改元せらるるにあたり、老人の雑感などを、少しばかり申し述べておきたいと思います。
過去の例によりますと、改元の理由としては、一には瑞兆、二には災害の時、このような時に、多く改元されているように見受けられますが、此の国は、実に万葉集巻十三に、「磯城島(しきしま)の大和の国は言霊(ことだま)の助くる国ぞ真幸(まさき)くありこそ」と、柿本人麻呂朝臣に歌われるように、言葉に依って神を動かし、幸不幸の結果は言葉に依って齎されると信じられてきましたので、元号も成るべくならば凶事を去って、吉事を呼ぶように作られるものであり、又そこに用いられる漢字の一字一字にも、めでたい意味を込めなくてはならないのであります。
「令」を漢語字典のサイトである”漢典”に当ってみましょう、――
- 甲骨文字に従えば、「令」の上半分、即ち”人+一”は「人を集める( gather )」という意味の”集”であり、下半分は、人が命令を聴くさまに象(かたど)る
- [本義]は上位が下位に対して指示すること。号令を発すること( demand, order )
- 命名すること( give a name to )
- させる( cause/make somebody to do )
- 命令/法令( laws and decrees )
- 季節/時令( season )
- 逮捕状/令状( writ, warrant )
- 名声( renown, reputation )
- 善美な( good )
- 吉祥な( lucky )
- 他人の親属に対する敬称:令郎(令嗣)、令子、令母(令堂)、令兄、令妹等
「和」は、――
- 和諧/協調/仲の良い( harmonious, coordinated )
- 和順/平和/温和/穏やかな( gentle, mild )
- 睦まじく/睦まじい( on friendly terms, harmonious )
- [天気/天候が]暖和/清和/温煖な( warm )
- 適切な/穏当な( moderate )
- 健康的/快適な( comfortable )
- 日本国/日本の( Japan, Japanese )
- 混和した/混合する( mix, blend )
- 釣り合いのとれた/均斉のとれた( be in harmonious proportion, compromise )
- 仲直りする( become reconciled )
- 収束する( converge )
- 総数/和( sum )
- ~と共に( with )
- ~と( and )
- 又は( or )
- 一緒に[歌う]( join in (the singing) )
- ~に従う/応じる( follow, echo, respond to )
- 同意する( agree )
このように観てみますと、「和」の意味はともかく、世間にも、すでに種種取り沙汰されているように、「令」に関しては、およそ落第点を差上げなくてはなりません。
「令」には、字典に在るように、”善美( good )”の意味も皆無ではありませんが、漢文を少しでも嗜むような人に、論語に、「巧言令色、鮮矣仁」と嘆かれた孔子の言葉を思い浮かべない者はないからです。孔子は、『巧みな言葉や、美しい容姿には、思いやりというものが少ないなあ』、と言われたのです。「令」には、少なからず「うわべが美しい」の意があると思っていた方が間違いがなく、敢てこれを取る理由がないのに、なぜこの字を用いるのでしょうか?
「令AB」を、「Aをして、Bならしむ」と読ませるのは、漢文解読の常套手段ですが、「Aに命じて、Bをさせる/にならせる」という意味です。「誰かに命じて、和諧させる」、言葉の意味に悪意はなくとも、悪く取ることはいくらでも可能です。
更に、「令和」を、強いて、”万葉集から引いた”、と言うのも、如何なものでしょうか?
「万葉集巻五」の、「大伴旅人の梅花の歌序」に、「于時初春令月,氣淑風和。梅披鏡前之粉,蘭薫珮後之香。」とありますが、「長衡の帰田賦の序」にも、「於是仲春令月,時和氣清。原隰鬱茂,百草滋榮。王雎鼓翼,倉庚哀鳴;交頸頡頏,關關嚶嚶。於焉逍遙,聊以娛情。」とあります。「仲春令月」には、「初春令月」と応じ、「時和気清」には、「気淑風和」と対していますので、旅人が長衡を意識していたのは明白です。長衡は西暦78-139の人であり、旅人の序は天平二年(西暦730)の作です。前者を差し置いて、敢て後者を引く理由がどこにあるのでしょう。馬鹿馬鹿しいお国自慢は無知を世間に曝して、ただ醜悪に見えるだけです。皆様方は、決して馬鹿の真似などなさらぬよう、切にお願いもうしあげます。
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