<home>

余呉湖


  余呉湖(よごこ)、ご存知の方も多かろうと思いますが、北陸街道の入口辺り、琵琶湖の東北隅に、琵琶湖が琵琶ならば、さながら碁石ぐらいの湖がございますが、湖といっても向こう岸が見えるほどの小ささですので、雪景色なんぞも写真になりやすいんじゃないかなと思い、どうせならなるべく信号の少ない道で行こうということで、揖斐川を逆さに上り、伊吹山系を八草トンネルで抜けるルートを取って車を走らせておりますと、案の定、次第に雪国らしさが増してきまして、道の両側には除雪した雪だまりがあったり、期待はいやでも高まってまいります。

  さいわい空も晴れ渡って、雲一つなく、絶好の行楽日和となりました。


  両側の山が次第に迫ってまいりますと、積雪も次第に深さを増してきまして、雪景色への期待もいよいよ高まります。ただ道路には、濡れた部分が多くなってまいりましたので、日陰は凍っている恐れもあり、心配がないわけではありませんが、今日は気温も高そうですし、余り寒くはございませんので、途中で引き返すようなはめに陥る恐れはまずないでしょう、‥‥。

  しかしですネ、‥‥八草トンネルを抜けると、あに図らんや、いきなり道路がアイスバーン状態、‥‥。ごく僅かにブレーキを踏んでみましたが、車には、少しも止まろうとする意欲が見当たりません。しかもここからは下り坂、目的地はつい目と鼻の先ですが、敵前逃亡するも止むをえませんネ、今来たトンネルを、もう一度くぐって引き返すことに致しましょう、‥‥。

  雪景色を写真に撮るのは、雪国の方の方が適任ですナ、きっぱりとお任せします!


*****************************
  

聊齋志異  寒月芙蕖
濟南道人者,不知何許人,亦不詳其姓氏。冬夏惟著一單帢衣,繫黃絛,別無袴襦。每用半梳梳髮,即以齒啣髻際,如冠狀。日赤腳行市上;夜臥街頭,離身數尺外,冰雪盡鎔。
聊斎志異  寒月の芙蕖
済南の道人とは、知らず何許の人なりや、亦た其の姓氏の詳ならざるも、冬夏惟だ一単袷衣を著け、黄條を繋け、別に袴襦無し。毎(つね)に半梳を用いて髪を梳り、即ち歯を以って髪の際を銜え、冠の如き状にす。日には赤腳にて市上を行き、夜には街頭に臥するも、身を離るること数尺の外まで、氷雪尽く鎔く。
  寒月(かんげつ):冬の月。
  芙蕖(ふきょ):蓮の花。
  濟南(せいなん):山東省の地方都市の名。
  道人(どうじん):道教の道を得た人。
  何許(かきょ):どこ。
  (い):ただ。
  (ちゃく):つける。着。
  單帢衣(たんこうい):薄いあわせの衣。単袷衣。
  黃絛(こうじょう):黄ばんだひも。
  袴襦(こくじゅ):はだぎ。
  半梳(はんしょ):半分に折れた櫛。
  (しょ):くしけずる。
  (かん):くわえる。銜。
  髻際(けいさい):もとどりのきわ。まげの根元。
  赤腳(せききゃく):すあし。はだし。裸足。
  市上(しじょう):まちなか。
  街頭(がいとう):みちばた。
  冰雪(ひょうせつ):氷と雪。
  (よう):とける。
聊斎志異 冬の月に蓮の花
  済南にいた道人が、何のような人であったか知らないし、またその姓氏もはっきりしない。冬も夏も、ただ一枚の薄い袷(あわせ)に、黄ばんだ帯をしめたきりで、肌着なんかも着けていなかったが、いつも短い櫛を用いて、髪をときあげると、櫛の歯を生え際にかませて、髪を冠のようにしていた。
  日中は裸足で市場をうろつき、夜になると街頭で寢ていたが、身の回り数尺ばかりは、雪や氷が融けて積もることがなかった。
初來,輒對人作幻劇,市人爭貽之。有井曲無賴子,遺以酒,求傳其術,弗許。遇道人浴於河津,驟抱其衣以脅之。道人揖曰:「請以賜還,當不吝術。」無賴者恐其紿,固不肯釋。
