(生品第一)

 

home

 

 

 

 

 

佛所行讚卷第一(亦云佛本行經)

 馬鳴菩薩造

 北涼天竺三藏曇無讖譯

仏の所行の讃 巻の第一(また仏の本行経ともいう)

  馬鳴(めみょう)菩薩造り

  北涼の天竺三蔵 曇無讖(どんむしん)訳す

   釈迦一代の本行(ほんぎょう、仏の所行)を説く。

 

   (さん):文体の名。人を誉め讃えることを主眼とする、韻文もしくは散文。

   馬鳴菩薩(めみょうぼさつ):梵名は阿湿縛窶沙(あしばくしゃ)、その紀伝は諸説あって不同ながら、羅汁訳の馬鳴菩薩伝に曰く、馬鳴菩薩は長老脇の弟子なり。 本、中天竺に在りて出家し外道の沙門たりしが、世智聡辯にして善く論議に通じ、このような事をいっていた、即ち『もし諸比丘が我と論議できるならば、ノ稚(けんち、論議を合図する鐘)を打って知らせよ。 もしできなければ、公にノ稚を鳴らして人の供養を受けるには不足である。』と。 その時、長老脇は北天竺に在って、彼を化導しなければならないと思い、神力を以って空に乗り、中天竺に到ると、衆に命じてノ稚を打たせ、彼と論議してこれを負かし、ついに化導して弟子となした。 師は本国に還り、弟子は中天竺に住して仏法を弘通し、僧俗に敬服された。 その後、北天竺の小月氏(しょうげっし)国が中天竺国を伐とうとして、これを囲んだ。 中天竺の王は使いを使わして欲する所を問うた。 答えて曰う、『汝が意、降伏なれば、三億金を送れ、まさに相い赦すべきのみ。』と。 王言わく、『この国には一億金も無し。 云何が三億を得べきや。?』と。 答えて曰く、『汝が国内に二大宝あり。 一は仏鉢、二は辯才比丘なり。 これを以って我に与うれば、二億金に当てるに足るなり。』と。 比丘は王に請うてその求めに応じ、王はその言を聴してこれを与えた。 月氏王は本国に還る、諸臣曰く、『王が仏鉢を奉ったのはもとより宜しい。 しかし比丘では、天下の比丘を皆集めても、一億金に当るかどうか、大いに過ったのでは無いか。』と。 王は、この比丘の高明勝達にして、その辯才の説法は人に非ざるものまでも感じさせることを知り、七匹の馬を餓えさせ、六日目の朝に比丘を請じ法を説かせた。 諸の聴者で開悟しない者は無かった。 王はこの馬を衆会の前に繋ぎ、草を与えた。 馬は涙を垂らして法を聴き、餌には見向きもしなかった。 ここに於いて、天下はこの比丘が尋常でないことを知り、この馬が法を解する時に立てた音により、この比丘を馬鳴と呼んだ。 北天竺に於いては広く仏法を宣べ、群生に利を導き、僧俗に敬重されて、功徳日と称された。

   曇無讖(どんむしん):大般涅槃経、金光明経、大集経等の訳者。 法華伝一に曰く、『曇摩羅懺(どんまらしん)、中印度の人、婆羅門種、また伊波勒(いはろく)菩薩と称す。』と。

 

 

迦毘羅衛国の浄飯王に太子が生まれる

生品第一

生品(しょうぼん)第一

   生まれて、宮参りを済ますまで。

 甘蔗之苗裔  釋迦無勝王

 淨財コ純備  故名曰淨飯

 群生樂瞻仰  猶如初生月

甘蔗の苗裔(みょうえい)なる、釈迦無勝(むしょう)王、

浄財徳、純(もっぱ)ら備わり、故に名づけて浄飯(じょうぼん)という、

群生の楽しんで瞻仰すること、なお初めて生ずる月の如し。

   誇り高き、甘蔗の苗裔(みょうえい)、

      釈迦族の、

      これに過ぎて勝れた王は無い、無勝王は、

         清浄、財物、功徳がすべて備わっていたので、

         飯のように浄白な、浄飯(じょうぼん)王と呼ばれていた。

   庶民は、

      楽しんで仰ぎ見、初めて生ずる月を見るように喜んだ。

 

  :甘蔗(かんしょ)の苗裔(みょうえい):釈迦の種族は、瞿曇(くどん、又は喬答摩(ごうたま))、甘蔗(かんしょ)、日種(にちしゅ)、釈迦(しゃか)、舎夷(しゃい)の五種の姓で呼ばれていた。 『仏本行集経5』によれば、甘蔗王のすぐ前の王を大茅草王(だいぼうそうおう)という。 その王は、王位を捨てて出家し、五通を得て、王仙と呼ばれた。 王仙は衰老して歩くことができなくなったので、弟子たちはこれを草籠に入れて木に懸け、乞食に出てしまった。 ある猟師がこれを白鳥と思い、これを射て殺した。 その血の滴った処に二本の甘蔗が生じ、日に炙られて割れ裂け、一本からは童子が生まれ、もう一本からは童女が生まれた。 大臣はこれを聞いて迎え取り、宮中で養育した。 日光に甘蔗が炙られて生じたが故に善生といい、甘蔗より生じたので甘蔗生といい、また日に炙られたので日種といい、女を善賢という。 ついに善生を立てて王と為し、善賢をその妃とした。 善賢は四子を生んだ。 王は後に第二妃を入れ、一子を生んだ。 第二妃は王に勧めて四子を国外に放逐した。 四子は雪山の南に国を建て、姓を釈迦とし、また舎夷と号した。 即ちこれが迦毘羅城(かびらじょう)である。 三子の没後、一子が王と為り、尼拘羅(にくら)といった。 次ぎを拘廬(くろ)といい、次を瞿拘廬(くくろ)といい、次を師子頬(ししきょう)といい、次を閲頭檀(えつづだん)という。 即ち悉達太子(しったたいし)の父王である。

  :苗裔(みょうえい):血筋。

  :無勝(むしょう):これ以上に勝れた者の無い。

  :浄飯(じょうぼん):シュッドダナ、釈迦の実父。

  :清浄(しょうじょう):心などが汚れていないこと。

  :財物(ざいもつ):財産、什物。

  :功徳(くどく):人のためになる力。

  :群生(ぐんしょう):群れて生活する者。衆生。庶民。

  :瞻仰(せんごう):仰ぎ見る。

  :初生月(しょしょうがつ):新月を過ぎて初めて出る月。三日月。

 王如天帝釋  夫人猶舍脂

 執志安如地  心淨若蓮花

 假譬名摩耶  其實無倫比

王は天帝釈の如く、夫人はなお舎脂(しゃし、帝釈の夫人)のごとし、

執の志(こころ)安らいで地の如く、心、浄らかに蓮花の如し、

仮に譬えて摩耶(まや)と名づけ、それ実に倫比(たぐい)無し。

   王は天帝釈(てんたいしゃく、帝釈天)のようであり、

   夫人は舎脂(しゃし、帝釈の夫人)のようであった。

   夫人は、

      執著心が安らいで、地のように安定しており、

      心の浄らかなることは、蓮花のようであったので、

         仮に譬えて、摩耶(まや、幻)と呼ばれていたが、

         その実は、類のない人であった。

 

  :天帝釈(てんたいしゃく):欲界六天中の第二、忉利天(とうりてん、三十三天と訳す)の主。姓は釈迦、名を天帝釈という。 帝釈天ともいう。

  :舎脂(しゃし):天帝釈の后。

  :摩耶(まや):臂城の釈種善覚長者の長女、浄飯王の夫人。悉多太子を生んで七日にして没し、忉利天に生まれた。 天工毘首羯磨(びしゅかつま)が作ったように美しいことから、摩耶(まや、幻)と呼ばれた。

 於彼象天后  降神而處胎

 母悉離憂患  不生幻偽心

 厭惡彼諠俗  樂處空閑林

彼(かしこ、兜率天)に於いて象は天后に、神を降して胎に処し、

母は、悉く憂患(うれえ)を離れ、幻偽(まぼろし)を心に生ぜず、

厭うて彼の諠俗(かしましき)を悪み、楽しんで空閑の林に処す。

   菩薩は、

      兜率天(とそつてん)に於いて象に化し、

      母摩耶の夢中に胎内に宿った。

   母は、

      憂いも患いも無く、

      幻が心に生ずることもなく、

   ただ、

      世間の俗事に煩わされることを厭い、

      静かで誰もいない林の中に、暮すことを願った。

 

  :伝説では釈迦は初め兜率天(とそつてん、欲界の第四天)に於いて説法していたが、地上を化するために象に化し、摩耶の夢中に胎内に宿ったと言われている。

  :天后(てんぐ):帝釈の后、ここでは摩耶を指す。

  :憂患(うげん):うれい。

  :幻偽(げんぎ):まぼろし。

  :諠俗(けんぞく):かしましいこと。

  :空閑(くうげん):何もなく静かなこと。

 藍毘尼勝園  流泉花果茂

 寂靜順禪思  王請遊彼

 王知其志願  而生奇特想

藍毘尼(らんびに)の勝園は、泉流れて花果茂る、

寂静に禅思に順(したが)い、王に啓(もう)して彼に遊ぶを請えば、

王、その志(こころ)の願いを知りて、奇特の想いを生ず。

   藍毘尼(らんびに)園は、

      勝れている、

      冷たい泉からは清らかな水が流れ出で、

      花は咲き、実は茂っている。

   母は、

      静かに思いをこらし、心の命ずるままに、

      王に願い出た。 『王よ、藍毘尼園に往かせてください。』と。

   王は、

      摩耶の心を知り、

      それが、素晴らしく思えた。

 

