の中より真実を吐露し、 理に適った和睦の道理、 畏れの無い道理を説いた。
注:身力(しんりき):体力。 注:法力(ほうりき):道理の力。 注:古昔(こしゃく):いにしえ。むかし。 注:迦蘭陀摩(からんだま):王名。委細不明。 注:端坐(たんざ):姿勢を正して坐る。 注:大怨(だいおん):大いに怨む。 注:四天下(してんげ):須弥山の四方の海上にある大洲。全世界。 注:名称(みょうしょう):名声。 注:財利(ざいり):財物と利益。 注:方便(ほうべん):正しい手段。 注:飲血(おんけつ)の讎(あだ):戦争の上での仇敵。 注:忍辱(にんにく):堪え忍ぶ。 注:決定(けつじょう):決心して動かないこと。 注:誠実(じょうじつ):真心からの真実。 注:無畏(むい):恐れる物の無いこと。 |
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爾時彼諸王 告婆羅門言 汝今善應時 黠慧義饒益 親密至誠言 順法依強理 且聽我所說 為王者之法 或因五欲諍 嫌恨競強力 或因其嬉戲 不急致戰爭 吾等今為法 戰爭復何怪 憍慢而違義 世人尚伏從 況佛離憍慢 化人令謙下 我等而不能 亡身而供養 |
その時彼の諸王、婆羅門に告げて言わく、 『汝今善く時に応じ、黠慧の義もて饒益せり。 親密至誠の言は、法に順(したが)い強理に依るも、 且(しばら)くわが説く所を聴け。王者たるの法は、 或いは五欲に因りて諍い、謙恨して強力を競い、 或いはその嬉戯に因りて、不急なるに戦争を致す。 われ等今法の為に、戦争するにまた何をか怪しむ、 憍慢して義に違えるすら、世人はなお伏従す、 況や仏は憍慢を離れ、人をして謙下ならしめたるをや。 われ等にして能わずとも、身を亡ぼして供養せん。 |
その時、 彼の王たちは、婆羅門にこう告げた、―― 『あなたは、 今、この時に相応しく、 智慧と道理とで、我々を潤(うるお)してくれた。 親密にして、 心のこもった言葉は、 法には順じ、道理にも強く依っている。 しかし、 少しばかり、わたしの説を聴け、―― 『そもそも、 王者であるということは、 或いは、五欲の楽しみの為に争い、 或いは、互いに嫌い恨んで力を競い、 或いは、遊びや戯れがこうじて、不急の戦に至るのである。 われ等が、 今、法の為の故に、戦争をしたとしても、 何処に、怪しむことがあろうか? 驕り高ぶって道理に背く者にさえ、 世間の人は服従する、 まして、 仏は、 自らは高慢を離れ、 人には謙譲であるよう教えられた。 何うして、 服従せずにいられよう? われ等は、 もし敵わなくとも、この身に代えて、 仏を、供養するのである。
注:黠慧(げちえ):聡明なる智慧。 注:饒益(にょうやく):豊に利益する。 注:親密(しんみつ):非常に親しい。 注:至誠(しじょう):真心。 注:強理(ごうり):強い道理。 注:五欲(ごよく):色声香味触。世間の欲望。 注:謙恨(けんこん):嫌って恨む。 注:強力(ごうりき):強い力。 注:嬉戯(きげ):あそびたわむれること。 注:不急(ふきゅう):差し迫って必要でない。 注:伏従(ふくじゅう):服従。 注:謙下(けんげ):謙譲卑下。へりくだること。 |
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昔諸大地主 弼瑟阿難陀 為一端正女 戰爭相摧滅 況今為供養 清淨離欲師 愛身而惜命 不以力爭求 先王驕羅婆 與般那婆戰 展轉更相破 正為貪利故 況為無貪師 而復貪其生 |
『昔諸の大地主、弼瑟(ひつしつ)阿難陀(あなんだ)は、 一の端正なる女の為に、戦争して相い摧滅せり、 況や今は、清浄なる離欲の師を供養せんが為なり。 身を愛し命を惜まば、力争を以って求めず、 先王騎羅婆(きらば)は、般那婆(はんなば)と戦い、 展転し更に相い破るるは、正に利を貪らんが為の故なり、 況や無貪の師の為なれば、またその生を貪らんや。 |
『昔、大国の王である、 弼瑟(ひつしつ)と阿難陀(あなんだ)とは、 一人の美しい女の為に、戦争して互いに滅んでしまった。 まして、 今は、清浄なる離欲の師に供養する為である、 何うして、戦わずにいられよう? もし、 身を愛し、命を惜むようであれば、 力を争ってまでは、求めない。 昔の王の、 騎羅婆(きらば)が、般那婆(はんなば)と戦い、 戦を重ねる中にやがて、互いに滅亡したのは、 まさに、利を貪ったが為の故であった。 まして、 貪りの無い師の為の故であれば、 何うして、生を貪ることがあろう?