初めて来たるに、輒ち人に対して幻劇を作し、市の人、争いて之に貽(おく)る。有る井曲の無頼子、遣(おく)るに酒を以ってし、其の術を伝えんことを求むるも、許さず。道人の河津に於いて浴びるに遇い、驟(はし)りて其の衣を抱え、以って之を脅す。道人の揖して曰わく、「請う、以って還し賜え。当に術を惜まざるべし。」と。無頼の者は、其の紿(あざむ)くを恐れ、固なに釈(はな)つを肯んぜず。
  初来(しょらい):初めて来る。
  (ちょう):すなわち。たちまち。
  幻劇(げんげき):てじな。奇術。幻戯。
  市人(しじん):まちの人。
  (い):おくる。贈物をする。
  井曲(せいきょく):まちのすみ。
  無頼子(ぶらいし):ならず者。ごろつき。無頼漢。
  弗許(ふつきょ):許さない。
  (ぐう):あう。道にて出会う。
  河津(かしん):船の寄る河の岸。渡船場。
  (しゅう):すばやく。疾速、突然にして防ぐことができないこと。
  揖曰(ゆうえつ):手をこまねいていう。丁寧にいう。
  (せい):こう。ねがう。
  賜還(しかん):めぐみてかえす。
  不吝(ふりん):やぶさかならず。おしまない。
  紿(たい):あざむく。だますこと。
  不肯(ふこう):がえんぜず。許可しない。
  (せき):ときはなつ。釈放。
  初めて来た時、人に幻術のようなことをして見せたので、市場の人は、それを見ようと争って物を贈った。
  街のある無頼漢は、酒を与えて、その術を伝えてほしいと頼んだが、許されなかったので、たまたま道人が船着き場で裸になって水浴びしているのに出くわすと、脱いだ衣に走り寄り、それを抱えて、術を教えるよう迫った。
  道人は、お辞儀をしながら、こう言った、「頼みます。還してやってくだされ。もう術は惜みません。」と。無頼漢は、それに欺かれるかも知れないと思い、頑なに放そうとしなかった。
道人曰:「果不相授耶?」曰:「然。」道人默不與語;俄見黃縧化為蛇,圍可數握,繞其身六七匝,怒目昂首,吐舌相向。某大愕,長跪,色青氣促,惟言乞命。道人乃竟取縧。縧竟非蛇;另有一蛇,蜿蜒入城去。
道人の曰わく、「果して相授けざるや?」と。曰わく、「然り!」と。道人黙して与(とも)に語らず。俄(にわか)に黃縧の化して蛇と為るを見る。囲りは数握りなるべし。其の身を繞(めぐ)ること六七匝、目を怒らせ、首を昂(かか)げ、舌を吐きて相向かう。某(なにがし)は大いに愕き、長く跪きて、色青ざめ気促(つま)り、惟だ「命を乞う!」と言うのみ。道人、乃ち竟に縧を取るに、縧は竟に蛇に非ず。別に一蛇有りて、蜿蜒として城に入りて去る。
  (か):まことに。本当に。
  (ぜん):しかり。そうだ。
  与語(よご):ともにかたる。
  (が):にわかに。短い時の間に。
  (い):周囲。
  (じょう):まつわる。取り巻く。
  (そう):めぐる。周。
  怒目(どもく):目をいからす。
  昂首(ごうしゅ):首を挙げる。
  吐舌(とぜつ):舌をはく。
  (ぼう):なにがし。
  大愕(たいがく):大いに驚く。驚愕。
  氣促(きそく):息がせまる。
  乃竟(だいきょう):すなわちついに。やがてついに。
  (きょう):かえって。しかるに。
  蜿蜒(えんえん):うねうねと蛇行すること。
  道人は、こう言った、「絶対に還さないというのですな?」と。「そうだ!」。道人が黙ってしまい、もう何も言わなくなると、突然、あの黄ばんだ帯が、蛇にかわった。胴回りの太さが両手でも握りきれないほどの奴が、その無頼漢の身を取り巻くこと六七周し、目を怒らせ、鎌首をもたげて、舌を吐きながら、正面から睨みつけてきた。
  無頼漢は、すっかり驚いてしまい、地面にはいつくばると、青ざめた顔で息を詰まらせながら、やっと「お助けを!」と言った。
  道人が、それを聞いて帯を取った時には、その帯は、もう蛇ではなくなっていて、別に、うねうねと街の方へ去ってゆく蛇がいた。
