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易經六十四卦
 
外/内 乾上 兌上 離上 震上 巽上 坎上 艮上 坤上
乾下 大有 大壮 小畜 大畜
兌下 帰妹 中孚
離下 同人 家人 既済 明夷
震下 無妄 噬嗑
巽下 大過
坎下 未済 習坎
艮下 小過
坤下
 
(1)




乾(けん)
乾下乾上
乾為天
乾.元.亨.利.貞.
〔乾は、元(おお)いに亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕
 
  彖曰.大哉乾元.萬物資始.乃統天.雲行雨施.品物流形.大明終始.六位時成.時乘六龍以御天.乾道變化.各正性命.保合大和.乃利貞.首出庶物.萬國咸寧.
  〔彖(たん)に曰く、大なるかな乾元。万物資(と)りて始む、乃(すなわ)ち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物、形を流(し)く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乗りて、以って天を御す。乾道変化して、各性命を正す。大和を保合して、乃ち利貞なり。首として庶物を出でて、万国咸(ことごと)く寧(やす)し。〕
 
  像曰.天行健.君子以自強不息.
  〔像(しょう)に曰く、天行は、健なり。君子以って自ら強(つと)めて息(や)まず。〕
  
●乾は健の義。純陽の卦、その形体は天、その働きは健。天の運行は至健にして止むことなきに象(かたど)る。その占いは諸事望み通りに進み、大いに願いは通る。ただ万事に於いてよく貞正を固守するのがよろしい。
初九. 潛龍勿用.
〔潜龍なり。用うること勿(な)かれ。〕

●初九は最下の陽剛。淵に潜み隠れている龍に象(かたど)る。才徳があっても軽々しく用いることなく、修養して時機の到来を待つべきである。
九二. 見龍在田.利見大人.
〔見龍、田に在り。大人を見るに利し。〕

●九二は陽剛居中、初めて世間に現われたる龍に象る。その才徳も漸く世間に明らかになり、賢人に会うことができれば、将来有望である。
九三. 君子終日乾乾.夕惕若厲.無咎.
〔君子、終日乾乾し、夕べには惕若(てきじゃく)たり。厲(あやう)けれど咎無し。〕

●乾乾:健健。惕若:畏れ慎んで反省する。九三は下卦の極、警戒を要する危地に在るの象。君子たるもの終日勤勉にして、夕べにはまた恐れ慎んで反省すれば、危ういが咎(とが)は無い。
九四. 或躍在淵.無咎.
〔或は躍らんとして淵に在り。咎無し。〕

●九四は下卦から上卦に昇る初。将来の躍進を前にして、なお深淵に臨む位に在るの象。身を慎めば咎は無い。
九五. 飛龍在天.利見大人.
〔飛龍、天に在り。大人を見るに利し。〕

●九五は陽剛中正、龍初めて天に昇るの象。最も盛んなるの象であるが、驕り高ぶることなく、なお賢者の教示を得るがよい。
上九. 亢龍有悔.
〔亢龍(こうりゅう)なり。悔い有り。〕

●亢龍は驕り高ぶる龍の意。上九は陽剛居極、天に昇りつめて降りることを忘れた龍に象る。
用九. 見群龍.無首.吉.
〔群龍を見る。首たること無くして吉。〕

●総じて陽爻は、群がる龍に出会っても陽剛の天徳を恃(たの)んで首領たろうとせず、万事柔順控えめにするのが、吉であるとする。
  彖曰.潛龍勿用.陽在下也.見龍在田.德施普也.終日乾乾.反覆道也.或躍在淵.進無咎也.飛龍在天.大人造也.亢龍有悔.盈不可久也.用九.天德不可為首也.
  〔彖に曰く、潜龍なり、用うること勿かれとは、陽にして下に在ればなり。見龍、田に在りとは、徳の施し普(あまね)きなり。終日乾乾すとは、道に反り復(かえ)るなり。或は躍らんとして淵に在りとは、進むに咎無きなり。飛龍天に在りとは、大人の造(た)つなり。亢龍なり、悔い有りとは、盈(み)つれば久しかる可からざるなり。用九は、天徳にして首たる可からざるなり。〕
  
  文言曰.元者善之長也.亨者嘉之會也.利者義之和也.貞者事之幹也.君子體仁.足以長人.嘉會足以合禮.利物足以和義.貞固足以幹事.君子行此四德者.故曰乾元亨利貞.
  〔文言に曰く、元とは善の長なり。亨(こう)とは嘉の会なり。利とは義の和なり。貞とは事の幹なり。君子は仁を体として以って人に長たるに足り、嘉会すれば以って礼に合するに足り、物を利すれば以って義に和するに足り、貞固ければ以って事に幹たるに足る。君子は此の四徳を行う者なり。故に曰く、乾は元、亨、利、貞なりと。〕
  
  初九曰.潛龍勿用.何謂也.子曰.龍德而隱者也.不易乎世.不成乎名.遯世無悶.不見是而無悶.樂則行之.憂則違之.確乎其不可拔.潛龍也.
  〔初九に曰く、潜龍なり、用うる勿かれとは何の謂ぞや。子の曰く、龍徳は而も隠るる者なればなり。世を易(か)えず。名を成さず。世を遯(のが)るれば悶(もだえ)無し。是れを見ざるも悶無し。楽は則ち之(これ)を行い、憂は則ち之を違う。確乎としてそれ抜く可からざる、潜龍なり。〕
  
  九二曰.見龍在田.利見大人.何謂也.子曰.龍德而正中者也.庸言之信.庸行之謹.閑邪存其誠.善世而不伐.德博而化.易曰.見龍在田.利見大人.君德也.
  〔九二に曰く、見龍田に在り、大人を見るに利しとは、何の謂ぞや。子の曰く、龍徳の正中なる者なり。言を庸(もち)うるに信、行を庸うるに謹なり。邪を閑(ふさ)ぎてその誠を存す。世に善くして而も伐(ほこ)らず。徳博くして化す。易に曰く、見龍田に在り、大人を見るに利しとは、君の徳なり。〕
  
  九三曰.君子終日乾乾.夕惕若厲.無咎.何謂也.子曰.君子進德脩業.忠信.所以進德也.脩辭立其誠.所以居業也.知至至之.可與幾也.知終終之.可與存義也.是故居上位而不驕.在下位而不憂.故乾乾因其時而惕.雖危無咎矣.
  〔九三に曰く、君子終日乾乾として、夕べに惕若たり、厲けれども咎無しとは、何の謂ぞや。子の曰く、君子は徳を進めて業を修む。忠信なるは、徳を進むる所以(ゆえん)なり。辞を修めてその誠を立つるは、業に居る所以なり。至るを知りて之に至るに、幾(いく)ばくに与うべし。終を知りて之を終れば、義を存するに与うべし。是の故に上位に居りて而も驕らず、下位に在りて而も憂えず。故に乾乾し、その時に因りて惕(おそ)るれば、危うしと雖(いえど)も咎無し。〕
  
  九四曰.或躍在淵.無咎.何謂也.子曰.上下無常.非為邪也.進退無恆.非離群也.君子進德脩業.欲及時也.故無咎.
  〔九四に曰く、或は躍らんとして淵に在るも咎無しとは、何の謂ぞや。子の曰く、上下して常無きも邪を為すに非ず。進退して恒無きも、群を離るるに非ず。君子は徳を進め業を修めて、時に及ばんと欲するなり。故に咎無し。〕
  
  九五曰.飛龍在天.利見大人.何謂也.子曰.同聲相應.同氣相求.水流溼.火就燥.雲從龍.風從虎.聖人作而萬物睹.本乎天者親上.本乎地者親下.則各從其類也.
  〔九五に曰く、飛龍天に在り、大人を見るに利しとは、何の謂ぞや。子の曰く、同声相応じ、同気相求む。水は湿(うるお)えるに流れ、火は燥(かわ)けるに就く。雲は龍に従い、風は虎に従う。聖人作(た)てば万物睹(み)る。天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しみて、則ち各その類に従うなり。〕
  
  上九曰.亢龍有悔.何謂也.子曰.貴而無位.高而無民.賢人在下位而無輔.是以動而有悔也.
  〔上九に曰く、亢龍悔い有りとは、何の謂ぞや。子の曰く、貴くして位無く、高くして民無し。賢人は下位に在りて、輔(たす)くる無し。ここを以って動ずれば、悔い有るなり。〕
  
  潛龍勿用.下也.見龍在田.時捨也.終日乾乾.行事也.或躍在淵.自試也.飛龍在天.上治也.亢龍有悔.窮之災也.乾元用九.天下治也.
潛龍勿用.陽氣潛藏.見龍在田.天下文明.終日乾乾.與時偕行.或躍在淵.乾道乃革.飛龍在天.乃位乎天德.亢龍有悔.與時偕極.乾元用九.乃見天則.
  〔潜龍なり用うる勿(な)かれとは、下なればなり。見龍田に在りとは、時舎(とど)まればなり。終日乾乾すとは、事を行うなり。或は躍らんとして淵に在りとは、自ら試みるなり。飛龍天に在りとは、上にて治むるなり。亢龍に悔い有りとは、之を窮むる災いなり。乾元の用九は、天下治まるなり。
   潜龍用うる勿かれとは、陽気の潜蔵すればなり。見龍田に在りとは、天下文明なるなり。終日乾乾すとは、時と偕(とも)に行うなり。或は躍らんとして淵に在りとは、乾の道の乃(すなわ)ち革(あらた)まらんとするなり。飛龍天に在りとは、乃ち天徳に位せんとするなり。亢龍悔い有りとは、時と偕に極まるなり。乾元の用九は、乃ち天則を見るなり。〕
  
  乾元者.始而亨者也.利貞者.性情也.乾始能以美利利天下.不言所利大矣哉.大哉乾乎.剛健中正.純粹精也.六爻發揮.旁通情也.時乘六龍.以御天也.雲行雨施.天下平也.
  〔乾元は、始めにして亨る者なり。利貞とは、性情なり。乾始は能く美利を以って天下を利し、利する所を言わず、大なる哉。大なる哉乾や。剛健中正、純粋にして精なり。六爻発揮して、旁(かたわ)らに情に通ず。時に六龍に乗って、以って天を御すなり。雲行き雨施し、天下平らかなり。〕
  
  君子以成德為行.日可見之行也.潛之為言也.隱而未見.行而未成.是以君子弗用也.
  〔君子は徳を成ずるを以って行いと為し、日に之を行いに見(あらわ)すなり。潜の言為るや、隠れて未だ見れず、行いて未だ成ぜず。ここを以って君子を用いざるなり。〕
  
  君子學以聚之.問以辯之.寬以居之.仁以行之.易曰.見龍在田.利見大人.君德也.
  〔君子は、学を以って之を聚め、問を以って之を辯じ、寛を以って之に居り、仁を以って之を行う。易に曰く、見龍田に在り、大人を見るに利しとは、君の徳なり。〕
  
  九三.重剛而不中.上不在天.下不在田.故乾乾因其時而惕.雖危無咎矣.
  〔九三は、剛を重ねて中ならず。上は天に在らず、下は田に在らず。故に乾乾してその時に因って惕れ、危うしと雖も咎無きなり。〕
  
  九四.重剛而不中.上不在天.下不在田.中不在人.故或之.或之者疑之也.故無咎.
  〔九四は、剛を重ねて中ならず、上天に在らず、下田に在らず、中は人に在らず。故に之を或はなり。之を或はとは、之を疑うなり。故に咎無し。〕
  
  夫大人者與天地合其德.與日月合其明.與四時合其序.與鬼神合其吉凶.先天而天弗違.後天而奉天時.天且弗違.而況於人乎.況於鬼神乎.
  〔夫れ大人たる者は、天地とその徳を合し、日月とその明を合し、四時とその序を合し、鬼神とその吉凶を合すれば、天に先だつも、天に違わず。天に後るるも、天の時を奉ず。天にすら且つ違わず、而して況んや人に於いてをや。況んや鬼神に於いてをや。〕
  
  亢之為言也.知進而不知退.知存而不知亡.知得而不知喪.其唯聖人乎.知進退存亡而不失其正者.其唯聖人乎.
  〔亢の言為るや、進むを知りて退くを知らず。存するを知りて亡ぶを知らず。得るを知りて喪うを知らず。それ唯だ聖人のみなるか、進退、存亡を知りて、その正を失わざる者は。それ唯だ聖人のみなるか。〕
  
  
(2)




坤(こん)
坤下坤上
坤為地

坤.元亨.利牝馬之貞.君子有攸往.先迷.後得主利.西南得朋.東北喪朋.安貞吉.
〔坤は元(おお)いに亨(とお)る。牝馬(ひんば)の貞に利(よろ)し。君子には往く攸(ところ)有り。先んずれば迷い、後るれば主を得て利し。西南すれば朋(とも)を得、東北すれば朋を喪(うしな)う。貞に安んずれば吉。〕

  
  彖曰.至哉坤元.萬物資生.乃順承天.坤厚載物.德合無疆.含弘光大.品物鹹亨.牝馬地類.行地無疆.柔順利貞.君子攸行.先迷失道.後順得常.西南得朋.乃與類行.東北喪朋.乃終有慶.安貞之吉.應地無疆.
  〔彖に曰く、至れる哉坤元。万物資(と)りて生ず。乃(すなわ)ち順にして天を承く。坤は厚く物を載せ、徳の合すること疆(かぎ)り無し。含むところ広く光大にして、品物咸(ことごと)く亨(とお)る。牝馬は地の類なり。地を行くこと疆無し。柔順にして利貞なるは、君子の行う攸(ところ)なり。先んずれば迷うて道を失い、後るれば順にして常を得。西南すれば朋を得とは、乃ち類と行くなり。東北すれば朋を喪うとは、乃ち終に慶び有るなり。貞に安んずれば吉とは、地の疆り無きに応ず。〕
  
  像曰.地勢坤.君子以厚德載物.
  〔像に曰く、地勢は坤なり。君子は厚き徳を以って物を載す。〕
  
●坤は土、大地の義。純陰の卦、地の厚大に象(かたど)って坤と名づける。天に象(かたど)る純陽の乾に配し、体を合して万物を成ずる。占いはその望みが大いに通る。ただし牝馬の柔順、貞正の態度を保つがよい。人の先に立てば道に迷うが、反って人の後に従うようにすれば、頼るべき主を得て迷うことがない。西南(陰の方角)に類を得て、東北(陽の方角)には友を失う。
初六. 履霜堅冰至.
〔霜を履(ふ)みて堅氷(けんぴょう)に至る。〕

  象曰.履霜堅冰.陰始凝也.馴致其道.至堅冰也.
  〔象に曰く、霜、堅氷を履むとは、陰始めて凝(こ)るなり。その道に馴致(じゅんち)すれば、堅氷に至るなり。〕
●陰気初めて凝集し霜のごとく微細なる象。やがて履み重ねられて堅氷と成るに至る。その微(きざし)を慎むべし。
六二. 直方大.不習無不利.
〔直、方は大にして、習わざるも利しからざる無し。〕

  象曰.六二之動.直以方也.不習無不利.地道光也.
  〔象に曰く、六二の動は直にして以って方なり。習わざるも利しからざる無しとは、地の道の光(かがや)けばなり。〕
●六二は柔順中正の位。坤道の至美至大がここに現われ、順直、方正、正大の徳は自ら備わる。
六三. 含章可貞.或從王事.無成有終.
〔章を含まば貞なるべし。或は王事に従えば、成ずること無きも終り有り。〕

  象曰.含章可貞.以時發也.或從王事.知光大也.
  〔象に曰く、章を含まば貞なるべしとは、時を以って発するなり。或は王事に従うとは、知ることの光大なるなり。〕
●六三は柔爻陽位で下体の上に在り、位は不正で当たらず、進退の定まらない危地に居る。美徳を内に包み隠して外に表わさず、貞正を固守すべし。時に王事に従えば、功は自らに帰さないが、有終の美を得ることができる。
六四. 括囊.無咎無譽.
〔嚢(ふくろ)を括(くく)りて、咎(とが)無く誉(ほまれ)無し。〕

  象曰.括囊無咎.慎不害也.
  〔象に曰く、嚢を括りて咎無しとは、慎みて害せざるなり。〕
●六四は徳位ともに陰柔、五の君位に近ければ謹慎すべし。袋の口を括るように口禍(こうか)を恐れて、咎無く、誉無し。
六五. 黃裳元吉.
〔黄裳(こうしょう)なり。元(おお)いに吉。〕

  象曰.黃裳元吉.文在中也
  〔象に曰く、黄裳なり、元いに吉とは、文の中に在るなり。〕
●六五は柔順中正で五の尊位に当たる。黄は中央の色。裳(しょう)は下ばかま、上着の衣に対す。黄裳を身にまとうように、中庸柔順の徳が中に充ち溢(あふ)れて、外に現われたる象。大いに吉。
上六. 龍戰於野.其血玄黃.
〔龍は野に戦い、その血は玄黄なり。〕

  象曰.龍戰於野.其道窮也.
  〔象に曰く、龍は野に戦うとは、その道の窮するなり。〕
●上六は陰盛の極に在り、陽と敵対するに至る。陰龍が野外(乾の分野)に於いて戦い、敗れ傷ついて血を流す。その血は黄(地の色)に玄(黒、天の色)を雑(まじ)える。
用六. 利永貞.
〔永く貞なるに利し。〕

  象曰.用六永貞.以大終也.
  〔象に曰く、用六は永く貞なり。大を以って終るなり。〕
●総じて陰爻は永く貞正なるがよい。
   文言曰.坤至柔而動也剛.至靜而德方.後得主而有常.含萬物而化光.坤道其順乎.承天而時行.
  〔文言に曰く、坤は至柔にして而も動ずるや剛なり。至静にして而も徳は方なり。後に主を得て、而も常有り。万物を含みて而も化すこと光(おお)いなり。坤の道はそれ順なるか、天を承けて而も時に行う。〕
  
