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平成25年元旦
  
  正月じやまだ睡いよと巳年いい つばめ
  一年はお気ばりなさい巳年どの つばめ
  
  皆様、新年明けましてお目出とうございます。
  本年も、昨年に相変わりませず、ご贔屓のほど、宜しくお願い申しあげます。
  
  「年頭のご挨拶だか何だか知らないが、その前や、後に出来の悪い和歌だとか、俳句だとかを載せて、恥のカキ初めだなんぞと洒落てみようとは、そいつあとんと悪い冗談だぜ!」という、世間様のお叱りの声を思わない訳でもございませんが、それを聞く耳のあらばこそということで、今年も川柳に挑戦してみましたのですが、はたしてこうまで恥をさらしてしまってもよいものかどうか、‥‥。
  
  しかし何んですな、「少年老い易く学成り難し」の名文句を以って知る、彼の朱文公も、「小学」という童蒙に教える書物の中では、「人に三の不幸あり。少年にして高科に登る、一の不幸なり。父兄の勢によりて美官と為る、二の不幸なり。高才ありて文章を能くする、三の不幸なり」と言っておられます。これを思えば、少々の恥をかいたところで、不幸になる素質ゼロという安心を得た方が、なんぼか心強いということで、今年も一年、何とか笑って過ごしたいと思っているような次第でございます。
  
  しかし、何もないのに、「アハハ、アハハ」と笑うというのも、お脳が足りないように見えていけませんナ、ということで、皆様方に、思いっきり笑っていただこうと準備いたしましたのは、幸田露伴の「術競べ」、座談の名手が酸いも甘いもかみ分けた上での馬鹿話、誠に味わい深いものがございます。
  
  それではお後が宜しいようで、皆様、どうぞお楽しみ下さい、‥‥


 

 術競べ

 

       その一

 

お釜(かま)「そりゃあもう別に勤め辛(づら)いというような事は無い御屋敷だけれどネ‥‥、」

お狐(きつ)「だけれどネって御云(い)いだと、何んか有るの?。やっぱり何か知らいやな事でもあるの?。」

お釜「お前さんは参上(あが)ってから半月ばかりしかなら無いし、それに丁度年暮(くれ)からお正月へかゝったところだから御上(おかみ)でもお忙しいものなのでネ、まだ何んにも知らずにおいでだが今に御覧なさい。」

お狐「オヤおかしいのネ、御用の多い時にさへいやな事の無い勤め易(い)いお邸(やしき)でもって、御用の閑(すき)になるとかえっていやな事が有るって云うの?。一体どんな事なの?、教えて置いておくんなさいナ。エ、エ、若様が何か猥褻(いや)らしいことでもなさるの?。」

お釜「いゝエそうじゃあ無いんだけれど‥‥。じゃあお前さんはほんとに何んにも知らずに上がったのだネ。」

お狐「気になる事ネエ、そんな事を云われると。妾(わたし)あ初奉公(ういほうこう)という年齢(とし)じゃあ無いけれどもネ、まったく今まで御屋敷奉公なんて云うものはした事が無いんだから、たださえ何だか妙に心細く思ってるのだよ。だけども年末(くれ)にこちらへ上がってから、別にいやだとおもった事もついぞ無いんでネ、内々好い御屋敷へ勤め当てたと悦んでいたところだが、じゃあやっぱり何か辛い事があるの?。あゝ解(わか)った、奥のお取り締りのあのお熊さんていう肥った老婆(おばあ)さんネ、あの人が岩藤みたように底意地でも悪くって?。」

お釜「なあにあの方は見掛けは恐ろしくっても心(しん)は好(い)い方なんだよ。お前さんの前に居たお智世(ちせ)さんていう人がネ、あの方に渾名(あだな)をつけて「雷(かみなり)おこし」と云ったのはネ、古風(むかし)もので堅いだけで毒も何んにも無いってんで。ハヽハヽハ。」

お狐「オホヽホヽホ。」

お釜「あの方よりや大殿様付(おおとのさまづ)きの御小間使(おこま)のお品(しな)さんネ、あの人の方がいくら交際(つきあ)い難(にく)いか知れやしないはネ。やっぱりお智世さんがくっ付けた名だけれど「ゴムドロップ」たあほんとに好く付いているよ。」

お狐「ヘエー、何故(なぜ)ネエ?。」

お釜「変にシネクネして咬み切れない様子がまるであの人そっくりだもの!。あの人ったら言葉遣(づか)いは柔軟(やわらか)で人当たりは好いけれども、お腹の中はネチネチして気むづかしい、煮え切れない、恨みっぽいような怒りっぽいような、そりゃあ気障(きざ)アな人だからネ。」

お狐「オヽ怖(こわ)い人ネエ。あの人が意地悪をするの?。」

お釜「ナアニ別にあの人だってこっちからさえ関(かま)わずに置きやあネ、御用の無い時あ新体詩(しんたいし)とかいうものを黙々(だんまり)で読んで居て、一人(ひとり)で高慢ぶってるだけの人だよ。」

お狐「解らないのネ。じゃあ何がいやな事なの?。」

お釜「そんなに御聞きだから知らせて上げようがネ、そのいやな事って云うのはお前様(さん)の御付き申して居る若様がネ、」

お狐「ハア。」

お釜「あの御優しい、御性質(おひと)の好い、抜麿(ぬけまろ)様がネ、」

お狐「やっぱり性(しょう)の悪い御癖でも御有りなさるというの?。」

お釜「いゝエ女なんぞ御戯(おかま)いなさるようなそんな方じゃあ無いけれども、」

お狐「じらさずと早く云って下さいな、じれったいわ、お釜さん。」

お釜「あれであの若殿様(わかさま)が大(だい)の魔法遣(つか)いでネ、」

お狐「エヽッ。何んですって?。」

お釜「大の魔法遣いで居らっしゃるものだからネ、今にきっとお前さんはその魔法の御用を御いいつかりだろうが、魔法の御修行の御用を命令(いいつ)かるのは誰だっていやだろうじゃあ無いか?。」

お狐「魔法って、あの児雷也(じらいや)やなんかの?。嫌(いや)だよお釜さんは人を調戯(からか)ってさ。馬鹿々々しい、そんな事が有って堪(たま)るものかネ。」

お釜「イヽエ、それが有るんだから仕方が無いじゃあ無いか、今に解るよ。」

お狐「何だかおかしいことを御云いだけれどほんとの事なの?。」

お釜「嘘言(うそ)を吐(つ)いたって仕様は有りやあしないはネ、ほんとの事だよ。」

お狐「あら!、それじゃあいよいよ本当に本当なの?。」

お釜「ハヽヽ、そうさ、本当に本当さ。ほんとにも何んにも!、誰だって知って居る事だよ。現(げん)にお前さんの前に居たお智世さんという人もネ、魔法のいきさつから起った事で御暇(おひま)を戴いた位の訳さ。」

お狐「ヘエー、どういう訳合(わけあい)でネ?。」

お釜「何んだネエお前さんは、妾(わたし)の方へ摺(す)り寄って来てさ。あの、若様が一夜(あるよ)お智世さんに対(むか)って法をお使いなさるとネ、お智世さんはもうまるで夢中になって仕舞って、座(すわ)れと仰(おっし)あれば座り、起(た)てと仰あれば立つのさ。」

お狐「ヘエー、若様はそんなに魔法が御できになるの?。何だか少しばかり無気味だことネ。」

お釜「そりゃあもう大変に高い金銭(おあし)を御出しになって御習いになったのだから、為(な)さりゃあどんな素晴らしいことでも何でも造作もなく出来るのだそうだよ。それでネ、お智世に対(むか)って仰あったには、明朝(あした)汝(おまえ)が一番はじめにお品に面(かお)を会わせた時、お品さんお前の高慢は止(よ)して下さいな、余(あんま)り高慢な顔をして居ると、それそれそれ、鼻の頭(さき)が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホヽホヽホヽ、と笑って遣(や)るが好いと、こう繰り返し繰り返し御命令(おいいつけ)になったのだよ。するとお智世さんとお品さんとは前から仲が悪かったのだから、知ってゝお智世さんがそう云ったのだか魔法のきゝ目の所為(せい)だったか、次の日の朝大殿様の方と若殿様(わかさま)の御室(おへや)との間の、あの御庭に沿って居るお廊下でもってネ、お品さんが例の高慢な澄ましきった顔つきで、お智世さんを見掛けて慇懃(いんぎん)に挨拶をすると、お智世さんは御早うとも云わ無けりゃあ頭を下げようでも無くって、いきなり甲走(かんばし)った黄色い声を無暗に張り上げてネ、お品さんお前の高慢は止して下さいな、余(あんま)り高慢な顔をして居ると、それそれそれ、鼻の頭(さき)が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホヽホヽホヽ、と御殿中(ごてんじゅう)に響いて聞こえるほどに笑ったのさ。」

お狐「マア!、甚(ひど)いこと。怒(おこ)りましたろうネ。」

お釜「怒(おこ)るまい事か、怒るまい事か。日頃高慢な憎らしい人で、おまけに鷲(わし)の嘴(くちばし)のような恰好(かっこう)をして居る自分の鼻つきを大(おお)自慢で居る人だから、皆(みんな)がお智世さんの言葉を聞いてクックと笑うのが聞こえると、サア真青(まっさお)になってプイと怒って大殿様の御室(おへや)へ駆け込んだが、それからは何を申し上げたか泣声が低く聞こえたばっかりさ。で、その晩お智世さんは御暇(おいとま)が出るということになって仕舞ったので、その代わりにお前さんが来たというような訳になったのだよ。」

