(受祇園精舎品第二十)

 

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給孤獨長者は僧に精舎を施す

受祇桓精舍品第二十

受祇桓精舎(じゅぎおんしょうじゃ)品第二十

舎衛城にて祇桓精舎を受け、波斯匿王に法を説く。

 

  :祇桓精舎(ぎおんしょうじゃ):祇陀(ぎだ)の林。祇陀は憍薩羅国の太子。精舎は寺院。

  :波斯匿(はしのく):憍薩羅(こうさら)国の王。憍薩羅国の王都は舎衛城。

 世尊已開化  迦維羅衛人

 隨緣度已畢  與大眾俱行

 往憍薩羅國  詣波斯匿王

 祇桓已莊嚴  堂舍悉周備

 流泉相灌注  花果悉敷榮

 水陸眾奇鳥  隨類群和鳴

 眾美世無比  若稽羅山宮

 給孤獨長者  眷屬尋路迎

 散花燒名香  奉請入祇桓

 手執金龍瓶  躬跪注長水

 以祇桓精舍  奉施十方僧

 世尊咒願受  鎮國令久安

 給孤獨長者  福慶流無窮

世尊はすでに、伽維羅衛(かいらえ)の人を開化せり、

縁に随うて度しおわりぬれば、大衆と倶に行きぬ。

憍薩羅国に往きて、彼の波斯匿王のところに詣(いた)るに、

祇桓はすでに荘厳され、堂舎も悉く周備せり。

流泉は相い潅注し、花果は悉く敷栄し、

水陸の衆(もろもろ)の奇鳥は、類に随い群れて和鳴し、

衆美は世にも比(たぐい)無く、稽羅山(けいらせん)の宮の若し。

給孤獨長者と、眷属は路を尋ねて迎え、

花を散らして名香を焼(た)き、請を奉って祇桓に入らしむ。

手には金龍の瓶を執り、躬(み)跪いて長水を注ぎ、

祇桓精舎を以って、奉り十方の僧に施す。

世尊は咒願して受け、国を鎮めて久しく安からしめ、

給孤獨長者は、福慶流れて窮まり無し。

世尊は、

   すでに、伽維羅衛(かいらえ)の人を導きおわった。

   縁のある人は、皆苦しみの川を渡ったのだ。

次は、

   弟子たちと共に、憍薩羅(こうさら)国へ行こう。

   波斯匿(はしのく)王の舎衛城(しゃえいじょう)に。

城外の祇桓精舎(ぎおんしょうじゃ)は、

   すでに、整えられていた。堂舎は、悉く整備され、

   泉からは、さらさらと清水が流れ注いでいる。

   花も果(このみ)も、一面に咲き誇り、

   空を飛ぶ鳥も水に浮かぶ鳥たちも、

   美しい羽をひらめかせ、

   類ごとに群れて鳴き交わしている。

美しい物たちが、

   そこここに散らばり、

   まるで、伝説の稽羅山(けいらせん)にある宮殿のようだ。

給孤獨(ぎっこどく)長者は、

   親族を後に従え、路の途中まで歩いて出迎えた。

   花を散らし、名香を焼(た)きながら、祇桓(ぎおん)に招き入れる。

   金の龍形の瓶を手に持ち、身をかがめて跪づき、

   地に長く水を注いで地神に祈った。

祇桓精舎は、

   十方の僧伽(そうが)に施されたのだ。

世尊も、

   国の長久と安泰とを祈願して、

   作法どおりにこの布施を受けた。

給孤獨長者は、

   慶びが極まり、とめどなく涙が流れる。

 

  :開化(かいけ):開発化導。心を開けて悪から善に変化させる。

  :伽維羅衛(かいらえ):迦毘羅婆(かびらば)、釈尊の生国。

  :周備(しゅうび):ととのう。

  :路(みち)を尋ねる:路の景色を愉しみながら歩くこと。

  :潅注(かんちゅう):そそぐ。潅はそそぎかかる。注はそそぎ流れる。

  :花果(けか):花と果実。

  :敷栄(ふよう):花が一面に咲き誇る。

  :奇鳥(きちょう):珍しく美しい鳥。

  :和鳴(わみょう):鳥が鳴き交わす。

  :衆美(しゅみ):美しいものの集まり。

  :稽羅山(けいらせん):カイラーサ山。伝説上の聖山。シヴァ神の住居。

  :眷属(けんぞく):親族。

  :請(しょう):招待。

  :長水を注ぐ:貴人の足を洗う礼法?あるいは地の神に水を捧げる神事?