由是道人之名益著。縉紳家聞其異,招與遊,從此往來鄉先生門。司、道俱耳其名,每宴集,輒以道人從。一日,道人請於水面亭報諸憲之飲。至期,各於案頭得道人速客函,亦不知所由至。
  是れ由り、道人の名益々著わる。縉紳の家、其の異を聞き招きて与に遊び、此(ここ)より鄉先生の門を往来す。司、道倶(とも)に其の名を耳にすれば、宴に集まる毎に、輒ち道人を以って従う。一日、道人は、水面亭に於いて、諸憲の飲に報いんと請う。期至り、各、案頭に道人の速客函を得るも、亦た由りて至る所を知らず。
  益著(えきちょ):ますますあらわれる。著名になる。
  縉紳(しんしん):身分の高い人。
  鄉先生(きょうせんせい):退官していながら勢力ある人の称。縉紳。
  司道(しどう):下に司、或いは道のつく官職の名。高官。
  宴集(えんしゅう):宴に集まる。
  (ちょう):すなわち。そのたびごとに。事に於いて躊躇しないこと。
  水面亭(すいめんてい):山東省歴城県の大明湖上にある亭の名。
  諸憲(しょけん):長官たち。
  案頭(あんとう):机上。
  速客(そくきゃく):客を促す。
  (かん):ふばこ。封緘した書状。
  所由至(しょゆうし):よりて至るところ。きたところ。来処。
  この事で、道人は、名が広く知れ渡った。
  ある紳士の家では、その奇異を聞いて、道人を招いていっしょに遊んだり、連れて、その家と、街の貴顕たちの門とを往来したりしていたが、国の高官たちの耳にも、その名が入るようになると、宴会などの集まりには、招かれるがままに、道人を従えていった。
  ある日、道人は、水面亭に於いて、高官たちの日ごろの招きに報じたいと言った。
  約束の日、高官たちの机上には、道人からの招待状が届いていたが、いったい何のようにして来たものか、誰も知らなかった。
諸官赴宴所,道人傴僂出迎。既入,則空亭寂然,榻几未設,咸疑其妄。道人顧官宰曰:「貧道無僮僕,煩借諸扈從,少代奔走。」官宰共諾之。
諸官、宴の所に赴くに、道人傴僂して出で迎う。既に入りたるに、則ち空亭寂然とし、榻几未だ設けず、皆、其の妄を疑う。道人の官宰を顧みて曰わく、「貧道、僮僕無し。煩わしくも諸の扈従を借り、少しく代わりに奔走せしめん。」と。官宰、共に之を諾(ゆる)す。
  傴僂(うろう):恭しく腰をかがめる。
  空亭(くうてい):からっぽの亭。亭はあずまや。壁のない建物。
  寂然(せきぜん):静まりかえっている。
  榻几(とうき):腰掛けと机。
  (かん):みな。
  (ぼう):不法のさま。いつわり。
  官宰(かんさい):官吏の長。
  貧道(ひんどう):自ら謙遜していう。道士の謙称。
  僮僕(どうぼく):しもべ。
  煩借(はんせき):わずらわして借りる。
  扈従(こしょう):お供の者。
  (だく):うべなう。うけがう。許すと言うこと。
  高官たちが、宴の場である水面亭に到着すると、道人が出てきて、腰をかがめて迎え入れたが、亭の中は空っぽで、机や椅子なども用意してなかった。
  皆が、これは一杯食わされたのかなと疑っていると、道人が、高官たちの長に向って、こう言った、「やつがれには、僮僕がおりません。煩わしくとも、ご従者の方々をお借りし、少しばかり代わりに奔走していただこうと思いますが、‥‥」と。
  高官たちは、皆、「それがよかろう。」とうけがった。
道人於壁上繪雙扉,以手撾之。內有應門者,振管而起。共趨覘望,則見憧憧者往來於中;屏幔牀几,亦復都有。即有人傳送門外。道人命吏胥輩接列亭中,且囑勿與內人交語。兩相受授,惟顧而笑。
道人は、壁上に双扉を絵がき、手を以って之を撾(う)つに、内より門に応ずる者有り、管を振るわして、起(ひら)く。共に趨(はし)りて覘望すれば、則ち憧憧たる者、中に往来するを見る。屏幔牀几も、亦た復た都(す)べて有り。即ち人の門外に伝送する有り。道人は、吏胥の輩に命ずらく、「列を亭中に接し、且く囑(ゆだ)ぬるも内の人と、語を交わす勿かれ。」と。両相受授するに、惟だ顧みて笑うのみ。
