"Sheaffer's Triumph"
シェーファー( Sheaffer's )の万年筆は昔からよく目にはしていたものの、なんとなく”垢抜けない”ような、”田舎くさい”ような感じがしていて手にとって試し書きをしようとは少しも思わずに、最高の万年筆といえば、やはり”モンブラン( MontBlanc )”か、”ペリカン( Pelikan )”だろうと思っていましたが、いつしか”アウロラ( Aurora )”や、”ビスコンティ( Visconti )”等のイタリア製が最高だと思うに至り、やがてイギリス製の”スワン( Swan )”に目を開かれ、遂には”エバーシャープ( Eversharp )”や、”パーカー( Parker )”等のアメリカ製万年筆の間を逍遙するに至るに及んで、”なんだ、これが最高の万年筆だったんじゃないか!”と打ちのめされたのが、若い時よく目にしていたシェーファーの”インペリアル( Imperial )”、そしてイタリア製にうつつを抜かしていた時よく目にしていた”タルガ( Targa )”、‥‥

そしてとうとう行き着くところまで、行き着いてしまい、”これこそ最高だ!”と叫んでしまったのが、このシェーファーの”トライアンフ( Triumph )”なのです。メデタシ、メデタシ‥‥。

古い広告のなかで、妙齢のご婦人が、
”わたくし、これを生涯の友って呼んでいますの”、と言っていますが、
これこそが老人の、まさに言わんとするところなのでございます。


しかし、このご婦人はお行儀が大変悪く、ペンのはしを噛んでおりますな、――
    この当時のペンは皆両端が平らで角張っておりまして男性向けのような趣きでしたが、シェーファーが初めて両端を丸く細くして、ご婦人にも向くように改良したのです。
シェーファーは、この形をバランス( Balance )と名づけて、1929~1946年の間生産しつづけました。
  老人の手に入れたのは、最後期のモデルで1945年製ということになります。

この広告によれば、老人のモデルは細い金のバンドの最も廉価な部類に属しているようですが、ペン先が、筍を斜めに断ち切ったような形の円錐形( conical )で高級品ですので、この広告の時点からはモデルチェンジが行われたように思います。

お待たせしました、これがその老人の購入したモデルです。 一見新品のように見えますが、仔細に点検してゆきますと、鉛筆の消しゴムが金属部分のところまで磨り減っておりましたので、相当長期間にわたって使われていたものと判明しました。 それを見るまではまったくの新品だと思わせるぐらいに艶があり、ケースも内張にインクの汚れが少し付着していましたが、バネも完全に機能していますので、大切に扱われてきたものであることは間違いないようです。

さて、ようやくお披露目ですが、はたして写真で分かりましょうか、艶やかなセルロイドの縞模様が実に美しいのですが、しかしこのペンの真骨頂はそこではございません。 この円錐形のペン先、これがこそがこのモデルのいわば要諦なのです。

1942年に初めて登場したこのペン先を”トライアンフ・ニブ( Triumph nib )”と称し、それは1959年に次ぎのインレイ・ニブ( Inlay nib )が登場するまで使用されました。

このニブの何がそんなに素晴らしいのかといいますと、その奇抜なデザインもさることながら、その形状がグリップ・セクション( Grip section )を取り巻いており、しかも全体が輪のようにつながっていますので、紙の上にペンを走らせたとき、ペン先がそよぐことにより引き起こされる振動が絶無となり、書き手は無駄な振動に惑わされることなく、紙からのフィードバックのみを素直に感じ取ることができるからです。 

簡潔に言えば”ゆるぎない抜群の安定感”ということですが、このような感覚は、モンブランやペリカン、アウロラ、エバーシャープ等の極めて優秀とされるところからも受けたことはありません。 その後のインレイ・ニブもなかなかの安定感を誇りますが、このトライアンフ・ニブには僅かにとはいえど、かすかに劣っているように思います。

シェーファー万年筆( Sheaffer Pen Co. )は、”レバー吸入方式( Lever-filling System )”に関する特許を保有しており、それはゴムサック( gum-sac )を使用する吸入方式なのですが、また同社はゴムサックを使用しない方式をも採用しておりまして、定期的メンテナンスという面倒な義務を大幅に軽減させています。 ただ面白いのは両方式が同時にカタログに載せられており、どちらも価格が同じだということです。 補修部品の売り上げに配慮した結果なのでしょうか?