お狐「お智世さんていう人は馬鹿を見ましたのネエ、可愛(かわい)そうじゃ有りませんか。」

お釜「だから若様から内々で大紙幣(おおさつ)を一二枚頂いて下(さが)ったはネ。」

お狐「まったく魔法を使われると後先(あとさき)の考えが無くなるのでしょうかネエ?。」

お釜「妾(わたし)あどうだか知らないけれどもネ、今にお狐一寸(ちょっと)来いってんできっと御召(およ)びになるだろうから、どんなものだかその時になったら自然(ひとりで)に御解りだろう。」

お狐「いやな事ネエ、そりゃあ大変だわ。オヽいやだ事、オヽいやだ事!。魔法の御手習(おてならい)の御草紙(おそうし)になんかされちゃあ堪(たま)る事(こつ)ちゃあ無いわ。」

お釜「ほんとにさ。だから妾(わたし)あ、お釜一寸来いと仰(おっし)あった時にネ、妾あ魔法の御相手になる御約束で御奉公は致しませんから厭(いや)でございます、それとも強(たっ)て御用になさりたけりゃあ、一遍(いっぺん)に就いて百円づつ前金(まえきん)に頂きとうござりますって云って、ようようの事に人身御供(ひとみごくう)を免(のが)れたよ。」

お狐「ホヽホヽホヽ、お前さんは中々どうして大変に強(きつ)いのネエ。」

お釜「どうしてどうしてお前その位にしなくっちゃあ、悪くしようものなら魔法責めにされちまうよ。抜麿様ばかりじゃあ無い、抜麿様の学校の御朋友(おともだち)にも、北利奇之助(きたりきのすけ)さんという富豪(かねもち)の息子(むすこ)さんがあってネ、その人も大変な魔法凝(ご)りだそうで、何でも若様とその人と一緒になった日にゃあ大変な騒ぎだよ、誰でも彼でも捕(つか)まえて魔法を遣いたがるのだからネ。」

お狐「大変な変梃(へんてこ)な人もあればあるものですネエ。写真に凝った人よりゃあどうも始末が悪いこと!。どうしよう、妾(わたし)あ急にお暇(いとま)を願おうか知ら。」

お釜「悪い事は云わないから妾(わたし)の伝(でん)が宜(い)いよ、まさか百円は下さる気づかいが無いからネ。」

お狐「そうネエ。」

お釜「今夜あたりはお正月でももう七草(ななくさ)過ぎで、一体に物静(ものしずか)だから魔法初めなんていうので、お前さん一寸(ちょいと)来いの御召喚(およびだし)をいただくかも知れないよ。」

お狐「嫌(いや)ですよお釜さん、無気味だことネエ。」

  



 

 術競べ

 

       その二

 

石部金左衞門(いしべきんざえもん)「大分(だいぶ)冷(ひ)えますることでござりまするが、まだ御書見(ごしょけん)で居らせられまするか。」

若殿抜麿「おゝ金左衞門か、何か用事か。」

金左「イヤ御書見中を御妨害(おさまたげ)致しては相済みません。しかし夜に入ってまでの御勉学には金左衞門も尽(ことごと)く感服つかまつります、当世一般とは申しながら恐れ入った事でございまする。」

抜麿「何もそう感服して貰わんでもよい、学問というものは一体面白いものだからナ。」

金左「はッ。恐れながらその、学問を面白いものと仰せられるのが実に有り難いことで御座いまして、金左衞門いよいよ以って一ト方ならず感服つかまつりまする。失礼ながら御読半(およみさし)になり居りまするのは、何んの書でございまして?。」

抜麿「ム、これか。これは最新のヒプノチズムの書だナ。」

金左「ヘヽエ。金左衞門西洋の語(ことば)は一向に解りませぬが、ヒプノチ‥‥とか申しますると、何んの意義(わけ)でございまするので?。」

抜麿「さようさナ、先づ一般に催眠術と訳して居(お)るナ。」

金左「ヤ、催眠術の書を御読みになって居らせられましたので!。」

抜麿「何もさように仰山(ぎょうさん)に驚くことは無いではないか。」

金左「ハッ。では御座りまするが恐れながらそれならば申し上げなければ相成りませぬ。実はかく人静かなる折を見て御目通り致しましたのも、その事に就きまして申し上げたくてで御座いました。恐縮ながら一応御聞き取り下されまするように。」

抜麿「フヽム。何んと申す金左衞門、催眠術に就いて云って見たいことがあると申すのであるか。遠慮は無い、申して見い、聞いて遣わす。」

金左「ハッ。まことに有り難いことで。然(しか)らば申しまする。恐れながら催眠術はキリシタンバテレンの邪法の類で、甚だ以って怪(け)しからん義と金左衞門愚考仕(つかまつ)りまする。然るに承(うけたま)わり及びますれば御上(おかみ)に於かせられましては、大金を以って独逸(ドイツ)帰りの術者より御伝授を受けさせられたるの由にて、それより深く御心(おこころ)をその事に傾けさせられ、日夜に魔法の御修行をば御積みなさるるやの御様子、まったく以って御本心より出でたることとは金左衞門は存じませぬ。平生(ひごろ)御学問(おがくもん)に御凝(おこ)りなされたる余り天魔(てんま)に魅(みい)られ玉いて、かようの事を御好み相成(あいな)る義にも立至(たちいた)られたかと存じまする。」

抜麿「これ金左衞門何を申すのだ。催眠術というものは決してさようの訳のものでは無い。然るべき理があって然るところの心理的現象で、最も研究を値(あたい)するところの深奥(しんおう)の道である。であるによって予(よ)もこれを研鑽して居(お)るのだ。決して危険または有害の事では無いから予の自由に任(まか)せて置け。」

金左「いや、御自由に御任せ申し上げる訳にはどうしても相成りません、飽(あく)まで御諫言(ごかんげん)を申し上げて御思い止(と)まりになって頂きませねば、君御幼少より御付き申したる金左衞門、面目もござりませぬ。有害の事では無いと仰せられまするが、左道邪法(さどうじゃほう)を御学びになっては宜しいことは御座りますまい。既に御承知でもございましょうが聖人の御語(おことば)にも、異端を攻(おさ)むるはこれ害なるのみと御座いますれば、何卒(なにとぞ)々々早速(すみやか)に魔法の書共(しょども)を御焼棄(おやきすて)相成りまして、ふたたび御顧視(おんかえりみ)これなきよう御断念遊ばされ度(たく)、金左衞門偏(ひとえ)にこの義御用いを願い上げ奉(たてまつ)りまする。今日(こんにち)も既に物蔭にて侍婢(おはした)共の申すを聞きますれば、今にもまた君の魔法の為の御用仰せつけらるるかと、特(こと)のほかに恐怖も仕(つかまつ)り、且つ迷惑も仕る様子、昨年末侍婢(おはした)共の中(うち)にて喧嘩悶着致し、終(つい)に一名御暇(おいとま)下さるるよう相成りたるも畢竟は由無き御物好(おんものずき)故でござりますれば、さようの義に御心を御寄せ相成るは御家御擾亂(ごじょうらん)の基(もとい)と存じ奉りまする。今にして早く御思棄(おんおもいす)て相成らぬに於いては、後害計り難き義でございますれば、新年早々ではございまするが御面(おんおもて)を冒(おか)して御諫言申し上げまする。何卒ぴったりとさようの御物好御(お)廃止有らせらるるよう御賢慮の程を願わしう存じたてまつりまする。」

抜麿「これ喧(やかま)しいは金左衞門。制しても制しても予の声を耳にも入れず、何を一人で饒舌(しゃべ)って居(お)る?。汝(きさま)のような学術的趣味の解らぬ者には申し聞かすも難義であるが、催眠術は決して魔法でも無い左道でも無いから、安心致すがよい。」

金左「とばかり一ト口に仰せられましても、」

抜麿「不安に存ずるというのだろうがそれは知らんからだ。何も薬を用いるでは無し、器関(しかけ)を用いるでは無し、危険を起すべき種子(たね)は何んにも無いのであるから、心配する点(かど)は更に無いでは無いか。」

金左「しかし御上に於かせられましては印(いん)を結び呪文を唱(とな)えられますると、術を掛けられましたるものは心神昏(くら)くなりまして、終(つい)に睡(ねむり)を催(もよお)し我れを忘れましたる挙句(あげく)、御上の命(おお)せられますることは如何様(いかよう)の義でも致しますると承(うけたま)わりましたが、右は事実(まったく)の事でござりましょうか如何(いかが)で。」

抜麿「や、それはもうその通り、奇々妙々である。白湯(さゆ)を与えて酒だと申せば飲んで酔いを発する、灰を与えて砂糖だと申せば舐めて甘いと申す。実にそれは神変不可思議のものである。金左衞門その方にも法を施して遣わそうか。」

金左「どう致しまして、真平御免(まっぴらごめん)下さいまするように。」

抜麿「イヤ、宜いは、掛けて遣ろう、さあ掛けて遣ろう。そうすると汝(きさま)も催眠術を魔法だなぞと申すそんな頑迷の事を申して意見立(だて)を致すような下(くだ)らぬことは皆忘れて仕舞う。さ、掛けて遣わそう、もちっと進め。」

金左「と、と、とんでも無い事でござりまする、怪しからん事で。」

抜麿「イヤ掛けて遣ろう、掛けて遣ろう、それが宜いは金左衞門。別に苦しいことでも無し、何とも無くって、それでその方の望むことを遂(と)げ得させる。天に上りたくば天に上らせてやる、空を飛びたくば飛ばせてやる。」

金左「ウーン。」

抜麿「何んだ、その様な恐ろしい唸り声を出して。」

金左「ヤ、どうも怪しからんことを仰せられまする。いいよいよ以って魔道御執心(ごしゅうしん)の余り、いささか御逆上(ごぎゃくじょう)の気味と相見えまする。天に上らせ空を飛ばすなどと、さようの事が何んとして出来ましょう。」

