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パンを造る


    民度が衰えれば、選良が廃れるの道理、「亡国は、庫を富ます」なんて言葉は、とんとご存知ないのも当然と言えば、当然ということなんでしょうか、消費税が上がりますと、庶民の財布の紐が固くなりまして、物が売れなくなりますから、どうしても物価が上がりまして、ますます売れなくなるというのが市場の原理、実際ほうれん草一把が200円もしては、もうやっていられません、‥‥。いやはや、庶民としては、ついに自衛のために何等かの策を講じざるを得なくなったということなんですな、‥‥。

  そこで着目したのが、日日の朝食に供するところのパンを家で作ろうということなんですが、若干問題がないではありません。要するにテレビを見なくなりましたので、時間的な事は問題になりませんが、問題は家のオーブントースターには荷が勝ちすぎるということです。
  菓子パンなら、オーブントースターでもいけますが、なにしろ庫内の温度が160度までしか上がりませんので、フランスパンや、食パンではどうにもなりません。
  ということでいろいろ調べたところ、「デロンギDe'Longhi」の下から二番目か、三番目くらいのが、本体も前面ガラスも二重構造で、熱を逃がしにくいところから、これがよかろうということになりまして、二万六千なにがしかの代価を支払い、家のオーブントースターの隣に迎え入れることになりました。

  はたしてうまく焼けるだろうか、温度が240度まで上がらなかったらどうしよう、いろいろ心配しましたが、幸いにもすべて杞憂にすぎませんでした。最初に慣らし運転をしなければなりませんが、試しに庫内に投じた温度計は250度を指しています。

  ほっと胸をなで下ろしながら、なにはともあれパンを焼いてみましょう。カンパーニュというパンが作りやすそうです。ボールに粉(強力粉と、2割弱のライ麦粉)、塩、水、酵母をいれ、スクレーパーというプラスチックの板でざっとこね、作業台(シンクの脇のステンレス)の上に、全部出します。引っぱったりつついたりしながら、5分ほど生地に働きかけていると、やがて弾力が出て来て、もう手につかなくなります。そこで二つに畳む動作を更に5分ほど繰り返していると、滑らかさが次第に増して、突然弾力が上がりますので、玉にまとめて、またボールの中に戻します。1時間ほど寝かせると、2倍に膨らみます。軽く粉をふるった台の上に出し、出来上がりの形に成形し、また1時間ほど、2倍ぐらいになるまで寝かせますが、オーブンをその間に250度(目盛りは245度)に予熱します。生地が2倍になったら、上に焦げ付き防止の粉をたっぷり振り、剃刀で切れ目を入れ、天板にならべます。オーブンの中に霧吹きで水をたっぷり吹き込んで、蒸気を立て、その中に天板を入れて、目盛りを220度になおして、25分焼きます。パンを取りだし底を叩いて、空洞の音がすれば焼き上がりで、粗熱がとれ、中の水分が蒸発してしまえば、パンのできあがりです。ここまで、なんの難しさもありません、かなりアバウトな方でも簡単にできます。

    まずは一口食べてみましょう、うッ、うッ、うまいッ‥‥。
    小麦粉とライ麦粉と塩と水と酵母だけのパンは、こんなにうまかったのだ、‥‥
    気持の悪い添加物などは、なにも入っていません、‥‥。
    ライ麦粉のせいで、少し酸味を感じますが、これは食欲を増進させる味です。

  試し焼きは大成功でした。これまでに分った、このデロンギの良い所と、悪い所とを挙げておきます、――
  1. 本体も前面ガラスも二重構造なので、やけどの心配がない。
  2. ファンが回って、熱風がゆるく巡回するので熱がよくまわり、焼きむらが少ない。
  3. ベーキングストーンが付属しているので、熱が下からもよくまわり、最初から失敗がない。もし付属していなかったならば、買ってまではベーキングストーンを使わないと思うので、恐らく少しばかり、出来上がりが悪くなっていただろう。
  4. 目盛りが正確で、温度計の必要がない。
  5. 予熱ランプで、予熱の完了がわかる。
  6. 庫内の容量に比して、外寸が小さい。オーブントースターに比べると、ダイアルの部分だけぐらいが、大きい程度。
  7. 悪い所は、天板を引き出す為のグリップが付属しているが、何かの流用品であるためか、まったく役に立たないこと。軍手を二重にして取り出さなくてはならない。



  でき上がりました。見てやってください。

  左がカンパーニュですね、サンドイッチに好適で、日持ちもよく、3~4日ぐらいは味を損ないません。ただ、バターとの相性が悪いので、食事の時には、別にバゲット等のパンを焼きます。サンドイッチは、3㎜が適当です。片面に薄くマヨネーズ(できれば自家製)を塗り、ハムとスライスした胡瓜を挟みましょう。他にはトマトと、カマンベール・チーズとか、薄焼き卵と胡瓜もよく合います。

  右のレーズンとキャラウェイシードのパンは、そのままでもよく、またブルーチーズにもよく合うので、ウィスキーの水割りか、シャルトリューズの摘みとして適当です。よく噛みしめながら味わうパンです、5㎜厚に切りましょう。日持ちはカンパーニュと同じです。