  双扉(そうひ):両開きの扉。
  (た):うつ。たたく。
  応門(おうもん):門番。門にて応答すること。
  振管(しんかん):管を振るわす。軸を鳴らす。
  (き):ひらく。発。両側に開く。
  (すう):はしる。疾かに行くこと。
  覘望(てんぼう):のぞき見る。
  憧憧(とうとう):往き来するさま。
  屏幔(へいばん):屏風ととばり。
  牀几(しょうぎ):寝台とつくえ。
  都有(とゆう):すべてあり。みなある。
  伝送(でんそう):つぎつぎ送る。
  吏胥(りしょ):下級官吏。小役人。
  接列(せつれつ):列につらなる。
  (しょ):なお。
  (しょく):託す。
  道人が、壁の上に二つの扉を描き、手で扉をたたくと、内側に応ずる声があり、ギーッと扉が開いた。
  皆が走りよって、中を覗くと、往き来する者が、中を忙しく走り廻っており、屏風や、床几なども、またすっかり揃っていたが、扉が開かれるやいなや、次々と門の外へ送り出されてきた。
  道人は、従者たちに、「列を亭の中につなげよ、しばらく委ねるが、内の人と言葉を交わしてはならない!」と命じた。
  内の人と、中の人とは、受け渡しをしながら、何も言わずに目を見合わせ、笑みを交わした。
頃刻,陳設滿亭,窮極奢麗。既而旨酒散馥,熱炙騰熏,皆自壁中傳遞而出。座客無不駭異。
頃刻、陳設して亭に満つれば、奢麗を窮極す。既にして旨き酒より馥を散じ、熱炙して熏を騰(あ)ぐ。皆、壁の中より、伝逓して出づ。座客の異を駭(おどろ)かざる無し。
  頃刻(けいこく):しばらく。短時間。
  陳設(ちんせつ):ならべる。陳列。
  奢麗(しゃれい):おごって美しい。豪華美麗。
  旨酒(ししゅ):うまい酒。
  散馥(さんふく):かおりを漂わせる。馥は香気。
  熱炙(ねつしゃ):熱してあぶる。
  騰熏(とうくん):いぶされて香りをあげる。熏は香ばしいかおり。
  傳遞(でんてい):順次伝えて相及ぶ。順次手渡しすること。
  駭異(がいい):奇異の事を見てびっくりする。
  しばらくすると、机や椅子がならべられて、亭がいっぱいになったが、贅沢や華麗さの極みであった。
  すでに旨そうな酒からは、馥郁たる香りが漂い、炙り肉からは香ばしい香りがたちのぼっている、皆、壁の中から、次々と手渡しされて出てきたものなのだ。
  客は座につきながら、驚かないものはなかった。
亭故背湖水,每六月時,荷花數十頃,一望無際。宴時方凌冬,窗外茫茫,惟有煙綠。一官偶歎曰:「此日佳集,可惜無蓮花點綴!」衆俱唯唯。
亭は故(もと)より湖水を背にす。毎(つね)に六月の時には、荷花数十頃、一望して際(きわまり)無し。宴の時は、方(まさ)に凌冬、窓外茫茫として、惟だ煙緑有るのみ。一官の偶(たまた)ま歎じて曰わく、「此の日の佳き集まりに、惜むべきは、蓮花の点綴する無し!」と。衆倶に唯唯す。
  荷花(かか)蓮の花。
  数十頃(すうじっこう):頃は田の広さの名。一頃は百畝。
  凌冬(りょうとう):寒い冬。凌は厚くはった氷。
  茫茫(ぼうぼう):広々としたさま。
  煙緑(えんりょく):緑のけぶるようなさま。
  偶歎(ぐうたん):ふとなげく。
  點綴(てんてつ):点々と在るさま。点在。
  唯唯(いい):はいはい。丁寧な返事。
  亭は、昔から湖水を背にしており、毎年六月になると、蓮の花が何十町歩にも見渡すかぎり咲きほこっていたが、宴の時は、あいにく厚く氷の張る真冬である。窓の外はぼうっと緑色に霞んでいるのみで、何もなかった。
  ある高官は、ふと歎いて、こう言った、「今日は、大変結構な集まりであったが、残念なことに、蓮の花の点々と咲く様子が見られない!」と。
