万年筆 ーNo. 1ー
心配されていたオリンピックも無事終り、現在はパラリンピックが行われております。
老人はただ新聞紙上において傍観するのみで、むしろ批判的に見ていたわけでございますが、世界のアスリートにしてみれば、希有の出場機会があたえられたことになりますので、さぞ喜んだことだろうと思い及びに至れば、老人にもなにか善い事をしたような心地よさがおとずれ、おそまきながら彼等の前途に幸多かれと言祝いでいるような次第なのでございます。

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ところで、物欲に弱い老人は、いったん物欲の虜となりますと、一つ購入するだけでは気が済まず、Ebayとかヤフオクとかで次々と目に付くままに同種の物を買いあさるのが常でございまして、最近では”万年筆”がその物欲の対象物だったのでございますが、何事にも始まりがあれば、終りもあるのが道理なのでございます。
別にそれが最高に欲しかった物というわけではございませんが、何ういうわけか、それを手に入れた途端、憑き物が堕ちたかのように、ふっと突然物欲が止む品物というものもございまして、今回はといいますと、これから御覧に入れる万年筆が老人の物欲にとどめを刺したというわけなのでございます。

万年筆にお詳しい方ならば、即座に「なんだ Pelikan の 140 じゃないか」と仰やるものと思いますが、お見立て違いでございます、けっして Pelikan の 140 じゃあございません。

では何かと仰やるのではないかと思いますが、これが ”No Brand” なのでございまして、万年筆中のどこを探しても、ブランドが見当たらないのでございます。たとえOEM商品だとか、何かの記念品だったとしても、なにかの団体の名前ぐらいは記されているはずだと思いますが、それが何処にもない。ただペン先に奇妙なマークが彫られているばかりなのが、少しばかり奇妙なことに思えるのでございます。

ただこれは決して安物ではございません、 Pelikan 140 自体は高価でも上等でもなく、むしろ安価な方だと思うのですが、明らかにこれは安物の文法からは外れているように思えます。
ただの Pelikan ならば、こんなふうに憑き物が堕ちるってこともなかったんでしょうが、なんだか奇妙な品物を手に入れたお蔭でどうやら憑き物が堕ちちゃったていうことなんでしょうね。

これが Pelikan 140 ならば当然そのクリップはペリカンのくちばしを模したものでなくてはならぬわけですが、これはそうではなく、いまだかつて見たことのない筋彫り模様が施されておりますし、キャップリングは三重で、中央の太いリングには、なにやらいわくありげな波模様が施されており、何よりも、このキャップはエボナイトで作られており、5000番、7000番、10000番と番手を上げながら紙やすりで丁寧に磨いていきますと、輪島塗のような暖かみのある艶が出てくる不思議、そして小振りなボディーにやや不似合いな大きさのキャップ等々、‥‥見れば見るほど謎が深まってまいります。

そのペン先はともうしますと、すべてビュラン( burin )による手彫りが施されており、菱形、太陽、14K の文字、隠れて見えませんが 585 と金の品位/金の含有量が彫刻されております。 ただブランドだけがないのです。 太陽は左側半分にだけ光芒があり、中には炎の模様がやはり左半分にのみ彫られています。 菱形に半日半夜( half day and half night )、この模様には何か意味があるのでしょうか? 誰かご存知の方、教えていただけませんでしょうか。 

ということで、少しばかり奇妙な万年筆を手に入れたものですから、このペンの筆跡を御披露したいと思いますが、はてどうすれば良いのか、なんとか下手な字をごまかす方法はないものか、しかしどんなに上手くごまかせたとしても、いづれはボロが出るに決まっています。やはり地のままでゆくよりよい方法はございますまい。そこで、‥‥

老人が無い智慧を絞ってやっと考えついたのが、”原稿用紙に書く”です。原稿用紙はバラバラにしか文字を書くことができず、文字間の統一を取るのが極めて難しいものですから、いったい誰が書いたとしても下手にしか書けようがございません。

凝り性の老人は、さっそく原稿用紙づくりに没頭いたしたのでございますが、デザインは中学の時、県だか郡だかの展覧会の版画部門で見事入賞の実績を有する家内が担当し、プログラムは老人が担当し、互いに相手の領分を侵すことなく、何事にも和をもって貴しとなす、をモットーにしながら、数種類のデザインと、数種の色とで、数組の原稿用紙ができあがりました。

これからしばらくの間は、毎月コレクションより厳選した万年筆と、原稿用紙をセットにして御披露することにいたしましょう。 皆様方にはどうぞ御贔屓のほどよろしくお願いもうしあげます。 

また、原稿用紙は準備が整いしだい、皆様方にも御利用いただけるようにいたしますので、こちらの方もどうぞよろしくお願いいたします。


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題材は百人一首から取りました。
原稿用紙の色は鬱金色、テーマは秋、モットーは”維民所止”、「詩経」より取りました。
インクはダイアミンのパープルドリーム( Diamine : Purple-Dream )、やや青みをおびた紫色です。
書き味は、よく撓いながら、線の太さに変化なく、アップストローク( up-stroke )でやや引っ掛かり、ペン先が極小ですので、小さな手の人に向いていますが、慣れれば誰にでも美しい文字が書け、総じて優秀な万年筆の中に入れてもよいかと思っております。

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饅頭:白桃(川村屋賀峯総本店)
それでは今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
  (万年筆 ーNo. 1ー  おわり)

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