  :十方僧(じっぽうそう):僧は僧伽(そうが)、比丘の集団のこと。十方僧伽、或は四方僧伽は全比丘の集団。これに対して地方ごとの比丘の集団を現前僧伽という。

  :咒願(じゅがん):願文を唱えること。

  :福慶(ふくぎょう):めでたさ。

 

 

 

 

波斯匿王は聖化を請い、仏は王の為に法を説く

 時波斯匿王  聞世尊已至

 嚴駕出祇桓  敬禮世尊足

 卻坐於一面  合掌白佛言

 不圖卑小國  忽成大吉祥

 惡逆多殃災  豈能感大人

 今得睹聖顏  沐浴飲清化

 鄙雖處凡品  蒙聖入勝流

 如風拂香林 

 氣合成[-+]

 眾鳥集須彌  異色齊金光

 得與明人會  蒙蔭而同榮

 野夫供仙人  生為三足星

 世利皆有盡  聖利永無窮

 人王多愆咎  遇聖利常安

時に波斯匿王、世尊のすでに至れるを聞いて、

駕を厳(かざ)りて祇桓に出で、敬って世尊の足に礼し、

却(かえ)って一面に坐して、合掌し仏に白して言わく、

『図らずも卑小の国、忽(たちま)ち大吉祥を成して、

 悪逆にて殃災多きも、豈(あに)よく大人に感ぜんや。

 今聖顔を睹(み)るを得、清化に沐浴して飲む、

 鄙(ひな)の凡品に処(お)るといえども、聖を蒙りて勝流に入る。

 風香林を払えば、気は合して薫飈を成じ、

 衆鳥須弥に集まれば、異色も金光に斉(ひと)しうするが如く、

 明人と会うを得て、蔭を蒙りて栄を同じうし、

 野夫も仙人に供(とも)すれば、生じて三足星たり。

 世利は皆尽くること有るも、聖利は永く窮まり無し、

 人王は愆咎(けんぐ)多からんも、聖利に遇わば常に安んず。』

その時、

   波斯匿王は、

      世尊が、すでに精舎に入られたと聞き、

      駕(が、天子の乗り物)を整えて、祇桓に趣き、

      世尊の足に礼をして、壁際に退き、

      合掌してこう申した、――

  『図らずも、この卑小の国に来臨たまわり感謝します。

   悪人どもも天災も、仏の威徳には感化せられるはず。

   今日は、初めて聖顔を仰ぎ見ることができると期待して、

   清らかな水にて身と髪とを洗い、

   清らかな教を飲みほして、感化されようとしています。

   鄙に居を構えるとはいえ、

   聖化を蒙れば、勝れた流れに入れましょう。

   ちょうど、

      風が香木の林に吹けば、

      風と香気とは合して、

      爽やかに薫る風となるように。

   ちょうど、

      多くの種類の鳥が、須弥山に集まれば、

      さまざまな色が、金色に統一されるように。

   野夫といえども、

      仙人に事えて共に住めば、

      次に生まれるときは、三足星(さんそくしょう?)となるのです。

   世間の利益は、皆尽きてしまいますが、

   聖人の利益は、永く尽きることがありません。

   人の王は、

      過(あやまち)の多いものですが、

      聖人に遇えれば、常に安んじていられます。』

      

 