注:大地主:大国の王。 注:弼瑟(ひつしつ)、阿難陀(あなんだ):神話上の滅びた国の王。『答瓶沙王品第十一』参照。 注:端正(たんじょう):端正。均整がとれて美しい。 注:離欲(りよく):五欲を離れる。 注:力争(りきそう):力を競うこと。 注:騎羅婆(きらば):神話上の王の名。委細不明。 注:般那婆(はんなば):神話上の王の名。委細不明。 注:展転(てんでん):次から次に。 注:無貪(むとん):離欲。 注:生(しょう):生活。 |
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羅摩仙人子 瞋恨千臂王 破國殺人民 正為瞋恚故 況為無恚師 而惜於身命 羅摩為私陀 殺害諸鬼國 況無攝受師 不為其沒命 阿利及婆俱 二鬼常結怨 正為愚癡故 廣害於眾生 況為智慧師 而復惜身命 如是比眾多 無義而自喪 況今天人師 普世所恭敬 計身而惜命 不勤求供養 |
『羅摩(らま)仙人子、千臂王(せんぴおう)を瞋恨して、 国を破り人民を殺せしも、正に瞋恚の為の故なり、 況や無恚の師の為に、身命を惜まんや。 羅摩(らま)は私陀(しだ)の為に、諸の鬼国を殺害せり、 況や摂受の師、その為に命を没せざるもの無からんや。 阿利(あり)及び婆倶(ばく)の、二鬼は常に怨を結んで、 正に愚癡の為の故に、広く衆生を害す、 況や智慧の師の為に、また身命を惜まんや。 かくの如き比(たぐい)の衆多は、義無くとも自ら喪(うしな)う、 況や今の天人師は、普く世の恭敬する所なり、 身を計りて命を惜み、勤めて供養を求めざらんや。 |
『羅摩仙人子(らませんにんし)は、 千臂王(せんぴおう)に怒りを懐いて、 その国を破り人民を殺したが、 それは、 まさに、怒りの為の故であった。 まして、 怒りの無い師の為にであれば、 何うして、身命を惜むことがあろう? 羅摩(らま)は、 妃の私陀(しだ)の為に、 鬼神の国を皆殺しにした。 まして、 受け入れ、抱きしめてくれる師の為に、 命を投げ捨てないものがあろうか? 阿利(あり)と婆倶(ばく)の、 二鬼神は、常に怨を懐いて、 何と愚かにも、多くの衆生を殺した。 まして、 智慧の師の為に、また 身命を惜むことがあるだろうか? このように、 種種の多くの者たちは、 実に、道理に合わずとも、 自ら、命を失っている。 まして、 天と人との師であり、 普く世間に敬われている人の為に、 身命を惜んだり、 懸命に供養したいと思わない者があるだろうか?
注:瞋恨(しんこん):怒りと恨み。 注:瞋恚(しんに):いかり。 注:無恚(むい):怒りが無いこと。 注:鬼国(きこく):悪鬼の国。 注:殺害(せつがい):殺すこと。 注:摂受(しょうじゅ):受け入れること。 注:阿利(あり):悪鬼の名。委細不明。 注:婆倶(ばく):悪鬼の名。委細不明。 注:愚癡(ぐち):愚かなこと。 注:天人師(てんにんし):天と人との師。仏の尊称。 注:恭敬(くぎょう):恭しく敬う。 注:羅摩仙人(らませんにん):伝説上の王。ラーマ。 注:千臂王(せんぴおう):伝説上の鬼神。ラーヴァナ。 注:私陀(しだ):羅摩の妃。シーダ。 注:羅魔(ラーマ):叙事詩ラーマーヤナの主人格。中印度阿踰陀(あゆだ)国王十車王の長子にして、つとに諸芸に達し名声あり。次いで毘提訶(びだいか)国王の女私陀(シーダ)と婚し、たまたま王位継承に関し、讒言せられて十四年流謫の刑を受け、妃及び末弟ラクシュマナと共に檀陀柯(だんだか)林に住す。父王の崩御の後、王位に就かんことを求められしも、刑期の満ぜざるをもってこれを辞し、次弟ブハラタ代りて万機を摂す。山林に止まること十年、後南進してゴーダヴァリー河辺に到り、林中の悪羅刹鬼を討伐するに、鬼王邏伐拏(らばつな、ラーヴァナ)は怨を含み、その妃私陀を奪うて楞伽(りょうが、ランカー)に還る。羅摩は即ち猿王等の援助を得て、長橋を架して楞伽に渡り、終に邏伐拏を誅して妃を救い、且つ火誓に由りて妃の貞潔なるを知り、大いに歓喜す。時に刑期既に満ちたるをもって妃と共に本国に還り、遂に王位に登りて聖化を布けりと云う。(望月仏教大辞典) |
