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はじめに 流離王(るりおう)、または毘流離王(びるりおう)の毘流離(びるり)とは宝石の名です。また瑠璃(るり)、あるいは毘琉璃(びるり)と書かれることもあります。これ等は、印度の言葉の古い音を漢字に当てはめたものであり、これを更に詳しく調べてみますと、毘(び)には『ばらばらに離れて』、琉璃(るり)には『生長する』という意味があります。恐らく、この宝石は群れて見つかることがなく、遠く離れて見つかることから、こう名づけられたのでしょう。また漢語の流離には『ただよう』という意味がありますので、宝石らしさの外に特に意味を持たない瑠璃よりも、より原語に近い訳語であるとも言えます。 流離王は生まれるとすぐに、このような『ばらばらに離れて生長する』という宝石の名を与えられました。しかし、それにはそれなりの因縁があります。 この経には、この名前の因縁から説き起こし、やがてそれが釈迦族の滅亡という怖ろしい事件に発展するまでが説かれています。しかしそれは単なるモチーフ(動機、材料)でしかありません。 この経のテーマ(主題)は、この経の副題にもあるとおり、『等見(とうけん)』ということにあります。等見とは敵と味方とを区別しないことであり、人種、貴賎、貧富、男女、一切を区別せずに等しく見ることです。そして、それはとりもなおさず仏教の基本的テーマでもあるのです。 釈迦族の悲劇は貴賎の区別から始まりました。逆に言えば、この区別さえ無ければ、悲劇もまた無かったのです。現代にも通じる普遍的テーマ、そして因縁とその結果、これ等の重要な事をこの経から学ぶことができます。
この『流離王経』は、大正蔵経中にその名では存在しません。『増一阿含(ぞういちあごん)経巻第二十六』中に『等見品第三十四(二)』の名で採録されているのがそれです。大正蔵経中には、別に単経として『仏説瑠璃王経』というものもあり、ほぼ同一の内容を伝えていますので、ここではそれに因んで、より親しみやすい名に改めました。またこの他にも『四分律(しぶんりつ)巻第四十一』、『弥沙塞部和醯五分律(みしゃそくぶわけいごぶんりつ)巻第二十一』中にも、同趣の記事を見て取ることができます。また増一阿含は数ある小乗経の中でも、特に大乗的な要素を含んでおりますので、その故にこれを択びました。 以上
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『増一阿含経巻第二十六等見品第三十四(二)』
撓繹「含經卷第二十六 東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯 |
増一阿含経巻第二十六 東晋罽賓(けいひん)の三蔵瞿曇僧伽提婆訳す |
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注:瞿曇僧伽提婆(くどんそうがだいば):瞿曇は姓、僧伽提婆は名。 東晋代の罽賓(けいひん、カシミール)国の人、慧遠、竺仏念等と共に諸論を訳す。 |
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等見品第三十四(二) |
等見(とうけん)品第三十四(二) |
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釈迦一族の滅亡を説く。
注:等見(とうけん):自他、彼此、貴賤、貧富、男女等々、一切を等しく見ること。 |
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波斯匿王の娶女と流離王の誕生
聞如是一時。佛在波羅奈仙人鹿野苑中 |
かくの如く聞けり。一時、仏は波羅奈(はらな)の仙人鹿野苑(せんにんろくやおん)中に在(ましま)せり。 |
このように聞いております、―― ある時、 仏は、波羅奈(はらな)国の、仙人鹿野苑(せんにんろくやおん)の中に住まわれていた。
注:一時(いちじ):ある時と訳す。ある特定の時をいう。 注:波羅奈(はらな):ガンジズ河流域の国の名。今のベナレス。 注:仙人鹿野苑(せんにんろくやおん):仙人と鹿の住む森。仙人の修行地。 |
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爾時。如來成道未久。世人稱之為大沙門。爾時。波斯匿王新紹王位。 |
その時、如来道を成すこと未だ久しからざれば、世人はこれを称して大沙門(しゃもん)と為せり。その時、波斯匿(はしのく)王新に王位を紹(つ)げり。 |
その時、 仏は、まだ成道してから間がなかったので、 世間の人は、ただ大沙門(しゃもん、出家)と呼んでいた。 その頃、 舎衛城(しゃえいじょう、国名)では、 波斯匿(はしのく)王が、新に王位を紹(つ)ぐことになった。
注:如来(にょらい):仏(ほとけ)ともいう。真如(しんにょ、真実)来たりの意。 注:成道(じょうどう):確かな道を成就した。仏に成った。真実実現の道を開くこと。 注:沙門(しゃもん):訳して息心、浄志。仏道の修行者。 注:波斯匿(はしのく):憍薩羅(こうさら、コーサラ)国の王。勝光王ともいう。 |
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是時。波斯匿王便作是念。我今新紹王位。先應取釋家女。設與我者。乃適我心。若不見與。我今當以力往逼之。爾時。波斯匿王即告一臣曰。往至迦毘羅衛至釋種家。持我名字。告彼釋種云。波斯匿王問訊起居輕利。致問無量。又語彼釋。吾欲取釋種女。設與我者。抱コ永已。若見違者。當以力相逼。爾時。大臣受王教敕。往至迦毘羅國 |
この時、波斯匿王便(すなわ)ち、この念を作さく、『われ今新に王位を紹げるに、先ずまさに釈家の女を取るべし。もしわれに与うれば、乃ち、わが心に適い、もし与えられずんば、われ今まさに力を以って往き、これに逼るべし。』と。その時、波斯匿王、即ち一臣に告げて曰く、『往きて迦毘羅衛(かびらえ)に至り、釈種の家に至りて、わが名字を持してかの釈種に告げて云え、『波斯匿王が問訊(もんじん)すらく、起居軽利なるやと問いを致して無量なり。』と。また彼の釈に語れ、『われ釈種の女を取らんと欲す。もしわれに与うれば、徳を永く抱くのみ。もし違えらるれば、まさに力を以って相い逼るべし。』と。その時、大臣は王の教勅を受け、往きて迦毘羅国に至れり。 |
この時、 波斯匿王はこう思った、―― 『おれは今新に王位を紹ぐことになった。まず釈迦族の家から娶(めと)ろう。 もし娶れればよし、娶れなければ行って強引に迫ればよいのだ。』 そこで、 一人の大臣にこう言った、―― 『迦毘羅衛(かびらえ、仏の故国)国の、 釈迦族の家に行き、おれの名を告げてこう言え、―― 『波斯匿王は、このようにご挨拶を申しております、 ご機嫌いかがですか?と、無量の言葉で挨拶いたします、と。 そしてこう申されました、 わたしは釈迦族の女を娶りたい。 もし娶られれば、多くの徳があるだろう。 もし違うようならば、力で取ってみせよう、と。』』 そして、 大臣は王の命を受け、迦毘羅国に往きついた。
注:釈家(しゃくけ):釈迦一族。 注:迦毘羅衛(かびらえ)、迦毘羅(かびら、カピラヴァッス):釈迦一族の居城。 注:名字(みょうじ):名前。 注:問訊(もんじん):ねぎらって訊ねる。 注:起居軽利(ききょきょうり):起ったり坐ったりが楽にできる。 |
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爾時。迦毘羅衛釋種五百人。集在一處。是時。大臣即往至五百釋種所。持波斯匿王名字。語彼釋種言。波斯匿王問訊慇懃。起居輕利。致意無量。吾欲取釋種之女。設與吾者。是其大幸。若不與者。當以力相逼 |
その時、迦毘羅衛の釈種五百人、集まりて一処に在りたり。この時、大臣即ち往きて五百の釈種の所に至り、波斯匿王の名字を持し、彼の釈種に語りて言わく、『波斯匿王問訊すること慇懃なり、『起居軽利なるやと意を致すこと無量なり。われは釈種の女を取らんと欲す、もしわれに与うれば、これはそれ大いに幸なり。もし与えずんば、まさに力を以って相い逼るべし。』と。』と。 |
その頃、 迦毘羅衛の釈迦族は五百人が一処に集まっていた。 そこに、 大臣が来て、 波斯匿王の名を告げ、釈迦族たちにこう語った、―― 『波斯匿王は、慇懃にご挨拶を申しあげます、―― ご機嫌いかがかと、常に気にかけております。 わたしは、釈迦族の女を娶ろうと思います。 もし娶らせていただければ、大いに幸い、 しかし否となれば、わが軍の力をお目にかけねばなりません。』』
注:教勅(きょうちょく):王命。 |
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時。諸釋種聞此語已。極懷瞋恚。吾等大姓。何緣當與婢子結親。其眾中或言當與。或言不可與。 |
時に、諸の釈種、この語を聞きおわりて極めて瞋恚を懐けり、『われ等は大姓なり。何なる縁にて、まさに婢の子と親を結ぶべし。』と。その衆中に、或は『まさに与うべし。』と言い、或は『与うべからず』と言えり。 |
その時、 釈迦族たちは、これを聞き、極めて大きな瞋りを懐いた、―― 『われ等は、名族である! 婢の子と、親戚になるような縁が何処にあろうか?』 そして、 釈迦族たちは、たがいに言い合った、―― 『ここはひとつ、与えてみては何うか?』 『いやとんでもない、与えてなるものか!』
注:瞋恚(しんに):瞋(しん)も恚(い)も怒りを懐くこと。 |
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爾時。有釋集彼眾中。名摩呵男。語眾人言。諸賢勿共瞋恚。所以然者。波斯匿王為人暴惡。設當波斯匿王來者。壞我國界。我今躬自當往與波斯匿王相見。說此事情 |
その時、釈有り、彼の衆中に集まり、名を摩訶男(まかなん)というもの、衆人に語りて言わく、『諸賢、共に瞋恚する勿れ。然る所以(ゆえ)は、波斯匿王が為人(ひととなり)の暴悪なればなり。もしまさに波斯匿王来たらば、わが国界を壊(やぶ)るべし。わが今の躬(み)、自ら往くに当りて波斯匿王と相い見え、この事情を説かん。』と。 |
その時、 そこに集まった釈迦族の中の 摩訶男(まかなん)という男が、皆にこう言った―― 『皆さん、賢くふるまい、お腹立ちめさるな! 波斯匿王は、生まれついての凶暴な男だと聞いております。 もし本当に、波斯匿王の軍隊が来れば、国境など訳なく超えてしまいましょう。 今、わたしは自ら往って波斯匿王と会い、話し合ってみましょう。』
注:国界(こっかい):国境。 注:躬(み):身体。 |
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時。摩呵男家中婢生一女。面貌端正。世之希有。時。摩呵男沐浴此女。與著好衣。載寶羽車。送與波斯匿王。又白王言。此是我女。可共成親 |
時に、摩訶男が家中の婢、一女を生み、面貌の端正なること世の希有なり。時に、摩訶男はこの女に沐浴せしめ、好衣を与えて著け、宝羽車に乗せて波斯匿王に送り、また王に白して言わく、『これはこれわが女(むすめ)なり。共に親と成るべし。』と。 |
その頃、 摩訶男の家中には、 婢の生んだ一女がおり、顔かたちは極めて端正、世にも希なほどであった。 摩訶男は、 この女に湯浴みさせ髪を整えさせて、好い衣服を着せると、 珍鳥の羽と宝石で飾った車にのせて、波斯匿王のもとに送りとどけ、 王に、こう言った、―― 『これは、わたしの女(むすめ)です。 これからは、親戚どうしですな!』
