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比 叡 山
  旧暦では、陰暦4、5、6の三ヶ月を夏にあて、それぞれを孟夏、仲夏、季夏と呼んでおりますが、今年の陰暦6月は、7月8日から、8月6日までですので、すでにして季夏(晩夏)に入っているわけで、暦の上では、はや夏も過ぎ去ろうとしておりますものの、実際にはいよいよこれからが夏もたけなわ、ずいぶんと熱い日が続くものと思われます。そこで、いかにも涼しげな所を写真にしようと思いますと、家からの距離も考慮に入れなければなりませんので、おのずから候補は狭まり、まあ比叡山に行けば、なにかかにか涼しげな写真が撮れるのではなかろうか、ということで、はるばるやってまいりましたのが、比叡山の中で、最も一山を代表すべき東塔の根本中堂でございます。
  
  こんな写真は、世間にいくらでも転がっておりますが、なにぶん手持ちが限られていますので、これもやむをえません。せっかく当サイトにお越しいただいが方々に、たとえ少しでも、目で涼んでいただこうということで、その辺りをどうぞ、お含みおきいただきたいものと思っておるような次第です。はい、‥‥制服を召した妙齢の女性たちが大勢見えますが、恐らくガイドの研修が行われているのではないでしょうか、‥‥。
  
  さて、この根本中堂、一山の根本にして中心の堂という意味ですが、延暦寺全体の本堂ともいうべきものですので、その外観ぐらいは、皆様にお伝えしたいところですが、立て札に依りますと、回廊の内側は撮影禁止となっております。しかも中堂自体も回廊の壁に囲まれており、微妙に中堂と回廊とが混然融和して一体をなしておりますので、この狭い入口より他に、中を窺い知るすべがございません。
  
  されど、根本中堂たるや、いかにも実にユニーク、実に独特、奇妙、奇天烈、かつ実に壯大、荘厳、本邦無比の建造物でありますので、皆様には是非、内部をご覧いただきたいところですがネ、なんともお見せできないのが残念ですが、‥‥まあ言っても仕様のないことですね、‥‥
  

  延暦寺は深い山の中のこととて、堂塔の配置もまた独特であり、まったく普通ではありません、中堂の正面に三門を配しているのは普通ですが、その中堂を谷間の僅かな空き地に建てると、それに対する三門は上方馬の背状の狭い敷地に建てて、そして三門の前後を階段で挟んで、その階段を降りきったところが中堂という訳で、三門は中堂を見下ろすような位置にあります。
  
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  さて、その根本中堂の精神的な部分はどうかといいますと、この建物の内部には薬師如来が秘かに祀られてありまして、その前に於いて日夜、祈りの生活が延々と千何百年かの間、続けられているということですが、皆様方にも、恐らくは、その薬師如来とは、いったいどういう仏様だろう、というような疑問を起されるだろうと思いましたので、ここで少しばかりご説明させていただきますと、――
「薬師如来本願経」の中で、仏が、「東方に此の仏土を過ぐること、十恒河沙に等しき仏土の外に、世界有り、浄瑠璃と名づく、彼の土に仏有り、薬師瑠璃光如来と名づく。彼の世尊、薬師瑠璃光如来は本、菩薩行を行ぜし時、十二大願を発せり。何者か十二なる。」と言われていますので、本菩薩であった時、衆生を利益する為に、十二の大願を発され、その一一を悉く満足して、仏となられた方だと知ることができます。がしかし、その十二の大願とは何だ、と更に疑問を深められるような、まことに人情に徹した方々もおられるといけませんから、その部分だけを、またかいつまんで訳しておきましょう、‥‥
  
第一大願。願我來世於佛菩提得正覺時。自身光明熾然照曜無量無數無邊世界。三十二丈夫大相及八十小好以為莊嚴。我身既爾。令一切眾生如我無異
 
第一大願とは、願わくは我れ、来世に仏の菩提に於いて正覚を得ん時、自身の光明熾然にして、無量無数無辺の世界を照耀し、三十二丈夫大相、及び八十小好を以って荘厳と為し、我が身既に爾らば、一切の衆生をして、我が如く異無からしめん。
 
第一大願とは、願わくは、わたしが来世に仏の菩提(満足の境界)に於いて、正覚(確信)を得た時には、身の光明は赤々と輝いて、無量無数無辺の世界を照らし、仏の三十二相(三十二の極妙の相)と、八十種好(八十の微妙の相)とを具えているだろう。そして、一切の衆生にも、わたしの身と同じものを具えさせよう。
 
第二大願。願我來世得菩提時。身如琉璃內外清淨無復瑕垢。光明曠大威德熾然。身善安住焰網莊嚴過於日月。若有眾生生世界之間。或復人中昏暗及夜莫知方所。以我光故隨意所趣作諸事業
 
第二大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、身は琉璃の如く内外清浄にして、復た瑕垢無く、光明曠大、威徳熾然にして、身の善く焔網の荘厳に安住すること、日月を過ぎん。若しは有る衆生、世界の間に生まれ、或いは復た人中の昏暗、及び夜に、方所を知ること莫くんば、我が光を以っての故に、随意に趣く所の、諸の事業を作さん。
 
第二大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、身は琉璃(青玉ルビー)のように、内外は清浄、光明は曠大、威徳は盛んであり、日月よりも明るい宝玉を列ねた網の上に身を安んじるだろう。諸の衆生が、世間の闇夜の中で、行くべき方所が分らないようであれば、わたしの光明に照らされて、意のままに、趣く所に於いて、諸の事業を行うだろう。
 
第三大願。願我來世得菩提時。以無邊無限智慧方便。令無量眾生界受用無盡。莫令一人有所少乏
 
第三大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、無辺無限の智慧方便を以って、無量の衆生界をして、受用無尽ならしめ、一人たりとも、少乏する所有らざらしめん。
 
第三大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、無量無辺の智慧と方便とを、無量の世界に於いて、衆生に受けて用いさせて尽きることなく、一人たりとも、智慧の欠乏することがないだろう。
 
第四大願。願我來世得菩提時。諸有眾生行異道者。一切安立菩提道中。行聲聞道行辟支佛道者。皆以大乘而安立之
 
第四大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、諸の有る衆生、異道を行ぜば、一切をして菩提道中に安立せしめ、声聞道を行じ、辟支仏道を行ぜば、皆、大乗を以って、之を安立せしめん。
 
第四大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生が異道(外道法)を行っていたならば、一切を菩提道(菩薩道)の中に安んじさせ、小乗の道を行く者には、皆、大乗の道に安んじさせるだろう。
 
第五大願。願我來世得菩提時。若有眾生於我法中修行梵行。此諸眾生無量無邊。一切皆得不缺減戒。具三聚戒。無有破戒趣惡道者
 
第五大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、我が法中に於いて、梵行を修行せば、此の諸の衆生無量無辺なりとも、一切をして皆、欠減せざる戒を得て、三聚戒を具せしめ、破戒して悪道に趣く者有ること無からしめん。
 
第五大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生が、わたしの法の中で修行したならば、此の衆生が、無量無辺であったとしても、一切が、皆、完全無欠な戒を得て、一切の善法を具え、破戒して悪道に趣く者がないだろう。
 
