聊齋志異 堪輿
沂州宋侍郎君楚家,素尚堪輿;即閨閣中亦能讀其書,解其理。 |
聊斎志異 堪輿
沂州の宋侍郎君楚の家は、素(もと)より堪輿を尚(たっと)び、即ち閨閣中も、亦た能く其の書を読みて、其の理を解す。
注:堪輿(かんよ):墓地の吉凶を占う。
注:沂州(きしゅう):地名。山東省臨沂県。
注:宋(そう):姓。
注:侍郎(じろう):官職名。次官、副大臣に相当。
注:君楚(くんそ):宋公の名。
注:素(そ):もとより。ふだんから。ひごろ。平素。
注:尚(しょう):あがめる。たっとぶ。
注:閨閣(けいかく):婦人の部屋。 |
聊斎志異 墓地を選ぶ
沂(き)州の大臣宋君楚(そうくんそ)の家は、日ごろ墓地を占う堪輿(かんよ)の術を崇拜していたので、婦人達も、またそのような書物を読むことができ、それについては詳細に理解していた。
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宋公卒,兩公子各立門戶,為父卜兆。聞有善青烏之術者,不憚千里,爭羅致之。 |
宋公卒するに、両公子、各、門戸を立て、父の為に兆を卜す。青烏の術を善くする者有りと聞けば、千里を憚(はばか)らず、争いて之を羅致す。
注:公(こう):諸侯の死後の敬称。
注:卒(しゅつ):諸侯の死の敬称。
注:公子(こうし):諸侯の子の尊称。
注:立門戸(もんこをたつ):住居を構える。
注:卜(ぼく):うらなう。
注:兆(ちょう):墓地。塋域。
注:青烏之術(せいうのじゅつ):堪輿家の術。
注:憚(たん):はばかる。畏れること。畏懼。
注:羅致(らち):網で捕るように残さず招く。拉致とは別。 |
宋公が亡くなると、ふたりの子は、おのおの家を構えて、父の墓地を占うために、その占いに巧みな者がいると聞けば、千里の道も遠しとせず、争ってもれなく召し出した。
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於是兩門術士,召致盈百;日日連騎遍郊野,東西分道出入,如兩旅。經月餘,各得牛眠地,此言封侯,彼云拜相。 |
是に於いて両門の術士、召致さるること百を盈(み)たして、日日騎を連ねて郊野を遍くし、東西に道を分けて出入すること、両旅の如し。月余を経て、各、牛眠の地を得、此れは「侯に封ず。」と言い、彼れは「相を拜す。」と云う。
注:召致(しょうち):めしまねく。
注:盈(えい):みつ。みたす。器を一杯に満たす。
注:騎(き):馬に乗る人。乗馬の兵。
注:郊野(こうや):城外の野原。
注:旅(りょ):軍隊。五百人、又は二千人。
注:牛眠地(ぎゅうみんのち):葬るにふさわしい地。
注:封侯(こうにほうずる):諸侯に任命され土地を与えられる。
注:拜相(しょうをはいする):大臣の位を授かる。 |
このような訳で、両家に召し出された占い師の数は百にも達し、日日駒を連ねて、郊外を駆け巡り、四方に道を分け入っていたので、まるで騎馬の兵隊が二連隊も走り回っているようだった。
一月あまりが過ぎた。占い師はおのおの、適した墓地を探し出しては、「子孫は、諸侯に封ぜられましょう」とか、「大臣に任ぜられましょう」と言った。
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兄弟兩不相下,因負氣不為謀,並營壽域,錦棚綵幢,兩處俱備。 |
兄弟両(ふたり)ながら相下らず、気を負うに因って、為に謀らず、並びて寿域を営み、錦棚、綵幢、両処倶(とも)に備わる。
注:負気(きをおう):己の勇気、勢力をたのむ。気色ばむ。気負う。
注:営寿域(じゅいきをいとなむ):墓を造る。
注:錦棚(きんぼう):棚を錦でかざる。棚は覆い屋、祠堂、廟など。
注:綵幢(さいとう):あやぎぬで造った旗。 |
兄弟はふたりとも、互いに引き下がらずに意気を上げ、相談もせずに、それぞれ墓地をととのえたので、錦で飾った祠堂に、綾絹の旗をたらした墓が、ふた所に備わった。
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靈輿至歧路,兄弟各率其屬以爭,自晨至於日昃,不能決。賓客盡引去。舁夫凡十易肩,困憊不舉,相與委柩路側。 |
霊輿岐路に至るに、兄弟各其の属を将(ひき)いて以って争い、晨(あした)より日昃に至るも、決する能わず。賓客は尽く引去す。舁夫も凡そ十たび肩を易(か)うれば、困憊して挙げず、相与(あいとも)に柩を路側に委(ゆだ)ぬ。
注:霊輿(れいよ):柩(ひつぎ)を載せた輿(こし)。
注:岐路(きろ):分れ道。
注:日昃(にっしょく):日の傾くころ。午後二時。
注:賓客(ひんかく):客人。
注:引去(いんきょ):連なって去る。
注:舁夫(よふ):輿をかつぐ者。舁き手。
注:困憊(こんぱい):苦しみ疲れる。
注:相与(そうよ):あいともに。一緒に。
注:委(い):ゆだねる。放置する。 |
柩(ひつぎ)を載せた輿(こし)が、分かれ道にさしかかっると、兄弟は、一族郎党をひきいて、どちらの墓にするかを争った。
早朝より、日が傾くころになっても、まだ決着せず、大勢の葬列に参加した客たちも袖を連ねて帰ってしまった。