注:面貌(めんみょう):顔容。 注:端正(たんじょう):端正。正しく整う。 注:希有(けう):世にもまれ。めずらしい。 注:沐浴(もくよく):沐(もく)は髪を洗い、浴は身体を澡ぐ。 注:好衣(こうえ):立派な衣。 注:宝羽車(ほううしゃ):宝石と珍鳥の羽で飾り付けた車。 注:我女(わがむすめ):自分の息女。 |
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時。波斯匿王得此女極懷歡喜。即立此女為第一夫人。未經數日。而身懷妊。復經八九月生一男兒。端正無雙。世所殊特。時。波斯匿王集諸相師與此太子立字 |
時に、波斯匿王は、この女を得て極めて歓喜を懐き、即ちこの女を立てて第一夫人と為せり。未だ数日を経ずして身は懐妊し、また八九月を経て一男児を生めり。端正なること双(ならび)無く、世に殊特とせられたり。時に、波斯匿王、諸の相師を集めて、この太子の与(ため)に字(な)を立てたり。 |
その時、 波斯匿王は、 この女を見て極めて歓び、第一夫人の位につけた。 夫人は、 日ならずして懐妊し、八九月を経ると一男児を生んだ。 その子も、 やはり極めて端正であり、世間に並びなく際だっていた。 そこで、 波斯匿王は多くの観相師を集め、この太子のために好い名を占わせた。
注:相師(そうし):顔相、体相を占う者。 |
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時。諸相師聞王語已。即白王言。大王當知。求夫人時。諸釋共諍。或言當與。或言不可與。使彼此流離。今當立名。名曰毘流勒。相師立號已。各從坐起而去 |
時に、諸の相師、王の語るを聞きおわり、即ち王に白して言わく、『大王、まさに知るべし、夫人を求めし時、諸の釈は共に諍い、或は『まさに与うべし。』と言い、或は『与うべからず。』と言いて、彼をしてここに流離せしむ。今まさに名を立つべし。名づけて毘流勒(びるろく)と曰う。』と。相師は立ちて号しおわり、各々坐より起ちて去れり。 |
その時、 観相師たちは、 王が語るのを聞いて、王にこう申した、―― 『大王、このように知られよ! 大王が、夫人を求められた時のこと、 釈迦族の者共は、 ある者は『与えよ!』と言い、 ある者は『与えるな!』と言い争い、 この子をして、ここに流離(るり、さまよう)させた。』 観相師たちは、 座より起ち、『今、ここに名を"流離"と号す。』と号しおわると、去っていった。
注:流離(るり):詳しくは毘琉璃(びるり)、宝石の名。但し流離は漢語としては”ただよう”を意味する。 注:毘流勒(びるろく):毘琉璃(びるり)、両反長と訳す。ばらばらに離れて生長するの意。 |
流離太子の遊学と屈辱
時。波斯匿王愛此流離太子。未曾離目前。然流離太子年向八歲。王告之曰。汝今已大。可詣迦毘羅衛學諸射術 |
時に、波斯匿王、この流離太子を愛して、未だかつて目前より離さざりき。然れども流離太子、年(よわい)八歳に向(なんなん)とせしかば、王これに告げて曰く、『汝、今すでに大なり。迦毘羅衛に詣(いた)りて諸の射術を学ぶべし。』と。 |
波斯匿王は、 流離太子をたいへん可愛がり、かたときも目前より離さなかったが、 流離太子が八歳になろうとする時、こう告げた、―― 『お前も、すでに大きくなった。 迦毘羅衛に行って、弓術などを学んでくるがよかろう。』 |
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是時。波斯匿王給諸使人。使乘大象往詣釋種家。至摩呵男舍。語摩呵男言。波斯匿王使我至此學諸射術。唯願祖父母事事教授 |
この時、波斯匿王は諸の使人を給い、大象に乗せ往きて釈種の家に詣らしむ。摩訶男の舎(いえ)に至りて、摩訶男に語りて言わく、『波斯匿王、われをしてここに至らしめ、諸の射術を学ばしむ。ただ願わくは、祖父母、事々に教授したまえ。』と。 |
そして、 波斯匿王は、 太子に大勢の使用人をつけ、大象に乗せると釈迦族の家に行かせた。 太子は、 摩訶男の家につくと、摩訶男にこう言った、―― 『波斯匿王は、わたくしをここに来させて、弓術などを学ぶよう命ぜられました。 どうか、お祖父さま、お祖母さま、事事にご教授してくださいませ。』
注:使人(しにん):召使い。 |
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時。摩呵男報曰。欲學術者善可習之。是時。摩呵男釋種集五百童子。使共學術。時。流離太子與五百童子共學射術 |
時に、摩訶男報(こた)えて曰く、『術を学ばんと欲せば、善くこれを習うべし。』と。この時、摩訶男は釈種より五百の童子を集めて、共に術を学ばしむ。時に、流離太子、五百の童子と共に射術を学べり。 |
それに答えて、 摩訶男はこう言った、―― 『弓術を学ぶには、よく練習しなければならないぞ。』 摩訶男は、 釈迦族の五百の童子を集めていっしょに学ばせ、 流離太子は、 五百の童子と、いっしょに弓術を学んだ。 |
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爾時。迦毘羅衛城中新起一講堂。天及人民.魔.若魔天在此講堂中住。時。諸釋種各各自相謂言。今此講堂成來未久。畫彩已竟。猶如天宮而無有異。我等先應請如來於中供養及比丘僧。令我等受福無窮。是時。釋種即於堂上敷種種坐具。懸諸ヲ蓋。香汁灑地。燒眾名香。復儲好水。燃諸明燈 |
その時、迦毘羅衛の城中にて新に一講堂を起つれば、天、及び人民、魔、もしくは魔天この講堂中に在りて住めり。時に、諸の釈種は、各々自ら相い謂って言わく、『今、この講堂成りてより、未だ久しからずして画彩おわりぬ。なお天の宮の如くして、異なりの有ること無からん。われ等先づ、まさに如来を中に請じて供養し、比丘僧にも及ぶべし。われ等をして福を受けしむること窮まり無からん。』と。この時、釈種即ち堂上に於いて、種種の坐具を敷き、潤iきぬ)の幡蓋を懸け、香汁を地に灑(そそ)ぎ、衆(もろもろ)の名香を焼(た)き、また好水を儲(そ)えて、諸の明灯を燃やせり。 |
その頃、 迦毘羅衛の城中に、新に一講堂が起ち、 天(神)も人民も、魔物や魔天たちさえも、この講堂の中に遷り住んだ。 大勢の釈迦族たちは、たがいに語り合った、 『この講堂は、 まだ新しく画(え)も彩りも鮮やかで、 まるで天の宮殿のようだ! われ等は、 先ず、仏を請じて中で供養し、 次いで、弟子たちを請じることしよう。 そうすれば、 われ等の受ける福も、定めし窮まり無いだろう。』と。 そして、 講堂中に、種種の坐具を敷きつめ、 壁には、美しく絹の布をかけ、 池の中には、香のよい水を満たし、 辺りには、すばらしい香木を焼(た)いた。 また、 好い水と、灯明も十分用意して、 仏を請ずるための、準備をすべて整えた。
注:講堂(こうどう):教を講じる堂。 注:供養(くよう):修行者に飲食を供えて養うこと。 注:比丘僧(びくそう):比丘は修行者、僧は集団。大勢の修行者。 注:坐具(ざぐ):敷物。座布団。 注:幡蓋(ばんがい):壁に垂す旗と天蓋。 |
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是時。流離太子將五百童子往至講堂所。即昇師子之座。時。諸釋種見之。極懷瞋恚。即前捉臂逐出門外。各共罵之。此是婢子。諸天.世人未有居中者。此婢生物敢入中坐。復捉流離太子撲之著地 |
この時、流離太子は五百の童子を将(ひきい)て往き、講堂の所に至りて、即ち師子の座に昇れり。時に、諸の釈種これを見て極めて瞋恚し、即ち前(すす)みて臂を捉えて門外に逐出し、各々共にこれを罵るらく、『これはこれ婢の子なり。諸天、世人も未だ中に居る者有らざるに、この婢の生める物は敢て中に入りて坐れり。』と、また流離太子を捉え、これを撲りて地に著(お)けり。 |
この時、 流離太子は、 五百の童子を将(ひき)いて講堂に来ると、さっと 仏が坐って説法される、師子の座に昇ってしまった。 釈迦族たちは、 これを見て大いに瞋り、 前に進みでると、太子の臂をぐいと捉えて、 門外に逐い出し、皆でこれを罵った、―― 『こらっ、この婢の子めが! 天も人も、まだ誰も中に居らないというのに! この婢の生んだ奴めが、よくも中に入って坐りおったな!』 そして、 流離太子を捉え、またも撲って地に転がした。
注:師子の座:師子は獅子。獅子の吼ゆるがごとくに説法する座。高座。 注:逐出(ちくしゅつ):追い出す。 |
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是時。流離太子即從地起。長歎息而視後。是時。有梵志子名好苦。是時。流離太子語好苦梵志子曰。此釋種取我毀辱乃至於斯。設我後紹王位時。汝當告我此事 |
この時、流離太子は、即ち地より起き、長く歎息して後を視たり。この時、梵志子(ぼんしし)の名を好苦(こうく)というもの有り。この時、流離太子は、好苦梵志子に語りて曰く、『この釈種、われを取りて毀辱して、乃ちここに至れり。もし、われ後に王位を紹がん時、汝まさに、われにこの事を告ぐべし。 |
この時、 流離太子が、 すばやく、地より起ちあがり、 長くため息をついて、後を振り返ると、 婆羅門の子の、好苦(こうく)がいた。 流離太子は、彼にこう語った、―― 『この釈迦族たちは、おれを辱めて、こんなにしやがった! おれが、 もし後になって、王位を紹いだならば、 お前は、 必ずこの事を、おれに告げて憶い出させよ!』
注:梵志子(ぼんしし):梵志の子。梵志は婆羅門の修行者。 注:好苦(こうく):漢語。婆羅門が苦行を好む所から名づけられたか? 注:毀辱(きにく):毀傷と恥辱。傷つけて辱める。 |
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是時。好苦梵志子報曰。如太子教。時。彼梵志子曰三時白太子曰。憶釋所辱。便說此偈 一切歸於盡 果熟亦當墮 合集必當散 有生必有死 |
この時、好苦梵志子報えて曰く、『太子の教の如くに。』と。時に、彼の梵志子、日に三たび時(うかが)いて、太子に白して曰く、『釈に辱めらるるを憶(おも)いたまえ。』と。便ちこの偈を説けり、 『一切は尽くるに帰す、果(このみ)熟するもまたまさに堕つべし、 合い集まるも必ずまさに散ずべし、生有らば必ず死有り。』と。 |
この時、 婆羅門の子の好苦は、こう答えた、―― 『太子の命ぜられるままに!』 そして、 この梵志子は、 日に三度、太子の前に伺いでて、 『釈迦族たちに、辱められたのを憶い出されよ!』と言い、こう歌った、―― 『すべてはやがて尽くるもの、 果(このみ)熟して落つるごと、 離合集散あたりまえ、 生まれて死なぬ道理なし。』と。
注:所:受身。らる。 |
流離王の征行と退却
是時。波斯匿王隨壽在世。後取命終。便立流離太子為王。是時。好苦梵志至王所。而作是說。王當憶本釋所毀辱 |
この時、波斯匿王は寿(よわい)のままに世に在れど、後に命終らせられ、便ち流離太子を立てて王と為せり。この時、好苦梵志は王の所に至りて、この説を作さく、『王、まさに本、釈に毀辱せらるるを憶いたまうべし。』と。 |
この時、 波斯匿王は、 寿命のある間、王位に在ったが、 やがて、 命が終ると、流離太子が王位についた。 婆羅門の好苦は、 王の所に来ると、こう言った、―― 『王よ、昔、釈迦族に辱められたことを憶いだされませ!』
注:随寿取命終:寿は寿星、人の寿命を司る。取は受身、らる。 注:毀辱(きにく):ののしって辱める。 |
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是時。流離王報曰。善哉。善哉。善憶本事。是時。流離王便起瞋恚。告群臣曰。今人民主者為是何人。群臣報曰。大王。今日之所統領。 |