第六大願。願我來世得菩提時。若有眾生。其身下劣諸根不具。醜陋頑愚聾盲跛躄。身攣背傴白癩癲狂。若復有餘種種身病。聞我名已一切皆得諸根具足身分成滿
 
第六大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、其の身下劣、諸根不具にして、醜陋、頑愚、聾盲、跛躄、身攣、背傴、白癩、癲誑、若しくは復た余の種種の身病有らんに、我が名を聞き已らば、一切は皆、諸根具足、身分成満なるを得ん。
 
第六大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生の身が下劣、不具であり、亦た種種の身病があったとしても、わたしの名を聞いただけで、完全な身を具えるだろう。
 
第七大願。願我來世得菩提時。若有眾生。諸患逼切無護無依無有住處。遠離一切資生醫藥。又無親屬貧窮可愍。此人若得聞我名號。眾患悉除無諸痛惱。乃至究竟無上菩提
 
第七大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、諸患逼切するに、無護、無依にして、住処有ること無く、一切の資生、医薬を遠離し、又親属無く、貧窮にして愍むべきに、此の人、若し我が名号を聞くを得ば、衆患悉く除こり、諸の痛悩無く、乃至無上菩提を究竟せん。
 
第七大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生が病気や災難に逼迫され、護る者も無く、頼る者も無く、住処も無く、近くには一切の必需品や医薬がなく、親属も無く、貧窮して哀れまれるようであったならば、此の人が、わたしの名を聞いただけで、病気や災難が除かれて、苦痛や苦悩が無くなり、やがて無上の菩提を究められるだろう。
 
第八大願。願我來世得菩提時。若有女人。為婦人百惡所逼惱故。厭離女身願捨女形。聞我名已轉女人身成丈夫相。乃至究竟無上菩提
 
第八大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る女人、婦人の百悪の逼悩する所と為るが故に、女身を厭離し、女形を捨てんと願うて、我が名を聞き已らば、女人の身を転じて、丈夫相と成り、乃至無上菩提を究竟せん。
 
第八大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の女人が、婦人の受ける百悪に悩ませられ、故に女身を厭うて、女形を捨てたいと願うていたならば、わたしの名を聞いただけで、女人の身を、男に転じて、大丈夫相を成し、やがて無上の菩提を究められるだろう。
 
第九大願。願我來世得菩提時。令一切眾生解脫魔網。若墮種種異見稠林。悉當安立置於正見。次第示以菩薩行門
 
第九大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、一切の衆生をして、魔網を解脱せしめ、若し種種異見の稠林に堕せば、悉くを当に安立すべき正見に置き、次第に菩薩行門を以って示さん。
 
第九大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、一切の衆生を疑惑の魔網より脱れさせ、もし種種の異見の密林に堕ちていたならば、悉くを安んずべき正見の平地に置き、徐々に菩薩行の門を示すだろう。
 
第十大願。願我來世得菩提時。若有眾生。種種王法繫縛鞭撻牢獄應死。無量災難悲憂煎迫身心受苦。此等眾生以我福力。皆得解脫一切苦惱
 
第十大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、種種の王法に繋縛、鞭撻られて、牢獄に応に死すべく、無量の災難、悲憂煎迫し、身心に苦を受けなば、此れ等の衆生、我が福力を以って、皆、一切の苦悩を解脱するを得ん。
 
第十大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生が、種種の王法(法律)によって縛られ、鞭打たれて、牢獄で死んだり、無量の災難や、悲憂に逼迫されて、身心に苦を受けていたならば、此れ等の衆生は、わたしの福力で、皆、一切の苦悩を脱れられるだろう。
 
十一大願。願我來世得菩提時。若有眾生。飢火燒身為求食故作諸惡業。我於彼所先以最妙色香味食飽足其身。後以法味畢竟安樂而建立之
 
十一大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、飢火身を焼きて、食を求めんが為の故に、諸の悪業を作さば、我れ彼の所に於いて、先づ最妙の色香味の食を以って、其の身を飽足せしめて、後に法味を以って畢竟安楽ならしめて、之を建立せしめん。
 
第十一大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生が、飢餓の火に身を焼かれ、食物を求める為に、諸の悪業を作っていたならば、わたしは彼れの所に赴いて、先づ最妙の色、香、味の食物で彼れを満足させ、後に法の味で安楽にさせ、彼れを正法の地に立たせるだろう。
 
十二大願。願我來世得菩提時。若有眾生。貧無衣服寒熱蚊虻日夜逼惱。我當施彼隨用亦服種種雜色如其所好。亦以一切寶莊嚴具花鬘塗香鼓樂眾伎。隨諸眾生所須之具皆令滿足
 
十二大願とは、願わくは我れ、来世に菩提を得ん時、若しは有る衆生、衣服無くして寒熱、蚊虻日夜逼悩せば、我れは、当に彼の用に随いて施し、亦た種種雑色の其の好む所の如きを服せしめん。亦た一切の宝の荘厳の具、花鬘、塗香、鼓楽、衆伎、諸の衆生の須むる所の具を以って、皆、満足せしめん。
 
第十二大願とは、願わくは、わたしが来世に菩提を得た時には、諸の衆生に衣服がなくて、寒熱、蚊虻に日夜悩ませられていたならば、わたしは、彼れの用いるがままに物を施し、また種種雑色の服を好みのままに着せるだろう。また一切の宝石の装身具、髪飾り、香水、音楽、芝居、諸の衆生の必須の道具などで、皆を満足させるだろう。
 
  
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  前にもちょっとばかり、このごろどうも頭の調子が、というようなことを言ったような気がしますが、そういえば最近は頭を使っていないからなあ、となんとなく思いあたるふしがありまして、この際だから苦手な英語を克服してみようかと始めてはみましたものの、しかし何ごとも最初が肝心、あまり難しいものをやって、途中で投げ出すことのないよう、中学英語ぐらいがちょうどよかろうと、小泉八雲の「怪談」から、「耳無し芳一」を択んで訳してみましたので、ご迷惑かも知れませんが、皆様方のご覧に入れましょう。まあいやなら読まないだけのことで、‥‥ただ、文中の会話の部分は元禄ごろの話法だろうと思いますが、当然その辺のことついては、とんとご縁がございません、無智にも等しき輩の思いつくままに、吉川英治の「宮本武蔵」の中に用いられていたようなものを、あやふやになんとなく想い出しながら訳しましたのですが、はたして皆様方のお気に召しますものかどうか、‥‥
  
  夏の怪談は、日が没んで辺が暗くなった頃、蚊遣りを焚いて気分を爽やかにし、家中の灯を消して、ただ線香の先の小さな明りのみを頼りに、語ったり聞いたりするのが、風流とされていますが、必ずしもそうでなくてはならないという訳のものでもございませんでしょう、まあそんな心持ちになって、どうぞお聞きください、‥‥
  
THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI
   More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise--now remembered as Antoku Tenno. And that sea and shore have been haunted for seven hundred years... Elsewhere I told you about the strange crabs found there, called Heike crabs, which have human faces on their backs, and are said to be the spirits of the Heike warriors . But there are many strange things to be seen and heard along that coast. On dark nights thousands of ghostly fires hover about the beach, or flit above the waves,--pale lights which the fishermen call Oni-bi, or demon-fires; and, whenever the winds are up, a sound of great shouting comes from that sea, like a clamor of battle.
  
