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(歎涅槃品第二十七)
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阿那律陀、仏の涅槃を歎ずる
歎涅槃品第二十七 |
歎涅槃(たんねはん)品第二十七 |
大弟子等は仏の涅槃を歎じ、力士族は仏身を荼毘に付す。 |
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時有一天子 乘千白鵠宮 於上虛空中 觀佛般涅槃 普為諸天眾 廣說無常偈 一切性無常 速生而速滅 生則與苦俱 唯寂滅為樂 行業薪積聚 智慧火熾燃 名稱煙衝天 時雨雨令滅 猶如劫火起 水災之所滅 |
時に一天子有り、千の白鵠(びゃっこう、白鶴)の宮に乗り、 上虚空の中に於いて、仏の般涅槃を観(み)、 普く諸の天衆の為に、広く無常偈を説かく、 『一切の性は無常なり、速かに生じ速かに滅す、 生は則ち苦と倶にして、ただ寂滅のみ楽と為す。 行業の薪積聚し、智慧の火は熾燃たり、 名称の煙天を衝くも、時雨は雨ふらして滅せしむ、 なお劫火起こりて、水災に滅せらるるが如し。』 |
その時、 ある梵天が、 千羽の鶴に載る、飛ぶ宮の中で仏の涅槃を見、 回りの天たちに、無常を説く歌を歌った、―― 『一切は無常! 何と速かに生まれ、速かに滅することか! 『生きるは苦であり、寂滅は楽である。』と説く、 智慧の火で、持戒の薪を盛んに燃やしたとき、 名声の煙が、高く立ち昇って天を驚かせた! それも、 無常の雨が一たび降れば、それもたちどころに消える! まるで、 劫火(ごうか、世界の終末に起る火)が、 水災(すいさい、世界の終末に起る洪水)に消されるように。』
注:天子(てんし):梵天の子。梵天。 注:白鵠(びゃっこう):白鳥。白鶴。天鵞。梵天の乗り物。 注:般涅槃(はつねはん):火が消えるように、煩悩と生死の苦が消えること。 注:無常偈(むじょうげ):無常に感じて心情を吐露する歌。 注:性(しょう):本性。事物の変化しない本質的な部分。 注:無常(むじょう):一切は時々刻々に変化して一として住ることの無いこと。 注:寂滅(じゃくめつ):煩悩が滅すること。涅槃。 注:積聚(しゃくじゅ):積み重ね集めること。 注:熾燃(しねん):盛んに燃えること。 注:時雨(じう):適当な時にふる雨。 注:劫火(ごうか):世界の終りに世界を焼き尽くす火。 注:水災(すいさい):洪水。 |
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復有梵仙天 猶第一義仙 處天勝妙樂 而不染天報 歎如來寂滅 心定而口言 觀察三世法 始終無不壞 第一義通達 世間無比士 慧知見之士 救護世間者 悉為無常壞 何人得長存 哀哉舉世間 群生墮邪徑 |
また梵仙天有り、なお第一義仙のごとく、 天の勝妙の楽に処して、天報に染まず、 如来の寂滅を歎じ、心定まりて口に言わく、 『三世の法を観察するに、始終壊(やぶ)れざるは無し。 第一義に通達せる、世間無比の士、 慧にて知見する士、世間を救護する者、 悉く無常の為に壊らる、何人か長く存らんことを得ん。 哀しきかな世間を挙げて、群生の邪経に堕せん。』 |
また、 別のある梵天は、 空を知る菩薩のように、 天の楽を楽しむが、楽に染まることはなく、 仏の涅槃を歎じたが、このように心は定まっていた、―― 『過去、未来、現在のこの三世に、 破壊しないものは無い。 空を知って、世間に比類無い者も、 智慧と知見とを具備して、世間を救い護る者も、 悉く、無常に破壊される。 誰が長く、世間に生きられよう! 哀しむべきは、 人々が、邪教に堕ちることだ!』
注:梵仙天(ぼんせんてん):色界に住する天。梵天。 注:第一義仙(だいいちぎせん):第一義とは空の義。空理を覚った仙人。菩薩。 注:勝妙(しょうみょう):勝れてすばらしい。 注:天報(てんほう):前世の報で受ける天の娯楽。 注:救護(くご):救い護る。 注:群生(ぐんしょう):群れて生きる者。衆生。 注:邪経(じゃきょう):外道の経典。 |
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時阿那律陀 於世不律陀 已滅不律陀 生死尼律陀 歎如來寂滅 群生悉盲冥 諸行聚無常 猶若輕雲浮 速起而速滅 慧者不保持 無常金剛杵 壞牟尼山王 鄙哉世輕躁 破壞不堅固 無常暴師子 害龍象大仙 如來金剛幢 猶為非常壞 何況未離欲 而不生怖畏 |
時に阿那律陀(あなりつだ)、世に於いて不律陀(ふりつだ)、 すでに滅して不律陀、生死尼律陀(にりつだ)なるも、 如来の寂滅を歎ずらく、『群生悉く盲冥す。 諸の行聚の無常なること、なお軽雲の浮かびて、 速かに起こりて速やかに滅するが若く、慧者は保持せず。 無常の金剛杵は、牟尼(むに)の山王を壊(やぶ)れり。 鄙(いや)しいかな世の軽躁なる、破壊して堅固ならず、 無常の暴師子は、龍象の大仙を害せり。 如来の金剛幢すら、なお非常の為に壊らる、 何をか況や未だ欲を離れざるものの、怖畏を生ぜざるをや。 |
その時、 阿那律陀(あなりつだ、十大弟子の中の天眼第一)は、 世間に於いては、死を滅し、 死を滅しおわって、生を滅し、 生死を、共に滅し尽くした阿羅漢であるが、 仏の涅槃をこう歎じた、―― 『群生(ぐんしょう、衆生)は、悉く盲(めしい)になった! 諸行(しょぎょう、肉体)は、無常である! 虚空に浮かんだ軽い雲のように、速かに生じ速かに滅する! 智慧の有る者は、それを保持しようと思わない! 無常の金剛杵(こんごうしょ、山を砕く武器)は、仏身の山を崩した。 世間はつまらないものだ! 落ち着く暇もなく、破壊してしまう! 何故、堅固なものだと思うのだろう? 無常の暴れる師子は、龍象の仏身さえ殺す! 仏の金剛幢(こんごうどう、壊られることのない旗竿)でさえ、無常によって破壊される! まして、 未だ、欲を離れない者たちは、 何うして、恐れずにいられよう!