   積善之家.必有餘慶.積不善之家.必有餘殃.臣弒其君.子弒其父.非一朝一夕之故.其所由來者漸矣.由辯之不早辯也.易曰.履霜堅冰至.蓋言順也.
  〔善を積む家は、必ず余慶有り。不善を積む家は、必ず余殃(おう)有り。臣はその君を弑(しい)し、子はその父を弑するは、一朝一夕の故に非ず。その由来する所の者は漸なり。之(これ)を辯ずるに早く辯ぜざるに因るなり。易に曰く、霜を履めば、堅氷至るとは、蓋(けだ)し順なるを言うなり。〕
  
   直其正也.方其義也.君子敬以直內.義以方外.敬義立而德不孤.直方大.不習無不利.則不疑其所行也.
  〔直はその正なり。方はその義なり。君子は敬を以って内を直にし、義を以って外を方にす。敬、義立ちて而も徳は孤ならず。直、方大なれば、習わずとも、利しからざる無しとは、則ちその行く所を疑わざるなり。〕
  
   陰雖有美.含之以從王事.弗敢成也.地道也.妻道也.臣道也.地道無成.而代有終也.
  〔陰は美有りと雖(いえど)も、之を含みて以って王事に従い、敢て成ぜず。地の道なり。妻の道なり。臣の道なり。地の道に成ずる無く、而も代って終り有るなり。〕
  
   天地變化.草木蕃.天地閉.賢人隱.易曰.括囊無咎無譽.蓋言謹也.
  〔天地変化すれば、草木蕃(しげ)り、天地閉づれば、賢人隠る。易に曰く、嚢を括れば咎無く誉無しとは、蓋し謹を言うなり。〕
  
   君子黃中通理.正位居體.美在其中.而暢於四支.發於事業.美之至也.
  〔君子は黄中して理に通じ、正位して体に居る。美はその中に在りて、而も四支を暢べ、事業を発(おこ)す。美の至りなり。〕
  
  陰疑於陽必戰.為其嫌於無陽也.故稱龍焉.猶未離其類也.故稱血焉.夫玄黃者.天地之雜也.天玄而地黃.
  〔陰の陽に疑わしきときは必ず戦う。その陽無きを嫌(うたが)うが為の故に龍と称す。猶お未だその類を離れざるが故に血と称す。夫(そ)れ玄黄は天地の雑わりなり。天は玄(くろ)く、而(しか)も地は黄なればなり。〕
  

(3)




屯(ちゅん)
震下坎上
水雷屯

屯.元亨.利貞.勿用有攸往.利建侯.
〔屯は元(おお)いに亨(とお)りて、貞(ただ)しきに利(よ)ろし。用って往く攸(ところ)有ること勿(な)かれ。侯(きみ)を建つるに利し。〕

  
  彖曰.屯.剛柔始交而難生.動乎險中.大亨貞.雷雨之動滿盈.天造草昧.宜建侯而不寧.
  〔彖に曰く、屯は剛柔始めて交わりて、而(しか)も生じ難し。険中に動くなり。大に亨りて貞なるは、雷雨の動き滿盈(まんえい)すればなり。天造(な)るも草昧(そうまい)なり。宜しく侯を建つべくして寧(やす)からず。〕
  
  像曰.雲雷屯.君子以經綸.
  〔像に曰く、雲雷は屯なり。君子以って経綸(けいりん)す。〕
  
●屯は、行き悩むの義。震下坎上の卦は、内に震動し、外に坎倹ある象、また上に坎水(雲)、下に震雷で雲雷の象、まさに雲雷ならんとして、未だ陰陽和合せず、雲雷の動き満ちたるを示す。草の芽がまさに地上に萌え出ようとする象にして、時節が到来すれば大いに亨通(こうつう)して安泰を得るであろうが、その為には謹慎して貞正を保ち、事を急いで軽率に動くを戒む。天下の事に譬うれば、未だ草創多難の時期であり、よろしく諸侯を封建して安寧(あんねい)を期すべし。●六十四卦の中では、この屯(下震☳上坎☵)と、蹇(下艮☶上坎☵)、困(下坎☵上兌☱)との三卦を三大難卦と称す。
初九. 磐桓.利居貞.利建侯.
〔磐桓(はんかん)たり。貞に居るに利し。侯(きみ)を建つるに利し。〕

  象曰.雖磐桓.志行正也.以貴下賤.大得民也.
  〔象に曰く、磐桓すと雖(いえど)も、志は正を行う。貴を以って賎に下れば、大に民を得るなり。〕
●初九は陽剛正位、上に正応があり、坎険を前にして震動するの主である。屯難の初に当たり、進み悩むの象。磐桓は行き悩むの義。建国草創の時期なれば、軽率に動かず貞正を保ち、諸侯を立てるがよい。
六二. 屯如邅如.乘馬班如.匪寇婚媾.女子貞不字.十年乃字.
〔屯如(ちゅんじょ)たり、邅如(てんじょ)たり。乗馬班如(はんじょ)たり。寇に匪(あら)ずして婚媾(こんこう)せんとす。女子貞にして字(あざな)せず。十年にして乃(すなわ)ち字す。〕

  象曰.六二之難.乘剛也.十年乃字.反常也.
  〔象に曰く、六二の難(なや)みは剛に乗ずればなり。十年にして乃ち字すとは、常に反るなり。〕
●六二は陰柔中正で上に正応が有るが、初九の陽剛に乗じ、これに婚媾を迫られている。しかし正応に従う志を曲げないので、屯如として進み悩み邅如として行きつ戻りつするの象。乗馬(正応九五)は班如として進まないが、それは寇(あだ)するものではなく、来たって婚媾せんとするものである。屯如、邅如は行き悩むさま。乗馬班如は車を牽く四馬相牽きて進まざるさま。敵でなく味方と結婚しようとするのだが、女子は貞を守って名前を変えようとしない、十年にしてようやく名前を変える。
六三. 即鹿無虞.惟入於林中.君子幾不如捨.往吝.
〔鹿に即(つい)て、虞(ぐ)無く、惟(た)だ林中に入る。君子幾(あやう)くして捨つるに如かず。往けば吝なり。〕

  象曰.即鹿無虞.以從禽也.君子捨之.往吝窮也.
  〔象に曰く、鹿に即くも虞無く、以って禽(えもの)に従う。君子は之を捨つ。往けば吝とは窮すればなり。)
●六三は陰柔不中不正、上に正応無く下体震動の極に居るので、軽挙妄動するの象を取る。鹿を逐うも虞(案内人)無く、ただ一人林中に入るの象。君子なれば危機を覚って獲物は捨てるがよい。往くのは思い切りが悪く、うまく行くはずがない。
六四. 乘馬班如.求婚媾.往吉無不利.
(乗馬班如たり、婚媾を求めて往けば吉なり。利しからざる無し。〕

  象曰.求而往.明也.
  〔象に曰く、求めて行くは、明なり。〕
●六四は陰柔正位、九五を受け、下は初九に正応が有るが陰柔の故に独りでは屯難を救えない。乗馬は班如として進み悩むが、初九正応からの婚媾を待ち求め、これに応じて往くの象。求婚されて思い悩むも往けば吉。利しくないことが無い。
九五. 屯其膏.小貞吉.大貞凶.
〔その膏(めぐみ)を屯(とどこお)らす。小貞は吉。大貞は凶。〕

  象曰.屯其膏.施未光也.
  〔象に曰く、その膏を屯らすとは、施して未だ光(おお)いならざるなり。〕
●九五は陽剛の君主が険難(坎)の中に置かれ、施しの盛大ならざる象。小事に当たって貞しければ吉、大事には貞しくとも凶。
上六. 乘馬班如.泣血漣如.
〔乗馬班如たり。泣血漣如(れんじょ)たり。〕

  象曰.泣血漣如.何可長也.
  〔象に曰く、泣血漣如たりとは、何ぞ長かるべけんや。〕
●上六は陰柔居極、しかも応爻たる六三も陰柔だから孤立無援。行き悩み血の涙をさめざめと流して止めどない象。
  

(4)




蒙(もう)
坎下艮上
山水蒙
蒙.亨.匪我求童蒙.童蒙求我.初筮告.再三瀆.瀆則不告.利貞.
〔蒙は亨(とお)る。我れ童蒙(どうもう)に求むるに匪(あら)ず、童蒙我れに求む。初筮は告ぐ。再三すれば瀆(けが)し、瀆るれば則ち告げず。貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.蒙.山下有險.險而止.蒙.蒙亨.以亨行.時中也.匪我求童蒙.童蒙求我.志應也.初筮告.以剛中也.再三瀆.瀆則不告.瀆蒙也.蒙以養正.聖功也.
  〔彖に曰く、蒙は山下に険有り。険にして止まるは、蒙なり。蒙は亨るとは、亨るを以って、行えば時に中(あた)るなり。我れ童蒙に求むるに匪ず、童蒙我れに求むとは、志の応ずればなり。初筮は告ぐとは、剛を以って中なればなり。再三すれば瀆し、瀆るれば則ち告げずとは、蒙を瀆せばなり。蒙の以って正を養うは、聖の功なり。〕
  
  像曰.山下出泉.蒙.君子以果行育德.
  〔像に曰く、山下に出づる泉は蒙なり。君子は以って行いを果たして徳を育(やしな)う。〕
  
●蒙は蒙昧、童蒙、幼稚、不明の義。その卦体は、下体九二の剛中を以って上体六五の柔中に応じ、願いの通ることを示す。即ち二の剛明を以って五の柔暗を啓蒙するのが蒙である。即ち我が方より童蒙に求むるに非ず、童蒙より我れに求む。教育とは理として師たる我れより求めて教えるのでなく、童蒙自ら進んで教を求めるのでなくてはならない。その態度は譬えば占筮ならば誠意ある初の問いにこそ答えがあり、再三すれば冒瀆することになり、答えは告げられないであろう。貞正でなくてはならない。
初六. 發蒙.利用刑人.用說桎梏.以往吝.
〔蒙を発(ひら)く。人を刑するに用うるに利し。用って桎梏(しっこく)を説(と)き、以って往けば吝なり。〕

  象曰.利用刑人.以正法也.
  〔象に曰く、人を刑するに用うるに利しとは、以って法を正すなり。〕
●初六は陰柔不正、蒙の初に居り、九二を受けるも上に正応が無いので、愚昧(ぐまい)、昏蒙(こんもう)の象である。そこで蒙の初に当たっては、啓蒙の道を説く。その昏蒙を啓発するには、預(あらかじ)め刑罰する法律を明らかに示して、これを用いるのがよく、ただ昏蒙の桎梏を解き放って、ほしいままに振舞わせては、反ってうまく行かない。
九二. 包蒙吉.納婦吉.子克家.
〔蒙を包(か)ぬ、吉なり。婦を納(い)る、吉なり。子は家を克(よ)くす。〕

  象曰.子克家.剛柔節也.
  〔象に曰く、子家を克くすとは、剛柔節なればなり。〕
●九二は陽剛居中で、上に六五の正応があり、時を得て衆陰を啓蒙するの主である。即ち啓蒙に当たる人が、諸の蒙昧者を包容するに象(かたど)る。妻を娶るに吉。子が家を隆盛にするとは、九二の臣が、九五の君の命に応じて、よくその任務を果たすことをいう。
六三. 勿用取女.見金夫.不有躬.無攸利.
〔女を取(めと)るに用うる勿かれ。金夫を見れば、躬(み)を有(たも)たず。利しき攸(ところ)無し。〕

  象曰.勿用取女.行不順也.
  〔象に曰く、女を取るに用うる勿かれとは、行い順ならざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正、下卦の上に在って軽挙妄動する身持ちの悪い女の象を取る。妻に娶ってはならない。金持ちの男(上九正応)を見れば、女から求めて行くので身持ちが悪く、その身を保つことができない。よいところは何も無い。
六四. 困蒙.吝.
〔蒙に困(くる)しむ。吝なり。〕

  象曰.困蒙之吝.獨遠實也.
  〔象に曰く、蒙に困しむの吝とは、独り実に遠ざかるなり。〕
●六四は陰柔不中、承、乗、応皆陰であるので、自ら啓蒙することはできず、また陽剛の助けも無い。昏蒙に苦しむの象である。頼るべき人(応、比の陽爻)より離れ、己の無智蒙昧に苦しむので、何事もうまく行かない。
六五. 童蒙吉.
〔童蒙なり、吉なり。〕

  象曰.童蒙之吉.順以巽也.
  〔象に曰く、童蒙の吉とは、順にして以って巽(そん)なればなり。〕
●六五は柔順居中、不正ながら下の九二に剛中の正応が有る。よく柔中の徳を以って、剛明の才(九二)に任じて、天下の蒙を開発するの象。童蒙ながらも素直で、好き師(九二)を得て吉。
上九. 擊蒙.不利為寇.利禦寇.
〔蒙を撃つ。寇(あだ)と為るは利しからず。寇を禦(ふせ)ぐに利し。〕

  象曰.利用禦寇.上下順也.
  〔象に曰く、用って寇を禦ぐに利しとは、上下順なればなり。〕
●過剛居極、不中不正で、啓蒙するには剛に過ぎ、群蒙を撃去するの象。群蒙を敵と為してはよろしくない。敵を防ぐ程度にするのがよろしい。
  

(5)




需(じゅ)
乾下坎上
水天需

需.有孚.光亨貞吉.利涉大川.
〔需は孚(まこと)有りて、光(おお)いに亨(とお)り、貞にして吉なり。大川を渉るに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.需.須也.險在前也.剛健而不陷.其義不困窮矣.需有孚.光亨貞吉.位乎天位.以正中也.利涉大川.往有功也.
  〔彖に曰く、需は須(ま)つなり、険、前に在るなり。剛健にして陥らず。その義困窮せず。需に孚有り、光いに亨る、貞なれば吉とは、天位に位して、以って正中なればなり。大川を渉るに利しとは、往けば功有るなり。〕
  
  像曰.雲上於天.需君子以飲食宴樂.
  〔像に曰く、雲、天に上るは需なり。君子以って飲食し宴楽す。〕
  
●需は須、即ち待つの義。九五の爻は剛健中正で誠信の徳が中に充実し、故に大いに亨通するを得、貞正を保てば吉。大川を渉るような大事を決行するも可である。険阻(坎)が前方にあるが、剛健(乾)でその険阻に陥らない。故に困窮することもない。
初九. 需於郊.利用恆.無咎.
〔郊に需(ま)つ。恒(つね)を用うるに利し。咎(とが)無し。〕

  象曰.需於郊.不犯難行也.利用恆無咎.未失常也.
  〔象に曰く、郊に需つとは、難を犯して行かざるなり。恒を用うるに利しく、咎無しとは、未だ常を失わざるなり。〕
●初九は陽剛居正で、上卦の坎険から最も遠く、故に郊外の地で時を待つに象(かたど)る。常を守って妄動せぬがよろしく、咎も無い。
九二. 需於沙.小有言.終吉.
〔沙(すな)に需つ。小しく言有れど、終には吉なり。〕

  象曰.需於沙.衍在中也.雖小有言.以終吉也.
  〔象に曰く、沙に需つとは、衍(ひろ)くして中に在ればなり。小しく言有りと雖(いえど)も、以って吉に終るなり。〕
●九二は陽剛不正にして中に居る。初九に比してやや水辺の坎険に近づく、故に砂浜に待つに象る。多少非難の言あれども、剛中の徳が有り終には吉。
九三. 需於泥.致寇至.
〔泥に需つ。寇(あだ)の至るを致す。〕

  象曰.需於泥.災在外也.自我致寇.敬慎不敗也.
  〔象に曰く、泥に需つとは、災い外に有ればなり。我れより寇を致すも、敬慎すれば敗れざるなり。〕
●九三は陽剛不中、剛に過ぎ乾体の上に居りて、ますます水辺の坎険に近づく。故に泥地に待つに象る。時には外敵の襲来を招くこともある。
六四. 需於血.出自穴.
〔血に需つ。穴より出づ。〕

  象曰.需於血.順以聽也.
  〔象に曰く、血に需つとは、順にして以って聴(したが)うなり。〕
●六四は陰柔居正、坎険の初に居り、柔順にしてよく待つ者であり、すでに坎険に陥る、故に血の臭いのする殺傷の場に待つに象る。辛抱して待てば穴より出ることもできる。
九五. 需於酒食.貞吉.
〔酒食に需つ。貞なれば吉なり。〕

  象曰.酒食貞吉.以中正也.
  〔象に曰く、酒食の貞吉とは、中正なるを以ってなり。〕
●九五は陽剛中正、尊位に居り一卦の主である。険中に在りながらも大人の徳あり、故に酒食を楽しんで時を待つに象る。貞正であれば吉。
上六. 入於穴.有不速之客三人來.敬之終吉.
〔穴に入る。速(まね)かれざる客三人来たる有り。之(これ)を敬すれば終には吉なり。〕

  象曰.不速之客來.敬之終吉.雖不當位.未大失也.
  〔象に曰く、速かれざる客来たりて、之を敬すれば終に吉とは、位に当たらずと雖(いえど)も、未だ大いに失わざるなり。〕
●上六は陰柔居極、よく待つことをせず、坎険の中に陥るも、思いがけぬ客三人(下卦の三陽)来て助けるの象。客を敬えば終には吉。
  

(6)




訟(しょう)
坎下乾上
天水訟

訟.有孚.窒惕.中吉.終凶.利見大人.不利涉大川.
〔訟は孚(まこと)有りて窒(ふさが)る。惕(おそ)れて中すれば吉、終には凶なり。大人を見るに利(よろ)し。大川を渉るに利しからず。〕

  
  彖曰.訟.上剛下險.險而健.訟.訟有孚窒惕中吉.剛來而得中也.終凶.訟不可成也.利見大人.尚中正也.不利涉大川.入於淵也.
  〔彖に曰く、訟は上剛下険なり。険にして健なるは訟なり。訟は孚有りて窒る、惕れて中すれば吉とは、剛来たりて中を得ればなり。終には凶とは、訟は成すべからざればなり。大人を見るに利しとは、中正を尚(たっと)ぶなり。大川を渉るに利しからずとは、淵に入ればなり。〕
  