  耳なし芳一の話
  今より七百年以上前のこと、下関の海峡に面した壇ノ浦で、平家と源氏との最後の合戦が行われて、彼等の長い抗争の歴史を閉じることになった。平家は、ここで滅亡して、彼等の女たちや、子供たちや、その上、後に安徳天皇と称されることになる幼帝までも失ったのである。それ以来、ここの海や浜辺は、七百年の間、呪われ続けたのであるが、他のところで、わたしはある奇妙な蟹がここで見られると書いたことがある。それは、平家蟹と呼ばれており、その甲羅が人の顔にそっくりであることから、人々は、平家の武士たちの怨霊が現われたものだと言っている。しかも、この辺の海では、その他にも数多くの奇妙なものが、見られたり、聞かれたりしており、暗い夜などには、何千という怪しい火が浜辺を飛び回っていたり、波間にちらついたりするので、漁師たちは、この青白い光を鬼火とか、人魂と呼んでいる。また風の強い日などには、海の方から大きな叫び声が聞こえてきたりして、まるで戦場の喧噪のようなこともある。
  
   In former years the Heike were much more restless than they now are. They would rise about ships passing in the night, and try to sink them; and at all times they would watch for swimmers, to pull them down. It was in order to appease those dead that the Buddhist temple, Amidaji, was built at Akamagaseki. A cemetery also was made close by, near the beach; and within it were set up monuments inscribed with the names of the drowned emperor and of his great vassals; and Buddhist services were regularly performed there, on behalf of the spirits of them. After the temple had been built, and the tombs erected, the Heike gave less trouble than before; but they continued to do queer things at intervals,--proving that they had not found the perfect peace.
  
  今では、以前よりは大分落ち着いてきたが、かつては、夜、船が海峡を通りかかったりすると、平家の怨霊が海の底から起ちあがって、船を沈めようとしたり、あるいは常に泳いでいる人を海底から監視していて、時には引きずりこんだりしていたので、彼等の魂を鎮めるために、そこに仏教の寺院が建てられた。赤間が関の阿弥陀寺がそれである。そしてそのすぐ近くの浜辺には墓地が営まれ、墓石には入水した安徳天皇を始め、重臣の名が刻まれて、彼等の魂を供養するために法要が定期的に行われた。寺院が建立されて、墓が立てられると、平家は以前程、騒ぎを起さなくなったが、時々奇妙な事を起しつづけており、今だに彼等は、完全な平穏を見付けていないことを証明している。
  
   Some centuries ago there lived at Akamagaseki a blind man named Hoichi, who was famed for his skill in recitation and in playing upon the biwa. From childhood he had been trained to recite and to play; and while yet a lad he had surpassed his teachers. As a professional biwa-hoshi he became famous chiefly by his recitations of the history of the Heike and the Genji; and it is said that when he sang the song of the battle of Dan-no-ura "even the goblins [kijin] could not refrain from tears."
  
  何世紀か前のこと、赤間が関に、芳一という名の盲人がいて、琵琶を弾きながら語ることに秀でていたことから、その名を知られていた。幼いころから、彼れは語ったり、弾いたりすることを習い、大人になる前から、すでに師を凌ぐほどであったが、専門の琵琶法師として有名となってからは、とりわけ平家と源氏の戦いの歴史を語ることにおいて、特に有名であった。そして、彼れが壇ノ浦の段を語る時には、鬼神すら涙を禁じ得ないと言われたほどである。
  
   At the outset of his career, Hoichi was very poor; but he found a good friend to help him. The priest of the Amidaji was fond of poetry and music; and he often invited Hoichi to the temple, to play and recite. Afterwards, being much impressed by the wonderful skill of the lad, the priest proposed that Hoichi should make the temple his home; and this offer was gratefully accepted. Hoichi was given a room in the temple-building; and, in return for food and lodging, he was required only to gratify the priest with a musical performance on certain evenings, when otherwise disengaged.
  
  仕事を始めたころ、芳一は大変貧乏であったが、好き友に巡りあって、彼れに助けられることになった。阿弥陀寺の住職は詩歌や、音曲に喜びを感じていたので、しばしば芳一を寺に招いて、弾いたり語らせたりしているうちに、若者の驚異的な技巧にいたく感じいり、芳一に寺に住む気はないかと提案したのである。この提案は、喜んで受けいれられた。芳一は、寺の中に一室を与えられて、食事と家賃の見返りに要求されたものは、ただ夕方の暇な時などに、琵琶を弾いて住職を喜ばせることだけだったのである。
  
   One summer night the priest was called away, to perform a Buddhist service at the house of a dead parishioner; and he went there with his acolyte, leaving Hoichi alone in the temple. It was a hot night; and the blind man sought to cool himself on the verandah before his sleeping-room. The verandah overlooked a small garden in the rear of the Amidaji. There Hoichi waited for the priest's return, and tried to relieve his solitude by practicing upon his biwa. Midnight passed; and the priest did not appear. But the atmosphere was still too warm for comfort within doors; and Hoichi remained outside. At last he heard steps approaching from the back gate. Somebody crossed the garden, advanced to the verandah, and halted directly in front of him--but it was not the priest. A deep voice called the blind man's name--abruptly and unceremoniously, in the manner of a samurai summoning an inferior:--
  
  ある夏の夜、住職は、死人の出た信者の家に招かれて、法要を取り行うことになり、徒弟を伴って行ってしまうと、寺の中には、ただひとり芳一のみが残されることになった。蒸し暑い夜だったので、涼しい所を求めて、盲人は寝室の前の縁側に出た。縁側は阿弥陀寺の小さな裏庭に面しており、そこで芳一は、住職の帰りを待ちながら、琵琶を弾いて孤独を慰めようとしたのである。真夜中を過ぎたが、住職が帰ってくるようすはなかった。空気も室に入って寝むには、まだ熱すぎたので、芳一は、そのまま縁側に留まっていると、やがて、彼れは裏門の辺に、こちらに近づいてくる足音を聞いた。誰かが、庭を横切って縁側の方へ進み、彼れの前で立ち止まったが、住職ではなかった。深い声が、その盲人の名を呼んだ。出し抜けで挨拶がなく、侍(さむらい)が手下の者を呼びつけているようであった。
  
"Hoichi!"
  
"Hai!"answered the blind man, frightened by the menace in the voice,--"I am blind!--I cannot know who calls!"
  
"There is nothing to fear," the stranger exclaimed, speaking more gently. "I am stopping near this temple, and have been sent to you with a message. My present lord, a person of exceedingly high rank, is now staying in Akamagaseki, with many noble attendants. He wished to view the scene of the battle of Dan-no-ura; and to-day he visited that place. Having heard of your skill in reciting the story of the battle, he now desires to hear your performance: so you will take your biwa and come with me at once to the house where the august assembly is waiting."
  