  :藍毘尼園(らんびにおん):迦毘羅(かびら、釈迦の生国)城の東にあった園の名。

  :勝園(しょうおん):勝れた園。

  :花果(けか):花と果実。

  :寂静(じゃくじょう):煩悩を離れるを寂、苦患の絶えるを静という。

  :禅思(ぜんし):禅は寂静、静かに思う。

  :志願(しがん):願い出ること。

  :奇特(きどく):奇妙独特、すばらしい。

 敕內外眷屬  俱詣彼園林

 爾時摩耶后  自知產時至

 偃寢安勝床  百千婇女侍

内外の眷属に勅して、倶に彼の園林に詣(いた)らしむ。

その時、摩耶后は自ら産む時の至れるを知り、

偃(ふ)せて寝ね勝床に安んずれば、百千の婇女(さいにょ)侍る。

   王は、

      内外の眷属(けんぞく)に命じて、

      摩耶と一緒に、藍毘尼の園に赴かせた。

   摩耶は、藍毘尼園に於いて、

      自ら出産の時が至ったのを知り、

      勝れた床を作らせて、身を横たえ安んじた。

   多くの女官たちが、

      側に侍っている。

 

  :眷属(けんぞく):親族女官など。

  :園林(おんりん):園の林。

  :勝床(しょうしょう):勝れた寝台。

  :婇女(さいにょ):女官。

 時四月八日  清和氣調適

 齋戒修淨コ  菩薩右脅生

 大悲救世間  不令母苦惱

時は四月八日、清和の気は調え適す、

斎戒して浄徳を修め、菩薩は右脇より産まる、

大悲にて世間を救うもの、母をして苦悩せしめず。

   時節は、

      四月八日、

      清和の気候は調い、出産に適している。

   摩耶は、

      斎戒して身を浄め、

      静かに浄徳を修めていた。

   菩薩は、

      右の脇腹より生まれ出た。

   大悲にて、

      世間を救おうとする者は、

      母を苦悩させないのである。

 

  :清和(しょうわ):清明和順。清らかに澄わたり暑からず寒からず。

  :斎戒(さいかい):八斎戒、不殺、不盗、不婬、不妄語、不飲酒、身不塗飾香鬘、不自歌舞、又不観聴歌舞、於高広之床座不眠坐、不過中食。俗人が特別の日に身心を潔く持つこと。不過中食は正午を過ぎて飲食しないことであり、これを齋という。八の戒と一の齋で八戒斎ともいう。

  :浄徳(じょうとく):徳、徳は善事をなす力。

  :大悲(だいひ):仏、大菩薩のもつ悲、悲は衆生の苦を抜く力。

 優留王股生  畀偷王手生

 曼陀王頂生  伽叉王腋生

 菩薩亦如是  誕從右脅生

優留(うる)王は股(もも)より生じ、畀偸(ひちゅう)王は手より生ず、

曼陀(まんだ)王は頂より生じ、伽叉(かさ)王は腋より生ず、

菩薩もまたかくの如し、誕(うま)るるには右脇より生ず。

   優留(うる)王は、股(もも)より生まれた。

   畀偸(ひちゅう)王は、手より生まれた。

   曼陀(まんだ)王は、頂より生まれた。

   伽叉(かさ)王は、腋より生まれた。

   菩薩も同じこと、

      誕生したのは、右の脇腹であった。

 

  :優留(うる):王名。神話。

  :畀偸(ひちゅう):王名。神話。

  :曼陀(まんだ):王名。神話。

  :伽叉(かさ):王名。神話。

  :菩薩(ぼさつ):仏道にて衆生を救う者。

 漸漸從胎出  光明普照耀

 如從虛空墮  不由於生門

漸漸に胎より出づれば、光明は普く照らし耀(かがや)く、

虚空より堕つるが如くして、生門には由らず。

   菩薩が、

      ゆっくりと胎内より出れば、光明が普く辺りを照らし耀いた。

   菩薩は、

      虚空より堕ちたように現れ、産道を通らない。

 

  :漸漸(ぜんぜん):ゆっくり。

  :光明(こうみょう):明るい光。

  :生門(しょうもん):産道。

 修コ無量劫  自知生不死

 安諦不傾動  明顯妙端嚴

 晃然後胎現  猶如日初昇

徳を修むる無量の劫に、自ら生じて死なざることを知るものは、

安諦として傾動せず、明顕妙にして端厳たり、

晃然として胎を後にし、現れること、なお日の初めて昇るが如く、

   菩薩は、

      無量劫の間に、徳を修め、

      自らは生じても、死なないことを知っているので、

         落ち着き安らいで、動き回ることなく、

         明るく耀き、端正にして威厳があり、

      光耀いて母胎を後にしたが、

         その現れようたるや、朝日が昇るようであった。

 

  :劫(こう):世界の生成、安定、崩壊、滅無の一周期。無限の時間。

  :安諦(あんたい):落ち着いて安らぐ。

  :傾動(きょうどう):揺れ動く。

  :明顕(みょうけん):明るく顕れる。

  :端厳(たんごん):端正厳正。美しく対称性を失わない。

  :晃然(こうねん):初めて朝日がかがやくさま。

 觀察極明耀  而不害眼根

 縱視而不耀  如觀空中月

 自身光照耀  如日奪燈明

 菩薩真金身  普照亦如是

観察するに明耀(みょうよう)を極め、しかも眼根を害せず。

縦(ほしいまま)に視て耀かざること、空中に月を観るが如けれど、

自ら身の光の照らし耀くこと、日の灯明を奪うが如く、

菩薩が真金の身は、普く照らすことまたかくの如し。

   菩薩の身は、

      極めて明るく輝いていたが、観察して眼を痛めることがなく、

   どれだけ視ていても、

      その耀きは、空中の月を観るのとかわらない。

   日が、

      自らの身より光を放って、

      照らし耀けば、灯の明かりを奪うように、

   菩薩の真金の身が、

      普く照らすのも同じである。

 

  :明耀(みょうよう):明るく輝く。

  :眼根(げんこん):眼。眼識の根本。

 正真心不亂  安庠行七步

 足下安平趾  炳徹猶七星

 獸王師子步  觀察於四方

正真にして心乱れず、安庠(あんじょう)として七歩行けば、

足下の安平の趾(あしあと)は、炳徹(ひょうてつ)して七星の如く、

獣王師子の歩(あゆみ)は、四方を観察す。

   まっすぐな心は乱れることもなく、落ち着いて七歩あゆめば、

   足下の安定した平らな足跡は、北斗七星のように明るく耀いた。

   菩薩は、

      獣王師子のように歩み、四方を観察する。

 

  :正真(しょうしん):正直真実。

  :安庠(あんじょう):落ち着いたさま。

  :安平(あんぴょう):平らに安定しているさま。

  :炳徹(ひょうてつ):明るく照り輝くさま。光が内側から輝くさま。

  :七星(しちしょう):北斗七星。

  :師子(しし):獅子。仏の故にけものへんを憚る。

 通達真實義  堪能如是說

 此生為佛生  則為後邊生

 我唯此一生  當度於一切

真実の義に通達し、堪えてよくかくの如きを説く、

「この生は仏の生なり、則ち後辺の生なり、

 我はただこの一生にて、まさに一切を度すべし。」と。

   真実の義に通達した者は、このような事を説くことができる、

     『わたしのこの生は、仏と成るための生であり、即ち最後の生である。

      わたしは、ただこの一生にて、一切の者を救うであろう。』と。

 

  :通達(つうだつ):通暁練達。よく知りよくできる。

  :真実義(しんじつぎ):真実の道理。

  :生(しょう):世間に生まれること。

  :後辺(ごへん):最後。

 應時虛空中  淨水雙流下

 一溫一清涼  灌頂令身樂

 安處寶宮殿  臥於琉璃床

時に応じて虚空の中より、浄き水双(ふたつ)になって流れ下る、

一つは温なり、一つは清涼なり、頂に潅ぎ身をして楽しましめ、

安らかに宝の宮殿に処し、琉璃の床に臥す。

   これに応じて、

      虚空中より、二つの浄い水の流れが降り下ちた、

      一つの流れは温かく、一つの流れは清涼である。

   二つの流れは、

      菩薩の頂に降り潅ぎ、菩薩の身を楽しませる。

   菩薩は、

      安らかに宝の宮殿に休み、琉璃の床に臥した。

 

  :虚空(こくう):空中、天空。

  :清涼(しょうりょう):清く涼しい。

  :潅頂(かんちょう):頭頂に水をそそぐ。王位につく儀式。

  :宮殿(くでん):宮殿。

  :流離床(るりしょう):青色の宝石でできた寝台。

 天王金華手  奉持床四足

 諸天於空中  執持寶蓋侍

 承威神讚歎  勸發成佛道

天王は金華の手もて、床の四足を奉げ持てば、

諸天は空中にて、宝の蓋を執り持って侍り、

威神を受けて讃歎し、仏道を成ぜよと勧め発(おこ)す。

   四天王たちは、金色の華の手で、床の四本の足を奉げ持った。

   諸天は、

     空中に宝の天蓋をかかげ持ち、

     菩薩の威神(いじん)を承けて、

       歌を歌って讃歎し、

       仏道を成ぜよと勧めはげます。

 

  :天王(てんのう):四天王。

  :金華(こんけ):黄金の花。

  :威神(いじん):威勢勇猛が測りがたいこと。

  :讃歎(さんたん):ああと言って感心する。

  :仏道(ぶつどう):仏の道。仏の行い。仏の法。

  :勧発(かんぽつ):勧めてはげます。

 諸龍王歡喜  渴仰殊勝法

 曾奉過去佛  今得菩薩

 散曼陀羅花  專心樂供養

諸の龍王は歓喜し、殊勝の法を渇仰すらく、

「かつては過去の仏を奉じ、今また菩薩に値(あ)うことを得たり。」と、

曼荼羅の花を散じ、心を専らにして供養を楽しむ。

   諸の龍王は

      歓喜し、殊勝の法を渇仰して、

         『かつては過去の仏を奉じていたが、今また菩薩に値うことができた。』と、言いながら、

      菩薩の上に、

         曼荼羅(まんだら、天の華)の花びらを撒き散らし、

         専ら、供養することを楽しんでいる。

 

