青銅の一輪挿


優れた才能は、一目で分かるものである。老人は、優れた才能を誰よりも好む者であり、優れた才能こそが、老人の主食である。これなくしては一日たりと過ごすことができない。また好物であるからこそ、新聞紙上のお粗末な訳文にも、一目で、その価値が分かるのである。

インターネット上で原文を探してみると、すぐに見つかり、案に違わず、非常に興味深いものであった。 YouTube上にも、そのスピーチがアップロードされていた。更には、去年の十二月にポーランドで行われた COP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)での録画を見ることもできた。それが真に優れた才能であることは、もはや十分に明白になった。

美味いものを独り占しては申し訳ない。インターネット上には、原文も訳文も容易に目にすることができるので、今更の感なきにしもあらずであるが、まだ知らない人の為めに、原文と、拙訳とを併せてお目に掛けよう。

以下の原文は、米国のNPR(National Public Radio)に依る、――。
Transcript: Greta Thunberg's Speech At The U.N. Climate Action Summit

Climate activist Greta Thunberg, 16, addressed the U.N.'s Climate Action Summit in New York City on Monday. Here's the full transcript of Thunberg's speech, beginning with her response to a question about the message she has for world leaders.

"My message is that we'll be watching you.

"This is all wrong. I shouldn't be up here. I should be back in school on the other side of the ocean. Yet you all come to us young people for hope. How dare you!

"You have stolen my dreams and my childhood with your empty words. And yet I'm one of the lucky ones. People are suffering. People are dying. Entire ecosystems are collapsing. We are in the beginning of a mass extinction, and all you can talk about is money and fairy tales of eternal economic growth. How dare you!

"For more than 30 years, the science has been crystal clear. How dare you continue to look away and come here saying that you're doing enough, when the politics and solutions needed are still nowhere in sight.

"You say you hear us and that you understand the urgency. But no matter how sad and angry I am, I do not want to believe that. Because if you really understood the situation and still kept on failing to act, then you would be evil. And that I refuse to believe.

"The popular idea of cutting our emissions in half in 10 years only gives us a 50% chance of staying below 1.5 degrees [Celsius], and the risk of setting off irreversible chain reactions beyond human control.

"Fifty percent may be acceptable to you. But those numbers do not include tipping points, most feedback loops, additional warming hidden by toxic air pollution or the aspects of equity and climate justice. They also rely on my generation sucking hundreds of billions of tons of your CO2 out of the air with technologies that barely exist.

"So a 50% risk is simply not acceptable to us — we who have to live with the consequences.

"To have a 67% chance of staying below a 1.5 degrees global temperature rise – the best odds given by the [Intergovernmental Panel on Climate Change] – the world had 420 gigatons of CO2 left to emit back on Jan. 1st, 2018. Today that figure is already down to less than 350 gigatons.

"How dare you pretend that this can be solved with just 'business as usual' and some technical solutions? With today's emissions levels, that remaining CO2 budget will be entirely gone within less than 8 1/2 years.

"There will not be any solutions or plans presented in line with these figures here today, because these numbers are too uncomfortable. And you are still not mature enough to tell it like it is.

"You are failing us. But the young people are starting to understand your betrayal. The eyes of all future generations are upon you. And if you choose to fail us, I say: We will never forgive you.

"We will not let you get away with this. Right here, right now is where we draw the line. The world is waking up. And change is coming, whether you like it or not.

"Thank you."


以下は、拙訳である、――
≪国連の気候変動活動会議に於けるグレタ・トゥンベリの演説の完全な筆録≫

『わたしの伝えたいことは、――わたし達は、あなた方を見張っているぞ!――ということである。

『これは、完全に間違っている。 わたしは、ここに居るべきではない。大西洋の反対側の学校に帰っているべきなのだ。それなのに、あなた方は皆が、わたし達若者の所に、なにかを期待しながら、やって来る。あなた方は、いったい正気なのか!

『あなた方は、あなた方の空虚なことばで、わたしの夢と、わたしの幼年時代を盗んだ。それでも、まだわたしは幸運な方だ。人々は苦しんでいる。人々は死にかけている。全生態系が崩壊しかかっている。我々は絶滅の危機に瀕しているのだ。それなのに、あなた方の全てには、お金や、永続的経済成長というおとぎ話を話し合うことが可能なのだ。あなた方は、いったい正気なのか!

『30年以上もの間、科学は、クリスタルのように明白であったのに、いったい、あなた方は正気なのか!あなた方は、目をそらし続けてきた。それなのに、ここに来ると、こう言っている、――わたし達は、十分やっている、と。そんな時でも、必要な政策や、解決策は、あなた方の視野の、どこにもないのだ。

『あなた方が、わたし達の話を聞いて、切実さを理解している、と言いながら、しかし、わたしが、どれほど悲しんでいようと、怒っていようと、気にも掛けていないとすれば、わたしは、そんなことを信じたくはない。何故ならば、もしあなた方が、この状況をほんとうに理解していながら、いまだに間違った行動を取り続けているとすれば、あなた方は、邪悪としか言いようがないからだ、それが、わたしが信じようとするのを、阻んでいるのだ。

『我々のガス排出量を、10年間に半分に減らすというような平凡な発想では、気温上昇を1.5℃に抑えるチャンスは、たった50%を、我々に与えるに過ぎない。 しかし、そのリスクたるや、人類の制御を超えた不可逆的連鎖反応を引き起こすようなものなのだ。

『50%なら、あなた方には受容可能かもしれない。しかしそのような数字には、臨界点も、極端な循環増幅も、有毒な大気汚染に隠された更なる温暖化も、持ち分や、クライメート・ジャスティスなどという事柄も含まれていないのだ。彼等は、また、わたしの世代が、あなた方の何兆トンというCO2を、ほとんど影すら存在しないテクノロジーによって、大気圏の外へ吸い出すことを頼りにしている。