「芳一!」、
  
「はい!」、盲人は、その声の威嚇的な調子にぎょっとしながら、こう答えた、――「わたしは、盲でございます!――わたしには、知ることができませぬが、どなたさまが、お呼びになったのでございましょう!」
  
「畏れることはない!」、と見知らぬ人は声を荒げたが、もっと優しい声でこう続けた、「身共は、この寺の近くに泊まる者であるが、お前にことづけを伝えるよう遣わされた。身共の今の主人と申すは、極めて身分の高いお方であるが、多くの貴い身分の方々に付き添われて、今、赤間が関に滞在なさっていられる。壇ノ浦の合戦の場を一目ご覧(ろう)じ召されんと、今日とても、その場にご微行召されたのであるが、お前が巧みに、ここの合戦の段を語ると聞こし召されたのか、今はお前の琵琶を聞こし召さんと、思(おぼ)し召されておる。それじゃによって、お前は琵琶を持参いたし、身共とともに直ちに、お館(やかた)に参るがよい。そこでは、高貴な方々が威儀を正して集まっておられる。」
  
   In those times, the order of a samurai was not to be lightly disobeyed. Hoichi donned his sandals, took his biwa, and went away with the stranger, who guided him deftly, but obliged him to walk very fast. The hand that guided was iron; and the clank of the warrior's stride proved him fully armed,--probably some palace-guard on duty. Hoichi's first alarm was over: he began to imagine himself in good luck;--for, remembering the retainer's assurance about a "person of exceedingly high rank," he thought that the lord who wished to hear the recitation could not be less than a daimyo of the first class.
  
  当時のこととて、侍の命令には軽々しく背くわけにもいかなかったので、芳一は履物をはき、琵琶を抱えて、すなおに見知らぬ者に伴われて行った。道案内は巧みではあったが、容赦なく引き立てるので、彼れは非常に速く歩かなければならなかった。彼れを引く手が鉄で包まれていたことや、彼れが歩くたびにガチャガチャ鳴る音から、それが甲冑を着込んだ武士であることがわかり、恐らく、誰かの館で、衛士の任に着いているものと考えられた。芳一は、初めのうちこそ危ぶんでいたものの、次第に幸運が舞い込んできたのではないかと思うようになった、というのは、その迎えの者が、「ある極めて高貴な方」と呼んでいたのを思い出し、彼れの演奏を聞きたがっている、その高貴な方とは、最上位の大名に違いないと思えたからである。
  
   Presently the samurai halted; and Hoichi became aware that they had arrived at a large gateway;--and he wondered, for he could not remember any large gate in that part of the town, except the main gate of the Amidaji. "Kaimon!"the samurai called,--and there was a sound of unbarring; and the twain passed on. They traversed a space of garden, and halted again before some entrance; and the retainer cried in a loud voice, "Within there! I have brought Hoichi." Then came sounds of feet hurrying, and screens sliding, and rain-doors opening, and voices of womeni n converse. By the language of the women Hoichi knew them to be domestics in some noble household; but he could not imagine to what place he had been conducted.
  
  やがて、侍は立ち止まり、芳一は、彼等が、とある大きな屋敷の門の前に到着したのを知った。しかし彼れは、これが奇妙なことに思えた、なぜならば、このような大きな門を、阿弥陀寺の門以外には、この近辺のどこにも思い出せなかったからである。「開門!」と侍が呼びかけると、かんぬきをはずす音がした。門を通ると、二人は庭を横切って、とある玄関の前に、また立ち止まった。迎えの者は、大きな声でこう叫んだ、「誰かある!芳一を召し連れて参った。」
  
  その時、小走りの足音や、襖を開け閉てしたり、雨戸を開ける音や、女たちの話し声が聞こえてきた。女たちの言葉づかいによって、芳一は、彼等が、高貴な家の奥向きに仕える者たちであることを知ったが、彼れの案内された邸が、いったいどこにあるのか、さっぱり思いつかなかった。
  
   Little time was allowed him for conjecture.After he had been helped to mount several stone steps, upon the last of which he was told to leave his sandals, a woman's hand guided him along interminable reaches of polished planking, and round pillared angles too many to remember, and over widths amazing of matted floor,--into the middle of some vast apartment. There he thought that many great people were assembled: the sound of the rustling of silk was like the sound of leaves in a forest. He heard also a great humming of voices,--talking in undertones; and the speech was the speech of courts.
  
  あれこれ憶測する暇もなく、助けられながら石だたみの階段を数歩のぼると、履物をぬぐよう教えられた。ある女に手を取られて、はてしなく長く続く、磨かれた廊下を導かれ、憶えきれないほど数多くの柱の角を曲がり、非常に多くの畳の上を通って、だだっ広い大広間の中央に連れてこられた。ここには、どうやら多くの高貴な方々が、集まっておられるようであった。森の木の葉が音を立てるように、絹ずれの音がさらさら鳴っていたし、低くささやくような声が、がやがや聞こえてきたのであるが、その話し方は、宮廷でなされるような話しぶりであった。
  
  Hoichi was told to put himself at ease, and he found a kneeling-cushion ready for him. After having taken his place upon it, and tuned his instrument, the voice of a woman--whom he divined to be the Rojo, or matron in charge of the female service--addressed him, saying,--
"It is now required that the history of the Heike be recited, to the accompaniment of the biwa."
  
  芳一は、楽にするよう教えられたので、彼れの坐る敷物が用意されているのに気が附いた。彼れがその上に坐って、琵琶の調子をととのえていると、奥向きを取り締まる老女と思われる女の声が、彼れにこう勧めて言った、――
「じゃ、ご所望じゃ、平家の公達のことども、琵琶を弾じてお語りやれ!」
  
  Now the entire recital would have required a time of many nights: therefore Hoichi ventured a question:--
"As the whole of the story is not soon told, what portion is it augustly desired that I now recite?"
  
  The woman's voice made answer:--
"Recite the story of the battle at Dan-no-ura,--for the pity of it is the most deep."
  
  全部を語るには、幾晩も要することなので、芳一は思いきって、こう言ってみた、――
「全部語ろうにも、すぐという訳にも参りませぬで、ご所望はどの段でござりましょう?その段を語りましょうぞ。」
  
  女の声が、こう答えた、――
「壇ノ浦の合戦の段をお語りやれ!悲しみの最も深きところじゃ。」
  
  Then Hoichi lifted up his voice, and chanted the chant of the fight on the bitter sea,--wonderfully making his biwa to sound like the straining of oars and the rushing of ships, the whirr and the hissing of arrows, the shouting and trampling of men, the crashing of steel upon helmets, the plunging of slain in the flood.
  
  そこで芳一は声を張り上げ、荒れ狂う海の上の合戦のようすを語ったが、琵琶には不思議な効果を発揮させて、艪のきしむ音や、小舟のひしめく音、矢羽根の立てるひゅうという音、兵の立てる叫んだり足踏みしたりする音、兜に当って砕ける鏃(やじり)の音、死体の海に落ちる音を描写してみせた。
  
  And to left and right of him, in the pauses of his playing, he could hear voices murmuring praise: "How marvelous an artist!"--"Never in our own province was playing heard like this!"--"Not in all the empire is there another singer like Hoichi!" Then fresh courage came to him, and he played and sang yet better than before; and a hush of wonder deepened about him.
  
