亀石



明日香村の「亀石」といえば、「通常は南西を向いているが、この亀が真西を向く時には、明日香村全体が泥の海と化すであろう」、という予言つきの謎の石造物として有名でございますが、その愛らしい顔つきと、造形の見事さを、自分自身の眼で確かめたくなりましたので、200㎞の道程を夜行して、「亀石」近くのコンビニに車を止めたのが、7時半、空はどんよりと曇っておりますが、新聞の予報では雨は降らないだろうということでしたので、安心して、車中で休息しておりますと、間遠ながら車の屋根に雨音がしてまいりましたので、まだ余り明るくはなっておりませんでしたが、傘を差しながら、止むなく「亀石」の撮影を強行することにいたしました。

青空のもと、黄金の稲穂と、真っ赤な彼岸花という三原色のような光景、老人の脳裏に浮んだ光景とは、およそこのようなものだったのですが、雨が降ったのでは何んとも仕様がございません。 この後は、近くの橘寺と、飛鳥寺に寄って帰ろうということで、「倭は、国のまほろば、畳なづく青垣、山隠(こも)る、倭し麗し」を写真にするのは、次の機会にとなったのでございますが、‥‥



老人の癖は、事を一度で決められず、必ず二度せねばならないということですが、‥‥その起りはともうしますと、幼児期のあるトラウマにあるのでございますな、‥‥

話を鎌倉時代に戻しますが、執権時宗は蒙古軍を一夜にして潰滅させたということで、戦前には誰知らぬ者のない、日本の偉人の一人に数えられておりましたのですが、ある時、孫の高時が、一膳のご飯に、汁を二度かけて食っているのを見て、やれやれ毎日毎日飯を食っておりながら、かけるべき汁の量さえ知らぬとは、北条の家も、この高時の代で終わるのかと嘆いたところ、はたして北条氏は、失政に失政を重ねた高時の代をもって、終焉を迎えたということですが、そのような訓話を、幼い時分、「小学生全集」で読んだのがトラウマとなって残ったのでございましょうか、「一膳飯に二度の汁かけ」効果が、老人には、逆に働いたものと見えまして、何をするにつけ、必ず二度行うような癖が知らぬ間についてしまったということなのですな、‥‥

今回もはたして、新聞では「一日中曇り」であったはずが、予報がはずれて、カメラを出すか出さぬかのうちに、雨が降り始めたというのも、命数のなせるわざ、何事も運命だけは甘受しなくてはなりませんので、じっと我慢していたところ、待てば海路の日和ありで、数日ならずして、絶好の機会が巡ってまいりました。

前回は「亀石」から撮り初めましたので、今回は「猿石」から撮ることにしましょう、――
欽明天皇陵の前方後円墳に頭を下げ、横の細い路を少し行きますと、「敏達天皇皇孫茅渟王妃吉備姫王 檜隈墓」に出ます。 「猿石」は、その垣根の中に在って近づけませんが、隙間からなら、わりと楽に写真を撮ることができます。





手前の石像は、「猿石」とはいうものの、冠か、帽子のようなものを被っていますし、正座しているようなので、或いは人ではないでしょうか、奥の石像の方は、顔の形からは、日本猿というよりは、むしろチンパンジーに似ているような気がしますが、これもまた勝れた造形美ではないでしょうか、‥‥。



「橘寺」には、「仏法の最初 聖徳皇太子御誕生の所」の石柱が立っておりますが、昔、此の場所に欽明天皇/用明天皇の別宮があり、そこで聖徳太子が誕生されたが、後に太子御自身の手で、それを寺に改められたのだそうです。



東西に通る道路を挟んで、橘寺の北側に川原寺の跡があります。公園のような広い場所に南門、中門、塔、西金堂、及び回廊の礎石が点在し、当時の面影を今に伝えています。 聖徳太子の時代の地勢が、今でも余り損なわれずに遺っているのは、なぜか不思議なような気がしますな、‥‥。



橘寺は東西に門があり、徒歩の人は、通り抜けられて便利になっています。
これは西門です、門を入ると右側に本堂が、東向きに建てられています。



右の建物が本堂、向こうに見えるのが観音堂です。
本堂には、「聖徳太子の像」が本尊として祀られていますが、何も見えません。



本堂の南側に、「二面石」という、やはり謎の石造物が在ります。
観音堂の本尊は、「如意輪観音」です。





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観音堂から本堂を臨んだ所、聖徳太子の愛馬の像が見えます。



本堂から臨んだ聖徳太子の愛馬です。 雨に濡れているのは、前回撮ったからです。



橘寺の参道から、岡寺の方を臨んだ写真です、‥‥。
稲穂越しに撮ったのでは、とても「畳(たた)なづく青垣」、とはなりませんな、‥‥
もっと小高い所から、撮るべきでしょうが、それを探して歩くのもまた大変で、‥‥。



「岡寺」は、天智天皇2年といいますから、これもまた古いお寺ですが、ただ駐車場から石段を登らなくてはならないのが、難儀の種です。 ただ明日香まで二度も来ていながら抜かすっていうのも、どうかと思われますんでね、‥‥。



11時近くともなりますと、明暗の差が激しくなって、建築物の撮影には適さなくなります。
大きな建物が本堂、本尊の「如意輪観音」の他にも、多くの尊像が祀られています。
今撮影している場所は、坂道で三重塔に通じています。



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「飛鳥寺」は、もと「法興寺」と称して蘇我馬子創建に係る寺でしたが、奈良遷都の時、建物をそっくり奈良に移して、寺号も「元興寺」と改めたので、本来何も残らないはずですが、不思議な事に、止利仏師作の「釈迦如来像」のみが、仮小屋の中に遺されていたということですな、‥‥

何はともあれ、「日本最古の飛鳥大仏」は見落とせない所でしょう、‥‥。



蘇我馬子は聖徳太子と縁戚関係にあるからだと思いますが、大仏脇の厨子中には、太子十六歳の孝養像が祀られています。



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≪芋ようかん≫
≪材料≫
  1. サツマイモ:400g
  2. 砂糖:150g
  3. 粉寒天:5g
  4. 水:200cc
≪作り方≫
  1. 2cmの輪切りにした芋の皮を厚く剥き、30分間水に晒す。
  2. 水に晒した芋を、約15分間蒸し、竹串が通るようになれば、熱いうちに潰して、裏漉しする。
  3. 200ccの水に粉寒天5gを混ぜて火にかけ、1分間沸騰させた後、砂糖150gを入れ、更に1分間沸騰させて火を止める。
  4. 裏漉しした芋を鍋に取り、3.の熱い寒天を少しづつ混ぜながら、練り合わせる。
  5. 全部混ぜ合わせた後、弱火にかけ、滑らかになるまで、よく練る。
  6. 濡らした流し箱に流し入れ、ヘラなどで平らにする。
  7. 粗熱が取れてから、冷蔵庫で約2時間冷やす。
では、今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう
  (亀石  おわり)

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