注:阿那律陀(あなりつだ):仏の十大弟子の中の天眼第一。 注:不律陀(ふりつだ)、尼律陀(にりつだ):不明。律陀(rudh、滅)は阿那律陀(aniruddha、無滅)に関連する言葉?であるから『滅』に関連した言葉と考えられる。 注:盲冥(もうみょう):眼が滅して暗闇になること。 注:行聚(ぎょうじゅ):移り変わる物。有為法(ういほう)。肉体。諸行。 注:軽雲(きょううん):軽い雲。 注:慧者(えしゃ):智慧有る者。 注:金剛杵(こんごうしょ):金剛は最も硬い金属。杵(しょ)は物を砕く武器。 注:牟尼(むに):寂静、無言の意。釈迦牟尼の略。身口意三業の寂静を示す尊号。 注:山王(せんおう):山の王。 注:軽躁(きょうそう):軽々しく落ち着かない。 注:破壊(はえ):破壊。 注:龍象(りゅうぞう):巨大の意。仏及び釈迦族を象徴する動物。 注:大仙(だいせん):仏。仙は不死を得た者をいう。 注:金剛幢(こんごうどう):仏の金剛身の存在を表す標柱。 注:非常(ひじょう):無常。 注:怖畏(ふい):恐れること。 |
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六種子一芽 一水之所雨 四引之深根 二觚五種果 三際同一體 煩惱之大樹 牟尼大象拔 而不免無常 猶如飾棄鳥 樂水吞毒蛇 忽遇天大旱 失水而身亡 駿馬勇於戰 戰畢純熟還 猶火緣薪熾 薪盡則自滅 如來亦如是 事畢歸涅槃 |
『六種子に一芽(げ)、一水の雨ふらす所、 四もに引く深き根、二觚(こ、さかづき)に五種の果なり。 三際に一体を同じうする、煩悩の大樹を、 牟尼の大象抜きしも、無常をば免れず。 なお飾棄鳥の、水を楽(ねが)いて毒蛇を呑むむも、 忽ち天の大旱に遇い、水を失うて身を亡ぼすが如し。 駿馬の戦に於いて勇ましく、戦おわれば純熟にて還るがごとく、 なお火の薪に縁じて熾(おこ)り、薪尽きて則ち自ら滅するが如し。 如来もまたかくの如く、事おわれば涅槃に帰す。 |
『六粒の種(六根)に、一本の芽(一心)が出る。 一水(一心)より降る雨(煩悩)。 四方(四大)に張った、深い根(六根)。 二つの大杯(身心二法)に盛った、五種の果実(五陰)。 過去未来現在の三世に、ただ一つの身体。 煩悩の大樹、 仏の大象は、その大樹を抜くが無常を免れない。 孔雀が、 水を飲もうとして、好物の毒蛇を呑込むようだ! 日照りが続けば、水分を失って身を亡ぼす。 駿馬が、 戦に於いては勇ましく、戦が終れば従順なように、 火が、 薪が有れば盛んに燃え、薪が尽きれば火が消えるように、 仏もまた、 事が終われば、涅槃に帰る。
注:六種子に一芽(げ):六根(眼耳鼻舌身意)によって一心生ずる。種子(しゅじ)はたね。 注:一水の所雨(しょう):一心は漏(ろ、煩悩)の雨をふらす。所雨は雨のように降るもの、即ち雨。 注:四(よ)もに引く深き根:六根(肉体)は地水火風の四大に根ざす。 注:二觚(こ)に五種の果:身心の二法に色受想行識の五法を盛る。 注:三際(さんさい):過去、未来、現在の三世。 注:飾棄鳥(じききちょう):飾って顧みざる鳥。孔雀。毒蛇を好んで食う。 注:純熟(じゅんじゅく):熟練。従順。 |
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猶如明月光 普為世除冥 眾生悉蒙照 而復隱須彌 如來亦如是 慧光照幽冥 為眾生除冥 而隱涅槃山 名稱勝光明 普照於世間 滅除一切冥 不停若迅流 善御七駿馬 軍眾羽從遊 光光日天子 猶入於崦嵫 日月五障翳 眾生失光明 奉火祠天畢 唯有燋K煙 |
『なお明月の光の、普く世の為に冥を除くに、 衆生悉く照を蒙れど、また須弥に隠(かく)るるが如し。 如来もまたかくの如く、慧の光もて幽冥を照らし、 衆生の為に冥を除くも、涅槃の山に隠る。 名称勝るる光明もて、普く世間を照らし、 一切の冥を滅除せるも、停らざること迅流の如し。 善く七の駿馬を御し、軍衆は羽従して遊ぶ、 光光たる日天子は、なお崦嵫(えんじ、西の山)に入れるが如し。 日月は五障に翳(かげ)り、衆生は光明を失えり、 火を奉じて天を祠りおわりて、ただ燋(たいまつ)に黒煙有るのみ。 |
『明るい月が、 普く、世間の闇を除いて、 衆生は、その光を蒙るが、 やがて、月は須弥山の向こうに隠れるように、 仏もまた、 智慧の光で、暗がりを照らし、 衆生は、その光を蒙って闇を除くが、 やがて、仏は涅槃の山に隠れる。 勝れた光明で、普く世間を照らし 一切の闇を、悉く除滅するが、 速い、流れのように停らない。 七頭の駿馬(七覚分)を善く御し、 軍衆(弟子衆)は鳥の翼のように寄り添う。 光り輝く日の天子が、 西の山に没むように、 日の光は、 五つの、障(さわり)に遮られ、 衆生は、光明を失う。 まるで、 天を祠って、盛んに火を燃やし、 祠りが終って、ただ黒煙が立上るように。
注:須弥(しゅみ):世界の中心に聳える高山。須弥山(しゅみせん)。 注:幽冥(ゆうみょう):薄暗いこと。 注:滅除(めつじょ):除いて消滅させる。 注:迅流(じんる):速い流れ。 注:七駿馬(しちしゅんめ):七賢(しちけん)、煩悩を滅するに至る前の七位階。または七覚分(しちかくぶん)、覚りの主要な七部分である、念、択法、精進、喜、軽安、定、捨。 注:軍衆(ぐんしゅ):弟子たちに譬える。 注:羽従(うじゅう):鳥の翼のようにぴったりと寄り添う。 注:光光(こうこう):光かがやくさま。 注:日天子(にちてんし):釈迦族はまた日種の王を祖先とする。 注:崦嵫(えんじ):日の没む西の山。 注:五障(ごしょう):五力(信、勤、念、定、慧)に対する五つの障害、即ち欺、怠、瞋、恨、怨。 |
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如來已潛輝 世失榮亦然 絕恩愛希望 普應眾生望 眾生望已滿 事畢絕希望 離煩惱身縛 而得真實道 離群聚憒亂 入於寂靜處 神通騰虛遊 苦器故棄捨 癡冥之重闇 智慧光照除 煩惱之埃塵 智水洗令淨 不復數數還 永之寂靜處 |
