|
|
|
近頃の世相を眺めながら、無聊を慰めておりますと、何やら過去にも同じようなことがあったような気がしてきます。さらに一一の周辺事情などを調べてみますと、もっと深いところでつながった一本の線にまとまります。思いつくままに本棚から薄い一冊の本をとりだして見てみますと、やはり思ったとおり、深くうなづいて歎かざるをえません。
かつてこの国の国力の象徴であった、旧満州国の南満州鉄道株式会社とそれに付随した炭坑、製鉄、港湾、電力等々の各事業、および大規模にして高度な大連、奉天、長春等の近代的都市建設、およびそのインフラ建設等々、これ等一切がいかにして無傷のまま奪いさられたのか、愚かしくも、これ等が、すべて一冊の書物の予言するとおりであったのです。
この国は今現在、またしても同じ轍をふもうとして、いやおそらくはすでにふんでしまっているのです。しかし過ぎたことはしかたありません。今は何ができるのか?まだなにかすべきことは残っているのか?そのあたりを少しく探ってみましょう。
その書物に、こんなことが出ていました、―― |
兵者,詭道也。故能而示之不能,用而示之不用,近而示之遠,遠而示之近。利而誘之,亂而取之,實而備之,強而避之,怒而撓之,卑而驕之,佚而勞之,親而離之,攻其無備,出其不意。此兵家之勝,不可先傳也。 |
兵とは詭道なり。故に能あれば、之に不能なるを示し、用あれば、之に不用なるを示し、近づくには、之に遠きを示し、遠ざかるには、之に近きを示し、利あらば、之を誘い、乱なれば、之を取り、実なれば、之に備え、強なれば、之を避け、怒なれば、之を撓(たわ)め、卑なれば、之を驕(あなど)り、佚なれば、之を労し、親なれば、之を離れ、其の無備を攻め、其の不意に出る。此の兵家の勝は、先に伝うるべからず。 |
兵(いくさ)とは、
敵をいつわる道である。
故に、
味方に、
能力があれば、
能力がないようにして見せ、
味方に、
用意があれば、
用意がないようにして見せ、
味方が、
近づこうとするときには、
遠ざかるようにして見せ、
味方が、
遠ざかろうとするときには、
近づくようにして見せ、
敵を、
利用できれば、
誘いこみ、
敵が、
乱れたところで、
奪いとる。
敵に、
実力があれば、
それに備え、
敵が、
強ければ、
戦闘を避け、
敵が、
勢いづけば、
勢いを横にそらせ、
敵が、
へりくだれば、
上手に出てやりこめ、
敵が、
安逸に楽しんでいれば、
いそがしくして疲労させ、
敵が、
親しみをみせれば、
知らぬふりをして離れ、
敵の、
無防備を攻めて、
意図しないところに出る。
此の、
兵法を、
用いて、
勝つには、
先に、
敵に、
知られてはならない。
注:兵(へい):いくさ。たたかい。戦闘。
注:詭道(きどう):いつわって敵をあざむく道。欺詐。
注:能(のう):任にたえる力。能力。
注:示(し):人にあらわし見せる。
注:用(よう):動作をもってするはたらき。作用。
注:取(しゅ):とる。うばう。与えるの反対語。
注:怒(ど):気の盛んなるをいう。奮発。
注:撓(どう):たわめる。みだす。屈。
注:卑(ひ):いやしむ。身を低くする。
注:驕(きょう):おごる。あなどる。
注:佚(いつ):やすらぎたのしむ。労せざるをいう。
注:労(ろう):いたわる。慰。或いは力をつくす。努力。
注:兵家(へいか):いくさをする国家。戦いの当事国。
注:不可先伝(さきにつたうべからず):可は所、可伝は伝わるの意。行うより先に敵に伝わってはならない。 |
|
|
以上は、「孫子」といわれる兵法書中の有名な一句ですが、この「孫子」の驚くべきことには、これが凡そ二千五百年の以前、中国の春秋時代に書かれたものであるにもかかわらず、それが現代にも相変わらず通用して、この国の政府、企業が皆、この書をもって、うまく手玉に取られているという、まことに手間いらず、費用いらずの国宝級の書物であるということなのです。
今現在、わが島嶼部には中国の監視船が、しきりに出没してわが方を刺激していますが、それははたして実なのか、虚なのか?わずかの領土を得んとしての行為なのか、それとも紛擾を起すことにより、他に益を得んが為の行為なのか?