  他の者たちも、皆、同じ思いであった。
少頃,一青衣吏奔白:「荷葉滿塘矣!」一座盡驚。推窗眺矚,果見彌望菁蔥,間以菡萏。轉瞬間,萬枝千朵,一齊都開,朔風吹來,荷香沁腦。
少頃、一青衣の吏、奔(はし)りて白(もう)さく、「荷(はす)の葉、塘(いけ)に満てり!」と。一座尽く驚き、窓を推して眺矚すれば、果して弥望として菁葱たるを見る。間に菡萏を以ってす。転瞬の間に、万枝千朵、一斉に都べて開き、朔風吹き来たりて、荷香沁腦す。
  少頃(しょうけい):少しの間。
  青衣(せいい):賎者の衣。下位者の衣。
  荷葉(かよう):蓮の葉。
  (とう):いけ。池塘。円なるを池といい、方なるを塘という。
  眺矚(ちょうしょく):遠くをながめると、じっと見つめる。
  彌望(びぼう):遠くをみる。遙かな眺め。見渡すかぎり。
  菁葱(せいそう):かぶとねぎ。青々と茂るさま。
  菡萏(かんたん):蓮の花のつぼみ。
  転瞬(てんしゅん):瞬きするあいだ。短い時間のたとえ。
  万枝(ばんし):よろずの枝。
  千朵(せんだ):千輪。朵は花輪を数える数詞。
  朔風(さくふう):北風。
  荷香(かきょう):蓮の花のかおり。
  沁腦(しんのう):脳髄にしみこむ。
  しばらくすると、下役の一人が走ってきて、こう言った、「蓮の葉が、池に満ちております!」と。一座の者は、皆驚いて窓を推しあけ、眺めてみると、果して見渡すかぎり、青青と茂っているのが見えた。葉の間には、蓮の蕾も見えていたが、瞬く間に幾万、幾千の花が一斉に開くと、北風が吹いてきて、蓮の香りが脳にしみた。
羣以為異。遣吏人蕩舟采蓮。遙見吏人入花深處;少間返棹,白手來見。官詰之。吏曰:「小人乘舟去,見花在遠際;漸至北岸,又轉遙遙在南蕩中。」
群は、以って異と為し、吏人を遣わして舟を蕩(ゆら)し、蓮を采(と)らしむ。遙かに吏人の花深き処に入るを見る。少しく間ありて、棹を返し、白手にして来たりて見(まみ)ゆ。官の之を詰るに、吏の曰わく、「小人、舟に乗りて去り、花の遠際に在るを見る。漸く北岸に至れば、又転じて揺揺として、南蕩中に在り。」と。
  (ぐん):もろもろ。仲間。身内。
  吏人(りじん):役人。吏員。
  蕩舟(とうしゅう):舟を動かす。
  返棹(へんとう):さおをかえす。舟を帰す。
  白手(はくしゅ):からて。素手。
  (きつ):なじる。せめとう。責問。
  小人(しょうじん):自己の謙称。わたくし。
  遙遙(ようよう):はるかに遠いさま。
  皆は、不思議に思い、役人を遣して舟に乗せ、蓮を採らせた。
  遙か遠く、役人が、蓮の花の奥深くに分け入ってゆくのが見えたが、しばらくすると棹を返して、空手で帰ってきた。
  上役が、これを問いつめると、下役は、こう言った、「わたくしが、舟に乗って行きますと、花が遠くの際に在るように見えましたが、ようやく北の岸にたどり着いてみれば、遙かかなたの南の池の中に在るのでございます。」と。
道人笑曰:「此幻夢之空花耳。」無何,酒闌,荷亦凋謝;北風驟起,摧折荷蓋,無復存矣。
道人の笑うて曰わく、「此れは夢幻の空花なるのみ。」と。何も無く、酒闌(たけなわ)となり、荷も亦た凋謝す。北風驟り起りて、荷蓋を摧折し、復た存する無し。
  空花(くうか):むなしき花。空目で見た花。
  無何(むか):いくばくもなく。何事もなく。
  (らん):たけなわ。尽きようとする。
  凋謝(ちょうしゃ):しぼみ落ちる。凋落。
  驟起(しゅうき):にわかに起る。
  摧折(さいせつ):くじきおる。
  荷蓋(かがい):荷の葉。「楚辞九歌湘夫人、室を水中に築き、之に荷蓋を葺く」に依る。
  道人は笑いながら、こう言った、「此れは夢幻のあだ花ですからな。」と。
  以後何事も無く、酒宴が尽きると、荷の花も、また凋(しぼ)んでしまい、北風が起って、荷の葉をへし折ると、後には何も残らなかった。