  像曰.天與水違行.訟.君子以作事謀始.
  〔像に曰く、天と水と違い行くは訟なり。君子は以って事を作すに始を謀(はか)る。〕
  
●訟は争、言い争い、訴訟の義。訟は九五のみが中正尊位に在り、他の五爻は皆不正で位に当たらず、故に争訟するを示す。九五はその争訟を聴くの主を指す。その卦徳は内坎(坎険)、外乾(健剛)で、坎険と健剛とが内外に相接して争弁するを示す。卦辞によれば、訟は中心に誠が有りながら、相手のために妨げ塞がれて、やむを得ず起すものであり、故に自ら恐懼(きょうく)して中道にかなうよう行動すれば吉であるが、強引に訟を成し遂げようとすれば凶となる。賢者に相談するがよい。大川を渉るような冒険はよろしくない。
初六. 不永所事.小有言.終吉.
〔事とする所を永くせず。小しく言有るも、終には吉なり。〕

  象曰.不永所事.訟不可長也.雖小有言.其辯明也.
  〔象に曰く、事とする所を永くせずとは、訟は長くすべからざればなり。小しく言有りと雖(いえど)も、その辯(べん)は明らかなり。〕
●初六は陰柔居下、柔弱で下位に居りながら上位を訟(うった)えるが故に不利である、長引かせてはならない。多少何か言われるだろうが、終には吉。
九二. 不克訟.歸而逋其邑.人三百戶.無眚.
〔訟を克(よ)くせず、帰りてその邑(くに)に逋(のが)る。人は三百戸なり。眚(わざわい)無し。〕

  象曰.不克訟.歸逋竄也.自下訟上.患至掇也.
  〔象に曰く、訟を克くせず、帰りて逋るとは、竄(かく)るるなり。下より上を訟(うった)う、患の至るを掇(ひろ)うなり。〕
●九二は陽剛不正、険卦の中心にして九五と敵応する。訴訟の当事者であるが、相手は同じく陽剛で上位の九五であるから、訟えに勝つことはできない。引き下がって自分の領地に逃れ隠れるのがよい。その領地が三百戸ほどであっても、災に遇わずにすむ。
六三. 食舊德.貞厲終吉.或從王事.無成.
〔旧徳を食(は)む。貞なれば厲(あやう)けれど終には吉なり。或は王事に従いて、成すこと無し。〕

  象曰.食舊德.從上吉也.
  〔象に曰く、旧徳を食むとは、上に従いて吉なり。〕
●六三は陰柔不正の柔弱にして、自ら人を訟えず、先祖の遺徳の旧領の禄を食(は)んで貞正を保つの象。危ういながらも終には吉。
九四. 不克訟.復即命渝.安貞.吉.
〔訟を克くせず。復(かえ)りて命に即(つ)き、渝(か)えて貞に安んずれば吉なり。〕

  象曰.復即命渝.安貞不失也.
  〔象に曰く、復りて命に即き、渝えて貞に安んずとは、失わざるなり。〕
●九四は陽剛不中不正、乾体の初に居り、争訟せんとする心が有るが、争訟する相手が無く、九五と争訟しても勝ち目が無いの象。そこで地位をわきまえ、一歩下がって天命に即し、心を変えて貞正に安んずれば吉。
九五. 訟元吉.
〔訟は元(おお)いに吉なり。〕

  象曰.訟元吉.以中正也.
  〔象に曰く、訟は元いに吉とは、中正を以ってなり。〕
●九五は陽剛中正、尊位の大人に当り、訟えを裁決する立場。裁決は公平で大いに吉。
上九. 或錫之鞶帶.終朝三褫之.
〔或は之に鞶帶(はんたい)を錫(たま)う。終朝(しゅうちょう)に三たび之を褫(うば)わる。〕

  象曰.以訟受服.亦不足敬也.
  〔象に曰く、訟を以って服を受く、また敬するに足らず。〕
●上九は過剛居極、訟の終に居り、陽剛を以って争訟を極め終えて勝を得た者であるが、しかし彖辞の謂わゆる終には凶である。強引に訴訟に勝ち、天子から官服の飾りである鞶帶(革の大帯)を賜わるが、衆人の憎しみを買っては永く保つことができない。終朝(しゅうちょう、夜明けより朝食までの短い間)に三度もこれを奪われるの象。
  

(7)




師(し)
坎下坤上
地水師

師貞.丈人.吉.無咎.
〔師は貞なり。丈人(じょうじん)なれば吉にして咎(とが)無し。〕

  
  彖曰.師.眾也.貞.正也.能以眾正.可以王矣.剛中而應.行險而順.以此毒天下.而民從之.吉又何咎矣.
  〔彖に曰く、師は衆なり。貞は正なり。能(よ)く衆を以(ひき)いて正しければ、以って王たる可し。剛中にして応(まさ)に険を行いて順なるべし。此(ここ)を以って天下を毒(くる)しめて民之(これ)に従う。吉にして何の咎かあらん。〕
  
  像曰.地中有水.師.君子以容民畜眾.
  〔像に曰く、地中に水有るは、師なり。君子は以って民を容(い)れ、衆を畜(やしな)う。〕
  
●師は兵衆、軍隊の意。師の卦体は一陽五陰で、九二の一陽が卦主であり、衆陰の主であることを示す。九二は剛中で下体に在り、六五に応を有するので、衆を率いる将帥の義である。その卦象は上坤地、下坎水で、地中に水有るの象。衆の聚る意であり、坎険を行うに当たって坤順たることを示す。凡そ軍隊は軽々しく用うべきでないが故に、貞正を保つことが重要である。これを率いるのは老成した丈人(老人、丈は杖の義)が相応しく吉にして、咎が無い。
初六. 師出以律.否臧凶.
〔師出づるに律を以ってす。否なれば臧(よ)くとも凶。〕

  象曰.師出以律.失律凶也.
  〔象に曰く、師出づるに律を以ってすとは、律を失えば凶なり。〕
●初六は陰柔不正にして師卦の初爻、出陣の時に当たる。軍を出すには規律を以ってす。そうでなければ善く戦っても凶。
九二. 在師中.吉無咎.王三錫命.
〔師、中に在りて吉なれば咎無し。王は三たび命を錫(たま)う。〕

  象曰.在師中吉.承天寵也.王三錫命.懷萬邦也.
  〔象に曰く、師は中に在りて吉とは、天の寵を受くるなり。王三たび命を錫うとは、万邦を懷(なつ)くればなり。〕
●九二は陽剛居中、六五の王に正応し、剛中を以って衆陰の帰するところとなる。卦中の唯一の陽爻であり三軍を統帥する。彖辞の謂わゆる丈人であり、軍に在っては中央に座を占める。吉であり咎は無い。その功績に対し、六五の王より三たび恩賞を賜わる。
六三. 師或輿屍.凶.
〔師は或は屍を輿(の)す、凶なり。〕

  象曰.師或輿屍.大無功也.
  〔象に曰く、師は或は屍を輿すとは、大いに功無きなり。〕
●六三は陰柔不中不正、才弱く志のみ剛であって、その分にあらざるに、分を犯すの象。もし将となって軍を統帥すれば、軍は敗戦し、統帥者は屍を車に載せることになる。凶。
六四. 師左次.無咎.
〔師は左(しりぞ)きて次(やど)る、咎無し。〕

  象曰.左次無咎.未失常也.
  〔象に曰く、左きて次るに咎無しとは、未だ常を失わざればなり。〕
●六四は陰柔不中ながら正位に居る。従って難きを知って、よく退くの象を取る。もし将となって軍を統帥すれば、戦勝はしなくても退却して宿営することができ、大敗には至らず、咎は無い。
六五. 田有禽.利執言.無咎.長子帥師.弟子輿屍.貞凶.
〔田に禽(えもの)有り。言を執るに利(よろ)し。咎無し。長子は師を帥(ひき)いて、弟子屍を輿す。貞なるも凶なり。〕

  象曰.長子帥師.以中行也.弟子輿屍.使不當也.
  〔象に曰く、長子は師を帥いるとは、中行なるを以ってなり。弟子は屍を輿すとは、使うこと当たらざればなり。〕
●六五は陰柔居中、軍に出陣を命ずる位であるが、柔順、中庸の徳が有るので、譬えば田に獲物が有れば、将軍の進言を堅く執るのがよろしく、軍を出しても咎が無い。長子(九二の陽爻)に軍を率いさるのがよく、屍を輿せるような弟子(六三、六四の陰爻)を任命するようでは、貞正を保つも凶である。
上六. 大君有命.開國承家.小人勿用.
〔大君に命有り、国を開きて家を承く。小人は用うる勿かれ。〕

  象曰.大君有命.以正功也.小人勿用.必亂邦也.
  〔象に曰く、大君に命有りとは、以って功を正すなり。小人は用うる勿かれとは、必ず邦を乱せばなり。〕
●上六は師卦の終、論功行賞の道を言う。戦いに勝てば、大君より命を受け、国を開いて諸侯となり、或は家を承けて卿大夫となるべきであるが、功が有っても小人を重く用いてはならない。
  

(8)




比(ひ)
坤下坎上
水地比

比.吉.原筮.元永貞.無咎.不寧方來.後夫凶.
〔比は吉なり。原(たず)ね筮(うらな)いて、元(おお)いに永く貞(ただ)しければ、咎無し。寧(やす)からざるも、方(まさ)に来たらんとす。後(おく)るる夫(ふ)は凶なり。〕

  
  彖曰.比.吉也.比.輔也.下順從也.原筮元永貞無咎.以剛中也.不寧方來.上下應也.後夫凶.其道窮也.
  〔彖に曰く、比は吉なり。比は輔(たす)くるなり。下順従するなり。原ね筮いて元いに永く貞しければ咎無しとは、剛中を以ってなり。寧からざるも、方に来たらんとすとは、上下応ずるなり。後るる夫は凶とは、その道の窮まれるなり。〕
  
  像曰.地上有水.比.先王以建萬國.親諸侯.
  〔像に曰く、地上に水有るは、比なり。先王以って万国を建て、諸侯を親しむ。〕
  
●比の字義は親しみ助ける。比の卦体は一陽五陰、その一陽が卦主九五の尊位にあり、他の五陰がこれを仰いで相親しみ、相助けるの象。親しみ助けるのは、元より吉であるが、その相手を尋ね求めて占い定め、永く大いに貞正なる者を得ることができれば、咎は無い。このようであれば、不安を懐いていた者も慕い寄ることになろう。その場合後から遅れて来るような者と親しめば凶。
初六. 有孚比之.無咎.有孚盈缶.終來有它吉.
〔孚(まこと)有りて之(これ)に比(した)しむ、咎無きなり。孚有りて缶(ほとぎ)に盈(み)つれば、終に来たりて它(た)の吉有り。〕

  象曰.比之初六.有它吉也.
  〔象に曰く、比の初六は、它の吉有るなり。〕
●初六は比卦の初、人と親しむの初。誠意が有れば、これと親しんでも咎は無い。誠意が缶(水瓶)より満ち溢れるようならば、終には他の者までも来ることになり、吉。
六二. 比之自內.貞吉.
〔之に比しむこと内よりす、貞にして吉なり。〕

  象曰.比之自內.不自失也.
  〔象に曰く、之に比しむこと内よりすとは、自ら失わざるなり。〕
●六二は柔順中正、内卦の主で、外卦九五の正応であることにより、内より外に親しむの象。貞正であり吉。
六三. 比之匪人.
〔之に比しむこと人に匪(あら)ず。〕

  象曰.比之匪人.不亦傷乎.
  〔象に曰く、之に比しむこと人に匪ずとは、また傷ましからず。〕
●六三は陰柔不中不正、親しむべき陽剛が無く、親しもうとする相手は陰柔の小人ばかりで、人を得ない象。
六四. 外比之.貞吉.
〔外、之に比しむ、貞にして吉なり。〕

  象曰.外比於賢.以從上也.
  〔象に曰く、外に賢に比しみて、以って上に従うなり。〕
●六四は陰柔居正、外卦の初に居り、上の九五と親しむことを得るの象。貞正ならば吉。
九五. 顯比.王用三驅.失前禽.邑人不誡吉.
〔比を顕(あき)らかにす。王用って三駆(さんく)して、前の禽(えもの)を失う。邑人(ゆうじん)誡めず。吉なり。〕

  象曰.顯比之吉.位正中也.捨逆取順.失前禽也.邑人不誡.上使中也.
  〔象に曰く、比を顕らかにするの吉とは、位正中なればなり。逆を捨てて順を取るは、前の禽を失うなり。邑人誡めずとは、上の使うこと中なればなり。〕
●九五は陽剛中正の卦主、他は皆陰爻であり己に親しむ象であるが故に、比(親)の道を顕わすべきである。譬えば王が獲物を三方に駆り、前の獲物は去るにまかせて、逐わないようにすれば、邑人(国人)は警戒の心を解くであろう。吉。
上六. 比之無首.凶.
〔之に比しむに首(かしら)無し。凶なり。〕

  象曰.比之無首.無所終也
  〔象に曰く、之に比しむに首無しとは、終る所無きなり。〕
●上六は陰柔居極、彖辞の謂わゆる後るる夫であり、人と親しもうとしてもその端緒を得られないの象。凶。
  

小畜(9)




小畜(しょうちく)
乾下巽上
風天小畜

小畜.亨.密雲不雨.自我西郊.
〔小畜は亨(とお)る。密雲なるも雨ふらず、我が西郊よりす。〕

  
  彖曰.小畜.柔得位而上下應之曰小畜.健而巽.剛中而志行.乃亨.密雲不雨.尚往也.自我西郊.施未行也.
  〔彖に曰く、小畜は柔、位を得て上下之に応ずるを、小畜と曰う。健にして巽なり。剛中にして志行わるるに、乃(すなわ)ち亨る。密雲に雨ふらずとは、往くを尚(たっと)ぶなり。我が西郊よりすとは、施しの未だ行われざるなり。〕
  
  像曰.風行天上.小畜.君子以懿文德.
  〔像に曰く、風の天上を行くは、小畜なり。君子、以って文徳を懿く(よ)くす。〕
  
●畜は制し止むるの義。小畜は小(陰)を以って大(陽)を畜止するの義。六四の一陰が他の五陽を引き止むるの象。六四の柔が正位を得て、上下の五陽がこれに応じて止められていることを示すが、その力は弱く、即ち小しく畜(とど)めるものである。陽剛である君子の道は小しく畜められるも、やがては通(亨)る。密雲は陰気の凝集、未だ陽気と相和して雨ふらすに至らず。やがて陰の方角たる西郊より雨ふって亨ることだろう。
初九. 復自道.何其咎.吉.
〔復(かえ)ること道よりす。何ぞそれ咎あらん。吉なり。〕

  象曰.復自道.其義吉也.
  〔象に曰く、復ること道よりすとは、その義吉なるなり。〕
●初九は剛陽居下、上卦に進もうとする志が強いが、正応たる六四の陰爻に引き止められ、引き返して正道を守る。何ぞそれに咎が有ろうか、吉。
九二. 牽復.吉.
〔牽きて復る。吉なり。〕

  象曰.牽復在中.亦不自失也.
  〔象に曰く、牽きて復りて中に在り、また自ら失わざるなり。〕
●九二は剛陽居中、初九と牽きあって進み、牽きあって引き返す。吉。
九三. 輿說輻.夫妻反目.
〔輿(くるま)、輻(とこばしり)を説(と)く。夫妻反目す。〕

  象曰.夫妻反目.不能正室也.
  〔象に曰く、夫妻反目すとは、室を正すこと能わざるなり。〕
●九三は過剛不中、上に進もうとしても六四に引き止められ進み得ない。譬えば車の輻(とこばしり、車軸と車体を結ぶ革紐)がほどけて車体と車輪とが離ればなれになるように進み得ない。陽剛の身が陰柔に引き止められるのは、心中穏やかならず、夫婦が反目しあうようなものである。
六四. 有孚.血去惕出.無咎.
〔孚(まこと)有り。血(いたみ)去りて惕(おそ)れ出づ。咎無し。〕

  象曰.有孚惕出.上合志也.
  〔象に曰く、孚有り、惕れ出づとは、上、志を合わせればなり。〕
●六四は卦中唯一の陰爻ながらも正位に居り、上の九五が助けるの象。誠信が有れば傷の痛みが去り、不安も抜け出よう。咎無し。
九五. 有孚攣如.富以其鄰.
〔孚有りて攣如(れんじょ)たり。富みてその鄰と以(とも)にす。〕

  象曰.有孚攣如.不獨富也.
  〔象に曰く、孚有りて攣如たりとは、独り富まざるなり。〕
●九五は陽剛中正、誠信を以って攣如(手をつないで引っぱるさま)として事に当たり、富めばその鄰(六四)と分け合うようにすべきである。
上九. 既雨既處.尚德載.婦貞厲.月幾望.君子征凶.
〔既に雨ふり既に処(お)る。徳を尚(たっと)びて載(み)つ。婦貞なるも厲(あやう)し。月は望(もち)に幾(ちか)し。君子征けば凶なり。〕

  象曰.既雨既處.德積載也.君子征凶.有所疑也.
  〔象に曰く、既に雨ふり既に処るとは、徳の積みて載(み)てるなり。君子征けば凶とは、疑う所有ればなり。〕
●上九は卦極、小畜即ち小(陰)が衆陽を引き止めることも極点に達し、陰陽和合して密雲雨ふらざる状態が終り、既に雨ふり、既に安穏の処を得たる象。諸陽が六四の陰の徳を尊び積もり満ちた結果であるが、陰が陽を制したことになり、陰として順当ではない。即ち貞正であっても危ういのである。譬えば月が満月に近づき、その光が太陽をしのぐようなものである。このような時、君子(陽)が強引に動けば、凶である。
  

(10)




履(り)
兌下乾上
天沢履

履虎尾.不咥人.亨.
〔虎の尾を履(ふ)む。人を咥(か)まず。亨(とお)る。〕

  
  彖曰.履.柔履剛也.說而應乎乾.是以履虎尾.不咥人亨.剛中正.履帝位而不疚.光明也.
  〔彖に曰く、履は、柔、剛を履むなり。説(よろ)こんで乾に応ず。ここを以って虎の尾を履む、人を咥まず。亨るなり。剛、中正にして、帝位を履みて疚(やま)しからず、光明なり。〕
  
  像曰.上天下澤.履.君子以辯上下.定民志.
  〔像に曰く、上に天、下に沢あるは、履なり。君子は以って上下を辯(わか)ち、民の志を定む。〕
  
●履は履(ふ)む、また履むべきものの義。一陰五陽の卦で、一陰の六三が卦主である。六三は二陽に乗じ、柔を以って剛を履(ふ)むので、危うきを履むの象。その卦徳は内兌説(悦)、外乾健で、和悦して健剛の後を履むものであり、虎の尾を履んで傷害されない象である。願い事は亨(通)る。
初九. 素履往.無咎.
〔素にして履み往けば咎無し。〕

  象曰.素履之往.獨行願也.
  〔象に曰く、素にして履み往くは、独り願を行うなり。〕
●初九は陽剛居下、その才能を包んで低位に甘んじる象。素直に己の道を履み往けば咎無し。
九二. 履道坦坦.幽人貞吉.
〔道を履むこと坦坦たり。幽人(ゆうじん)は貞にして吉。〕
  象曰.幽人貞吉.中不自亂也.