これ等、当事国の行為一一についてその虚、実を探り、その真意を知って対策を講じなければなりませんが、その場合、常にある程度の覚悟をもって事に当らなくてはならないのは言うまでもありません。
|
孫子曰:兵者,國之大事,死生之地,存亡之道,不可不察也。 |
孫子の曰わく、兵とは、国の大事なり。死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。 |
孫子は、こう曰った、――
兵(いくさ)とは、
国の一大事であり、
国家の死生の地、
存亡の道であるから、
深く、
考えられるべきである。
注:察(さつ):つまびらかにする。かんがえる。考察。 |
|
故經之以五事,校之以計,而索其情:一曰道,二曰天,三曰地,四曰將,五曰法。 |
故に之を経(お)るに、五事を以ってし、之を校(かんが)えて以って計り、其の情を索(もと)む。一に曰わく、道なり。二に曰わく、天なり。三に曰わく、地なり。四に曰わく、将なり。五に曰わく、法なり。 |
故に、
五事を、
考えることから始めて、
計略をねり、
現在の、
実情を、
探るのである。
五事とは、
一には道、
二には天、
三には地、
四には将、
五には法である。
注:経(けい):おる。織。またはじめ。始。
注:校(こう):かんがえる。
注:計(けい):はかりごと。謀略。
注:索(さく):もとめる。探求。
注:情(じょう):実。真実。 |
|
道者,令民與上同意也,故可與之死,可與之生,民弗詭也。天者,陰陽、寒暑、時制也。地者,高下、遠近、險易、廣狹、死生也。將者,智、信、仁、勇、嚴也。法者,曲制、官道、主用也。凡此五者,將莫不聞,知之者勝,不知者不勝。 |
道とは、民と上と意を同じうするなり。故に之と与(とも)に死すべく、之と与に生ずべくして、民は詭(そむ)かざるなり。
天とは、陰陽、寒暑、時制なり。
地とは、高下、遠近、険易、広狭、死生なり。
将とは、智、信、仁、勇、厳なり。
法とは、曲制、官道、主用なり。
凡そ、此の五とは、将は聞かざることなかれ。之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。 |
道とは、
民の道と、
上の道とが、
同じになり、
民の意が、
上の意と、
同じになることである。
故に、
上は、
民と共に死に、
民と共に生きて、
民は、
上に、
背かないのである。
天とは、
日月、満月新月、上弦下弦、潮の満干、昼夜、
寒暑、季節、時節の久近等の時の制限である。
地とは、
高下、遠近、険易、広狭、及び、
死地か生地かである。
将とは
将軍の智略、信頼、仁慈、勇悍、厳格である。
法とは、
法制に委曲をつくして刑罰を定め、
政道を正して論功行賞を厳格にし、
軍の費用を知ることである。
およそ、
この
五事について、
将軍は、
人に聞いて、
知らないことがないようにしなければならない。
この、
五事を、
知る者は勝ち、
知らない者は勝てないからである。
注:与(よ):ともに。いっしょに。
注:弗(ふつ):ず。ではない。強く否定する。
注:詭(き):いつわる。欺。そむく。乖。背。
注:陰陽(いんよう):陰と陽。天地間に在って万物を生ずる二気。日月、乾坤、寒暖、男女等の性相対するものをいう。
注:時制(じせい):季節の制約。
注:険易(けんい):地形の険難と平易。
注:死生(しせい):死地と生地。死地は生還不能の地。
注:将(しょう):将軍。
注:曲制(きょくせい):制度の細則。曲は部分。法に委曲を尽くす。
注:官道(かんどう):政道を正す。法の執行、賞罰等を正すこと。
注:主用(しゅよう):費用をつかさどること。
注:凡(はん):およそ。 |
|
故校之以計,而索其情,曰:主孰有道?將孰有能?天地孰得?法令孰行?兵眾孰強?士卒孰練?賞罰孰明? |
故に之を校(かんが)え、以って計り、其の情を索(もと)めて曰わく、主は、孰(いづ)れか道有る?将は孰れか能有る?天地は孰れか得たる。法は孰れか行われしむ?兵衆は孰れか強き?士卒は孰れか練(ね)れたる。賞罰は孰れか明らかなる?と。 |
故に、
この、
五事を考えて、
計略をねり、
現在の、
実情を探って、
こう言うのである、――
敵と味方の、
主君は、
どちらが、
道理をわきまえているのか?
敵と味方の、
将軍は、
どちらが、
有能であるのか?
敵と味方は、
天の利、
地の利を、
どちらが、
得ているのか?
敵と味方の、
法は、
どちらが、
厳格に、
執行されているのか?
敵と味方の、
兵衆は、
どちらが、
強いのか?
敵と味方の、
士卒は、
どちらが、
熟練しているのか?
敵と味方の、
賞罰は、
どちらが、
公明であるのか?と。
注:孰(じゅく):いづれか。どちらが。誰が。
注:道(どう):みち。道理。正義。
注:兵衆(へいしゅう):つわものたち。兵士たち。
注:士卒(しそつ):戦士。
注:吾(ご):われ。わが。我の自称。 |
|
吾以此知勝負矣。將聽吾計,用之必勝,留之;將不聽吾計,用之必敗,去之。計利以聽,乃為之勢,以佐其外。勢者,因利而制權也。 |
吾れは、此れを以って、勝負を知れば、将の吾が計を聴くとき、之を用うれば、必ず勝てば、之を留め、将の吾が計を聴かざるとき、之を用うれば必ず敗(やぶ)るれば、之を去らん。利を計るに、聴を以ってすれば、乃ち之が勢と為り、以って其の外を佐(たす)く。勢者が、利に因って、権を制すればなり。 |
わたしは、
この、
五事を以って、
勝負を知るのである。
将軍が、
わたしの、
計略を、
聴くようであれば、
この、
将軍を用いれば、
必ず勝つのであるから、
この、
将軍を、
慰留し、
将軍が、
わたしの、
計略を、
聴かないようであるなら、
この、
将軍を用いれば、
必ず敗れるのであるから、
この、
将軍を、
去らせるのである。
将軍が、
利を計り、
わたしの、
計略を、
聴くようであれば、
味方の、
勢いとなり、
味方の、
外交を、
助けることになる。
勢いのある者が、
己の、
利益の事についても、
霸権を制するのである。
注:乃(だい):すなわち。そこで。
注:勢(せい):いきおい。行動の力。力が甚だしく奮発すること。
注:佐(さ):たすける。佐助。
注:外(がい):外交。
注:因利(いんり):利による。利益について。利益に従うこと。
注:制権(せいけん):権衡を手中におさめて自由にする。 |
|
|
満州国の歴史をひもといてみれば、この国もやはり同じ書物をみて画策していたことがわかりますが、しかし、そこにはやはり師と弟子、熱心と不熱心、信と不信、熟練と未熟との歴然たる関係があらわれていたのです。
しかも、現在のこの国には、この書物を見ようとする人はおりません。
政府も企業も現在起っていることについて何も理解しておらず、赤子のように無邪気な態度をしめしています。はたしてそれはどうであったのか?‥‥
|
|
|
|
|
|
そのつまづきの第一歩は、このような文書から始まりました、―― |
日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
|
日本国内閣総理大臣田中角栄は、中華人民共和国国務院総理周恩来の招きにより、千九百七十二年九月二十五日から九月三十日まで、中華人民共和国を訪問した。田中総理大臣には大平正芳外務大臣、二階堂進内閣官房長官その他の政府職員が随行した。