  :駕(が):天子の乗り物。

  :吉祥(きちじょう):めでたいしるし。めでたいこと。

  :悪逆(あくぎゃく):人の道にそむく行い。

  :殃災(おうさい):天罰と災害。

  :聖顔(しょうげん):聖人の顔。

  :沐浴(もくよく):水を浴びて髪を洗う。

  :清化(しょうけ):清く正しい教化。

  :凡品(ぼんぽん):平凡。

  :勝流(しょうる):勝れた流れ。

  :薫飈(くんぴょう):爽やかに薫る風。

  :衆鳥(しゅちょう):多くの種類の鳥。

  :須弥(しゅみ):須弥山(しゅみせん)、世界の中心をなす高山。

  :異色(いしき):種種の色。

  :明人(みょうにん):賢明な人。

  :野夫(やふ):田舎の人。

  :仙人(せんにん):修行して不死になった人。

  :三足星(さんそくしょう):不明。

  :世利(せり):世俗の利益。

  :聖利(しょうり):聖者の得る利益。

  :愆咎(けんぐ):あやまち。

 佛知王心至  樂法如帝釋

 唯有二種著  不能忘財色

 知時知心行  而為王說法

 惡業卑下士  見善猶知敬

 況復自在王  積コ乘宿因

 遇佛加恭敬  此乃非為難

 國素靜民安  非見佛所

 今當略說法  大王且諦聽

 受持我所說  見我功果成

仏、『王が心は至って、法を楽しむこと帝釈の如きも、

 ただ二種の著(じゃく)有り、財と色とを忘るること能わず。』と知り、

時を知り心の行ずるを知りて、王の為に法を説かく、

『悪業の卑下の士も、善を見ればなお敬うことを知る、

 況やまた自在王すら、徳を積みて宿因に乗ずる。

 仏に遇うて恭敬を加えんも、これ乃ち難と為すに非ず、

 国は素より静けく民の安らかなるは、仏を見て増す所には非ず。

 今まさに略して法を説くべし、大王且く諦(あき)らかに聴きたまえ!

 わが説く所を受持せば、われを見し功果成ぜん。

仏は、

   波斯匿王を知った、――

  『王は、

      心が、帝釈天のように、法を楽しむ境地にまで至っている。

      ただ、財産と色欲とを忘れられず、この二種の執著が有る。』

   王の心を、

      知った、今こそがその時である。

   王の為に法を説こう、――

  『悪業を尽す、

      卑賤下級の官吏も、

      善を見れば、それを敬うことを知る。

   ましてまた、

      自在王でさえ、徳を積み、

      その因によって、来世の福を願う。

   仏に遇うて、

      敬ったとて、

      誰がそれを非難しよう。

   王の国は、

      もとより乱が無く、静かであり、

      国民は、安泰である。

   それは、

      仏に遇うて、

      そうなったものでもないが、

   今は、

      略して法を説こう。

   大王、

      しばらく、心を静め耳を澄ませて聴きたまえ!

      わたしの所説を、受けて忘れなければ、

      わたしを見た功徳は、その果報を生じるだろう。

 

  :帝釈(たいしゃく):六欲天の第二忉利(とうり)天の主。よく仏法を守護する。

  :悪業(あくごう):悪事を為すこと。

  :自在王(じざいおう):色界の頂天に住する世界の主。自在天外道の主神。

  :宿因(しゅくいん):現在の果報を引き起こす前世の業因。

  :恭敬(くぎょう):その徳を尊んで敬うこと。

  :受持(じゅじ):受け聞いてそれを忘れない。

  :功果(くか):功徳。

 命終形神乖  親戚悉別離

 唯有善惡業  始終而影隨

 當崇法王業  子養於萬民

 現世名稱流  命終上昇天

 縱情不順法  今苦後無歡

 古昔羸馬王  順法受天福

 金步王行惡  壽終生惡道

『命終らば形と神と乖(そむ)き、親戚も悉く別離す、

 ただ善悪の業有りて、始終影となりて随うのみ。

 まさに法王の業を宗め、万民を子養すべし、

 現世には名称流れ、命の終りには天に上昇せん。

 情を縦(ほしいまま)にし法に順わずば、今苦しみ後に歓び無し、

 古昔の羸馬(るいめ)王、法に順うて天の福を受け、

 金歩(こんぷ)王は悪を行じて、寿の終りに悪道に生ぜり。

  『命の終りには、

      肉体と精神とは、背き離れて、

      親族も、悉く別離する。

   ただ、

      善悪の業のみが、始終

      影のようになって随うのである。

   まさに、

      仏の法を崇めて、

      万民を、子のように慈んで養え!

   そうすれば、

      現世には、名称がほしいままに流れ、

      命の終りには、天に昇って生まれるだろう。

   もし、

      性情のおもむくままにして、法に従わなければ、

      今は苦しみ、後にも歓びは無いであろう。

   昔の、

      羸馬(るいめ)王が、法に従ったが故に天に昇って福を受け、

      金歩(こんぷ)王が、悪を行ったが故に命の終りに悪道に生じたように。

 