  :龍王(りゅうおう):鬼神の一。水族の王。

  :歓喜(かんぎ):極めて喜ぶ。

  :殊勝(しゅしょう):殊に勝れる。

  :渇仰(かつごう):渇いて水を求めるように見上げる。

  :曼陀羅(まんだら):天の妙花。

  :供養(くよう):仏法僧に香華飲食湯薬衣服臥具等を施して養う。

 如來出興世  淨居天歡喜

 已除愛欲歡  為法而欣ス

 眾生沒苦海  令得解脫故

如来、世に出でて興れば、淨居(じょうご)天は歓喜して、

すでに愛欲の歓びを除き、法の為に欣悦す、

衆生苦海に没むをして、解脱を得しむるが故なり。

   如来が世に出るときには、淨居天(じょうごてん、色界の頂点に住む聖者)が歓喜する。

   淨居天は、

      すでに愛欲の歓びは無いが、法が説かれれば悦ぶ、

   何故ならば、

      苦海に没む衆生が、解脱できるのだから。

 

  :淨居天(じょうごてん):色界の第四禅天、不還果(ふげんか)を証した聖者の生まれる処。 不還果とは修行して二度とこの世に生まれないことををいう。 

  :欣悦(ごんえつ):よろこぶ。

  :苦海(くかい):世間に苦の充満すること海のごとし。

  :衆生(しゅじょう):地獄、餓鬼、畜生、人間、天上に生まれる者、生き物。

  :解脱(げだつ):束縛を解いて脱れること。

 須彌寶山王  堅持此大地

 菩薩出興世  功コ風所飄

 普皆大震動  如風鼓浪舟

須弥(しゅみ)宝山王も、この大地を堅く持てど、

菩薩、世に出でて興らば、功徳の風に飄(ひるがえ)され、

普く、皆、大いに震動し、風の浪と舟を鼓(う)つが如し。

   須弥山王は、この大地を堅く持(たも)っている。

   しかし、

     菩薩が世に出る時、

       功徳の風に飄(ひるがえ)され、

     一切は皆震動して、

        大地は、風に吹かれたように波立ち、

        地上の物は、舟のように揺すぶられる。

 

  :須弥宝山王(しゅみほうせんおう):世界の中心に聳える高山。中腹に四天王天、頂上に三十三天と帝釈天の住居が在る。。須弥山は山の中の第一であるが故に、須弥山王という。宝はただの美称。

 栴檀細末香  眾寶蓮花藏

 風吹隨空流  繽紛而亂墜

 天衣從空下  觸身生妙樂

栴檀の細末香、衆宝の蓮花蔵は、

風吹かば空に随うて流れ、繽紛(ひんぷん)として乱れ堕つ、

天衣は空より下り、身に触れて妙楽を生ず。

   栴檀の極細の末香と、

   衆宝の蓮華の花びらとは、

      菩薩の、功徳の風に吹かれ、

      空中を流れて、ひらひらと舞い落ちる。

   天の衣が

      空より舞い下って、菩薩の身に触れると、

      身は軽くなり、微妙な楽しみが生じる。

 

  :栴檀(せんだん):南印度に生ずる香木名。

  :細末香(さいまつこう):細かい粉状の香。末は抹。

  :衆宝(しゅぼう):多くの宝。

  :蓮花蔵(れんげぞう):蓮花の集積。蓮華蔵世界は諸仏の浄土。蓮花の大地。

  :繽紛(ひんぷん):ひらひらと花びらの舞うようす。

  :天衣(てんね):天人のきる衣。

  :妙楽(みょうらく):すばらしい楽しみ。

 日月如常度  光耀倍摶セ

 世界諸火光  無薪自炎熾

 淨水清涼井  前後自然生

日月は常の如くに度れど、光耀は倍増(ますます)明らけく、

世界の諸の火の光は、薪無くて自ずから炎(も)え熾(おこ)り、

浄水は清涼の井に、前後して自然に生ず。

   日月は、

      いつものように、天を渡っているが、

      光と耀きとは、倍増して明るくなった。

   世界の諸の火の光は、

      薪をくべなくても、自ら炎を上げて明るく熾(おこ)る。

   浄い水が湧出る、

      清涼な井戸が、前後して自然に生じた。

 

  :光耀(こうよう):光とかがやき。

 中宮婇女眾  怪歎未曾有

 競赴而飲浴  皆起安樂想

中宮の婇女衆は、怪しみて未曽有なりと歎じ、

競い赴き飲んで浴(ゆあみ)すれば、皆、安楽の想いを起こした。

   中宮の女官たちは、

      この不思議に驚いていたが、

      新たに湧出た井戸に競って赴き、

      清らかな水を飲み、

      冷たい水を浴びて、

         皆、ここは極楽かと想った。

 

  :中宮(ちゅうぐう):皇后の宮殿。

  :安楽(あんらく):安穏快楽。極楽。

 無量部多天  樂法悉雲集

 於藍毘尼園  遍滿林樹間

 奇特眾妙花  非時而敷榮

 凶暴眾生類  一時生慈心

無量の部多天(ぶたてん、精霊)は、法を楽しんで悉く雲集し、

藍毘尼園に於いては、遍く林樹の間に満つ。

奇特なる衆(もろもろ)の妙花は、時ならずして敷栄し、

凶暴なる衆生の類も、一時に慈心を生ず。

   無量の部多天(ぶたてん、精霊)は、

      法を、楽しみにして、

      悉く、雲のように集まり、

      藍毘尼園の林樹の間に、満ち満ちた。

   素晴らしくも、微妙な花々が咲き栄える。

   凶暴な動物たちは、

      一時に、優しい心を生ずる。

 

  :部多(ぶた):精霊。

  :雲集(うんじゅう):雲のわくように集まる。

  :敷栄(ふよう):花が絨毯を敷いたように咲きほこる。

  :慈心(じしん):慈悲の心。慈は楽を与える力。

 世間諸疾病  不療自然除

 亂鳴諸禽獸  恬默寂無聲

 萬川皆停流  濁水悉澄清

世間の諸の疾病は、療せずとも自然に除こり、

乱れ鳴く諸の禽獣も、恬黙(てんもく)し寂として声無く、

万の川も皆流れを停め、濁水は悉く澄んで清し。

   世間の諸の病は、

      治療せずに自然に治り、

   乱れ鳴く禽獣たちも、

      静かにして声を立てない。

   無数の川も、

      皆、流れを停め、

   濁水も、

      悉く、澄んで清くなった。

 

  :疾病(しつびょう):やまい。

  :禽獣(きんじゅう):鳥とけもの。

  :恬黙(てんもく):安らか、平然。

  :濁水(じょくすい):濁った河の水。

  :澄清(ちょうしょう):水が澄んで清い。

 空中無雲翳  天鼓自然鳴

 一切諸世間  悉得安隱樂

 猶如荒難國  忽得賢明主

空中には雲の翳(かげ)無く、天鼓(てんく)自然に鳴り、

一切の諸の世間は、悉く安穏の楽を得て、

なお荒難の国の、忽(たちま)ちに賢明なる主を得たるが如し。

   空中には、雲一つ無く、

   天鼓(てんく、天に懸かる太鼓)は、自然に鳴る。

   一切の世間の衆生は、悉く安穏と安楽とを得て、

   それはちょうど、

      荒廃した国土に、

         突然、賢明な王が現れたようである。

 

  :天鼓(てんく):忉利天の善法堂に在る鼓は、撃たずして自然に妙音を発す。

  :一切諸世間:衆生世間。地獄、餓鬼、畜生、人間、天上の五道。

  :安穏楽(あんのんらく):安穏快楽。苦痛苦悩が無いこと。

  :荒難(こうなん):荒廃困難。

  :賢明(けんみょう):賢明。賢くて道理に明るい。

 菩薩所以生  為濟世眾苦

 唯彼魔天王  震動大憂惱

菩薩の生るる所以(ゆえ)は、世の衆苦を済わんが為なれば、

ただ彼の魔天王のみ、震動して大いに憂悩す。

   菩薩の生まれるわけは、世の衆苦を救うためである。

   この故に、

      ただ魔天王のみが、振るえて憂い悩む。

 

  :所以(ゆえ):そのわけ、ゆえん。

  :衆苦(しゅく):多くの苦しみ。

  :魔天王(まてんのう):欲界の頂天、他化自在天の主。

  :憂悩(うのう):憂えて悩む。

 父王見生子  奇特未曾有

 素性雖安重  驚駭改常容

 二息交胸起  一喜復一懼

父の王、生まれたる子を見るに、奇特にして未曽有なり。

素性安重なりといえども、驚駭して常の容(かたち)を改め、

二つの息交(こもご)も胸に起こる、一たび喜びまた一たび懼る。

   父の王は見た、

      生まれた子は、

         奇特(きどく)であり、

         未だ、かつて見たこともない。

   王の素性は、落ちついて重々しいが、

      この子を、見て驚き、

      常と、変ってしまった。

   王は、

      息で胸をふくらませるごとに、

      喜びと懼(おそ)れとが、こもごも起こった。

 