抜麿「イヤ論より証拠だ、出来るから奇妙である。さあ汝(きさま)に掛けて催眠術の奇特(きどく)を眼前に示して遣ろう。」

金左「どう仕(つかまつ)りまして、怪しからん事で、実に怪しからん事で。いよいよ以って催眠術は魔道に疑いござらん。正法(しょうほう)に奇特(きどく)無しと申す語(ことば)の裏(うら)を参る事でござれば、その奇特の有ると仰せらるるだけに合点(がてん)がまいりませぬ。金左衞門どうあっても御止(おとど)め申さねばなりませぬ。」

抜麿「エヽくどくどと申して煩(うるさ)い老夫(じじい)である。‥‥よしよし、嚇(おど)かして遣ろう。」

金左「イヤ何んとなされまする?その様に洋灯(ランプ)を暗くなされまして!。」

抜麿「‥‥‥‥」

金左「その様な御真面目(おまじめ)な怖(おそろ)しい御顔をなされまして金左衞門を御睨みになりまして、もしやこれは魔術を御掛けに相成るのではございませんか、無気味でござりまする!。」

抜麿「もとよりである。もう二三分(ぶ)通りは掛って居(お)るぞ金左衞門。」

金左「ヒヤア、これは怪しからん、領元(えりもと)がぞくぞく致しまする!。南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)、摩利支天神(まりしてんじん)!。」

抜麿「それいよいよ掛って来たぞ、どうだ金左衞門!ビールビールスッポン、アアワーブクブク、ノーンダラヨカラウ、ウマカラウソハカ、ゴクリゴクリゴクリ。」

金左「これは堪(たま)らん、異(い)な心地(こころもち)になって参った。魔術を掛けられては金左衞門一生の瑕瑾(かきん)になる、逃げるに越した事は無い!。」

抜麿「これ何処(どこ)へ参る!、金左衞門。逃げてはならんぞ。」

金左「摩利支尊天(まりしそんてん)、摩利支尊天、」

抜麿「待て待て金左、掛けて遣わすぞ金左。ビールビールスッポン‥‥」

金左「摩利支尊天、摩利支尊天、」

抜麿「待て待て金左。アアワーブクブク、ノーンダラヨカラウ、」

金左「摩利支尊天々々々々々、」

抜麿「ビールビールスッポン、」

金左「摩利支尊天々々々々々、」

抜麿「ビールビールスッポン、」

  



 

 術競べ

 

       その三

 

抜麿「ハヽハヽハヽ。金左衞門の老夫(じじい)め、大(おお)きに驚き居った様子だ。いかに予が催眠術に達して居(お)るからとて、ビールビールスッポンというような呪文でどうなるのでは無いが、自分の気でもって厭(いや)な心持になったと見えて妙な顔をして逃げ居った。これが真(ほん)の当意即妙というので、メスメルでもリーボーでもこんな事は知るまい。ハヽハヽハヽ。然しこれもまた研究の一材料で、等閑にはできぬことだ。たしかに彼れは恐怖して不快を覚えたに相違無い。あの眼色(めつき)、あの声音(こわね)、あの挙動というものは、彼れが自己で自己に暗示した結果に他ならぬのである。先づ以って研究記録の一頁(ページ)は石部金左衞門で埋(う)まる訳だ。それはそうとして去暮(くれ)はお智世を試験に供して、大分にいろいろの事を発明したが、年末年頭の俗事のために大(おおい)に実際研究を怠った。あの北利奇之助は定(さだ)めし予を凌駕(りょうが)しようと思って勉強したことであろう。然しあの男などに後(おくれ)を取る抜麿では無い、予は予で十分に研究を積んで驚かして遣ろう。イヤそれに就いてはまた予が工夫(くふう)した新式の催眠法を、差当たり先づ実験して見ねばならぬが、お品は物静かな天性(うまれ)だけれども予の顔を見れば逃げるし、お釜は卑劣な奴(やつ)で百円くれと云うし、前に掛けたことのある植木屋の伜(せがれ)はその後(のち)来ぬし、お鍋は愚(ぐ)な奴(やつ)でじきに睡眠する、それは宜(い)いけれども、甚だしく涎(よだれ)を垂して椅子も何もぬらぬらにして、そこら中を蛞蝓(なめくじ)の這ったように致すには汚(きたな)くて叶(かな)わぬ。ハテ誰を実験に使おうか、ムヽお狐お狐!。来た時からあれは怜悧(りこう)で健全で常識の発達して居る、実験用には屈強(くっきょう)の婢(おんな)だと思って居た。あれの事、あれの事!どれ召(よ)び出して今夜は術始めに一つ試みて遣ろう。」

 



 

 術競べ

 

       その四

 

お釜「それ御召(おめし)だよ、お狐さん!。今頃何も御用の有ろう筈は無いのだから、きっと魔法の御用に違い無いよ、魔法始めって云うんで。」

お狐「大変だ事ネエ、妾(わたし)はどうしようか知らん。」

お釜「どう仕ようってたってとても仕方は有りゃあ仕無いよ。石部さんの老夫(おじい)さんをさえ捉(つか)まえてあの騒ぎをなさるのだもの!。」

お狐「ほんとに困っちまうのネ、まるで魔法に掛けちゃあ若殿様(わかさま)は狒々(ひひ)見たようになって居らっしゃっるのネエ。」

お釜「お前さんも中々の口だこと!。ほんとに狒々なんだから叶やあ仕無いよ。宜(い)いさ、妾(わたし)の伝で百円とお云いよ。価(ね)で別れ話になるなあ商売(あきない)の常だっていうじゃあ無いか。」

お狐「ホヽ魔法に使われ賃を百円なんていうのは変梃(へんてこ)の商売(あきない)ネエ。」

お釜「構やあ仕無いよ。ホラ又御召(およ)びになってるよ。」

お狐「仕方が無い。お釜さんも一緒に行って下さいな。」

お釜「厭(いや)な事だわネ。白羽(しらは)の箭(や)が立った人だけで御勤めなさい。それ又お召(よ)びになるよ。」

お狐「あゝ切(せつ)ない情無い、心細くなって来た。魔法の御用だと思うと行く空は無いネ。」

お釜「水盃(みづさかづき)でもして別れようかネ。」

お狐「人!お前さんは人の事だものだから宜い気になってるのネエ。宜うござんす、思い切って行って来ますよ。」

 



 

 術競べ

 

       その五

 

お狐「不景気で不景気で仕方が無くって、碌(ろく)な事も無いから遊んでるよりゃあ増しと、こんなところへ猫を被(かぶ)って奉公住みはしたものゝ、間(ま)が宜かったら若様でも引っ掛けて強請(ねだり)の種子(たね)を拵えて、暖まろうと思ったその甲斐も無く、学問に凝ってばかり居る無類の堅蔵(かたぞう)なので、これあ御給金限(き)りじゃあどうも始まらない、まだしも安待合(やすまちあい)でも稼いだ方が正月だけに宜かったか知らんと、内々(ないない)はちっともう後悔して居たところ、妙なことも有るもので、魔法に若様が凝って居るとはほんとに稀代(きたい)な話だが、宜(い)い物好(ものずき)な馬鹿様を宜い加減に遇(あしら)って、どうかしてちっとやそっとは捲(ま)き上げたいものだ。昔話に在る楊枝隠(ようじがく)れじゃあ有るまいが、魔法だなんて馬鹿々々しい、どんなことを為(す)るのだろう。ほんとに身の楽な人は下(くだ)らないことをしたものだ。だがまあ何でも宜(い)い、出たとこ勝負で、大抵に綾なして多少銭(なにがし)かにして遣らなくっちゃあ。どれどれ一つ若様の魔法を拝見と出かけようかネエ。チョッ誰か見て居て妾(わたし)の芸風を褒めてくれないか知ら。こう見えても一寸(ちょいと)御高い俳優(やくしゃ)のお狐さんの為(す)る挙動(しぐさ)にゃあ、可なり好(い)いところがある積もりなのだから、見物(けんぶつ)の無いなあちっと勿体無いような気がするよ。ホヽホヽホヽ!。」

 



 

 術競べ

 

       その六

 

抜麿「これお狐、心理生理の二面に渡って哲学宗教の秘密に触るる神秘深奥の学問の為にナ、汝(きさま)の身体(からだ)を暫時実験に用いるからその積もりで居ろよお狐。」

お狐「アノ何んでござりまするか解りませんが、どうか御免(ごめん)下さいまして!。」

抜麿「解らんなコレ、怖(こわ)い事では無い、学問の為である。」

お狐「でも妾(わたくし)をどうか為(な)さりますので?。」

抜麿「いやどうも致すのでは無い。もちっと予に近う寄って、ただおとなしくして居ればよいのじゃ。予が呪文を唱え手先を動かすのを黙って見聞(みきき)して居るとナ、その中(うち)に好い心持になってウトウトと睡くなる。そうしたら一向構わず寢て仕舞えばそれで宜いのだ。」

お狐「厭(いや)でございまするネエ、正体(しょうたい)が無くなるのでございますか。」

抜麿「さようさ、正体が無くなるというのでも無いが先づ睡くなるナ。」

お狐「お上(かみ)の前で居睡りを致して御覧に入れるのは余(あんま)り御羞(おはずか)しいことで、これあ妾(わたくし)はどうぞ御免なすって下さいまし。」

抜麿「イヤ苦しう無い、鼾声(いびき)をかいても涎(よだれ)を垂しても免(ゆる)して遣わすから。」

お狐「いくら御免(おゆる)し下さいますにしても、これだけは御免(ごめん)下さいまし、女のたしなみに背(そむ)くことでございますから。」

抜麿「大事無い、誰も見ては居らぬし、予ばかりのことである。そんなに頑硬(かたいじ)になって女のたしなみを兔角(とかく)申さずとも予の命令(いいつけ)に従うが宜い。」