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汝若欲止爭 為吾等入城 勸彼令開解 使我願得滿 以汝法言故 令我心小息 猶如盛毒蛇 咒力故暫止 |
『汝もし争いを止めんと欲せば、われ等が為に城に入り、 彼に勧めて開解せしめ、わが願いをして満ずることを得しめよ。 汝が法言を以っての故、わが心をして小(しばら)く息ましむるも、 なお盛んなる毒蛇の、咒力の故に暫く止(や)むが如し。』 |
『あなたが、 もし争いを止めたいと思うのであれば、 われ等に代って城に入り、 彼等に勧めて門を開かせ、 われ等の願いを満たせ! あなたが、 法を説いてくれたので、 わたしの心は少し休まった。 ちょうど、 盛んな毒蛇が、咒力の故に、 暫くの間、休んでいるように。』
注:開解(かいげ):錠前を解いて開く。 注:咒力(じゅりき):まじないの力。 |
婆羅門は諸王の求めに随い、力士に理を説く
爾時婆羅門 受彼諸王教 入城詣力士 問訊以告誠 外諸人中王 手執利器仗 身被於重ナ 精銳耀日光 奮師子勇氣 咸欲滅此城 然其為法故 猶畏非法行 是故遣我來 旨欲有所白 |
その時婆羅門、彼の諸王の教を受け、 城に入りて力士に詣(いた)り、問訊し以って誠を告ぐらく、 『外の諸の人中の王、手に利き器仗を執り、 身には重ナを被(つ)け、精鋭を日光に輝かせ、 師子の勇気を奮いて、咸(みな)この城を滅ぼさんと欲す。 然れどもそれ法の為の故に、なお非法の行いを畏れ、 この故われをして来たらしむ、旨に白す所有らんと欲すればなり。 |
その時、 婆羅門は、 王たちの求めに応じた。 城に入って、力士に会い、 互いに挨拶を済ませると、 心をこめてこう告げた、―― 『外では、 多くの王たちが、 手には利い武器を持ち、 身には重い鎧をつけて、 精鋭の武器を日光に輝かしめ、 獅子奮迅の勇気をもって、 この城を滅ぼそうとしている。 しかし、 法に順じたいと思うが故に、 なお、 非法の行いを畏れている。 その故に、 わたしを、ここに来させたのであるが、 わたしとしても、 胸の中に、申したい事が有る。
注:問訊(もんじん):挨拶を交わすこと。 注:器仗(きじょう):武器。 注:重ナ(じゅうこう):厳重なよろい。 注:精鋭(しょうえい):するどい鉾先。 注:勇気(ゆけ):勇気。 |
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我不為土地 亦不求錢財 不以憍慢心 亦無懷恨心 恭敬大仙故 而來至於此 汝當知我意 何為苦相違 尊奉彼我同 則為法兄弟 世尊之遺靈 一心共供養 慳惜於錢財 此則非大過 法慳過最甚 普世之所薄 |
『われは土地の為にせず、また銭財を求めず、 憍慢心を以ってせず、また恨心を懐くことも無し、 大仙を恭敬するが故に、来たりて此に至る。 汝まさにわが意を知るべし、何すれぞ苦しんで相い違える、 彼と我と同じきを尊奉すれば、則ち法の兄弟たり、 世尊の遺霊は、心を一にして共に供養せん。 銭財を慳惜するは、これ則ち大過に非ず、 法を慳む過(あやまち)は最も甚だしく、普く世の薄うする所なり。 |
『わたしが、 ここに来たのは、 土地が欲しくではなく、 銭財を求めてでもなく、 驕り高ぶりの心からでもなく、 また、 恨みを懐いてでもない。 ただ、 仏を敬うが故に、 ここに来たのである。 あなた方に、 わたしの心を伝えよう。 何故、 苦しんで仲違いをしているのか? 仏を、 尊び奉ることは、我も彼も同じではないか! 言わば、法の兄弟である。 仏の、 遺霊は、心を一つにして共に供養したがよい! 銭金を惜む、 これは、大した過ではない。 法を慳む過、 これこそが、最も甚だしい過であり、 世間の、誰にも軽蔑される。
注:恨心(こんしん):恨む心。 注:大仙(だいせん):仏。仙は不死の人。 注:尊奉(そんぶ):尊び奉る。 注:遺霊(いりょう):霊魂。 注:慳惜(けんじゃく):惜む。 注:大過(だいか):大きなあやまち。 |