『如来すでに輝きを潜むれば、世の栄(よう)を失うこともまた然り、 恩愛の希望を絶ちて、普く衆生の望に応じ、 衆生の望すでに満て、事おわれば希望を絶やす。 煩悩の身を縛るを離れて、真実の道を得、 群聚の憒乱なるを離れて、寂静の処に入り、 神通もて虚(こ)に騰(のぼ)りて遊べるも、苦器の故に棄捨す。 癡冥の重闇を、智慧の光を照して除き、 煩悩の埃塵を、智水もて洗いて浄めしむるも、 またしばしばは還らず、永く寂静の処に之(ゆ)けり。 |
『仏は、 すでに輝きを潜めた、世間も同じように光を失う。 恩愛(おんない、肉親の愛情)を絶ちきって、衆生の望に応えたが、 衆生の望がすでに満ちれば、事を終って望を絶やす。 身を縛る、煩悩を離れて真実の道を得、 群がる人の、乱れた心を離れて寂静の処に入る。 神通の身は、虚空に遊ぶ力をもつが苦を盛る器の故に捨て、 愚かさの闇は幾重にも重なるが、智慧の光で照し除き、 煩悩の塵は、智慧の水で洗って浄める。 もう、 遭うことは無かろう! 寂静の処へ入られたからには。
注:恩愛(おんない):肉身の愛情。 注:希望(けもう):ねがい。 注:憒乱(けらん):心が乱れる。 注:神通(じんつう):超人的精神の働き。 注:苦器(くき):苦を盛る器。 注:棄捨(きしゃ):惜しみなく、ぽいと捨てる。 注:癡冥(ちみょう):愚かさの暗闇。 注:重闇(じゅうあん):幾重にも重なる闇。 注:埃塵(あいじん):塵と埃。 注:寂静処(じゃくじょうじょ):煩悩と苦しみの無い静かな処。 |
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滅一切生死 一切悉宗敬 令一切樂法 以慧充一切 悉安慰一切 一切コ普流 名聞遍一切 重照迄於今 諸有競コ者 於彼哀愍心 四利不為欣 四衰不以慼 善攝於諸情 諸根悉明徹 澄心平等觀 六境不染著 所得未曾有 得人所不得 以諸出要水 虛渴令飽滿 施人所不施 亦不望其報 寂靜妙相身 悉知一切念 好惡不傾動 力勝一切怨 一切病良藥 而為無常壞 |
『一切の生死を滅して、一切は悉く宗敬す、 一切をして法を楽しましめ、慧を以って一切を充つ。 悉く一切を安慰して、一切の徳は普く流る、 名聞は遍く一切を、重ね照して今に迄(いた)る。 諸の徳を競うこと有る者の、彼の哀愍心に於いて、 四利あれど欣びと為さず、四衰あれどもって慼(うれえ)とせず。 善く諸情を摂して、諸根は悉く明徹なり、 澄心もて平等に観(み)、六境に染著されず。 得し所は未だかつて有らず、人の得ざる所を得、 諸の出要の水を以って、虚渇をして飽満せしむ。 人の施さざる所を施し、またその報を望まず、 寂静たる妙相の身は、悉く一切の念(おもい)を知る。 好悪に傾動せず、力は一切の怨(うらみ)に勝(た)え、 一切の病の良薬なるに、無常の為に壊(やぶ)らる。 |
『仏は、 一切の生死を滅して、一切の衆生に敬われる。 一切の衆生に法を楽しませて、智慧を一切に満たす。 一切の衆生を安らかに慰めて、一切の処に徳が流れる。 名声は一切の処に、今に至るまで流れ続ける。 諸の衆生が、 徳を競って哀れみを請い、 豊に施すが、仏は喜ぶことなく、 乏しい施しにも、それを憂えない。 諸情(しょじょう、心)を、善く摂(せっ、不放逸)し、 諸根(しょこん、眼耳鼻舌身意)は、悉く明徹ならしめ、 心を、澄まして平等に観る。 六境(ろっきょう、色声香味触法)に、染まることなく、 仏の得たものは、かつて有ったことが無く、 人の、かつて得たことの無いものを得る。 出要(しゅつよう、解脱の要旨)の水で、渇いた人を満たし、 人の施さないものを人に施し、その報は一切望まない。 寂静と素晴らしい肉体は、悉く一切の衆生の心を知る。 好悪に傾かず、力は一切の敵に勝る。 一切の病の、 良薬も、無常に破壊される。
注:宗敬(しゅうきょう):崇め敬う。 注:名聞(みょうもん):名称。 注:哀愍心(あいみんしん):哀れみの心。 注:四利(しり):不明。豊に飲食、衣服、臥具、湯薬の供養。 注:四衰(しすい):不明。供養が乏しいこと。 注:諸情(しょじょう):眼耳鼻舌身意の六根に対する、受想行識。六情。また六根を六情ともいう。 注:諸根(しょこん):六根。 注:明徹(みょうてつ):明らかに透徹する。 注:澄心(ちょうしん):澄んだ心。 注:平等(びょうどう):『彼』と『此』、『彼』と『我』と等の差別をしないこと。 注:六境(ろっきょう):色声香味触法。六塵。 注:染著(せんじゃく):染まって汚れること。 注:出要(しゅつよう):出離の要道。解脱の本道。 注:虚渇(こかつ):腹が空いて咽が渇くこと。 注:飽満(ほうまん):腹が膨れて渇きが満たされること。 注:妙相(みょうそう):素晴らしい様相。 注:傾動(きょうどう):傾き動く。 注:良薬(ろうやく):良い薬。 |
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一切眾生類 樂法各異端 普應其所求 悉滿其所願 聖慧大施主 一往不復還 猶若世猛火 薪盡不復燃 |
『一切の衆生の類、法を楽しんで各々端(はし)を異にするも、 普くその求むる所に応じて、悉くその願う所を満つ。 聖慧の大施主、一たび往きてまた還らず、 なお世の猛火の、薪尽きてまた燃えざるが若(ごと)し。 |
『一切の衆生は、 類ごとに、法を楽しむがその糸口が異なる。 仏は、 普く、その求めるものに応じて、 悉く、その願いを満たす。 最高の智慧をもった、 大施主は、往ってしまってもう還らない! 世間の猛火の、 薪が尽きれば、もう燃えることがないように。
注:聖慧(しょうえ):考えられる最高の智慧。 注:猛火(みょうか):盛んな火。 |
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八法所不染 降五難調群 以三而見三 離三而成三 藏一以得一 超七而長眠 究竟寂滅道 賢聖之所宗 已斷煩惱障 宗奉者已度 飢虛渴乏者 飲之以甘露 |
『八法に染められず、五の調え難き群を降し、 三を以って三を見、三を離れて三を成ず。 一を蔵(かく)して以って一を得、七を超えて長く眠る、 寂滅の道を究竟せる、賢聖の宗(あが)むる所は、 すでに煩悩の障を断じ、宗め奉る者をすでに度(ど、渡す)し、 飢えて虚しく渇いて乏しき者、これに飲ますに甘露を以ってす。 |
