竹生島
ワキ |
廷臣 |
大臣烏帽子・袷狩衣・白大口 |
ワキツレ |
従身(二人) |
大臣烏帽子・袷狩衣・白大口 |
ツレ |
女 |
小面・唐織 |
シテ |
老人 |
浅倉尉・絓水衣・小格子厚板 |
アイ |
社人 |
能力頭巾・縷水衣・括袴 |
後ツレ |
弁才天 |
小面・天冠・長絹・白大口 |
後シテ |
龍神 |
黒髭・赤頭・龍載・法被・半切 |
ワキ・ワキツレ登場。
ワキ・ワキツレ:〽竹に生まるる鶯の、竹生島詣(もうで)急がん。
ワキ:「そもそもこれは延喜の聖主に仕え奉る臣下なり。さても江州竹生島の明神は、霊神にて御座候う間、君に御暇(おんいとま)を申し、ただいま竹生島に参詣仕り候。
ワキ・ワキツレ:〽四の宮や、河原の宮居末早き、河原の宮居末早き、名も走り井の水の月、曇らぬ御代に逢坂の、関の宮居を伏し拝み、山越近き志賀の里、鳰(にお)の浦にも着きにけり、鳰の浦にも着きにけり。
ワキ:「急ぎ候うほどに、鳰の浦に着きて候。あれを見れば釣船の来たり候。しばらく相待ち、便船を乞わばやと存じ候。
ワキツレ:「しかるべう候。
ツレ・シテ舟に乗りて登場。
シテ:〽面白や頃は弥生の半ばなれば、波もうららに湖(うみ)の面(おも)、
シテ・ツレ:〽霞みわたれる朝ぼらけ。
シテ:〽のどかに通う舟の道、
シテ・ツレ:〽憂き業(わざ)となき、心かな。
シテ:〽これはこの浦里に住み馴れて、明け暮れ運ぶ鱗(うろくず)の、
シテ・ツレ:〽数を尽くして身一つを、助やすると侘人(わびびと)の、隙(ひま)も波間に明け暮れぬ、世を渡るこそ物憂けれ。
シテ・ツレ:〽よしよし同じ業ながら、世に越えけりなこの湖の、
シテ・ツレ:〽名所(などころ)多き数々に、名所多き数々に、浦山かけて眺むれば、志賀の都花園(はなぞの)、昔長等(ながら)の山桜、真野(まの)の入江の舟呼(ふなよ)ばい、いざさし寄せて言問わん、いざさし寄せて言問わん。
ワキはシテ・ツレに問いかけ、問答する。
ワキ:「いかにこれなる舟に便船申そうのう。
シテ:「これは渡りの舟とおぼしめされ候うか。御覧候え釣舟にて候うよ。
ワキ:「こなたも釣舟と見て候えばこそ便船とは申せ。これは竹生島に初めて参詣の者なり。〽誓いの舟に乗るべきなり。
シテ:「げにこの所は霊地にて、歩みを運び給う人を、とかく申さば御心にも違い、または神慮もはかりがたし。
ツレ:〽さらばお舟を参らせん。
ワキ:「うれしやさては誓いの舟、法(のり)の力と覚えたり。
シテ:〽今日はことさらのどかにて、心にかかる風もなし。
地謡:〽名こそささ波や、志賀の浦にお立ちあるは、都人(みやこびと)かいたわしや。お舟に召されて、浦々を眺め給えや。
ワキ上船。
地謡:〽所は湖の上、所は湖の上、国は近江の江に近き、山々の春なれや、花はさながら白雪の、降るか残るか時知らぬ、山は都の富士なれや、なお冴えかえる春の日に、比良(ひら)の嶺(ね)おろし吹くとても、沖漕ぐ舟はよも尽きじ。旅のならいの思わずも、雲居のよそに見し人も、同じ舟に馴れ衣、浦を隔てて行くほどに、竹生島も見えたりや。
シテ:〽緑樹影(かげ)沈んで、
地謡:〽魚(うお)木にのぼる気色(けしき)あり、月海上に浮んでは、兎も波を走るか、面白の島の気色や。
舟着く。一同舟を下りる。
後見は、舟の作り物をかたづける。
シテ:「舟が着いて候。御上がり候え。この尉(じょう)が御道しるべ申そうずるにて候。(社殿の作り物に向い)これこそ弁才天にて候え。よくよく御祈念候え。
ワキ:「承り及びたるよりもいやまさりてありがたう候。ふしぎやなこの所は、(ツレへ向き)女人結界とこそ承りて候うに、あれなる女人は何とて参られて候うぞ。
シテ:「これは知らぬ人の申し事にて候。かたじけなくも九生如来の御再誕なれば、ことに女人こそ参るべけれ。
ツレ:〽のうそれまでもなきものを。
地謡:〽弁才天は女体にて、弁才天は女体にて、その神徳もあらたなる、天女と現じおわしませば、女人とて隔てなし、ただ知らぬ人の言葉なり。
地謡:〽かかる悲願を起こして、正覚年(とし)久し。ししつうおう(師子通王)のいにしえより、利生さらに怠らず。
シテ:〽げにげにかほど疑いも、
地謡:〽荒磯島の松蔭を、たよりに寄する海人(あま)小舟(おぶね)、われは人間にあらずとて、社壇の扉を押し開き(ツレ作り物へ入る)、御殿に入らせ給いければ、翁も水中に、入るかと見しが白波の、立ち帰りわれはこの湖の主(あるじ)ぞと言い捨てて、また波に入らせ給いけり。
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