  いつの間にか、右や左の方から、演奏の合間、合間に彼れを称讃するつぶやきが聞こえてくるようになった、――「驚くべき上手じゃな!」、――「国もとにも、ここに聞きたるほどの上手があろうとは、とても思えぬぞえ!」、――「国々をいかに探し回ろうと、芳一がほどの上手はとてもあるまじ!」 そこで新たな勇気が湧きあがり、更に巧みに演奏すると、辺には驚きが満ちみち、静けさが深く彼れを取りまいた。
  
   But when at last he came to tell the fate of the fair and helpless,--the piteous perishing of the women and children,--and the death-leap of Nii-no-Ama, with the imperial infant in her arms,--then all the listeners uttered together one long, long shuddering cry of anguish; and thereafter they wept and wailed so loudly and so wildly that the blind man was frightened by the violence and grief that he had made.
  
  しかし、ついに正統にして孤立無援の者たちの運命、――女たちや、子供たちの痛ましい最後、そして二位の尼が、幼帝を抱いて海の底に沈むようすを語りだすと、聞き手たちは声をそろえて、長い長いうめき声をあげ、身を振るわせて、苦悶の叫びをあげるようになり、やがて啜り泣きの声が変じて、大声で号泣するまでになると、盲人は自ら引き起こした、悲歎の激しさと深さとに、すっかり驚いてしまった。
  
   For much time the sobbing and the wailing continued. But gradually the sounds of lamentation died away; and again, in the great stillness that followed, Hoichi heard the voice of the woman whom he supposed to be the Rojo.
  
  かなり長い間、すすり泣いたり、泣き叫んだりしていたが、しだいに悲しみの声がしずまって、再び静寂が辺にただよいだしたころ、芳一は、先程の老女と思われる者の声を聞いた。
  
   She said:--
"Although we had been assured that you were a very skillful player upon the biwa, and without an equal in recitative, we did not know that any one could be so skillful as you have proved yourself to-night. Our lord has been pleased to say that he intends to bestow upon you a fitting reward. But he desires that you shall perform before him once every night for the next six nights--after which time he will probably make his august return-journey. To-morrow night, therefore, you are to come here at the same hour. The retainer who to-night conducted you will be sent for you... There is another matter about which I have been ordered to inform you. It is required that you shall speak to no one of your visits here, during the time of our lord's august sojourn at Akamagaseki. As he is traveling incognito, he commands that no mention of these things be made... You are now free to go back to your temple."
  
  彼女は、こう言った、――
「われ等は、そなたを琵琶の名手にして、並ぶ者のなき者と信じておったが、そなたが今宵なしたがごとく巧みに語れようとは、少しも思わなんだ!主上(おかみ)におかせられても、たいへんお喜び召されて、相応の褒美を取らせよと仰せじゃ。また更に、この後の六夜ばかりも、御前にて語らせよとのご所望じゃが、その後には、恐らくご帰途に就かれ給うほどに、それ故、明晩も、そちは同じ時分にここにお越しやれ。今日と同じ者が、そちを迎えに行くはずじゃ。更にまだ他にも伝えよとの仰せじゃが、今日のことは、誰にも言うてはならぬぞえ、特に主上が赤間が関にご逗留のあいだは、けして言うてはならぬ。主上はご微行中じゃによって、誰にも言うてはならぬと仰せじゃ。それだけじゃ、さ早う、そちの寺へお戻りやれ。」
  
   After Hoichi had duly expressed his thanks, a woman's hand conducted him to the entrance of the house, where the same retainer, who had before guided him, was waiting to take him home. The retainer led him to the verandah at the rear of the temple, and there bade him farewell.
  
  芳一が、厚く礼を述べた後、ある女の手が、彼れをその家の玄関まで導いて行くと、そこには先ほど、彼れを引き連れてきた武士が、家まで送って行こうと待っていた。その武士は、彼れを寺の裏の縁側まで連れくると、そこで別れのことばを告げた。
  
   It was almost dawn when Hoichi returned; but his absence from the temple had not been observed,--as the priest, coming back at a very late hour, had supposed him asleep. During the day Hoichi was able to take some rest; and he said nothing about his strange adventure. In the middle of the following night the samurai again came for him, and led him to the august assembly, where he gave another recitation with the same success that had attended his previous performance.
  
  芳一が、帰り着いたときは、間もなく夜が明けようとする頃であったが、彼れの留守に気付いた者はなかった。というのは、住職は、非常に遅く帰ってきたので、彼れがすでに寢てしまっているだろうと考えたからである。その日の間中、芳一はいくらかの休息を取って過ごし、あの不思議な冒険については、ひとことも話さなかった。その日の真夜中ごろ、あの侍が彼れを迎えにきて、お歴々の前に連れてゆくと、彼れはそこで別の段を弾き語って、前回と同様の成功をおさめた。
  
   But during this second visit his absence from the temple was accidentally discovered; and after his return in the morning he was summoned to the presence of the priest, who said to him, in a tone of kindly reproach:--
"We have been very anxious about you, friend Hoichi. To go out, blind and alone, at so late an hour, is dangerous. Why did you go without telling us? I could have ordered a servant to accompany you. And where have you been?"
  
  しかしながら、この二回目の訪問の間に、彼れの不在は、たまたま人の知るところとなり、明け方、彼れが帰ってくると、住職の前に呼び出された。住職は、親切そうな調子で、彼れをこう叱った、――
「わし達はな、お前の事を、たいへん安じておったのだ、芳一よ。盲がたったひとりで、出かけてゆくには、余りに遅い時刻じゃ、危険でもあるしな。どうして誰にも告げずに、出ていったのかえ?下男をお前に付けてやることもできたのじゃが、いったいどこへ行っていたのじゃ?」
  
   Hoichi answered, evasively,--
"Pardon me kind friend! I had to attend to some private business; and I could not arrange the matter at any other hour."
  
  芳一は、こう答えて言いのがれしようとした、――
「お許しくだされ!ご住職さま。ちょっと出かけなければならない用事がございまして、他の時では、どうにもならなかったのでござります。」
  
   The priest was surprised, rather than pained, by Hoichi's reticence: he felt it to be unnatural, and suspected something wrong. He feared that the blind lad had been bewitched or deluded by some evil spirits. He did not ask any more questions; but he privately instructed the men-servants of the temple to keep watch upon Hoichi's movements, and to follow him in case that he should again leave the temple after dark.
  
  住職は、芳一が何も言わないので、心配するというよりは、むしろ驚いた。それは不自然に感じられたし、うすうす何か悪い事があるような気がしたからである。彼れは、この盲の若者が、何者かに誑されたか、あるいは悪霊に取憑かれたのではないかと恐れて、それ以上何も尋ねずに、密かに寺男に言って、芳一の動きを見張らせ、暗くなってから、寺を離れるような場合には、後をつけよと命じた。
  
   On the very next night, Hoichi was seen to leave the temple; and the servants immediately lighted their lanterns, and followed after him. But it was a rainy night, and very dark; and before the temple-folks could get to the roadway, Hoichi had disappeared. Evidently he had walked very fast,--a strange thing, considering his blindness; for the road was in a bad condition. The men hurried through the streets, making inquiries at every house which Hoichi was accustomed to visit; but nobody could give them any news of him.
  