この時、流離王報えて曰く、『善いかな、善いかな。善く本の事を憶(おぼ)ゆ。』と。この時、流離王は、便ち瞋恚を起して、群臣に告げて曰く、『今の人民の主とは、これ何人たるや。』と。群臣報えて曰く、『大王なり、今日は、これに統領せらる。』と。 |
この時、 流離王は、こう答えた、―― 『善いぞ、善いぞ!善くぞ昔の事を憶いださせてくれた!』 そして、 流離王は、 瞋りをつのらせて、大勢の大臣にこう告げた、―― 『今この国の主は、誰か?』 大臣たちは答える、―― 『大王です!今日この国を統治されているのは!』
注:群臣(ぐんしん):大勢の大臣。 注:之:これ。 注:統領(とうりょう):統治。 |
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流離王時曰。汝等速嚴駕。集四部兵。吾欲往征釋種。諸臣對曰。如是。大王。是時。群臣受王教令。即運集四種之兵。是時。流離王將四部之兵。往至迦毘羅越 |
流離王が時に曰く、『汝等、速かに駕(が)を厳(ととの)えて、四部の兵を集めよ。われは往きて釈種を征(たいら)げんと欲す。』と。諸臣対(こた)えて曰く、『かくの如し、大王。』と。この時、群臣は王の教令を受けて、便ち運びて四種の兵を集めたり。この時、流離王は四部の兵を将い往きて、迦毘羅越(かびらおつ)に至れり。 |
流離王は、そこでこう命じた、―― 『お前たちは、 速かに駕(が、天子の乗り物)をととのえて、四部(象、馬、車、歩)の兵を集めよ! おれは、 釈迦族を征伐しに往くぞ!』 大臣たちは答える、『仰せのとおりに、大王!』 そして、 大臣たちは、 王の命ずるままに、四部の兵を運び集め、 流離王は、 四部の兵を将いて、迦毘羅衛に向かった。
注:四部兵(しぶひょう):象兵、馬兵、車兵、歩兵。 注:教令(きょうりょう):命令。 注:迦毘羅越(かびらおつ):迦毘羅衛と同じ。 |
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爾時。眾多比丘聞流離王往征釋種。至世尊所。頭面禮足。在一面立。以此因緣具白世尊 |
その時、衆多の比丘は、『流離王往きて釈種を征(う)つ。』と聞き、世尊の所に至りて、頭面に足を礼し、一面に有りて立ち、この因縁を以って具(つぶさ)に世尊に白せり。 |
その頃、 大勢の比丘(びく、仏道の修行者)が、 『流離王が、釈迦族を征伐しに向かった。』と聞き、 世尊(せそん、仏)の前に進みでると、頭を世尊の足につけて礼をし、 壁際に退いて、聞いたことをつぶさに説いた。
注:衆多(しゅた):大勢。 注:比丘(びく):仏道の修行者。 注:世尊(せそん):世間の尊い者。仏に呼びかけるときの尊称。 注:頭面礼足(づめんらいそく):仏の足に頭をつけて礼をする。 注:一面に在りて立つ:壁際に退いて立つ。 |
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是時。世尊聞此語已。即往逆流離王。便在一枯樹下。無有枝葉。於中結加趺坐。是時。流離王遙見世尊在樹下坐。即下車至世尊所。頭面禮足。在一面立 |
この時、世尊この語を聞きおわりて、即ち往きて流離王を逆(むか)えたまえり。便ち、一枯樹の下に在(ましま)せど、枝葉有ること無く、中に於いて、結跏趺坐したまえり。この時、流離王は、遥かに世尊に樹下に在しまして坐したまえるを見、即ち車を下りて世尊の所に至り、頭面にて足を礼し、一面に在りて立てり。 |
その時、 世尊は、 それを聞きおわると、流離王の来る道を逆にたどり、 一本の枯れ樹の下に、足を組んで坐られた。 その枯れ樹には、一本の枝も一枚の葉も無かった。 この時、 流離王は、 遙かに、世尊が樹の下にて坐っていられるのを見ると、 すぐさま車を降りて、世尊の所にゆき、 進みでて、世尊の足に頭をつけて礼をし、 後に数歩、退いて立った。
注:結跏趺坐(けっかふざ):坐法の名。右足を左股の上におき、左足を右股の上におき、両足裏を外に向けて平らにし、足首を組んで坐る。 |
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爾時。流離王白世尊言。更有好樹。枝葉繁茂。尼拘留之等。何故此枯樹下坐。世尊告曰。親族之廕。故勝外人 |
その時、流離王、世尊に白(もう)して言(もう)さく、『更に好樹の枝葉繁茂せる、尼拘留(にくる)の等(ともがら)有り。何なる故にてか、この枯樹の下に坐したまえる。』と。世尊告げて曰(のたま)わく、『親族の廕(かげ)の故に外の人に勝れたり。』と。 |
そして、 流離王は世尊にこう言った、―― 『もっと、好い樹が有りましょうに! 枝葉のよく茂った、尼拘留(にくる、木陰に適した樹木)のような樹が! 何故、この枯れ樹の下に坐っていられるのですか?』 世尊はこう教えられた、―― 『親族の蔭は、外(ほか)の人の蔭に勝る。』
注:尼拘留(にくる):樹名。一本の樹が横枝から気根を地面に垂し、それを支えにして更に横に広がる巨木。中には一本で数百坪を覆うものさえある。 注:親族の蔭(かげ):釈迦族を象徴する樹の蔭を親族の蔭に譬える。舎夷(しゃい、チーク)樹だという。 |
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是時。流離王便作是念。今日世尊故為親族。然我今日應還本國。不應往征迦毘羅越。是時。流離王即辭還退 |
この時、流離王は、便ちこの念を作さく、『今日、世尊の故に親族たり。然り、われ今日まさに本国に還るべし。まさに往きて迦毘羅越を征つべからず。』と。この時、流離王は、便ち辞して還退せり。 |
これを聞いて、 流離王はこう思った、―― 『世尊に出会ってしまったのだから、今日のところは親族のままでいるか、‥‥ そうだ、今日は日が悪い!本国に引き返して、迦毘羅衛を征(う)つのは止めよう、‥‥』 そして、 流離王は、 別れのことばを口にすると、本国に引き返した。
注:還退(げんたい):引き返す。 |
流離王、再度の退却
是時。好苦梵志復白王言。當憶本為釋所辱。是時。流離王聞此語已。復興瞋恚。汝等速嚴駕。集四部兵。吾欲往征迦毘羅越。是時。群臣即集四部之兵。出舍衛城。往詣迦毘羅越征伐釋種 |
この時、好苦梵志また王に白して言わく、『まさに本、釈の為に辱められたるを憶うべし。』と。この時、流離王は、この語を聞きおわりて、また瞋恚を興せり、『汝等、速かに駕を厳え、四部の兵を集めよ。われは往きて迦毘羅越を征げんと欲す。』と。この時、群臣は即ち四部の兵を集めて舎衛城を出で、往きて迦毘羅越に詣り、釈種を征伐せんとせり。 |
この時、 婆羅門の好苦は、ふたたび王に言った、―― 『昔、釈迦族に辱められた事を憶いだされませ!』 流離王は、 それを聞きおわると、また瞋りがわきあがった、―― 『お前等は、 速かに駕をととのえて、四部の兵を集めよ! おれは、 迦毘羅衛を征伐に往くぞ!』 そして、 大勢の大臣たちは、 すぐさま四部の兵を集めて、舎衛城を出ると、 釈迦族を征伐するために、迦毘羅衛に向かった。 |
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是時。眾多比丘聞已。往白世尊。今流離王興兵眾。往攻釋種 |
この時、衆多の比丘聞きおわりて往き、世尊に白さく、『今、流離王は兵衆を興して往き、釈種を攻めんとす。』と。 |
その頃、 大勢の比丘が、 これを聞くと世尊の前に進みでて、こう申した、 『今、流離王が大勢の兵を将いて、釈迦族を攻撃しようとしています。』 |
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爾時。世尊聞此語已。即以神足。往在道側。在一樹下坐。時。流離王遙見世尊在樹下坐。即下車至世尊所。頭面禮足。在一面立。爾時。流離王白世尊言。更有好樹。不在彼坐。世尊今日何故在此枯樹下坐。世尊告曰。親族之廕。勝外人也。是時。世尊便說此偈 親族之蔭涼 釋種出於佛 盡是我枝葉 故坐斯樹下 |
その時、世尊、この語を聞きおわりて、即ち神足を以って往き、道の側らに在り、一樹の下に在りて坐したまえり。流離王は、遥かに世尊の樹下に在りて坐したまえるを見、即ち車を下りて世尊の所に至り、頭面にて足に礼し、一面に在りて立てり。その時、流離王は世尊に白して言さく、『更に好樹有るに、彼(かしこ)に在りて坐したまわず。世尊、今日は何なる故にてか、この枯樹の下に在りて坐したまえる。』と。世尊告げて曰わく、『親族の廕(かげ)は、外の人に勝る。』と。この時、世尊、便ちこの偈を説きたまわく、 『親族の蔭は涼しく、釈種は仏を出せり、 尽(ことごと)くこれわが枝葉、故にこの樹の下に坐せり。』と。 |
その時、 世尊は、 それを聞きおわると、神足を駆使して向かい、 道の側の一本の枯れ樹の下に坐られた。 流離王は、 遙かに、世尊が樹の下に坐っていられるのを見ると、すぐさま車を降り、 世尊の前に進み出て、足に頭をつけて礼をし、退いて立った。 そして、 流離王は世尊にこう申した、―― 『もっと好い樹が有りますのに、そこに坐られないとは! 世尊、今日は何うして、この枯れ樹の下に坐っていられるのですか?』 世尊は、こう教えられた、―― 『親族の蔭は、外の人の蔭に勝る。』 そして、 このような歌を歌って説明された、―― 『親族の蔭は涼しく、 釈迦族は仏出(い)だせり、 ことごとくこれわが枝葉、 故に坐すこの樹(き)のもとに。』と。
注:神足(じんそく):神通力。 |
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是時。流離王復作是念。世尊今日出於釋種。吾不應往征。宜可齊此還歸本土。是時。流離王即還舍衛城 |
この時、流離王は、またこの念を作さく、『世尊は、今日出でたまえるは釈種に於いてなり。われは、まさに往きて征つべからず。宜しくこれを斉(ととの)えて、本国に還帰せん。』と。この時、流離王は、便ち舎衛城に還れり。 |
この時、 流離王は、またしてもこう思った、―― 『世尊が今日世に出られたのは、釈迦族に於いてであった! その釈迦族を征(う)ってもよいものだろうか! ここはひとつ、兵をそろえて本国に帰るのがよかろう。』 そして、 流離王は、すぐさま舎衛城に還っていった。 |
大目乾連の哀願
是時。好苦梵志復語王曰。王當憶本釋種所辱。是時。流離王聞此語已。復集四種兵出舍衛城。詣迦毘羅越 |
この時、好苦梵志また王に語りて曰く、『王、まさに本、釈種に辱められたるを憶うべし。』と。この時、流離王は、この語を聞きおわりて、また四種の兵を集めて舎衛城を出で、迦毘羅越に詣れり。 |
この時、 婆羅門の好苦は、またしても王に、こう語った、―― 『昔、釈迦族に辱められた事を憶いだされませ!』 流離王は、 それを聞きおわると、 またしても四部の兵を集め、 舎衛城を出て迦毘羅衛に向かった。 |
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是時。大目乾連聞流離王往征釋種。聞已。至世尊所。頭面禮足。在一面立。爾時。目連白世尊言。今日流離王集四種兵往攻釋種。我今堪任使流離王及四部兵。擲著他方世界。世尊告曰。汝豈能取釋種宿緣。著他方世界乎。時。目連白佛言。實不堪任使宿命緣。著他方世界。爾時。世尊語目連曰。汝還就坐 |
この時、大目乾連(だいもっけんれん)、流離王往きて釈種を征たんとするを聞けり。聞きおわりて世尊の所に至り、頭面に足に礼して一面に在りて立つ。その時、目連(もくれん)は世尊に白して言さく、『今日、流離王、四種の兵を集めて往き、釈種を攻めんとす。われは、今流離王及び四部の兵をして、擲(なげう)ちて他方の世界に著(いた)らしむる任に堪えん。』と。世尊告げて曰わく、『汝は豈(あに)よく釈種の宿縁を取りて、他方の世界に著(お)かんや。』と。時に、目連、仏に白して言さく、『実に宿命の縁をして他方の世界に著らしむる任に堪えざるなり。』と。その時、世尊、目連に語りて曰わく、『汝、還って坐に就け。』と。