毛沢東主席は、九月二十七日に田中角栄総理大臣と会見した。双方は、真剣かつ友好的な話合いを行った。
田中総理大臣及び大平外務大臣と周恩来総理及び姫鵬飛外交部長は、日中両国間の国交正常化問題をはじめとする両国間の諸問題及び双方が関心を有するその他の諸問題について、終始、友好的な雰囲気のなかで真剣かつ率直に意見を交換し、次の両政府の共同声明を発出することに合意した。
日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。
日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。また、日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認する。中国側は、これを歓迎するものである。
日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である。両国間の国交を正常化し、相互に善隣友好関係を発展させることは、両国国民の利益に合致するところであり、また、アジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである。
一 |
|
日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する。 |
二 |
|
日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。 |
三 |
|
中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。 |
四 |
|
日本国政府及び中華人民共和国政府は、千九百七十二年九月二十九日から外交関係を樹立することを決定した。両政府は、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の大使館の設置及びその任務遂行のために必要なすべての措置をとり、また、できるだけすみやかに大使を交換することを決定した。 |
五 |
|
中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。 |
六 |
|
日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。
両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。 |
七 |
|
日中両国間の国交正常化は、第三国に対するものではない。両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する。 |
八 |
|
日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。 |
九 |
|
日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の関係を一層発展させ、人的往来を拡大するため、必要に応じ、また、既存の民間取決めをも考慮しつつ、貿易、海運、航空、漁業等の事項に関する協定の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。 |
千九百七十二年九月二十九日に北京で
|
日本国内閣総理大臣 |
田中角栄(署名) |
|
日本国外務大臣 |
大平正芳(署名) |
|
中華人民共和国国務院総理 |
周恩来(署名) |
|
中華人民共和国 外交部長 |
姫鵬飛(署名) |
|
|
|
それ以後のことは、皆様ご存知のとおりですが、この一見罪のなさそうな文書にも、素人目にもこれはまずかろうと思われることばが出てまいります。当事国の事情に最も通じているべき外務省なのに、それに誰も気が付かなかったのでしょうか? |
|
|
|
|
平成22年10月1日(金)の「第176回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説」の中に、菅首相は日中関係について、「日中両国は、一衣帯水のお互いに重要な隣国であり、両国の関係はアジア太平洋地域、ひいては世界にとっても重要な関係だと認識しています。」と言っています。
おそらく外務省の作文だと思うのですが、相変わらず気が付いていません。
「一衣帯水」、これがその問題のことばです。
読み方は、「いちいたいすい」で、その意味は、「一本の衣の帯のように細い川」という意味で、その細い川にへだてられた隣国を指すことばです。
外務省は、隣国との友好を示す枕詞として、何十年来、この「一衣帯水」を用いているようですが、この言葉の由来を知っていれば、友好などとはとても言っていられないことがわかるはずです。
もしも「日本国語大辞典(小学館)」、「大言海(冨山房)」、「大漢和辞典(大修館)」等の辞書を引くだけの労力を惜まなければ、「細い川」とは揚子江のことであり、その由来も知ることができます。
「大言海」を見てみましょう、――
|
いちいたいすい(名)「一衣帯水」[一筋の帯の如きなり]細き川。細流。南史、陳後主紀「後主荒淫、随文帝曰、我為百姓父母、豈可限一衣帯水、不拯之乎、乃伐陳」 |
|
すなわち出典は、「陳書、後主紀」であり、その中の、「後主荒淫す。随の文帝の曰わく、我れ百姓父母の為に、あに一衣帯水を限りて、これを拯(すく)わざるべけんやと。すなわち陳を伐(う)つ。」という文に由来とすると知ることができます。
要するにこれはこういうことなのです、――
|
(一)随という国に文帝という王がいた。
(二)随とは揚子江をはさんで対岸に陳という国があり、この国では前の王の後を継いで新しい王が立った。
(三)文帝は、「陳の後継者は荒淫に耽っており、民が窮乏している」という報告を受けた。
(四)随の文帝は、陳の民をあえて救うために兵を起して、こう言った、――
「一本の帯のような細い川にはばまれて、民の窮乏を救えないということがあろうか?」と。
(5)文帝は、揚子江を越えて、陳を征伐した。 |
|
もし外務省がこの故事に通じていたとしたら、はたしてこの「一衣帯水」というような、むしろ極めて好戦的な言葉を使ったかどうか?まさに虎の尾を踏む覚悟を必要とするはずですから、おそらく何も知らず使っているのでしょう。
|
|
|
|
現状を認識できたならば、今後の心構えについて考える必要があります。
われわれは、国民党の蒋介石主席により、「怨(うらみ)に報ゆるに徳を以ってす」と言われて、それで済んだことにしていますが、なかなかそうはいかないと思っている必要があります。
「怨に報ゆるに徳を以ってす」とは、「老子」という書物に見られることばですが、むしろ、次のことばを、よく吟味する必要があるのではないでしょうか?―― |
或曰:「以德報怨,何如?」子曰:「何以報德?以直報怨,以德報德。」 |
或るが曰わく、「徳を以って怨(うらみ)に報ゆるは、何如(いかん)?」と。子の曰わく、「何を以ってか徳に報いん。直を以って怨に報い、徳を以って徳に報いん。」 |
ある人が、
こう言った、――
「徳を以って、怨に報いるというのは、どうでしょうか?」と。
孔子は、
こう言われた、――
「もし、
怨を受けたとき、徳を以って報いるならば、
徳を受けたときには、何を以って報いよというのか?