  正しくその夜のこと、芳一が、寺を離れるように見えたので、寺男は、ただちに提灯に火を入れて、彼れの後をつけていった。あいにく、その日は雨が降っていて、非常に暗かったので、境内を抜けて道に出る前に、芳一の姿は、見失われてしまった。明らかに芳一は、非常に速く歩いていたのであるが、彼れが盲であることや、道の悪いことを考慮すれば、奇妙な事であった。寺男たちは、急いで通りに出ると、芳一の訪れそうな家々を一軒づつ尋ねて回ったが、誰も芳一について、識っている者はなかった。
  
   At last, as they were returning to the temple by way of the shore, they were startled by the sound of a biwa, furiously played, in the cemetery of the Amidaji. Except for some ghostly fires--such as usually flitted there on dark nights--all was blackness in that direction. But the men at once hastened to the cemetery; and there, by the help of their lanterns, they discovered Hoichi,--sitting alone in the rain before the memorial tomb of Antoku Tenno, making his biwa resound, and loudly chanting the chant of the battle of Dan-no-ura. And behind him, and about him, and everywhere above the tombs, the fires of the dead were burning, like candles. Never before had so great a host of Oni-bi appeared in the sight of mortal man...
  
  彼等はついに、寺に帰ることにして、海沿いの道をとると、阿弥陀寺の墓地の中から聞こえてくる、激しくかき鳴らす琵琶の音に驚いた。このような暗い夜にちらつく、いつもの火の玉を除けば、その辺は真っ暗であった。寺男たちは、すぐさま墓地に駆けつけて提灯をかざしてみると、その灯の中に、芳一が雨の中、安徳天皇の墓の前で、一人坐り、激しく琵琶をかき鳴らしながら壇ノ浦の合戦の段を語っているのが見えた。彼れの後にも、彼れの囲りにも、どの墓の上にも、死人の出す燐光が蝋燭のように燃えていた。これほど沢山の鬼火が、人の目に触れたことは、かつてなかったことである、‥‥
  
"Hoichi San!--Hoichi San!" the servants cried,--"you are bewitched!... Hoichi San!"
  
「芳一さん!――芳一さん!」、寺男たちは、叫んだ、――「何かに誑されておられましょう!‥‥芳一さん!」
  
   But the blind man did not seem to hear. Strenuously he made his biwa to rattle and ring and clang;--more and more wildly he chanted the chant of the battle of Dan-no-ura. They caught hold of him;--they shouted into his ear,--
"Hoichi San!--Hoichi San!--come home with us at once!"
  
  Reprovingly he spoke to them:--
"To interrupt me in such a manner, before this august assembly, will not be tolerated."
  
  しかし、盲人には聞こえていないようだった。たいそう力を込めて琵琶をかき鳴らし、打ちならしながら、よりいっそう激しく、壇ノ浦の合戦の段を語った。寺男たちは、彼れの肩をしっかりとだき抱えて、耳元でこう叫んだ、――
「芳一さん!――芳一さん!――いっしょに家に帰りましょう、さあ早くなさってくださりませ!」
  
  叱りつけるように、盲人は言った、――
「邪魔だてすな、礼儀知らずめ!お歴々の前じゃ、見過ごしにはされぬぞ!」
  
   Whereat, in spite of the weirdness of the thing, the servants could not help laughing. Sure that he had been bewitched, they now seized him, and pulled him up on his feet, and by main force hurried him back to the temple,--where he was immediately relieved of his wet clothes, by order of the priest. Then the priest insisted upon a full explanation of his friend's astonishing behavior.
  
  その場には、事の無気味さにもかかわらず、寺男たちの笑いを禁じ得ないものがあった。彼れが誑されているのは確かな事だったので、寺男たちは襟をつかんで起ち上がらせると、力づくで、彼れを急き立てながら、寺に帰ってきた。そしてすぐさま、住職の命にしたがい、彼れの濡れた衣を脱がせた。そのようにした後で、住職は、彼れの奇妙な行動について、なにもかも包み隠さず、話すよう説得した。
  
   Hoichi long hesitated to speak. But at last, finding that his conduct had really alarmed and angered the good priest, he decided to abandon his reserve; and he related everything that had happened from the time of first visit of the samurai.
  
  芳一は、しばらく話すのをためらっていたが、やがて、彼れの行動が親切な住職を、本当に心配させて、更には怒らせたことを知り、黙っているのは止めようと決心した。そして、その最初に侍が尋ねてきた時のことから、彼れに起った事のすべてを話した。
  
   The priest said:--
"Hoichi, my poor friend, you are now in great danger! How unfortunate that you did not tell me all this before! Your wonderful skill in music has indeed brought you into strange trouble. By this time you must be aware that you have not been visiting any house whatever, but have been passing your nights in the cemetery, among the tombs of the Heike;--and it was before the memorial-tomb of Antoku Tenno that our people to-night found you, sitting in the rain. All that you have been imagining was illusion--except the calling of the dead. By once obeying them, you have put yourself in their power. If you obey them again, after what has already occurred, they will tear you in pieces. But they would have destroyed you, sooner or later, in any event... Now I shall not be able to remain with you to-night: I am called away to perform another service. But, before I go, it will be necessary to protect your body by writing holy texts upon it."
  
  住職は、こう語った、――
「芳一よ、哀れな奴よのう、お前には、大変な危険が迫っているのじゃ!なんと不運なことか、お前が、もっと早く知らせていればのう!お前の目覚ましいまでの腕前が、お前に災難をもたらしたのじゃなあ。こんどばかりは、お前も気が付いておろうが、お前が尋ねて行ったのは、どこかの屋敷などではない、毎晩、墓地へ往って平家の墓の前で過ごしておったのじゃ。下男たちが、お前を見つけた時も、雨の中を安徳天皇の墓前に坐っていたそうじゃ。お前の思いえがいていたものは、皆、幻影に過ぎなかったのじゃが、ただ死人に呼びつけられたことだけは現実のことでな、彼等にいちどでも従うと、その力に取り込まれてしまうのじゃ。お前がもし、もういちど彼等に従うようなら、今までしてきたような事の後で、彼等はお前をこなごなに引き裂いてしまうことじゃろう。しかし、彼等が、お前を八つ裂きにするのが、今にしろ後のことにしろ、わたしには、今夜、お前といっしょにいてやる訳にはいかんのじゃ。法事に呼ばれておるのじゃが、しかし出かける前に、お前の体を守らにゃならぬでな、お前の体には経文を書いて置くとしよう。」
  
   Before sundown the priest and his acolyte stripped Hoichi: then, with their writing-brushes, they traced upon his breast and back, head and face and neck, limbs and hands and feet,--even upon the soles of his feet, and upon all parts of his body,--the text of the holy sutra called Hannya-Shin-Kyo. When this had been done, the priest instructed Hoichi, saying:--
"To-night, as soon as I go away, you must seat yourself on the verandah, and wait. You will be called. But, whatever may happen, do not answer, and do not move. Say nothing and sit still--as if meditating. If you stir, or make any noise, you will be torn asunder. Do not get frightened; and do not think of calling for help--because no help could save you. If you do exactly as I tell you, the danger will pass, and you will have nothing more to fear."
  