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この時、 大目乾連(だいもっけんれん、仏の十大弟子中の神通第一)は、 流離王が釈迦族を征とうとしていると聞き、 世尊の前に進みでて、頭で足に礼をすると、 退いて、壁際に立った。 そして、 目連(もくれん、大目乾連)は世尊にこう申しあげた、―― 『今日、 流離王は、 四部の兵を集めて、釈迦族を攻めようとしています。 わたくしは、 今、流離王と四部の兵とを、 他の世界に、投げうってしまいましょうか?』 仏はこう教えられた、―― 『お前に、何うして、 釈迦族の宿縁をつかんで、 他の世界に投げうつことができよう。』 目連はこう申しあげた、―― 『実に、そのとおりでございます。 宿命の縁を、 他の世界に投げうつことなどできませんでした。』 そして、 世尊は目連にこう言われた、―― 『もうよい、還って席に坐っておれ!』
注:大目乾連(だいもっけんれん):目連(もくれん)、仏の十大弟子中の神通第一。 注:堪任(たんにん):任務に堪えられる。 注:宿縁(しゅくえん):前世よりの因縁。 注:宿命(しゅくみょう):前世の生命。 |
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目連復白佛言。我今堪任移此迦毘羅越。著虛空中。世尊告曰。汝今堪能移釋種宿緣。著虛空中乎。目連報曰。不也。世尊。佛告目連。汝今還就本位 |
目連、また仏に言さく、『われは、今この迦毘羅越を移して、虚空の中に著く任に堪えん。』と。世尊、告げて曰わく、『汝、今よく釈種の宿縁を虚空中に著くに堪えんや。』と。目連報えて曰さく、『不(いな)なり、世尊。』と。仏、目連に告げたまわく、『汝、今は還って本の位(い)に就け。』 |
そこで、ふたたび、 目連は仏に申しあげた、―― 『わたくしは、 今、この迦毘羅衛を、空の上に移してしまいましょうか?』 世尊はこう教えられた、―― 『お前に、何うして、 釈迦族の宿縁を、空の上に置くことができよう?』 目連はこう答えた、―― 『はい、そのとおりでございます。できませんでした。』 仏は目連に教えられた、―― 『お前はもう還って、自分のやるべきことをしておれ!』 |
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爾時。目連復白佛言。唯願聽許以鐵籠疏覆迦毘羅越城上。世尊告曰。云何。目連。能以鐵籠疏覆宿緣乎。目連白佛。不也。世尊。佛告目連。汝今還就本位。釋種今日宿緣已熟。今當受報 |
その時、目連はまた仏に白して言さく、『ただ願わくは鉄籠を以って迦毘羅越城の上を疏(まばら)に覆うを聴許(ちょうこ)したまえ。』と。世尊、告げて曰わく、『云何が、目連、よく鉄籠を以って疏に宿縁を覆わんや。』と。目連、仏に白さく、『不なり、世尊。』と。仏、目連に告げたまわく、『汝、今は還って本の位に就け。釈種は、今日宿縁すでに熟して、今まさに報を受くべし。』と。 |
その時、 目連は、またしても仏にこう申しあげた、―― 『どうか、お願いでございます! 迦毘羅衛城の上を、粗い鉄籠で覆うよう、お許しくださいませ!』 世尊はこう教えられた、―― 『何うして、目連よ! 粗い鉄籠で、宿縁が覆えようか?』 目連は仏にこう申しあげた、―― 『はい、できませんでした、世尊。』 仏は目連にこう教えられた、―― 『お前はもう還って、自分のやるべきことをしておれ! 釈迦族は、 今日、宿縁が熟して、 今、その報を受けようとしているのだ!』
注:聴許(ちょうこ):許可。 |
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爾時。世尊便說此偈 欲使空為地 復使地為空 本緣之所繫 此緣不腐敗 |
その時、世尊は便ちこの偈を説きたまわく、 『空をして地たらしめんと欲し、また地をして空たらしめんとすれど、 本の縁の繋(つな)ぐ所なり、この縁の腐敗せざれば。』と。 |
その時、 世尊は、歌を歌ってこのように説明された、―― 『空をくだして地になして、 地を持ちあげて空とする、 かかる大力神通も、 縁の綱には歯が立たぬ。』と。 |
釈迦族の反撃
是時。流離王往詣迦毘羅越。時。諸釋種聞流離王將四部之兵。來攻我等。復集四部之眾。一由旬中往逆流離王。 |
この時、流離王は往きて迦毘羅越に詣れり。時に、諸の釈種、流離王の四部の兵を将い来たりて、われ等を攻むと聞き、また四部の衆を集め、一由旬(ゆじゅん)の中(なかば)まで往きて、流離王を逆えたり。 |
この時、 流離王は、 迦毘羅衛の境にまで来ていた。 釈迦族たちは、 流離王が、四部の兵を将いて、われ等を攻めて来ると聞き、 同じように、四部の兵を集めて、 一由旬(ゆじゅん、10キロメートル)の距離で、流離王に対した。
注:由旬(ゆじゅん):王の行軍の一日の行程。凡そ10キロメートル。 |
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是時。諸釋一由旬內遙射流離王。或射耳孔。不傷其耳。或射頭髻。不傷其頭。或射弓壞。或射弓弦。不害其人。或射鎧器。不傷其人。或射床座。不害其人。或射車輪壞。不傷其人。或壞幢麾。不害其人 |
この時、諸の釈は、一由旬の内より、遥かに流離王を射たり。或(ある)は、耳の孔を射てその耳を傷つけず、或は、頭の髻(もとどり)を射てその頭を傷つけず、或は、弓を射て壊し、或は、弓の弦を射てその人を害せず、或は、鎧と器(き)とを射てその人を傷つけず、或は、床座を射てその人を傷つけず、或は車輪を射て壊してその人を傷つけず、或は、幢麾(どうき)を壊してその人を傷つけざりき。 |
そして、 釈迦族たちは、 一由旬の距離から、遙かに流離王を射た。 ある者は、耳の孔を射て、王の耳に傷つけず、 ある者は、頭の髻(もとどり)を射て、王の頭に傷つけず、 ある者は、弓や弓の弦を射て壊しながら、王の体に傷つけず、 ある者は、鎧と武器とを射て壊しながら、王の体に傷つけず、 ある者は、座席を射て壊しながら、王の体に傷つけず、 ある者は、車輪を射て壊しながら、王の体に傷つけず、 ある者は、指揮旗を射て壊しながら、王の体に傷つけなかった。
注:幢麾(どうき):軍隊を指揮するはた。 |
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是時。流離王見此事已。便懷恐怖。告群臣曰。汝等觀此箭為從何來。群臣報曰。此諸釋種。去此一由旬中射箭使來。流離王報言。彼設發心欲害我者。普當死盡。宜可於中還歸舍衛。 |
この時、流離王は、この事を見おわりて、便ち恐怖を懐き、群臣に告げて曰く、『汝等、この箭(や)を観て、何(いづこ)従り来たれると為す。』と。群臣報えて曰く、『これは、諸の釈種の、ここを去ること一由旬の中より、箭を射て来たらしむるなり。』と。流離王報えて言わく、『彼、もし心を発(おこ)して、われを害せんと欲さば、普くまさに死に尽くるべし。宜しく、中(なかば)に於いて舎衛に還帰すべし。』と。 |
この時、 流離王は、 このような目に遭って恐怖を懐き、 大臣たちにこう告げた、―― 『お前たち、この箭を観よ!いったい何処から来たものと思うか?』 大臣たちはこう答えた、―― 『これは釈迦族たちが、一由旬の距離から射たものです。』 流離王はそれに答えてこう言った、―― 『彼らが、 もしおれを殺そうと思っていたならば、 当然、おれは死んでいただろう! 途中であるが、 舎衛城に還ったほうがよさそうだ!』 |
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是時。好苦梵志前白王言。大王勿懼。此諸釋種皆持戒。虫尚不害。況害人乎。今宜前進。必壞釋種 |
この時、好苦梵志前(すす)みて王に白して言わく、『大王、懼るること勿れ。この諸の釈種、皆持戒して、虫すらなお害せず。況や人を害するをや。今宜しく前に進まば、必ず釈種を壊(やぶ)りなん。』と。 |
この時、 婆羅門の好苦は、王の前に進みでてこう言った、―― 『大王、恐れることはありません! この釈迦族たちは、 皆、五戒を守っておりますので、 虫さえ、殺すことができません、 人を殺すなど、とんでもない。 今は、 前進なさるがよく、 必ず、釈迦族を滅ぼせましょう。』
注:持戒(じかい):不殺、不盗、不邪淫、不妄語、不飲酒の五戒を守ること。 |
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是時。流離王漸漸前進向彼釋種。是時。諸釋退入城中。時。流離王在城外而告之曰。汝等速開城門。若不爾者。盡當取汝殺之 |
この時、流離王は、漸漸と前に進みて彼の釈種に向いたり。この時、諸の釈、退きて城中に入れり。時に、流離王は、城外に在りて、これに告げて曰く、『汝等、速かに城の門を開けよ。もし爾(しから)ずんば、尽くまさに汝を取りてこれを殺すべし。』と。 |
それを聞いて、 流離王は、ようやく釈迦族に向かって前進し、 釈迦族は、退いて城の中に入ってしまった。 それから、 流離王は、城の外からこう呼びかけた、―― 『お前たち、速かに城の門を開けよ! もし開けなければ、お前たちを一人残らず殺してやるぞ!』
注:漸漸(ぜんぜん):次第に前に進むありさま。 |
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爾時。迦毘羅越城有釋童子。年向十五。名曰奢摩。聞流離王今在門外。即著鎧持仗至城上。獨與流離王共鬥。是時。奢摩童子多殺害兵眾。各各馳散。並作是說。此是何人。為是天也。為是鬼神也。遙見如似小兒 |
その時、迦毘羅越城に釈の童子有り。年は十五に向(なんなんと)し、名を奢摩(しゃま)と曰えり。流離王の今門外に在るを聞き、即ち鎧を著け、杖を持ちて、城の上に至り、独り流離王と共に闘えり。この時、奢摩童子は、多く兵衆を殺害すれば、各各馳せ散じ、並びてこの説を作(な)さく、『これはこれ何人なるや。これ天たるや、これ鬼神たるや。遥かに見るに、小児に似たるが如し。』と。 |
その頃、 迦毘羅衛城に、 釈迦族の子供がおり、 年は十五で、名を奢摩(しゃま)といった。 この奢摩は、 流離王が、今門外から呼びかけるのを聞き、 すぐさま、鎧をつけて棒を持ち、 城壁の上にのぼると、独りで流離王の軍と闘った。 この時、 奢摩は、多くの敵兵を殺したので、 敵は、散り散りに逃げ去りながら、口々にこんなことを言っていた、―― 『これは、 いったい誰だろう? 天だろうか?鬼神だろうか? 遠くからは、子供にしか見えないが、‥‥』 |
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是時。流離王便懷恐怖。即入地孔中而避之。時。釋種聞壞流離王眾。 |
この時、流離王、便ち恐怖を懐きて、即ち地の孔の中に入りて、これを避けたり。時に、釈種、流離王の衆を壊るを聞けり。 |
この時、 流離王は、 恐怖にかられ、地にほった溝に隠れた。 そして、 釈迦族は、 流離王の軍が敗れたのを聞いた。
注:孔(あな):通い抜けられるあな。また穴(あな)はねぐら。 |
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是時。諸釋即呼奢摩童子而告之曰。汝年幼小。何故辱我等門戶。豈不知諸釋修行善法乎。我等尚不能害虫。況復人命乎。我等能壞此軍眾。一人敵萬人。然我等復作是念。然殺害眾生不可稱計。世尊亦作是說。夫人殺人命。死入地獄。若生人中壽命極短。汝速去。不復住此。是時。奢摩童子即出國去。更不入迦毘羅越 |