『だから、50%などというリスクは、我々には単に受け入れられないものでしかない。我々とは、否応なく、その結果と共に生きていかなくてはならない者だからである

『地球の気温上昇を1.5℃以下に抑えられるチャンスが67%――[気候変動に関する政府間委員会]によって与えられた最良の勝ち目――あったとして、2018/01/01の時点では、世界には、なおCO2の排出量には420ギガトンの余地が残っていた。今はどうか、その数字は、既に350ギガトンにも足りていない。

『いったい、あなた方は正気なのか!――通常の業務や、いくつかの技術的方策を用いれば、こんな事は解決することができる、というような振りをするなんて。 今日の排出レベルで言えば、残されたCO2の排出量の予算は、8年半以内に、満額を超えるのだ。

『今日、ここに、いかなる方策も、企画も、この数字に則して提出されることはないだろう。 何故ならば、これ等の数値は余にも不快だからである。そして、あなた方は、ありのままを伝えるほどには、未だ成熟しきっていないからだ。

『あなた方は、わたし達を見捨てようとしている。 しかし、若い人々は、あなた方の裏切りを理解しかけている。あらゆる未来の世代が、眼を、あなた方の上に注いでいる。そして、あなた方が、わたし達を見捨てることを択ぶならば、わたしは、こう言おう、――我々は、決してあなた方を許さない、と。

『我々は、あなた方を、このまま放免することはないだろう。正しくこの場で、正しくこの時に、我々は境界線を引くのだ。世界中が目覚めようとしている。そして、変化が起きようとしている、あなた方が、好もうと好むまいと。

『ご静聴ありがとうございました。


皆様は、御覧になっただろうか、ポーランドでは小さな短刀でチクチク刺していただけなのに、ニューヨークの本舞台では、突如、被っていた貓をかなぐり捨てて、虎の本性を現したのを。 大鉈を振りかざして敵の退路をことごとく断ちながら、有無を言わせぬロジックで、反論があるならば、今こそ言うべき時だ、さあ言ってみよとばかり、であったのを。 まあ言ってみれば、大業物を振りかざしながらも、その抜群の切れ味を見せつけたのですが、老人は、この短いビデオに、まさに胸のすくような思いを味わったのであります。

冒頭、極めて小声で、こう言いました、『わたしのメッセージは、こうだ、わたし達は、あなた方を見張っているぞ!』、と。 勿論メッセージの宛先は言わずと知れた、名にし負うさる大国の大統領その人にほぼ間違いありませんが、また真の活動家にとってみれば、聴衆のことごとくが、皆非難の対象なのであり、口先だけの活動家などに、何の意味があろうか、ということでもあるのです。 聴衆は、一瞬ざわめきましたが、彼女が演説をし始めると、水を打ったように静まりかえり、その一言一句を聞き逃すまいとします。 最初の一言で、聞く者のそっ首を押さえ込むと、以後は、短いセンテンスのことごとくが、皆相手の急所を打ち、適切な数字をまじえることで、わがロジックには、確かな統計的裏付けがあるぞ、文句があれば言うがよい、皆ことごとく返り討ちにしてくれようぞ、とばかり。 そして最後には、さあ今こそ起ちあがれ、この期をのがすな、卑怯者の烙印を押されてもよいのか、と来るわけですな。 なんとまあ、見事なものではありますまいか。 勿論、凡百がいくら頑張っても、国連に招致されるはずもありませんがね、‥‥

以前、ノーベル平和賞のマララ・ユサフザイの演説で、最近の若者の実力に関して、老人は眼を開かされた思いがしたものですが、またここに来て同じ思いを懐くことになるとは、‥‥。

しかし、残念ながら老人には、この国の若者からも、このような優れた才能が現れることがあるのだろうか、とやや悲観的にならざるをえません。 YouTube 上のコメントなどを読んでみますと、日本語のコメントは、揚げ足取りとか、視野の狭さとか、身勝手さとか、悪い点ばかりが目につきますが、これは但だ、老人の目につくのが、たまたまそうだったに過ぎないのだろうか。

北欧、ドイツ神話には、ブリュンヒルトという女王様がでてきますが、それが抜群の美貌を誇るとともに、武勇にも秀でており、馬鹿な求婚者には、投石、投槍、幅跳びの三種目をもって、自分と競わせ、競技に負けた求婚者には、死をもって償わせたということですが、はたして、この女王の姿を、まざまざと彷彿させる、このスエーデンの女性闘士には、今後益々注目せねばなりません。 老人には、非常に胸がわくわくして来るようなできごとなのですが、‥‥。



老人の祖父が、かつて戦前の朝鮮に遊んだおり、彼の地の有力者から贈られたという一輪挿です。 本はもっと緑青が鮮やかで、きれいなものだったと記憶していますが、老人が子供の頃から常に掌中にして愛玩してきたものですから、今ではすっかり黒くなってしまいました。 以前の緑色も結構ですが、今の黒々とした風情もなかなかで、老人の唯一手放しがたい一品です、‥‥


老人の庭には、山吹が一抱えほど植わっておりますが、しばしば季節外れの花を咲かせます。 季節外れの花では、気分がいささか落ち着きませんが、落ち着かないのも、これまた一興かと、‥‥

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≪ドラゴン フルーツ≫
スーパーに売られていたので、試しに買ってみました。 包丁で四つ割りにすれば、皮は手を使って容易に剥くことができます。味はキーウィ フルーツの種を全体に散らばらせたようなもので、思ったより上品な味でした。
では、今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
  (青銅の一輪挿 おわり)

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