  :奇特(きどく):奇妙独特。

  :未曾有(みぞう):未だかつて有らず。

  :素性(そしょう):素質と本性。

  :安重(あんじゅう):落ちついて重々しい。

  :驚駭(きょうがい):驚いてぎくっとする。

 夫人見其子  不由常道生

 女人性怯弱 

 [-+]タ懷冰炭

 不別吉凶相  反更生憂怖

 長宿諸母人  互亂祈神明

 各請常所事  願令太子安

夫人、その子を見るに、常の道に由りて生ぜず。

女人の性は怯弱(こにゃく)なれば、

   怵タ(じゅつてき、怯える)して冰炭(ひょうたん)を懐くがごとく、

吉凶の相を別たずに、反って更に憂怖を生ず、

長宿(ちょうしゅく)の諸の母なる人、互いに乱れて神明に祈り、

各、常に事うる所に請うて、太子をして安からしむことを願う。

   夫人は見た、

      その子が、産道を通らなかったことを。

   女人の性質は、怯えやすく弱々しい、

      怯えきり、

         その子を、氷か炭を抱くようにした。

      吉相であろうと、

      凶相であろうと、別はない、

         ただ、憂いと怖れとを生じる。

   年老いた母たちも、

      むやみに、あちこちの神明に祈り、

      各、常に帰依する神に祈って、

        太子が安穏であるように願った。

 

  :夫人(ぶにん):王妃。

  :怯弱(こにゃく):おびえて弱々しい。

  :怵タ(じゅつてき):おびえる。

  :冰炭(ひょうたん):氷炭、氷と炭。

  :憂怖(うふ):憂いと恐れ。

  :長宿(しょうしゅく):老人。年をとった。

  :神明(じんみょう):天神地祇、天の神と地の神。

  :事(つか)える:奉事(ぶじ):神に帰依する。

 

 

 

 

婆羅門、太子の相を見る

 時彼林中有  知相婆羅門

 威儀具多聞  才辯高名稱

 見相心歡喜  踊躍未曾有

時に、彼の林の中に、相を知る婆羅門有り、

威儀具わりて多く聞き、才辯ありて名称高し、

相を見て心歓喜し、未曽有なるに踊躍す。

   その頃、

      藍毘尼の林の中に、人相を知る婆羅門がいた、

      威厳があり、才能も辯舌もあり、名称が高い。

   婆羅門は、菩薩の相を見て、

      心が、歓喜した、

      未だ、かつて見たこともない、

      飛び跳ねて、踊り回る。

 

  :婆羅門(ばらもん):印度四姓の第一。祭祀を司る支配階級。

  :威儀(いぎ):威厳と儀礼。

  :才辯(さいべん):才能と弁舌。

  :名称(みょうしょう):名声。

  :踊躍(ゆやく):おどりあがる。

 知王心驚怖  白王以真實

 人生於世間  唯求殊勝子

 王今如滿月  應生大歡喜

王が心の驚怖するを知り、王に真実を以って白(もう)す、

「人、世間に於いて生るれば、ただ殊勝なる子を求むのみ、

 王は、今、月の満つるが如く、まさに大いに歓喜を生ずべし。

   婆羅門は、

      王の驚き怖れる心を知り、真実を告げた、――

  『人が世間に生まれるのは、

      ただ殊勝の子を求めるためである。

   王よ、

      今、月が満ちた、

      大いに、歓喜せよ。

 

  :驚怖(きょうふ):驚き恐れる。

 今生奇特子  必光顯宗族

 安心自欣慶  莫生餘疑慮

 靈祥集家國  從今轉休盛

 今、奇特の子を生めるは、必ず光を宗族に顕すべし、

 心を安んじて自ら欣慶し、余の疑いと慮りとを生ずる莫かれ、

 霊祥は家国に集まり、今よりは、転た休(よろこび)も盛んならん。

  『今、奇特の子が生れたのだ。

   この子は、

     必ず、宗族の光を世間に顕すだろう。

   心を安んじ、

     自ら、めでたさを祝いよろこび、

     余計な、疑惑を生ずるな。

   吉祥は、

     この家と、この国とに集まり、

     今後、ますます喜びが盛んになるだろう。

 

  :宗族(しゅうぞく):一族。

  :欣慶(ごんきょう):めでたさを喜ぶ。

  :霊(りょうしょう):霊妙なる瑞祥。めでたいきざし。

  :家国(けこく):一家と一国。

 所生殊勝子  必為世間救

 惟此上士身  金色妙光明

 如是殊勝相  必成等正覺

 生まれたる殊勝の子は、必ず世間の救いと為らん、

 それ、この上士の身は、金色にて妙なる光明あり、

 かくの如き殊勝の相は、必ず等正覚を成ぜん。

  『生まれた殊勝の子は、必ず世間の救いとなる。

   これを見よ、

      この上士(じょうし、勝れた者)の身は、金色にて美しい光明がある。

   このような殊勝の相は、

      必ず、等正覚(とうしょうがく、仏道)を成すだろう。

 

  :上士(じょうし):大人。特に勝れた人。

  :金色(こんじき):金色。

  :等正覚(とうしょうがく):三藐三仏陀(さんみゃくさんぶっだ)、訳して遍知、正覚。仏の称号。

 若習樂世間  必作轉輪王

 普為大地主  勇猛正法治

 王領四天下  統御一切王

 猶如世光明  日光為最勝

 もし世間に習い楽しまば、必ず転輪王と作り、

 普く、大地の主と為りて、勇猛に正しく法治し、

 四天下を王領として、一切の王を統御し、

 なお世の光明にては、日光を最勝と為すが如からん。

  『もし

      世間の習俗に従って楽しめば、

         必ず転輪王(てんりんおう、天下を統べる王)と作り、

         普く大地の主と為って、勇猛に正しく法治し、

         四天下をその領土として、一切の王を統御するだろう、

         世間の光明の中では、日光を最勝とするように。

 

  :転輪王(てんりんのう):転輪聖王(てんりんじょうおう)、全世界を統領する王。

  :勇猛(ゆみょう):勇猛。

  :法治(ほうち):法律で治める。

  :四天下(してんげ):須弥山を囲む四大洲。南瞻部州(なんせんぶしゅう)、東勝神洲(とうしょうじんしゅう)、北瞿盧洲(ほくくるしゅう)、西牛貨洲(さいごけしゅう)をいう。古代印度を含む南瞻部州はまた閻浮提(えんぶだい)ともいわれる。

  :最勝(さいしょう):最も勝れる。

 若處於山林  專心求解脫

 成就實智慧  普照於世間

 もし山林に於いて処し、専ら心に解脱を求むれば、

 実の智慧を成就して、普く世間を照らさん。

  『もし、

      山林の中で暮して、専ら心に解脱を求めるならば、

         実の智慧を成就して、普く世間を照らすだろう。

 

  :山林(せんりん):山林。山中の林。

 譬如須彌山  普為諸山王

 眾寶金為最  眾流海為最

 諸宿月為最  諸明日為最

 如來處世間  兩足中為最

 譬えば須弥山を、普く諸山の王と為し、

 衆宝には金を最と為し、衆流には海を最と為し、

 諸宿には月を最と為し、諸明には日を最と為すが如く、

 如来、世間に処さば、両足中の最と為す。

  『譬えば、

      須弥山が、普く諸山の王であるように、

      衆宝の中では、金が最勝であるように、

      衆流の中では、海が最勝であるように、

      諸宿の中では、月が最勝であるように、

      諸明の中では、日が最勝であるように、

   如来が世間に処せば、

      両足(りょうそく、人天の類)の中で、最勝である。

 

  :諸山(しょせん):もろもろの山。衆山(しゅせん)。多くの山。

  :衆宝(しゅほう):多くの宝。

  :衆流(しゅる):多くの流れ、多くの川。

  :諸宿(しょしゅく):多くの星座。

  :諸明(しょみょう):多くの明かり。

  :両足(りょうそく):二本足の衆生。

 淨目脩且廣  上下瞬長睫

 瞪矚紺青色  明煥半月形

 此相云何非  平等殊勝目

 浄目は脩(なが)くして且つ広く、上下に長き睫を瞬き、

 瞪矚(ちょうそく、瞳)は紺青色に、明らかに半月の形に煥(かがや)く。

 この相に云何が非ざる。 平等殊勝の目(め)なり。」と。

  『これを見よ、

      浄らかな目は長くして広く、上下には長い睫が瞬いている。

      つぶらな瞳は紺青の色で、明らかに半月の形に煥(かがや)いている。

   この相こそは、

      平等な殊に勝れた目なのだ。』

 

  :浄目(じょうもく):清く澄んだ眼。

  :瞪矚(ちょうそく):瞳。

  :紺青色(こんじょうしき):紺青色。

  :半月(はんがつ):半月。

  :云何(いかん)が:何うして。反語。

  :平等殊勝の目:一切を平等に見る非常に勝れた目。

 時王告二生  若如汝所說

 如此奇特相  以何因緣故

 不應於先王  乃現於我世

時に王は二生(にしょう、婆羅門)に告ぐ、「もし汝が所説の如くんば、

この奇特の相の如きは、何なる因縁を以っての故にか、

まさに先王に於いて応ぜず、乃ち我が世に於いて現る。」と。

   そこで、

     王は婆羅門に告げた、――

  『もし、

     あなたの所説のとおりであれば、

     何のような因縁により、

        この奇特の相が、

           ついに、先王の時には現れず、

           ようやく、我が世になって現れたのだ?』

 

  :二生(にしょう):再生族。婆羅門。

  :乃(すなわ)ち:ようやく。

 婆羅門白王  不應如是說

 多聞與智慧  名稱及事業

 如是四事者  不應顧先後

婆羅門は王に白す、「まさに、かくの如きを説くべからず。

 多聞と智慧と、名称および事業、

 かくの如き四事は、まさに先後を顧みるべからず。

   婆羅門が王に言った、――

  『そのような事を言ってはならぬ、

      多聞、智慧、名称、および事業、

      この四事は、

         先後を別たず現れる。

 

