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鱧寿司
  家から車で30分ほど行きますと、性海寺(しょうかいじ)という寺があります。空海創建ということで、当地方きっての由緒を誇る真言古寺ですが、今では「あじさい寺」として、地域の人に親しまれていますので、今月は体力的に余裕のないところでもあり、この寺の"あじさい"をご紹介したいと思うのです。
  
  何はともあれ、「望月仏教大辞典」をひもといて、少しばかり下調べをしておきましょう、‥‥
  性海寺(ショウカイ ジ):寺名。尾張国中島郡大江町に在り。大塚山潅頂院と号し、新義真言宗智山派に属す。寺伝に依るに、弘仁年中空海、熱田神宮参詣の途次、当地に於いて霊感を得、一宇を創建して自刻の愛染明王を安置し、又塚を築きて聖天像を埋め、鎮護国家を祈る。是れ当寺の濫觴なりと。後承久年中浄蓮あり、信濃善光寺一光三尊像を模刻して之を本堂に安置し、愛染明王を多宝塔に移す。尋いで建長年中、京都岩倉観勝寺良敏、当寺の荒廃を見て興復の志を起し、領主長谷部源政と協力して、金堂、潅頂堂、護摩堂、鐘楼、山門等を営造し、源政又寺領を寄す。仍て良敏を中興開山となす。弘安二年三月住持浄胤、後宇多天皇の勅を奉じ、僧衆五十三人と共に一七日間蒙古降伏の秘法を修す。天正年中兵燹に罹り、多宝塔を除く外、堂宇悉く焼失し、後又重建し、慶長六年七月松平忠吉、朱印百石を寄す。天保二年五月山城御室禅定院を兼帯し、永く院家の格地となれり。諸堂中、多宝塔(愛染堂)は三間二層銅瓦葺にして、室町時代の建築に係り、現に国宝たり。尾張名所図会後篇第一、尾張志第十二、国宝目録に出づ。
  
  更に、弘仁年間は西暦810年~824年で平安初期、承久は1219年~1222年で鎌倉初期、建長は1249年~1256年で鎌倉中期、弘安は1278年~1288年で同じく鎌倉中期、天正は1573年~1592年で安土桃山、天保は1830年~1844年で江戸後期ということぐらいを調べれば、もう十分でしょう。眠い眼をこすりながら、朝食後3時間の睡眠を、3時間の撮影行に切り替え、今が盛りのはずの"あじさい"を撮りに出かけたのですが、あにはからんや、寺では、市役所の開催する"あじさい祭り"が、ちょうど終ったところのようで、門前にはトラックが数台も来ていて、テントだの何だのをかたづけているまっ最中、とても落ち着いてはいられないぐらいにざわついています。
  
  仕方がないので、本堂の裏手にまわって例の多宝塔を撮ったのが上の一枚、早起きは三文の得と申しますので、朝食前に来ればよかったのですが、眠たさにかまけて少しばかり怠けたのが運の尽き、いきなり裏側からの写真と相成り、まことに申し訳なく思うような次第でございます、‥‥
  
  本堂の裏に、小さな塚があります。この寺の名の由来にもなっており、寺伝によれば、弘法大師によって築かれ、その中には聖天像が埋められた、ということですが、その一方、役所が立てた説明板には、1400年~1500年ぐらい以前の古墳だそうで、かつてこの周囲には幅7m深さ1mの堀があったとか、あるいは埴輪なんかも出土したとか書かれております。こちらは証拠付きすので、寺伝の方が、やや分が悪いというところですが、証拠があったんじゃあ、しかたありません。
  
  マーク・トウェインの金言に、こんなのがあります、――
  われわれは虹を見ても、未開人が抱くような敬虔な気持ちをもつことができない。というのも、虹がどうしてできるか、知っているからだ。われわれは、そうしたものを詮索することによって、獲得したのと同じだけのものを、失っている。
『ちょっと面白い話』大久保博・編訳(旺文社文庫)
  
  二つの夢があったのに、一つ潰(つい)えて一つになった‥‥。
  人間の知恵の限界ってのは、こんなもんですかねぇ‥‥。
  
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  塚は一面"あじさい"に埋めつくされており、美しいのですが、その種類が多すぎて騒がしく、また園芸種の多いのも、興ざめです。
  
  "あじさい"の本質は、この梅雨時、小暗い庭のかたすみに咲くところにあり、晴れていればあまり目立たないが、雨に打たれると、がぜん鮮やかさを増して光を放つといったたぐいのもので、あくまでも、ひっそりとした風情が、その持ち味ですから、あるいは廊下に出した籐椅子の上で、雨音でも聞きながら、その花の放つ薄明りでもって読書でもしようか、といった気分のものなのです。どだいぞろぞろ歩いて見物するというようなものではありません。
  