お狐「いくら仰(おっし)あいましても御羞しうございますから。」

抜麿「困るナ、そう強情(ごうじょう)では。‥‥ムヽ、宜し宜し、最初一度だけの事である、後は又どうにでもなることであろうから、欺(だま)すに手無しである、利を以って誘(いざな)って遣ろう。コレお狐、その方何か欲(ほし)いものは無いか。」

お狐「欲しいものと申しますと?。」

抜麿「衣服(きもの)とか髪飾りとか、何かそのようなもので。」

お狐「妾(わたくし)は嘘言(うそ)いつわりは申しません、正直(まっすぐ)に申しまするが、そりゃあ欲しいものは沢山(たんと)ございます。」

抜麿「先づ差当たりは何んであるナ、お狐。」

お狐「お召縮緬(めし)が欲しくって欲しくって堪(たま)りませんのでございます。」

抜麿「お召は何程ぐらい致すものである?。」

お狐「品(しな)次第でございますけれども、十四五円なら宜うございますネ。」

抜麿「高いナ。も少し手軽(てがる)なもので欲しいものは無いか。」

お狐「そうでございますネエ、節糸織(ふしいと)で十円、伊勢崎(いせざき)で八円、秩父銘仙(ちちぶめいせん)でも見好(みよ)いのは五円位(ぐらい)も取られます。」

抜麿「よくいろいろと知って居(お)るナ。では仕方が無いその秩父銘仙というのを買って遣わす。どうだ嬉しいか。」

お狐「あの妾(わたくし)に買って下さいまするので?。」

抜麿「そうだ。」

お狐「そりゃあどうも真(まこと)に有り難うございまするが、」

抜麿「その代りこの方の用も足すかどうだ。」

お狐「ハイ、‥‥アノ‥‥何でございますか‥‥それは、」

抜麿「厭(いや)なら買っても遣らぬがいよいよ厭か。」

お狐「ハイ。イヽエ。イヽエ。ハイ。‥‥」

抜麿「どうだどうだ、分からんことを申さずとも自分の好みの物を買って、主人の用事を勤めたのが当世(とうせい)であろう。それ五円遣わす。受取るが宜い。」

お狐「それ程までに仰(おっし)あることならば御試験の為に、どのようにも妾(わたくし)の身体(からだ)を御使い下さいまし。これは頂くには及びませんでございます。」

抜麿「ン、予の熱心に感じたところは感心な奴だ。これは一旦遣ったものであるから袂(ここ)へ入れて置いて遣る、サアサア予が引っ張る通り前へ出て、前へ出て!。そう!、先づそこで宜し。さあ術を掛けるぞ、気を静(しずか)にして!。」

お狐「何だか寒いような怖(こわ)いような心持が致しまして。」

抜麿「怖いことはちっとも無い、安心して居れ。予の指を見て居れ、動く通りに。」

お狐「オヤオヤ砂の上へ「へへののもへじ」を画(か)くような指(て)つきをして、人の眼の前で何かなさるのネ。」

抜麿「黙って居らんではいかん。法事(ほうごと)であるから、真面目(まじめ)になって居れ。じきに睡くなる。予が唱える呪文を気を鎮(しず)めて聞いて居れ。ウルマノヲトコハイモクテネー、コクリノヲトコハパパスーテネー、トラネルサウネルワッパネルー、トンネルパンネルフランネルー、オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー。そーれ睡くなって来た。どうだ眼眶(まぶた)が下がるだろう。オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー、オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー。や、とうとう睡(ね)て仕舞った!。実に奇妙であるぞ!。あゝ実に妙だ、我ながら妙だ!。実に感心だ、実に不可思議だ、実に人間の最霊最妙の現象だ!。アヽ朽藁(くちわらの)抜麿、弘法伝教(こうぼうでんきょう)の徒と相距(あいさ)る幾干(いくばく)ぞやだ!。どれどれ術家の所謂(いわゆる)パッスを行って遣わそう。‥‥さて先づこれで好し、これから試験を為(し)て見よう。これお狐、どうだ時候も大分(だいぶ)温暖(あたたか)になったナ。」

お狐「ハイ、さようでございます、温暖でございます。」

抜麿「フヽヽ、この寒いのに暖気(あたたか)だと云って居る。これあおもしろい、どうだお狐、こういう陽気になると虱(しらみ)が這い出すと申すが、汝(きさま)なぞも定めしたかられて居(お)ることであろう。ヤ、この領元(えりもと)にコレ胡麻粒(ごまつぶ)程の立派な奴(やつ)が一匹這って居(お)るでは無いか。」

お狐「まあ、おゝ厭(いや)だこと!。御羞(おはずか)しうございます!。」

抜麿「フヽヽ。綿塵(わがごみ)を指して申したにほんとの虱かと思って、真っ赤な顔を仕て羞しがって居(お)る。こりゃあ面白い!。これ、襟にさえこの通り這って居るようでは、背中にも定めし沢山居ようぞ。痒(かゆ)かろう痒かろう、どうだお狐。ヤ、面(かお)をしかめて痒がり出した。奇妙々々!。これあ可笑(おか)しい。お狐、予が呪文を以ってその虱を尽(ことごと)く退散致させて遣わす。マーゴノテパアリパリ、マーゴノデパアリパリ。どうだ治(なお)ったろう、もう痒くはあるまい。」

お狐「有り難うございます、痒くはございません。」

抜麿「フヽヽ、どの位性(しょう)が抜けて馬鹿になるものであろう!。居りもせぬ虱が居て痒いと云ったり、マーゴノテパアリパリと云えば痒くなくなったと云ったり、アッハヽハヽ、ほんとに馬鹿だナア、アハヽハヽハヽ、可笑(おか)しいナアお狐、可笑しいだろうお狐、ハヽハヽハヽ。」

お狐「オホヽホヽホヽ。」

抜麿「ヤ、こりゃあ馬鹿だ、訳も分からないのに可笑しそうに笑って、しかも自分の事を笑われて居るのも知らんで笑うというのは、どこまでノンセンスになったものか数(すう)が知れないわ。アハヽハヽハヽ。」

お狐「オホヽホヽホヽ、オホヽッ、オホヽッ。」

抜麿「真(しん)に可笑(おか)しそうに笑って居るところが実に絶妙だ。さも予が馬鹿々々しいことを仕て居るのでも見て可笑しくって堪(たま)ら無いように笑い居るのが可笑しい。ハヽハヽヽ。」

お狐「オホヽホヽホヽヽ。」

抜麿「フヽフヽフ、まだ笑って居る!。もう止(よ)させて遣ろう。お狐!、考えて見れば可笑しいことは何んにも無かったナ。人間というものは一体馬鹿で何んにも知らんで笑ったりなんぞして居るが、気がついて見れば自分の馬鹿なのはつくづく悲しいナア。乃公(おれ)は何だか悲しくなったが汝(きさま)も悲しいだろう。ナアお互いに馬鹿なのが悲しいナア。」

お狐「なるほど妾(わたくし)も悲しうございますネエ、な、な、情無くって!。」

抜麿「ヤ、啜(すす)り泣きまでして悲しみだした。フヽフヽフ。予も汝(きさま)の馬鹿なのが可愍(ふびん)で悲しいが、汝も予の馬鹿なのが可愍で悲しいか、エーンエーン。ト泣き真似をして見せたものだ。」

お狐「妾(わたくし)もエーンエーン、若様の御馬鹿なのが、エーンエーン、御愍然(おかわいそう)で、エーンエーン、悲しくってなりません。エーンエーン。」

抜麿「ハヽハヽハ、大笑いだ、自分の事は棚に上げて置いて宜(い)い事を云い居る!。大層な泣声だぞ、羊でも鳴くようだ。そう泣かすばかりでも可笑しく無い、陽気にして遣わそう。お狐!、しかし泣いてばかり居ても詰(つ)まらん世中(よのなか)だ、ちと浮かれるも宜い、酒は憂(うれい)を掃(はら)うものだ、一杯遣わそう、これを飲むとたちまち酔って宜(い)い心持になるぞ。それそれどうだ、身に浸(し)み渡るだろう。正宗(まさむね)だぞ。酔(よい)が発して来たろう、どうだお狐。」

お狐「アヽ顔が熱(ほて)って眼がちらちらして好(い)い心持になりました。」

抜麿「ハヽヽ。湯を飲ませたのに酒だと思って、面(かお)を紅くしてまったく酔ったような心持で居(お)ると見える。不思議々々々。どうだお狐、好(い)い心持なら歌でも唱わんか。それ隣室(となり)で三絃(さみせん)の音がする!。汝(きさま)の唱うのを待って居る様子だ。唱え唱え。」

お狐「都々逸(どどいつ)の三味線ですネエ。面白くなってまいりした。じゃあ一つ聞きおぼえを遣りますよ。お前もーどぢーなら妾(わたし)もーどぢーで、どぢーとどぢーとでー抜(ぬけ)ー裏(うら)だ。」