『仏は、 八法(地水火風と色香味触)に染まらず、調え難い五衆(色受想行識)を降す。 三三昧(空、無相、無作)を以って、三法印(無常、無我、寂滅涅槃)を見る。 三毒(貪瞋癡)を離れて、三学(戒定慧)を成す。 一光を蔵(かく)して、一涅槃を得る。 七垢(欲、見、疑、慢、憍、睡眠、慳)を超えて、涅槃寂滅に眠る。 煩悩の障を断じおわって、崇める者は生死の彼岸に渡し終え、 飢えて渇いた者には、悉くすでに甘露を飲ませた。
注:八法(はっぽう):地水火風の四大、及び色香味触の四塵。 注:五難調群(ごなんちょうぐん):屈伏し難き五つのもの。色受想行識の五陰。人の身心。 注:三を以って三を見る:空、無相、無作の三三昧を以って無常、無我、寂滅涅槃の三法印を見る。 注:三を離れて三を成ずる:貪瞋癡の三毒を離れて、戒、定、慧の三学を成ずる。 注:一を蔵して一を得る:光を蔵して涅槃を得る。 注:七を超えて長く眠る:地水火風空見識の七大、または欲、見、疑、慢、憍、睡眠、慳の七垢を超えて長く涅槃寂滅の境地に眠る。 注:究竟(くきょう):究め尽くす。 注:賢聖(けんじょう):賢は悪を離れて善に和した人。聖は煩悩を除いて生死を離れた人。 注:八五三一七等、本々多様に解すべきものであり、敢えてこれと決めつけるのは、反って作者の意図に反するものであるが、初心を慮り敢えて試た。 |
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被忍辱重鎧 降伏諸恚怒 勝法微妙義 以ス於眾心 修世界善者 植以聖種子 習正不正者 等攝而不捨 轉無上法輪 普世歡喜受 宿殖樂法因 斯皆得解脫 遊行於人間 度諸未度者 未見真實者 悉令見真實 |
『忍辱の重き鎧を被りて、諸の恚怒を降伏し、 勝法の微妙の義は、以って衆心を悦ばしむ。 世界の善を修むる者は、植うるに聖種子を以ってし、 正と不正とを習う者は、等しく摂して捨てず。 無上の法輪を転ずれば、普く世は歓喜して受け、 法を楽(ねが)う因を宿殖せるもの、これ皆解脱を得。 人間を遊行し、諸の未だ度せざる者を度し、 未だ真実を見ざる者は、悉く真実を見しむ。 |
『仏は、 忍辱(にんにく、忍耐)の重い鎧をつけて、恚怒(いぬ、怒り)を降伏し、 勝れた法義で、衆生を喜ばせた。 世間の、 善を修める者には、仏法の種を植え、 正法を習う者も、邪法を習う者も、 等しく摂して捨てることはない。 世間に 無上の法輪を転じるとき、世間は歓喜してこれを受けた。 宿世の因縁で法を楽しむ者は、皆解脱を得たのだ。 世間の巷に遊行して、 まだ彼岸に渡らない者を、悉く渡し、 また真実を見ない者に、悉く見せた。
注:忍辱(にんにく):堪え忍ぶこと。 注:恚怒(いぬ):怒り。 注:降伏(ごうぶく):屈伏させる。 注:勝法(しょうほう):勝れた法門。 注:微妙(みみょう):奥深く考えられないほど素晴らしい。 注:衆心(しゅしん):衆生心。大勢の人の心。 注:聖種子(しょうしゅじ):煩悩を離れる為の種。 注:正不正(しょうふしょう):正法と邪法。 注:法輪(ほうりん):輪は投げると回転する武器。法を、投げて人の心を刈る輪に譬える。 注:宿殖(しゅくじき)の因:前世に種えた因。 注:人間(にんげん):衆生の中の天上の次の位置。畜生の上。または人混み。 注:遊行(ゆぎょう):旅をして乞食すること。 |
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諸習外道者 授之以深法 說生死無常 無主無有樂 建大名稱幢 破壞眾魔軍 進卻無欣慼 薄生歎寂滅 未度者令度 未脫者令脫 未寂者令寂 未覺者令覺 牟尼寂靜道 以攝於眾生 |
『諸の外道を習う者は、これに授くるに深き法を以ってし、 生死の無常なると、主(我)無く楽の有ることの無きを説く。 大名称の幢(どう、旗竿)を建て、衆魔の軍を破壊し、 進むも却くも欣慼(ごんしゃく)無く、生を薄うして寂滅を歎ず。 未だ度せざる者は度せしめ、未だ脱れざる者は脱れしむ、 未だ寂せざる者は寂せしめ、未だ覚らざる者は覚らしめ、 牟尼の寂静の道は、以って衆生を摂す。 |
『仏は、 外道の法を習う者には、より深い法を授けた、―― 『生死は無常であり、『我』も無く、『楽』もない。』 仏法の高い幢(どう、旗竿)を建てて、 魔王の大軍を壊(やぶ)る。 精進する者にも退却する者にも、 喜ぶことも憂えることも無く、 生滅を軽蔑して、寂滅を誉めたたえた。 まだ彼岸に渡らない者を渡し、 まだ生死を解脱しない者を解脱させ、 まだ寂滅しない者を寂滅させ、 まだ覚らない者を覚らせ、 寂静の道で、 衆生の心を捕らえたのだ。
注:名称(みょうしょう):名声。 注:幢(どう):仏法の存ることを示す高い旗竿。 注:衆魔(しゅま):多くの魔天。 注:破壊(はえ):破壊。 注:欣慼(ごんしゃく):悦びと憂え。 注:寂滅(じゃくめつ):涅槃。 注:歎(たん)ずる:誉めたたえる。 注:度(ど):生死の川を渡す。 注:寂(じゃく):煩悩を滅する。 注:牟尼(むに):釈迦の尊称。 注:摂(せっ)する:納め取る。 |
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眾生違聖道 習諸不正業 猶若大劫盡 持法者長眠 密雲震霹靂 摧林雨甘澤 少象摧棘林 識養能利人 雲離象老悴 斯皆無所堪 破見能成見 於世度而度 已壞諸邪論 而得自在道 |
『衆生は聖道に違いて、諸の不正の業を習う、 なお大劫尽きて、法を持(たも)てる者の長く眠れるが若し。 密雲は霹靂を震わせ、林を摧いて甘沢を雨ふらし、 少(わか)き象は棘林を摧き、識は能利の人を養う。 雲は離れ象は老悴する、これ皆堪うる所無し、 見を破りよく見を成し、世の度すべきを度し、 すでに諸の邪論を壊り、自ら在る道を得(う)。 |
『衆生は、 正法に背いて、 諸の不善の業を行っていた。 世界の終りに、 法を保持した者が、眠ってしまったように。 仏は、 密雲が、雷鳴と稲妻とで大地を震わせるように、 林の木々が折れるほど、慈雨を降らせるように、 若い象が、棘の林を摧くように、 知識が、賢い人を養うようにした。 今、 雲は離れて象は老いた。 もうこれ等の事を為すには堪えられない。 邪見を破って正見を成した者は、 世間の渡すべきを渡した者は、 邪論を破り尽くした者は、 自ら在るという涅槃の道を得たのだ。