  〔象に曰く、幽人は貞にして吉とは、中にして自ら乱れざればなり。〕
●九二は剛中ながら上に正応の陰爻を持たない、故に坦坦として独り道を履み行う。幽静恬淡たる人物であり、所業が貞正ならば吉。
六三. 眇能視.跛能履.履虎尾.咥人凶.武人為於大君.
〔眇(すがめ)にして能(よ)く視、跛(あしなえ)にして能く履むも、虎の尾を履めば、人を咥む、凶。武人、大君に為す。〕

  象曰.眇能視.不足以有明也.跛能履.不足以與行也.咥人之凶.位不當也.武人為於大君.志剛也.
  〔象に曰く、眇にして能く視るとは、以って明有りとするに足らざるなり。跛にして能く履むとは、以って与(とも)に行くに足らざるなり。人を咥むの凶とは、位当たらざるなり。武人、大君に為すとは、志の剛なるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、陰爻ながら剛位に居る、即ち身の程を知らないの象。譬えば眇(やぶにらみ)が善く視えると思ったり、跛(びっこ)が善く歩けると思うようなもので、虎の尾を履めば、人を噬んで、凶である。武人ならば、大君の為に尽くすことができる。
九四. 履虎尾.愬愬終吉.
〔虎の尾を履む。愬愬(さくさく)たり、終には吉。〕

  象曰.愬愬終吉.志行也.
  〔象に曰く、愬愬たり、終には吉とは、志の行わるるなり。〕
●九四は陽剛ながら陰位、九五に近づき畏れ多い象。譬えば虎の尾を履むような危地にあって、愬愬(さくさく、恐れ慎む)としているようなものである。しかし柔を履むのであるから、終には吉。
九五. 夬履貞厲.
〔夬(さだ)めて履む。貞なれども厲(あやう)し。〕

  象曰.夬履貞厲.位正當也.
  〔象に曰く、夬めて履む、貞なれども厲しとは、位正しく当たればなり。〕
●九五は陽剛中正、君主たるに相応しく、決然として履み行うの象。貞正であっても危うい。
上九. 視履考祥.其旋元吉.
〔履むを視て祥を考う。それ旋(めぐ)りて元(おお)いに吉。〕

  象曰.元吉在上.大有慶也.
  〔象に曰く、元いに吉とは、上に在りて大いに慶有るなり。〕
●上九は履卦の極致、その終始に履み行った所の事を省みて、善悪正邪を考えれば、旋(めぐ)り反って大いに吉となる。
 

(11)




泰(たい)
乾下坤上
地天泰

泰小往大來.吉亨.
〔泰は、小往き大来たる。吉にして亨(とお)る。〕

  
  彖曰.泰.小往大來吉亨.則是天地交而萬物通也.上下交而其志同也.內陽而外陰.內健而外順.內君子而外小人.君子道長.小人道消也.
  〔彖に曰く、泰は小往き大来たる、吉にして亨るとは、則ち是れ天地交わりて万物通ずるなり。上下交わりてその志同じきなり。内は陽にして外は陰、内は健にして外は順、内は君子にして外は小人なり。君子の道は長じ、小人の道は消するなり。
  
  像曰.天地交.泰.後以財成天地之道.輔相天地之宜.以左右民.
  〔像に曰く、天地交わるは、泰なり。後に財を以って天地の道を成し、天地の宜しきを輔相(ほしょう)して、以って民を左右す。〕
  
●泰は安泰、通泰の義、物が大いに暢びやか(通)な時の義、また通ずるの義。乾下坤上の卦、三陽が内に在って三陰が外に在り、陰陽の正を得るの象。小(陰、坤)が外卦に往き、大(陽、乾)が内卦に来れば、やがて陰気下降して陽気上昇し、陰陽相和す。故に吉にして、願いは亨(通)る。人事をもって言えば、君臣上下の意止疎通して国家安泰ならんとする時に譬える。
初九. 拔茅茹.以其彙.征吉.
〔茅(ちがや)を抜くに茹(じょ)たり、その彙(たぐい)を以(とも)にす。征きて吉。〕

  象曰.拔茅征吉.志在外.也.
  〔象に曰く、茅を抜く、征きて吉とは、志の外に在るなり。〕
●初九は剛陽居下、剛陽の徳あって上進を志す在下の君子であったが、今や志の通ずる天下安泰の時に遇うの象。譬えば茅(ちがや)を抜いて食おうとするに、根の相連なるが故に多く相連なって抜けるようなものである。行動を起せば吉。
九二. 包荒.用馮河.不遐遺.朋亡.得尚於中行.
〔荒を包(か)ね、河を馮(かちわた)るを用い、遐(とお)きを遺(わす)れず、朋(とも)亡(うしな)うときは、中行に尚(かな)うを得。〕

  象曰.包荒得尚於中行.以光大也.
  〔象に曰く、荒を包ね、中行に尚うを得とは、以って光大なればなり。〕
●九二は陽剛居中、正位にして六五の柔に応ずる象。剛中の才を以って上に専任されることを示し、成卦の主。泰に処する道に四あり、荒穢を包含して、河を歩いて渉る果断をなし、近きは言うまでもなく遠きをも忘れず、朋党の私心を絶つことである。このようであれば剛中の中道にかなった行いができる。
九三. 無平不陂.無往不復.艱貞.無咎.勿恤其孚.於食有福.
〔平らかなるの陂(かたむ)かざるは無く、往くものの復(かえ)らざるは無し。艱(なや)むとも貞(ただ)しければ咎(とが)無し。その孚(まこと)を恤(うれ)うること勿(な)かれ。食に於いて福有り。〕

  象曰.無往不復.天地際也.
  〔象に曰く、往きて復らざるもの無しとは、天地の際(まじ)わればなり。〕
●九三は内卦三陽の最上位、泰道の極盛期の象。ただ物事は往けば還るのが道理であり、平らなものは傾くのである。泰道も極盛を過ぎれば否塞(ひそく)の時に遇うものであるが故に、安逸を貪らずに艱難に堪えて貞正を保てば、咎は無い。己が誠信の通ぜざるを憂うる必要はない。誠信であれば食録を承ける福が有るのだから。
六四. 翩翩.不富以其鄰.不戒以孚.
〔翩翩(へんぺん)として富まず、その鄰と以(とも)にす。戒めずとも、孚(まこと)を以ってす。〕

  象曰.翩翩不富.皆失實也.不戒以孚.中心願也.
  〔象に曰く、翩翩として富まずとは、皆宝を失うなり。戒めずとも孚を以ってすとは、中心の願なり。〕
●六四は陰柔居正、在下三陽の志を合わせて上進して来るのに謙虚に随順しようとし、鄰の二陰とともに翩翩(へんぺん、鳥が身軽に飛ぶさま)として富の事は心にかけずにその鄰のようにし、戒められなくとも誠信を以ってするの象。
六五. 帝乙歸妹.以祉元吉.
〔帝乙(ていいつ)、妹を帰(とつ)がしむ。祉(さいわい)なるを以って元(おお)いに吉。〕

  象曰.以祉元吉.中以行願也.
  〔象に曰く、祉なるを以って元いに吉とは、中にして以って願を行えばなり。〕
●六五は陰柔居中、柔の徳を以って君位に居りながら、在下の賢臣にへりくだるの象。譬えば帝乙(ていいつ、殷王)が妹を臣下の賢者に降稼させたようにするならば、福祉(幸福)があって大いに吉。
上六. 城復於隍.勿用師.自邑告命貞吝.
〔城、隍(ほり)に復(かえ)る。師(し)を用うること勿(な)かれ。邑(みやこ)自(よ)り、命を告ぐ。貞しけれど吝。〕

  象曰.城復於隍.其命亂也.
  〔象に曰く、城、隍に復るとは、その命の乱るればなり。〕
●上六は泰卦の極、否塞の時の予測される象。譬うれば、城が隍(ほり)に戻ってしまったようなもので、警戒慎重であるべきであり、師(軍)を用いてはならない。邑(都)より命を告げるに止めよ。貞正であってもうまくゆかない。
 

(12)




否(ひ)
坤下乾上
天地否

否之匪人.不利君子貞.大往小來.
〔之(これ)を否(ふさ)ぐは人に匪(あら)ず。君子の貞(ただ)しきに利(よろ)しからず。大往き小来たる。〕

  
  彖曰.否之匪人.不利君子貞.大往小來.則是天地不交而萬物不通也.上下不交而天下無邦也.內陰而外陽.內柔而外剛.內小人而外君子.小人道長.君子道消也.
  〔彖に曰く、之を否ぐは人に匪ず、君子の貞しきに利しからず、大往き小来たるとは、則ち是れ天地交わらずして万物通ぜざるなり。上下交わらずして天下に邦無きなり。内は陰にして外は陽、内は柔にして外は剛、内は小人にして外は君子なり。小人の道は長じて、君子の道の消するなり。〕
  
  像曰.天地不交.否.君子以儉德辟難.不可榮以祿.
  〔像に曰く、天地の交わらざるは否なり。君子は倹(けん)の徳を以って難を辟(ひら)き、禄を以って栄ゆべからず。〕
  
●否は閉じて塞がるの義。坤下乾上の卦、三陽が上に在り、三陰が下に在り、内陰外陽、内柔外剛、上天下地で天気は上昇し、地気は下降するが故に天地二気は交わらず、陰陽相和ぜずして隔絶するの象。閉塞して通じないの義。泰は小往きて大来たるの意であるに反し、否は大往きて小来たるの意。上下の意志の疎通を欠く状態であり、故に否は人道の正常な状態でなく、君子が貞正を守ってもよろしい所が無い。大(陽、乾)が上に昇り、小(陰、坤)が下に降り、陰陽相和する機会が見出せぬ。
初六. 拔茅茹.以其彙.貞吉亨.
〔茅(ちがや)を抜くに茹(じょ)たり、その彙(たぐい)を以(とも)にす。貞(ただ)しければ吉にして亨(とお)る。〕

  象曰.拔茅貞吉.志在君也.
  〔象に曰く、茅を抜く、貞しければ吉とは、志の君に在るなり。〕
●初六は陰柔居初、根の相連なる茅(ちがや)を抜けば、辺の茅がごっそり連なって抜けるように、その彙(たぐい、仲間)と共に行動して、貞正を守れば吉であり、願いは通ずる。
六二. 包承.小人吉.大人否.亨.
包承(ほうしょう)す。小人は吉、大人は否にして亨る。

  象曰.大人否亨.不亂群也.
  〔象に曰く、大人は否にして亨るとは、群に乱されざるなり。〕
●六二は陰柔中正、否塞の時ながら有徳の君子を包んでおり、命を承る心がある。この態度は小人ならば吉。大人ならばこの否塞の時を堪えて道を守れば、やがて通ずる。
六三. 包羞.
〔包羞(ほうしゅう)す。〕

  象曰.包羞.位不當也.
  〔象に曰く、羞を包むとは、位に当たらざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正、否塞無道に在って出世し、羞を包み隠すの象。
九四. 有命無咎.疇離祉.
〔命有れば咎(とが)無し。疇(たぐい)、祉(さいわい)に離(つ)く。〕

  象曰.有命無咎.志行也.
  「象に曰く、命有れば咎無しとは、志の行わるるなり。〕
●九四は陽剛陰位、君位に近く否塞を済う才が有るの象。九五の君命を受けて動けば咎は無い。疇(たぐい、同類)の二陽と共に福祉(幸福)に就くだろう。
九五. 休否.大人吉.其亡其亡.繫於苞桑.
〔否を休(や)む。大人は吉。それ亡(ほろ)びん、それ亡びん。苞桑(ほうそう)に繋(かか)る。〕

  象曰.大人之吉.位正當也.
  〔象に曰く、大人の吉とは、位正しく当たればなり。〕
●九五は陽剛中正、君子、天下の否塞を休止せしめるの象。有徳の大人ならば吉。しかし亡びるだろう、亡びるだろうと常に自戒して苞桑(ほうそう、桑の木の根)に物を繋ぎ止めるように慎重にしなければならない。
上九. 傾否.先否後喜.
〔否を傾く。先には否(ふさ)がり、後には喜ぶ。〕

  象曰.否終則傾.何可長也
  〔象に曰く、否終れば則ち傾く。何ぞ長かるべけんや。〕
●上九は否塞の極、やがて否塞の時を傾けて通泰の時を迎えるだろう。先に塞がっていたが、通って後に喜ぶの象。
 

同人(13)




同人(どうじん)
離下乾上
天火同人

同人於野.亨.利涉大川.利君子貞.
〔人に同ずるに野に於いてす。亨(とお)る。大川を渉るに利(よろ)し。君子の貞(ただ)しきに利し。〕

  
  彖曰.同人.柔得位得中而應乎乾.曰同人.同人曰.同人於野亨.利涉大川.乾行也.文明以健.中正而應.君子正也.唯君子為能通天下之志.
  〔彖に曰く、同人は柔、位を得、中を得て乾に応ずるを、同人と曰う。同人に曰く、人に同ずるに野に於いてす、亨る。大川を渉るに利しとは、乾の行なり。文明にして以って健、中正にして応ずるは、君子の正しきなり。唯だ君子のみ、能く天下の志に通ずるを為す。〕
  
  像曰.天與火.同人.君子以類族辨物.
  〔像に曰く、天と火とは人に同ず。君子は以って族を類し、物を辨ず。〕
  
●同人は人と和同するの義。離下乾上の卦、上体乾の主爻九五が中正で君位にあり、下体離(つく、付着)の主爻六二の中正が正応するの象。即ち上下二体(天、火)の和同するのが同人である。そして唯一陰の六二(中正)に他の五陽が同調せんとしている。その卦徳は内離麗(付着)、外乾健で、内の文明(離)を以って外の剛健(乾)に麗(つ)くものである。その卦象は上乾天、下離火で、天は上に在り、火は炎上するが故に、その性を同じくするのが同人である。●同人は人と同ずる、和同、会同の意。人と和同するには曠野に於いてするように、公明正大であるべきで、そうであれば願いは通る。大川を渉るような大事を決行してもよろしい。君子は貞正を保つのがよい。
初九. 同人於門.無咎.
〔人に同ずるに門に於いてす。咎無し。〕

  象曰.出門同人.又誰咎也.
  〔象に曰く、門を出でて人に同ず。又誰か咎めんや。〕
●初九は陽剛居下、上に応爻が無く、特に牽かるる相手の無い象。特に牽かれる人が無いが故に広く門外に出て交際し、人に和同するので、咎が無い。
六二. 同人於宗.吝.
〔人に同ずるに宗に於いてす。吝。〕

  象曰.同人於宗.吝道也.
  〔象に曰く、人に同ずるに宗に於いてすとは、吝の道なり。〕
●六二は陰柔中正、上(九五)に正応が有るので、これに牽かれ大同無私の交際をし得ないの象。その宗族の人とのみ和同するので、けちくさくうまくゆかない。
九三. 伏戎於莽.升其高陵.三歲不興.
〔戎(つわもの)を莽(くさむら)に伏せ、その高陵に升(のぼ)る。三歳まで興らず。〕

  象曰.伏戎於莽.敵剛也.三歲不興.安行也.
  〔象に曰く、戎を莽に伏すとは、敵の剛なればなり。三歳まで興らずとは、安(いづく)んぞ行われんや。〕
●九三は陽剛ながら中位に居らず、粗暴であり、六二の陰と和同せんことを狙い、六二の正応たる九五を敵にまわして争うの象。伏兵を莽(くさむら)にひそませ、高い丘陵に登って敵の情勢を探るが、敵は強くして三年兵を興すことができない。
九四. 乘其墉.弗克攻.吉.
〔その墉(かき)に乗るも、攻むる克(あた)わず。吉。〕

  象曰.乘其墉.義弗克也.其吉.則困而反則也.
  〔象に曰く、その墉に乗るとは、義として克わざればなり。その吉なるは、則ち困(くる)しみて則(のり)に反(かえ)ればなり。〕
●九四は不中不正の陽剛であり、その志は九三と同じだが、柔位に在って六二の比、応でないの象。一度は城の墉(かき)に乗って、相手(九五)を攻めようとするが、攻めることができないと知り、自ら反省して正道に復するが故に、吉。
九五. 同人先號咷而後笑.大師克相遇.
〔人に同ずるに先には號咷(ごうとう)して、後には笑う。大師克(か)ちて相遇う。〕

  象曰.同人之先.以中直也.大師相遇.言相剋也.
  〔象に曰く、人に同ずるの先とは、中直なるを以ってなり。大師相遇うとは、相克つことを言うなり。〕
●九五は陽剛中正、正応の六二と和同しようとするも、九三、九四に邪魔立てされるの象。人に和同しようとして先には号(な)き咷(さけ)ぶも、後には笑うに譬え、九五の大師(大軍)が勝利して、六二に相和同するに象る。
上九. 同人於郊.無悔.
〔人に同ずるに郊に於いてす。悔い無し。〕
  象曰.同人於郊.志未得也

  〔象に曰く、人に同ずるに郊に於いてすとは、志の未だ得ざるなり。〕
●上九は陽剛居極、故に人に和同しようとしても、遠くの郊外にいるようなもので相手が無い象。相手が無いので和同できないが、また悔も無い。
  

大有(14)