  :事業(じごう):しごと。

  :四事(しじ):四つのこと。

 物性之所生  各從因緣起

 今當說諸譬  王今且諦聽

 毘求央耆羅  此二仙人族

 經歷久遠世  各生殊異子

 物性の所生(しょしょう、生みの親)は、各、因縁により起こる、

 今、まさに諸の譬を説くべし、王、今しばらく諦らかに聴きたまえ。

 毘求(びぐ)と央耆羅(おうぎら)、この二仙人の族は、

 久遠の世を経歴して、各、殊異の子を生めり。

  『物の性を生ずるものとは、各は因縁に従って起こるのである。

   今、諸の譬を説こう。 王よ、今しばらく心静かに聴きたまえ、――

   毘求(びぐ)と央耆羅(おうぎら)と、この二仙人の族は、

      久遠の世を経歴して、その後に、各々特に勝れた子を生んだ。

 

  :物性(もっしょう):物の本性。性は変化しない部分。

  :所生(しょしょう):生む者、または生まれた者。

  :毘求(びぐ):仙人名。神話。

  :央耆羅(おうぎら):婆羅門教聖典の作者。神話。

  :仙人(せんにん):不死の修行を成就した者。

  :久遠(くおん):永いあいだ。

  :経歴(きょうりゃく):へめぐる。

  :殊異(しゅい):特別な。殊特。

 毘利訶缽低  及與儵迦羅

 能造帝王論  不從先族來

 毘利訶鉢低(びりかばってい)、および儵迦羅(しゅくから)は、

 よく帝王論を造りしも、先族より来たらず。

  『毘利訶鉢低(びりかばってい)、および儵迦羅(しゅくから)は、

      帝王論を造ることができたが、先祖から伝わったものではない。

 

  :毘利訶鉢低(びりかばってい):法典の作者。神話。

  :儵迦羅(しゅくから):法典の作者。神話。

 薩羅薩仙人  經論久斷絕

 而生婆羅婆  續復明經論

 薩羅薩(さつらさつ)仙人は、経論、久しく断絶せるも、

 婆羅婆(ばらば)を生んで、続いてまた経論を明かせり。

  『薩羅薩(さつらさつ)仙人は、経論が久しく断絶していたのを、

      婆羅婆(ばらば)を生んでから、また続けて経論を明らかにした。

 

  :薩羅薩(さつらさつ):婆羅門教中興の祖。神話。

  :婆羅婆(ばらば):不明。

  :経論(きょうろん):婆羅門の四大経。リグヴェーダ、サーマヴェーダ、ヤジュールヴェーダ、アタルヴァヴェーダ。

 現在知見生  不必由先胄

 毘耶娑仙人  多造諸經論

 末後胤跋彌  廣集偈章句

 現在の知見の生ずるは、必ずしも先胄(せんちゅう、先祖)に由らず。

 毘耶娑(びやしゃ)仙人は、多く諸の経論を造り、

 末の後胤、跋弥(ばつみ)は、広く偈と章句を集む。

  『現在の知見が生じるのは、

      必ずしも、先祖を通してではない。

   毘耶娑(びやしゃ)仙人は、多くの経論を造ったが、

      最後の子孫である跋弥(ばつみ)は、広く偈(げ、歌)の章句を集めた。

 

  :知見(ちけん):知識と見聞。

  :先胄(せんちゅう):先祖。胄(ちゅう、ちすじ)と冑(ちゅう、かぶと)とは別字。

  :毘耶娑(びやしゃ):婆羅門教聖典の編纂者。神話。

  :末の後胤(ごいん):最後の子孫。

  :跋弥(ばつみ):叙事詩『ラーマーヤナ』の作者。

  :偈(げ):ガーター、伽陀(かだ)、諷誦(ふうじゅ)、韻文体。

  :章句(しょうく):文章。

 阿低利仙人  不解醫方論

 後生阿低離  善能治百病

 阿低利(あていり)仙人は、医方論を解せざれど、

 後に生れし阿低離(あていり)は、善くよく百病を治しぬ。

  『阿低利(あていり)仙人は、医方論を理解しなかったが、

      後に生まれた阿低離(あていり)は、善く多くの病を治すことができた。

 

   :阿低利(あていり):婆羅門教聖典の作者。神話。

   :医方論(いほうろん):医術論。

   :阿低離(あていり):医学書の作者。

 二生駒尸仙  不閑外道論

 後伽提那王  悉解外道法

 二生の駒尸(くし)仙は、外道の論を閑(なら)わざれど、

 後の伽提那(かだいな)王は、悉く外道の法を解す。

  『婆羅門の駒尸(くし)仙人は、外道の論を習わなかったが、

      後の伽提那(かだいな)王は、悉く外道の法を理解していた。

 

   :駒尸(くし):仙人名。神話。

   :外道(げどう):仏道以外の哲学宗教。

   :伽提那(かだいな):王名。神話。

 甘蔗王始族  不能制海潮

 至娑伽羅王  生育千王子

 能制大海潮  使不越常限

 甘蔗王の始族は、海潮を制すること能わず、

 娑伽羅(しゃから)王に至りて、千の王子を育て、

 よく大海潮を制して、常限を越えざらしむ。

  『甘蔗(かんしょ)王の族が始まった頃は、海潮を制することができなかった。

   娑伽羅(しゃから)王の世に至り、

      千人の王子を生育して、海潮を制し、

      海潮に、常限を越えさせなかった。

 

   :甘蔗(かんしょ):釈迦の種族名。神話。

   :娑伽羅(しゃから):甘蔗族の王。神話。龍王の名であり、龍王は釈迦族の守護神。

   :海潮を制する:堤防を築いて津波を制する。

 闍那駒仙人  無師得禪道

 闍那駒(じゃなく)仙人は、師無くて禅の道を得たり。

  『闍那駒(じゃなく)仙人は、師が無かったが禅の道を得た。

 

  :闍那駒(じゃなく):王名。哲人。神話。

  :禅(ぜん):心を統一して思考を集注すること。

 凡得名稱者  皆生於自力

 或先勝後劣  或先劣後勝

 帝王諸神仙  不必承本族

 凡そ名称を得る者は、皆、自力に於いて生ず。

 或は先に勝りて後に劣り、或は先に劣りて後に勝る。

 帝王、諸の神仙は、必ずしも本の族を承けず。

  『凡そ、

      名声を得たような者は、皆、自力で生まれる。

   或は、前の者が勝れ、後が劣り、

   或は、前の者が劣り、後が勝れる。

   帝王も、諸の神仙も、

      必ずしも、先祖の資質を受け継ぐものではない。

 

  :名称(みょうしょう):名声。

  :帝王(たいおう):帝王。

  :神仙(じんせん):仙人。

 是故諸世間  不應顧先後

 大王今如是  應生歡喜心

 以心歡喜故  永離於疑惑

 この故に、諸の世間は、まさに先後を顧みるべからず。

 大王、今はかくの如し、まさに歓喜を心に生ずべし。

 心歓喜するを以っての故に、永く疑惑を離れたもうべし。」と。

  『この故に、

      諸の世間の事は、先後を心配することはない。

   大王よ、

      今のこのような事には、まさに歓喜の心を生じるがよい。

      心で歓喜したならば、

         永遠に疑惑を離れるだろう。』

 王聞仙人說  歡喜搴泓{

 我今生勝子  當紹轉輪位

 我年已朽邁  出家修梵行

 無令聖王子  捨世遊山林

王は仙人の説くを聞き、歓喜してますます供養せり、

「我、今は勝れたる子を生めり、まさに転輪の位を紹(つ)ぐべし。

 我が年はすでに朽邁(くまい)せり、出家して梵行を修むれば、

 聖王子をして、世を捨てて山林に遊ばしむること無からん。」

   王は、

      仙人の所説を聞き、

      ますます供養して言った、――

  『わたしは、今勝れた子を生んだ。 必ず、転輪王の位を紹ぐだろう。

   わたしは、

     すでに年をとり朽ち果てようとしている、

     出家して梵行(ぼんぎょう、清浄行)を修めよう、

     我が聖王子が、

        世を捨てて山林に遊ぶことが無いように。』

 

  :転輪の位:王位。転輪は輪宝という武器を転ずること。勝れた王者の特質。

  :一国に二王の成り立たざることをいう。

  :朽邁(くまい):日月が過ぎ去って朽ち果てる。

  :梵行(ぼんぎょう):婬事を慎んで清浄の生活をする。

  :聖王子(しょうおうじ):聖王の子。

 

 

 

 

阿私陀仙人、太子を見て悲歎する

 時近處園中  有苦行仙人

 名曰阿私陀  善解於相法

時に近く園中に処して、苦行の仙人有り、

名づけて阿私陀(あしだ)と曰い、善く相法を解す。

   その頃、

      近くの園中に、苦行の仙人が住んでいた、

   その名を、

      阿私陀(あしだ)と曰い、相法を善く理解していた。

 

  :阿私陀(あしだ):仙人名。

  :相法(そうほう):観相の法。

 來詣王宮門  王謂梵天應

 苦行樂正法  此二相俱現

 梵行相具足  時王大歡喜

来たりて王宮の門に詣づれば、王の謂わく、「梵天応ぜり。

苦行して正法を楽しむ、この二相倶に現れて、

梵行の相を具足せり。」と。 時に王、大いに歓喜す。

   阿私陀は、

      来て王宮の門に至った。

   王は、こう思った、――

   梵天が来てくれた。

      苦行して、正法を楽しむ。 

      この二相が同時に現れるとは、

         梵行が満足な証拠である。

   このように、

     王は、大いに歓喜した。

 

  :正法(しょうぼう):正しい法。正しい道理。仏法。

  :梵行(ぼんぎょう):欲望を断ずる清浄行。

  :具足(ぐそく):満足に身にそなえる。

  :梵天(ぼんてん):色界の初禅天。この天は欲界中の婬欲を離れ、清浄にして寂静たるが故に梵天という。 この中に三天あり、第一梵衆天、第二梵輔天、第三大梵天という。 ただし常に称する梵天とは、大梵天王、名づけて尸棄(しき)と曰うを指す。 正法を深く信じ、仏の出世に逢うごとに、必ず最初に来て法輪を転ぜんことを請う。