濟東觀察公甚悅之,攜歸署,日與狎玩。一日,公與客飲。公故有家傳良醞,每以一斗為率,不肯供浪飲。是日,客飲而甘之,固索傾釀。公堅以既盡為辭。
済東の観察公、甚だ之を悦び、携えて署に帰り、日ごと与に狎玩す。一日、公は客と与に飲む。公、故より家伝の良醞有り、毎に一斗を以って率と為し、供に浪飲するを肯んぜず。是の日、客飲みて、之を甘しとし、固くなに醸を傾けんことを求む。公堅くして、既に尽くすを以って、辞と為す。
  済東観察公(せいとうかんさつこう):済東地方観察使の長官。
  (しょ):やくしょ。官衙。
  狎玩(こうがん):なれしたしむ。もてあそぶ。
  良醞(りょううん):良い酒のもと。
  (りつ):限度。
  浪飲(ろういん):みだりに飲む。浪費というが如し。
  (かん):あましとする。美味とおもう。
  固索(こさく):かたくなに求める。
  傾釀(けいじょう):酒をかたむける。最後の一滴まで飲む。
  (けん):かためる。堅守。
  (じ):わびの言葉。
  済東の観察公は、この道人をひどく気に入って、いっしょに役所に連れて帰り、日ごと狎(な)れ親しんだ。
  ある日、公は客と、いっしょに飲んだ。
  公の家には、家伝の良い酒のもとが有り、いつも決って一斗を限度としていたので、客があろうと、それ以上は、決して飲もうとしなかった。
  この日の客も、飲んで甘かったので、執拗に酒を出すよう求めたが、公は堅く守り、「もう無くなりました。」と言うばかりで、受け入れなかった。
道人笑謂客曰:「君必欲滿老饕,索之貧道而可。」客請之。道人以壺入袖中,少刻出,遍斟座上,與公所藏更無殊別。盡懽始罷。
道人の笑うて客に謂って曰わく、「君は必ず、老饕を満たさんと欲するや。之を索(もと)むること、貧道なれば可なり。」と。客、之を請う。道人は、壷を以って、袖の中に入れ、少刻にして出し、遍く、座上に斟む。公の所蔵と、更に殊別無し。懽(よろこ)びを尽くして、始めて罷(まか)る。
  老饕(ろうとう):食を貪る者。「蘇軾老饕賦」の、「蓋し物の夭美を 聚め、以って吾が老饕を養わん」に依る。饕は飲食を貪ること。
  少刻(しょうこく):少しの間。刻は時間の単位。一日を百刻となす。
  (しん):くむ。酌をする。杯の深浅を量り以って之をつぐをいう。
  殊別(しゅべつ):ちがう。別異。
  (かん):喜び楽しむ。歓。
  (はい):止める。
  道人は笑いながら、客にこう言った、「君は、どうしても腹の虫が鳴き止まないというんですな。探してきましょう、それがしにも何とかできそうです。」と。
  客が、それを願うと、道人は、袖の中に壷を入れ、少したってから出すと、座上の客たちに酌をしてまわったが、その酒は、公所蔵の酒の何等異なるところがなかった。
  宴は喜びを尽くして、ようやく終った。
公疑焉,入視酒瓻,則封固宛然,而空無物矣。心竊愧怒,執以為妖,笞之。杖纔加,公覺股暴痛;再加,臀肉欲裂。道人雖聲嘶階下,觀察已血殷坐上。乃止不笞,遂令去。道人遂離濟,不知所往。後有人遇於金陵,衣裝如故。問之,笑不語。
公は疑焉として、入りて酒瓻を視るに、則ち封の固きこと宛然たるも、空にして物無し。心に竊(ひそ)かに愧怒し、執(とら)えて以って妖と為し、之を笞うつ。杖を纔(わず)かに加うるに、公は股に暴痛を覚ゆ。再び加うるに、臀の肉裂けんと欲す。道人は、階下に声嘶(か)ると雖も、観察し已れば血坐上に殷(あか)し。乃ち止(とど)めて笞うたず、遂に去らしむ。道人、遂に済を離れ、往く所を知らず。後に有る人、金陵に於いて遇うに、衣装故(もと)の如し。之に問うも、笑うて語らざると。
  疑焉(ぎえん):うたがうさま。疑然。
  酒瓻(しゅち):酒をいれるかめ。
  宛然(えんぜん):明瞭なさま。そのように見えるさま。
  (せつ):ひそかに。