この時、諸の釈、即ち奢摩童子を呼びて、これに告げて曰く、『汝が年は幼少なれど、何なる故にか、われ等の門戸を辱むる。豈、諸の釈は善法を修行せるを知らざるや。われ等は、なお虫すら害する能わず。況や、また人の命をや。われ等、よくこの軍衆を壊り、一人は万人に敵す。然り、われ等は、またこの念を作すなり、『然るに衆生を殺害すること称計(しょうけ)すべからず』と。世尊も、またかくの如く説きたまえり、『その人、人の命を殺さば、死して地獄に入らん。もし、人中に生ぜんには、寿命極めて短し。』と。汝、速かに去れ。またここに住(とど)まらざれ。』と。この時、奢摩童子、即ち国を出て去り、更に迦毘羅越に入らざりき。 |
この時、 釈迦族は、奢摩を呼んでこう告げた、―― 『お前は、 まだ幼いとはいえ、何故われ等の門戸を辱めた? 釈迦族が、善法(ぜんぽう、五戒)を修めているのを知らなかったのか? われ等は、 虫さえ、殺すことができないのに、 何うして、人が殺せよう? われ等は、 簡単に、これぐらいの軍衆を敗ることができ、 一人で、万人に当たることさえできる。 しかし、 このように常に思っている、―― 『しかし、 衆生(しゅじょう、生き物)を殺して、数え切れないほどではないか?』と。 仏も、こう仰っていられる、―― 『その人が、 人を殺せば、死んでからは地獄に入り、 もし、 人として生まれても、寿命は極めて短い。』と。 お前は、 速かに、ここを去れ、 これ以上、ここに住ってはならない。 この時、 奢摩は、 すぐさま国を立ち去り、 二度と迦毘羅衛には入らなかった。
注:殺害(せつがい):殺して傷つける。 注:称計(しょうけ):数える。 |
摩訶男の計略と流離王の釈迦族殺害
是時。流離王復至門中語彼人曰。速開城門。不須稽留。是時。諸釋自相謂言。可與開門。為不可乎。爾時。弊魔波旬在釋眾中作一釋形。告諸釋言。汝等速開城門。勿共受困於今曰。 |
この時、流離王は、また門の中に至り、彼(かしこ)の人に語りて曰く、『速かに城門を開いて、稽留すべからず。』と。この時、諸の釈は、自ら相い謂って言わく、『与(ため)に開門すべきや。為にすべからざるや。』と。その時、弊魔波旬(はじゅん)、釈衆の中に在りて一釈の形を作し、諸の釈に告げて言わく、『汝等、速かに城門を開き、共に困(くるしみ)を今日受くること勿れ。』と。 |
この時、 流離王は、 門の前にゆくと中の人に語りかけた、―― 『速かに城の門を開けよ!ぐずぐずするな!』 釈迦族たちは、互いにこう言った、―― 『門を開けたほうがよいだろうか?開けないほうがよいだろうか?』 その時、 魔王波旬(はじゅん、魔王の名)が、 釈迦族の一人になりすまし、皆にこう言った、―― 『皆さん、速かに城の門を開けようではないか! 今日のところは、苦しみを受けずにすませよう!』
注:稽留(けいる):とどまる。 注:弊魔(へいま):悪魔。 注:波旬(はじゅん):悪魔の名。 |
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是時。諸釋即與開城門。是時。流離王即告群臣曰。今此釋眾人民極多。非刀劍所能害盡。盡取埋腳地中。然後使暴象蹈殺。爾時。群臣受王教敕。即以象蹈殺之 |
この時、諸の釈は、即ち与に城門を開けり。この時、流離王は、即ち群臣に告げて曰く、『今この釈衆の人民極めて多くして、刀剣のよく害し尽す所に非ず。尽く取りて脚を地中に埋め、然る後に暴象をして蹈み殺さしめよ。』その時、群臣、王の教勅を受けて、即ち象を以ってこれを蹈み殺せり。 |
とうとう、 釈迦族たちは、城の門を開けてしまった。 この時、 流離王は、大臣たちにこう告げた、―― 『今この釈迦族たちは多すぎて、刀剣では殺しつくせないほどだ! 皆の脚を池中に埋めて、象に蹈み殺させよ!』 大臣たちは、 王の命を受けると、 すぐさま、象に蹈み殺させた。 |
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時。流離王敕群臣曰。汝等速選面手釋女五百人。時。諸臣受王教令。即選五百端正女人。將詣王所 |
時に、流離王、群臣に勅して曰く、『汝等、速かに面(かお)を選びて釈の女五百人を手(と)れ。』と。時に、諸臣、王の教令を受け、即ち五百の端正なる女人を選びて、将いて王の所に詣れり。 |
そして、 流離王は、大臣たちにこう命じた、―― 『お前たち、 釈迦族の女で、顔を好いのを五百人選びだせ!』 大臣たちは、 王の命を受けると、すぐさま 五百の端正な女人を選び、 王の前に将いて出た。 |
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是時。摩呵男釋至流離王所。而作是說。當從我願。流離王言。欲何等願。摩呵男曰。我今沒在水底。隨我遲疾。使諸釋種並得逃走。若我出水。隨意殺之。流離王曰。此事大佳 |
この時、摩訶男釈、流離王の所に至りて、この説を作さく、『まさにわが願に従うべし。』と。流離王の言わく、『何等の願を欲するや。』と。摩訶男曰く、『われは、今より没して水底に在らん。わが遅疾に従いて、諸の釈種をして並(な)べて逃走するを得しめよ。もし、われ水を出でんには、意のままにこれを殺せ。』と。琉璃王が曰く、『この事大いに佳し。』と。 |
その頃、 釈迦族の摩訶男は、流離王の所に来てこう言った、―― 『わたしの願いを聞いてくれ!』 流離王は言った、―― 『何のような願いだ?』 摩訶男が言った、―― 『わたしは、今水の底に没しよう! わたしが水に没している間だけ、釈迦族たちが逃げるのを見逃してくれないか? わたしが水から出た時に、自由に殺せばよかろう!』 流離王は言った、―― 『それは結構だ!大変おもしろい!』
注:摩訶男釈(まかなんしゃく):通常は釈摩訶男。 |
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是時。摩呵男釋即入水底。以頭髮繫樹根而取命終。是時。迦毘羅越城中諸釋。從東門出。復從南門入。或從南門出。還從北門入。或從西門出。而從北門入。是時。流離王告群臣曰。摩呵男父何故隱在水中。如今不出 |
この時、摩訶男釈、即ち水底に入り、頭髪を以って樹根に繋ぎ、命を終らせられたり。この時、迦毘羅越の城中の諸の釈は、東門より出でて、また南門より入り、或いは、南門より出でて、還って北門より入り、或いは、西門より出でて、北門より入れり。この時、琉璃王、群臣に告げて曰く、『摩訶男父(ちち)は、何の故に隠れて水中に在り、今の如く出でざる。』と。 |
そして、 摩訶男は、 すぐさま水底に入り、 頭髪を樹の根に縛りつけて命を終った。 この時、 迦毘羅衛城中の釈迦族たちは、 東門より出た者は、また南門より入り、 南門より出た者は、また北門より入り、 西門より出た者は、また北門より入った。 その頃、 流離王は大臣たちにこう告げた、―― 『摩訶男の祖父さんは何うした? 何故、水に隠れたまま出て来ない?』 |
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爾時。諸臣聞王教令。即入水中出摩呵男。已取命終。爾時。流離王以見摩呵男命終。時王方生悔心。我今祖父已取命終。皆由愛親族故。我先不知當取命終。設當知者。終不來攻伐此釋 |
その時、諸臣、王の教令を聞き、即ち水中に入りて摩訶男を出だすに、すでに命を終らせられたり。その時、琉璃王は、以って摩訶男が命の終れるを見る。時に、王、まさに悔心を生ずらく、『わが今の祖父、すでに命を終らせらるるは、皆、親族を愛するに由るが故なり。われ先に知らず、まさに命を終らせらるるとは。もし、まさに知りたれば、終(つい)に来て、この釈を打たざるべし。』と。 |
そして、 大臣たちは、 王の命を聞いて、すぐさま水に入り、 摩訶男を出してみたところ、すでに死んでいた。 流離王は、 摩訶男の命が終っているのを観て、 後悔の念が生じた、―― 『おれの祖父さんが死んでしまったのも、皆親族を愛するためなのだ、‥‥ おれはこんな事は思ってもいなかった、本当に死んでしまうとは、‥‥ もし知っていたならば、釈迦族を攻めになど来なかったものを、‥‥』
注:悔心(けしん):悔やむ心。 |
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是時。流離王殺九千九百九十萬人。流血成河。燒迦毘羅越城。往詣尼拘留園中。是時。流離王語五百釋女言。汝等慎莫愁憂。我是汝夫。汝是我婦。要當相接。是時。流離王便舒手捉一釋女而欲弄之。時女問曰。大王欲何所為。時王報言。欲與汝情通。女報王曰。我今何故與婢生種情通。 |
この時、琉璃王は、九千九百九十万人を殺し、血を流して河と成し、迦毘羅越城を焼いて往き、尼拘留園(にくるおん)中に詣れり。この時、琉璃王、五百の釈女に語りて言わく、『汝等慎みて愁憂すること莫かれ。われはこれ汝が夫にして、汝はこれわが婦なり。要(かなら)ず、まさに相い接すべし。』と。この時、琉璃王は、便ち手を舒(の)べて、一釈女を捉えて、これを弄ばんと欲す。時に、女が問うて曰く、『大王、何の為さる所ぞ。』と。時に、王、報えて言わく、『汝と情を通ぜんと欲す。』と。女、王に報えて曰く、『われは今、何の故にぞ婢生の種と情を通ずる。』と。 |
この時、 流離王は、 九千九百九十万人を殺して、 血は河と成って流れ、 迦毘羅衛城も焼け落ちてしまったので、 尼拘留(にくる、樹名)園に往ってみた。 そして、 五百の釈迦族の女にこう言った、―― 『お前たち、我慢して憂い悲しむのを止めよ! おれはお前たちの夫であり、お前たちはおれの妻なのだ! 互いに仲良くやってゆこう!』 流離王は、 手を伸ばして一人の釈迦族の女を捉え、 これを弄ぼうとした。 釈迦族の女は問うた、―― 『大王さま、何をなさいますの?』 王は答えた、―― 『お前と情を通じたいのだ!』 女は王にこう答えた、―― 『わたしは、 今、何があって、 婢の生んだ種族なんかと情を通じるの?』
注:尼拘留(にくる):樹名。前出。 注:釈女(しゃくにょ):釈迦族のむすめ。 注:所為(しょい):しわざ。おこない。 注:婢生の種:婢の生んだ種族。 |
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是時。流離王甚懷瞋恚。敕群臣曰。速取此女。兀其手足。著深坑中。諸臣受王教令。兀其手足。擲著坑中。及五百女人皆罵王言。誰持此身與婢生種共交通。時。王瞋恚盡取五百釋女。兀其手足。著深坑中。 |
この時、琉璃王は、甚だ瞋恚を懐きて、群臣に勅して曰く、『速かに、この女を取りて、その手足を兀(き)り、深き坑の中に著(お)け。』と。諸臣、王の教令を受けて、その手足を兀り、擲ちて坑の中に著けり。五百に及ぶ女人は、皆王を罵りて言わく、『誰か、この身を持(たも)ちて、婢の生める種と共に通を交えん。』と。時に、王、瞋にして尽く五百の釈女を取り、その手足を兀りて、深き坑の中に著けり。 |
この時、 流離王は、 甚だ瞋り、大臣たちに命じた、―― 『速かに、この女を捉えてその手足を切り、深い溝の中に放り込め!』 大臣たちは 王の命を受けて、その手足を切り、 溝の中に、放り込んだ。 五百人にも及ぶ女は、 皆、口々に王を罵って言った、―― 『誰が、この身をもって、婢の生んだ種族なんかと情を交えるものですか?』 そこで、 王は、 瞋って、五百の釈迦族の女を残らず捉え、 尽く、その手足を切って、深い溝の中に放り込んでしまった。 |
流離王の祇陀王子殺害
是時。流離王悉壞迦毘羅越已。還詣舍衛城。爾時。祇陀太子在深宮中與諸妓女共相娛樂。是時。流離王聞作倡伎聲。即便問之。此是何音聲乃至於斯。群臣報王言。此是祇陀王子在深宮中。作倡伎樂而自娛樂。時。流離王即敕御者。汝回此象詣祇陀王子所 |