抜麿「聞こえもせぬ三絃(さみせん)に浮かれて唱い出したのが面白い。こりゃあ妙だ、実に妙だ、珍妙だ。も一つ唱え、も一つ唱え。汝(きさま)の歌は面白い。」

お狐「お前もー馬鹿なら妾(わたし)も馬鹿で、馬鹿ーに仕合うもー馬鹿々々し。」

抜麿「ン、ナアル程、哲理を含んで居る歌だナ、面白いッ。も一つ唱え、も一つ唱え。」

お狐「骰子(さい)のー一(ぴん)の処(とこ)あ、狸ーのお尻、それーが、知れなきゃあ、嘗(な)めーて見な。」

抜麿「ハヽハヽハヽヽ、何だかどうも尾籠(びろう)な歌で理由(わけ)が分からんナ。しかしもうこの種の実験はこれで済ますとして、これから大切の天眼通の実験を仕なければならん。これお狐、汝(きさま)は北利奇之助を見た事が有ろう、――年賀に来たから。あの男の宅は直(じき)近処だが、あれのところへ参ってあれが何を為(し)て居るか見て帰って来い。こらこら立って行かずとも宜い、そこに居て。」

お狐「ヘエー。」

抜麿「汝(きさま)は今既に通力(つうりき)を得て居(お)るのだ。眼を瞑(ふさ)いで居て天下の事が分かるのだ。さあ北利の家へ行って何を仕て居るか見て来て話して聞かすが宜い。」

お狐「こうも馬鹿げきった事が云えば云われるものかネー!。どうも変な事を云うと思ったら妾(わたし)に命令(いいつ)けてるなあ、つまり身体(からだ)はここに置いて魂魄(たましい)だけで北利の家(うち)へ行って来いというのだよ。人!馬鹿々々しい、鼻の孔(あな)から煙草(たばこ)の煙でも出しゃあ仕まいし、そうお手軽に魂魄が体から抜けて出て堪(たま)る訳のものじゃあ有りや仕無い。細螺(きしゃご)のお化けだってあの殻の中から出っきりにゃあ為(な)らないものを、豚の何かの風船に五色の糸でも付けて飛ばすように、魂魄が尾を曳いてふらふらと身体の外へぶらつき出しでもしたら御慰みだろうが、そうしたら生憎(あいにく)風でもって吹きつけられてその尻尾(しっぽ)が電信線(でんしん)に搦(から)まって仕舞って、魂魄(たましい)の立往生(たちおうじょう)っていうような頓痴気(とんちき)なことも始まりそうな話だ。仕方が無いからこうやっていろいろの事を思いながら薄目を開(あ)いてぼんやりとした顔をして黙って坐って居ると、今妾(わたし)の魂魄が北利の家へでも行ってる最中かと思って妙な顔をして妾(わたし)を視詰めて居るこの抜麿さんの御顔ったら無いネ!。オヤオヤこの人も眼が二つあるよ!マア感心に鼻が下を向いて着いてる中(うち)が可愛らしいじゃ無いか、そして眉毛(まみえ)が眼の下に着いても居ないのネー!、ホヽヽこれでもやっぱり普通(なみ)の人の形をしていらっしゃるから宜(い)い、魂魄が見えないものだから宜いようなものゝ、手に取って検(あらた)めることの出来るものなんだろうもんなら、この抜麿様の御魂魄(おたましい)なんぞはきっと洲(す)が立って居らっしゃるよ!。どれどれ、もう帰った積もりに仕ても宜い時分だろう。宜い加減な茶羅(ちゃら)っぽこを振り蒔いて遣ることとしましょうよ。エヽ北利さんのところへ行ってまいりましたが‥‥。」

抜麿「ムヽそうかそうか、途中が寒かったろう、大儀であったナ。」

お狐「どうも夜分の事でございますものですから寒うございましてネ、それに大きな洋犬(かめ)が居りましたので怖うございました。」

抜麿「ウン、そうだったろう、そうだったろう。寒い晩である!。なるほどあすこには大きな洋犬が居る!。ハテ神妙不可思議の事である!、よく分かったものである!。なるほど天眼通である!、神通である!。ハアッ有り難い辱(かたじけ)ない、予は神通を得た!、神通自在になった!、安部清明(あべのせいめい)が識神(しきじん)を使ったというのも今思い当ったが、清明何んするものぞやだ、もう羨ましくは無いぞ。して北利は何をして居ったか、それを聞かせい。」

お狐「生憎(あいにく)北利さんは御不在(るす)でございました。」

抜麿「ナニ、北利は不在(るす)だったと?、それは残念だった!。何か別に見聞きした事は無いか、有るなら云って聞かせい。」

お狐「御女中が二人(ふたり)で北利さんの御噂を仕て居りました。」

抜麿「フム、何んと申して居った?」

お狐「春の事だから大方(おおかた)待合へでもいらしって、芸者(げいしゃ)でも掲げて遊んでおいでなのだろうと申しまして。」

抜麿「フム、そうか、他(ほか)には何も申さなかったか。」

お狐「きっと又芸者を御召(およ)びなすったらそれに催眠術を掛けるなんて云っては厭(いや)がられて御いでだろうって。」

抜麿「フーム、もう他には何も申さんだったか?。」

お狐「まだその他には、どうも旦那様の催眠術も宜(い)いけれども、余(あんま)り心無しに長ったらしく掛けられると、後でがっかりして疲労(くたび)れて仕舞って御用の出来無いには弱る、と申して居りました。」

抜麿「ナアル程道理(もっとも)である、これはそうであろう、汝(きさま)には後で沢山(たんと)休息させて遣るから賢い主人だと思へ。さ、もう天眼通の実験も済んだから醒まして遣っても宜(い)いが、ン、まだ有ったまだ有った、暗示力(あんじりょく)の実験だ!。いかほど施術者の命令は被術者の覚醒後にも行われるか試(ため)して見なければならん。この実験には少し常理に脱(はず)れたような事を命令(いいつ)けて見ねばどうも無意識でする事か記憶(おぼえ)が有って為(す)る事かの判別が出来んから、よしよし少々出来かねるような突飛なことを申しつけて見て遣ろう。去年もこの暗示力の実験では大成功したのだが、お品を相手にさせたために大珍事が起って、とうとうお智世に暇(ひま)を遣るに至ったが、今度は誰を相手にさせたもので有ろうか。吾家(うち)の中の者では、後でごたごたが起った時に困るし、まさかに往来の者にこれこれの事を仕掛けろと、おかしな事を命じて置く訳にも行きかねるが、ハテ誰に仕掛けさせたものであろう、誰に仕掛けさせたものであろうか?アヽ北利奇之助!、あれに限る、あれに限る!。あれは平生(ひごろ)催眠術に就いての自信が甚だしく強くって、自ら卓絶した術者だと思って予を軽く視て居る!。いや内々(ないない)では予を侮(あなど)って居(お)る!。あれを実験の相手にして遣れば後で取り調べるにも何かと便利であるし、且つ少々は甚(ひど)い事をして遣ってもあれならば関(かま)わん。あの鼻を挫(くじ)くには寧ろ少しは思い切った事を仕掛けて遣る方がいい位である。ヤ、鼻を挫くと云えばお智世にお品を愚弄(なぶ)らせたのは実に巧く行ったものだった。しかし余り巧く行き過ぎたので事になって仕舞ったが、奇之助は同じ催眠術研究者であって見れば、暗示力の実験の相手にしていささか愚弄したところで、お品のように無暗にも怒(おこ)るまい。イヤ怒ればいよいよ以って愚弄して遣ってもいい位である。すれば先づ相手は北利として、何んとさせたものであろう?。ア、鼻を挫くというところから面白い事を思いついたぞ、少し甚(ひど)いかも知れないが、関(かま)わん、実験だ。ウフヽフヽフヽ、これあ堪(こた)えられない、あの北利めがどんな顔をするだろう、これあ可笑(おか)しくって独りで堪(こた)えられない!。これお狐、汝(きさま)に確(しか)といいつけて置くから命令(いいつけ)通りに致すのだぞ。」

お狐「ハイ。」

抜麿「明朝汝(きさま)が起きたら起き抜けに直(すぐ)に、」

お狐「起き抜けに直に、」

抜麿「先づ顔を洗い、白粉(おしろい)を付け、身じまいを致して、」、

お狐「先づ顔を洗い、白粉を付け、身じまいを致して、」

抜麿「北利奇之助を尋ねて、面会を求めるのだ。あれは晏起(あさね)ゆえ寐(ね)て居るであろうが、如何様(いかよう)にしても起して強(し)いて面会をして、」

お狐「如何様にしても起して強いて面会をして、」

抜麿「面(かお)を見るや否や思いきった大きな声を掲げてナ、朽藁式催眠術の妙作用はこの通りと申して、」

お狐「朽藁式催眠術の妙作用はこの通りと申して、」

抜麿「手の中指無名指(くすりゆび)と拇指(おやゆび)とを寄せて他の指を伸ばしてナ、俗に申す狐々(こんこん)チキの形を両手ともにこしらえて踊り回るのだ。」

お狐「狐々チキの形をこしらえて踊り回って、」

抜麿「奇之助を化かす心持で散々(さんざん)に嬲(なぶ)り立てた上、好い機(しお)を見てあの鼻の端(さき)をいきなりポーンと指で弾(はじ)くのだ。」

お狐「好い機を見ていきなり鼻の端をポーンと弾いて、」

抜麿「そしてトントントンと三歩(みあし)後へ退(さが)って眼を瞑(ねむ)って首を振りながら、」

お狐「三歩後へ退って眼を瞑って首を振って、」

抜麿「フヤラノ、フヤラノ、フンと申して、ベッカッコウをして見せるのだ。」

お狐「フヤラノ、フヤラノ、フン、と申してベッカッコウをして見せるので。」

抜麿「そうだ、それでいいのだ。」

お狐「ハイ。」

抜麿「ではもう実験は沢山だ。予の新式は成功した。抜麿君万歳だ。さあ覚醒(さま)して遣ろう。この水を飲め、これを飲むと了々(はっきり)としてすっかり常の心持になる。さあ一ト口に飲め、そうだ、そうだ、それ了々としたろう。」