大有(たいゆう)
乾下離上
火天大有

大有.元亨.
〔大有は、元(おお)いに亨(とお)る。〕


  彖曰.大有.柔得尊位大中.而上下應之曰大有.其德剛健而文明.應乎天而時行.是以元亨.
  〔彖に曰く、大有は柔、尊位を大中に得て、上下、之(これ)に応ずるを、大有と曰う。その徳は剛健にして文明、天に応じて時に行う。ここを以って元いに亨る。〕
  
  像曰.火在天上.大有.君子以遏惡揚善.順天休命.
  〔像に曰く、火の天上に在るは大有なり。君子は以って悪を遏(とど)め善を揚げて、天の休(おお)いなる命に順ず。〕
  
●大有は大いに所有するの義。包み容(い)れて豊かに富むの意。乾下離上、天上に火あり、太陽が遍く四方を照らすの象。一陰五陽で、一陰の六五が君位に居り、五陽がこれに応ずる卦形である。陽を大とし、陰を小とするに、六五の一陰が尊位に在って、五陽の帰する所となっているので、有する所大なりの意を以って、大有と名づける。●六五柔順の君主が衆陽を率い、一君が万民を所有するに象(かたど)る、故に願いは通ると言うのである。
初九. 無交害.匪咎.艱則無咎.
〔害に交わること無し。咎に匪(あら)ず。艱(なや)めば則ち咎無し。〕

  象曰.大有初九.無交害也.
  〔象に曰く、大有の初九は害に交わること無きなり。〕
●初九は陽剛居下、大有(大いに所有する)の初であるが、卑下の位に在って上に応爻も無いので、未だ奢侈(しゃし)の害に交わることが無く、咎められないの象。艱難辛苦して苦労するのであるから、当然咎は無い。
九二. 大車以載.有攸往.無咎.
〔大車以って載す。往く攸(ところ)有り。咎無し。〕

  象曰.大車以載.積中不敗也.
  〔象に曰く、大車以って載すとは、中に積みて敗れざるなり。〕
●九二は陽剛居中、六五の柔中が応ずるので、大車に荷物を満載するの象。君主から大任を託されるに相応しく、進んで事に当たっても咎は無い。
九三. 公用亨於天子.小人弗克.
〔公(きみ)用って天子に亨(きょう)せらる。小人は克(あた)わず。〕

  象曰.公用亨於天子.小人害也.
  〔象に曰く、公用って天子に亨せらるとは、小人は害あるなり。〕
●九三は陽剛居正、公侯の位に在り、六五柔中の君主から饗応される象。小人ではこの位に堪えられない。
九四. 匪其彭.無咎.
〔その彭(さかん)なるに匪ず。咎無し。〕

  象曰.匪其彭無咎.明辨晢也.
  〔象に曰く、その彭なるに匪ず、咎無しとは、明辨(めいべん)にして晢(あきら)かなればなり。〕
●九四は陽剛で六五の君主に近いが、陰の位(四)に居るが故に、自己を抑制して僭上の振舞いを避けるの象。権勢を極めるような事をしなければ、咎は無い。咎の無いのは弁が立って明らかだからである。
六五. 厥孚交如.威如.吉.
〔厥(そ)の孚(まこと)は、交如(こうじょ)たり。威如(いじょ)たりて、吉。〕

  象曰.厥孚交如.信以發志也.威如之吉.易而無備也.
  〔象に曰く、厥の孚ありて交如たりとは、信以って志を発するなり。威如たるの吉とは、易(あなど)りて備え無ければなり。〕
●六五は柔中の尊位に在り、大有の卦主として九二の陽剛を正応に持ち、群陽の心服を得て、君臣の間に誠意が相交じりあうの象。但だ威厳が無くてはならない。威厳が無ければ与(くみ)し易しと侮られて備えがおろそかになる。威厳があれば吉。
上九. 自天祐之.吉無不利.
〔天自(よ)り之を佑(たす)く。吉にして利(よろ)しからざる無し。〕

  象曰.大有上吉.自天祐也.
  〔象に曰く、大有の上吉なるは、天自り祐くればなり。〕
●上九は陽剛卦極、しかも卦中の独陰たる六五の君主に対する随順の心を失わないが故に、自ら天もこれを助けるの象。吉であり、よろしくないところが無い。
  

(15)




謙(けん)
艮下坤上
地山謙

謙.亨.君子有終.
〔謙は亨(とお)る。君子は終有り。〕

  
  彖曰.謙亨.天道下濟而光明.地道卑而上行.天道虧盈而益謙.地道變盈而流謙.鬼神害盈而福謙人道惡盈而好謙.謙尊而光.卑而不可踰.君子之終也.
  〔彖に曰く、謙は亨る。天道は下に済(わた)りて光明あり。地道は卑(ひく)くしくして上に行く。天道は盈(えい)を虧(か)きて謙に益し、地道は盈を変じて謙に流(し)く。鬼神は盈を害して謙に福(さいわい)し、人道は盈を悪みて、謙を好む。謙は尊にして光(おお)いなり、卑くして踰ゆべからず。君子の終なり。〕
  
  像曰.地中有山.謙.君子以裒多益寡.稱物平施.
  〔像に曰く、地中に山有るは、謙なり。君子以って多きを裒(へら)し、寡(すくな)きを益し、物を称(はか)りて、施しを平らかにす。〕
  
●謙は謙譲、謙遜、謙虚、へりくだるの義。艮上坤下、坤の地中に艮の山在るの象。地は低く下に在り、山は高大なるべきを、地の下に山在るの象は謙譲を示す。その卦徳は艮止、坤順で、内に止まって外に順の義であり。その卦体は一陽五陰、九三の一陽が成卦の主である。凡そ人に謙遜の徳有れば、願いは通ずる。君子ならば有終を飾ることができよう。天道(艮九三)は下りて成育し、地道(坤)はもと低くして上り行き、謙順を以って上を奉ずる。天道(天行)は満ちれば欠け、謙譲するものには益する。地道は満ちれば傾き変じて、謙譲する者に行き渡る。鬼神は満ちた者に害して、謙譲する者に福を授ける。人道は満ちた者を憎んで、謙譲する者を好む。謙の徳は尊くして光大であり、低いのに越えられない。君子たるもの終にはこうあるべきである。
初六. 謙謙君子.用涉大川.吉.
〔謙謙たる君子は、用って大川を渉る。吉〕

  象曰.謙謙君子.卑以自牧也.
  〔象に曰く、謙謙たる君子とは、卑くして以って自ら牧(やしな)うなり。〕
●初六は柔順居初、謙道の至り、謙遜な上にも謙遜ならば君子と言うべきであろう。大川を渉るような大事を敢行することもでき、吉である。
六二. 鳴謙.貞吉.
〔謙を鳴らす。貞(ただ)しくして吉。〕

  象曰.鳴謙貞吉.中心得也.
  〔象に曰く、謙を鳴らすに貞しければ吉とは、中心より得ればなり。〕
●六二は柔順中正、謙徳を以って鳴る。即ち中心の謙徳が満ち溢れて声音顔色にまで現われるの象。貞正であり、吉である。
九三. 勞謙君子.有終吉.
〔謙に労(つと)むる君子に終有り。吉〕

  象曰.勞謙君子.萬民服也.
  〔象に曰く、謙に労むる君子は、万民服するなり。〕
●九三は卦中の独陽でしかも居正、衆陰の心服を得て、功績が有りながら謙遜な君子の象。有終を飾るにより、吉。
六四. 無不利撝謙.
〔謙を撝(ふる)うに利(よろ)しからざる無し。〕

  象曰.無不利撝謙.不違則也.
  〔象に曰く、謙を撝うに利しからざる無しとは、則に違わざればなり。〕
●六四は柔順居正、上は六五の君位に近く、下は労謙する君子に接する位に在り、常に謙徳を持し、在下の謙徳有る賢者を差し招きて事に当たるの象。利しからざるはずが無い。
六五. 不富以其鄰.利用侵伐.無不利.
〔富まずして、その鄰と以(とも)にす。用って侵伐するに利(よろ)し。利しからざる無し。〕

  象曰.利用侵伐.征不服也.
  〔象に曰く、用って侵伐するに利しとは、服せざるを征するなり。〕
●六五は柔順居尊、謙徳の君主が自ら富まず、その隣人に分ち与えるの象。当然万民の心服を得るが、もし服せざる者有るときは、これを侵し伐ってもよろしい。何事につけよろしからざるはずがない。
上六. 鳴謙.利用行師.征邑國.
〔謙を鳴らし、用って師(いくさ)を行(や)り、邑国(ゆうこく)を征するに利し。〕

  象曰.鳴謙.志未得也.可用行師.征邑國也.
  〔象に曰く、謙を鳴らすとは、志未だ得ざるなり。用って師を行り、邑国を征すべきなり。〕
●上六は陰柔居極、謙徳を以って鳴ることは六二と同じながら、卦極の高い地位に居るにより、その志を十分に遂げ得られない象。たとい軍隊を動かしても、せいぜい自国内で征伐するぐらいがよろしい。
  

豫(16)




豫(よ)
坤下震上
雷地豫

豫.利建侯行師.
〔豫は、侯(きみ)を建て師(いくさ)を行(や)るに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.豫.剛應而志行.順以動.豫.豫順以動.故天地如之.而況建侯行師乎.天地以順動.故日月不過.而四時不忒.聖人以順動.則刑罰清而民服.豫之時義大矣哉.
  〔彖に曰く、豫は剛応じて志の行わるるなり。順にして以って動くは豫なり。豫は順にして以って動く、故に天地も之(かく)の如し。而れば況んや侯を建て師を行るをや。天地は順を以って動く、故に日月は過(あやま)たずして、四時に忒(たが)わず。聖人は順を以って動けば、則ち刑罰清くして、民服す。豫の時は、義の大なるかな。〕
  
  像曰.雷出地奮.豫.先王以作樂崇德.殷薦之上帝.以配祖考.
  〔像に曰く、雷、地を出でて奮うは、豫なり。先王は以って楽を作り、徳を崇(たっと)び、殷(さかん)に之を上帝に薦めて、以って祖考に配す。〕
  
●豫は逸楽、悦楽の義。坤下震上、一陽五陰で九四の一陽を成卦の主とし、上下の五陰がこれに応ずるの象。その卦徳は坤順、雷動が和順して以って動くのが、豫(よ、悦楽)の義である。故に軍隊を動かせば、士卒が悦服してよろしい。豫は剛(九四)が悦んで応ずるにより、王(六五)の志が行われる。順ずる者によって動かされるのが豫である。豫は順ずる者によって動かされるが故に、天地の法則に準ずる。当然、諸侯を建てて、軍を行かせるのも、これに準ずる。天地は順ずる者によって動くが故に、日月が誤って運行することはなく、四季を違えないのである。聖人は、順ずる者によって動くので、刑罰は清く、民は心服するのである。豫の時とは、その意味はとてつもなく大きい。
初六. 鳴豫.凶.
〔鳴豫(めいよ)す、凶。〕

  象曰.初六鳴豫.志窮凶也.
  〔象に曰く、初六に鳴豫すとは、志窮まりて凶なり。〕
●初六は陰柔不中不正の身でありながら卦主たる九四の応を得て気が驕って逸楽し懈怠して、心中の悦びが声音容貌に現われるに至る。凶。
六二. 介於石.不終日.貞吉.
〔石より介(かた)くして、日を終えず。貞(ただ)しくして吉。〕

  象曰.不終日貞吉.以中正也.
  〔象に曰く、日を終えずして貞しければ吉とは、中正なるを以ってなり。〕
●六二は柔順中正、独り堅固に石のような節操を持し、逸楽懈怠に日を終えることをしないの象。貞正であり吉。
六三. 盱豫悔.遲有悔.
〔盱豫(くよ)す。悔ゆ。遅くして悔有り。〕

  象曰.盱豫有悔.位不當也.
  〔象に曰く、盱豫の悔有るは、位の当たらざればなり。〕
●六三は初六に同じく陰柔不中不正、卦主たる九四を盱(く、目を見張って視る)して諂(へつら)い楽しむの象。悔いるべきである。遅くなれば本当に悔が有ろう。
九四. 由豫.大有得.勿疑朋盍簪.
〔由豫(ゆうよ)す、大いに得る有り。疑う勿かれ。朋の盍(あ、合)うこと簪(すみやか、疾)ならん。〕

  象曰.由豫大有得.志大行也.
  〔象に曰く、由豫す、大いに得る有りとは、志の大いに行わるるなり。〕
●九四は卦中の独陽、豫卦の主であり、衆陰は皆この人に由って楽しむので、大いに得る所の有る象。人を疑ってはならない。そうすれば朋友が速かに集って助けてくれるだろう。
六五. 貞疾.恆不死.
〔貞しけれど疾む。恒(つね)に死せず。〕
  象曰.六五.貞疾.乘剛也.恆不死.中未亡也.
  〔象に曰く、六五の貞疾とは剛に乗ずればなり。恒に死せずとは、中の未だ亡びざればなり。〕
●六五は陰柔居尊、しかも九四の剛の上に在り、楽しみに溺れたるの象。貞正であっても疾むようなもので、健全とは言いがたいが常に死ぬほどではない。
上六. 冥豫成.有渝無咎.
〔冥豫(めいよ)す。成れども渝(か)うること有れば咎無し。〕

  象曰.冥豫在上.何可長也.
  〔象に曰く、冥豫して上に在り、何んが長かるべけんや。〕
●上六は卦極の陰柔、冥(昏迷)して逸楽に溺れたるの象。耽溺が成った状態であるが、悔い改めて変わることが有れば咎は無い。
  

(17)




随(ずい)
震下兌上
沢雷随

隨.元亨利貞.無咎.
〔随は元(おお)いに亨(とお)りて貞(ただ)しきに利(よろ)し。咎(とが)無し。〕

  
  彖曰.隨.剛來而下柔.動而說.隨.大亨貞無咎.而天下隨時.隨時之義大矣哉.
  〔彖に曰く、随は剛来たりて柔に下る。動きて説(よろこ)ぶは随なり。大いに亨り、貞しきに咎無くして、天下、時に随う。時に随うの義の大なるかな。〕
  
  像曰.澤中有雷.隨君子以嚮晦入宴息.
  〔像に曰く、沢中に雷有るは随なり。君子以って晦(くら)きに嚮(むか)い、入りて宴息す。〕
  
●随は随従、従うの義。震下兌上、その中、下卦震の主は初九、上卦兌の主は上六で、剛爻が柔爻に下るの象。その卦徳よれば震動、兌説(悦)で動いて悦ぶの義。その卦象よりすれば兌沢、震雷で沢中に雷が伏蔵するの象。又随は随従の意、兌の少女を以って、震の長男に随うの象。事を行うに当たって、人の悦服随従を得れば、大いに願いが通る。但だ貞正であるのがよいのは言うまでもない。随は剛(乾上九)が内卦に来て、柔(坤初六)に下り居るものである。その卦徳は動(震)いて悦(兌)び従うのが随の義である。従って物事は大いに通るが、貞正にして咎の無いようにすべきである。天下でさえ時に随う。君子も時には随わなくてはならない。時に随うの意味はとても大きい。
初九. 官有渝.貞吉.出門交有功.
〔官、渝(かわ)ること有り。貞しければ吉。門を出でて交われば功有り。〕

  象曰.官有渝.從正吉也.出門交有功.不失也.
  〔象に曰く、官、渝ること有りとは、正に従えば吉なり。門を出でて交われば功有りとは、失わざるなり。〕
●初九は居正無応、時に随って一事にとらわれないの象。譬えば官(職掌)が時に変わるのと同じである。どう変わっても貞正ならば吉。門を出て他人と交われば成功することも有ろう。
六二. 係小子.失丈夫.
〔小子に係りて、丈夫を失う。〕

  象曰.係小子.弗兼與也.
  〔象に曰く、小子に係るとは、兼ねて与(くみ)せざるなり。〕
●六二は陰柔中正、初九に比し、九五に正応の有る象。その正応を捨てて、小子(初九)に係属するので、丈夫(九五)を失うことになる。
六三. 係丈夫.失小子.隨有求得.利居貞.
〔丈夫に係りて、小子を失う。随いて求むること有れば得。貞しきに居るに利(よろ)し。〕

  象曰.係丈夫.志舍下也.
  〔象に曰く、丈夫に係るとは、志を下に舎(す)つるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、近くの丈夫(九四)に係属して、小子(初九)を失うの象。丈夫に随えば求める物を得られるが、貞正を守らなければならない。
九四. 隨有獲.貞凶.有孚在道.以明.何咎.
〔随いて獲(う)ること有り。貞しけれども凶。孚(まこと)有りて道に在り、以って明らかならば、何の咎か有らん。〕

  象曰.隨有獲.其義凶也.有孚在道.明功也
  〔象に曰く、随いて獲ること有りとは、その義の凶なるなり。孚有りて道に在りとは、明の功なり。〕
●九四は陽剛不中不正、九五の君位に近く、六三の求めに応じて随えば、その随従を得てその勢いは九五を陵ぐほどになり、疑いを得て貞正を保つも凶である。但だ誠信が有って正道に在れば、剛明の徳に処するを以って上を安んじ、下を随わしめて、何の咎も無いであろう。
九五. 孚於嘉.吉.
〔嘉(よろこび)に孚あり、吉。〕

  象曰.孚於嘉吉.位正中也.
  〔象に曰く、嘉に孚あり、吉とは、位正中なればなり。〕
●九五は陽剛中正、六二の正応を持ち、譬えば明君が従順な賢臣を重用するような嘉には誠が有るの象。吉。
上六. 拘係之乃從.維之.王用亨於西山.
〔之(これ)に拘係(こうけい)し、乃(すなわ)ち従いて之を維(つな)ぐ。王用って西山に亨(きょう)す。〕

  象曰.拘係之.上窮也.
  〔象に曰く、之に拘係すとは、上窮まればなり。〕
●上六は陰柔にして随道の極、上が無いのであるから九五の陽剛に係属するよりない。故に九五はこれに随って上六を固く繋ぎ止めるの象。周の聖王はこのようにして西山(岐山の神)を祭ることにより、願いが通じたのである。
  

(18)