  日没前に、住職と徒弟は、芳一の衣を脱がせると、筆を手にして、彼れの胸といわず背といわず、頭や顔、首、腕、股、手足から、足の裏に至るまで、彼れの体中くまなく、般若心経の神聖な文句を書付けた。住職は、これ等がすべて済んだ後、芳一に教えて、こう言った、――
「今夜、わたしが出かけたらすぐに、お前は、縁側に坐って待っておれ。お前は、呼ばれるじゃろうが、何が起ろうと、決して答えちゃならぬぞえ。それと身動きもしちゃならぬ。何も言わずに、じっと坐っておれ、ちょうど坐禅でもしているようにな。もしお前が、ちょっとでも身動きするか、音でも立てようものなら、ばらばらに引き裂かれてしまうのじゃからな。恐がっちゃならぬぞ、それからな、助を呼んでもならぬ、誰にも助けられぬことなんじゃ。もしお前が、わしの言ったとおりにすれば、危険も過ぎ去ることじゃろう。そうすれば、もう何も恐れることがなくなるのじゃ。」
  
   After dark the priest and the acolyte went away; and Hoichi seated himself on the verandah, according to the instructions given him. He laid his biwa on the planking beside him, and, assuming the attitude of meditation, remained quite still,--taking care not to cough, or to breathe audibly. For hours he stayed thus.
  
  暗くなると、住職と徒弟は行ってしまい、芳一は、教えられたとおりに、縁側に坐った。琵琶を傍らの板敷きの上に置いて、坐禅の姿勢をとり、じっと静にしていた。咳をしたり、息の音を立てないよう注意しながら、何時間も、じっと坐って待ちつづけた。
  
   Then, from the roadway, he heard the steps coming. They passed the gate, crossed the garden, approached the verandah, stopped--directly in front of him.  
"Hoichi!" the deep voice called. But the blind man held his breath, and sat motionless.
"Hoichi!" grimly called the voice a second time. Then a third time--savagely:--
"Hoichi!"  
  
  Hoichi remained as still as a stone,--and the voice grumbled:--
"No answer!--that won't do!... Must see where the fellow is."...
  
  There was a noise of heavy feet mounting upon the verandah. The feet approached deliberately,--halted beside him. Then, for long minutes,--during which Hoichi felt his whole body shake to the beating of his heart,--there was dead silence.
  
  やがて、道の方から、例の足音が聞こえてきた。足音は門を通り、庭を横切り、縁側に近づくと、彼れのすぐ前に止まった。
「芳一!」、深い声が呼んだ。しかし盲人は息を止め、身動きせずにじっと坐っていた。
「芳一!」、二たび厳めしい声が呼んだ。そして三たび荒々しく、
「芳一!」
  
  芳一が石のようにじっとしていると、雷のような声が轟いた、――
「返事がない!――こりゃ、いかん!‥‥彼奴(きゃつ)め、ここに居るはずじゃが。」‥‥
  
  重々しい足音が縁側に上ってきた。慎重な足取りで近づいてくると、彼れの傍らで止まった。そして永い何分かが過ぎた。その間中、芳一は全身が心臓の鼓動とともに振るえるのを感じていた。辺には完全な沈黙があった。
  
   At last the gruff voice muttered close to him:--
"Here is the biwa; but of the biwa-player I see--only two ears!... So that explains why he did not answer: he had no mouth to answer with--there is nothing left of him but his ears... Now to my lord those ears I will take--in proof that the august commands have been obeyed, so far as was possible"...
  
  やがて、荒々しい声が、彼れのすぐ側でつぶやいた、――
「琵琶はここにあるが、しかし弾き手の姿は、そうじゃ、みつけたぞ、――ただ耳が二つきりじゃが!返事がないも道理、答えようにも口がないのじゃからな。ここには耳の他に何もない、‥‥それでは、主上には、この耳を持って帰ろうぞ。――あたう限り、厳命に従うたという証拠じゃ。」
  
   At that instant Hoichi felt his ears gripped by fingers of iron, and torn off! Great as the pain was, he gave no cry. The heavy footfalls receded along the verandah,--descended into the garden,--passed out to the roadway,--ceased. From either side of his head, the blind man felt a thick warm trickling; but he dared not lift his hands...
 
  突然、芳一は両耳を鉄の手でつかまれ、引きちぎられるのを感じた!非常に大きな痛みに襲われながらも、彼れが悲鳴を上げるのをこらえていると、その重々しい足音は、縁側にそって遠ざかり、庭に降りると、道の方へ消えていった。彼れの頭の両側からは、どろどろして温かいものが滴っているのを感じたが、彼れは恐ろしくて、手を挙げることができなかった。
 
   Before sunrise the priest came back. He hastened at once to the verandah in the rear, stepped and slipped upon something clammy, and uttered a cry of horror;--for he say, by the light of his lantern, that the clamminess was blood. But he perceived Hoichi sitting there, in the attitude of meditation--with the blood still oozing from his wounds.
 
"My poor Hoichi!" cried the startled priest,--"what is this?... You have been hurt?
 
  夜明前、住職が帰ってきた。彼れは、すぐさま裏の縁側にかけつけたが、何かねばねばした物に足を捉られて、思わず驚怖のうめき声が口から出た、というのは、彼れの提灯の明りの中に見えた、そのねばねばした物とは、血であったからである。しかし芳一は、坐禅の姿勢で坐っているのが見て取れ、その傷口から、じくじくと血が流れていたのである。
  
「ああ、可哀そうな芳一よ!」、驚いた住職は叫んだ、「これはなんじゃ?‥‥お前は、傷つけられたのかえ?」
  
   At the sound of his friend's voice, the blind man felt safe. He burst out sobbing, and tearfully told his adventure of the night.
  
  住職の声を聞くと、盲人はほっとして、すすり泣きがこみ上げてきた、そして涙ながらに、その夜の恐ろしい出来事を話した。
 
"Poor, poor Hoichi!" the priest exclaimed,--"all my fault!--my very grievous fault!... Everywhere upon your body the holy texts had been written--except upon your ears! I trusted my acolyte to do that part of the work; and it was very, very wrong of me not to have made sure that he had done it!... Well, the matter cannot now be helped;--we can only try to heal your hurts as soon as possible... Cheer up, friend!--the danger is now well over. You will never again be troubled by those visitors."
 
「可哀そうな芳一よ!」、住職は声を張り上げた、「みんな、わたしの所為なのじゃ!――許しがたい誤ちじゃ!‥‥お前の体中、どこもかしこも経文を書いたはずじゃったが、ただ耳だけが残されていたのじゃ!その部分は弟子に任していた所じゃが、後からそれを確かめるのを忘れたのは、このわしなのじゃ!そうじゃ、耳は助けられなんだが、あたう限り早く、お前の傷を癒してやることはできるぞ。‥‥もう済んだことじゃよ!危険は去ってしまったのじゃ、あれらが、二度と尋ねてくることはあるまい。」
 
   With the aid of a good doctor, Hoichi soon recovered from his injuries. The story of his strange adventure spread far and wide, and soon made him famous. Many noble persons went to Akamagaseki to hear him recite; and large presents of money were given to him,--so that he became a wealthy man... But from the time of his adventure, he was known only by the appellation of Mimi-nashi-Hoichi: "Hoichi-the-Earless."
 