わたしなら、
怨を受けたときには、厳正な態度で報い、
徳を受けたときには、徳を以って報いよう。」と。
注:怨(えん):うらみ、いかる。恨。恚。あだ、かたき。讎。仇。
注:徳(とく):めぐみ。恩恵。恩施。
注:直(ちょく):曲がらぬ正しく強いたいど。剛直。厳正。正直。 |
|
|
これは「論語憲問第十四」中に見られますが、中国人でおそらく知らない人はいないでしょうし、この態度は終生かわることはないでしょう。
「老子」中の、「怨に報ゆるに徳を以ってす」も、当然知っているはずですが、これはむしろ「老子」の言う、「小国寡民の理想郷」の中だけのことであり、十四億の民を擁する大国に通用することではないと言うはずです。
ではどうすればよいのか?
その基本的な心構えは、こうでなくてはなりません、―― |
和大怨,必有餘怨;報怨以德,安可以為善?是以聖人執左契,而不責於人。有德司契,無德司徹。天道無親,常與善人。 |
大怨を和すれば、必ず余怨有り。怨に報ゆるに、徳を以ってするも、安(なん)ぞ、以って善と為すべけんや?是(ここ)を以って聖人は、左契を執りて、而も人を責めず。徳有るは契を司り、徳無きは徹を司る。天道には親無く、常に善人に与(くみ)す。 |
大きな、
怨を和らげたとしても、
必ず、
怨が、
残るのである。
もし、
徳を以って、
怨に報いたとしても、
どうして、
それが、
善となろうか?
この故に、
聖人は、
債券を手にしたままで、
人に、
債務を、
取り立てないのである。
有徳の人は、
債券を守り、
無徳の人は、
取り立てを守るのである。
そうすれば、
天の道には、
ひいきはなく、
常に、
善人の味方であるから、
なんとかなるであろう。
注:和(わ):やわらげる。柔。ゆるす。許。
注:大怨(たいえん):極めて大きなうらみ。
注:余怨(よえん):うらみの殘り。
注:安(あん):なんぞ。何。
注:以(い):もって。これを。
注:是以(ぜい):ここをもって。そのゆえに。それで。
注:執(しゅう):とる。手に持つ。まもる。守。
注:左契(さけい):契はわりふ、てがた。債権者が半分にちぎり、右手の分を債務者にわたし、左手の分を自分でもつ。
注:而(じ):しかも。前と後の文句をつなぐ。
注:責(せき):せめる。もとめる。求。
注:司(し):つかさどる。取り扱う。すべる。主。まもる。守。
注:徹(てつ):おさめる。斂。とる。取。はがす。剥。
注:天道(てんどう):天の道。天の道理。自然の法則。
注:親(しん):したしむ。いつくしむ。愛。みうち。
注:与(よ):くみす。味方となる。 |
|
|
これは、「老子」中に出ていますが、怨をもつ者と仲よくなろうとしても、なお怨は残るのであるから無駄であり、日ごろから常に債券を手にしたまま取り立てないような態度でいて、善を施すようにしなければならないと書かれています。われわれは、よくよくこのことを胸にして、彼れに対する必要があります。
むやみにへりくだっても先に見たとおりですから、あくまでも対等の意識をもって厳正に対峙しなければなりませんが、ひと儲けしてやろうなどと考えて、のこのこ出かけて行っても、相手もそのつもりで、手ぐすね引いて待ち受けているところですから、とうていただでは儲けさせてはくれません。とうぜん、戦略と戦術が必要となってきます。
「孫子」を見てみましょう―― |
故知勝有五:知可以戰與不可以戰者勝。識衆寡之用者勝。上下同欲者勝。以虞待不虞者勝。將能而君不御者勝。此五者,知勝之道也。 |
故に勝ちを知るには五有り。以って戦うべきと戦うべからざるとを知る者が勝つ。衆と寡との用を識る者が勝つ。上と下とが欲を同じうする者が勝つ。虞を以って虞ならざるを待つ者が勝つ。将は能くして、君が御せざる者が勝つ。此の五は、勝つを知る道なり。 |
故に、
勝つ者を、
知るには、
五とおりある。
一には、
時や、
相手について、
戦ってよいときと、
戦ってはならないときとの、
違いを、
知る者が勝つ。
二には、
敵や、
味方の、
人民、兵士等が、
多いときと、
少いときとの、
作用の違いを、
知る者が勝つ。
三には、
上の欲することと、
下の欲することとを、
同じにする者が勝つ。
四には、
味方は準備して、
相手の準備が、
解けるのを、
待つ者が勝つ。
五には、
将にできることを、
主君が、
邪魔しないならば勝つ。
この五は、
味方と、
敵との、
どちらが、
勝つかを、
知る方法である。
注:衆寡(しゅうか):多いと少ないと。
注:用(よう):はたらき。作用。
注:虞(ぐ):おもんぱかる。慮。そなえる。備。
注:将(しょう):将軍。
注:能(のう):よくす。できる。力がある。普通以上にする。
注:君(くん):きみ。主君。王。
注:御(ぎょ):つかさどる。すべる。ひきいる。
注:道(どう):みち。方法。 |
|
故曰:知己知彼,百戰不殆;不知彼而知己,一勝一負;不知彼不知己,每戰必殆。 |
故に曰う、己を知りて彼れを知れば、百戦して殆(あやう)からず。彼れを知らずして、己を知れば、一勝一負す。彼れを知らずして、己を知らざれば、戦うごとに必ず殆し。 |
故に、