 即請入宮內  恭敬設供養

 將入內宮中  唯樂見王子

 雖有婇女眾  如在空閑林

即ち、宮内に請じ入れ、恭敬して供養を設く。

将いて内宮の中に入り、ただ楽しんで王子に見ゆれば、

婇女の衆有りといえども、空閑の林に在るが如し。

   すぐに、

      宮内に請じ入れ、恭敬して供養を設けた。

   王は、

      仙人を内宮の中に引き入れると、ただ楽しんで王子を見ている。

      多くの女官たちがいたが、そのざわめきは耳に入らず、静かな林の中にいるようであった。

 

  :恭敬(くぎょう):謙遜して相手の徳を敬う。

  :空閑(くうげん):誰もいない静けさ。

 安處正法座  加敬尊奉事

 如安低牒王  奉事波尸吒

 時王白仙人  我今得大利

 勞屈大仙人  辱來攝受我

 諸有所應為  唯願時教敕

安んじて正法の座に処すを、敬いを加え尊んで奉事すること、

安低牒(あんていちょう)王の波尸(はした)に奉事するが如し。

時に王、仙人に白さく、「我、今は大利を得たり。

大仙人を労屈せしめ、辱(かたじけな)くも来たりて我を摂受し、

諸のまさに為すべき所有らん、ただ願わくは時に教勅したまえ。」と。

   王は仙人を、

      正法の座に安んじ、

      敬い尊んで奉事した。

   安低牒(あんていちょう)王が

      波尸(はした)に奉事したように。

   そして、

      王は、仙人に言った、――

  『わたしは、今、大利を得た。

   大仙人には、

      わざわざ、ご足労をかけたうえ、

      かたじけなくも来て、願いを聞きとどけてくれるとは。

   ただ願わくは、

      諸(もろもろ)の為すべき事どもを、時には教えたまえ。』

 

  :正法の座:法を説く座。高座。

  :奉事(ぶじ):命を奉じて服しはべる。恭しくつかえる。

  :安低牒(あんていちょう):王名。神話。

  :波尸(はした):仙人名。神話。

  :大利(だいり):大きな利益。

  :労屈(ろうくつ):労働。

  :摂受(しょうじゅ):願いなどを受け入れること。

  :教勅(きょうちょく):教えて命じる。

 如是勸請已  仙人大歡喜

かくの如く勧請しおわれば、仙人大いに歓喜す。

   このように

      王が挨拶をすますと、

   仙人は、

      大いに歓喜して、こう言った、――

 

  :勧請(かんじょう):神々や仙人等を招じ入れること。

 善哉常勝王  眾コ悉皆備

 愛樂來求者  惠施崇正法

 仁智殊勝族  謙恭善隨順

 宿殖眾妙因  勝果現於今

「善いかな、常に勝れたる王よ。 衆徳は悉く皆備わり、

 愛し楽しんで来たり求むる者には、恵み施して正法を崇む。

 仁智殊に勝れたる族(うから)、謙恭にして善く随順せり。

 宿殖(しゅくじき)せる衆の妙因、勝果として今に現る。

  『善いことである。常に勝れた王よ。

   王には、

      衆徳は、悉く皆備わり、

      愛し楽しんで来て求める者には、恵み施して正法を崇める。

   仁智(にんち)に勝れた特別な一族は、

      常に、謙恭であり、

      善く、正法に随順する。

   宿世に殖えた衆(もろもろ)の妙因が、

      今、ここに勝果として現れておる。

 

  :衆徳(しゅとく):多くの徳。徳は人のためになる力。

  :仁智(にんち):慈愛と智慧。

  :謙恭(けんく):謙遜と恭敬。

  :随順(ずいじゅん):逆らわずに従う。

  :宿殖(しゅくじき):過去世に善悪の因種を殖えること。

  :妙因(みょういん):すばらしい結果を生じる因。

  :勝果(しょうか):すばらしい結果。

 汝當聽我說  今者來因緣

 汝、まさに聴くべし、我、今にして来たれる因縁を説かん。

  『王よ、よく聴きたまえ、

      わたしが今、ここに来た因縁を。

 

  :因縁(いんねん):事物が生ずるとき、強く直接的な力を与えるものが因、弱く間接的に助力するものを縁という。例えば、種子が因、雨露農夫等が縁である。

 我從日道來  聞空中天說

 言王生太子  當成正覺道

 并見先瑞相  今故來到此

 欲觀釋迦王  建立正法幢

 我、日の道(みちび)くに従うて来たりて、空中に天の説くを聞く。

 言わく、『王、太子を生めり、まさに正覚の道を成ずべし。』と。

 並びに、先に瑞相を見れば、今、故に来たりてここに到り、

 釈迦王の、正法の幢(どう)を建立するを観んと欲す。」と。

  『わたしが、日に導かれるままに歩いていると、空中に天の説く声が聞こえた。

      こう言っている、――

         『王に太子が生まれた。 必ず正覚の道を成ずるだろう。』と。

      そして、

         先ほどは、瑞相(ずいそう)が見えたので、

      今、ここに来たのである。

   釈迦族の王が、

      正法の幢(どう)を建立したのを、ぜひ観たいものだ。

 

  :従日道:道は導、日に導かれるままに、日の出とともに起き出して。

  :正覚(しょうがく):正しいさとり。仏法。

  :瑞相(ずいそう):めでたいしるし。

  :釈迦王(しゃかおう):釈迦族の王。浄飯王。

  :幢(どう):竿柱を高く立て種種の錦巾で荘厳した目印。 群生を靡かせ魔衆を制するを表す。ここでは太子を正法の幢に見立てている。

  :建立(こんりゅう):たてる。

 王聞仙人說  決定離疑網

 命持太子出  以示於仙人

 仙人觀太子  足下千輻輪

王は仙人の説けるを聞いて、決定して疑網を離れ、

命じて太子を持ち出さしめ、以って仙人に示す。

仙人は、太子を観るに、足下に千輻輪(せんぷくりん)あり。

  『王は、

      仙人の説明を聞き、決定して疑いの網を離れた、

      命じて太子を持ち出させ、仙人に示した。

   仙人は、

      太子を観察した、――

  『足下には千輻輪(せんぷくりん)がある。

 

  :決定(けつじょう):決定的。

  :疑網(ぎもう):疑いの網。これに人々を捕らえて悩ませる。煩悩の一種。

  :足下千輻輪相(そくげせんぷくりんそう):足裏の車輪の形をした相。 仏の三十二相の一。

 手足網縵指  眉間白毫跱

 馬藏隱密相  容色炎光明

 見生未曾想  流淚長歎息

手足には網縵指(もうまんし)、眉間には白毫跱(そばだ)ち、

馬蔵隠密(めぞうおんみつ)の相と、容色には炎の光明あり。

見えて未だかつてあらざるの想を生じ、涙を流して長く歎息す。

   手足には縵網(まんもう)の指がある。

   眉間には白毫(びゃくごう)がそびえている。

   馬蔵隠密(めぞうおんみつ)の相がある。

   容色は炎の光明がある。』

   仙人は、

      未だ、かつて想像すらしないものを見て、

      涙を流し長くため息をついた。

 

  :手足縵網相(しゅそくまんもうそう):手足の指の間に幕がある。 仏の三十二相の一。

  :眉間白毫相(みけんびゃくごうそう):眉間の長い一白毛が螺状に渦巻く。 仏の三十二相の一。

  :馬陰蔵相(めおんぞうそう):陰部が馬のように腹中に陰蔵される。 仏の三十二相の一。

  :容色(ようしき):容貌と身体。

 王見仙人泣  念子心戰慄

 氣結盈心胸  驚悸不自安

 不覺從坐起  稽首仙人足

王は仙人の泣くを見て、子を念うて心戦慄す。

気は結ぼりて心と胸に盈(み)ち、驚悸(きょうき)して自らを安んぜず。

覚えず坐より起ち、仙人の足に稽首す。

   王は、仙人が泣くのを見て、

      子を念って心が戦慄した、

      心配のしこりが胸をつまらせる、

      動悸して安んずることができない、

      覚えず坐より起って、仙人の足を抱いて首を垂れた。

 

  :戦慄(せんりつ):ふるえおののく。

  :驚悸(きょうき):驚いて胸がどきどきする。

  :稽首(けいしゅ):頭を地につけて礼する。

 而白仙人言  此子生奇特

 容貌極端嚴  天人殆不異

 汝言人中上  何故生憂悲

しかも、仙人に白して言わく、「この子生まれながらにして奇特なり。

 容貌は極めて端厳、天人とほとんど異ならず。

 汝、人中の上と言いながら、何の故にか憂悲を生ずる。

   王は、仙人に言った、――

  『この子は、

      生まれながらにして、極めて特別である!

      容貌は、極めて端正!

      威厳があって、天人とほどんど異ならない!

   あなたは、

      この子は、人の中では上であると言いながら、

      何故、

        憂いて悲しんでいるのか?

 

  :端厳(たんごん):端正にして威厳あり。

  :憂悲(うひ):憂えて悲しむ。

 將非短壽子  生我憂悲乎

 久渴得甘露  而反復失耶

 將非失財寶  喪家亡國乎

 はた短寿の子にして、我に憂悲を生ぜしむるには非ずや。

 久しく渇いて甘露を得しに、反ってまた失わんとせんや。

 はた財宝を失いて、家を喪い国を亡ぼさんには非ずや。

  『はたして、

      短寿の子であって、私を憂い悲しませるというのか?

      久しく渇いて、ようやく甘露を得たというのに、また失ってしまうのか?