  :親戚(しんしゃく):親族。

  :法王の業:仏のしわざ。仏法。

  :子養(しよう):子のように民を慈しみ養う。

  :情(じょう):性情。心底の不変の意志。

  :羸馬王(るいめおう):不明。

  :金歩王(こんぷおう):不明。

 我今為大王  略說善惡法

 大要當慈心  觀民猶一子

 不迫亦不害  善攝持諸根

 捨邪就正路  不自舉下人

 結友於苦行  勿習邪見朋

 勿恃王威勢  勿聽邪佞言

 勿惱諸苦行  莫踰王正典

われは今大王の為に、略して善悪の法を説かん、

 大要はまさに慈心もて、民を観ることなお一子のごとくなるべし。

 迫らずして害せず、善く諸根を摂持し、

 邪を捨てて正路に就き、自らを挙げて人を下さず。

 友を苦行に結びても、邪見の朋に習う勿れ、

 王の威勢を恃む勿れ、邪なる佞言を聴く勿れ、

 諸の苦行に悩む勿れ、王の正典を踰ゆる莫れ。

  『わたしは、

      今、大王の為に、善悪について略して説こう、――

   大要は、

      慈しみの心をもって、

      民を、ただ一子のように観ることである。

      迫ったり、害したりしてはならない!

      自ら諸根(眼耳鼻舌身意)を制して、善く行え!

      邪な道を捨てて、正しい道を行け!

      自らを誇らず、人を見下すな!

      苦行を友とするのはよいが、邪見を朋として習ってはならない!

      王の威勢に頼ってはならない!

      こびへつらう者の邪言に惑わされてはならない!

      悩んで諸の苦行をしてはならない!

      王の正典を踰えてはならない!

 

  :摂持(しょうじ):制し伏して保持する。放逸させないこと。

  :邪見(じゃけん):邪な見解。邪な教義。

  :佞言(ねいごん):こびへつらうことば。

  :王の正典(おうのしょうてん):『王法正理論(玄奘訳)』?帝王の十種の過失、十種の功徳等を説く。

 念佛維正法  調伏非法者

 現為人中上  コ將隆道中

 深思無常想  身命念念遷

 栖心高勝境  志求清涼津

 保慈自在樂  來世搗エ歡

 傳名於曠劫  必報如來恩

『仏を念うて正法を維(つな)ぎ、非法の者を調伏し、

 人中の上たるを現して、徳をもって道中を隆(ゆたか)ならしめよ。

 深く無常の想を思え!身命は念念に遷(うつ)ればなり。

 心を高勝の境に栖ませ、志して清涼の津(みなと)を求めよ。

 慈を保ちて自在に楽しめ!来世にはその歓みを増さん。

 名を曠劫に伝えて、必ず如来の恩に報いよ!

  『仏を、常に心にかけて、

      正法を、次に伝えよ!

      非法の者を、調伏(ちょうぶく)せよ!

      人中の上たることを現せ!

      徳でもって、天上、人間、畜生、餓鬼、地獄の道中を隆盛にさせよ!

      深く無常を想え!身命は一瞬一瞬にも遷り変るのだから。

      心を高勝の境地に住めて、清涼の港を求めよ!

      慈を心に保ち自在に楽しめ!来世にはその歓びが増すだろう。

      名を末代の後に伝えよ!

      必ず如来の恩に報いよ!

 

  :念仏(ねんぶつ):仏の現す世界を常に志す。

  :調伏(ちょうぶく):調和と制伏。正法にて教化する。柔者は法で調え、剛者は勢で伏する。

  :徳(とく):他の為になる力。

  :道中(どうちゅう):五道輪廻の中。

  :身命(しんみょう):からだといのち。

  :念念(ねんねん):一瞬間一瞬間。

  :高勝(こうしょう):高く勝れた境地。

  :清涼(しょうりょう):すがすがしく涼しい。

  :曠劫(こうこう):極めて長い時間。未来永劫。

 如人愛甜果  必種其良栽

 有從明入暗  有從闇入明

 有闇闇相續  有明明相因

 智者捨三品  當學始終明

 言惡群嚮應  善唱隨者難

 無有不作果  作者不敗亡

 創業不勤習  至竟莫能為

 素不修善因  後致樂無斯

 既往無息期  是故當修善

 自省不為惡  自作自受故

『人甜(あま)き果を愛せば、必ずその良き栽を種うるが如くあれ!

 明より暗に入る有り、闇より明に入る有り、

 闇より闇に相続する有り、明より明に相い因とする有り、

 智者なれば三品を捨てて、まさに始終なる明を学すべし。

 言悪しくば群れて嚮応(こうおう)し、善く唱うれば随う者難けれど、

 果を作さざるものの有ること無く、作さば敗亡せざらん。

 業を創れど勤めて習わずんば、竟(おわり)に至りてよく為す莫し、

 素より善の因を修めずに、後に楽を致すはこのこと無し。

 既に往かば息(や)む期(とき)無く、この故にまさに善を修むべし、

 自ら省みて悪を為さざれ!自ら作せば自ら受くるが故なればなり。

  『また、

      人が甜い果実を愛するが故に、必ず良い苗を種えるようにせよ!