この時、琉璃王は、悉く迦毘羅越を壊りおわりて、還って舎衛城に詣れり。その時、祇陀(ぎだ)太子、深き宮の中に在りて、諸の妓女と共に相い娯楽せり。この時、琉璃王は、倡伎の声作(おこ)るを聞き、即便(すなわ)ち、これを問わく、『これはこれ何の音声の乃ちここに至れるや。』と。群臣、王に報えて言わく、『これはこれ祇陀王子、深き宮の中に在りて倡伎と楽を作し、自ら娯楽したもうなり。』と。時に、琉璃王、即ち御者に勅すらく、『汝、この象を回(めぐ)らして、祇陀王子の所に詣れ。』と。 |
そして、 流離王は、 迦毘羅衛城を残らず壊しおわり、舎衛城に還った。 その頃、 王の弟の祇陀(ぎだ)太子は、 宮の奥で、妓女(ぎにょ、歌舞音曲の女官)たちと娯楽していた。 流離王は、 妓女たちの歌う声を聞いて、それを問うた、―― 『これは、いったい何の声が、ここまで聞こえてくるのか?』 大臣たちは答えた、―― 『これは、 祇陀太子が、 妓女たちと音楽をして、楽しんでいらっしゃるのです。』 そこで、 流離王は、 御者に向かって命じた、―― 『お前は、この象を回して、祇陀王子の所へ行け!』
注:祇陀(ぎだ):波斯匿王の子。仏教教団の大施主。 注:深宮(じんぐう):後宮。宮殿の中の私的部分。 注:妓女(ぎにょ):歌舞音曲の女官。 注:倡伎(しょうぎ):妓女。うたいめ。 |
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是時。守門人遙見王來而白言。王小徐行。祇陀王子今在宮中五樂自娛。勿相觸嬈。是時。流離王即時拔劍。取守門人殺之。 |
この時、守門人、遙かに王の来るを見て、白して言わく、『王、小(しばら)く徐(おもむろ)に行きたまえ。祇陀王子、今宮の中に在りて、五楽して自ら娯(たのし)みたまえば、相い触れて嬈(なやま)したもうこと勿れ。』と。琉璃王は、即時に剣を抜き、守門人を取りてこれを殺せり。 |
この時、 守門人は、遙かに王が来るのを見て言った、―― 『王、しばらくお静かにお通りください! 祇陀王子は、今、宮の中で音楽の最中でございます。 どうか、お邪魔なされずお静かに!』 そこで、 流離王は、 すぐさま剣を抜き、守門人を殺した。
注:五楽(ごらく):娯楽。 |
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是時。祇陀王子聞流離王在門外住。竟不辭諸妓女。便出在外與王相見。善來。大王。可入小停駕。時。流離王報言。豈不知吾與諸釋共鬥乎。祇陀對曰。聞之。流離王報言。汝今何故與妓女遊戲而不佐我也。祇陀王子報言。我不堪任殺害眾生之命 |
この時、祇陀王子、琉璃王の門外に在りて住(とどま)れるを聞き竟(おわ)り、諸の妓女を辞せずして便ち出で、外に在りて王と相い見(まみ)ゆ、『善く来たり、大王。入りて小(しばら)く駕を停むべし。』と。時に、琉璃王、報えて言わく、『豈、われと諸の釈と共に闘えるを知らざるか。』と。祇陀、対えて曰く、『これを聞けり。』と。琉璃王、報えて言わく、『汝は、今何の故にか、妓女と遊戯して、われを佐(たす)けざるや。』と。祇陀王子、報えて言わく、『われは、衆生の命を殺害する任に堪えず。』と。 |
この時、 祇陀王子は、 流離王が門の外に来ていると聞いたが、 妓女たちを退出(さが)らせもせず、 そのまま門の外に出て、王に会った、―― 『善く来られました、大王! しばらく中に入って、お乗りものをお休めください。』 流離王は、それに答えてこう問うた、―― 『よもや、お前は! おれと釈迦族とが闘っていたのを知らなかったと言うのではあるまいな?』 『いいえ、聞いておりました。』 『お前は、今、何故、 妓女たちと遊びくるっていながら、 おれを、助けようとしないのだ?』 祇陀王子は答えた、―― 『わたくしは、 物の命を取ることに堪えられないのです。』 |
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是時。流離王極懷瞋恚。即復拔劍斫殺祇陀王子。是時。祇陀王子命終之後。生三十三天中。與五百天女共相娛樂 |
この時、琉璃王は、極めて瞋恚を懐き、即ち、また剣を抜いて、祇陀王子を斫(き)り殺せり。この時、祇陀王子は、命の終りし後、三十三天の中に生まれ、五百の天女と共に相い娯楽す。 |
この時、 流離王は、 瞋りが極まっておさまらず、 さっと剣を抜くと、祇陀王子を斬り殺してしまった。 祇陀王子は、 命が終ると、三十三天に生まれ、 五百の天女たちと、いっしょに楽しんだ。
注:三十三天(さんじゅうさんてん):欲界の第二天。主は帝釈天。 |
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爾時。世尊以天眼觀祇陀王子以取命終。生三十三天。即便說此偈 人天中受福 祇陀王子コ 為善後受報 皆由現報故 此憂彼亦憂 流離二處憂 為惡後受惡 皆由現報故 當依福祐功 前作後亦然 或獨而為者 或復人不知 作惡有知惡 前作後亦然 或獨而為者 或復人不知 人天中受福 二處俱受福 為善後受報 皆由現報故 此憂彼亦憂 為惡二處憂 為惡後受報 皆由現報故 |
その時、世尊は、天眼を以って祇陀王子の命を終らせらるるを以って、三十三天に生ぜるを観て、即便ちこの偈を説きたまえり、 『人天の中に福を受くるは、祇陀王子の徳なり、 善を為して後に報を受く、皆現報に由るが故に。 ここに憂いて彼にもまた憂い、流離して二処に憂う、 悪を為して後に悪を受く、皆現報に由るが故に。 まさに福祐の功に依るべし、前に作せば後もまた然り、 或いは独りにて為すとも、或いはまた人知らずとも。 悪を作さば悪を知るもの有り、前に作せば後もまた然り、 或いは独りにて為すとも、或いはまた人知らずとも。 人天中に福を受くれば、二処倶(とも)に福を受く、 善を為して後に報を受く、皆現報に由るが故に。 ここに憂い彼にもまた憂う、悪を為さば二処に憂う、 悪を為して後に報を受く、皆現報に由るが故に。』と。 |
その時、 世尊は、 天眼で、祇陀王子の命が終り、三十三天に生まれたことを、ご覧になり、 この歌を歌って説明された、―― 『人天に受くべき福は、祇陀王子かれが徳なり、 善為(な)して受くる福こそ、現報の為せるわざなれ。 今憂(うれ)え後にも憂え、流離王は二処にぞ憂う、 悪為して受くる罪こそ、現報の為せるわざなれ。 福祐の功に虚(うそ)なし、今ぞ為せ後を思えば、 人知れず為すこそよけれ、独りにて為すもまたよし。 悪為していかで知られぬ、今為せば後に露(あらわ)る、 人知れず忍びて為せど、ただ独り潜(ひそ)みて為せど。 人天に受くる福こそ、二処ともに受くる福こそ、 善為して受くる福こそ、現報の為せるわざなれ。 今憂え後にも憂え、悪為して二処に憂うる、 悪為して後に報ゆる、現報の為せるわざなり。』と。
注:天眼(てんげん):障なく地獄から天上までを見る眼。 注:現報(げんぽう):現在の行為が現身に報いること。 注:福祐(ふくゆう):天の助け。現世の善業が来世の福となり、その福に助けられること。 注:功(く):しごと。はたらき。 |
釈迦族の女たちへの説法
是時。五百釋女自歸。稱喚如來名號。如來於此。亦從此間出家學道。而後成佛。然佛今日永不見憶。遭此苦惱。受此毒痛。世尊何故而不見憶。 |
この時、五百の釈女、自ら帰し称えて、如来の名号を喚(よ)べり。『如来のここに於けるは、またこの間より出家して道を学び、而(しか)して後に仏に成りたまえり。然るに、仏、今日永く憶(おぼ)ゆるを見せたまわず。この苦悩に遭うて、この毒痛を受く。世尊、何なる故にか、憶ゆるを見せたまわざるや。 |
この時、 五百の釈迦族の女は、 仏をたよって喚(よ)びさけんだ、―― 『そもそも、 仏が、 仏として、ここにいらっしゃいますのは、 この迦毘羅衛城で出家して道を学び、 それで、 仏に成られたのではございませんか! それなのに、 仏は、 それをすっかり忘れてしまい、 憶いだしてくださらない! わたくしたちが、 このように、苦悩し、 このように、痛みに耐えているのに! 世尊には、何故、 何も憶いだしてくださらないのですか?』
注:帰(き)す:頼っておちつく。 注:名号(みょうごう):名前と称号。 注:この間(あいだ):この場所。 注:毒痛(どくつう):酷い痛み。 |
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爾時。世尊以天耳清徹。聞諸釋女稱怨向佛。爾時。世尊告諸比丘。汝等盡來。共觀迦毘羅越。及看諸親命終。比丘對曰。如是。世尊 |
その時、世尊は、天耳の清徹なるを以って、諸の釈女の称え怨みて仏に向かえるを聞きたもう。その時、世尊、諸の比丘に告げたまわく、『汝等、悉く来たれ。共に迦毘羅越を観て、諸親の命の終るを看るに及ばん。』と。比丘、対えて曰く、『かくの如し、世尊。』と。 |
その時、 世尊は、 清徹な天耳で、釈迦族の女たちの、 仏を怨んで、称(とな)えることばを聞かれた。 そして、 世尊は、 比丘たちに告げられた、―― 『お前たちは、皆来なさい! いっしょに、 迦毘羅衛を観てから、 親戚たちの命の終わりを看取ってやろう!』 比丘たちは答えた、―― 『かしこまりました、世尊!』
注:天耳(てんに):障なく一切を聞く耳。 注:清徹(しょうてつ):清浄と透徹。 注:諸親(しょしん):親族たち。 |
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爾時。世尊將諸比丘出舍衛城。往至迦毘羅越。時。五百釋女遙見世尊將諸比丘來。見已。皆懷慚愧。爾時。釋提桓因及毘沙門王在世尊後而扇。爾時。世尊還顧語釋提桓因言。此諸釋女皆懷慚愧。釋提桓因報言。如是。世尊。是時。釋提桓因即以天衣覆此五百女身體上。 |
その時、世尊は、諸の比丘を将(ひき)いて、舎衛城を出で往き、迦毘羅越に至れり。時に、五百の釈女、遙かに世尊の諸の比丘を将いて来るを見、見おわりて、皆慚愧を懐けり。その時、釈提桓因(しゃくだいかんいん)及び毘沙門王(びしゃもんおう)、世尊の後に在りて扇げり。その時、世尊、還顧(かえり)みて釈提桓因に語りて言わく、『この諸の釈女は、皆慚愧を懐けり。』と。釈提桓因、報えて言わく、『かくの如し、世尊。』と。釈提桓因、即ち天の衣を以って、この五百女の身体の上を覆えり。 |
そして、 世尊は、 比丘たちを将いて舎衛城を出、 迦毘羅衛に向かわれた。 やがて、 五百の釈迦族の女たちは、 遙かに、世尊が比丘たちを将いて来るのを見て、 皆、自らのようすを恥ずかしく思った。 その時、 帝釈天と毘沙門天は、 世尊を後から扇いでいた。 世尊は、 振り返って、帝釈天に言われた、―― 『この釈迦族の女たちは、皆恥ずかしがっているな!』 帝釈天は答えた、―― 『仰せのとおりで、世尊。』 帝釈天は、 こう答えると、すぐさま天の衣で、 この釈迦族の五百の女の、身体を覆った。
注:慚愧(ざんき):自他に恥ずかしく思うこと。 注:釈提桓因(しゃくだいかんいん):三十三天の主。帝釈天。 注:毘沙門王(びしゃもんおう):欲界の第一天、四天王天中の毘沙門天の主。毘沙門天。 |
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爾時。世尊告毘沙門王曰。此諸女人飢渴日久。當作何方宜。毘沙門王白佛言。如是。世尊。是毘沙門天王即辦自然天食。與諸釋女皆悉充足 |
その時、世尊、毘沙門王に告げて曰わく、『この諸の女人が飢渇の日は久し。まさに何かの方を作して宜しくすべし。』と。毘沙門王、仏に白して言さく、『かくの如し、世尊。』と。ここに、毘沙門天王、即ち自然の天の食(じき)を辦じて、諸の釈女に与うれば、皆悉く充足せり。 |