  愧怒(きど):自らを羞じていかる。
  (しつ):罪人を捕える。
  (よう):もののけ。ばけもの。怪異。妖怪。
  (ち):むちうつ。
  (じょう):むち。
  纔加(さいか):わずかに加える。
  暴痛(ぼうつう):ひどい痛み。
  聲嘶(せいせい):大声をあげて声がかれる。
  階下(かいか):きざはしの下。
  血殷(けついん):赤黒く染める。
  金陵(きんりょう):江蘇省の地名。
  公は、怪しんで酒蔵に入り、酒樽を視てみると、明らかに固く封じられているのに、中味は空っぽで、何も入っていなかった。
  公は、心に恥ずかしさと怒りとを押隠すと、道人を捕え、妖しい奴だとして、鞭打ちの刑に処した。
  鞭が、軽く加えられると、公は股に酷い痛みを感じた。次に加えられると、臀の肉が裂けそうになった。
  道人は、階(きざはし)の下で声がかれそうに叫んでいるのに、座上を見れば、血で真っ赤に染まっている。
  やむなく鞭打ちを止めさせると、何処にでも行ってしまえと命じた。
  道人は済を離れ、行方を知るものは誰もなかった。
  後にある人が、金陵で遇ったということであるが、衣などは故(もと)のまま、これに問いかけると、笑うのみで、何も語らなかったということである。



****************************
  安倍晋三首相は25日までに米CNNテレビのインタビューに応じ、ケネディ駐日米大使が短文投稿サイトのツイッターに「米政府はイルカの追い込み漁に反対」と書き込んだことに関し「古来続いている漁であり、文化であり慣習として、生活のために獲っていることを理解してほしい」と述べた。
(産経ニュース 2014.1.25)
文化:(一)武力、刑罰などを用いずに、教化すること。説苑(漢、劉向)「凡武之興、為不服也、文化不改、然後加誅」 東晳、補亡詩「文化内輯、武功外悠」 
(二)(独逸語Kurtur、英語Cultureの訳語)自然を純化し、理想を実現せんとする人生の過程。即ち、人間が自然を征服支配して、本来、具有する究極の理想を実現完成せんとする過程の総称。かかる過程の産物は、学門、芸術、道徳、宗教、法律、経済、など是れなり。
(大言海)
culture:1.a  教養《教育と修養による人間の能力の総合的発達状態》:a man of considerable ~教養の高い人.  b教化、洗練(refinement) 
2.a (ある国、ある時代の)文化、精神文明(cf.Kultur,cibilization 1a):Greek~ギリシャ文化/primitive~原始文明.  b 文化、カルチャー《人間集団が社会などから習得し、伝承される信仰、伝統、習俗などの外面的また内面的生活様式の総体》:→two cultures.
3.(身心の)訓練(training)、修養:the~of mind and body身心の修練/intellectual[physical]~知[体]育/moral~徳育.
(新英和大辞典 研究社)
culture:1. the arts and other manifestations of human intellectual achievement regarded collectively:
'20th century popular culture'
'Like others, she is also against the misogyny in so much of our popular and intellectual culture.'
'Sport, and its relationship with the media, have become key markers of late - 20th century popular culture.'