   すなわち、

      ある者は明より暗に入り、ある者は暗より明に入り、

      ある者は暗より暗に続け、ある者は明より明に入る因を為すが、

   智者は、

      明より明に入って、残りの三種は捨てるはずである。

   例えば、

      悪事を言えば、群れて同調しやすく、

      善事を唱えれば、随う者は少ない。

   しかし、

      果を作さないものなど有るはずがなく、

      悪事を作せば、必ず敗亡する。

   また、

      善いことを始めても、

      勤めて習慣にしなければ、何にもならない。

   もとより、

      善の因を修めずに、後に楽を得られるはずもない。

   すでに、

      五道の旅は始まっている、

      この後には、息む閑も無い。

   この故に、

      今、善を修めなくてはならないのである。

      自ら、反省して悪を作すな!

      作せば、必ずその果を自ら受けることになる。

 

  :栽(なえぎ):苗木。

  :嚮応(こうおう):同調する。

  :敗亡(はいもう):敗れて滅びる。

 猶四石山合  眾生無逃處

 生老病死山  群生脫無由

 唯有行正法  出斯苦重山

 世間悉無常  五欲境如電

 老死錐鋒端  何應習非法

 古昔諸勝王  猶若自在天

 勇健志騰虛  暫顯已磨滅

 劫火鎔須彌  海水悉枯竭

 況身如泡沫  而望久存世

 猛風止隨藍  日光翳須彌

 盛火水所消  有物悉歸滅

『なお四石山の合するがごとく、衆生は逃ぐる処無し、

 生老病死の山は、群生の脱るるに由無く、

 ただ正法を行ずる有りて、この苦重き山を出づるのみ。

 世間は悉く無常にして、五欲の境は電(いなづま)の如し、

 老死は錐鋒(すいふ)の端なり、何んがまさに非法を習うべけんや。

 古昔の諸の勝王は、なお自在天の若くして、

 勇健なる志は虚に騰(のぼ)りたれど、暫く顕わしおわりて磨滅せり。

 劫火は須弥を鎔(とか)し、海水も悉く枯渇せん、

 況や身は泡沫の如くなるに、久しく世に存らんと望めるや。

 猛風は随藍(ずいらん)に止まり、日光は須弥に翳(かげ)す、

 盛んなる火の水に消さるるとき、有らゆる物は悉く滅に帰せん。

  『まるで、

      岩山が、四方から圧し寄せたかのように、

      衆生には、逃げ場が無いのである。

   生老病死の山を脱れようとしても、

      衆生には、その道が無い。

   ただ、

      正しいことを行って、

      この苦の重い山を脱れるのである。

   世間は、

      悉くが、無常であり、

      五欲(色声香味触)の境は、電光のようである。

      老死は、槍の切っ先のようであるのに、

      何故、非法に染まるのか?

   昔の、

      勝れた王たちは、

         自在天のように、勇敢であり、

         志は、虚空に騰ったものであるが、

      それも、

         暫くのことであり、

         やがて、磨滅した。

   世界の終りには、

      劫火(ごうか)が須弥山を溶かして、

      海水が悉く枯れ尽してしまう。

   まして、

      人間の身など、泡沫のような物が、

      久しく、この世に存ることなどが望めようか?

   世界の終りには、

      風が吹いて大猛風となり、日光は翳って須弥山を隠す。

      世界を焼き尽くす盛んな火も、水に消され、

      一切は、無に帰すのである。

 

  :石山(しゃくせん):岩山。

  :正法(しょうぼう):正しい法。正しいこと。

  :群生(ぐんしょう):群れて生ずるもの。衆生。

  :錐鋒(すいふ):きりと矛先。

  :勇健(ゆごん):勇敢にして健やか。

  :劫火(ごうか):世界の終りにすべてを焼き尽くす火。

  :随藍(ずいらん):世界の終りに吹いてすべてを破壊する風。大猛風。

 此身無常器  長夜苦守護

 廣資以財色  放逸生憍慢

 死時忽然至  挺直如枯木

 明人見斯變  勤修豈睡眠

 生死獨搖機  不止會墮落

 不習不續樂  苦報者不為

 不近不勝友  不學不斷智

 學不受有智  受必令無身

『この身は無常の器なるに、長夜に苦しんで守護す、

 広く資(たす)くるに財と色とを以ってし、放逸して憍慢を生ず。

 死の時は忽然として至り、挺直(ちょうじき)して枯木の如し、

 明人はこの変を見て、勤めて修め豈(あに)睡眠せんや。

 生死は独り機(き)を揺るがす、止めずんば会(かなら)ず堕落せん、

 続かざる楽を習わざれ!苦報も為にせざらん。

 勝れざる友に近づかざれ!(欲を)断ぜざる智を学ばざれ!