蠱(こ)
巽下艮上
山風蠱

蠱.元亨.利涉大川.先甲三日.後甲三日.
〔蠱は元(おお)いに亨(とお)る。大川を渉るに利(よろ)し。甲に先だつこと三日、甲に後(おく)るること三日。〕

  
  彖曰.蠱.剛上而柔下.巽而止.蠱.蠱元亨而天下治也.利涉大川.往有事也.先甲三日.後甲三日.終則有始.天行也.
  〔彖に曰く、蠱は、剛上りて柔下る。巽(したが)いて止まるは、蠱なり。蠱は元いに亨りて、天下治まるなり。大川を渉るに利しとは、往きて事有るなり。甲に先だつこと三日、甲に後るること三日とは、終れば則ち始め有るは、天行なり。〕
  
  像曰.山下有風.蠱.君子以振民育德.
  〔像に曰く、山の下に風有るは、蠱なり。君子以って民を振(すく)い、徳を育(やしな)う。〕
  
●蠱は皿の上に虫湧く、壊乱腐敗の義、引いては惑う、惑わす、女が男を惑わすの義。壊乱すること、及び壊乱したものを改めて造るの二義あり。蠱の卦象は巽風が艮山の下に吹き荒れるが故に物は皆壊乱するのである。又艮剛は巽柔の上に居り、上下交わらず、剛なるものは止まりてなおざりであり、柔なるものは順いて敢て事をなさず、蠱壊する所以である。又蠱は壊乱、惑乱を意味するが、またそれを治める事をも意味し、事有り、為す有るの義(仕事、事業の意)ともなる。これに由って万事は大いに通ずる。事あるの時は、勇敢に往きて険難を克服すべきであり、大川を渉るが如くするがよろしい。事あるの日は、十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)甲の日に先だつこと三日(辛の日)、後(おく)れること三日(丁の日)であれば、吉。辛は新に通じ、丁は丁寧の意なるが故に。蠱は、剛爻が上に在り、柔爻は下に在り、剛柔は交わらず、上下隔絶して事は壊乱するに至る。しかしその卦徳によれば、巽順に艮止で、巽順の道を以って、壊乱を治め止めるの意となる。蠱はその壊乱を止めて治めるにより、大いに通り、天下は治まる。大川を渉るによろしいとは、勇気を振るって事に当たり、難事を克服するのがよろしいの意であり、丁寧に新しい事に当たれというのは、終れば必ず始まりが有るのであり、これが天の行いだからである。
初六. 幹父之蠱.有子.考無咎.厲終吉.
〔父の蠱(やぶれ)を幹(ただ)す。子有れば考(ちち)に咎無し。厲(あやう)けれども終には吉。〕

  象曰.幹父之蠱.意承考也.
  〔象に曰く、父の蠱を幹すとは、意(こころ)、考に承くるなり。〕
●初六は卦の初、成卦の主、柔順なる子が父の蠱(壊乱した事業)を正すの象。それに堪えうる子が有れば、考(こう、死んだ父)が咎を受けることは無い。危ういが終には吉。
九二. 幹母之蠱.不可貞.
〔母の蠱を幹す。貞(ただ)しかるべからず。〕

  象曰.幹母之蠱.得中道也.
  〔象に曰く、母の蠱を幹すとは、中道を得るなり。〕
●九二は剛中、六五の柔中に応ずる。剛直の子が従順な母の失敗を正すの象。母の事であるが故に巽順であるべきで、貞正に過ぎるのはよくない。
九三. 幹父之蠱.小有悔.無大咎.
〔父の蠱を幹す。小しく悔有りて、大なる咎無し。〕

  象曰.幹父之蠱.終無咎也.
  〔象に曰く、父の蠱を幹すとは、終に咎無きなり。〕
●九三は剛爻剛位、不中過剛の象。父の蠱(事業)を正すべきであるが、剛直に過ぎるので、小しく悔が有るが、大きな咎は無い。
六四. 裕父之蠱.往見吝.
〔父の蠱を裕(ゆる)やかにす。往けば吝を見る。〕

  象曰.裕父之蠱.往未得也.
  〔象に曰く、父の蠱を裕やかにすとは、往くも未だ得ざるなり。〕
●六四は陰柔居陰、位は正であるが応が無く、父の蠱を正すには柔順に過ぎるの象。父の蠱を正し得ず、傍観するばかりであるが、強いて行っても、うまく行かないことが現われるばかりである。
六五. 幹父之蠱.用譽.
〔父の蠱を幹す。用って誉れあり。〕

  象曰.幹父用譽.承以德也.
  〔象に曰く、父を幹し、用って誉れありとは、承くるに徳を以ってすればなり。〕
●六五は柔中居尊、九二の陽剛正応の助けを得て、父の蠱(事業)を正すの象。柔中(六五)の徳により誉が有る。
上九. 不事王侯.高尚其事.
〔王侯に事(つか)えず、その事を高尚にす。〕

  象曰.不事王侯.志可則也.
  〔象に曰く、王侯に事えずとは、志は則(のっと)るべきなり。〕
●上九は陽剛居極無応、剛毅独高の隠者の象。もう王侯に仕えることもなく、専ら己の志操を高潔にする。
  

(19)




臨(りん)
兌下坤上
地沢臨

臨.元亨.利貞.至於八月有凶.
〔臨は、元(おお)いに亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。八月に至って凶有り。〕

  
  彖曰.臨.剛浸而長.說而順.剛中而應.大亨以正.天之道也.至於八月有凶.消不久也.
  〔彖に曰く、臨は、剛浸(ようや)くにして長じ、説(よろこ)んで順い、剛中にして応ず。大に亨りて以って正しきは、天の道なり。八月に至りて凶有りとは、消すること久しからざるなり。〕
 
  像曰.澤上有地.臨.君子以教思無窮.容保民無疆.
  〔像に曰く、沢の上に地有るは、臨なり。君子以って教え思うこと窮まり無く、民を容(い)れ保(やす)んずること疆(かぎ)り無し。〕
  
●臨は盛大、また盛大ならんとするに臨(のぞ)むの義。上下相親しんで臨むの意。兌下坤上の卦、二陽長大して漸く盛大ならんとするの象。復(震下☳坤上☷)に一陽来復して臨(兌下☱坤上☷)に二陽盛大となり、四陰に臨んで逼り凌(しの)がんとする勢いを示す。卦象によれば地坤が沢兌上に在り、河岸が水沢に臨むに象(かたど)る。人に臨むに道を以ってすれば願いは大いに通るが、貞正を保つのがよろしい。臨は二陽盛大の十二月の卦であるが、八月の卦は陰気長じて陽気を窮迫する観(坤下☷巽上☴)であり、凶である。
初九. 鹹臨.貞吉.
〔鹹(から)くして臨む。貞しくして吉。〕

  象曰.鹹臨貞吉.志行正也.
  〔象に曰く、鹹くして臨む、貞しくして吉とは、志、正を行えばなり。〕
●初九は陽剛居正、六四に正応がある。上に感じて進み長じ、上は下に応じて臨む、鹹厳を以って臨むの象。貞正であり、吉。
九二. 鹹臨.吉無不利.
〔鹹くして臨む。吉にして利しからざる無し。〕

  象曰.鹹臨吉無不利.未順命也.
  〔象に曰く、鹹くして臨む、吉にして利しからざる無しとは、未だ命に順わざるなり。〕
●九二は剛陽居中、二陽上進の主、六五の柔中尊位に正応があり、初九と同じく鹹厳を以って臨むの象。諸事吉であり、よろしくないものは無い。
六三. 甘臨.無攸利.既憂之.無咎.
〔甘くして臨む。利しき攸(ところ)無し。既に之(これ)を憂うれば、咎(とが)無し。〕

  象曰.甘臨.位不當也.既憂之.咎不長也.
  〔象に曰く、甘くして臨むとは、位当たらざればなり。既に之を憂うとは、咎の長からざるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、二陽の上に乗じ、下卦兌悦の上に居る。甘悦を以って人に臨むの象。何もよいところが無いが、その危うきを悟り、憂え改めて臨めば、咎は無い。
六四. 至臨.無咎.
〔至りて臨む。咎無し。〕

  象曰.至臨無咎.位當也.
  〔象に曰く、至りて臨む、咎無しとは、位当たればなり。〕
●六四は柔順得正、上下の際に居り、位正しくして初九に正応がある。上下相親しむの至りで、至臨の象である。咎は無い。
六五. 知臨.大君之宜.吉.
〔知りて臨む。大君の宜(よろ)しきなり。吉。〕

  象曰.大君之宜.行中之謂也.
  〔象に曰く、大君の宜しきとは、中を行うの謂なり。〕
●六五は柔順居中の尊位に在り、下の九二の剛中に正応する。剛中に任せることを知り、人に臨むの象。大君の宜しく取るべき態度である。吉。
上六. 敦臨吉.無咎.
〔敦(あつ)くして臨む。吉にして咎無し。〕

  象曰.敦臨之吉.志在內也.
  〔象に曰く、敦くして臨むの吉とは、志内に在ればなり。〕
●上六は柔順居極、その体は坤順であるが故に、敦厚(とんこう、誠が厚い)の態度で人に臨む象。吉であり、咎は無い。
  

(20)




観(かん)
坤下巽上
風地観

觀.盥而不薦.有孚顒若.
〔観は、盥(てあらい)して薦(すす)めず。孚(まこと)有りて、顒若(ぎょうじゃく)たり。〕

  
  彖曰.大觀在上.順而巽.中正以觀天下.觀盥而不薦.有孚顒若.下觀而化也.觀天之神道.而四時不忒.聖人以神道設教.而天下服矣.
  〔彖に曰く、大観上に在り、順にして巽、中正にして以って天下に観(しめ)す。観は盥して薦めず、孚有りて顒若たりとは、下観て化するなり。天の神道を観るに、四時忒(たが)わず。聖人は神道を以って教を設けて、天下服すなり。〕
  
  像曰.風行地上.觀.先王以省方觀民設教.
  〔像に曰く、風の地上を行くは、観なり。先王以って方を省み、民を観て教を設く。〕
  
  ●観は示して、それを観るの義。王者は徳を示して、庶民がそれを観るの意。坤下巽上の卦、その卦体は二陽が上に在り、四陰が下に在る。二陽が上より下に示し、四陰が下より上を仰ぎ観るの象。特に九五は陽剛中正にして尊位に在り、その中正の徳を以って下に観示し、下四陰は皆これを仰観する。その卦徳は下坤順、上巽入で、下は柔順に仰ぎ観て、上は中正の徳を示して民心に入り、巽順と相観て感ずるのが、観である。又巽風、坤地の象によれば、風が地上を吹き、その恩沢は遍く諸物に及ぶ。譬えば天子が四方を巡視して民俗を周観すると共に、万民はそれを仰ぎ観るの象。それは宗廟を祀るに当たり盥(たらい)で手を洗い清めて、未だ供え物を薦(すす、獻上)めない時の誠意が有って顒若(ぎょうじゃく、敬って仰ぎ観るさま)たる態度に示される。
初六. 童觀.小人無咎.君子吝.
〔童観る。小人に咎(とが)無し。君子は吝なり。〕

  象曰.初六童觀.小人道也.
  〔象に曰く、初六の童観とは、小人の道なり。〕
●初六は陰柔居下、不正であり、童が仰ぎ観るように物事を観る。小人ならば咎は無いが、君子ならばうまく行かず、羞(は)じることになろう。。
六二. 闚觀.利女貞.
〔闚(うかが)いて観る。女の貞に利(よろ)し。〕

  象曰.闚觀女貞.亦可醜也.
  〔象に曰く、闚い観る女の貞とは、また醜(は)づべきなり。〕
●六二は陰柔中正、門の隙間から外を闚(うかが)い覗くように観る。女ならば貞正を守ってよろしいが、君子ならばまた恥ずかしいことである。
六三. 觀我生進退.
〔我が生を観て、進退す。〕

  象曰.觀我生進退.未失道也.
  〔象に曰く、我が生を観て進退すとは、未だ道を失わざるなり。〕
●六三は陰柔不正、上下の際に居り、時に従って進退するの象。自ら生活を観察して進退すべし。
六四. 觀國之光.利用賓於王.
〔国の光を観る。用って王に賓たるに利し。〕

  象曰.觀國之光.尚賓也.
  〔象に曰く、国の光を観るとは、賓を尚(たっと)ぶなり。〕
●六四は柔順正位に在りて九五の君位に接近する。大観する君を仰ぎ観て、国の威光を観るの象。その態度を以って、国王より賓客のように遇せられるだろう。
九五. 觀我生.君子無咎.
〔我が生を観る。君子に咎無し。〕

  象曰.觀我生.觀民也.
  〔象に曰く、我が生を観るとは、民を観るなり。〕
●九五は陽剛中正、尊位に在って自ら大観すべき者であり、在下の者に仰ぎ観られるの象。自ら反って生活を観察すれば、君子として咎は無い。
上九. 觀其生.君子無咎.
〔その生を観る。君子に咎無し。〕

  象曰.觀其生.志未平也.
  〔象に曰く、その生を観るとは、志の未だ平らかならざるなり。〕
●上九は陽剛居極、九五の上無位に在り、事に任ずる者ではないが、下四陰に仰ぎ観られるの象。上九に心を安んぜず、自ら生活を観察すれば君子として咎は無い。
  

噬嗑(21)




噬嗑(ぜいこう)
震下離上
火雷噬嗑

噬嗑.亨.利用獄.
〔噬嗑は、亨(とお)る。獄を用うるに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.頤中有物.曰噬嗑.噬嗑而亨.剛柔分動而明.雷電合而章.柔得中而上行.雖不當位.利用獄也.
  〔彖に曰く、頤(あご)の中に物有るを噬嗑と曰う。噬(か)み嗑(あ)わせて亨る。剛柔分かれ、動きて明らかに、雷電合して章(あき)らかなり。柔は中を得て上に行く。位に当たらずと雖も、獄を用うるに利しきなり。〕
  
  像曰.雷電.噬嗑.先王以明罰敕法.
  〔像に曰く、雷電は噬嗑なり。先王用って罰を明らかにし、法を敕(ととの)う。〕
  
●噬嗑は噬(か)み合わすの義。頤(い、震下☳艮上☶)は頤(おとがい)で上顎と下顎との中空、口を大きく開けた象であるに対し、噬嗑はその口中に物の有る象であり、上下の顎を噬み合せて物を噛み砕くを意味する。譬えば人事に即して言えば、良民の障害たる奸悪の人を法に照らして処刑除去し、善人の和合亨通(こうつう、願いが通ること)を得させるの謂である。故に噬嗑は願いが通り、獄を用いて悪人を裁くによろしい。
初九. 屨校滅趾.無咎.
〔校(あしかせ)を屨(は)いて趾(あし)を滅(やぶ)る。咎(とが)無し。〕

  象曰.屨校滅趾.不行也.
  〔象に曰く、校を屨いて趾を滅るとは、行かざるなり。〕
●初九は卦の初、無位の地に居り、初めて刑獄を受けるの象。その罪は未だ軽微なるが故に、校(あしかせ)を履いて趾(足)を傷つけるぐらいであり、それ以上の咎は無い。
六二. 噬膚滅鼻.無咎.
〔膚(ふ)を噬(か)みて鼻を滅る。咎無し。〕

  象曰.噬膚滅鼻.乘剛也.
  〔象に曰く、膚を噬み鼻を滅るとは、剛に乗ればなり。〕
●六二は柔順中正、治獄(ちごく)の小吏(しょうり)であるが、その行う所は中正であるの象。譬えば膚(ふ、小さく切った肉)を噬むように、容易であるが初九の剛に乗ずるが故に、時に鼻に傷をつけるぐらいの事は有る。咎は無い。
六三. 噬腊肉.遇毒.小吝無咎.
〔腊肉(せきにく)を噬み、毒に遇う。小(すこ)しく吝なれども咎無し。〕

  象曰.遇毒.位不當也.
  〔象に曰く、毒に遇うとは、位の当たらざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正で陽位に在る。治獄の小吏であるが、罪人を屈服させがたいの象。譬えば腊肉(せきにく、干し肉の小片)を噬むように噛みごたえがあり、陽位に在るが故に毒に遇うこともある。小しうまく行かないが咎は無い。
九四. 噬乾胏.得金矢.利艱貞吉.
〔乾胏(かんし)を噬みて、金矢(きんし)を得。艱(くる)しみて貞なるに利し。吉。〕

  象曰.利艱貞吉.未光也.
  〔象に曰く、艱しみて貞なるに利し、吉とは、未だ光(おお)いならざるなり。〕
●九四は陽剛で陰柔の位に在りながらも、君位に近く、剛直の徳を以って刑罰に道を得たるの象。譬えば乾胏(かんし、骨付きの乾肉)を噬むように容易ではないが、金矢(きんし、三十斤の黄金と百本束ねた矢、訴訟の保証金に充てる)を得ることもある。艱難辛苦しながらも貞正であるのがよろしい。吉。
六五. 噬乾肉.得黃金.貞厲無咎.
〔乾肉を噬みて、黄金を得。貞(ただ)しくして厲(あやう)けれど咎無し。〕

  象曰.貞厲無咎.得當也.
  〔象に曰く、貞しくして厲けれど咎無しとは、当を得たればなり。〕
●六五は柔順居中、尊位に在って治獄の判事たるの象。容易ならざることは乾肉を噬むほどで乾胏を噬むほどではないが、時には黄金を得ることもある。地位を危ぶんで貞正を守れば咎は無い。
上九. 何校滅耳.凶.
〔校(くびかせ)を何(にな)いて耳を滅る。凶。〕

  象曰.何校滅耳.聰不明也.
  〔象に曰く、校を何いて耳を滅るとは、聡なるも明ならざるなり。〕
●上九は卦極過剛、罪重くして改めようとせず、重罰を蒙るの象。校(くびかせ)を荷って耳を傷つけるように、凶である。
  

(22)




賁(ひ)
離下艮上
山火賁

賁.亨.小利有攸往.
〔賁は、亨(とお)る。小(すこ)しく往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.賁亨.柔來而文剛.故亨.分剛上而文柔.故小利有攸往.天文也.文明以止.人文也.觀乎天文.以察時變.觀乎人文.以化成天下.
  〔彖に曰く、賁は亨るとは、柔来たりて剛を文(かざ)る。故に亨るなり。剛を分かちて上り、柔を文る。故に小しく往く攸有るに利しきなり。天の文なり。文明にして以って止まるは、人の文なり。天の文を観て、以って時の変を察し、人の文を観て、以って天下を化成す。〕
  