  パン屋で買うのと比べても、見劣りしませんね、‥‥。
  味も最高です、どうして今までやらなかったのか、不思議なくらいですね、‥‥
  おいしいパン屋なんか探していないで、さっさと自家製にするんでしたな、‥‥。
  まったくシンプル・イズ・ベストですよ、‥‥。


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  そういえば、サッカーのワールドカップで日本は、「惜しくも」という形容詞が付けられないほどの成績で一次リーグ敗退となったようですな、‥‥。

  テレビがないので、今のことはなにも分りませんが、また例の日本のお家芸のような、斜め後ろのバックパスを多用したのでしょうねえ、‥‥。サッカーというのは、ボールを持った人と、ボールを受取る人とが、中間に立ちはだかる敵の囲みに隙間を見つける技術ですよね、‥‥。敵の配置がこうだから、自分がこう動けば敵がこう来て、どこそこに隙間が必ずできるはずだという推理を、常に味方同士で共有しながら、その隙間にパスを通すゲームのはずですよ、‥‥。

  ラグビーでもおなじです、中央付近のハイパントのような、ボールを持って走るという、ゲームの醍醐味をぶち壊す試合運びは、味方にとっても決して為になるものじゃありません。というのは、本質をつかないからですな、‥‥本質をつかない者が栄えたためしなど、決してありませんのでね、‥‥この国の人は、それが裏道であると知っていながら、なんとかそこを通ろうとばかりしているようにみえます、‥‥。

  なんだか、この国のありようをミニアチュアライズminiaturizeしたかのような、‥‥、どうして本道を通らないのだろう、苦労は多いかも知れないが、得られる利益は本物で、確実に身につくものなのに、‥‥‥‥どうも悪い予感がしてなりません、‥‥本を読んでも次のような文章がやたらと目につきます、――

詩者,志之所之也,在心為志,發言為詩,情動於中,而形於言,言之不足,故嗟歎之,嗟歎之不足,故永歌之,永歌之不足,不知手之、舞之、足之、蹈之也。情發於聲,聲成文,謂之音。治世之音,安以樂,其政和。亂世之音,怨以怒,其政乖。亡國之音,哀以思,其民困。故正得失,動天地,感鬼神,莫近於詩。≪詩経 序≫
詩とは、志の之(ゆ)く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す。情、中に動いて言に形(あらわ)る。言、足らず、故に之を嗟嘆す。之を嗟嘆して足らず、故に永く之を歌う。之を永く歌うて足らざるは、手の之を舞い、足の之を蹈むを知らざるなり。情、声に発し、声、文を成す、之を音と謂う。治世の音は安んじ、以って其の政の和なるを楽しむ。乱世の音は、怨み、以って其の政の乖(そむ)くを怒る。亡国の音は哀しみ、以って其の民の困ずるを思う。故に得失を正して、天地を動かし、鬼神を感ぜしむるに、詩より近きは莫(な)し。
    詩というものは、志の趣く所である。心に在るものを、志と言い、言葉に発したものを詩と言う。情が、心の中に動くと、言葉が現われる。言葉だけでは足らない、故に唱和して続ける。唱和して続けても足らない、故に声を永く引いて歌う。声を永く引いて歌っても足らない時には、自然に手が舞い、足が蹈むのである。
    情が、声を発すると、声は文と成る。これが音である。
    治世の音は、安心。故にその国政の平和なるを楽しむ。
    乱世の音は、怨嗟。故にその国政と民心との乖離を怒る。
    亡国の音は、悲哀。故にその国民の困乏を思う。
故に、
    得失を正して、天地を動かし、鬼神を感じさせるのに、
    詩より、近い者はないのである。
王主富民,霸主富武,亡國富庫。≪淮南子 人間訓≫
王主は民を富まし、霸主は武を富まし、亡国は庫を富ます。
    王者の徳ある君主は、国民を富ます。
    霸者である君主は、武力を富ます。
    亡国は、国庫を富ます。
與死人同病者,不可生也;與亡國同事者,不可存也。≪韓非子 孤憤≫
死人と病を同じうする者は、生くるべからず。亡国と事を同じうする者は、存すべからざるなり。
    死人と同じ病気ならば、生きていかれるはずがない。
    亡国と同じ事をすれば、存在できるはずがない。
自古亂亡之國,必先壞其法制而後亂從之。≪新五代史 王建立≫
古より、乱亡の国は、必ず先に其の法制を壊し、而る後に乱、之に従う。
    昔より、乱で滅亡した国は、必ず先に、其の国の法制を壊す者が出て、その後に、乱が続くのである。
國必依山川,山崩川竭,亡國之徵也。≪春秋左伝正義 僖公十有四年≫
国は、必ず山川に依る。山崩れ川竭(か)るるは、亡国の徴(きざし)なり。
    国は、必ず山川に依って存する。従って山が崩れたり、川が竭(か)れたりするのは、亡国の前兆である。
夫驕君必好利,而亡國之臣必貪於財。≪史記 蘇秦≫
夫(そ)れ、驕(おご)る君は、必ず利を好み、亡国の臣は、必ず財を貪る。
    そもそも、偉ぶった君主などは、必ず利を好むものであり、亡国の臣は、必ず財を貪るものである。
國將亡,必多制。≪春秋左伝 昭公六年≫
国の将(まさ)に亡(ほろ)びんとするや、必ず制多し。
    国の滅亡が差し迫ると、必ず多くの法律が作られる。