お狐「アヽッ、アヽアヽ。オヤ、欠伸(あくび)ばかり出てこれあ怪しからないこと!。マア妾(わたくし)は何時(いつ)の間(ま)にか若様の御前(おまえ)でうっとりとして仕舞ったのでございましょう!。ちっとも存じませんでしたよ。」

抜麿「ハヽヽそうで有ろう、何も知らんのか?。」

お狐「何んにも存じませんが、何かおかしい事でもございまして?。」

抜麿「ハヽヽ、いや別におかしい事も無かったが、お狐汝(きさま)は都々逸が上手(じょうず)だナ。」

お狐「あら嘘(うそ)ばっかり。」

抜麿「嘘では無いぞ、骰子(さい)の一(ぴん)の処(とこ)あ狸のお尻なんぞという稀代(きたい)な文句の歌を汝(きさま)は知って居(お)るな。」

お狐「何んでございますか知りませんが他人(ひと)が唱って居りましたのは存じて居ります。」

抜麿「イヤ他人(ひと)が唱ったのでは無い、汝(きさま)が唱ったのだ。」

お狐「あらマア嘘を仰(おっし)あいます!。」

抜麿「嘘言(うそ)では無い、ほんとに汝(きさま)が唱ったのだ。」

お狐「ほんとに?。」

抜麿「ほんとにサ。」

お狐「マアどうしましょう、嫌(いや)でございますネエ。」

抜麿「コレコレそう羞かしがって慌てて逃げて行かんでも宜い。ハヽハヽハヽ、夢中になって逃げて行って仕舞った。可憐な奴(やつ)である!。」

 



 

 術競べ

 

       その七

 

お兵(ひょう)「旦那様!、旦那様!、お起きなさいまし。御客様でございます。」

奇之助「ウーン、ムニャ、ムニャ、ムニャ。」

お兵「朽藁様からの御使です!。」

奇之助「使なんぞ待たして置け、睡い睡い、もう一時間睡(ね)る。」

お兵「そうはいきません。もう九時ですから。」

奇之助「じゃもう三十分睡る。」

お兵「いけません、お起きなさい。」

奇之助「老媼(ばあや)、堪忍(かんにん)してくれ、眼が開(あ)かないもんだから。もう十分睡る。」

お兵「そんなことを云いながらトロトロして居らっしゃる。貴下位(あなたぐらい)寐坊(ねぼう)の人は有りゃあしません。お起きなさいお起きなさい。」

奇之助「もう五分睡る。」

お兵「いけませんいけません。」

奇之助「もう一分睡る。」

お兵「何んですネ下(くだ)らない!。いくら睡いと云ったって、一分ばかり睡たって何んになりますものか。お起きなさい!、お起きなさい!。朽藁様のお使というのは、若い女ですよ、奇麗にお化粧(つくり)をして居る一寸(ちょいと)見られる新造(しんぞ)ですよ、まあ別嬪(べっぴん)ですよ、ほんとに別嬪ですよ。」

奇之助「何んだ、別嬪だと。ほんとか、ほんとか。」

お兵「ヘヽヽ、別嬪だといったら目を御覚ましなすったよ。」

奇之助「ヤ、しまった。謀(はか)られたか、残念な。起きるのじゃあ無かった。その位なら今の夢の続きを見た方が宜(よ)かったっけ。」

お兵「未練な事を仰(おっし)あるものじゃ有りません。見っとも無うございますよ。嘘じゃ有りません。ほんとに別嬪なのです。」

奇之助「宜(い)いよ、もう起きるよ。それ湯を汲んでくれ。髪の道具は揃って居るかい!、剃刀(かみそり)を磨(と)がせて置けと云ったが、研げて居るかネ?、新聞を膳の傍(そば)へ置いてくれ、食いながら読むから。坐ったら直(すぐ)に茶が飲めて食へて汁が熱くて鶏卵(たまご)の鏡子焼(かがみやき)が出来て居て新聞が置いてあって郵便が並べてあってすべて埒(らち)が明くように仕て置いてくれなくちゃあいかんぜ老媼(ばあや)!。」

お兵「さんざん寐て御置きなすって、起きると直(すぐ)にその性急(せっかち)が初まりますネ。」

奇之助「そう悪く沈着(おちつ)いて澄まして居てはいかん!。だから日本人(にっぽんじん)は嫌(きらい)だ、怠慢(だら)けて居ていかんというのだ、どうも東洋一体の悪い習慣だ。早くしろ早くしろ老媼!。」

お兵「それ又日本人は嫌(きらい)だがはじまった。そんなに急(せ)かないでもですよ。それ余(あんま)りお慌てなさるから頸締(くびじめ)が裏返って居ます!。」

奇之助「チョッ、何年経(た)っても襟飾(ネキタイ)の事を、最初に云い出した自分の言葉でもって今だに頸締頸締って云いくさる、忌々(いまいま)しい依怙地(いこじ)の婆(ばばあ)だナ。」

お兵「でも頸締は頸締ですもの、頸締って云ったって悪かあ有りません。」

奇之助「宜(い)いよ、宜いよ、汝(おまえ)と言語論をしたって仕様は無い。早くまあ飯を食おう、飯だ飯だ飯だ!。」

 



 

 術競べ

 

       その八

 

お狐「いゝことネー富豪(かねもち)ってものは。マアこの応接室(ま)なんかのハイカラで、そして洒落(しゃれ)きっていること!窓掛(まどかけ)の立派なこと!。絨毯(じゅうたん)の美しいこと!。緋(ひ)の絹天(きぬてん)を貼ったこの細脚(ほそあし)の椅子の心持の好(い)いこと!卓子掛(テーブルかけ)の結構なこと!。暖炉が焚(た)いてあるからこの温暖(あたたか)で心持の良(い)いこと!。これを思うと身分があるよりゃあ金銭(おかね)のある方が好(い)い、妾(わたし)の居る家(うち)も随分結構には違いないが何だか窮屈なところがあって、どうも紗綾形(さやがた)の襖(からかみ)がまだどこかに遺(のこ)って居るような気がする!。だがこうやって丁寧に扱われるのも妾(わたし)が出来るだけ装飾(めか)し込んで下手(へた)な令嬢みたように澄まして来たからばかりじゃあ無い、やっぱり主人の威光(ひかり)が背後(うしろ)から射して居るからだろう。それにしても例の馬鹿な真似を一ト通りしなくちゃあならないのだが、ここのも魔法遣いだというから大概知れた男だ、怖(こわ)いことはあるまい、宜(い)い加減に胡麻(ごま)かして、付加(おまけ)をつけて金銭(おかね)でも品物でも何でも奪(と)って遣れ。オヤ扉(ドア)の外で跫音(あしおと)がする。そら来た、奇之さんが。こっちもオホンと澄まさなくっちゃあ。」

奇之助「ヤ、これは御待たせ申しました。初めて御目にかかりますが、貴嬢(あなた)は朽藁様(さん)の御親族(おみうち)ででも御有りなさいまして。」

お狐「ハイ、イヽエ、あの去暮(くれ)から参って居りまする召使でございまして、貴郎(あなた)は御存じはございますまいが、妾(わたし)はもう貴郎をチャーンと存じて居りますのでございます。‥‥オ、恐(おっそ)ろしい香水の匂(におい)だこと!、まるで眼も何も開(あ)いちゃあ居られやし無い!。」

奇之助「ハヽヽ、ヤ、そうでしたか、御召使で居らしったか、余(あんま)り貴嬢(あなた)が御奇麗なので御眷属(おみうち)かと思いました。して貴嬢の御来臨(おいで)になった御用と申しますのは?。」

お狐「召使だと云っても妾(わたし)の事を貴嬢(あなた)貴嬢って云ってるよ。言葉といい眼つきの様子じゃあ女にゃあ鼻の下が鯨尺(くじらじゃく)の方らしい。打(ぶ)たれる気遣(きづかい)もあるまい、遣らかそうかネエ!。ハイ、その用向きと申しまするのは、朽藁式ー催眠術のー妙ー作ー用ーはー、こーのー通ーりー。」

奇之助「ヤッ、こりゃあ驚いた!、危なく椅子と一緒にひっくり返って仕舞うところであった!。何んだ!、両手でコンコンチキを拵えて踊りかかって来るには驚いたナア。悪い洒落(しゃれ)だ、君、止(よ)したまえ、君、イヤ貴嬢(あなた)、そんな事をしちゃあ困ります、止したまえ貴嬢!。」

お狐「こんこんちきや、こんちきや、化(ば)あかそ化かそ。」

奇之助「これそう騒いでは困りますよ貴嬢(あなた)!。あゝ椅子をひっくり返した!、危(あぶな)い!、危ない!止したまえ君、戯談(じょうだん)しちゃあ困ります!、君!、イヤ貴嬢(あなた)困りますといえば、イヤ貴嬢!、貴嬢!。」

お狐「我れは化けたと思えども、こんこんちきや狐(こん)ちきや。」

奇之助「狂気(ふれ)て居るのじゃ無いかしら、静(しずか)になったり、騒いだり、何だか一向に訳が分からない、悪いいたずらだ。」

お狐「いやいやのいたずらや、こんこんこん。」

奇之助「ウン、ハヽア、解(よ)めた!解めた!。あの抜麿めが催眠術を施して、暗示を与えて置いて僕を嬲(なぶ)るのだナ!、ウンそうだそうだ!、それに違い無い!。この女(ひと)が何も知った事では無いのだ。怒(おこ)る訳には行かないし、仕方が無い、仕方が無い!、いっそ早くこの女(ひと)が命令(いいつけ)を受けただけの事を果たさせて仕舞う方が宜(い)いのだ。仕方が無い僕も一緒になって踊って遣れ!、こんこんちきや、こんちきや、すってこすってこ、すってこて!。」