  像曰.山下有火.賁.君子以明庶政.無敢折獄.
  〔像に曰く、山下に火有るは、賁なり。君子は以って庶政を明らかにし、敢て獄を折(さだ)むること無し。〕
  
●賁は文飾(修飾)の義、離下艮上の卦、その卦体によれば、六二の柔来たりて剛を文(かざ)り、上九の剛来たりて柔を文るのが賁であり、願いの通る所以(ゆえん)である。離火が艮山の下に在り、離明、艮止で文明にして以って止まるのが賁である。文飾は過ぎてはよくなく、小し行う所有るのがよろしい。抑(そもそ)も陰陽剛柔が交錯するのは天文であり、文明(離)で宜しきに止まる(艮)のが人文である。従って天文を観察して四時の変化を明らかにし、人文を観察して天下の人々を教化育成すべきである。
初九. 賁其趾.捨車而徒.
〔その趾(あし)を賁(かざ)る。車を捨てて徒(かちあるき)す。〕

  象曰.捨車而徒.義弗乘也.
  〔象に曰く、車を捨てて徒すとは、義として乗らざるなり。〕
●初九は陽剛居下、貧賤に甘んじて、その行いを立派にするの象を、その足を飾って車を捨て、徒歩で行くことに譬える。車に乗らないのが道理である。
六二. 賁其須.
〔その須(ひげ)を賁る。〕

  象曰.賁其須.與上興也.
  〔象に曰く、その須を賁るとは、上と与(とも)に興るなり。〕
●六二は陰柔中正、正応を持たないので九三の陽剛に比親する象。九三の鬚を仮りて己を飾るに譬える。
九三. 賁如濡如.永貞吉.
〔賁如(ひじょ)たり、濡如(じゅじょ)たり。永く貞なれば吉。〕

  象曰.永貞之吉.終莫之陵也.
  〔象に曰く、永く貞なるの吉とは、終に之(これ)を陵(しの)ぐものの莫(な)きなり。〕
●九三は陽剛居正、文明の極であり、上下の二陰によって文飾されるの象。それを賁如(ひじょ、光彩あるさま)、濡如(じゅじょ、光沢あるさま)と表現する。永く貞正を保てば吉。
六四. 賁如皤如.白馬翰如.匪寇婚媾.
〔賁如たり、皤如(はじょ)たり、白馬翰如(かんじょ)たり。寇(あだ)するに匪(あら)ずして、婚媾せんとす。〕

  象曰.六四當位.疑也.匪寇婚媾.終無尤也.
  〔象に曰く、六四は位に当たりて疑うなり。寇するに匪ず婚媾せんとすとは、終に尤(とがめ)無きなり。〕
●六四は柔順居正、下に初九の正応が有り、又九三の陽剛に乗じ、下体の文飾を止めて上体の素飾に反らんとするの際に居る象。それは正応を求めて共に文飾せんとして賁如たるさまであり、九三の陽剛に隔てられて皤如(はじょ、白色無飾)として身を慎むさまでもある。しかし正応を求める心は白馬に乗って翰茹(かんじょ、疾走するさま)たるさまである。爻辞に敵ではない、結婚しようとするのだと言うのは、この謂(いい)である。
六五. 賁於丘園.束帛戔戔.吝.終吉.
〔丘園(きゅうえん)に賁る。束帛(そくはく)戔戔(せんせん)たり。吝なれども終に吉。〕

  象曰.六五之吉.有喜也.
  〔象に曰く、六五の吉は、喜有るなり。〕
●六五は柔順居中の尊位に在り、正応は無く上九の陽剛を承けるの象。この華美を願わざる態度を、丘園に飾る。束帛(そくはく、絹十端を一束としたもの、進物に用いる)戔戔(せんせん、軽少たるさま)たりと譬えて言う。けちくさくはあるが終には吉。
上九. 白賁.無咎.
〔白く賁る。咎無し。〕

  象曰.白賁無咎.上得志也.
  〔象に曰く、白く賁るに咎無しとは、上に志を得ればなり。〕
●上九は賁道の極、賁飾の極致は白(素)に反ることである。故に咎無し。
  

(23)




剥(はく)
坤下艮上
山地剥

剝.不利有攸往.
〔剥は、往く攸(ところ)有るに利(よろ)しからず。〕

  
  彖曰.剝.剝也.柔變剛也.不利有攸往.小人長也.順而止之.觀象也.君子尚消息盈虛.天行也.
  〔彖に曰く、剥は剥ぐなり。柔の剛を変ずるなり。往く攸有るに利しからずとは、小人の長ずるなり。順にして之(これ)を止むるは、象を観ればなり。君子にして尚お消息、盈虚(えいきょ)するは、天の行なり。〕
  
  像曰.山附於地.剝上以厚下安宅.
  〔像に曰く、山の地に附くなり。上を剥ぎ以って下を厚くして宅を安んず。〕
  
●剥は剥ぎ取るの義。坤下艮上で一陽五陰の卦、その卦体は五陰が長じて次第に陽を剥ぎ落し、僅かに一陽を残すのみの象。その卦徳は内坤順、外艮止で、順にして止まることを示す。消息(生滅)盈虚の理を体して、時に従って順止するのが剥の道である。上艮山、下坤地は、山が地に付くの象であり、高い山が崩れて地に付き、平地となる剥尽(はくじん)の象である。小人の勢いが盛んとなり、君子を剥害する時に当たる。故に君子が進んで事を起すにはよろしくない。
初六. 剝床以足.蔑貞.凶.
〔床を剥ぐに足を以ってす。貞を蔑(ほろ)ぼす。凶〕

  象曰.剝床以足.以滅下也.
  〔象に曰く、床を剥ぐに足を以ってすとは、以って下を滅(ほろ)ぼすなり。〕
●初六は陰柔居初、陰が陽を剥する初の象。寝台の足を剥落するに譬える。貞正なる陽道を滅ぼすに当たる、凶。
六二. 剝床以辨.蔑貞.凶.
〔床を剥ぐに辨(べん)を以ってす。貞を滅ぼす。凶。〕

  象曰.剝床以辨.未有與也.
  〔象に曰く、床を剥ぐに辨を以ってすとは、未だ与(くみ)するもの有らざるなり。〕
●六二は陰柔中正、応爻の剛を持たず、剥が進んで寝台の辨(べん、床身と床足との境の板)にまで及んだ象。邪が貞正を滅ぼす、凶。
六三. 剝之無咎.
〔之(これ)を剥ぐも咎無し。〕

  象曰.剝之無咎.失上下也.
  〔象に曰く、之を剥ぐも咎無しとは、上下を失えばなり。〕
●六三は独り上に正応があり、これに従う志もある。故に衆陰が陽を剥落する中にあっても、咎が無い。
六四. 剝床以膚.凶.
〔床を剥ぐに膚(はだえ)を以ってす。凶〕
  象曰.剝床以膚.切近災也.
  〔象に曰く、床を剥ぐに膚を以ってすとは、切に災に近ければなり。〕
●六四は寝台を剥落し尽くして人の皮膚まで剥ぎ落とそうとする象。凶。
六五. 貫魚.以宮人寵.無不利.
〔魚を貫(つらぬ)き、宮人を以って寵(ちょう)せらる。利しからざる無し。〕

  象曰.以宮人寵.終無尤也.
  〔象に曰く、宮人を以って寵せらるるとは、終に尤(とがめ)無きなり。〕
●六五は柔順居中、剥を止めて衆陰を率(ひき)い、上九の陽に随順してその寵を受けるの象。何事につけよろしからざるはずがない。
上九. 碩果不食.君子得輿.小人剝廬.
〔碩(おおい)なる果は、食(くら)われず。君子は輿(こし)を得、小人は廬(いおり)を剥ぐ。〕

  象曰.君子得輿.民所載也.小人剝廬.終不可用也.
  〔象に曰く、君子は輿を得とは、民に載せらるるなり。小人は廬を剥ぐとは、終に用うべからざるなり。〕
●上九は独陽居極、陰の剥落が極まり、陽が唯独り残った象。大きな果が独り食らわれずに残るに譬え、独陽が君子ならば衆陰の推戴を得て輿(くるま)に乗ることもできようが、小人では廬(いおり)まで剥がされて、手の施しようもない。
  

(24)




復(ふく)
震下坤上
地雷復

復.亨.出入無疾.朋來無咎.反覆其道.七日來復.利有攸往.
〔復は、亨(とお)る。出入に疾(なやみ)無く、朋(とも)来たりて咎無し。その道を反覆し、七日にして来復す。往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.復亨.剛反.動而以順行.是以出入無疾.朋來無咎.反覆其道.七日來復.天行也.利有攸往.剛長也.復其見天地之心乎.
  〔彖に曰く、復は亨るとは、剛の反ればなり。動けば以って順行す。ここを以って出入するに疾無く、朋来たるに咎無し。その道を反覆し、七日にして来復するは天の行なり。往く攸有るに利しとは、剛の長ずるなり。復はそれ天地の心を見るか。〕
  
  像曰.雷在地中.復.先王以至日閉關.商旅不行.後不省方.
  〔像に曰く、雷の地中に在るは、復なり。先王は以って至日に関を閉ざし、商旅をして行かしめずして、後には方を省みざるなり。〕
  
●復は反る、往きて還るの義。震下坤上の卦で、一陽が五陰の下に生じ、陰極まって一陽来復したるの象。陽は君子の道を示し、君子の道の消することが極まって、復(ま)た善に反るの意である。その卦徳は、内震動、外坤順で、下が動いて上が順を以って行くの意で、天道の自然の流行に従って、一陽来復するのが復であることを示す。更にその卦象は上坤地、下震雷で、雷が地中に有るの象。震は陽卦であり、その一陽は地中に発生したばかりであるが故に微陽である。しかしこれを安静にして養い積んでゆけば次第に盛大に至るものであり、その象が復である。復は一陽が下に来復して、次第に長じ行くを示すものであり、万事思い通りに通ずるの卦である。微陽が内に入って生じ、外に出て長ずるのを、何も害せず、同類(陽剛)が引き続いて来復するのは必定であるが故に何等咎は無い。七日して来復すと言うのは、陰陽の消息(生滅)は一陰初めて生ずる五月の卦(姤巽下☴乾上☰)、六月(遯艮下☶乾上☰)、七月(否坤下☷乾上☰)、八月(観坤下☷巽上☴)、九月(剥坤下☷艮上☶)、十月(坤☷☷)、十一月(復震下☳坤上☷)に至るの謂であり、何事も進んで行うがよろしい。
初九. 不遠復.無祇悔.元吉.
〔遠からずして復(かえ)る。祇悔(きかい)無し。元(おおい)に吉。〕

  象曰.不遠之復.以脩身也.
  〔象に曰く、遠からずして復るとは、以って身を修むればなり。〕
●初九は陽剛居正、一陽が初めて下に来復したもので、この卦の卦主である。それはまだ遠くまで行かぬうちに帰ってきて、善に復したものであるが故に、祇悔(きかい、大きな悔)は無い。大いに吉。
六二. 休復.吉.
〔休(やすら)ぎて復る。吉。〕

  象曰.休復之吉.以下仁也.
  〔象に曰く、休ぎて復るの吉とは、以って仁に下ればなり。〕
●六二は陰柔中正、唯一人、安らいで初九(仁善の人)に親しむの象。吉。
六三. 頻復.厲.無咎.
〔頻(しき)りに復る。厲(あやう)けれども咎(とが)無し。〕

  象曰.頻復之厲.義無咎也.
  〔象に曰く、頻りに復るの厲きは、義として咎無きなり。〕
●六三は陰柔不中不正、上下進退の際に在り、震動の極に居るの象。善心に立ち復ることも頻りであり、危ういが咎は無い。
六四. 中行獨復.
〔中行(ちゅうこう)にして独り復る。〕

  象曰.中行獨復.以從道也.
  〔象に曰く、中行にして独り復るとは、以って道に従うなり。〕
●六四は陰柔居正、五陰の中央に在り、唯一人初九の剛に応ずるの象。故に、中道を以って行き唯独り復るのである。
六五. 敦復.無悔.
〔敦(あつ)く復るに悔無し。〕

  象曰.敦復無悔.中以自考也.
  〔象に曰く、敦く復るに悔無しとは、中にして以って自ら考(な)せばなり。〕
●六五は坤順の中位、中順の徳を以って君位に居るの象。善に復るの心の敦厚なるが故に悔は無い。
上六. 迷復.凶.有災眚.用行師.終有大敗.以其國君凶.至於十年不克征.
〔迷いて復る。凶。災眚(さいせい)有り。師(いくさ)を行(や)るに用うれば、終に大敗すること有り。その国と君とに凶たるを以って、十年に至るまで、征くこと克(あた)わず。〕

  象曰.迷復之凶.反君道也.
  〔象に曰く、迷いて復るの凶とは、君の道に反すればなり。〕
●上六は陰柔居極、初剛に最も遠く正応を持たぬが故に、最後まで迷って善に立ち復るを得ざる象である。故に凶、災眚(さいせい、災禍)が有る。軍隊を動かせば、終には大敗することも有ろう。その国と君との凶であるが故に、十年に至ってもまだ、戦争に勝つことはない。
  

無妄(25)




無妄(むぼう)
震下乾上
天雷無妄

無妄.元亨.利貞.其匪正有眚.不利有攸往.
〔無妄は、元(おお)いに亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。その正に匪(あら)ざるときは眚(わざわい)有り。往く攸(ところ)有るに利しからず。〕

  
  彖曰.無妄.剛自外來.而為主於內.動而健.剛中而應.大亨以正.天之命也.其匪正有眚.不利有攸往.無妄之往.何之矣.天命不祐.行矣哉.
  〔彖に曰く、無妄は、剛の外より来たりて、内に主と為る。動きて健なり。剛中にして応ず。大いに亨るとは、正を以ってするは、天の命なればなり。その正に匪ざるには眚有り。往く攸有るに利しからずとは、無妄の往くは、何(いづ)くにか之(ゆ)かん。天命の祐(たす)けざるに、行かんや。〕
  
  像曰.天下雷行.物與無妄.先王以茂對時育萬物.
  〔像に曰く、天の下に雷行き、物に無妄を与う。先王は以って茂(さかん)に、時に対して万物を育(やしな)う。〕
  
●無妄は虚妄(きょぼう)無しの義。いつわりが無いの意。震下乾上の卦、その卦体は彖伝に「剛、外より来たりて内に主となる」と言うように、震の下一陽が成卦の主である。陽剛中位、君位に在る九五が陰柔中正の六二に正応があり、大いに通る、貞正にしてよろしいの所以(ゆえん)である。その卦徳は内震動、外天健で、動いて健であるのが無妄である。動くに人欲を以ってすれば妄であるが、動くに天を以ってするので無妄である。その卦象は上天、下雷で、天の下を雷行くの象。雷は万物を震動して発生せしめ、各その性命を正しくするので無妄である。無妄は虚妄無きこと、自然のままにして真実なること。卦徳の天道を以って動くに象(かたど)る。この無妄真実の道を以って事を行えば大いに通るが、その為には貞正を保つのがよろしい。もし動機に不正が有るならば、反って自ら災難を招くことになり、何事も行えばうまく行かない。天命が助けないというのに、どうして行くはずがあろうか。
初九. 無妄往吉.
〔無妄なり。往くに吉。〕

  象曰.無妄之往.得志也.
  〔象に曰く、無妄の往くは、志を得るなり。〕
●初九は陽剛居正、震の主、無妄(誠)の卦主の象。人で言えば剛毅にして無妄至誠の人であるが故に、進んで事に当たれば吉。
六二. 不耕穫.不菑畬.則利有攸往.
〔耕穫(こうかく)せず、菑畬(しよ)せざれば、則ち往く攸有るに利し。〕

  象曰.不耕穫.未富也.
  〔象に曰く、耕穫せずとは、未だ富まざるなり。〕
●六二は柔順中正、陽剛中正の九五に正応があり、時に因(よ)りて行い、理に順うて行く無妄の象。道理に順い自然のままに行動して、強いて多くを望まないの象で、譬えば耕作に際しては、ただ耕作するにつとめて収穫は自然に成るにまかせ、菑(し、一歳の新田)を作るに際しては、ただその耕作につとめて畬(よ、三歳の熟田)を得ようなどと考えないように心がければ、往って事を行うのがよろしい。
六三. 無妄之災.或繫之牛.行人之得.邑人之災.
〔無妄の災あり。或は之(これ)に牛を繋(つな)がん。行人の得は、邑人(ゆうじん)の災なり。〕

  象曰.行人得牛.邑人災也.
  〔象に曰く、行人は牛を得るは、邑人の災なり。〕
●六三は陰柔不中不正、故に無妄至誠であっても災難を蒙るの象。譬えば邑(ゆう、村里)の中に、牛を繋いでおけば、通りがかった旅人が盗んで牽いて行ってしまい、反って村人が疑われて災難を蒙るようなものである。
九四. 可貞無咎.
〔貞しかるべくして咎無し。〕

  象曰.可貞無咎.固有之也.
  〔象に曰く、貞しかるべくして咎無しとは、固く之を有(たも)つなり。〕
●九四は陽剛不正にして無応、無妄の故にその居るところを固守すべし。貞正を保つにより、ようやく咎が無いの象。事を行ってはならない。
九五. 無妄之疾.勿藥有喜.
〔無妄の疾(なやみ)あり。薬すること勿(な)ければ喜有り。〕

  象曰.無妄之藥.不可試也.
  〔象に曰く、無妄の薬は試むべからず。〕
●九五は陽剛中正、下に柔順中正の正応があり、無妄の至れるの象。無妄にして疾有るの時は、薬にたよらず、無妄の自然の治癒力に頼るべきである。喜が有ろう。
上九. 無妄.行有眚.無攸利.
〔無妄なり。行けば眚有り。利しき攸無し。〕

  象曰.無妄之行.窮之災也.
  〔象に曰く、無妄の行くは、窮まるの災有るなり。〕
●上九は過剛居極、無妄の窮まる時の象。無理に行けば災が有ろう。何事にもよろしいところが無い。
  