この方式は通常、”プランジャー吸入方式( Plunger-filling System )”と呼ばれていますが、シェーファー社では、これを”Vac-Fil”と称しています。 その作用原理は、エンジンのピストンや、自転車の空気入れ等と同じであり、ペンの胴軸の底( barrel's bottom )を貫通する棒( rod )の先端にはバルブが取り付けられており、棒を引き抜く時には空気や液体を通過させますが、棒を軸の中に押し込む時にはバルブと軸底との間が真空になるように貫通部分にはシールが施されています。

使用する時は、先ず尾軸( knob )のネジを緩めて棒を引き抜きますが、この時軸内にインクが残っているとそれがペン先から吹き出してきますのでインク甁の中で行わなければなりません。 棒を止まるところまで引き抜いて、ペン先をインクに充分浸し、いっきに棒を押し込みますと、シリンダーが首軸近くで少し広がっており、ピストンとの間に少しだけスキマができますので、ピストンバルブがその部分に差掛かると軸内の負圧が解消されて、インクが軸内に流入してくるという極めて簡単な仕掛けです。 

これは明らかにレバー式より優れているように思えますが、 シェーファーは後にゴムサックの寿命が延びたことが理由かどうか分かりませんが、この優れた方式を捨てて、またタッチダウン方式( Touchdown-filling System )や、スノーケル方式( Snorkel-filling System )のようなインクサック方式に戻ってゆくのですが、それ等もまた真に有用であり、また才気あふれる発明品でもあったのです。


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万年筆:Sheaffer's "Triumph" nib=fine.
インク:Parker "Blue Black"
原稿用紙:
テーマ:秋
色:暗橙色
モットー:秋収而備冬(Harvest in autamn and prepare for winter)

今月の百人一首は、「伊勢」と「元良親王」です。
伊勢:
  難波潟短き蘆の節の間も
  逢わでこの世を過ごしてよとや
伊勢:872年(貞観14年)? - 938年(天慶元年)? 
三十六歌仙の一。伊勢守藤原継蔭の娘。伊勢の御(御前)、伊勢の御息所と呼ばれて世に尊ばれる。宇多天皇の中宮温子に仕え、藤原仲平・時平兄弟や平貞文と交り、宇多天皇の寵を受けて皇子を生むも早世。後に宇多天皇の皇子敦慶親王と結婚して中務を生む。宇多天皇の没後、摂津国嶋上郡古曽部の地に庵を結んで隠棲した

句釈:
「難波潟」、また「難波堀江」、「難波江」とも。港湾施設。淀川河口の扇状地に在ったが故に、しばしば土砂が堆積して船の通行を妨げた。土砂が堆積するが故に蘆が多く群生する。蘆の「節の間」は凡そ一尺。「この世」は、「この夜」の掛け詞。

意釈:
難波潟には蘆が群がり生えているのを、ご承知あらせましょうが、
その甚だ短き節の間ほども、逢うて戴けないとは、
そのままで、この世を過ごせとの仰せにはありましょうや。

評釈:
  一般に平安時代の女性は交際範囲が極めて狭少であるところから、気分が内に籠もりやすく、嫉妒の病にとらわれやすかったのであろうとは容易に想像できるが、一方伊勢は秀でた美貌と才能のうえに気質にも優れた女性として知られているし、またこの歌からも想像できることであるが、恐らくは人間関係で悩むことはなかったのであろう。
  徐に難波潟から蘆を引出し、蘆から短き間を引出した後、「逢わでこの世を過ごしてよとや」と畳み掛けるように繋ぐことは見事というほかに言葉が見いだせないが、また気持ちに余裕がなくてはできないことでもある。名歌である。

元良親王:
  侘びぬればいまはた同じ難波なる
  身を盡くしても逢わんとぞ思う
元良親王:890年(寛平2年)- 943年(天慶6年)三品兵部卿。
父は陽成天皇、母は藤原遠長の娘。陽成天皇の譲位後に生まれる。色好みの風流人として知られ『大和物語』や『今昔物語集』に逸話が残る。宇多院妃の藤原褒子との恋愛が知られる。 「徒然草」によれば、よく通る美しい声をしており、元日の奏賀の声は非常にすばらしく、大極殿から鳥羽の作道までその声が聞こえたという。

句釈:
「侘びぬれば」:「侘ぶ」は人が訪ねてこず、寂しいこと。「今はた同じ」:今となっては、何ちらでも同じことだ。「難波なる」:「難波にある」。「身を盡くす」:「澪標(みおつくし」の掛け詞。船が座礁せぬよう浅瀬をしめす海や河の道しるべ。

意釈:
寂しくてたまらないので、今となってはどうなろうとかまわない。
たとえ身に重罪の罰を受けようと、逢いたくてたまらないのだ。

評釈:
貴公子なればこそ、心の暴れを押さえつけられない。
逢うことの叶わざるが故に心は荒れ狂い、心が乱れるが故に歌も支離滅裂。
その支離滅裂に心打たれるが故に心に残るのである。これも名歌であろう。


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  家内の誕生日に合せて、「吉野寿司(船場)」から『箱寿司』を取り寄せました。 目に見える材料は穴子、鯛、厚焼き卵、海老、木耳です。
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  ("Sheaffer's Triumph"  おわり)

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