輿舁(か)きの人夫は、肩を十返も替えていたが、疲れたので嫌になり、柩を下ろすと、路傍に打ち遣ってしまった。
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因止不葬,鳩工構廬,以蔽風雨。兄建舍於傍,留役居守,弟亦建舍如兄,兄再建之,弟又建之:三年而成村焉。 |
因りて止まりて葬らず、工を鳩(あつ)めて廬(いおり)を構え、以って風雨を蔽う。兄、舎(いえ)を傍らに建て、役を留めて居守せしむ、弟も亦た舎を建つること兄の如し、兄再び之を建て、弟も又之を建つ。三年にして、村を成す。
注:因(いん):それで。仍って。
注:鳩工(こうをあつむ):工人をあつめる。
注:廬(りょ):いおり。田舎にある屋舎。
注:留役(えきをとどむ):兵士をとどめおく。
注:居守(きょしゅ):留まって守る。留守居。 |
仕方がないので、柩は、そこに止めたまま葬らないことにし、大勢の大工を集めて、一軒の家を建てると、それで柩を覆って、風雨を防いだ。
兄が、その傍らに寝泊まりできる小屋を建てて、留守居役を置き、それを守らせると、弟も、また兄と同じように、小屋を建てた。兄がまた小屋を建てると、弟もまた建てたので、三年たった頃には、すっかり村のようになっていた。
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積多年,兄弟繼逝;嫂與娣始合謀,力破前人水火之議,並車入野,視所擇兩地,並言不佳,遂同修聘贄,請術人另相之。 |
多年を積み、兄弟継いで逝く。嫂と娣と始めて合謀し、力(つと)めて前人の水火の議を破り、車を並べて野に入りて、択ぶ所の両地を視るに、並びて「佳(よ)からず」と言い、遂に同じく贄を修聘して、術人を請い、別に之を相(そう)せしむ。
注:継(けい):続く。
注:嫂(そう):あによめ。
注:娣(てい):おとうとよめ。
注:合謀(ごうぼう):相談する。
注:力(りょく):つとむ。勤める。力を尽くす。
注:前人(ぜんじん):昔の人。兄弟を指す。
注:水火之議(すいかのぎ):仲の悪い者どうしの議論。無議。
注:修聘(しゅうへい):ととのえもとむ。
注:贄(し):にえ。手土産。礼物。
注:請(せい):こう。招く。召す。
注:術人(じゅつじん):技術者。
注:相(そう):みる。視る。視てうらなう。 |
多くの年をかさね、兄弟が相続いて逝った。
嫂(あによめ)と娣(おとうとよめ)とは、始めて相談し、仲の悪い兄弟が議論することもなく、推し進めたような悪弊は努めて破ることにした。 車を並べて郊野に入り、択ばれた両家の墓地を子細に視て、声をそろえて、「よくないわね!」と言い、いっしょに礼物を調達して占い師を招き、別の墓地を探させた。
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每得一地,必具圖呈閨闥,判其可否。日進數圖,悉疵摘之。 |
一地を得る毎(ごと)に、必ず図を具(そろ)えて閨闥に呈せしめ、其の可否を判ず。日ごとに数図を進むるも、疵を悉(つく)して之を摘(つ)む。
注:具(ぐ):そろえる。
注:図(づ):図面。
注:呈(てい):ささげしめす。奉げて上進する。呈示。
注:閨闥(けいたつ):婦人部屋。
注:悉(しつ):つくす。ことごとく知りつくす。
注:摘(てき):つむ。摘み取る。指摘。あばく。摘発。 |
占い師がある土地を推薦するごとに、必ず図面を婦人たちの居間に呈示させて、その可否を判断し、毎日数面づつ呈示される図面を視ては、瑕疵を徹底的に洗いだした。
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旬餘,始卜一域。嫂覽圖,喜曰:「可矣。」示娣。娣曰:「是地當先發一武孝廉。」葬後三年,公長孫果以武庠領鄉薦。 |
旬余にして、始めて一域を卜す。嫂図を覧(み)て喜びて、「可なり」と曰い、娣に示す。娣の曰わく、「是の地は、当(まさ)に先づ一武孝廉を発(いだ)すべし」と。葬後三年にして、公の長孫果(はた)して、武庠を以って、鄉薦を領す。
注:旬余(しゅんよ):十日あまり。
注:覧(らん):みる。一一遍くみる。
注:可(か):よし。宜しい。
注:当(とう):まさに~すべし。当然~するはずだ。
注:先(せん):まず。さきに。先だちて。手始めに。
注:発(はつ):いだす。でる。だす。出。おこす。起。
注:武孝廉(ぶこうれん):武官の試験合格者。
注:長孫(ちょそん):第一番目の孫。
注:果(か):はたして。かならず。まことに。ついに。期待に違わず。
注:武庠(ぶしょう):第一次武技試験の合格者。
注:領(れい):受ける。
注:鄉薦(きょうせん):郷里の推薦。 |
十日あまりが過ぎ、ようやく適当な土地を択ぶことができた。
嫂が、くまなく図を見回して、「いいんじゃない?」と言い、娣に示すと、娣は、こう言った、「この土地なら、手始めに武官さまのお出ましだわね」と。
はたして宋公を葬って三年後、公の長孫が、武官の試験で、郷里の推薦を受けることに決まった。
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