注:聖道(しょうどう):違うべからざる最高最善の道。 注:大劫(だいこう):世界の生成から消滅までの周期。非常に長い時間。 注:密雲(みつうん):重い雲。 注:霹靂(ひゃくりゃく):雷鳴。 注:甘沢(かんたく):草木を潤す雨。時雨。慈雨。 注:棘林(こくりん):棘(とげ)の林。 注:能利(のうり):能力と利発。 注:老悴(ろうすい):老いて疲れる。 |
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今入於大寂 世間無救護 魔王大軍眾 奮武震天地 欲害牟尼尊 不能令傾動 如何忽一朝 非常魔所壞 天人普雲集 充滿虛空中 畏無窮生死 心生大憂怖 |
『今大寂に入り、世間には救護無し、 魔王の大軍衆、武を奮いて天地を震わす。 牟尼尊を害せんと欲すれど、傾動せしむること能(あた)わず、 如何(いかん)が忽ち一朝にして、非常の魔に壊らるる。 天人は普く雲集して、虚空の中に充満し、 窮まり無き生死を畏れて、心に大憂怖を生ず。 |
『仏は、 今涅槃に入り、世間には救い護る者が無い。 魔王の大軍が、 武を奮って天地を震わす。 魔王はかつて、 仏を害そうとしたが、傾けることさえできなかった。 何故、 とつぜん、無常の魔に破れたのだろう? 天人は、 普く雲が湧くように集まって、虚空中に充満し、 終ることの無い生死を畏れて、心が憂え怯えている。
注:大寂(だいじゃく):仏の涅槃。大は仏を敬っていう美称。 注:救護(くご):救い護る者。救護者。 注:牟尼尊(むにそん):釈迦の尊称。 注:傾動(きょうどう):傾けて動かす。 注:非常(ひじょう):無常。 注:雲集(うんじゅう):雲のように集まる。 注:憂怖(うふ):憂えと恐れ。 |
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世間無遠近 天眼悉照見 業報諦明了 如觀鏡中像 天耳勝聰達 無遠而不聞 昇虛教諸天 遊步化人境 分身而合體 涉水而不濡 憶念過去生 彌劫而不忘 諸根遊境界 彼彼各異念 知他心通智 一切皆悉知 神通淨妙智 平等觀一切 悉盡一切漏 一切事已畢 智捨有餘界 息智而長眠 |
『世間は遠近無し、天眼もて悉く照らし見るに、 業報は諦(あき)らかにして明了なること、鏡中の像を観るが如し。 天耳は勝れて聡達し、遠くして聞こえざるもの無く、 虚(こ)に昇りて諸天に教え、遊歩して人境に化す。 身を分かち体を合せ、水を渉(わた)れども濡れず、 過去の生を憶念して、弥劫をも忘れず。 諸根を境界に遊ばすに、彼と彼とは各々念(おもい)を異にするも、 知他心通の智もて、一切は皆悉く知る。 神通の浄妙の智もて、平等に一切を観、 悉く一切の漏(ろ)を尽くして、一切の事すでにおわるに、 智を有余の界に捨て、智を息(やす)めて長く眠る。 |
『天眼は、 世間を、遠くも近くも等しく照し見る、 善悪の、業によって受ける報は、 鏡中の、像を観るように明らかだ。 天耳は、 総てがはっきりと聞こえ、 何れほど遠くても聞こえないものが無い。 神足は、 虚空に昇って諸天に教え、人間界を遊び歩いて悪を善に化す。 身を多数に分かち、また一つに合わせる。 水の上を歩いて、濡れることも無い。 宿命通は、 過去の生を記憶して、無数の劫(こう、世界の生滅の周期)を忘れない。 知他心は、 一切の衆生は皆諸根を境界に遊ばせて、各々その願いが異なるが、 一切の衆生の願いを、皆悉く知る。 漏尽通は、 清浄にして微妙の智慧は、一切の衆生を平等に観るが、 一切の漏(ろ、煩悩)を尽くして、一切の事を終えると、 智慧は世間に捨て去って、長く涅槃の眠りに入る。
注:遠近(おんごん):遠いと近い。 注:天眼(てんげん):物を見とおす眼。 注:業報(ごうほう):前世の善悪の行いによる報。 注:明了(みょうりょう):明了。 注:天耳(てんに):聞き漏らすことのない耳。 注:聡達(そうたつ):邪魔されずに聞き通す。 注:遊歩(ゆぶ):遊び歩く。 注:人境(にんきょう):人間界。 注:憶念(おくねん):記憶。 注:弥劫(みこう):劫よりも長い。 注:知他心通(ちたしんつう):他人の心を知る神通力。 注:有余界(うよかい):残りの世界。涅槃以外。 |
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眾生剛強心 見則得柔軟 鈍根諸眾生 見則慧明利 無量惡業過 見各得通塗 一旦忽長眠 誰復顯斯コ 世間無救護 望斷氣息絕 誰以清涼水 灑之令蘇息 |
『衆生の剛強なる心も、見れば則ち柔軟を得、 鈍根の諸の衆生も、見れば則ち慧は明利なり。 無量の悪業の過あるも、見れば各々通ずる塗(みち)を得、 一旦忽ち長く眠り、誰かまたその徳を顕す。 世間には救護無く、望断えて気息絶ゆ、 誰か清涼の水を以って、これに灑(そそ)ぎ息を蘇らしむ。 |
『頑なな衆生の心も、仏を見れば柔軟になり、 鈍根な衆生の心も、仏を見れば智慧が明利になり、 無量の悪業を犯した衆生も、仏を見れば涅槃に道が通じる。 ある日、とつぜん長い眠りに入ったが、 この後、誰がこのような徳を顕せよう? 世間には救い護る者が無い、望は絶え気息も断たれた! 誰が、清涼の水を灑(そそ)いで、息を蘇らすのだろう?
注:剛強(ぎょうきょう):強情。 注:鈍根(どんこん):覚りがたく鈍い性格。 注:気息(きそく):いき。 注:清涼(しょうりょう):清らかで涼しい。 |
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所作自事畢 大悲已長息 世間愚癡網 誰當為壞裂 向生死迅流 誰當說令反 群生癡惑心 誰說寂靜道 誰示安隱處 誰顯真實義 眾生受大苦 誰為慈父救 |
『作す所の自らの事おわり、大悲はすでに長く息む。 世間の愚癡の網をば、誰かまさに為に壊り裂く、 生死の迅流に向かいて、誰かまさに説いて反さしむ、 群生の癡惑の心に、誰か寂静の道を説く、 誰か安穏の処を示し、誰か真実の義を顕す。 衆生の受くる大苦を、誰か慈父と為りて救う。 |
『為すべき事をおえて、仏はすでに休んでしまった! 世間の愚癡の網は、誰が切り裂くのだろう? 生死の流れに漂う衆生は、誰が法を説いて引き反させるだろう? 愚癡と疑惑の心に、誰が寂静の道を説くのだろう? 誰が安穏の処を指し示し、誰が真実の義を顕すのだろう? 衆生の受ける大苦は、誰が慈父と為って救うのだろう?