そして、 世尊は、毘沙門天に告げられた、―― 『この女たちは、幾日も飢えて渇いている! 何かしてやるのがよかろう!』 毘沙門天は答えた、―― 『仰せのとおりで、世尊。』 毘沙門天は、 すぐさま、天の食い物をとり出して、 釈迦族の女たちに与え、 皆は、充分に満足した。
注:方(ほう):方策。方法。 注:辦(べん)ず:準備する。 注:充足(じゅうそく):充分満足。 |
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是時。世尊漸與諸女說微妙法。所謂諸法皆當離散。會有別離。諸女當知。此五盛陰皆當受此苦痛諸惱。墮五趣中。夫受五盛陰之身。必當受此行報。以有行報。便當受胎。已受胎分。復當受苦樂之報。 |
この時、世尊は、漸く諸女の与(ため)に、微妙の法を説きたもう。謂わゆる、『諸法は、皆まさに離散すべくして、会うには別離有り。諸女まさに知るべし。この五盛陰は、皆まさにこの苦痛と諸悩とを受け、五趣中に堕すべし。それ、五盛陰の身を受くれば、必ずまさにこの行報を受くべし。行報の有るを以って、便ちまさに胎を受くべし。すでに胎分を受くれば、またまさに苦楽の報を受くべし。 |
その時、 世尊は、 ようやく、女たちのために、 すばらしい、法を説かれた。 謂わゆる、―― 『諸法(しょほう、一切の事物)とは、 皆、離散するものである。 会えば、別れるということである。 皆、これを知れ! この五陰(ごおん、色受想行識、人の身と心と)は、どの部分をとっても、 皆、この苦痛と苦悩とを受けるものであり、 皆、五趣(ごしゅ、地獄、餓鬼、畜生、人間、天上)の中に墜ちるものである。 ひとたび、 五陰の身を、 五趣の中に受けたならば、 必ず、 行業(おこない)の果報というものが有り、 胎中に身を受けなければならず、 また、 苦楽の報を受けるのである。
注:五盛陰(ごじょうおん):五陰。色受想行識。この中の色は人の身、受想行識は人の心を指す。 注:五趣(ごしゅ):天上、人間、畜生、餓鬼、地獄。人の通る五つの道。五道。 注:行報(ぎょうほう):身口意の行業の報。行為の報。 注:胎を受く:生命を母胎中に受ける。 注:胎分(たいぶん):胎中の分。 |
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設當無五盛陰者。便不復受形。若不受形。則無有生。以無有生。則無有老。以無有老。則無有病。以無有病。則無有死。以無有死。則無合會別離之惱 |
もし、まさに五盛陰無くんば、便ちまた形を受けず。もし、形を受けずんば、則ち生の有ること無し。生の有ることの無きを以って、則ち老の有ること無く、老の有ることの無きを以って、則ち病の有ること無く、病の有ることの無きを以って、則ち死の有ること無く、死の有ること無きを以って、則ち合会と別離との悩み無し。 |
『もし、 五陰というものが無ければ、身を受けることも無く、 身を受けることが無ければ、生(しょう、生まれる)ということも無い、 もし、 生が無ければ、老も無く、 老が無ければ、病も無く、 病が無ければ、死も無く、 会うことも、別れることも無く、 別離の苦悩も無いのである。
注:形(かたち):肉体。 |
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是故。諸女。當念此五陰成敗之變。所以然者。以知五陰。則知五欲。以知五欲。則知愛法。以知愛法。則知染著之法。知此眾事已。則不復受胎。以不受胎。則無生.老.病.死 |
この故に、諸女、まさにこの五陰の成敗の変を念ずべし。然る所以(ゆえ)は、五陰を知るを以って、則ち五欲を知り、五欲を知るを以って、則ち愛法を知り、愛法を知るを以って、則ち染著の法を知り、この衆事を知りおわれば、則ちまた胎を受けず。胎を受けざるを以って、則ち生、老、病、死無し。』と。 |
『この故に、 お前たちは皆、 この五陰の 成り立ちと、 変化して壊れるようす、とを知らなくてはならない! 何故ならば、 五陰を知ることによって、五欲(色声香味触の欲)を知り、 五欲を知ることによって、法(ほう、事物)に対する愛着を知り、 法に対する愛着を知ることによって、煩悩というものを知り、 これ等をすっかり知ることによって、胎中に身を受けることが無く、 胎中に身を受けないことによって、生、老、病、死が無くなるからである。』
注:五陰(ごおん):色受想行識。人の身心を総じていう。 注:成敗(じょうはい):成長と壊敗。 注:五欲(ごよく):色声香味触。人の欲望の対象。また人の欲望。 注:愛法(あいほう):愛ということ。 注:染著(せんじゃく):五欲の汚れに染まり執著すること。心を汚すこと。煩悩の異名。 |
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爾時。世尊與眾釋女漸說此法。所謂論者。施論.戒論.生天之論。欲不淨想。出要為樂。爾時。世尊觀此諸女心開意解。諸佛世尊常所說法。苦.習.盡.道。爾時世尊盡與彼說之。爾時。諸女諸塵垢盡。得法眼淨。各於其所而取命終。皆生天上 |
その時、世尊は、衆の釈女の与に、漸くこの法を説きたもう。謂わゆる、論ずるは、施しの論、戒の論、天に生ずる論、欲不浄想、出要を楽と為すことなり。その時、世尊は、この諸女の心開いて意の解くるを観たもう。諸仏世尊の常に説かるる法は、苦、習、尽、道なり。その時、世尊は、悉く彼の与に、これを説きたまえり。その時、諸女の諸の塵垢尽きて、法眼浄を得、各々その所に於いて命の終わりを取り、皆天上に生じたり。 |
そして、 世尊は、 釈迦族の女たちのために、 ようやく、この法を説かれた。 謂わゆる、ここで論ぜられたのは、 布施の功徳の論、 持戒の功徳の論、 天に生まれることの論、 欲は不浄な想念であること、 生死を出離することの楽についてであった。 世尊は、 この女たちの心が開け、頑なな意志が解けるのを観察された。 そもそも、 諸仏の、 常に、説かれる法とは、 苦諦(くたい、世間に生まれるのは苦である。)、 集諦(じったい、苦を集めるのは一切の執著である。)、 滅諦(めったい、執著を滅すれば苦もまた滅する。)、 道諦(どうたい、執著を滅する道は身と心とを正すことである。)のことである。 その時、 世尊も、彼等のために、この法を説かれた。 そして、 この女たちは、 皆、心の汚れが、すっかり除かれ、 法眼(ほうげん、事物の真実を見とおす眼)が浄まり、 各々、そこにて命を終え、 皆、天に生まれた。
注:出要(しゅつよう):生死を出離する要道。生死をとらわれない正しい道。 注:心が開く:心が開いて正法を受け付けることができる。 注:意が解(と)ける:かたくなな意志が解けほぐされる。 注:苦、習、尽、道:世間は苦である、苦の原因、苦を滅するには、苦を滅する道。苦集滅道の四諦。 注:塵垢(じんく):煩悩の汚れ。欲望。 注:法眼浄(ほうげんじょう):明るく真実を見る眼が開くこと。法眼は事物の真実を見る眼。 |
尼拘留園の説法
爾時。世尊詣城東門。見城中煙火洞然。即時而說此偈 一切行無常 生者必有死 不生則不死 此滅為最樂 |
その時、世尊は、城の東門に詣りて城中を見たまえるに、煙火洞然たり。即時にして、この偈を説きたまえり、 『一切の行は無常にして、生るる者には必ず死有り、 生まれずんば則ち死なず、この滅を最も楽と為す。』と。 |
その時、 世尊は、 城の東門から城中を観察されると、 煙火によってすべて消えさり、がらんとしていた。 そこで、 この歌を歌って説明された、―― 『諸行(しょぎょう、遷移するもの)とは無常これなり、 生じては死なざるは無く、 生ぜずば如何でか死なん、 寂滅(じゃくめつ、生死を滅すること)こそを楽とぞ思え。』
注:行(ぎょう):遷移。移り変わるという行為。諸行。 注:この滅(めつ):生死を滅すること、即ち涅槃。寂滅。 注:この偈の内容は、『涅槃経』に於いて雪山童子が身とひきかえに羅刹(らせつ、悪鬼)より授けられた偈、即ち『諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽』と同じである。 |
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爾時。世尊告諸比丘。汝等盡來往詣尼拘留園中。就座而坐。爾時。世尊告諸比丘。此是尼拘留園。我昔在中與諸比丘廣說其法。如今空虛無有人民。昔日之時。數千萬眾於中得道。使法眼淨。自今以後。如來更不復至此間 |
その時、世尊、諸の比丘に告げたまわく、『汝等、悉く来たり往きて、尼拘留園の中に詣り、座に就いて坐せ。』と。その時、世尊、諸の比丘に告げたまわく、『これはこれ尼拘留園なり。われ、昔、中に在りて諸の比丘の与(ため)に、広くその法を説きたりき。今、空虚にして人民有ること無きが如きも、昔日の時は、数千万の衆、中に於いて道を得て、法眼をして浄からしめたりき。今より以後、如来、更にまたこの間には至らじ。』と。 |
そして、 世尊は、比丘たちに命じられた、―― 『お前たちは、皆、尼拘留園に往き、それぞれの座につけ!』 そして、 世尊は、比丘たちにこう教えられた、―― 『これは、 尼拘留園である。 わたしは、 昔、この中で大勢の比丘たちに法を説いた。 このように、 今は、空虚であり、誰もいないが、 昔は、数千万の比丘たちが、道を得て法眼を浄めたものである。 わたしは、 もうふたたび、ここに来ることは無いであろう。』 |
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爾時。世尊與諸比丘說法已。各從坐起而去。往舍衛祇樹給孤獨園。爾時。世尊告諸比丘。今流離王及此兵眾不久在世。卻後七日盡當磨滅 |
その時、世尊、諸の比丘の与に、法を説きおわりたまえるに、各々、坐より起ちて去り、舎衛城の祇樹給孤獨園に往きぬ。その時、世尊、諸の比丘に告げたまわく、『今の琉璃王及びこの兵衆、世に在ること久しからず。却(しりぞ)きて後、七日して尽くまさに磨滅すべし。』と。 |
そして、 世尊は、比丘たちのために法を説きおえられ、 比丘たちも、各々座より起って、舎衛城の祇樹給孤獨園に往った。 その時、 世尊は、比丘たちに教えられた、―― 『流離王とその兵たちも、 永く、世に在ることはない、 今より七日すれば、誰もいなくなるだろう。』 |
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是時。流離王聞世尊所記。流離王及諸兵眾。卻後七日盡當消滅。聞已恐怖。告群臣曰。如來今以記之云。流離王不久在世。卻後七日及兵眾盡當沒滅。汝等觀外境。無有盜賊.水火災變來侵國者。何以故。諸佛如來語無有二。所言終不異 |
この時、琉璃王、世尊の、『琉璃王及び諸の兵衆、却いて後、七日して尽くまさに消滅すべし。』と記(き)したまえる所を聞きけるに、聞きおわりて恐怖し、群臣に告げて曰く、『如来、今記を以って云わく、『琉璃王は、世に在ること久しからず。却きて後、七日して兵衆尽くまさに没滅すべきに及ばん。』と。汝等、外境を観よ。盗賊、水火の災変、来たりて国を侵す者の有ること無きや。何を以っての故にか、諸仏如来の語は、二有ること無く、言う所は、終に異らざればなり。』と。 |
その時、 流離王は、 世尊が、 『流離王とその兵たちは永く世に在ることはない、 今より七日すれば、誰もいなくなるだろう。』と予言されたのを聞いて恐怖をいだき、 大臣たちに告げた、―― 『仏は、今予言してこう言われた、―― 『流離王は、永く世に在ることはない、 今より七日すれば、誰もいなくなるだろう。』と。 お前たちは、 国土に盗賊がいないかどうか、 水害火災がこの国を侵さないかどうか、とよく見張っておれ! 何故ならば、 仏のことばに、二つの事が有るはずなく、 言われた事は、必ず異らないからである。』