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決定不通者 當修待賓法 無有剎利法 閉門而自防 彼等悉如是 告此吉凶法 我今私所懷 亦告其誠實 莫彼此相違 理應共和合 世尊在於世 常以忍辱教 不順於聖教 云何名供養 |
『決定して通さずんば、まさに待賓の法を修むべし、 刹利(せつり)の法には、門を閉じて自ら防ぐこと有ること無し。 彼等悉くかくの如く、この吉凶の法を告げ、 わが今の私(ひそ)かに懐(おも)う所、またその誠実を告ぐ。 彼と此と相い違うこと莫かれ、理はまさに共に和合すべし、 世尊にして世に在(いま)さば、常に忍辱を以って教えたもう、 聖教に順わずんば、云何が供養と名づくる。 |
『心を決して、 門の中に通さないというのであれば、 賓客を待遇する法を学んだがよい。 刹利(せつり、王族)の、 法には、そのように、 『門を閉ざして、自らを防ぐ』というような法は無い。 彼等は、 悉く、このように、 吉凶両様の事を告げた。 わたしも、 今、また心に思う所を、 その、真心のままに告げた。 彼等と此の方と 互いに行き違ってはならない! 道理として、 共に和睦したがよい! 世尊が、 世に在る時、 常に忍辱を教えていたではないか! 世尊の、 教に従わなければ、 何うして、それを供養といえよう?
注:決定(けつじょう):決心して変えない。 注:待賓(だいひん):賓客を遇する。 注:刹利(せつり):印度四姓の一、王族種。 注:吉凶(きっく):幸と不幸。 注:誠実(じょうじつ):真心の真実。 注:和合(わごう):なかよくすること。親和。 注:聖教(しょうきょう):最も正しい教。仏の教。 |
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世人以五欲 財利田宅諍 若為正法者 應隨順聖理 為法而結怨 此則理相違 佛寂靜慈悲 常欲安一切 供養於大悲 而興於大害 應等分舍利 普令得供養 |
『世人は五欲を以って、財利田宅に諍う、 もし正法の為なれば、まさに聖理に随順すべく、 法の為に怨を結べば、これ則ち理として相い違わん。 仏の寂静の慈悲は、常に一切を安んぜんと欲す、 大悲に供養せんとして、大害を興すや、 まさに等しく舎利を分け、普く供養を得しむべし。 |
『世の人は、 五欲から、財利や田宅を争っている。 正法の為にするのであれば、 当然、その道理に従わなくてはならない。 法の為に、 敵視するようでは、 これは道理に相違している。 仏は、 寂静と慈悲とをもって、 常に一切の衆生を安んじようとしていた。 仏の大悲に、 供養しようと思う者が、 大害を興すだろうか? 舎利は、 等分に分けて、 皆に普く供養させてはどうか?
注:五欲(ごよく):色声香味触の欲望。 注:聖理(しょうり):最も正しい道理。仏法の道理。 注:随順(ずいじゅん):従って逆らわない。 注:寂静(じゃくじょう):煩悩が無く患わない。 注:大悲(だいひ):大慈悲。仏のこと。 注:大害(だいがい):大きな災害。 |
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順法名稱流 義通理則宣 若彼非法行 當以法和之 是則為樂法 令法得久住 佛說一切施 法施為最勝 人斯行財施 行法施者難 |
『法に順わば名称流れて、義は通じ理は則ち宣ぶべし、 もし彼非法に行わば、まさに法を以ってこれに和すべし、 これ則ち法を楽(ねが)う為なり、法をして久住するを得しめん。 仏の説きたまわく、『一切の施は、法施をば最勝と為す』と。 人はこれ財施を行うも、法施を行うは難し。』 |
『法に従えば、 普く名声が流れ、 正義は通じて道理が広がる。 もし、 相手が非法に行うのであれば、 まさに、 法を以って、 これと和睦しなければならない。 このようにして、 法を、楽しんでいれば、 法も、末永く世に住(とど)まろう。 仏は、こう説いている、―― 『一切の施しの中では、法の施しが最も勝れる。』と。 人は、 財を、施しても、 法は、施し難い。』
注:名称(みょうしょう):名声。 注:久住(くじゅう):永く世間にとどまる。 注:法施(ほうせ):仏法を施すこと。 注:最勝(さいしょう):最も勝れること。 注:財施(ざいせ):財物を施すこと。 |