   はたまた、

      財宝でも、失うというのか? 

      家を喪い、国を亡ぼすのか?

 

  :甘露(かんろ):天の酒。

 若有勝子存  國嗣有所寄

 我死時心ス  安樂生他世

 もし勝れたる子の存する有りて、国嗣(こくし)に寄る所有らば、

 我が死する時も心悦び、安楽に他世に生まれん。

  『もし、

      勝れた子があり、

        国を嗣(つ)いで、国民に頼られるようならば、

   わたしは、

      死ぬ時にも心は悦び、

      安楽に他世に生まれることができよう。

 

  :国嗣(こくし):国の嗣子。世継ぎ。

  :寄る所:頼るもの、国民。

  :他世(たせ):別の世。来世。

 猶如人兩目  一眠而一覺

 莫如秋霜花  雖敷而無實

 人於親族中  愛深無過子

 宜時為記說  令我得蘇息

 なお人の両目の、一は眠り一は覚むるが如し。

 秋霜の花の、敷(ひら)くといえども実無きが如くなる莫かれ。

 人、親族の中に於いて、愛することの深きは子に過ぐるもの無し。

 よろしく、時に為に記説して、我をして息の蘇るを得しめたまえ。」と。

  『或は、人の両目が、一は眠り、一は覚める、

   或は、秋の霜に当り、花は開くが実が生らない、

      このようで、なければよいが。

   人が、深く愛する者は、

      親族の中でも、子に過ぎる者はない。

   よろしく、

      時には、わたしの為に説き、

      わたしの息を蘇らせてくれ!

 

  :記説(きせつ):記は記録、説は説明。将来を予言し知らせて説明すること。

 仙人知父王  心懷大憂懼

 即告言大王  王今勿恐怖

 前已語大王  慎勿自生疑

仙人は父の王の心に大憂懼を懐けるを知り、

即ち、大王に告げて言わく、「王、今は恐怖すること勿かれ、

 前にすでに大王に語れり、慎んで自ら疑いを生ずること勿かれ。

   仙人は、

      父王の心に、大きな憂いと懼れとがあるのを知り、こう言った、――

  『大王よ。 

      今は、怖れてはならない!

   前に、

      大王には、すでに語った、――

         『慎んで、自ら疑を生ずるな。』と。

 

  :憂懼(うく):憂えて恐れる。

  :恐怖(くふ):おそれる。

 今相猶如前  不應懷異想

 自惟我年暮  悲慨泣歎耳

 今我臨終時  此子應世生

 今の相は、なお前の如し、まさに異なる想いを懐くべからず。

 自ら、我が年の暮るるを惟い、悲慨泣歎(ひがいきゅうたん)せるのみ。

 今、我が終りに臨まん時、この子は世に応(こた)えて生る。

  『今の相は、

      前と変らないのだ。 

      相が変ったと思ってはならない。

   わたしは、

      自らの年が、はや暮れようとするのを思い、

      それを、悲しんで泣いたのである。

   今、わたしの命が終りに臨もうとする時、

      この子は、

         世の求めに応(こた)えて生まれた。

 

  :悲慨(ひがい):悲しみなげく。

  :泣歎(きゅうたん):なげいて泣く。

 為盡生故生  斯人難得遇

 當捨聖王位  不著五欲境

 精勤修苦行  開覺得真實

 常為諸群生  滅除癡冥障

 於世永熾燃  智慧日光明

 生を尽くさんが為の故に生まれたる、この人は遇うことすら得難し。

 まさに聖王の位を捨てて、五欲の境に著せず、

 精勤して苦行を修め、覚を開きて真実を得、

 常に諸の群生の為に、癡冥の障を滅除して、

 世に於いて永く熾燃(しねん)し、智慧の日は光明らかなるべし。

  『生死の苦を、断ち切るために生まれた人、

   このような人には、出遇うことさえ難しい。

   必ず、

      聖王の位を捨てて、五欲(ごよく、色声香味触)の境を離れ、

      精勤して苦行を修め、覚りを開いて真実を得よう。

   常に、

      諸の群生(ぐんしょう、衆生)のために、癡冥(ちみょう)の障(さわり)を滅除し、

   永く、

      世に於いて、智慧の日を燃やして光明を耀かそう。

 

  :五欲(ごよく):五根(眼耳鼻舌身)とその対境の色声香味触のこと。

  :精勤(しょうごん):努力してつとめる。

  :群生(ぐんしょう):衆生。人民。

  :癡冥(ちみょう):慧日の逆、愚癡の暗闇。

  :除滅(じょめつ):除却して消滅させる。

  :熾然(しねん):さかんに燃える。

 眾生沒苦海  眾病為聚沫

 衰老為巨浪  死為海洪濤

 衆生は苦海に没して、衆病を聚沫(じゅまつ)と為し、

 衰老を巨浪と為し、死を海の洪濤(こうとう、巨波)と為す。

  『衆生は、苦海に没している、

      衆病は、飛沫のように絶え間なく降りかかり、

      衰老は、巨浪のように避けがたく、

      死は、大津波のように襲いかかる。

 

  :聚沫(じゅまつ):多くの飛沫。

  :衰老(すいろう):衰えて老いる。

  :洪濤(こうとう):大波。

 乘輕智慧舟  渡此眾流難

 智慧泝流水  淨戒為傍岸

 三昧清涼池  正受眾奇鳥

 軽き智慧の舟に乗って、この衆の流難を渡れば、

 智慧は流水を泝(さかのぼ)り、浄戒を傍の岸と為し、

 三昧の清涼なる池に、衆の奇鳥を正受す。

  『この人は、

      智慧の舟に軽く飛び乗って苦難の流れを乗り越える。

      智慧にて流水をさかのぼり、

      浄戒を両岸として、

      三昧(さんまい、禅定)を清涼な池とし、

      正受(しょうじゅ、三昧中に受ける実際の境地)を衆の珍しい鳥とする。

 

  :流難(るなん):流れの難所。

  :流水(るすい):川の流れ。

  :浄戒(じょうかい):不殺、不盗、不邪淫、不妄語、不飲酒。

  :奇鳥(きちょう):めずらしい鳥。

  :正受(しょうじゅ):心の乱れをおさめて正しく感受する。

 如此甚深廣  正法之大河

 渴愛諸群生  飲之以蘇息

 この甚だ深く広き、正法の大河の如きは、

 渇愛せる諸の群生、これを飲んで以って息を蘇らす。

  『このような、

      甚だ深く広い正法の大河を、

      渇愛に苦しむ諸の群生は、飲んで息を蘇らせる。

 

  :渇愛(かつあい):渇くように愛し求めること。執著(しゅうじゃく)。

 染著五欲境  眾苦所驅迫

 迷生死曠野  莫知所歸趣

 菩薩出世間  為通解脫道

 五欲の境に染著し、衆苦に駆迫せられ、

 生死の曠野に迷い、帰り趣く所も知ること莫ければ、

 菩薩は世間に出でて、為に解脱の道を通ず。

  『五欲の境に染著して衆苦に追い回され、

   生死の曠野(こうや、荒れ野)に迷って帰り趣く所を知ることもない。

   菩薩は、

      世間に出て、このような群生のために解脱の道を通す。

 

  :染著(せんじゃく):煩悩に汚染されて五欲に執著する。

  :駆迫(くひゃく):追い回す。

  :生死(しょうじ):生まれて死ぬこと。五道の世間を流転すること。

  :曠野(こうや):広い荒れ野。

 世間貪欲火  境界薪熾然

 興發大悲雲  法雨雨令滅

 世間は貪欲の火、境界の薪は熾然たり、

 大悲の雲を興発して、法の雨を雨ふらして滅せしむ。

  『世間の貪欲の火は

      境界の薪に燃えさかっている。

   菩薩は、

      大悲の雲を興して法の雨を降らし、貪欲の火を滅する。

 

  :貪欲(とんよく):五欲をむさぼる。

  :境界(きょうがい):五欲の境。見るもの聞くもの。

  :興発(こうほつ):おこす。

 癡闇門重扇  貪欲為關鑰

 閉塞諸群生  出要解脫門

 金剛智慧鑷  拔恩愛逆鑽

 癡闇の門は扇(とびら)を重ね、貪欲を関鑰(かんやく)と為して、

 諸の群生を閉塞す。 出づるに要するは解脱の門なり、

 金剛の智慧の鑷(けぬき)にて、恩愛の逆鑽(さかとげ)を抜く。

  『癡闇の門は扉を重ねて、貪欲の錠前は諸の群生を閉じこめている。

   菩薩は、

      出要(しゅつよう、出離の要道)にして解脱の門、

      金剛の智慧の毛抜きで、恩愛の逆とげを抜く。

 

  :癡闇(ちあん):愚かさ故の暗闇。

  :関鑰(かんやく):錠前。

  :閉塞(へいそく):閉じこめる。

  :出要(しゅつよう):脱(のが)れ出るための要。

  :金剛(こんごう):金剛杵(こんごうしょ)、帝釈天のもつ武器。最も硬い金属。

  :恩愛(おんない):妻子や父母に対する盲目的な愛情。

  :逆鑽(ぎゃくさん):さかとげ。やじり。

 愚癡網自纏  窮苦無所依

 法王出世間  能解眾生縛

 愚癡の網を自ら纏い、苦を窮めて依る所無けれど、

 法王、世間に出づれば、よく衆生の縛を解くべし。

  『愚癡の網を自ら纏い、苦を窮めているが、

      衆生は、誰に頼ればよいのか!

   法王が、

      世に出れば、衆生の縛を解くことができる!

 

  :法王(ほうおう):正法の王。仏法。仏。

 王莫以此子  自生憂悲患

 當憂彼眾生  著欲違正法

 王、この子を以って、自ら憂悲の患を生ずる莫かれ、

 まさに、彼の衆生の欲に著して正法に違えるを憂うべし。

  『王よ、

      この子については、自ら憂え悲しんで患(わずらい)を生じるな!