お狐「あぜ道細道廻れ廻れ。」

奇之助「あぜ道細道廻れ廻れ。ヤッ、膝っ小僧を椅子へ打付(ぶつ)けた、あゝ痛い痛い!。どうも身の軽いのには敵(かな)わない、敵わない!。アッ椅子から卓子(テーブル)の上へ飛び上がった!。とても追及(おいつ)かない!。」

お狐「ひらりとくるりと腰を撓(しな)えて踊り舞うていのうよ。さあもうよかろう、こんこんこんこん、その御鼻の頭(さき)を一ツこうやってポーン。」

奇之助「アッ、こりゃあ甚(ひど)い!。紳士たるものの鼻の頭(さき)を弾(はじ)くなぞは!。そして何んだ、妙に気取(きど)ってトントントンと三歩(みあし)退(さが)って、眼を瞑(ねむ)って首を振って。」

お狐「フヤラノ、フヤラノ、フーン。べっかっこーッ。」

奇之助「ヤ、これは怪(け)しからん、人の面(かお)を見ながらベッカッコウを為(し)てそして舌を出すとは!。エヽ、しかしながら怒(おこ)る訳には行かん術の為(さ)せることであるから、泰然として澄まして居らなければならん。オホンオホンオホン。」

お狐「その光った石の入(はい)って居る無名指(くすりゆび)の指輪を妾(わたし)に下さる御約束で、」

奇之助「エヽ!。これはダイヤモンドだのに。」

お狐「ハイ、そのダイヤモンドのを。下(くだ)さらなければ穿(は)めて居らっしゃる指を咬(く)い切っても頂きますから。」

奇之助「こりゃ堪(たま)らん、咬(く)いつきそうな顔だ!、進(あ)げます進げます。後では取れるだろうが酷(ひど)い暗示を為(し)居ったナ。ア、指に穿めて仕舞ったら拳(て)を握って正体を失って仕舞った!。ばあやあ、ばあやあ、アッ、ここにこれが有ったっけ、呼鈴(ベル)さえ忘れて仕舞った。」

お兵「何んでございます。マア大変な騒ぎでしたが。オヤ朽藁さんの御使が倒れて居るじゃ有りませんか。」

奇之助「宜(い)い、大丈夫だ、水を持って来てこの人に澆(か)けろ。」

 



 

 術競べ

 

       その九

 

奇之助「どうでございます?、貴嬢(あなた)。」

お狐「ハイもうまるで夢の覚めましたようで。どういたしまして妾(わたくし)はこちら様へ上(あが)って居ったのでございましょう?」

奇之助「ハヽヽ、いや何、気になさる事はありません、まあ御菓子でも御摘(おつま)みなすって。」

お狐「好い御座敷でございますこと、御静(おしずか)で御広くって。」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンクジリンル、クウ、パア。」

お狐「エヽ、突然(だしぬけ)に大きな声をなすって、びっくり致しました、何でございます。」

奇之助「少し安静(しずか)に、安静に。貴嬢(あなた)に私(わたし)の術を掛けるから。それもう掛って来ました。」

お狐「鳶(とんび)が羽を拡げるような手つきをなすって何んでございますネエ。‥‥アヽしかし掛けられまいというのも面倒だ、いっそ掛(かか)った風(ふう)をして仕舞おう!。」

奇之助「占(し)めた。乃公(おれ)の術の突然式はこの通り卓絶だ。ダチイキコツ、ネケンクジリンル、クウ、パア。それもう眠った。さあこれからだ復讐をして遣るのは。貴嬢(あなた)ッ!。」

お狐「ハーイ。」

奇之助「貴嬢(あなた)、家(うち)へ御帰りなすったら抜麿様(さん)に御対(おむか)いなすって、僕が予(かね)て御用立ててある金三十三円三十三銭三厘三毛三糸(し)三忽(こつ)を御取り立てなさるがよい。即ちその証書はここに在ります。この証書で責めて、是非共取るが宜いです。遣(よこ)さなかったら眼へ指を突っ込んでも取るが宜いです。それは皆貴嬢に進(あ)げます。そして指輪はそれを御取りなすったら返して下さい。」

お狐「ハーイ。」

奇之助「宜しい。お覚めなさいッ!。ダコネジ、ナイ、パア。」

 



 

 術競べ

 

       その十

 

お狐「いけません。何んと仰(おっし)あっても証書が物を云います。この通り金三十三円三十三銭三厘三毛三糸三忽也(なり)、右正(まさ)に借用と書いてあるじゃあ有りませんか。」

抜麿「困るナ汝(きさま)には、そんな大声を出されては外聞が悪い。証書々々と御云いだけれど、これは汝(きさま)証書では無い、新聞の号外では無いか、読んで聞かせようか、それ、旅順陥落(りょじゅんかんらく)、ステッセル降伏とあるでは無いか。」

お狐「そんな知らじらしいことを仰(おっし)あってもいけません、現(げん)にここに書いてあります。金三十三円三十三銭三厘‥‥」

抜麿「そうは書いて無い、号外では無いか。」

お狐「イヽエ金三十三円三十三銭三厘‥‥」

抜麿「では無いというに!。汝(きさま)喪心したナ。」

お狐「イヽエ金三十三円三十‥‥」

抜麿「発狂したナ喧(やかま)しい、外聞が悪くて困るというに。」

お狐「でも、金三十三円三十三銭三厘‥‥」

抜麿「ハヽア、掛けられて来たのだナ。」

お狐「金三十三円三十三銭‥‥」

抜麿「これは困ったものだ、どうしたら宜かろう。」

お狐「金三十三円三十三銭三厘‥‥」

抜麿「エヽもう喧(やかま)しい、誰(だれ)が知るものか。」

お狐「眼の中へ指を突っ込んでも金三十三円三十三銭三厘は引掻(ひっか)き出しますから。」

抜麿「おそろしい顔をして、指を出して掛(かか)って来ては困るでは無いか。」

お狐「でも、金三十三円三十三銭三厘を下さらなけりゃあ、」

抜麿「あゝ喧(やかま)しい。そう掛って来ては困る。アヽ助けてくれ!、眼の玉の助け舟ー!。」

お狐「さあ金三十三円三十三銭三厘を御返済下さいますかどうで、」

抜麿「返済するよ、返済するよ。あゝ情無い。ステッセル降伏の号外一枚で三十三円三十三銭三厘取られる!。術を掛けられて夢中になって居るものと争う訳には行かず、説いても諭しても解りっこは無し、忌々(いまいま)しい、奇之助のお蔭で三十三円三十三銭取られる!。」

 



 

 術競べ

 

       その十一

 

金左「畢竟は益無き邪法を御物好(おものずき)に相成りまするより、かようの事も起りまするので、金左今日は死を決して御諌め申す以上は、是非とも今後催眠術は御(お)廃止になりまするように願いまする。」

抜麿「又しても邪法呼(よば)わりするか、邪法では無いと申すに。」

奇之助「石部さん、それは貴下(あなた)が知らんからで。」

金左「イヤ何んと仰(おっし)あってもいけません、催眠術などということは有るべからざることで、まったく根元は天草残類(あまくさざんるい)の妖法でござりましょう。」

抜麿「何もお狐の事から北利氏(うじ)と一寸(ちょっと)悶着を致したとて、それももう氷解致して見れば何でも無いのだから、さように咎め立(だて)を致さんでも宜いことでは無いか。」

金左「イヤそうは成りません、是非に御思い止まりを。北利様も何御不足無い御身分で御蕩楽(おどうらく)もござろうに、催眠術は悪い御蕩楽でございまする、御廃止なさいませ。」

抜麿「煩(うるさ)いな、何時(いつ)までも愚図々々申すと又術を掛けるぞ。」

金左「イヤ、今日は覚悟をして参った以上はもう驚きません、死を決して御諫言申し上げるつもりの石部金左衞門、金鉄の心でございまする。」

抜麿「何んだ、掛けられても恐れぬと申すか。」

金左「まったく恐れませぬ。死を決した以上は何が怖(こわ)うございましょう!。催眠術でも蝦蟇(がま)の術でも邪は正に勝たずでございます、金左今日は覚悟を致して居りまする。」

抜麿「ヤ、面白い。それなら汝(きさま)もし予の術にかかったら何んと致す。」

金左「その時は催眠術に降伏致すでございましょう。但し掛りませんでしたらば若殿も北利様も術を御棄てになりますか。」

抜麿、奇之助「オヽ、十分に術を行(おこな)っても掛らなかったら汝(きさま)の言に従う。」

金左「宜しうござる、その儀ならばお掛けなされませ、覚悟致しました。さあ前からでも後(うしろ)からでも御存分に御掛けなされませ。端然(ちゃん)と袴に手を入れて磐石(ばんじゃく)と坐りましたる上は、金左悪びれは致しませぬ。御存分に御掛けなされませ。金左は師匠より皆伝(かいでん)を受けましたる小野派一刀流(おのはいっとうりゅう)の気合(きあい)を以って身を守りまする!。キリシタンバテレンの邪法に屈する如き事は毛頭ござらぬ。」

抜麿「その広言は後で致すがよい、今思い知らせて遣る。」

奇之助「僕が先づ掛けましょう、僕のが早く掛るから。」

抜麿「イヤ、乃公(わたし)が先へ掛けましょう。エヘン。ウルマノヲトコハ、イモクテネー、コクリノヲトコハ、パパスーテネー、トラネルサウネルワッパネルー、トンネルパンネルフランネルー、ウトーリ、ウトーリ、ヒナタネコー。ウルマノヲトコハイモクテネー、コクリノヲトコハパパスーテネー、‥‥イヤ恐ろしい爛々たる眼を剥(む)いて予を睨み居(お)るナ。ウルマノヲトコハイモクテネー。ヤ此奴(こやつ)中々頑強に抵抗するナ、ウルマノヲトコハイモクテネー、‥‥」