  良い医者の助けで、芳一の傷は間もなく愈えた。芳一の、この不思議な事件は、広く世間の知るところとなり、じきに彼れを有名にした。多くの高貴な方々が、彼れの琵琶を聞きに赤間が関に訪れ、多くの金子が贈られたので、彼れは、やがて富裕となったのであるが、‥‥しかし、この不思議な事件の後、彼れは、「耳無し芳一」と称され、専らその名でのみ知られることとなった。
 
  
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  閑話休題、根本中堂から坂を登って大講堂の前を通り過ぎ、戒壇院の前も通り過ぎますと、石段を登りきったところで、派手な朱色が目に入り、阿弥陀堂と多宝塔とが仲良く軒を列ねている光景に目を瞠(みは)ることになりますが、‥‥
  
  阿弥陀堂の中には、当然のごとく阿弥陀仏がましまして、今しもその前では、ひとりの老僧が墨染めの衣を身につけて経を読んでおられました。この堂は、延暦寺の資料に依れば、檀信徒の先祖回向の道場であるとありますので、どなたかがご先祖の供養をなさっているのでしょう、‥‥
  
  
  
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  阿弥陀堂のすぐ南にそびえ立つ多宝塔は、延暦寺の資料に依れば、法華総持院と呼ぶそうで、上層には仏舎利と法華経とを安置し、下層には胎蔵界曼荼羅の五智如来を配するとあります。総持とは真言のことを指しますので、天台大師の「摩訶止観」による法華経的行法と、「大日経」所説の胎蔵界曼荼羅に依る行法とを並用して、自己の心を鍛練する場が、これなのだと知ることできます。開放的な阿弥陀堂に対し、法華総持院では止観(瞑想)を邪魔されることがないよう扉には閂(かんぬき)が差され、床には入堂謝絶の制札が置かれていますが、扉のガラス越しに覗くと、中尊である大日如来の尊顔を拝むことができます。いかにもご利益がありそうな、ありがたいお顔ですなあ、‥‥
  
  要するに自利(自利益)、即ち上求菩提を目的とした法華総持院と、利他(利益他衆生)、即ち下化衆生を目的とした阿弥陀堂と、および根本中堂の貴族的な祈りの空間と、この三点を並蔵するのが比叡山延暦寺であり、この三点並立中に立てられた宗教が天台宗なのだなと、わたしは遅まきながらも、東塔のこの地に身を置いて初めて理解したのでしたが、つまりこのような視覚的理解が曼荼羅なんですな、‥‥恐れ入りました、‥‥。
  
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  大講堂のすぐ横には、有名な、「照千一隅、此則国宝」の石柱が立っています。昔、これを素直に、「千一隅を照らす」と読む人と、「千」は、「于」の誤記であり、「一隅を照らす」と読むのが正しいのだという人との間で、論争があったいうことを聞いたことがありますが、わたしにも、何か分る所がないか知らんということで、この碑の前で暫く佇んでいましたところ、どうも「千一隅」は変だし、「一隅を照らす」というのも、懐中電灯じゃあるまいし、光の性質からしてこれもまた変だ、実は、「一隅より照らす」、つまり「于一隅照」の倒置法だと勝手に解釈いたしましたので、それを家に帰ってから、インターネットで調べてみますと、豈図らんや、この問題にはすでに決着がついておりまして、此れ等はみんな間違い、正解は、「照千、一隅、此れ則ち国宝なり」と読むのだと知ることになりました。またしても一つ賢くなったという訳ですが、‥‥
  
  そこでこれはどういう事かと調べてみますと、この文句の出所である伝教大師の「山家学生式」は、大師直筆の原文が残っているそうで、そこには紛れのない筆跡で明らかに、「国宝何物宝道心也有道心人名為国宝故古人言径寸十枚非是国宝照千一隅此則国宝」と書かれてあるということですが、この中の、「古人の言わく、径寸十枚は是れ国宝に非ず、照千一隅、此れ則ち国宝なりと。」という部分には、その根拠となる出典があったということなのだそうです。今、それを詳しくいいますと、「史記巻46」に、「威王二十三年、趙王と平陸に会す。二十四年、魏王と田を郊に於いて会す。魏王の問うて曰わく、王にも亦た宝有りやと。威王の曰わく、有ること無しと。梁王の曰わく、若しは寡人の国小なり、尚お径寸の珠の車の前後各十二乗を照らす者十枚有り。奈何ぞ万乗の国を以って、而も宝無きやと。威王の曰わく、寡人の以って宝と為す所は、王に異なり。吾が臣に檀子なる者有り、南城を守らしむれば、則ち楚人も敢て、寇と為りて東取せず、泗上の十二諸侯皆来朝す。吾が臣に子なる者有り、高唐を守らしむれば、則ち趙人も敢て河に於いて東漁せず。吾が吏に黔夫なる者有り、徐州を守らしむれば、則ち燕人は北門を祭り、趙人は西門を祭り、徙(うつ)りて従う者七千余家なり。吾が臣に種首なる者有り、盗賊に備えしむれば、則ち道に拾遺せず、将に以って千里を照らすべし。豈特(た)だ十二乗ならんやと。梁恵王慚じ、懌(たのし)まずして去る。」というのがあり、それを引いて、唐僧湛然が、「止観輔行伝弘決巻5之1」中に、「春秋中斉威王二十四年の如し。魏王の斉王に問うて曰わく、王の宝有りやと。答う、無しと。魏王の曰わく、寡人の国爾りと雖も、乃ち径寸の珠十枚有りて、車の前後を照らすこと各十二乗なり。何を以ってか万乗の国にして、宝無きやと。威王の曰わく、寡人の謂う宝と、王の宝と異なり。臣の檀子等の如き有り、各一隅を守れば、則ち楚、趙、燕等をして、敢て輒(たやす)く前ならしめず。若し寇盗を守れば、則ち路に拾遺せず。此を以って将と為せば、則ち千里を照らす。豈直(た)だ十二乗ならんやと。魏王慚じて去る。」と言ったのですが、伝教大師がそれを受けて、この中の「一隅を守る」と、「千里を照らす」とを約して、「照千」、「一隅」とされたということなのであります。複雑ですが、分ってみればまあそれだけのこと、騒いだ者がバカを見たというのが、どうやらオチのようでございますが、‥‥。ではいったい、天台宗の掲げる「一隅を照らす運動」ってなに?というところでございましょうか、‥‥しかも湛然は中国天台宗中興の祖でございましょう?というところでもありますでしょうナ、‥‥。
  
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  帰る途中、近江八幡近辺の干拓地には、ひまわり畑がありましたので、車を止めて写真を撮ったところ、それ以後、わたしの頭の中ではとめどなく、家に帰る間中、伴久美子が「うさぎの電報」を歌っておりました。いつしか老人も、それに合わせて歌っていたのは言うまでもありません、‥‥
兎の電報
エッサッサ
エッサッサ
びょんびょこうさぎが
エッサッサ
郵便配達
エッサッサ
とうきび畑を
エッサッサ
ひまわりがきねを
エッサッサ
両手を振り振り
エッサッサ
わき目もふらずに
エッサッサ
電報電報
エッサッサ
(北原白秋 作詞、佐々木すぐる 作曲)
  
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  「紫蘇むすび」はいかがですか?ただ御飯に、刻んだ紫蘇を混ぜるだけという、この上ない安直さが、なんにもしたくない夏の時期にはぴったりですネ、‥‥。


では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
 
 
 
 
 
 
 
  (比叡山 おわり)