注:大悲(だいひ):人の悲しみを抜く力を悲という。大は仏故の美称。 注:愚癡(ぐち):真理を知らない愚かさ。 注:迅流(じんる):速い流れ。 注:癡惑(ちわく):愚かさ故の惑い。 |
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猶多訟志忘 馬易土失威 王者亡失國 世無佛亦然 多聞無辭辯 為醫而無慧 人王失光相 佛滅俗失榮 良駟失善御 乘舟失船師 三軍失英將 商人失其導 疾病失良醫 聖王失七寶 眾星失明月 愛壽而失命 世間亦如是 佛滅失大明 |
『なお多くの訟志を忘れ、馬は土に易(かわ)りて威を失い、 王者亡(ほろ)びて国を失うがごとく、世に仏無きもまた然り。 多聞も辞辯無く、医と為るも慧無し、 人王は光相を失い、仏滅して俗は栄を失う。 良駟は善御を失い、舟に乗るは船師を失う、 三軍は英将を失い、商人はその導を失う、 疾病に良医を失い、聖王は七宝を失う、 衆星は明月を失い、寿(いのち)を愛(おし)むもの命を失う、 世間もまたかくの如く、仏滅して大明を失えり。』 |
『多くの者が、 戦いの志を忘れたかのように、 駿馬と土馬とを交換して、威厳を失っている。 仏を失った世間は、 王が死んで、国が滅んだかのようだ。 多聞(たもん、多くの知識)の者には、弁舌が無く、 医者には、智慧が無い。 王が自らの栄光を失うように、仏を失って世間は輝きを失った。 四頭立ての馬車が御者を失ったように、乗る舟が船頭を失ったように、 三軍が英将を失ったように、隊商が道案内を失ったように、 重病人が良医を失ったように、聖王が七つの宝を失ったように、 諸の星から明月を失ったように、命を愛する者が命を失ったように、 世間もまた、同じように、 仏を失って、大きな明かりが消えた。』
注:訟志(じゅし):訴訟を起す志。 注:多聞(たもん):智慧の多い人。 注:辞辯(じべん):言葉を話すこと。 注:人王(にんのう):人の王。 注:光相(こうそう):仏の全身から発せられる光。 注:良駟(ろうし):良い四頭立ての馬車。 注:善御(ぜんご):良い御者。 注:船師(せんし):船頭。 注:三軍(さんぐん):全軍。または軍隊の通称。 注:英将(ようしょう):英雄の大将。 注:聖王(しょうおう):神話上の全世界の王。転輪聖王(てんりんじょうおう)。 注:七宝(しっぽう):転輪聖王の七つの宝。金輪、白象、紺眼、神珠、玉女、主蔵臣、主兵臣。 注:衆星(しゅしょう):多くの星。 注:明月(みょうがつ):明るい月。 注:大明(だいみょう):明かり。仏故に大の美称をつける。 |
諸の力士衆は嘆いて仏身を荼毘に付すが火が燃えない
如是阿羅漢 所作皆已畢 諸漏悉已盡 知恩報恩故 纏綿悲戀說 歎コ陳世苦 諸未離欲者 悲泣不自勝 其諸漏盡者 唯歎生滅苦 |
かくの如き阿羅漢は、作すべき所は皆すでにおわり、 諸漏悉くすでに尽きたるも、恩を知り恩に報ゆるが故に、 纏綿と悲恋して説き、徳を歎じ世の苦を陳(の)ぶ。 諸の未だ欲を離れざる者は、悲しみ泣いて自ら勝(た)えず、 その諸漏尽くる者は、ただ生滅の苦を歎ずるのみ。 |
このような、 阿羅漢は、 為すべき事は、すでに為しおわり、 諸漏(しょろ、微かな煩悩)も、悉く尽きているが、 恩を知り恩に報いんが為に、長々と果てしなく悲しみ、 仏を恋い、仏の徳を歎じて世の苦を述べる。 弟子たちの中の、 まだ欲を離れない者たちは、 悲しんで泣いて自ら堪えられず、 諸漏の尽きた者たちは、 ただ生滅の苦を歎じる。
注:阿羅漢(あらかん):煩悩を断じ生滅を尽くした聖人。小乗では仏と同列に考える。 注:諸漏(しょろ):煩悩を断じてもなお残る微かな煩悩。漏は閉じてなお漏れるの意。 注:纏綿(てんめん):心にまつわりついて離れないさま。 注:悲恋(ひれん):悲しんで恋う。 |
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時諸力士眾 聞佛已涅槃 亂聲慟悲泣 如群鵠遇鷹 悉來詣雙樹 睹如來長眠 無復覺悟容 椎胸而呼天 猶師子搏犢 群牛亂呼聲 |
時に諸の力士衆、仏すでに涅槃せるを聞き、 声を乱し慟(なげ)き悲泣し、群鵠の鷹に遇えるが如し。 悉く来たりて双樹に詣(いた)り、如来の長く眠れるを睹(み)るに、 また覚悟の容(かたち)無く、胸を椎(う)ちて天を呼び、 なお師子の犢(こうし)を搏(う)ち、群牛声を乱して呼ぶが如し。 |
その時、 諸の力士たちは、 仏が、すでに涅槃に入ったと聞いて、 白鶴の群が、鷹に遇ったかのように、 声を、乱して激しく泣き叫び、 彼の双樹の本に来て、長く眠る仏の姿を見る。 皆は悉く、 無常を、覚ったようすも無く身を振り乱し、 胸を打ち、天を仰いで呼ばわった。 まるで、 師子に、捕らえられた仔牛を 群がる牛が、声を乱して呼ばわるように。
注:力士(りきし):摩羅(まら)国拘尸那竭羅(くしながら)城に住む強力の種族。末羅(まつら)族。 注:悲泣(ひきゅう):悲しんで泣く。 注:群鵠(ぐんこう):白鶴の群。 注:双樹(そうじゅ):二本の娑羅の樹。 注:覚悟(かくご):真理を会得して真智を開くこと。 注:天を呼ぶ:天に去ろうとする魂に『帰ってこい』と呼びかける。葬送の儀礼。 注:群牛(ぐんご):牛の群。 |
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中有一力士 心已樂正法 諦觀聖法王 已入於大寂 言眾生悉眠 佛開發令覺 今入於大寂 畢竟而長眠 為眾建法幢 而今一旦崩 如來智慧日 大覺為照明 精進為炎熱 智慧耀千光 滅除一切闇 如何復長冥 一慧照三世 普為眾生眼 而今忽然盲 舉世莫知路 生死大河流 貪恚癡巨浪 法橋一旦崩 眾生長沒溺 |
中に一力士有り、心すでに正法を楽しみ、 聖法の王の、すでに大寂に入れるを諦観して、 言わく、『衆生悉く眠れるに、仏は開発して覚まさしめ、 今大寂に入り、畢竟じて長く眠れり。 衆の為に法幢を建つるに、今一旦にして崩る、 如来智慧の日は、大覚を照明と為し、 精進を炎熱と為し、智慧もて千光を輝かし、 一切の闇を滅除せるも、如何がまた長く冥(くら)き。 一慧もて三世を照らし、普く衆生の眼と為れるに、 今忽然として盲(めしい)となり、世を挙げて路を知るもの莫し。 生死は大河の流、貪恚癡は巨浪、 法の橋の一旦にして崩るるに、衆生は長く没溺せん。』 |