 有(う)を受けざる智を学べ!受けて必ず無身ならしめよ!

  『この身は、

      無常の器であるのに、日夜に苦しんで守護している。

      惜しみなく財物と色欲を施して、放逸にさせ憍慢を生じさせる。

   しかし、

      死の時が、ある時ふっと来て、

      身は枯れ木のように、硬直してしまう。

   明人は、

      この変化を見て、勤めて善を修める、

      何うして、眠ってなどいられよう?

   生死が独りで、

      人を、揺すっているのだが、

      悪を止めなければ、必ず悪道に堕落しよう。

   永続しない楽を習うな!そうすれば苦の報いも無い。

   自分より、勝れない友には近づくな!

   欲を断じない智慧を学んではならない!

   世間に、生まれない智慧を学べ!

   身を受けても、身は無いとせよ!

 

  :長夜(ちょうや):長い夜。無常の闇を譬える。

  :放逸(ほういつ):きままにふるまう。

  :憍慢(きょうまん):高慢とおごり。

  :忽然(こつねん):突然。

  :挺直(ちょうじき):硬直して棒のようになる。

  :明人(みょうにん):道理に明るい人。

  :機(き):機械。因縁に操られる人を譬える。

  :有(う):世間に生存すること。世間に身心を受けること。世間に生まれること。

 有身不染境  染境為大過

 雖生無色天  不免時遷變

 當學不變身  不變則無過

 以有此身故  為眾苦之本

 是故諸智者  息本於無身

『身を不染の境に有らしめよ!染境は大過たり。

 無色天に生ずといえども、時の遷変は免れず、

 まさに不変の身を学ぶべし!変ぜざれば則ち過無し。

 この身の有るを以っての故に、衆苦の本を為す、

 この故に諸の智者は、本を無身に息(やす)むるなり。

  『身を、

      五欲の無い境におけ!五欲の境には大過が有る。

   無色天に生れても、時の変遷は免れられない!

   まさに、

      不変の身を学べ!不変であれば過が無い。

   この身を保とうと思うが故に、この身は苦の本と為る!

   この故に、

      諸の智者は、

         『本より身は無い。』とする境地に息むのである。

 

  :不染(ふせん):煩悩に染まっていない。

  :染境(せんきょう):煩悩に汚れた境界。五欲の境。

  :遷変(せんぺん):遷り変り。

 一切眾生類  斯由欲生苦

 是故於欲有  當生厭離心

 厭離於欲有  則不受眾苦

 雖生色無色  變易為大患

 以不寂靜故  況不離於欲

 如是觀三界  無常無有主

 眾苦常熾然  智者豈願樂

 如樹盛火然  眾鳥豈群集

『一切の衆生の類は、これ欲に由りて苦を生ずるなり、

 この故に欲有(よくう)に於いて、まさに厭離の心を生ずべし!

 欲有に於いて厭離すれば、則ち衆苦を受けず。

 色無色に生ずといえども、変易をば大患と為す、

 寂静せざるを以っての故なり、況や欲を離れざるをや。

 かくの如く三界を観れば、無常にして主有ること無く、

 衆苦は常に熾然たれば、智者は豈(あに)楽を願わんや、

 樹の盛んなる火に然(も)ゆるが如し、衆鳥豈群れて集まらんや。

  『一切の、

      衆生の類は、欲をとおして苦を生じる。

   この故に、

      欲界に生まれたならば、欲を厭い離れる心を生じよ!

      欲を厭い離れたならば、種種の苦を受けることはない。

      色無色界に生まれても、変遷は大いなる悩みである。

      寂静ではないのである。まして欲を離れないならば当然であろう。

   このように、

      三界を観察すれば、

         無常であり、

         自在主は無く、

         種種の苦は燃える火のようである。

      智者が、

         この三界の楽を願うだろうか?

      樹が

         盛んに燃えているのに、

         種種の鳥が集まって群れるだろうか?