こう言うのである、――
己を知り、
敵を知る者は、
百戦しても、
危ういことはない。
敵を知らず、
己を知る者は、
一勝、
一敗である。
敵を知らず、
己を知らない者は、
戦うごとに必ず、
危ういことになる。
注:殆(たい):あやうい。あぶない。危。危険。
注:毎(まい):ごとに。つねに。いつも。 |
|
|
この国の国民性は、あえて危地に在ることから目をそむけるようにしてきましたが、それではとうてい勝てるはずがありません。策略にはもっと深い策略をもって対しなければならないのは当然ですが、まず何よりも自分自身を厳正に評価しなくてはならないというのが、今なお通用する「孫子」の教えなのです。
「孫子」は岩波文庫で僅々200ページ、しかも近代的精神で書かれていますので、読んでむずかしく感じるところはありませんが、科学的精神と、現実を直視する厳正な態度で臨む必要があります。しかし、もしこの両者を備えていれば、今さらあえて「孫子」にたよる必要もないはずであり、それがこの国にはあきれるほどに欠けているようにみられるのが、このところの悩みの種なのです。
|
************************ |
小頭には小冠がふさわしいように、愚民は暗君を戴いて安閑としているものです。では、愚民からぬけだすためには、どうすればよいのか?もちろん愚民を愚民でなくするためには、ただ勉強するよりありませんが、現在の学校制度というものは、あまり当てにはできません。
学問とは、学んで問うの字義のとおり、学んだならば、その事について疑問をいだき、なぜこうであるのか?を探求する態度をいうのであり、決して学んだことを鵜呑みにすることではありません。一を聞いて十を知るということわざがありますが、それは一を学ぶあいだに十の疑問がわき、その答を求めるあいだに百の事を知るという意味だと知らなくてはならないのです。
しかし今の学校制度はどうでしょうか?学んだことを試験して、同じ答が返ってくれば正解、同じでなければ不正解というように、まったく問うの必要を無視した制度であり、ひたすら愚師をもって愚弟を製造するの機関と化しております。唯々諾々として屠所に引かれる羊のごとき国民性は、このようにして育成されているのではないでしょうか?
教育機関にたよらずに、いかにして独学するか?漢文の勉強をおすすめします。漢文というものは、言いたい事柄の半分をのべて、殘りの半分は持てる知識を総動員して推測するようにできているからです。学問の態度を涵養するに、これほどふさわしいものが他にあるでしょうか?
|
************************ |
というわけで、今月も聊斎志異を読んでいきましょう、―― |
************************ |
|
|
|
聊齋志異 考城隍
予姊夫之祖,宋公諱燾,邑廩生。一日病臥,見吏人持牒,牽白顛馬來,云:「請赴試。」公言:「文宗未臨,何遽得考?」吏不言,但敦促之。 |
聊斎志異 城隍を考(こころみ)る
予の姉の夫の祖、宋公は諱を燾といい、邑の廩生なり。一日病臥せるに、吏人の牒を持し、白顛の馬を牽きて来たるを見る。云わく、「請う、試に赴きたまえ。」と。公の言わく、「文宗、未だ臨まず。何ぞ、考るを得んや。」と。吏、言わずして、但之を敦促するのみ。 |
聊斎志異 城隍を考(こころみ)る
わたしの姉婿の祖父、宋公は諱(いみな)を燾(とう)といい、地方都市の給費学生であった。ある日、病気で寝ていたところ、役人が書付けを持参し、白い額(ひたい)の馬を牽いて、こう言った、――
「どうか、試験をお受けください。」と。
公は、こう言った、――
「試験官は、まだ来ていられないはずだ。どうして試験ができるのか?」と。
役人は、公を促すだけで、他には何も言わなかった。
注:考(こう):こころみる。試験するの意。
注:城隍(じょうこう):都市の守護神。城隍神ともいう。
注:予(よ):われ。余、我。
注:祖(そ):祖父。又は先祖。
注:宋(そう):姓の名。
注:公(こう):祖父、父に用いる尊称。
注:諱(い):いみな。実名。死者の生前の名。生前には名といい、死後には諱という。人が死ねば諡を称して、生前の名を呼ぶことをいうからいう。
注:燾(とう):宋公の本名。
注:邑(ゆう):むら。地方都市。宗廟のない都市を邑といい、あるを都という。府。
注:廩生(りんせい):食費を受ける資格を有する学生。官費生。
注:一日(いちじつ):あるひ。
注:病臥(びょうが):病にふせる。
注:吏人(りじん):役人。吏員。下級官吏。
注:牒(ちょう):官の文書。辞令。
注:白顛(はくてん):白いひたい。
注:云(うん):いう。他人のことばを引用していう。
注:請(せい):こう。どうぞ。ねがわくは。
注:試(し):試験。
注:文宗(ぶんそう):明清代の学政官の別名。試験官。
注:何遽(かきょ):なんぞ。どうして。
注:之(し):これ。
注:敦促(とんそく):あつく促す。敦趣。
|
|
公力疾乘馬從去,路甚生疏,至一城郭,如王者都。移時入府廨,宮室壯麗,上坐十餘官,都不知何人,惟關壯繆可識。簷下設几,墩各二,先有一秀才坐其末,公便與連肩。 |