その中の、 ある力士は、 心がすでに、正法を楽しんでいたので、 仏が、すでに涅槃に入ったのを観てこう言った、―― 『衆生が、 皆、悉く眠っていたとき、 仏は、 それを、起して目覚めさせたが、 ついに今、涅槃の長い眠りに入った。 衆生の為に建てられた、 法幢(ほうどう、法を示す標柱)は、今一朝にして崩れ去る。 仏は、 智慧の日として、 覚りの光で明るく照らし、 精進の熱は炎を上げ、 智慧の輝きは千の光となって、 一切の闇を滅除したが、 世間は、 またしても、暗闇になってしまった。 一つの智慧で、 三世を普く照し、 衆生の眼でもあったものが、 衆生は、 今、にわかに眼を失って盲となり、 世間に、誰一人路を知るものが無くなった。 生死の、 大河は流れ、貪恚癡の巨浪が揚がる。 法の橋は、 一朝にして、崩れた。 衆生は、 長く没み、溺れ続けることだろう。』
注:正法(しょうぼう):正しい法。仏道。 注:聖法(しょうぼう):正法。 注:諦観(たいかん):明了に観察する。 注:開発(かいほつ):心を開かせて菩提心(ぼだいしん、仏に成ろうと思う心)を起させる。 注:畢竟(ひっきょう):結局。ついには。 注:法幢(ほうどう):仏法の存ることを示す旗竿。 注:一旦(いったん):一朝。 注:大覚(だいがく):覚り。仏故に大の美称をつける。 注:照明(しょうみょう):明るく照らす日の光。 注:忽然(こつねん):とつぜん。 注:貪恚癡(とんいち):貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)、愚癡(ぐち)。 注:没溺(もつにゃく):おぼれる。 |
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彼諸力士眾 或悲泣號咷 或密感無聲 或投身[跳-兆+辟]地 或寂默禪思 或煩冤長吟 辦金銀寶輿 香花具莊嚴 安置如來身 寶帳覆其上 具幢幡華蓋 種種諸伎樂 |
彼の諸の力士衆、或いは悲泣して号咷(ごうどう)し、 或いは密(ひそか)に感じて声無く、 或いは身を投じて地を躃(たお)れ、 或いは寂黙として禅思し、或いは煩冤して長く吟(うめ)く。 金銀宝の輿(こし)を辦じて、香花もて具(つぶさ)に荘厳し、 如来の身を安置して、宝の帳もてその上を覆い、 幢幡と華蓋、種種諸の伎楽を具(そな)う。 |
諸の力士たちの、 ある者は、悲しんで大声で泣き叫び、 ある者は、声を忍んで泣き、 ある者は、身を地に投じて倒れ、 ある者は、静かに黙って考え、 ある者は、憂え悶えて長く吟(うめ)いている。 そして、 金銀宝石で飾り付けた輿(こし)をあつらえて、 隅々まで厳かに香花で飾り付け、その上に、 仏の身を安置して、宝石をちりばめた帳(とばり)で覆い、 種種の旗を掲げて、花の天蓋を差し掛け、 種種の、音楽を奏でて行列した。
注:号咷(ごうどう):大声で泣き叫ぶ。 注:寂黙(じゃくもく):静かに黙る。 注:禅思(ぜんし):禅は梵語、寂静と訳す。静かに考えること。 注:煩冤(ぼんおん):憂えもだえて恨む。憂えで胸がいっぱいになる。 注:荘厳(しょうごん):厳かに飾る。 注:幢幡(どうばん):幢は竿柱を高く建てて、種種の糸や布で荘厳したもの。仏前にこれを建てて表することにより、群生を靡かせ、悪衆を制す。幡は仏の威厳を示す荘厳の具。大将の旌旗の如きもの。 注:華蓋(けがい):種種の花で飾り付けた天蓋。 注:伎楽(ぎがく):音楽。 |
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諸力士男女 導從修供養 諸天散香花 空中鼓天樂 人天一悲歎 聲合而同哀 入城見士女 長幼供養畢 出於龍象門 度凞連河表 到諸過去佛 滅度支提所 積牛頭栴檀 及諸名香木 置佛身於上 灌以眾香油 以火燒其下 三燒而不燃 |
諸の力士の男女は、導き従いて供養を修め、 諸の天は香花を散じて、空中に天楽を鼓(う)つ。 人天は一に悲歎し、声を合わせて哀しみを同じうし、 城に入りて士女、長幼の供養しおわるを見る。 龍象門を出でて、煕連河(きれんが)の表を度(わた)り、 諸の過去の仏の、滅度せる支提(しだい)の所に到れり。 牛頭栴檀(ごづせんだん)、及び諸の名香木を積み、 仏の身を上に置き、潅(そそ)ぐに衆の香油を以ってし、 火を以ってその下を焼くに、三たび焼いて燃えざり。 |
輿の前後には、 諸の力士の男女が従って、香を焼いて花を散らす。 諸の天も香花を散らして、空中にて天の音楽を奏でる。 輿に従う、 人天は、同じように悲しんで溜息をつき、 声を合わせて嘆きながら、城中に入った。 輿に向かって、 男も女も、老いた者も幼い者も、 皆が香を焼き、花を散らして供養する。 輿は、 龍象門(りゅうぞうもん、仏の為の門)より出て、 煕連河(きれんが、拘尸那竭羅辺の河の名)の向こう岸に渡り、 諸の過去の仏の涅槃を記念する塔に着いた。 そこで、 牛頭栴檀(ごづせんだん、最高の香木)、及び名高い香木を積み上げ、 仏の身を、その上に置いて香油を灑(そそ)ぎかけ、 火を、薪の下に着ける。 三度試みたが、三度とも火が消えた。
注:天楽(てんがく):天の音楽。 注:人天(にんてん):人と天と。 注:悲歎(ひたん):悲しんで歎(なげ)く。 注:士女(しにょ):壮年の男女。 注:龍象門(りゅうぞうもん):龍象は巨大を象徴する物。仏、または釈迦族の象徴。 注:煕連河(きれんが):拘尸那竭羅城に面する河。阿恃多伐底(あじたばつてい)ともいう。 注:滅度(めつど):世間に滅して生死の彼岸に度るの意。涅槃。 注:支提(しだい):土石を積聚した記念塔。舎利(仏骨)有るを塔婆といい、無いのを支提という。 注:牛頭栴檀(ごづせんだん):牛頭山に産出する上等の栴檀。栴檀は香木の名。 |
大迦葉を待って火が燃え、舎利を城中の高楼に安置する
時彼大迦葉 先住王舍城 知佛欲涅槃 眷屬從彼來 淨心發妙願 願見世尊身 以彼誠願故 火滅而不燃 迦葉眷屬至 悲歎俱瞻顏 敬禮於雙足 然後火乃燃 內絕煩惱火 外火不能燒 雖燒外皮肉 金剛真骨存 香油悉燒盡 盛骨以金瓶 如法界不盡 骨不盡亦然 |
