馬頭観音


この地方では、九月の上旬にこそ、暑い日が続いておりましたが、中旬に入りますと、台風の影響でどんよりとした曇り空が続き、下旬にはそれに雨模様が重なって、季節はすっかり秋晴れという言葉を忘れてしまったかのようで、困ったことに、どこへ行こうと思っても、とんと予定が立てられません。

よって、今月もまた昔の写真をひっぱり出して来るようなありさまで、誠に申しわけなく思っておりますが、それがさてどこへ行くと言われても、すぐには思いつけないようなありさまで、いづれ種も尽きようという瀬戸際ですので、まあなんでも無いよりはましということで、どうか御勘弁のほど、ひとつ宜しくお願いもうしあげます。

もう六年も昔のことになりますか、福井県の高浜原発の近くに中山寺という古刹があり、三十三年ぶりの御開帳があるということで、普通ならば御開帳などというような人混みには、近づかないように気をつけているのですが、その時はどうしたものか、今ではさっぱりそのいきさつを思い出せませんが、何か予感でもあったのでしょうか、珍しく御開帳拝観に出かけたのですが、それが未だに忘れられないほど、強烈な印象を受けることになりましたので、皆様方にも、その一端なりとお伝えすることに致しましょう。



高浜町の街中を抜けて山路に入り、やがて山の中腹から見晴らしが開けて、海が見えるようになりますと、そこが中山寺の駐車場です。わずか数段の石段の上に立派な仁王門がありますが、格子や金網で、中には立派な仁王像があるということですが、余りよく見られません。そして奥の石段を三十段ほど上ると、そこはもう本堂の前に出て、その他には余り見るべきものもないような、高名な割りに小さなお寺です。



本堂は桁行、梁行ともに5間、入母屋造り桧皮葺、縁側、亀腹の和様で、小ぶりながらも均斉のとれた鎌倉室町頃の建造物です。

この中に、秘仏馬頭観音が祀られているのですが、早朝のこととて、辺りには誰もおらず、どうやら人混みは避けられそうです。




写真では、とても本物の迫力が描写されていません、‥‥実際には、もっと赤黒くて今にも動き出しそうな、皮膚の軟らかな、血の通った生身の肉体を感じたものでしたが、ちと残念ですな、‥‥。

馬頭観音は、梵語でhayagrīvaといい、辞書によれば「馬の首の horse-necked 」という意味だそうですが、そういえば頂上に馬の首を戴いておられますので、示現される時には、馬の姿であるのかもしれません。

馬頭観音の真言は、「真言陀羅尼 坂内龍雄著 (株)平河出版社」という便利な本によりますと、「甘露発生尊に帰命したてまつる。 フーン・パット(魔障を呵責𠮟咤する声)、めでたし (Oṃ amṛtodbhava hūṃ phaṭ svāhā) 」とありますが、このままでは理解し難いので、辞書を引いて調べてみました、辞書に無い言葉は成るべく近い言葉で代用します。
  1. オム om :厳粛な肯定と敬虔な同意の語、しばしば「然り/誠に/かくあれかし」と訳される、(そして、その意味に於いてアーメンと比較される; これはほとんどのヒンヅーの著作物の最初に置かれ、恐らくは神聖な間投詞として、読経の前後や、あらゆる祈りの前に発せられる (卑俗な耳には聞えない程度に) )( a word of solemn affirmation and respectful assent, sometimes translated by " yes, verily, so be it " (and in this sense compared with Amen ; it is placed at the commencement of most Hindu works, and as a sacred exclamation may be uttered [but not so as to be heard by ears profane] at the beginning and end of a reading of the vedas or previously to any prayer )
  2. アムリタ amṛta :死なない/不死身の/不滅の/美しい/不死身の者/神/不死の世界/天国/永久/不死/(不死を授ける)神の酒/神の食物( not dead, immortal, imperishable, beautiful, beloved, an immortal, a god, world of immortality, heaven, eternity,immortality, the nectar (conferring immortality ), ambrosia )
  3. ウド ud :上へ/上の方へ( up, upwards )
  4. バヴァ bhava :生まれること/誕生/産出/起源/起ること、或は産出されること/~に存在する/~に係る/~になる/~に変じる/存在すること/存在する状態/存在/生命( coming into existence, birth, production, origin, arising or produced from, being in, relating to, becoming, turning into, being, state of being, existence, life )
  5. ウドバヴァ udbhava :存在/発生/起源/産出/誕生/湧いて出る/成長する/現れる( existence, generation, origin, production, birth, springing from, growing, becoming visible )
  6. フーム hum :(追憶/疑い/質問/同意/怒り/非難/怖れ等の、翻訳し難い) 間投詞( an exclamation (of remembrance, doubt, interrogation, assent, anger, reproach, fear &c, not translatable )
  7. パット phaṭ :カーッ!(又呪文中に用いられる神秘的音節)( Crack! (also a mystical syllable used in incantation) )
  8. パッタ phaṭa :蛇の広がった首( the expanded hood or neck of aserpent )
  9. スヴァーハー svāhā :万歳!/ 幸いあれ!(神へ供え物をする時に用いる間投詞)( hail! hail to! may a blessing rest on! (an exclamation used in making oblations to the gods) )

それで、これ等の情報を寄せ集めてみますと、まあこうでしょうか、――
オーム!
美しくも不死の身にして、
踊り騰がりて生まれたまいし者よ!
ウームッ、カーッ!
幸あれかし!

こりゃ駄目ですな、‥‥苦労の割りに報われないとは、このことですか、‥‥



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馬頭観音は忿怒相を現して、馬のように勇猛果敢に煩悩の魔を撃破る者として知られていますが、又「馬の頭の神 vajimukha ( horse-headed deity )」とも呼ばれており、元とはインドのヴィシュヌ viṣṇu という神様の一変化身だということで、智慧と学問とを司る静謐に満ちた神様としても知られているそうです。

(Musée Guimet, Paris)


これはまた、なかなかの美男子でございますが、‥‥パリまで行ってきますかな、‥‥


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≪鉄火丼雲丹合せ≫
   今年はカナダ産の雲丹が輸入されているようで、スーパーでもしばしば目にするようになりました。そこで鉄火丼と合わせてみたのですが、わたしには国産の上等の雲丹と同じような味に感じられました。
   私の舌がどうかしたのでしょうかな、‥‥
   ただ惜むらくは、わさびが粉わさびときては、
   まったくとんだところで、お里が知れるわ、‥‥


では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  (馬頭観音  おわり)

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