公は疾を力めて馬に乗り、従って去る。路、甚だ生疏なるに、一城郭に至る、王者の都の如し。時を移して、府廨に入る、宮室壮麗なり。上に十余官坐す、都て何人なるかを知らず、惟だ関壮繆を識るべきのみ。簷下に几、墩各二を設く。先に一秀才有り、其の末に坐す。公は、便ち与に肩を連ぬ。 |
公は、病をおして馬にのり、役人のあとをついていった。路に見覚えがないまま、ある城郭に着いたが、まるで王者の都のようであった。しばらくして、役所の中にはいった。壮麗な宮殿の一室には、上座に十人余りの官人がいた。皆知らない人ばかりであったが、中の一人については、関壮繆(かんそうぼく)ではないかと識っているような気がした。
室の外には、簷(ひさし)の下に机と椅子が二つづつ設けられていた。先に、ひとりの秀才が末席の方に坐っていたので、公も、肩をならべて坐ることにした。
注:力疾(りょくしつ):やまいをつとめる。病気をおして事をする。
注:生疏(せいそ):うとい。親密でない。不案内。生疎。
注:疏(しょ):まれ。希。又うとい。不案内。
注:城郭(じょうかく):城壁。内側を城、外側を郭という。
注:移時(いじ):時をすごす。
注:府廨(ふかい):役所。庁舎。
注:宮室(きゅうしつ):家。すまい。宮は天子、神仙の住居。室はへや。奥の間。
注:官(かん):つかさびと。官吏。官人。大臣の如し。
注:都(と):みな。すべて。
注:惟(い):ただ。
注:関壮繆(かんそうぼく):三国、蜀の関羽の封号。後に神格化して関帝という。
注:簷(えん):のき。ひさし。簷の下は廊下に相当する。
注:几(き):つくえ。机に同じ。
注:墩(とん):こしかけ。
注:秀才(しゅうさい):学生の称号。
注:便(べん):すなわち。そこで。ただちに。
注:与(よ):ともに。いっしょに。
|
|
几上各有筆札,俄題紙飛下,視之,八字云:「一人二人,有心無心。」二公文成,呈殿上。公文中有云:「有心為善,雖善不賞;無心為惡,雖惡不罰。」諸神傳贊不已。召公上,諭曰:「河南缺一城隍,君稱其職。」 |
几上に各筆札有り。俄に題紙飛下す、之を視るに、八字云わく、「一人二人、有心無心」と。二公、文成りて、殿上に呈す。公の文中に、「心有りて、善を為す、善なりと雖も賞せず。心無くして、悪を為す、悪なりと雖も、罰せず。」と云う有り。諸神、賛を伝えて已まず。公を上に召し、諭して曰わく、「河南には一城隍を欠く。君は、其の職に称(かな)う。」と。 |
机上には、筆と紙とがあり、そこに問題用紙が飛びきたった。
これを視てみると、八字のみで、こう書かれていた、――
「一人二人、有心無心。」と。
二人は文を作成して、殿上に提出した。
公の文中には、――
「有心にて善を為す者は、善を為しても賞せず、無心にて悪を為す者は、悪を為しても罰しない。」と言うところがあった。
神々は、しきりに賛じていられたが、公を上に招かれると、こう申しわたされた、――
「河南の城隍に、欠員がひとつある。君なら、その職に称(かな)うだろう。」と。
注:筆札(ひつさつ):筆と木簡。転じて筆と紙。
注:俄(が):にわか。ほどなく。たちまち。
注:題紙(だいし):題を記した紙。
注:飛下(ひか):とびくだる。
注:呈(てい):しめす。呈示。すすめる。さしあげる。呈上。
注:有心(ゆうしん):心に思う所がある。故意に。殊更に。わざと。
注:無心(むしん):何の気もないこと。心ないこと。自然であること。
注:為(い):なす。おこなう。
注:雖(すい):いえども。けれども。
注:伝賛(でんさん):伝はのべるの意。のべてたたえる。
注:不已(ふい):やまず。おわらない。
注:諭(ゆ):さとす。つげさとす。もうしわたす。諭示。
注:曰(えつ):いう。のたまう。
注:河南(かなん):清の省名。黄河の南に位する。
注:君(くん):下位者が上位者を、或いは上位者が下位者を呼ぶ称。又同輩相互間の称呼。
注:称(しょう):かなう。ちょうどよい。適する。
|
|
公方悟,頓首泣曰:「辱膺寵命,何敢多辭。但老母七旬,奉養無人,請得終其天年,惟聽錄用。」 |
公の方に悟り、頓首して泣いて曰わく、「辱くも寵命を膺(う)け、何ぞ敢て辞を多くせんや。但だ、老母七旬にして、奉養するに人無し。請う、其の天年を終わるまで、惟だ録用を聴(ゆる)さるるを得んことを。」と。 |
公は、はっと悟り、頓首して泣きながら、こう言った、――
「辱(かたじけな)くも、寵命を受け、あえて申すことばもございませんが、ただ老母は七十歳になり、他には養いたてまつる人がありません。どうか、老母には天寿をまっとうしていただきたいと思いますので、なにとぞ採用のこと、ご猶予たまわりますよう。」と。
注:方(ほう):まさに。まさしく。正しい。内外相応すること。
注:悟(ご):さとる。了解する。
注:頓首(とんしゅ):頭を地にうちつける礼法。
注:辱(じょく):かたじけなくする。分外の好意を受けるに対していうことば。
注:膺(よう):うける。受。
注:寵命(ちょうめい):天子のおぼしめし。天子の恩寵ある命令。
注:敢(かん):あえてする。おしきって。
