紫陽花


老人は、今月も抹茶茶碗の掘り出し物を求めて、ヤフオクの監視に怠りなく、常に鵜の目鷹の目で探索しておりますので、肝腎の大智度論の方ががいっこうに捗りません。
何しろ掘り出し物ですからな、‥‥それもたった数千円の資金をもって国宝級の逸品を手に入れようっていうんですから、どだい無理な話ではございますが、世の中は目明き千人に盲千人じゃあねえか、そんじょそこらにお宝が転がっているはずはございません、だなんてことを言っているようじゃあ、到底僥倖にもありつけないって訳だよとうそぶいているような始末でございまして、愚かな老人の辞書には、諦めるの一語が、どこにも見当たりません。

というような次第でございますので、ようやく今月分の大智度論が片付きましたのが27日頃、それから思案投げ首して無為に過すこと二日、その結論はと申しますと、あっさり白旗を挙げて降参でございますな、‥‥過去の写真を篋底から引き摺り出し、なんとか使えそうなものをということで、恥ずかしながら「矢田寺」の写真に二度目の御奉公をさせることに相成りましたので、皆様方にはご寛恕のほど、どうか宜しくお願い申上げます。



最近、折角競り落とした茶碗を、輸送中に破損されるという、大変な憂き目に遭遇したのでございますな、‥‥。

待ちかねた宅配便が届きましたので、子供のようにわくわくしながら、いざ梱包を解いてみたところ、そこに現れたのは無慚にも、真っ二つに割れた茶碗、しかも、それが想像していたのよりも、何層倍も美しいものでしたので、日頃感受性が鈍くなり、少々の事では、物に動じぬ老人といえども、これには堪りません。思わず口を突いて出るのは、「キャー」とも、「ヒャー」とも聞分けようのない悲鳴、まあ、うら若き乙女が暴漢に襲われたような、とでも言えば言えないこともないというようなものでしょうか、‥‥



そこで、運送会社の補償を受けたのですが、随分控え目に申告したものですから、競り落とした金額よりは大分上でしたが、とてもそれだけでは気が晴れるというところまではいきません。後日それと類似の茶碗を、やや高値で競り落とすまで、鬱々とした日々を過していたのであります。

要するに、老人は割れた茶碗をもって、唯一無二の物だと思い込んでいたのですが、僅かの違いを除けば、ほぼ相似の物が、世の中には別に存在していたということなのですな、‥‥



老人は、物の価値を判断して、一喜一憂するという愚を犯していたのでございますが、いったい茶道具ほど価値の分かりにくいものは、世界中を探して見ても、他にあるとは思えません、‥‥

中でも骨董に属するものは、粗忽者に割られたり、無智の者に捨てられたり、あるいは天災、人災、戦火に遇ったりして、少なくなる因縁は山ほどあるのに反して、多くなる因縁は皆無ですからな、‥‥さだめし骨董屋さんなどは、手持ちの品を然るべきところへ片付けてしまえば、もう商売替えするより外に道はないわけで、そうなれば世の中に骨董屋など有るはずがないと思われるのでございますが、実情は然に非ず、そのような者がしょっちゅうテレビなどに出没しているということは、贋物の骨董が真物として、大手を振って大量に売買されているということなのですな、‥‥

聞く所に依りますと、「箱書き」とか、「極め付け」と呼ばれるものがあって、これさえあれば贋物でも、真物としてまかり通るということですので、骨董屋の輩が無限に真物を売り続けられるというのも道理なのでございます、‥‥物の真贋を横に置いて、「箱書き」、「極め書き」の書判の鑑定のみが価値の基準となるようなことは、譬えば中世の錬金術か、カトリックの「免罪符」や、一遍上人の「決定往生」のお札の如きものを有難がるようなもので、崇拜する茶道の家元の「書付け」は、実物の真贋に勝るという、我が国特有の Sentimentalism ですので、いくら百万とか、二百万したところで、「箱書き」のお蔭で価値を有するような物を、外国人は誰も欲しがりません。寧ろ、この国の人が、心に留めようともしない、普遍的価値を有する、真に優美な逸品のみを買いあさることになりますのでね、幕末の時見たように、本物の流出は、やはり避けようのないことなのかも知れませんね。



幸いにも老人の茶道は、伝来の御家流、ただ持前の眼識のみを頼りに、茶碗を買いあさっておりますので、書付け本物、茶碗偽物の憂など起りようがございませんが、‥‥

ただ、写真を実物以上に仕上げる方が多々おられますのでね、‥‥時には想像していた物とは、およそ懸け離れた廃れ物をつかまされないとも限りませんので、‥‥まあ勝負は半半といったところでしょうか、‥‥。





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  夏の暑さもたけなわとなってまいりましたが、水まんじゅうなどは、いかがでございましょうか?もし引かれている水道水が冷たくて美味ならば、その水といっしょにお召し上がりください。
(大垣:御菓子 つちや)
では、今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  (紫陽花  おわり)

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