金左「これは怪(け)しからん、睡くなって参った。ヤ、目蓋(まぶた)が大分に重くなってまいった。残念なり心外なり、小野派一刀流が催眠術に屈しては。ムヽーッ。」

抜麿「占めたぞ、それ目蓋が下(さが)って来たぞ、ウルマノヲトコハイモクテネー、」

金左「これは怪しからん、堪(たま)らなく睡くなって来た。エイ、掌(て)の中(うち)に小刀(こがたな)を握って来たはこの時の為である。是非に及ばん袴の下で膝に突立て、痛(いたみ)をもって睡(ねむり)を忘れよう。エイ、ブツリ、ア痛(いた)!ア痛!。」

抜麿「ヤ、又恐ろしい眼になって予を睨み居(お)る。どうも剣術を遣(つか)った奴(やつ)の眼は奇妙に据(すわ)って居て怖(こわ)いナ。ウルマノヲトコハイモクテネー、」

奇之助「朽藁さん負けてはならん、僕も加勢する。ダチイキコツ、ネケンクジリンル、ダチイキコツ、ネケンクジリンル、」

金左「サア何人(なんにん)でも来い、邪は正に勝たずだ。ブツリ、ア痛!あ痛!。」

抜麿「ウルマノヲトコハイモクテネー‥‥」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンクジリンル‥‥」

抜麿「ウルマノヲトコハ‥‥」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンク‥‥」

金左「ブツリ、ア痛!。」

抜麿「ウルマノヲトコハ‥‥どうも頑強な奴(やつ)だ、非常にこっちが睨まれるので辛(つら)くなって来た。」

奇之助「どうも偉(えら)い奴だ、ダチイキコツ、こっちが疲れて来た、アヽ怖ろしい眼だ。」

金左「占(し)めたッ、敵は二人とも気の衰えが募(つの)って来た!。剣術ならここでもって真二(まっぷた)つにして仕舞うのだが。」

抜麿「ウールーマーノー‥‥アヽ疲れて来た。」

奇之助「ダーチーイーキーコーツー‥‥アヽ草臥(くたび)れて来た。怖(おそろ)しい眼だ、青く光っている!。」

金左「此時(ここ)だッ。エーイッ。」

抜麿、奇之助「ヒヤーッ。」

金左「ア、思わず知らず発した一刀流の気合でもって、魔法遣いは二人共気絶して御仕舞いになった!。お釜殿お釜殿水を持って来て下され。イヤ活(かつ)を入れた方が早かろう。ヤア、エイッ。」

抜麿「ウーン、ア痛。

金左「ヤア、エイッ。」

奇之助「ウーン、痛いッ。」

金左「御二人共いかがでございまする?。」

抜麿、奇之助「ウー。」

金左「自今(じこん)断然催眠術の御蕩楽(おどうらく)は御廃止になりまするように。」

抜麿、奇之助「ウ、ヘーッ。」

金左「もしも再び御用いになりまするならば石部金左衞門何時(なんどき)でも御相手になりまする。」

抜麿、奇之助「イヤもう催眠術を玩弄(おもちゃ)にするのは止(よ)す、やはり写真や玉突(たまつき)の方が宜いからそれにする。」

 








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  あハハ、ハハ、‥‥どうでございましたかナ、十分に笑っていただけましたか?
  「笑う門には福来たる」ともいうそうでございます。皆様方の門口にも福が来られますよう、心より祈っております。
  
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  例年、クリスマスに向けては、ケーキを取寄せておりましたところ、今年は経済逼迫の折から、なるべく内製をと心がけておりますので、まあそういう贅沢はやめにしようと、手作りに挑戦することにしました。
  
  そこで、スポンジケーキとバタークリームの作り方を調べてみますと、何とか家にある道具で間に合いそうですし、経費も8~10分の1ぐらい、これならば何とかなりそうです。
  
  しかし、問題はデコレーション、これには絞り出しの技術が必要です。デコレーション・ケーキに的を絞れば、これを避けて通ることはできません。しかし、そこはそれ必要は発明の何とやら、いっそロールケーキにすればどうだろう、ロールケーキのクリームで巳年を作れば、ちょうど写真が間に合うではないか、‥‥
  
  さて、出来上がって来ました。早速食べてみましょう、‥‥
  スポンジケーキはしっとり、ふわふわ、‥‥バタークリームは、コッと歯に触れたかと思ったその瞬間、もはや跡形もなく、どこかへ消えてなくなっている、という味の軽さ、‥‥味の方は上々、取寄せなんぞは目じゃねえとばかりに、鼻息を荒くするほどの出来栄えでしたが、‥‥肝心の巳年はといいますと、これはまあ御覧いただいた方が早いでしょう、‥‥恥を忍んで皆様方のお笑いの種にでもなればよいか、というところでございました。トホホ、ホヽ、‥‥
  
≪作り方≫
I.スポンジケーキ
≪器具≫
  ハンドミキサー
  オーブン又はオーブントースター
  ロールケーキ用の型(例は30cm×20cm)
  ケーキクーラー(脚つきの金網)
  クッキングシート
  ゴムべら
  粉ふるい
≪材料≫(30cm×20cmの型一台分)
  鶏卵2個
  グラニュー糖40g
  薄力粉40g
  牛乳20cc
  バター少量
(1)鶏卵を室温にする。
(2)ボールに全卵を割り入れ、グラニュー糖を加え、艶がでて持ちあげると筋が残るぐらいまで、ハンドミキサーの高速で泡立て(目安約6分)、更に低速のハンドミキサーで大きな泡を潰す(約1分)。
(3)薄力粉を振るいながら加え、ゴムべらで、白い粉が見えなくなり、全体が卵色になるまで、練るのではなく底からすくい上げるようにして、混ぜる(目安30回)。
(4)生地に牛乳を加え(この時、先に牛乳のカップに生地を少量取り(スプーン1杯)、あらかじめ混ぜ合わせてから、生地のボールに加えると、よく混ざる)、ゴムべらで滑らかな生地になるまで(色が均一)、混ぜる。
(5)型に少量のバターを塗り、その上にクッキングシートをぴったり空気が入らないように敷く(縁からクッキングシートが少しでていた方が持ちやすい、殘りはカットする)。
(6)型に生地を流し込み、四隅まで平にならす。
(7)型をテーブルの上に、2~3回ストンと落し、大きな気泡を抜く。
(8)180℃のオーブンでよい焼き色がつくまで、焼く(目安10~12分)。
(9)焼き上がったらすぐ、型からはずして、ケーキクーラーに載せ、室温になるまで冷ます。
II.バタークリーム
≪器具≫
  ハンドミキサー
  泡立て器(ホイッパー)
  ゴムべら
  ボール2個(1個はステンレス)
  鍋
  温度計
  パレットナイフ(料理用)
≪材料≫
  バター(無塩)150g
  <以下イタリアンメレンゲ分>
  卵白1個分
  グラニュー糖(細目)7g+80g
  水20cc
≪バターを練る≫
(1)バターを冷蔵庫から出し、適度に軟らかくなるまで、室内で保管する。堅さの目安はポマードから、マヨネーズぐらい。室温が寒すぎて軟らかくならない場合は、ポリ袋に入れて手で揉む。(バターの堅さ(軟らかさ)は、出来上がりを非常に左右する。若し失敗したら、これを最初に疑うのがよい。)
(2)バターをボールに取り、泡立て器でクリーム状に、白っぽくなるまで練る(室温により時間に差がでる、1~10分)。
≪イタリアンメレンゲ≫
(3)鍋に水20cc、グラニュー糖80gを入れて、弱火(最弱)にかけ、沸騰するまでは、スプーンで混ぜて底に砂糖が溜まらないようにする。
(4)沸騰した後は温度計を差し込んで、何カ所か温度を測るだけにして、かき混ぜない。
(5)鍋の中が、何処で測っても118℃になるまでの間(目安5分)を利用して、卵白を泡立てる。
(6)ステンレスのボールに卵白1個分とグラニュー糖7gとを入れ、高速のハンドミキサーで泡立て、全体が6分立てぐらい(全体に泡立ち水面が見えないぐらい)になった時、ハンドミキサーを中速に切り替えて、なおも泡立てながら、118℃のシロップ(砂糖水)を、卵白の中に直接、少しづつ加える(ボールにかかると温度が下がるし、一度に加えると卵が煮える)。
(7)ハンドミキサーを高速に切り替えて、完全に冷めて艶が出て、角が立つまで、泡立てる。
≪バターにイタリアンメレンゲを加える≫
(8)クリーム状のバターにイタリアンメレンゲを3回に分けて加え、そのつど滑らかになるまでゴムべらで混ぜる。
III.完成
(1)ケーキクーラーの上のスポンジケーキから、クッキングシートを剥がす。
(2)簀の子の上にクッキングシートを敷き、その上にスポンジケーキを重ね、バタークリームをパレットナイフで塗り、簀の子の手前を持ちあげて巻く(クッキングシートは巻き込まない)。
(3)クッキングシートに包んで冷蔵庫で1時間寝かして出来上がり。
≪注意事項≫
(1)バターの堅さが肝要。
(2)シロップを作る時は弱火。118℃がキーポイント。
(3)バターは冷たいと軟らかくならない、冬場のステンレスボールは避けたが無難。
(4)卵白は温かいと泡立ちが悪い、ステンレスボールを使うのが無難。
  
  
  では、今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
 
 
 
 
 
 
 
  (平成25年元旦 おわり)