人は、無くて七癖ともうしますが、一口に癖ともうしましても、癖にもいろいろございまして、「女癖」、「酒癖」等は、性格中の悪しき傾向を意味し、「口癖」、「(髪の)寝癖」等は、その人にのみしばしば現れる習慣的な行為、又は現象を意味し、「好い癖」、「悪い癖」は、「好い習慣」、「悪い習慣」の意味ですし、「漢典(オンライン漢辞典)」には、「事物に対する偏愛が習慣と成ること、即ち中毒/耽溺(
addiction )、或は弱点( weakness for )を指す」というような事を言っておりますし、「言海」に至っては、あっさりと、「偏りて物事を好む病。固(かた)く泥(なづ)みたる悪しき習慣(ならわし)。」と断定しておりますので、いっぱんに癖というものは、余り有難い種類のものじゃあございませんが、「weblio和英辞典」に依りますと、「habit
習慣、 peculiarity 奇癖/風変わりな点」とございますように、本人にとっては、案外普通の事だと思っていないとも限らないわけのものでございます。
さて、前置がだいぶ長くなりましたが、老人の癖はともうしますと、気に入った物は、何が何でも二つ買わねば気が済まないとものでございますから、本人自身もそれが癖であると知ってはいるのでございますが、何しろ気が済まないのでございますからな、‥‥その物を両手に握りしめるまでは、気が気じゃないのでございます。最近もカミソリを二個入手致しましたが、それをこの手に握りしめるまでは、胸の奥に気持が滞って、何も手につかなくて、非常に困ったことになっていたのでございます、‥‥
そもそもの発端は、老人の日頃使用しているカミソリの替刃が、むちゃくちゃ高価だということでございますな、‥‥1個が200~300円もしては、馬鹿高いとしか言いようがない上に、切れ味の方はともうしますと、良いのはせいぜい5日ぐらいで、10日目になりますと、もはや限界となり、がりがりと肌を引っかくようになりますので、貧乏な老人に取っては、この出費が馬鹿になりません。そこで、昔使用していた両刃カミソリに代えようと思いまして、いろいろ調べましたところ、ドイツのミューレ(Mühle)が良いように思えましたので、手に入れて使用してみますと、豈図らんや、これが思った以上に良かったのでございますな、まったく5枚刃だの6枚刃だのっていうのは、何の為なのだと思えてくるぐらいに、するすると滑るように剃れて、しかもそり残しがまったく無く、今までどうしても口の両端の辺にざらざらしたもの残っていたのでございますが、それが指先で摩でても分らないぐらいに、思いのままに剃れ、しかも1枚の刃で10日間は、まったくストレスなく剃れますし、更には1枚の替刃が安い物で10円、高い物でも30円、髭剃り用のジェルが1日当り10円だとすれば、その1/3でしかないわけですから、笑いがとまらないとは、まさにこのことでなのでございますが、老人も気質が大分練れてきましたので、まだまだこれぐらいでは、もう1個欲しいというところまではいきません。
やがて1週間にもならないのに、最初の感激というものが薄れてしまいますと、なんとなく気に入らないところが出てまいります。要するに溶けた合金を精密金型に流しこんで形を作り、その上にクロームメッキを厚く施しただけの製品ですので、見かけは高級そうでも、毎日見ていればお里が知れますということにで、いかに美しくとも、それが大量生産品では、愛着の湧きようがございません。
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