  と、このように、老人は、なかなか世間に順応するということができません。
  老化現象が進んで、心の柔軟性が失われ、生来の狷介と、不寛容が顕れたというだけのことなのですが、‥‥ 
  
  役所が作った名所ですから、画一的なのはあたりまえ、‥‥恐らくこんなものだろうと知ってはいたのですがね、‥‥わざわざ出かけて来るのですから、どうにも困ったものです、‥‥。
  
  先に進むことにいたしましょう、‥‥花自体はそれなりに美しいのですから、‥‥
  
  塚の上から見た本堂と多宝塔。優美な桧皮葺きの屋根に瓦葺きの棟を戴き、両端に鴟尾を掲げた本堂と、銅板葺きの緑青が美しい丹塗りの多宝塔。
  
  鎌倉ごろの人も、恐らくこの額紫陽花(がくあじさい)が好きだったんでしょう、‥‥古い建造物がこの花に囲まれると、なんだか妙にしっくりした感じを受けます。
  
  小さな寺ですから、ここまでで、ほとんど見るべきものは見てしまいました。
  それに睡眠不足からか、少しばかり疲れも出てきました。もう帰るとしましょう、‥‥。
  そういえば、音楽評論家の吉田秀和と、漫画家の畑中純が死んだんでしたね、‥‥音楽の方は、難しくてほとんど理解できないのですが、何だか文章が心地よくて、読んでいると、少しは賢くなれたような気がしたものです、‥‥。そして、今でも何冊か本棚に入ったままで、時々取り出しては読んでいるのですが、‥‥。
  
  そう、漫画家の方は、それよりはもっと身近に感じていますね、‥‥ほとんど愛読書といってもよいものです、‥‥。しかし、早かったですね、‥‥。
  
  登ってきた階段の反対側にも階段がありますので、そちらに降りますと、四阿(あずまや)の中には、すでに休憩している人が見えます、‥‥。
  
  わたくしも、早く家に帰って一風呂あび、疲れをほぐして昼まで眠ることにしましょう、‥‥
  
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  今年ホームセンターで買った1個980円の球根に2個の花芽が出たと思ったら、それが伸びて大きな花が7個も咲きました。
  
  蝶が羽化するときのように、朝方、緑の莢(萼)が開くと、しぼんでいた花に水分が行き渡り、見る見る大輪のアマリリスになったのです。
  
  こんなに見事に咲いたのだから、記念写真を撮ることにしました。
  やはり、家で見る花が一番ということですかな、‥‥
  
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  この赤いアマリリスは、去年同じホームセンターで、やはり980円で買いました。
  
  去年は2茎を伸ばして、6個の花を付け、今年は1茎、2花ながら、非常な大輪で、しかも均斉のとれた花の形が見事です。こちらも記念写真をとっておきましょう、‥‥。
  
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(江南市 おたべ調製)
  
  6、7、8月は鱧の季節です。
  
  「天ぷら、刺身、京味おたべ」と看板に書かれているとおり、"天ぷら"と、"刺身"の店ですが、この季節、注文を聞いて、この店の主人のまず最初にすることは、シャッ、シャッ、シャッ、シャッと小気味のよい音を響かせて、鱧の骨切りをするところから始まります。
  
  その音のあまりの見事さに聞きとれておりましたところ、その音が家に帰っても耳についてはなれません。というわけで、今月の料理は、鱧寿司です。
  
  数日前に予約してあったものが、今日できましたので、大切に抱えて帰ってまいりました。包んであった竹皮をはずすと、よい香りがふわっと立ち上り、食欲をいやが上にも刺激しますが、そこは我慢に我慢を重ねて、皆様方のために写真を撮らなければなりません、‥‥食いたいなあ、‥‥ウッ、食いたいなあ、‥‥
  
  
では今月はここまで、また来月お会いしましょう、それまでご機嫌よう。
  
  
  
  
  追申、
  消費税を、いよいよ上げるというような事が新聞に載っていましたが、‥‥誰かが、本気になってこの国の経済の血流を止めようとしているように見えます。
  
  この急を救ってくれるような人は出ないものでしょうか、‥‥。
  孟子によれば、こんな時は必ず、そういう人が出るということです。
  
  孟子は、それをこんな書き出しで始めています、――
  民の虐政に憔悴せるや、未だこの時より、甚だしきは有らざるなり。
  
  これ以下、簡単に要約すれば、
  「酷い政治によって、民衆は、これ以上ないほど、疲れ切っているので、 今なら、誰が起ち上がっても、皆、喜んで迎えられるはずだ。今のこの時期ほど、王者となることが、容易であったためしがない。」ということです。
  
  これを信じて待つことにしましょう、‥‥
 
 
 
 
 
 
 
  (鱧寿司 おわり)