最後のオタカラ


精神面の衰えが、最近頓に著しい老人には、なにかをじっくり考えるというような事が難しくなってきましたが、またそれと同時に、無意識の中に言葉が口を衝いて出るような、無様なことも珍しくなくなりました。

最近、奇妙な仮名漢字交じりの単語が、時に新聞紙上で目につくようになり、老人を惱しておりますが、そのたびに、老人の口からは、「新聞社なんてえ者は、いったい何やってんだ。馬鹿に馬鹿やらせてんじゃあないよ。だいたい馬鹿ってえのはな、敵にすりゃ大迷惑、味方にすりゃ尚お悪しって言うぐらいで、馬鹿ほど始末の悪い者はないんだぞ!」と、自分の馬鹿は棚に上げ、人聞きの悪い言葉ばかりが、いつの間にか口を衝いて出ておりますので、哀れにも我れに還った老人は、自らを省みて、「独り言を言うなんていったいどうしたんだろう、脳のタガが外れてしまったのかな?」、と疑わざるをえないようなこともしばしばなのであります。まあ新聞さえまともなら、このような症状も出ないので、しばらくは静観しようというところでございますが、

例えば「ほ乳類」とか、「骨粗しょう症」とかですが、哺乳類の哺には口中の食物を噛み砕く( chew food )こと、食物を取ることのできない幼児に食物を与える( feed )こと、食べる( eat )こと等の意味があるので、動物が子供に乳や食物を給して育てることを哺育というのです。骨粗鬆症の鬆には弛い( loose, slack )とか、軽く脆い( light and flaky )とか、軟らかい( soft )とかの意味があるので、緻密でなく脆弱なことを粗鬆というのですが、この哺とか鬆とかの字は辞書を引けばいつでも知ることができるのというのは、大変便利なことなのであり、辞書を引くことによって知識が増え、やがては知恵にもつながるというものなのです。一方、「骨粗しょう症」とか、「ほ乳類」としか書いてなければ、その正確な意味を知るためには、国語辞典を引かなければなりませんが、それで意味を知ることができたとしても、「哺」の意味を知らなければ、応用という面での不利は免れられません。また著しく造語能力を欠くことになるでしょう。例えば「政治」、「科学」、「社会」、「会社」のような言葉は近代の造語なのですが、造語能力に不足すれば、新しい学問は英語等の造語能力に勝る外国語によらねば、理解することが難しくなりますので、われわれには随分と不利になるのではないかと思われるのですが、はたして、皆様方にはどうでしょうか?

***************************

新聞社の悪口ついでに、もうひとつ、7月10日中日新聞の夕刊です、――
トランプタワー前に「黒人の命も大事だ」  [ニューヨーク=共同]
米ニューヨーク中心部の五番街の路面に九日、黒人差別解消を訴える運動のスローガン「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」の文字が黄色で大きく描かれた。トランプ大統領の住居があるトランプタワーの目の前で。米メディアによると、ペイント作業には「政敵」のデブラシオ市長(野党民主党)も参加した。云々

事件は、黒人の男性が白人の警官に撃ち殺されたことに端を発するものと記憶しておりますが、「ブラック・ライブズ・マター」は恐らく"Black Lives Matter"のことでしょう。直訳すれば「黒人たちの命が重要である」、或は「黒人たちの命が問題である」となりますが、これがなぜ、「黒人の命も大事だ」となるのか、ここでいう「大事」とは「大切」と同じく、「価値がある( valuable )」とか、「貴重である( precious )」という意味だと思うのですが、重要/重大( important )という意味ではありませんよね、もちろん「大事」の本義は「他への影響が大きい」という意味の重大/重要( important )の意味ですが、現代語には無いのではないでしょうか?だとしたら、"important"と同じ意味をもつ"matter"を「大事」と訳すのは間違いということになります。手持ちの辞書によれば、"matter"は、"to be important or have an important effect on somebody/something"とあります。「重要である、或は誰か/何物かに対する重大な効力を有する」ということですね。

さて、辞書で動詞の"matter"を引くと、次のような例が挙げられているはずです、"What does it matter ?"、これは重要な言い回しですからね、そして日本の辞書ならば、恐らくこんな風に訳してあるのではないでしょうか、「その何が問題なんだ?」とか、「それがどうした?」と。上の"Black Lives Matter"という標語は、この"What does it matter ?"に呼応した返辞です、「黒人の命が問題なんだよ!」と。

同じ中日新聞の7月22日の夕刊には次のような記事が載せられていました。新聞の劣化を示す格好の例として、その全文を引用することにしましょう、――

「ブラック・ライブズ・マター」をどう訳す。「命は」、「命も」、「命こそ」、「大事だ」で現実伝わる?
米国発の黒人差別反対運動のスローガン「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」。運動が世界的に広がり、頻繁に取り上げられる中、どのような日本語訳が妥当かで議論が起きた。メディアでは「黒人の命も大事」「黒人の命は大切」が多く、「黒人の命こそ大事」も。専門家によると、問題の捉え方、理解の仕方によって「ふさわしいと思う訳は異なる。考えることで、私たちが持つ内なる偏見や、差別に目を向ける契機になる」という。このスローガンは2013年、米フロリダ州で黒人高校生を射撃した自警団員が無罪となった事件を機に生まれた。徐々に広まり、黒人以外のさまざまな人も叫ぶようになった。「命も」と「命は」は一文字違い。上智大の飯野友幸教授(米文学)は「どちらも誤訳ではないが、誤解を生みかねない」と指摘する。「は」にすると「黒人の命だけが大事」と読める余地がある。「も」とすると、白人至上主義者らが論点をずらすために使う「オール・ライブズ・マター(全ての命が大事だ)」との意味の違いが曖昧になるという。飯野氏は「訳によって大きくニュアンスが異なり、運動への見方がずれる」と指摘。「黒人の命はどうでもいいはずがない」または「‥‥どうでもよくはない」という訳を提案した。「黒人の命を粗末にするな」との訳を提唱するのは、京都大の竹沢泰子教授(文化人類学)。「奴隷制の歴史に始まり、今も不必要に殺され続ける黒人の厳しい現実は「大事だ」では伝わりにくい」と話す。両氏はこれを機に日本人にありがちな差別意識に向き合おうと強調する。竹沢氏が例示するのは、初対面の黒人に「スポーツ得意でしょ」「ラップやレゲエ好き?」と尋ねること。偏見であり、相手を傷つける。



暑い時には裸で涼もう(布袋尊)


**************************

葛焼き(川村屋賀峯)

では、今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  (最後のオタカラ  おわり)

<Home>