力士は、梵志の勧めに応じて舎利を八つに等分する
力士聞彼說 內愧互相視 報彼梵志言 深感汝來意 親善順法言 和理雅正說 梵志之所應 隨順自功コ 善和於彼此 示我以要道 如制迷塗馬 還得於正路 今當用和理 從汝之所說 誠言而不顧 後必生悔恨 |
力士彼の説を聞いて、内に愧じ互いに相い視て、 彼の梵志(ぼんし)に報(こた)えて言わく、『深く汝が来意に感ぜり、 親善順法の言(ごん)、理に和して雅やかに正説す。 梵志の応ぜし所、自らの功徳に随順して、 善く彼と此とを和らげ、われに示すに要道を以ってし、 塗(みち)に迷える馬を制するが如く、また正路を得しむ。 今まさに和理を用うべく、汝の説く所に従わん、 誠言ありて顧みずんば、後に必ず悔恨を生ぜん。』 |
力士たちは、 彼の梵志の説を聞いて、恥ずかしく思った。 互いに見交わして、こう答えて言う、―― 『親切にも、 法に順じた言葉で、 和睦の道理を雅やかに説かれた。 梵志の言葉は、 自らの、功徳は少しも損なわず、 見事に、彼と此とを和睦させ、 われ等に、必要な道を示した。 ちょうど、 路に迷った、馬を制して、 正しい路を、還らせるように。 今こそ、 和睦の道理を用いて、 あなたの説に従おう。 真心の、 言葉を受けて、顧みなければ、 後に必ず、悔恨を生じることになろう。』
注:梵志(ぼんし):婆羅門の修行者。 注:来意(らいい):来訪の目的、趣旨。 注:親善(しんぜん):親しいこと。 注:順法(じゅんぽう):法に従って逆らわないこと。 注:和理(わり):和合の道理。 注:正説(しょうせつ):道理を正しく説く。 注:所応(しょおう):受け答え。 注:功徳(くどく):善事をなす力。 注:要道(ようどう):要の道理。 注:正路(しょうろ):正しい道。 注:誠言(じょうごん):真心をこめたことば。 注:悔恨(けこん):悔やみと恨み。 |
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即開佛舍利 等分為八分 自供養一分 七分付梵志 七王得舍利 歡喜而頂受 持歸還自國 起塔加供養 梵志求力士 得分舍利瓶 又從彼七王 求分第八分 持歸起支提 號名金瓶塔 |
即ち仏舎利を開き、等分して八分と為せり。 自ら一分を供養し、七分をば梵志に付せるに、 七王舎利を得て、歓喜して頂受し、 持ち帰りて自らの国に還り、塔を起てて供養を加う。 梵志は力士に求めて、 舎利瓶を分かち得て、 また彼の七王より、第八分を分かつことを求めて、 持ち帰りて支提(しだい)を起て、号を金瓶塔と名づく。 |
そこで、 仏の舎利を広げて、八つに等分し、 自らは、一分を供養し、 七分は、梵志に預けた。 七王は、 舎利を、手にすると、 喜んで、頂(いただき)に受けた。 自ら、携えて自国に還り、 塔を起てて、供養する。 梵志は、 力士からは、舎利の入っていた瓶を求め、 七王からは、各々八分の一を求めて得ると、 持ち帰って塔を起て、金瓶塔と名づけた。
注:支提(しだい):塔と訳す。 注:金瓶塔(こんびょうとう):金の瓶を納めた塔。 |
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俱夷那竭人 聚集餘灰炭 而起一支提 名曰灰炭塔 八王起八塔 金瓶及灰炭 如是閻浮提 始起於十塔 舉國諸士女 悉持寶花蓋 隨塔而供養 莊嚴若金山 種種諸伎樂 晝夜長讚嘆 |
倶夷那竭(くいなが)人、聚(あつま)りて余の灰炭を集め、 一支提を起てて、名づけて灰炭塔と曰う。 八王は八塔を起て、金瓶及び灰炭と、 かくの如く閻浮提に、始めて十塔を起せり。 国を挙げて諸の士女、悉く宝の花蓋を持(たも)ち、 塔に随いて供養し、荘厳は金山の若(ごと)く、 種種諸の伎楽、昼夜に永く讃嘆せり。 |
倶夷那竭(くいなが)の人民は、 総出で、残りの灰や炭を集め、 塔を起てて、灰炭塔と名づけた。 八王の起てた八塔と、 金瓶塔及び灰炭塔とを、併せて、 閻浮提(えんぶだい、世界)には、 始めて、十塔が起った。 国を挙げて、 男女たちは、 悉く、宝の花蓋を捧げ持ち、 塔ごとに、供養したので、 塔は、 金山(こんせん、ヒマラヤ山)のように美しく輝き、 種種の音楽が供せられて、 昼夜を分かたず、永く詠い継がれている。