時に彼の大迦葉(だいかしょう)、先に王舎城に住(とどま)りて 仏の涅槃せんと欲するを知り、眷属も彼に従うて来たり。 浄心もて妙願を発(おこ)すらく、『願わくは世尊の身を見ん』 彼の誠願を以っての故に、火滅して燃えず。 迦葉と眷属と至りて、悲歎して倶に顔を瞻(あおぎみ)、 双つの足を敬礼し、然る後に火は乃ち燃ゆ。 内には煩悩の火を絶やし、外には火の焼くこと能わず、 外に皮肉を焼くといえども、金剛の真骨存り。 香油は悉く焼き尽くし、骨を盛るに金瓶を以ってす、 法界の尽きざるが如く、骨の尽きざるもまた然り。 |
これより先、 大迦葉(だいかしょう、十大弟子の中の少欲知足第一)は、 王舎城で、仏が涅槃に入ると聞き、 間に合うよう、眷属を従えて路を急いだ。 少欲知足の、 清浄な心は、『何うか間に合って、仏身を見られるように。』と願う。 浄い心が、 天にとどき、火は消えて燃え上がらない。 大迦葉と眷属とは、 悲しみ歎きながら、仏の顔を仰ぎ見、 恭しく足に向かって礼をすると、その時、 火が、 ようやく燃え上がった。 仏の、 内なる煩悩の火はすでに絶え、外なる火では焼けない物が遺る。 外の皮肉は焼け尽きたが、金剛の真骨が遺った。 香油は、 悉くを焼き尽くしたが、ただ金瓶に盛られた真骨が遺る。 法界(ほうかい、世間)の尽きない内は、真骨もまた尽きないのだ。
注:大迦葉(だいかしょう):釈迦十大弟子の中の少欲知足第一。教団の後継者。 注:眷属(けんぞく):弟子及び従者。 注:浄心(じょうしん):煩悩を断って清浄なる心。 注:妙願(みょうがん):素晴らしい願い。 注:誠願(じょうがん):真心の願い。 注:敬礼(きょうらい):敬って礼をする。 注:金剛(こんごう):最も硬い金属。 注:金瓶(こんびょう):黄金の瓶。 注:法界(ほうかい):仏法界。または世間、即ち十八界、または一切の有為法と無為法等をいう。 |
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金剛智慧果 難動如須彌 大力金翅鳥 所不能傾移 而處於寶瓶 應世而流遷 奇哉世間力 能轉寂滅法 コ稱廣流布 周滿於十方 隨世長寂滅 唯有餘骨存 大光耀天下 群生悉蒙照 一旦而潛暉 遺骨於瓶中 |
金剛智慧の果は、動かし難きこと須弥の如く、 大力の金翅鳥も、傾け移すこと能わざる所なるも、 しかも宝瓶に処して、世に応じて流遷す。 奇なるかな世間の力、よく寂滅の法を転ずるや、 徳を称えて広く流布し、周(あまね)く十方に満つれど、 世に随うて長く寂滅し、ただ余骨の存ること有るのみ。 大光は天下に輝き、群生は悉く照らすを蒙るも、 一旦にして暉(ひかり)を潜めて、骨を瓶中に遺す。 |
金剛の智慧は、 須弥山(しゅみせん)よりも動かし難く、 金翅鳥(こんじちょう)にも、傾けられない。 しかし、 今は、この宝瓶の中で、世の求めに応じて流遷する。 奇特なるかな、 世間の力(つわもの)!寂滅の法をよく世間に転じて、 徳の名称は広く流布し、十方の世界を普く満たすが、 世間に随うて長く寂滅すれば、ただ遺骨が遺るのみ。 大光を普く天下に輝かして、群生(ぐんしょう、衆生)は悉く光を蒙るが、 一朝にして輝きを潜めれば、骨を瓶中に遺す。
注:須弥(しゅみ):世界の中央に聳える高山。須弥山。 注:金翅鳥(こんじちょう):神話上の龍を食う巨大な鳥。 注:宝瓶(ほうびょう):宝石でできた瓶。 注:流遷(るせん):流れうつる。 |
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金剛利智慧 壞煩惱苦山 眾苦集其身 金剛志能安 受大苦眾生 悉令得除滅 如是金剛體 今為火所焚 彼諸力士眾 勇健世無雙 摧伏怨家苦 能救苦歸依 親愛遭苦難 志強能無憂 今見如來滅 悉懷憂悲泣 壯身氣強盛 憍慢虛天步 憂苦迫其心 入城猶曠澤 持舍利入城 巷路普供養 置於高樓閣 天人悉奉事 |
金剛の利(さと)き智慧は、煩悩の苦山を壊(やぶ)り、 衆苦その身に集まるには、金剛の志よく安んじ、 大苦を受くる衆生には、悉く除滅を得しむ。 かくの如き金剛の体、今火の為に焚(や)かる。 彼の諸の力士衆は、勇健なること世に双(なら)び無く、 怨家の苦を摧伏して、よく苦を救いて帰依し、 親愛して苦難に遭うには、志強くしてよく憂い無きも、 今如来の滅するを見ては、悉く憂えを懐いて悲泣す。 壮身の気は強く盛んにて、憍慢して虚天を歩むも、 憂苦その心に迫りて、城に入るもなお曠沢のごとし。 舎利を持ちて城に入り、巷路にて普く供養し、 高き楼閣に置くに、天人悉く奉事す。 |
奇特なるかな! 金剛の利い智慧は、煩悩の苦の山を衝き崩し、 金剛の志は、苦の集まる身を安んじる。 衆生は、悉く煩悩を断じて受ける大苦を脱れた。 このような、 奇特なる金剛の身体は、今火によって焼かれた。 諸の力士たちは、 勇敢で健康なること世間に双び無く、 敵のような煩悩の苦は、よく制して仏に帰依し、 親愛の情が苦となっても、強い志で憂えない。 しかし、 今、仏の涅槃に遭い、悉く憂い悲しんで泣く、 壮身にて、気力の盛んな者たちに、 おごり高ぶって、虚空を歩くような者たちに、 憂えの苦が、心に迫る。 城中に入ったのに、まだ荒れ野にいるような心地で、 舎利(しゃり、真骨)を奉げて城中に入る。 城中の大路小路では、老若男女が香を焼き花を散らして供養する。 舎利の瓶は、 高い、楼閣に安置され、 天と人とが、悉く事(つか)え奉る。
注:金剛(こんごう):最も硬い武器。山を砕く時に用いる。 注:苦山(くせん):苦の積聚を山に譬える。 注:衆苦(しゅく):多くの苦。 注:勇健(ゆごん):勇敢と健康。 注:怨家(おんけ):敵の家。かたき。 注:摧伏(さいぶく):打砕いて屈伏させる。 注:帰依(きえ):心から頼る。 注:親愛(しんあい):親しい者。両親と子。 注:壮身(そうしん):年若く元気な身体。 注:憍慢(きょうまん):おごって高ぶること。 注:虚天(こてん):虚空。 注:憂苦(うく):憂えて苦しむ。 注:曠沢(こうたく):広い荒れ野。 注:舎利(しゃり):仏の遺骨。 注:巷路(こうろ):狭い道と広い道。大路小路。 注:供養(くよう):供え物をすること。 注:奉事(ぶじ):恭しく仕える。奉仕。 |
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