注:記(き)す:記録。記憶。仏が将来を予言して述べること。記別。 注:外境(げきょう):宮殿の外。国土。 |
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爾時。好苦梵志白王言。王勿恐懼。今外境無有盜賊畏難。亦無水火災變。今日大王快自娛樂。流離王言。梵志當知。諸佛世尊。言無有異 |
その時、好苦梵志、王に白して言わく、『王、恐懼すること勿れ。今外境には、盗賊の畏難無く、また水火の災変も無し。今日、大王、快く自ら娯楽したまえ。』と。琉璃王、言わく、『梵志、まさに知るべし。諸仏世尊の言は、異なり有ること無しと。』 |
その時、 婆羅門の好苦は、こう王に言った―― 『王、恐れられますな! 今、国土に盗賊は無く、水火の災害も有りません。 今日は、大王、快くお楽しみください。』 流離王は言った、―― 『婆羅門どの、ご存じないのか? 諸仏のことばに、異なることが無いのを。』
注:恐懼(くく):恐怖(くふ)。おそれる。 注:畏難(いなん):難儀。 注:言(ごん):ことば。 |
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時。流離王使人數日。至七日頭。大王歡喜踊躍。不能自勝。將諸兵眾及諸婇女。往阿脂羅河側而自娛樂。即於彼宿。是時。夜半有非時雲起。暴風疾雨。是時。流離王及兵眾盡為水所漂。皆悉消滅。身壞命終。入阿鼻地獄中。復有天火燒內宮殿 |
時に、琉璃王、人をして日を数えしめて、七日の頭に至れるに、大王、歓喜し踊躍して、自ら勝(た)うること能(あた)わず。諸の兵衆及び諸の婇女を将(ひき)いて、阿脂羅河(あしらが)の側(ほとり)に往き、自ら娯楽せるに、即ち彼の宿に於いて、この時、夜半に時に非ざる雲起こりて、暴風、疾雨となりぬ。この時、琉璃王及び兵衆は、尽く水に漂う所と為り、皆尽く消滅せり。身壊れて命終わり、阿鼻地獄の中に入れり。また天火有りて、内なる宮殿を焼きぬ。 |
そして、 流離王は、 人に、日にちを数えさせ、ようやく七日目に入ったとき、 歓喜し、躍り上がらずにはいられなかった。 兵たちと女官たちとを将いて、阿脂羅(あしら)河のほとりで楽しんでいると、 宿営に於いて、夜半に季節はずれの雲が起こり、暴風雨となった。 そして、 流離王とその兵たちは、尽く水に流されて消え去った。 皆、傷ついて命を終えると、阿鼻(あび、無間)地獄に入り、 また、宮殿も天火によって焼け落ちた。
注:踊躍(ゆやく):おどりあがる。 注:婇女(さいにょ):女官。 注:阿脂羅河(あしらが):王舎城近くの河の名。水浴場が有る。『十誦律16、25』等参照。 |
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爾時。世尊以天眼觀見流離王及四種兵為水所漂。皆悉命終。入地獄中。爾時。世尊便說此偈 作惡極為甚 皆由身口行 今身亦受惱 壽命亦短促 設在家中時 為火之所燒 若其命終時 必生地獄中 |
その時、世尊、天眼を以って観て、琉璃王及び四種の兵の水に漂う所と為り、皆悉く命終りて地獄の中に入れるを見たまえり。その時、世尊、便ちこの偈を説きたもう、 『悪を作さば極めて甚だしきを為す、皆身口の行に由る、 今の身もまた悩を受け、寿命もまた短促なり。 もし家の中に在る時は、火の為に焼かれ、 もしその命終る時は、必ず地獄の中に生ず。』と。 |
その時、 世尊は、天眼をもって、 流離王とその四部の兵とが水に流され、命が終ると地獄に入るのを観察され、 この歌を歌って説明された、―― 『悪なして受くる苦しみ、身と口と皆これに由る、 今の身に悩みを受けて、命またこれも短し。 もし家の中におれども、火によりて焼かれ苦しむ、 その命終る時には、苦しみて地獄に生まる。』
注:短促(たんそく):短くせわしない。 |
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爾時。眾中多比丘白世尊言。流離王及四部兵。今已命絕。為生何處。世尊告曰。流離王者。今入阿鼻地獄中 |
その時、衆中の多くの比丘、世尊に白して言さく、『琉璃王及び四部の兵、今すでに命絶えて、何処にか生まるるとせん。』と。世尊、告げて曰わく、『琉璃王なる者は、今阿鼻地獄の中に入れり。』と。 |
その時、 その大勢の中の多くの比丘が世尊に申した、―― 『流離王と四部の兵たちは、 命の絶えた、今、 何処に生まれると、お考えでしょうか?』 世尊は教えられた、―― 『流離王であった者は、 今は、阿鼻地獄の中に入っておる。』 |
釈迦族、流離王、好苦梵志と仏との因縁
諸比丘白世尊言。今此諸釋昔日作何因緣。今為流離王所害。爾時。世尊告諸比丘。昔日之時。此羅閱城中有捕魚村。時世極飢儉。人食草根。一升金貿一升米。時。彼村中有大池水。又復饒魚。 |
諸の比丘、世尊に白して言さく、『今、この諸の釈、昔日に何なる因縁をか作して、今、琉璃王に害せらるるや。』と。その時、世尊、諸の比丘に告げたまわく、『昔日の時、この羅閲(らえつ)城中に魚を捕る村有り。時に、世は極めて飢倹たりて、人は草の根を食い、一升の金を一升の米に貿(かえ)たり。時に、彼の村の中に大池水有りて、又また魚も饒(ゆたか)なり。 |
比丘たちは、世尊に申した、―― 『この釈迦族の人たちは、 昔、何のような因縁を作って、 今、流離王に殺されたのでしょうか?』 その時、 世尊は比丘たちに、こう教えられた、―― 『昔、 この迦毘羅衛城の中に、魚を捕らえる村が有った。 その頃、 世間に飢饉が起こった。 人々は草の根を食い、一升の米を一升の金で買うというありさまだった。 その頃の、その村には、 大きな池が有り、多くの魚が住んでいた。
注:羅閲(らえつ):迦毘羅越。 注:飢倹(きけん):飢饉。 |
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時。羅閱城中人民之類。往至池中而捕魚食之。當於爾時。水中有二種魚。一名拘璅。二名兩舌。是時。二魚各相謂言。我等於此眾人。先無過失。我是水性之虫。不處平地。此人民之類。皆來食噉我等。設前世時。少多有福コ者。其當用報怨 |
『時に、羅閲城中の人民の類、往きて池中に至り、魚を捕らえてこれを食いけるに、その時に当たりて、水中に二種の魚有り。一を拘巣(くそう)と名づけ、二を両舌(りょうぜつ)と名づけたり。この時、二魚各々相い謂って言わく、『われ等、この衆人に於いて、先に過失無し。われはこれ水性の虫にして、平地には処(お)らざるに、この人民の類、皆来たりてわれ等を食噉せり。もし、前世の時に、少多にしろ福徳有らば、それまさに用って怨(あだ)に報ゆべし。』と。 |
『そして、 迦毘羅衛城の人民たちは、 この池に往っては魚を捕らえ、 それを食っていた。 ちょうどその頃、 水中に二匹の魚がいた。 一方を拘巣(くそう)といい、 他方を両舌(りょうぜつ)といった。 二匹の魚は言った、―― 『いったい おれたちは、この人間どもに何をしたというのだろう! おれたちは 水に住む生き物であって、 平地に住むことはないというのに、 こいつ等は、わざわざ、 ここに来て、おれたちを食っておる! もし、 前世につんだ、福徳が少しでも有れば、 必ず、この怨を返してやるのに!』
注:食噉(じきたん):くらう。 |
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爾時。村中有小兒年向八歲。亦不捕魚。復非害命。然復彼魚在岸上者。皆悉命終。小兒見已。極懷歡喜 |
『その時、村中に小児有り。年は八歳に向(なんなん)とせしかども、また魚を捕らえず、また命を害するものに非ざりき。然れども、また彼の魚の岸上に在りて、皆悉く命の終れるに、小児、見おわりて極めて歓喜を懐きぬ。 |
『その時、 村の中に、八歳にもなろうかという子供がいた。 その子供は、 魚を捕らえることもなく、生き物を殺すこともなかったが、 岸の上で魚たちが死んでいるのを見て、極めて喜んだ。 |
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比丘當知。汝等莫作是觀。爾時羅閱城中人民之類。豈異人乎。今釋種是也。爾時拘璅魚者。今流離王是也。爾時兩舌魚者。今好苦梵志是也。爾時小兒見魚在[土*岸]上而笑者。今我身是也。爾時。釋種坐取魚食。由此因緣。無數劫中入地獄中。今受此對 |
『比丘、まさに知るべし。汝等、この観を作すこと莫かれ。その時、羅閲城中の人民の類とは、豈(あに)異人(ことひと)ならんや、今の釈種これなり。その時の拘巣魚とは、今の琉璃王これなり。その時の両舌魚とは、今の好苦梵志これなり。その時の小児、魚の岸上に在るを見て笑うとは、今の我が身これなり。その時、釈種は坐して魚を取りて食らい、この因縁に由りて、無数劫(こう)中に地獄中に入りて、今この対(むくい)を受く。 |
『比丘たちよ、わかるか? お前たちは、これを『ただのたとえ話だ』と思ってはならない! その時の、 迦毘羅衛の人たちとは、誰であろうか、今の釈迦族がこれである! その時の、 拘巣魚とは、今の流離王がこれである! その時の、 両舌魚とは、今の好苦婆羅門がこれである。 その時の、 魚が岸の上で死んでいるのを笑っていた、 子供とは、このわたしがそれである。 その時、 釈迦族たちは、 漫然として魚を食っていたが、その因縁により、 限りなく永く、地獄に入っており、 今また、その対価を支払ったのである。
注:劫(こう):宇宙の消滅の一周期。とてつもなく長い時間。 |
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我爾時。坐見而笑之。今患頭痛。如似石押。猶如以頭戴須彌山。所以然者。如來更不受形。以捨眾行。度諸厄難。是謂。比丘。由此因緣今受此報。諸比丘當護身.口.意行。當念恭敬.承事梵行人。如是。諸比丘。當作是學 |
『われ、その時、坐して見て、これを笑えるに、今頭痛を患いて、石の押すに似たるが如く、なお頭を以って須弥山を戴くが如し。然る所以は、如来は、更に形を受けず、衆行を捨つるを以って、諸の厄難を度(わた)るに、この謂(いい)は、比丘よ、この因縁に由りて、今この報を受くればなり。諸の比丘は、まさに身、口、意の行を護るべし。まさに恭敬を念じて、梵行人に承事すべし。かくの如く、諸の比丘よ、まさにこの学を作すべし。』と。 |
『わたしは、 その時、漫然と見て笑っていたので、 今は、頭痛をわずらって、 石で押されたようであり、また 須弥山(しゅみせん、世界一の大山)を載せているようでもある。 何故ならば、 仏とは、 もうふたたび、肉体を受けるものでなく、 諸行(生存活動)を捨て去っているので、 諸の災難をのりこえるものなのであるが、 しかし、その意味は、 比丘たちよ! この昔の因縁を、今に果報として受けているのである! 諸の比丘たちよ! 身と口と意との行いを、よく護り、 浄い行いの人には、敬の心を忘れず、よく仕えなくてはならない! このような事を、 諸の比丘たちよ、よく学べ!』
注:衆行(しゅぎょう):行い。諸の生命活動。 注:厄難(やくなん):災難。 注:謂(いい):わけ。 注:恭敬(くぎょう):謙遜と尊敬。 注:承事(じょうじ):恭しくつかえる。 注:梵行人(ぼんぎょうにん):梵行とは浄い行い。色欲を離れること。 |
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爾時。諸比丘聞佛所說。歡喜奉行 |
その時、諸の比丘、仏の説きたもう所を聞いて、歓喜し奉行せり。 |
その時、 諸の比丘は、仏の説法を聞いて歓喜し、奉(つつし)んで行った。
注:奉行(ぶぎょう):つつしんでおこなう。 |
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