注:倶夷那竭(くいなが):鳩夷(くい)、拘尸那竭羅(くしながら)と同じ。 注:灰炭(けたん):焼け残った灰と炭。 注:閻浮提(えんぶだい):須弥山の南の海上に在る大洲。現に実在するこの世界。 注:花蓋(けがい):花で飾った天蓋。 注:荘厳(しょうごん):厳かな飾り。 注:金山(こんせん):ヒマラヤ連山。 注:伎楽(ぎがく):音楽。 注:讃嘆(さんたん):讃えて嘆息する。 |
経蔵の結集と無憂王の業績
時五百羅漢 永失大師蔭 恇然無所恃 還耆闍崛山 集彼帝釋巖 結集諸經藏 一切皆共椎 長老阿難陀 如來前後說 巨細汝悉聞 鞞提醯牟尼 當為大眾說 阿難大眾中 昇於師子座 如佛說而說 稱如是我聞 合坐悉涕流 感此我聞聲 |
時に五百の羅漢(らかん)、永く大師の蔭を失い、 恇然として恃む所無く、耆闍崛山(ぎじゃくっせん)に還り、 彼の帝釈巌に集まりて、諸の経蔵を結集せり。 一切は皆、長老の阿難陀(あなんだ)を推すらく、 『如来前後に説きたまいし、巨細は汝悉く聞けり。』と。 鞞提醯(びだいけ)にて牟尼(むに)は、まさに大衆の為に説き、 阿難は大衆の中にて、師子座に昇る。 仏の説くが如くに説きて、『かくの如くわれ聞けり。』と称うれば、 坐を合せて悉く涕(なみだ)流れ、この『われ聞けり』の声に感ず。 |
その時、 五百の阿羅漢たちは、 永遠に、仏の庇護を失って怯えながら、 恃む者も無く、耆闍崛山(ぎじゃくっせん)に還った。 そして、 近くの帝釈巌(たいしゃくげん)に集まり、 仏の遺した経蔵を集める。 皆は、長老の阿難陀(あなんだ)を推す、―― 『如来が、前後して説かれた事は巨細によらず、 あなたは、一一すべてを聞いていたはずだ。』 鞞提醯(びだいけ、帝釈巌の所在地)の山で、 仏が、 かつて、大衆(だいしゅ)の前で法を説いたように、 阿難は、 今、大衆を前にして師子座(ししざ、説法の座)に昇り、 仏の説いたそのままを、少しも違えずに説く。 『このように、わたしは聞いた。』 朗々と、阿難の声が流れる。 一会の大衆は、 皆、坐ったまま、 悉く、涕(なみだ)を流し、 この『わたしは聞いた。』の声に感じ入った。
注:羅漢(らかん):悟りを開いた聖者。阿羅漢(あらかん)。仏の高弟。 注:恇然(こうねん):恐れるさま。 注:耆闍崛山(ぎじゃくっせん):印度摩竭陀(まがだ)国王舎城の東北の山頂の精舎。霊鷲山(りょうじゅせん)と訳す。 注:帝釈巌(たいしゃくげん):摩竭(まが)国の菴婆羅(あんばら)村の北にある毘陀(びだ)山の因陀娑羅(いんだしゃら)窟。『長阿含経巻第10』、『中阿含経巻第33』等参照。帝釈天はこの中にて、仏より四十二の疑事を問い、仏はそれに演釈したという。 注:経蔵(きょうぞう):仏法の経典を集めたもの。三蔵(経蔵、律蔵、論蔵)の一。 注:結集(けつじゅう):集めて結ぶ。編集。 注:阿難陀(あなんだ):仏の十大弟子の中の多聞第一。仏の従兄弟にして侍従。阿難。 注:鞞提醯(びだいけ):帝釈巌の在る山の名。毘陀山と同じ。 注:牟尼(むに):寂黙または寂静と訳す。仏の尊号。 注:大衆(だいしゅ):大勢の弟子の集まり。 注:師子座(ししざ):説法の座。高座。 注:椎:推に改める。 |
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如法如其時 如處如其人 隨說而筆受 究竟成經藏 勤方便修學 悉已得涅槃 今得及當得 涅槃亦復然 |
法の如く、その時の如く、処の如く、その人の如く、 説くに随いて筆に受け、究竟じて経蔵を成ぜり。 勤めて方便し修学せよ!悉くはすでに涅槃を得、 今得及びまさに得べし。涅槃もまたまた然なり。 |
阿難の声は、 『法』を在るがままに、 『その時』を在るがままに、 『処』を在るがままに、 『その人』を在るがままに説く。 阿難の、 説くがままを、筆に受けて、 ついに、経蔵を完成した。 聞く者よ! 勤めて、 方便(ほうべん、持戒、布施、忍辱等)に励み、 謹んで、 この経蔵を学ばれよ! 一切は、悉く、 すでに、涅槃を得たか、 今、得ようとしているか、 未来に、必ず得るかである。 涅槃とは、 それ以外には無いのだから。