'As so often these days, a study of the past of archaeology throws up revealing insights into modern intellectual culture.'
synonyms:the arts, the humanities; intellectual achievement(s), intellectual activity; literature, music, painting, philosophy
1.1  a refined understanding or appreciation of culture:
'men of culture'
'Like Flaubert and Proust, he was the son of a doctor, in that era a profession of wide culture and learning.'
synonyms:intellectual/artistic awareness, education, cultivation, enlightenment, discernment, discrimination, good taste, taste, refinement, polish; sophistication, urbanity, urbaneness; erudition, learning, letters; French belles-lettres
2. the ideas, customs, and social behaviour of a particular people or society:
'Afro-Caribbean culture'
[count noun]: 'people from many different cultures'
'Our customs, culture, and societal structure demands the presence of the father.'
'This primarily involves questions about a society's culture, social life, and public sphere.'
'If we don't attend to our moral traditions - to our culture - then our society could come apart at the seams.'
synonyms:civilization, society, way of life, lifestyle; customs, traditions, heritage, habits, ways, mores, values
2.1 [with modifier] the attitudes and behaviour characteristic of a particular social group:
'the emerging drug culture'
'Television was the perfect mainline to pump the West's veins full of the consumer culture drug.'
'Based on the movie of the same title, the show is about drug dealers, users, and the position of cash at the center of drug culture lifestyles.'
'Western consumer culture has fostered an attitude of ‘I want it and I want it now’.'
(Oxford English Dictionary)

  「文化」とは、上に見たように教養、身心の鍛練、向上、及び特殊な習俗等の意味を有する語ですが、首相の言う「文化」は、英語に訳される時には、'culture'となりますので、上のイルカ猟なんどは、さしづめ「Oxfordの2.」の'the ideas, customs, and social behaviour of a particular people or society'に相当し、「特殊な人々、または社会に於ける、慣習、習俗」の意味で取られるものと思わなくてはなりません。謂わゆる未開地域に於ける食人の習慣と、受ける印象にはさして異なるところがないのです。

  世界中の人々が嫌がっているのに、「これは我が国の文化である」などと言わなくてはならない理由が、どこにあるのでしょう?  うそ寒いような嫌な心持がしてなりません。定めし世界中の人々が、わたしと同じ心持を味わったことでしょう、「てっきり文明が進んでいるものとばっかり思っていたのに、やっぱり日本という国はこうであったのか!」と。
****************************


《ビーフシチューの作り方》
材料:4人分:
  煮込み用:牛肉500g、赤葡萄酒500cc、玉ねぎ0.5個、
    人参2本、マッシュルーム8個、セロリ10cm、
    トマト缶詰(カット)1パック、ブイヨンキューブ3個、
    塩、胡椒、タイム、ローリエ
  煮込み前の炒め用:バター20g、オリーブ油20g
  ルー用:小麦粉30g、バター30g
  付け合わせ用:玉ねぎ1個、ジャガイモ2個、インゲン8本
1. 《前準備》
  {牛肉(5cm角)、玉ねぎ(薄切り)、
  人参(付け合わせ用1本:4分、煮込み用1本:薄切り)、
  セロリ(薄切り)、マッシュルーム}→ワインに1晩漬け込む。
2. 《1.の材料を炒める》
  i. 1.で1晩漬け込んだ材料を牛肉、野菜、漬け汁に分ける。
  ii. オリーブ油で牛肉の表面を焼く(強火)。
  iii. バターで野菜を炒める(中火、玉ねぎに色づくまで)。
3. 《煮込む》
  i. 2.の材料をすべて、トマト缶詰、ブイヨンキューブ、
    水500cc、タイム、ローリエを煮込む(初めのみ強火)。
  ii. アクが出たら、それをすくい取る(1回のみ)。
  iii. 以後ガスを極細にして、3時間煮込む。
  iv.牛肉、マッシュルーム、付け合わせ用人参を取り出す。
  v. 煮汁を漉して野菜屑を取り除き、また牛肉等を戻す。
  (iv.~v.の作業中牛肉を冷まさないこと、冷ますと堅くなる)
  vi. ルーを入れて3時間以上とろ火で煮込む。
  (長時間煮込むので、夜は湯たんぽの熱を利用するとよい)
  vii. 塩胡椒で味を調へ、付け合わせ用の野菜も少し煮込む。
4. 《ルーの作り方》
  i. バターをとろ火で煮溶かす。
  ii. 小麦粉を入れる。
  iii. 杓文字でかき混ぜながら炒めて、キツネ色にする。
  (以上、とろ火を用いる。決して焦がさないこと)
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
(余呉湖  おわり)