 

  :欲有(よくう):欲界の生存。

  :厭離(えんり):厭い離れる。

  :衆苦(しゅく):多くの種類の苦。苦の集まり。

  :変易(へんい):遷変。

  :大患(だいげん):大病。大災難。

  :寂静(じゃくじょう):煩悩の無い静かな境地。

  :熾然(しねん):盛んに燃える。

  :然(ねん):燃える。

  :衆鳥(しゅちょう):多くの鳥。

 覺者為明士  離此則無明

 此則開覺士  離此則非覺

 此則應所作  離此則不應

 此則為近宗  離此與理乖

 言此殊勝法  非在家所應

 此則為非說  法唯在人弘

『覚る者をば明士と為す、ここを離るれば則ち無明なり、

 これ則ち開覚の士にして、ここを離るれば則ち覚に非ず、

 これ則ちまさに作すべき所、ここを離るれば則ちまさにすべからず、

 これ則ち近づき宗(たっと)ばる、ここを離るれば理と乖(そむ)く。

 この殊勝の法を、『在家の応ずる所に非ず。』と言うは、

 これ則ち非説と為す、法はただ人の弘むるに在ればなり。

  『これを覚った者は、

      道理に明るく、そうでなければ道理に暗い人である。

   この人は、

      心が開けて真実を覚る人であり、そうでなければ覚ってはいない。

   善は、

      まさに作さねばならず、この他は作してならない。

   この法は、

      まさに近づき宗めなくてはならず、この他の法は道理に背いている。

   この特別に勝れた法を、

     『在家には適さない。』と言えば、それは間違いである。

   何故ならば、

      法は、人が弘めることによって存在するからである。

 

  :明士(みょうし):道理に明るい人。

  :無明(むみょう):道理に暗いこと。

  :開覚(かいかく):本有の仏性を開発し、真性の本源を覚知する。真実を覚って心が開ける。

  :殊勝(しゅしょう):特に勝れる。

  :非説(ひせつ):正しからざる説。

 患熱入冷水  一切得清涼

 冥室燈火明  悉睹於五色

 修道亦如是  道俗無異方

 或山居墮罪  或在家昇仙

 癡冥為巨海  邪見為濤波

 群生隨愛流  漂轉莫能度

 智慧為輕舟  堅持三昧正

 方便鼓念楫  能濟無知海

 時王專心聽  一切智所說

 厭薄於俗榮  知王者無歡

 如逸醉犴象  醉醒純熟還

『熱を患うて冷水に入れば、一切に清涼を得、

 冥室に火を灯して明(あか)ければ、悉く五色を睹(み)る。

 道を修むるもまたかくの如く、道俗に異方無し、

 或は山に居りて罪に堕ち、或は家に在りて仙に昇る。

 癡冥をば巨海と為し、邪見をば濤波と為す、

 群生は愛に随うて流れ、漂い転じてよく度(わた)るもの莫し。

 智慧を軽舟と為して、三昧を堅持して正し、

 方便して念の楫(かじ)を鼓(う)ち、よく無知の海を済(わた)れ!』

時に王は心を専らにして、一切智の説く所を聴き、

俗栄を厭い薄うして、王者に歓び無きを知り、

逸酔せる犴象の、酔醒すれば純熟して還るが如し。

  『例えば、

      熱病を疾んで冷水につかれば、一切は清涼になる。

      まっ暗な室に灯をともして明るくすれば、悉くに五色を見ることができる。

   道を修めることも、これと同じである。

      出家であろうと在家であろうと、方法は異らない。

      ある者は、山で修行していながら、罪に堕ちる。

      ある者は、家に居りながら、天に昇って仙人になる。

   譬えば、

      愚癡の暗闇の大海に、邪見の大波が揚がっている。

      群生(ぐんしょう、衆生)は愛の流れに漂い転がって、誰も度(わた)れない。

   その時には、

      智慧の小舟に乗って、心を散乱させず、

      方便(ほうべん、善い手段)を尽して、心の思いを舵取り、

      無知の海を、よく度れ!』と。

その時、

   王は、

      一心に一切智(いっさいち、仏)の所説を聴き、

      世俗の栄誉を厭って願を薄くし、

      人間の王たることに歓びの無いことを知った。

   ちょうど、

      ほしいままに酔った狂象が、酔いから醒めて、

      通い慣れた道を、還るように。

 

  :冥室(みょうしつ):暗室。

  :五色(ごしき):赤白青黒黄。

  :異方(いほう):異なる方法。

  :癡冥(ちみょう):愚かさに覆われたくらやみ。

  :巨海(こかい):大海。

  :濤波(とうは):大波。

  :軽舟(きょうしゅう):小舟。

  :堅持(けんじ):かたくたもつ。

  :三昧(さんまい):心を乱さない。

  :方便(ほうべん):手だてを尽す。

  :念(ねん):常に心にかける。

  :俗栄(ぞくよう):世俗の栄誉。

  :逸酔(いつすい):よっぱらう。

  :犴象(かんぞう):野犬と象?野に住む象?或は狂象の間違い?