注:究竟(くきょう):つまるところ。結局。 注:方便(ほうべん):道を求める行い。持戒、布施、忍辱等。 注:修学(しゅがく):学んで智慧を得ること。 |
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無憂王出世 強者能令憂 劣者為除憂 如無憂花樹 王於閻浮提 心常無所憂 深信於正法 故號無憂王 孔雀之苗裔 稟正性而生 普濟於天下 兼起諸塔廟 本字強無憂 今名法無憂 開彼七王塔 以取於舍利 分布一旦起 八萬四千塔 |
無憂王世に出でて、強者をしてよく憂えしめ、 劣者の為には憂えを除くこと、無憂花樹の如し。 王閻浮提に於いては、心常に憂える所無く、 深く正法を信ずるが故に、無憂王と号す。 孔雀の苗裔に、正しき性を稟(う)けて生まれ、 普く天下を済(すく)いて、兼ねて諸の塔廟を起つ。 本強き無憂と字(な)づくるも、今は法の無憂と名づけて、 彼の七王の塔を開き、以って舎利を取りて、 分け布くこと一旦にして、八万四千の塔を起つ。 |
無憂王が、 世に出ると、 強者には、憂いを与え、 弱者には、憂いを除いた。 無憂樹の花が、 かつて、摩耶(まや、釈尊の実母)の憂いを除いたように。 王は、 閻浮提の中では、常に、 心を憂わすものが、何も無く、 深く、正法を信じていた。 その故に、 無憂王と呼ばれる。 王は、 孔雀の血筋を受け、 正義は生まれついての性である。 普く、天下を済い、 兼ねて、多くの仏塔を起てた。 王は、 本は、 皆に、強(ごう、暴悪)無憂と呼ばれていたが、 今は、 法(ほう、正義)無憂と呼ばれている。 あの七王の起てた塔を開いて、 舎利を取りだし、分け布いて、 一朝にして、八万四千の塔を起てた。
注:無憂王(むうおう):無憂は阿輸伽(あゆか、アショカ)の訳名。西暦紀元前321年頃、印度に於いて孔雀王朝を創立した旃陀掘多(せんだくつた、チャンドラグプタ)大王の孫。紀元前270年頃、全印度を統一し、大いに仏教を保護して、これを各地に宣布せしめた。 注:強者(ごうしゃ):強い者。 注:劣者(れつしゃ):力の弱い者。 注:無憂花樹(むうけじゅ):無憂樹。阿輸伽(あゆか、アショカ)樹。釈迦の生母摩耶夫人がこの樹の下で釈迦を産み、母子共に安らかであった所から名づけられた。 注:孔雀の苗裔(みょうえい):孔雀の血筋。 注:塔廟(とうみょう):塔。 |
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唯有第八塔 在於摩羅村 神龍所守護 王取不能得 雖不得舍利 知佛有遺骼 神龍所供養 搗エ信敬心 雖王領國土 逮得初聖果 能令普天下 供養如來塔 去來今現在 悉皆得解脫 |
ただ有る第八の塔のみ、摩羅(まら)村に在りて、 神龍の守護する所なれば、王取らんとして得ること能わず。 舎利を得ざるといえども、仏に遺骼有りて、 神龍に供養せらると知り、その信敬心を増す。 王は国土を領すといえども、初の聖果を逮得し、 よく普く天下をして、如来の塔を供養せしむれば、 去来今現在、悉く皆解脱を得たり。 |
ただ、 第八の塔のみは、 摩羅村(まらそん)に在り、 龍神に護られていて、 舎利は、王にも取れない。 王は、 舎利は取れなかったが、 仏の遺骨が、龍神に供養されていると知り、 信じ敬う心がました。 王は、、 国土を領しながら、 聖者の初の成果を得た。 普く、 天下に、仏塔を供養させ、 過去、未来、現在の衆生は、 悉く、皆解脱を得る。
注:摩羅(まら):摩羅(まら)国。鳩夷国の隣国。摩羅は末羅(まつら)のこと。力士族の生地。 注:神龍(じんりゅう):龍神。 注:遺骼(いきゃく):遺骨。 注:信敬心(しんきょうしん):信じて敬う心。 注:初の聖果(しょうか):聖者の最初の位。須陀洹(しゅだおん)という。 注:解脱(げだつ):煩悩の苦縛を解いて脱れること。 |