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   国政の、老人に及ぼす所は非常に多いと言わざるをえませんが、老人の力を逆に及ぼすことは、河川の遡及すべからざるがごとしで、不可能ですからな、嘆けば嘆くだけ損というわけです、‥‥。またパン作りに励むことにいたしましょう、‥‥パン生地は赤ん坊のほっぺたのように、触れているだけで幸せを感じられますからな、‥‥ぷよぷよぷよ、ぷにゅぷにゅぷにゅ、プヨプヨプヨプヨ、プニュプニュプニュプニュ、ぷよぷよぷよぷよ、ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ、まあこんな感じで5分もやっていれば、ちょっとやそっとの事には、心が動じなくなりますよ、‥‥。



  さあ焼けました。バゲットの小さいのと、バゲットの生地にハサミを入れて、麦の穂を真似たエピというパンのできあがりです。エピは皮の部分が多いパンですから、皮が好きな人にはぴったりです、一角づつ割き取って、たっぷりバターを付けて食べましょう。

    バターをたっぷり使った炒り卵に、エピと赤ワインを用意しましょう、‥‥。
    ワインで脳を活性化しながら、本を読むというのもよろしいですな、‥‥。

    「菜根譚」ですかな、――なになに、「人の際遇には、斉(ひと)しきあり、斉しからざるあり、而も能く己をして独り、斉しからしめんや、‥‥」とな? 面白そうですな、‥‥

人之際遇,有齊有不齊,而能使己獨齊乎。己之情理,有順有不順,而能使人皆順乎。以此相觀對治,亦是一方便法門。
人の際遇には、斉(ひと)しき有り、斉しからざる有り、而も能く己をして、独り斉しからしめんや。己の情理には、順なる有り、順ならざる有り、而も能く人をして、皆順ならしめんや。此を以って相観て、対治すれば、亦た是れ一方便の法門なり。
人の、
境遇というものは、
整った者もいれば、
整わない者もいる、
何うして、
自分だけを、
整わせることができよう?
自分の、
心すら、
素直なこともあれば、
素直でないこともある、
何うして、
人の心をして、
素直にさせられよう?
此のように、
心を観察しながら、
一事一事に、
対応するならば、
亦た是れも、
心を磨くための、
一つの、
方法である。
心地清淨,方可讀書學古。不然,見一善行,竊以濟私,聞一善言,假以覆短,是又藉寇兵而齎盜糧矣。
心地清浄なれば、方(まさ)に書を読み、古を学ぶべし。然らずんば、一善行を見ては、竊(ぬす)みて以って私を済(すく)い、一善言を聞いては、仮りて以って短を覆(おお)わん。是れ又、寇(あだ)に兵を藉(か)し、盗に糧を齎(もたら)すかな。
心という、
地表が、
清浄ならば、
この時こそ、
書物を読み、
古典を学ぶべきだ。
そうでなければ、
人の、
善行を見ても、
それを以って、
自分だけの、
役に立てたり、
人の、
善言を聞いても、
それを以って、
自分の短所を、
覆い隠すだろう。
これではまったく、
敵軍に、
兵隊を、
貸し与えたり、
盗賊に、
食糧を、
持って来てやるようなものだ。
奢者富而不足,何如儉者貧而有餘;能者勞而府怨,何如拙者逸而全真。
奢(おご)る者は富めども足らず、何ぞ倹(つづまやか)なる者の貧しうして、余り有るに如(し)かんや。能くする者は、労(ほねお)りて怨(うらみ)を府(あつ)む、何ぞ拙(つたな)き者の、逸(のが)れて真を全うするに如かんや。
贅沢をしていては、
富んでいても、
足らない、
何うして、
倹(つづ)ましくして、
貧しいながらも、
余りある者に、
及べよう?
できる者は、
力を尽くしていても、
敵を、
集めることになる、
何うして、
できなくても、
楽をしながら、
身分を全うする者に、
及べよう?



  まあ、そんなところですかな、‥‥

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    台所では、ちょうとボール状のパンが焼けました。
    バゲットの生地で、アンパン、レーズン、クランベリ、リンゴ等のパン、‥‥。
    粗熱が少しのこっていますが、レーズンのパンを一つ食べてみますかな、‥‥。



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「DOUGH パン生地 (GAIA BOOKS) 」というパンの教科書は、粉と塩と水と酵母のみのパンという、基本的なフランスパンの作り方がフランス人の手によって書かれていますので、とても参考になります。しかもdvdが付属していますので、パン生地の作り方の要領など、聞いて理解しにくい所も、百聞は一見にしかずで非常に便利です。
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
(パンを造る  おわり)