注:辞(じ):とく。説。わびる。謝。ことば。
注:但(たん):ただ。
注:七旬(しちじゅん):七十。
注:奉養(ほうよう):父母につかえて養う。
注:得(とく):とぐ。とげる。あたう。出来る。
注:天年(てんねん):天から享けた命数。寿命。
注:聴(ちょう):ゆるす。まつ。待のごとし。きく。うける。ききいれる。
注:録用(ろくよう):採用。
|
|
上一帝王像者,即令稽母壽籍。有長鬚吏,捧冊翻閱一過,白:「有陽算九年。」共躊躇間,關帝曰:「不妨令張生攝篆九年,瓜代可也。」乃謂公:「應即赴任;今推仁孝之心,給假九年,及期,當復相召。」又勉勵秀才數語。 |
上の一帝王像の者、即ち母の寿籍に稽(あた)らしむ。長鬚の吏有り、冊を捧げ、翻閲、一過して白さく、「陽有ること、九年を算(かぞ)う。」と。共に躊躇する間、関帝の曰わく、「妨げず。張生をして、篆を摂(と)らしめよ。九年して、瓜代するも可なり。」と。乃ち公に謂わく、「応に即赴任すべきも、今、仁孝の心を推して、仮(いとま)を九年給す。期に及ばば、当に復た相召すべし。」と。又、秀才を勉励すること数語あり。 |
上位の一人、帝王の装束をつけた者が、即座に命じて、母の寿籍に当らせた。ある長い鬚の役人が、帳簿を捧げ、一通り目をとおすと、こう言った、――
「日数を計ると、九年あります。」と。
神々が躊躇していると、関帝が、こう言った、――
「それでよい!張生に、職印をとらせよ!九年をへて交代させればよかろう。」と。そして、公にこう言われた、――「すぐさま赴任さすべきところ、今、仁慈と孝行の心にかんがみ、九年の休暇をとらす。期限をすぎれば、また召し出すことになろう。」と。また、秀才には、勉励して二三言葉をかけられた。
注:帝王(ていおう):天子。又五帝、及び三王。
注:像(しょう):かたち。ようす。
注:即(そく):すなわち。ただちに。すぐに。即時。
注:稽(けい):あたる。当。
注:寿籍(じゅせき):寿命を記す台帳。
注:長鬚(ちょうしゅ):長いあごひげ。
注:冊(さく):文書。簡を編んだもの。
注:翻閲(ほんえつ):書物をひらいてみる。
注:一過(いっか):一通り目を通すこと。
注:白(はく):もうす。
注:陽(よう):ひる。昼。
注:算(さん):かぞえる。
注:躊躇(ちゅうちょ):ためらう。たちもとおる。
注:間(かん):あいだ。ころ。ころおい。しばらく。しばし。
注:令(れい):~をして~せしむ。
注:長生(ちょうせい):長は姓。生は学生の意。
注:摂(しょう):とる。おさめる。
注:篆(てん):印章、篆文を刻するから。
注:瓜代(かたい):任期が満ちて交代することをいう。
注:乃(だい):すなわち。そこで。
注:謂(い):いう。
注:応(おう):まさに~すべし。当然~するのがよい。
注:即(そく):すなわち。すぐに。
注:推(すい):おす。おしはかる。
注:仁孝(じんこう):あわれみ深くて孝行なこと。
注:給仮(きゅうか):官吏に対して官から休暇をたまわること。仮は暇に通ずる。
注:及(きゅう):およぶ。至る。
注:期(き):期日。期限。
注:当(とう):まさに~すべし。当然~するはずだ。
注:復(ふく):また。もういちど。
注:相(そう):あい。動作の目的語たる代名詞に代えていう。
注:勉励(べんれい):すすめはげます。
|
|
二公稽首並下,秀才握手,送諸郊野,自言長山張某,以詩贈別,都忘其詞,中有「有花有酒春常在,無燭無燈夜自明」之句。 |
二公は、稽首して並び下る。秀才は、手を握りて郊野に送り、自ら、長山の張某なりと言い、詩を以って送別す。都て其の詞を忘れたるも、中に、「花有り酒有り春常に在り、燭無く灯無く夜自ら明るし」の句有り。 |
二公は稽首すると、並んで殿上より下った。
秀才は、公の手を握りながら、郊野まで送り、自ら、長山の張某(なにがし)と名のり、詩をつくって贈別(はなむけ)とした。
その言葉はみな忘れてしまったが、中に――
「野には花つきざる酒杯、鳥うたう常春(とこはる)の地は、
かがり火もともしびもなく、月光は夜に明るし。」という句があった。
注:諸(しょ):これを~に。之於に代える。
注:郊野(こうや):まちはずれののべ。城外の野原。
注:長山(ちょうざん):地名。
注:長某(ちょうぼう):長なにがし。某は称呼不明の人、事物、場所などを表す代名詞。又は判明している称呼を或いは忌避し、或いは簡称するための代名詞。
注:贈別(ぞうべつ):人のかどでを見送ること。送別。又、人の旅立つ時に、詩文又は物品をはなむけとしておくること。
注:燭(そく):たいまつ。かがりび。
注:灯(とう):ともしび。
|
|
公既騎,乃別而去,及抵里,豁若夢寤。時卒已三日,母聞棺中呻吟,扶出,半日始能語。問之長山,果有張生,於是日死矣。 |
公は、既に騎り、乃ち別れて去る。抵里に及びて、豁若として、夢より寤むるが若し。時に、卒し已りて三日、母、棺中に呻吟するを聞きて、扶け出す。半日にして、始めて能く語り、之を長山に問うに、果して張生有り、是の日に死せりと。 |
