飛香芬芬


『うたかたの心はちぢに乱るれど、つたうる言葉なきぞかなしき』、とでも言えば分っていただけましょうか、新聞紙上を眺めれば、老人の心中には、通常なにがしかの思いが涌き上ってくるのですが、近頃は精神作用がはなはだ希薄になり、乱れることばが意見を成すまでには至りません。

さはさりながら、老人の意見も詮じつめれば、『考えよう』というぐらいの、モットー( motto )にまで約すことができますので、いくら言葉を変え、品を代えようと、たった一つきりのモットーでは、所詮限りがありますので、題材の行き詰まりも、自らなる結果であり、まあ当然といえば、当然なのであります。

老人の記憶力は、増々衰え、あたかも『去る者は時々刻々として疎し』のごとき状態を呈しておりますが、最近読んだ新聞のコラムには、『世界で唯一、日本人だけが、論理に情緒が勝るのであり、その故に、採算の合わない、先の見えない研究に、黙々と取り組むことができ、ノーベル賞を獲得するのである』、というような意味のエッセが寄せられていたように記憶しておりますが、その論調において、この人は、『であるが故に、我々日本人は、世界唯一であることに誇りを持たなくてはならない』、と言っているように記憶しております。まあ衰えた老人の記憶のことですから、その解釈において間違っている可能性なきにしもあらずで、まことに恐縮でございますが、老人としては、敢て非を問わずにはいられません。

確かに、この人の言うとおり、『論理に情緒が勝る』、という日本人の特性においては、あるいはそうかも知れません。『神国日本が、夷狄に負けるはずがない』、というような極端に情緒的、且つ非論理的なモットーを掲げて、彼の『真珠湾作戦』を挙行した、愚かな軍人の精神は、我々自身の心中に、多かれ少なかれ、厚かれ薄かれ存在することは、言わば自明の理と言ってもよろしいでしょう。何となれば、新聞の一面には連日のように、日本人として、世界に活躍するスポーツ選手の動向が記載されており、わが国民は、これを見て一喜一憂しているように見受けられるからであります。

このように世界唯一の特性をそなえた、我が日本人の損得を離れた行動様式は、世界中から『カミカゼ』として恐れられるだろうことは、容易に想像することができますが、また我々自身をも、『玉砕の危地に立つことを強いるものである』、と常に認識している必要があります。

諸の民族は、皆、自らを誇りにしています。我々日本人も、是非、自らを誇りにしてもらいたいものだと思いますが、それは理性に裏打ちされた、他人を納得させるものでなくてはなりません。わが国民の損得を離れ、他人の為に、一心に仕事に打ち込む特性とか、恩讐を離れて、水に流す特性などは、或いは美しいものとして、自ら矜りにしてよいものであるのかも知れませんが、世界的視点に立てば、どれほどのものであるのかを理性的に判断して、その特性の由来する理由と、その善悪の限度を辨えた上で、矜りにするのでなくてはならないでしょう。


閑話休題、さて冒頭の『考える』ということに、話しを戻しましょう。般若経では、盛んに『空』ということを説きますが、『空』とは、『無分別』とも称され、『是非や、善悪を分別しない( do not distinguish )』ということを意味しますが、その心はと言えば、ただ、『施す』時に、『誰が施すのか?』、『誰が施しを受けるのか?』、『何が施されるのか?』という、『三事において、分別しない』ということに過ぎず、平たく言えば、『わたしは、裕福であり、お前は貧乏だから施す』のでもなく、『わたしは貧乏だし、お前は裕福であるのに施す』のでもなく、ただ、『欲しいと言われたから、施す』のであり、『施す者も、施される者も、施される物も分別しない』ということに過ぎないのです。

言い方をかえますと、『空』とは、『慳貪/物を惜しむという病を治す薬』なのですが、薬であるからには、副作用もあり、『空とは何か?』と考えすぎて、『空に取憑かれる』ことを、『空病を病む』とも称しますので、『考えすぎる』というのは、般若経においても禁物ですが、しかし、何も考えずに、『あの人は、学がある』から、『あの人は、お金持ちであるが故に、馬鹿でない』から、『信用できる』から、『有力者である』からというような理由で、『他人の言葉を鵜呑みにして、信じる』のは、『考えるが故に、われ有り』の逆を行くものであり、およそ『理性的』と言われることの反対ですので、なるべくならば、なさらないで戴きたいのですが、『信用している人のことを裏切れるか!』と、情緒的に考えるのが、この国の人の特性ですから、なかなか一朝一夕に変えるというのは難しいかも知れませんね、‥‥。

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この茶碗には、『山間の坂道』という銘がありますが、大量生産の安物であり、画も稚拙としか言いようがございませんが、その稚拙に馴染んでしまえば、春の感じがよく出ていて、案外面白いと感じるところがないわけでもありませんので、この季節になりますと、しばしば取出して使っております。



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≪高野豆腐の煮物≫
<材料:2人前>
  1. 高野豆腐:2枚
  2. 水:カップ2杯400cc
  3. 砂糖:大さじ2杯18g
  4. 塩:小さじ1/2杯3g
<作り方>
  1. 高野豆腐を水かぬるま湯に浸けて戻し、白い汁が出なくなるまで水を替えながら押し洗し、掌にはさんで、水気を固く絞る
  2. 鍋に水、砂糖、塩を加えて、強火にかけ、沸騰したら弱火にし、蓋をして艶が出るまで、20~25分煮る
  3. 火を止めてから2~3分置いたのち、バットに移し、煮汁を注いで味を含ませる。
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  (飛香芬芬  おわり)

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