  :酔醒(すいしょう):酔いが醒める。

  :純熟(じゅんじゅく):熟知する。

 時有諸外道  見王信敬佛

 咸求於大王  與佛決神通

 時王白世尊  願從彼所求

 佛即默然許  種種諸異見

 五通神仙士  悉來詣佛所

時に諸の外道有り、王の仏を信じ敬えるを見て、

咸(ことごと)く大王に、仏と神通を決せんと求む。

時に王世尊に白さく、『願わくは彼の求むる所に従いたまえ。』と。

仏は即ち黙然として許し、種種諸の異見、

五通の神仙の士、悉く来たりて仏の所に詣れり。

その時、

   諸の外道たちは、

      王が仏を信じ敬うのを見て、

      王に『仏と神通を決したい。』と求めた。

   王は、

      世尊にこう申した、――

     『どうか、彼等の求めに従われよ。』と。

   仏は、

      即座に、黙って許した。

   種種の、

      見解を異にする外道たち、

      神足、天眼、天耳、他心、宿命を知る五通の仙人たちが、

      悉く、仏の所に集まった。

 

  :五通(ごつう):神足、天眼、天耳、他心、宿命の五神通。

  :神仙(じんせん):神通力を具えた仙人。

 佛即現神力  正基坐空中

 普放大光明  如日耀朝陽

 外道悉降伏  國民普歸宗

 為母說法故  即昇忉利天

 三月處天宮  普化諸天人

 度母報恩畢  安居時過還

 諸天眾羽從  乘於七寶階

 下至閻浮提  諸佛常下處

 無量諸天人  乘宮殿隨送

 閻浮提君民  合掌而仰瞻

仏は即ち神力を現し、正基にありて空中に坐し、

普く大光明を放ちて、日の朝陽を耀かすが如ければ、

外道は悉く降伏し、国民は普く帰して宗(あが)む。

母に法を説かんが為の故に、即ち忉利(とうり)天に昇り、

三月天宮に処(お)りて、普く諸の天人を化し、

母を度して恩に報いおわり、安居(あんご)の時を過ぎて還るに、

諸の天衆は羽従して、七宝の階(きざはし)に乗れり。

下りて閻浮提(えんぶだい)の、諸仏の常に下る処に至るまで、

無量諸の天人は、宮殿に乗って随いて送り、

閻浮提の君民は、合掌して迎え瞻(み)たれり。

仏は、

   即座に神通力を現した、――

   空中に浮かぶ正基(しょうき)に坐ったまま、世界に普く大光明を放った。

   まるで、太陽が朝の光を放つように。

外道たちは悉く降伏して、国民も普く帰服して崇めた。

仏は、

   亡き母に説法するため、忉利天(とうりてん)に昇った。

   母を導いて恩に報い、その後普く諸の天人を導いた。

   三月の間、天の宮に住まり、

   安居(あんご)の時期を過ぎて、祇桓に還った。

諸の天人の衆は、

   鳥の羽のように仏に付き従い、精舎の七宝の階(きざはし)に乗った。

   閻浮提(えんぶだい、須弥山の南の国土)は、常に諸仏の下る処である。

無量の諸の天人は、

   飛空する宮殿に乗って見送り、

閻浮提の国民は、

   合掌して、これを仰ぎ見る。

 

  :正基(しょうき):四角い座席。

  :降伏(ごうぶく):威勢を降して正法に伏する。

  :忉利天(とうりてん):欲界の第二天。三十三天ともいう。亡き母の居る処。

  :天宮(てんぐう):天の宮殿。

  :安居(あんご):夏季インドでは雨季に入って遊行できないので、一処に居住する。

  :羽従(うじゅう):鳥の両脇にたたんだ羽のように付き従うこと。

  :閻浮提(えんぶだい):須弥山の南に在るこの世界。

 

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