公は、やがて馬にまたがると、別れて去り、郷里に帰りついたところで、はっと気が付いた。まるで夢から覚めたようであったが、その時は、公が亡くなられてから、すでに三日たっていたのである。
公は、母が棺の中にうめき声を聞き、扶け出してから半日、ようやく話せるようになると、これを長山に問うてみた。はたして張生というものがおり、是の日に死んだということであった。
注:既(き):すでにして。やがて。
注:騎(き):のる。馬にまたがる。
注:及(きゅう):およぶ。至る。
注:抵里(ていり):郷里に帰りつく。
注:豁(かつ):からりと心が開ける。
注:若(じゃく):ごとし。のようだ。
注:寤(ご):さめる。覚。
注:卒(しゅつ):しぬ。死。寿の終ること。
注:已(い):すでに。やむ。おわる。
注:呻吟(しんぎん):うめく。病者が痛苦によりて声を発すること。
注:扶(ふ):たすける。助け起す。
注:能(のう):よく~す。できる。
注:果(か):はたして。まことに。
注:於(お):~において。方向、場所、時をしめすことば。
注:是(し):この。
注:矣(い):~である。断定することば。
|
|
後九年,母果卒,營葬既畢,浣濯入室而沒。其岳家居城中西門內,忽見公鏤膺朱幩,輿馬甚衆,登其堂,一拜而行。相共驚疑,不知其為神,奔訊鄉中,則已沒矣。公有自記小傳,惜亂後無存,此其略耳。 |
後九年にして、母果して卒す。営葬既に畢り、浣濯して室に入りて歿す。其の岳家は城中の西門の内に居するに、忽ち、公の鏤膺、朱幩を見る。輿馬甚だ衆(おお)く、其の堂に登り、一拜して行く。相共に驚き疑うも、其の神と為りたるを知らず。奔(はし)りて、郷中に訊(き)けば、則ち已に没せりと。公に自ら小伝を記したる有り、惜むらくは、乱の後に存する無し。此れは其の略なるのみ。 |
その後、九年たつと、はたして母が亡くなった。
公は、葬儀をいとなみおわると、身をすすいで清潔にし、一室に入って亡くなられた。公の舅の家族は、城内の西門近くに住まっていたが、公が、美々しく飾り付けた多くの車馬とともに現れ、堂に登って一拜して出て行かれたのを見て、互いに顔を見合わせて不思議がった。公が神に為られたのを知らなかったのである。公の郷里に走って、訊ねてみると、すでに亡くなられたということであった。
公には、自ら記した略伝があったが、惜しくも戦乱にあって残せなかった。これは、それを略したものである。
注:営葬(えいそう):葬儀をいとなむ。葬儀を行う。
注:畢(ひつ):おわる。
注:浣濯(かんたく):衣服をあらい、身心をすすぎきよめる。
注:而(じ):~して。前と後をつなぐことば。
注:室(しつ):おくのま。奥のへや。
注:没(ぼつ):しぬ。死。一生を尽くすこと。
注:其(き):その。
注:岳家(がくか):舅の家族。妻の父を岳父という。
注:居(きょ):すまう。
注:城中(じょうちゅう):城郭で囲まれた都市部をいう。
注:忽(こつ):たちまち。すみやかに不意に出るをいう。突然。
注:鏤膺(ろうよう):金を鏤めて飾りとした馬の胸帯。
注:朱幩(しゅふん):赤糸で纏った馬のくつわの飾り。
注:輿馬(よば):車とそれを牽く馬。
注:衆(しゅう):おおい。多。
注:堂(どう):表ざしき。
注:相(そう):あい。互いに。相互。
注:為(い):なる。成。
注:奔(ほん):走ってゆく。
注:郷(きょう):さと。居住するところ。
注:則(そく):すなわち。~は。
注:已(い):すでに。
注:小伝(しょうでん):略伝。
注:惜(せき):おしむらく。おしいことに。
注:乱(らん):明末清初の乱。
注:存(そん):現有するもの。実存。
注:此(し):これ。
注:耳(じ):のみ。ただそれだけ。
|
|
|
**********************
※※※※※
**********************
店頭には真っ白なかぶらがならんでいます。
今月の料理は、かぶら蒸しにしましょう、―― |
|
|
《かぶら蒸しのつくりかた》
1.二人前にたいし、大きめのかぶら一個の皮を厚くむき、おろし金でおろし、ざるに布巾を広げて、それに押しつけるようにして、軽く水気をきり、塩小さじ4分の1、卵の白味をかぶらの1割量、二人前で約1/2個弱をまぜる。
2.具材は味の濃いもの一品、例えば穴子のつけ燒き、鰻の蒲焼き、又は椎茸等を甘辛く煮たもの、味の薄いものとして、海老または白味の魚に薄塩をしたもの、および、いんげん、百合根、銀杏、きくらげの細切り等をあらかじめ湯にとおして色よくしたものを四五品。
3.蒸し茶碗に上記の具材をいれ、水気を適度にしぼったかぶらを布団のようにきせかけ、蒸し器に入れて強火で約10分むす。
4.茶碗にでた水気をすてて、くずあんを適量かけ、おろしわさびか、おろし生姜を少々、または柚の皮一片をそえる。
《くずあんのつくりかた》
1.かつおとこんぶでだし汁をとる。二人前200㏄。
2.だし汁50㏄を冷まし、10グラムのくずをとかす。
3.だし汁を火にかけ、醤油5㏄で味をつけ、だし汁にとかしたくずを菜箸などでかきまわしながらときながす。
|
|
|
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。 |