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如來現在世 涅槃及舍利 恭敬供養者 其福等無異 明慧搶辮S 深察如來コ 懷道興供養 其福亦俱勝 佛得尊勝法 應受一切供 已到不死處 信者亦隨安 是故諸天人 悉應常供養 |
如来世に現在すると、涅槃して舎利に及ぶと、 恭敬し供養すれば、その福は等しくして異なり無し。 明慧の心を増上して、深く如来の徳を察すると、 道を懐い供養を興すも、その福はまた倶に勝るなり。 仏は尊勝の法を得て、まさに一切の供(く)を受くべきも、 すでに不死の処に到れば、信ずる者もまた随って安らかなり。 この故に諸の天人、悉くまさに常に供養すべし。 |
仏は、 現に、世に在る時も、 涅槃して、舎利となった時も、 それを、 恭敬して、供養すれば、 その福は、等しくして異なりが無い。 また、 智慧を増上して、深く仏の功徳を推察しても、 仏の道を懐って、供養しても、 その福は、また同じように勝れている。 仏は、 その得た所の、尊くも勝れた法の故に、 一切の人に、供養されたが、 不死の処に行ってしまった今にして、まだ、 それを信ずれば、同じように、 心が、安らかになる。 この故に、 天も人も皆悉く、常に供養し給え!
注:明慧(みょうえ):明るい智慧。 注:増上(ぞうじょう):勢力を強めること。 注:尊勝(そんしょう):尊く勝れる。 注:供(く):供養。 |
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第一大慈悲 通達第一義 度一切眾生 孰聞而不感 生老病死苦 世間苦無過 死苦苦之大 諸天之所畏 永離二種苦 云何不供養 不受後有樂 世間樂無上 攝カ苦之大 世間苦無比 |
第一の大慈悲たる、第一義に通達せる、 一切の衆生を度(わた)したるを、孰(だれ)か聞いて感ぜざる。 生老病死の苦より、世間の苦に過ぎたるは無く、 死苦の苦の大なるは、諸天の畏るる所なり、 永く二種の苦を離れたるを、云何が供養せざらん。 後有を受けざる楽より、世間の楽に上は無く、 生苦を増すの大なるより、世間の苦に比(たぐい)無し。 |
仏は、 第一の大慈悲であり、 第一義に通達し、 一切の衆生を渡すと、 誰か、 聞いて、感じない者が有ろうか? 生老病死の苦こそは、 世間の苦の中の、これに過ぎたるは無く、 死苦の苦の大なることは、 天たちにさえ、畏れられる。 永く、この二種の苦を離れた者を、 誰が、供養せずにいられようか? 後世に生まれない楽こそは、 世間の楽の中で、これ以上は無く、 生を累(かさ)ねる苦の大なることこそは 世間の苦の中で、比(たぐい)が無い。
注:通達(つうだつ):理事に通じて閉塞するものの無いこと。精通練達。 注:死苦(しく):死の苦しみ。 注:後有(ごう):後世に生を受けること。 注:生苦(しょうく):生まれる苦しみ。 |
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佛得離生苦 不受後有樂 為世廣顯示 如何不供養 讚諸牟尼尊 始終之所行 不自顯知見 亦不求名利 隨順佛經說 以濟諸世間
佛所行讚卷第五 |
仏は生苦を離るるを得て、後有を受けざる楽を、 世の為に広く顕示せり、如何が供養せざらん。 諸の牟尼尊の、始終行う所を讃じて、 自らの知見を顕さず、また名利を求めず、 仏の経説に随順し、以って諸の世間を済わん。
仏所行讃 巻の第五 |
仏は、 生苦を離れて、 後世に、生まれない楽を、 世の為に、広く顕示された。 誰か、 供養せずにいられようか?
ここまで、 仏の諸の諸行を讃じたが、 自らの知見は隠して顕さず、 また、 自らの名利も求めずに、 仏の経説に従った。 せめて、 世間の人の済いとなれば、 それが幸いである。
仏所行讃 終り
注:顕示(けんじ):はっきりと示す。 注:牟尼尊(むにそん):牟尼(むに)と同じ。仏の尊号。 注:知見(ちけん):知識と見解。 注:名利(みょうり):名声と財利。 注:経説(きょうせつ):経の所説。 |
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