      かの衆生こそが、欲に著し正法に違うていることを憂えよ!

 我今老死壞  遠離聖功コ

 雖得諸禪定  而不獲其利

 於此菩薩所  竟不聞正法

 身壞命終後  必生三難天

 我、今老いて死壊せんには、聖功徳を遠離せん、

 諸の禅定を得たりといえども、その利を獲ず。

 この菩薩の所に於いては、竟(つい)に正法を聞かず、

 身壊し命の終りたる後は、

 必ずや、三難天(婆羅門三大天、自在、韋紐、梵)に生まれん。」と。

  『わたしは、

      今老いて死に、身は朽ちようとしている。

      この菩薩の功徳からも離れなければならないだろう。

      この菩薩の所では、ついに正法を聞くことが叶わなかった!

   身が朽ちて命が終った後には、

      必ず、難のある三大天に生まれなくてはならないだろう!

 

  :死壊(しえ):死んで肉体が壊れること。

  :功徳(くどく):衆生のための力。

  :遠離(おんり):遠ざけて離れる。

  :禅定(ぜんじょう):三昧(さんまい)。心をおさめて一心になること。

  :三難天(さんなんてん):正法を聞けない婆羅門の三大天、自在天、韋紐(いちゅう)天、梵天をいう。

 王及諸眷屬  聞彼仙人說

 知其自憂歎  恐怖悉以除

王および諸の眷属、彼の仙人の説くを聞き、

その自ら憂歎するを知って、恐怖は悉く以って除こる。

   王および諸の眷属は、

      仙人が、このように自らの憂いと歎きを語るのを聞き、

      恐怖は、悉く除かれた。

 

  :眷属(けんぞく):一族とそれに従事するもの。

  :憂歎(うたん):憂えて歎く。

 生此奇特子  我心得大安

 出家捨世榮  修習仙人道

 遂不紹國位  復令我不ス

「この奇特の子を生み、我が心は大安を得たれど、

 出家して世の栄を捨て、仙人の道を修習して、

 遂に国位を紹がずんば、また我をして悦ばざらしめん。」

   王は、こう思った、――

  『この奇特の子を生んで、

      心も、ここに大いに安んじることができた。

   しかし、

      世の栄誉を捨てて出家し、仙人の道を修めて習い、

      ついに、国王の位を紹がないとは!

   またしても、

      わたしを悦ばせないものだ!』

 

  :修習(しゅうじゅう):修行と練習。

 

 

 

 

広く衆に施して、宮参りする

 爾時彼仙人  向王真實說

 必如王所慮  當成正覺道

 於王眷屬中  安慰眾心已

 自以己神力  騰虛而遠逝

その時、彼の仙人は、王に向かいて、真実を説かく、

「必ず、王の慮るが如く、まさに正覚の道を成ずべし。」と。

王の眷属の中に於いて、衆の心を安慰しおわり、

自ら己が神力を以って、虚(空)に騰(かけあが)って、遠くに逝きぬ。

   この時、

      仙人は、

         王に向って、

            『必ず王の心配するようになり、正覚の道を成就するだろう。』と真実を説き、

         王と眷属たちを安心させ慰めると、

      自らの神力で、

         虚空に駆け上がり、遠くに往ってしまった。

 

  :安慰(あんに):安心させてなぐさめる。

 爾時白淨王  見子奇特相

 又聞阿私陀  決定真實說

 於子心敬重  珍護兼常念

 大赦於天下  牢獄悉解脫

その時、白浄(びゃくじょう、浄飯)王は子の奇特の相を見、

また、阿私陀の真実を決定して説けるを聞き、

子に於いて、心は敬い重んじて、珍護し兼ねて常に念い、

天下に於いて大赦し、牢獄は悉く解脱せり。

   このように、

      浄飯王は、

         子の奇特の相を見て、

         阿私陀仙人の真実の説を聞いたので、

         この子を、

            心から敬って重んじ、

            宝のように護って常に心にかけた。

      そして、

         天下に大赦を宣して、牢獄は悉く解放された。

 

  :白浄(びゃくじょう)王:浄飯王。

  :珍護(ちんご):珍重して守護する。

 世人生子法  隨宜取捨事

 依諸經方論  一切悉皆為

 生子滿十日  安隱心已泰

 普祠諸天神  廣施於有道

 沙門婆羅門  咒願祈吉福

世人の子を生める法は、宜しきに随って事を取捨し、

諸経方論に依って、一切は悉く皆為せり。

子を生んで十日を満たすに、安穏にして心すでに泰んじ、

普く諸の天神を祠り、広く有道(うどう、修行者)に施せば

沙門(しゃもん、出家)婆羅門は、呪願して吉福を祈る。

   世間では子が生まれると、

      吉凶に随って為すべき事を取捨し、

      諸の経や方論に依って、一切を為す。

   子が生まれて、

      十日が満ちた時、

         安穏であり、心も落ちついたころ、

         普く、諸の天神を祠り、

         広く、修行者たちに施した。

      沙門(しゃもん、出家)の婆羅門たちは、

         呪願して、吉福を祈った。

 

  :方論(ほうろん):方は方士、仙人のこと。仙術の論書。

  :有道(うどう):修行者。

  :沙門(しゃもん):出家者。

  :呪願(じゅがん):祈願文を唱えること。

  :吉福(きちふく):吉はめでたくてよいこと、福は天のよい助け。

 嚫施諸群臣  及國中貧乏

 村城婇女眾  牛馬象財錢

 各隨彼所須  一切皆給與

諸の群臣に嚫施(しんせ、布施)して、国中の貧乏に及ぼし、

村城の婇女の衆には、牛馬象財銭を、

各、彼の須(もと)むる所に随って、一切を皆給与す。

   諸の群臣に布施をして、国中の貧乏人に及ばせ、

   村落城中の女官たちには、

      牛、馬、象、財、銭を、

      各の、必要とするだけ、

         一切を、皆、給与した。

 

  :嚫施(しんせ):布施。

  :給与(きゅうよ):与える。

 卜擇選良時  遷子還本宮

卜(ぼく)して良き時を択選(えら)び、子を遷して本の宮に還す。

   良い日時を占って選び、子を遷して本の宮に還した。

 二飯白淨牙  七寶莊嚴輿

 雜色珠絞絡  明焰極光澤

二の飯白(ぼんびゃく)の浄牙(じょうげ)には、七宝にて輿を荘厳し、

雑色の珠を絞絡(きょうらく)し、焔を明からめ光沢を極む。

   飯のように白く浄い象の二本の牙の上に、

      七宝で荘厳した輿を載せ、

      色とりどりの珠を連ねて絡めた。

   象と輿とは、

      明るく、炎のような光沢を放つ。

 

  :飯白(ぼんびゃく):飯のように白い。

  :浄牙(じょうげ):浄らかな白い牙。

  :荘厳(しょうごん):厳かに飾ること。

  :雑色(ざっしき):種種の色を交えた。

  :絞絡(きょうらく):真珠などの紐を垂らして絡めること。

 夫人抱太子  周匝禮天神

 然後昇寶輿  婇女眾隨侍

夫人は太子を抱き、周匝(しゅうそう)して天神に礼し、

然る後に宝の輿に昇れば、婇女の衆も随うて侍る。

   夫人は、

      太子を抱きかかえて、天神の周囲を迴って礼をする、

     それが終って宝の輿に昇ると、多くの女官たちが侍った。

 

  :周匝(しゅうそう):神などを敬って周囲を回る礼法。

  :天神(てんじん):帝釈天等の天上の神々。

 王與諸臣民  一切俱導從

 猶如天帝釋  諸天眾圍遶

王と諸の臣民と、一切は倶に導き従い、

なお天帝釈の諸の天衆囲遶(いにょう)するが如く、

   王と諸の臣民たちとは、一切が共に前後に導き従った、

   まるで、

      天帝釈を、諸の天衆が取囲むように。

 

  :天衆(てんじゅ):天上の神々。

  :囲遶(いにょう):とりかこむ。

 如摩醯首羅  忽生六面子

 設種種眾具  供給及請福

 今王生太子  設眾具亦然

摩醯首羅(まけいしゅら、自在天)の、忽ち六面の子を生めるに、

種種の衆具を設けて、供給し福を請ずるに及ぶが如く、

今、王の太子を生めるに、衆具を設くることもまた然り。

   摩醯首羅(まけいしゅら、自在天)に、

      六面の子が生まれれば、多くの供え物をして福を招くように、

   王に、

      太子が生まれた今も、同じように多くの供え物をする。

 

  :摩醯首羅(まけいしゅら):大自在天、色界の頂上天の神名。

  :六面子(ろくめんし):摩醯首羅と河神の子。

 毘沙門天王  生那羅鳩婆

 一切諸天眾  皆悉大歡喜

 王今生太子  迦毘羅衛國

 一切諸人民  歡喜亦如是

毘沙門天王の那羅鳩婆(ならくば)を生めるに、

一切の諸の天衆は、皆悉く大歓喜せるがごとく、

王、今太子を生めるに、迦毘羅衛(かびらえ)国の、

一切の諸の人民の歓喜すること、またかくの如し。

   毘沙門天王に、

      那羅鳩婆(ならくば)が生まれ、一切の天衆たちが皆悉く大歓喜したように、

   王に、

      今太子が生まれ、迦毘羅衛(かびらえ)国の一切の人民たちが歓喜した。

 

  :毘沙門天(びしゃもんてん):四天王中の毘沙門天の王。

  :那羅鳩婆(ならくば):神名。

  :迦毘羅衛(かびらえ):釈迦一族の故城。

 

次のページ

 

 

 

 

著者に無断で複製を禁ず。

Copyright(c)2008 AllRightsReserved