大畜(26)




大畜(たいちく)
乾下艮上
山天大畜

大畜.利貞.不家食.吉.利涉大川.
〔大畜は、貞(ただ)しきに利(よろ)し。家食せずして吉。大川を渉るに利し。〕

  
  彖曰.大畜.剛健篤實輝光.日新其德.剛上而尚賢.能止健.大正也.不家食吉.養賢也.利涉大川.應乎天也.
  〔彖に曰く、大畜は、剛健篤実(とくじつ)にして輝光(きこう)あり、日にその徳を新たにす。剛上りて賢を尚(たっと)び、能く健を止むるは、大正なり。家食せずして吉とは、賢を養えばなり。大川を渉るに利しとは、天に応ずればなり。〕
  
  像曰.天在山中.大畜.君子以多識前言往行.以畜其德.
  〔像に曰く、天の山中に在るは、大畜なり。君子は、以って多く前言、往行を識(しる)し、以ってその徳を畜う。〕
  
●大畜は大は陽、畜は積む、養う、制し止むるの義。内卦乾、外卦艮共に陽卦、艮の山止を以って乾の天健を引き止めるを大畜と言い、陽によって陽を引き止めれば、その拘束力も大であるが故に大畜という。君子の胸中に畜(とど)めるところのものは、また大であるべきで、それはまた貞正であるべきである。故に貞正なるがよろしい。かくして貞正の徳を大畜すれば、いたずらに家居徒食することなく、世間に出なくてはならない。吉。大川を渉るようにして大事を決行するのがよろしい。
初九. 有厲.利已.
〔厲(あやう)きこと有り。已(や)むに利し。〕

  象曰.有厲利已.不犯災也.
  〔象に曰く、厲きこと有り、已むに利しとは、災を犯さざるなり。〕
●初九は陽剛居初、六四はその応爻のように見えるが、大畜の卦は外卦の艮が内卦の乾を引き止めるの象であるが故に、その性の剛健を以って上進せんとすれば、危地に陥ることになる。やめて止まるのがよろしい。
九二. 輿說輹.
〔輿(くるま)、輹(とこしばり)を説(と)く。〕

  象曰.輿說輹.中無尤也.
  〔輿、輹を説くとは、中にして尤(とがめ)無きなり。〕
●九二は陽剛居中、剛健にして中道を得ており、往けば六五に引き止められるのを知るが故に自ら止まるの象。譬えば輿(車)が、輹(とこしばり、車軸と車体を結ぶ革紐)を説(と、脱、解)かれたように止まる。
九三. 良馬逐.利艱貞.曰.閑輿衛.利有攸往.
〔良馬逐う。艱(くる)しみて貞なるに利し。日に輿衛(よえい)を閑(なら)えば、往く攸(ところ)有るに利し。〕

  象曰.利有攸往.上合志也.
  〔象に曰く、往く攸有るに利しとは、上の志を合すればなり。〕
●九三は陽剛居正、内卦乾の極であるが故に進むに健、上九もまた敵応であり、大畜の卦極に居て、すでに止めようとする態度を変えようとする時であるから、敢て九三の進むのを妨害はせず、相共に進み行くの象。譬えば良馬が後を逐うように、陽剛の九三と、同じく陽剛の上九とが相共に進むのであるから、艱難辛苦するだろうが貞正を保てばよろし。譬えば日々輿衛(よえい、車を御すことと、防衛の術)を習うようにすれば、何事も進んで行うのがよろしい。
六四. 童牛之牿.元吉.
〔童牛の牿(つのぎ)なり。元(おお)いに吉。〕

  象曰.六四元吉.有喜也.
  〔象に曰く、六四の元いに吉は、喜有るなり。〕
●六四は陰柔居正、初九に正応があるので、これを引き止めるの象。譬えば未だ角も生えそろわない子牛に牿(つのぎ、人を傷つけないよう角に付ける木)を付けたようであり、災害を未然に防ぐものである。大いに吉。
六五. 豶豕之牙.吉.
〔豶豕(ふんし)の牙なり。吉。〕

  象曰.六五之吉.有慶也.
  〔象に曰く、六五の吉は、慶び有るなり。〕
●六五は陰柔居中、九二を引き止めようとする象。九二は初九に比して力はやや強いが、柔順中位の徳により、制するのはさして必ずしも困難ではない。譬えば豶豕(ふんし、去勢した豚)の牙のように害は少い。豕(豚)は本来力が強く剛躁な動物であるが、去勢してしまえば、牙で危害を加えることはない。吉。
上九. 何天之衢亨.
〔何ぞ天の衢(ちまた)の亨(とお)らんや。〕

  象曰.何天之衢.道大行也.
  〔象に曰く、何ぞ天の衢とは、道の大いに行わるるなり。〕
●上九は陽剛居極、大畜の時もすでに極まり、道が大いに通じようとするの象。譬えば天の街角は四通八達して、何れほど自由に通達できることか。
  

(27)




頤(い)
震下艮上
山雷頤

頤.貞吉.觀頤.自求口實.
〔頤は、貞(ただ)しければ吉なり。頤(おとがい)を観て、自ら口の実を求む。〕

  
  彖曰.頤.貞吉.養正則吉也.觀頤.觀其所養也.自求口實.觀其自養也.天地養萬物.聖人養賢以及萬民.頤之時大矣哉.
  〔彖に曰く、頤の、貞しければ吉とは、正を養えば、則ち吉なるなり。頤を観るとは、その養う所を観るなり。自ら口の実を求むとは、その自ら養うを観るなり。天地は万物を養い、聖人は、賢を養いて以って万民に及ぼす。頤の時の大なるかな。〕
  
  像曰.山下有雷.頤.君子以慎言語.節飲食.
  〔像に曰く、山下に雷有るは、頤なり。君子は以って言語を慎み、飲食を節す。〕
  
●頤はおとがい、頷(あご)の義。養うの意。震下艮上の卦、その卦形は上下に二陽があり、内に四陰を含み、外は実、内は中虚で、人の頷(あご、顎)に象(かたど)る。口に食物を含み、頷で噛み合わせて人の身体を養うが故に、養うの義を含む。その卦徳は内震動、外艮止で、下顎を動かし、上顎を止めて、よく養う。その卦象は上艮山、下震雷で、山下に雷があり、雷動して草木を発生させるので、よく養うの義である。即ち頤とは、上顎下顎がよく人の身体を養うように、己の心を養うの道を観察しなくてはならない。
初九. 捨爾靈龜.觀我朵頤.凶.
〔爾(なんじ)の霊亀を捨て、我れを観て頤を朵(た)る。凶。〕

  象曰.觀我朵頤.亦不足貴也.
  〔象に曰く、我れを観て頤を朵るるは、また貴ぶに足らざるなり。〕
●初九は陽剛居初、本来ならば剛徳あって自主独立してその正を養うべきであるにもかかわらず、神明の霊亀にも比すべき己の明徳を捨てて、我れ(六四の陰)を観て養われんことを求め、頤(おとがい)を垂れて物欲しげに振舞うの象。凶。
六二. 顛頤.拂.經於丘.頤征凶.
〔顛(さかしま)に頤(やしな)わるるは、経(つね)に払(もと)る。丘に於いて頤わるるは、征(ゆ)きて凶なり。〕

  象曰.六二征凶.行失類也.
  〔象に曰く、六二の征きて凶とは、行けば類を失えばなり。〕
●六二は陰柔中正、陰柔は自ら養うことができず、必ず陽剛に依る。六二は初九に乗じているが、もし顛倒して下位に養われるならば、常道に悖(もと)ることになる。もしまた上の丘(上九)に養われようとして行けば、その同類(初九)を失うことになる。故に行けば凶。
六三. 拂頤.貞凶.十年勿用.無攸利.
〔頤に払(もと)る。貞なれども凶。十年用うる勿(な)かれ。利(よろ)しき攸(ところ)無し。〕

  象曰.十年勿用.道大悖也.
  〔象に曰く、十年用うる勿かれとは、道の大いに悖(もと)れるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、下体震動の極に居る。陰柔の身を以って、正応の陽剛(上九)に養われようと動くのは、頤道の貞正の道に悖(もと)る。故に凶。十年しても動いてはならない。よろしいところが何処にも無い。
六四. 顛頤吉.虎視眈眈.其欲逐逐.無咎.
〔顛に頤わる。吉。虎視(こし)眈眈(たんたん)、その欲逐逐(ちくちく)たれば、咎(とが)無し。〕

  象曰.顛頤之吉.上施光也.
  〔象に曰く、顛に頤わるるの吉とは、上の施し光(おお)いなればなり。〕
●六四は陰柔正位、上体艮止の初に居り、下に正応の剛陽(初九)があり、それに養われるの象。顛倒であるが正応の故に吉。譬えば虎(六四)が下(初九)を眈眈(たんたん、じっと見つめるさま)として視て、その養いを求める心が逐逐(ちくちく、求めてやまないさま)として不断であれば、咎は無い。
六五. 拂經.居貞.吉.不可涉大川.
〔経(つね)に払(もと)る。貞に居れば吉。大川を渉るべからず。〕

  象曰.居貞之吉.順以從上也.
  〔象に曰く、貞に居るの吉とは、順にして以って上に従えばなり。〕
●六五は柔順居中、君位であるが陰柔不正で万民を養い得ず、上九の賢者に頼って養うの象。頤の常道に反するものであるが、上九に従って貞正を保てば吉。故に自ら進んで大川を渉るような大事を決するのはよくない。
上九. 由頤厲吉.利涉大川.
〔由(よ)りて頤わる。厲(あやう)けれども吉。大川を渉るに利し。〕

  象曰.由頤厲吉.大有慶也.
  〔象に曰く、由りて頤わる、厲けれども吉とは、大いに慶び有るなり。〕
●上九は陽剛居極、頤養の極致、主爻であり、六五の頤君に頼られてよく万民を養う。責任重大であり危ういが吉であり、大川を渉るような大事を決断するのがよろしい。
  

大過(28)




大過(たいか)
巽下兌上
沢風大過

大過.棟撓.利有攸往.亨.
〔大過は、棟(むなぎ)撓(たわ)む。往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。亨(とお)る。〕

  
  彖曰.大過.大者過也.棟撓本末弱也.剛過而中.巽而說行.利有攸往.乃亨.大過之時大矣哉.
  〔彖に曰く、大過は、大なる者の過ぐるなり。棟撓むとは、本末(ほんまつ)弱きなり。剛過ぎて中し、巽(したが)いて説(よろこ)び行く。往く攸有るに利しく、乃(すなわ)ち亨る。大過の時の大なるかな。〕
  
  像曰.澤滅木.大過.君子以獨立不懼.遯世無悶.
  〔像に曰く、沢の木を滅するは、大過なり。君子は以って独立して懼(おそ)れず、世を遯(のが)れて悶(もだ)ゆること無し。〕
  
●大過は大いに過ぐる、過分であって甚だしいの義。巽下兌上の卦、四陽二陰で、四陽が中に集まる。四陽の勢いが盛んに過ぎるので大過という。即ち上下の二陰が中央の四陽の重さに堪えかねるの象。譬えば棟(むなぎ)が撓(たわ)むようであるが、四陽の中、二と五は中正であり、卦徳を以って言えば、従順(巽)に和悦(兌)して行くの徳有るが故に、進んで行動するのがよろしく、願いは通り、成功を期待し得る。
初六. 藉用白茅.無咎.
〔籍(し)くに白き茅(ちがや)を用う。咎(とが)無し。〕

  象曰.藉用白茅.柔在下也.
  〔象に曰く、籍くに白き茅を用うとは、柔の下に在ればなり。〕
●初六は大過の最下に居り、巽順の主である。それは祭祀に清潔な茅を敷いて、供物の器を置く象で、卑順にして敬慎の至りを示すものである。剛強に過ぎる大過の時に当たっても咎を受けることは無い。
九二. 枯楊生稊.老夫得其女妻.無不利.
〔枯れたる楊(やなぎ)に稊(ひこばえ)生じ、老夫、その女妻(じょさい)を得たり。利しからざる無し。〕

  象曰.老夫女妻.過以相與也.
  〔象に曰く、老夫女妻とは、過ぎて以って相与うるなり。〕
●九二は剛中柔位、初六に親比して剛の過ぎたるを救わるる象。譬えば枯れた楊(やなぎ)に稊(ひこばえ)が生じたり、老夫(九二)が、その妻女(初六)を得たようなもので、何事につけよろしからざることが無い。
九三. 棟橈.凶.
〔棟(むなぎ)撓(たわ)む。凶。〕

  象曰.棟橈之凶.不可以有輔也.
  〔象に曰く、棟撓むの凶とは、以って輔(たす)くること有るべからざればなり。〕
●九三は剛爻剛位、過剛不中、剛強に過ぎて中和の徳を失し、その任に堪えられないの象で、棟(むなぎ)の撓むに譬える。凶。
九四. 棟隆吉.有它吝.
〔棟隆(たか)し。吉。他有れば、吝。〕

  象曰.棟隆之吉.不橈乎下也.
  〔象に曰く、棟隆きの吉とは、下に撓まざればなり。〕
●九四は剛爻柔位で、剛であるが剛に過ぎないの象。棟が高いことに譬えて吉であるが、九五の君に尽くすべきであり、、例えば九二、九三に隔てられても、初六に応じようとしたり、九三に与(くみ)するような他心が有れば、うまく行くはずがない。
九五. 枯楊生華.老婦得其士夫.無咎無譽.
〔枯れたる楊に華を生ず。老婦、その士夫を得たり。咎無く誉無し。〕

  象曰.枯楊生華.何可久也.老婦士夫.亦可醜也.
  〔象に曰く、枯れたる楊に華を生ずる、何んが久しかるべけんや。老婦の士夫も、また醜(は)づべきなり。〕
●九五は四陽の最上、陽剛中正の尊位に居り、大過の極致であるが、上六に親比するが、正応(六二)が無く、盛りを過ぎた陽が更に年老いた陰に親しむの象であり、譬えば枯れかけた柳に華が生じ、老婦(上六)が、夫(九五)を得たようなもので、夫婦生育の功は得られず、咎も無く、誉も無い所以(ゆえん)である。
上六. 過涉滅頂.凶.無咎.
〔過ぎて渉(かちわた)りて頂(いただき)を滅す。凶なれども咎無し。〕

  象曰.過涉之凶.不可咎也.
  〔象に曰く、過ぎて渉るの凶は、咎むべからざるなり。〕
●上六は陰柔居極、その重任に堪えぬこと、譬えば河を歩いて渉り、頭頂を水に没するの象。凶であるが、その志は殊勝であり、義に於いて咎は無い。
  

習坎(29)




習坎(しゅうかん)
坎下坎上
坎為水

習坎.有孚.維心亨.行有尚.
〔習坎は、孚(まこと)有り。心を維(つな)げば、亨(とお)る。行けば尚(たっと)ばるること有り。〕

  
  彖曰.習坎.重險也.水流而不盈.行險而不失其信.維心亨.乃以剛中也.行有尚.往有功也.天險不可升也.地險山川丘陵也.王公設險以守其國.險之時用大矣哉.
  〔彖に曰く、習坎は、険(けん)を重ぬるなり。水流れて盈(み)たず、険を行きてその信を失わず。心を維げば亨るとは、乃(すなわ)ち剛中なるを以ってなり。行けば尚ばるること有りとは、往きて功有るなり。天の険は、昇るべからざるなり。地の険は、山川丘陵なり。王公は、険を設けて以ってその国を守る。険の時用の大なるかな。〕
  
  像曰.水洊至.習坎.君子以常德行.習教事.
  〔像に曰く、水の洊(しき)りに至るは、習坎なり。君子は以って徳行を常にし、教事を習う。〕
  
●習坎は重畳(ちょうじょう)する険難、或は険難に習熟するの義。坎下坎上の卦、坎(陥、穴)を重ねるの義。坎の卦体は一陽が上下の二陰の中に在り、中実にして外虚、誠を有するの象。その卦徳によれば、坎は陥(かん、穴)であるから、険陥に陥ることであり、坎を重ねた習坎は険中にまた険が有る重険を意味する。この重険の中に於いては、中実(剛中)と心を繋ぐことにより、その誠は通ずる。従って重険の中に止まることなく、進んで行くべき時に往くことが習坎の示す課題でもある。また卦象によれば、上下共に水であり、水の流れて断えざる象が習坎であり、君子はその連続不休を以って徳行を常にすれば、人に尊ばれることも有る。
初六. 習坎.入於坎窞.凶.
〔習坎とは、坎窞(かんたん)に入るなり。凶。〕

  象曰.習坎入坎.失道凶也.
  〔象に曰く、習坎は坎(あな)に入るとは、道を失いて凶なるなり。〕
●坎窞(かんたん)は穴の中の最も深い窪みの義。初六は陰柔居下、不中不正無応、重坎の中に在って、更に坎(穴)の中に陥っているの象。凶。
九二. 坎有險.求小得.
〔坎にして険有り。求めて小(すこ)しく得。〕

  象曰.求小得.未出中也.
  〔象に曰く、求めて小しく得とは、未だ中を出でざるなり。〕
●九二は陽剛居中、不正無応、重険の中に在って更に険が有るの象。しかし剛中の徳により、自ら求めれば小しは得るところも有る。
六三. 來之坎坎.險且枕.入於坎窞.勿用.
〔来たるも之(ゆ)くも、坎坎たり。険にして且(か)つ枕(ちん)。坎窞に入る。用うること勿かれ。〕

  象曰.來之坎坎.終無功也.
  〔象に曰く、来たるも之くも坎坎たりとは、終に功無きなり。〕
●枕(ちん)は沈、深いの義。六三は陰柔不正、不中無応、上下の間に居り、下に来たりて下るも坎、上に来たりて上るも坎、進退共に険しく、且つ深いの象。坎窞に入ったものを用いてはならない。
六四. 樽酒簋貳.用缶.納約自牖.終無咎.
〔樽酒(そんしゅ)、簋膩(きじ)に缶(ほとぎ)を用う。約を納(い)るるに牖(まど)よりす。終に咎(とが)無し。〕

  象曰.樽酒簋貳.剛柔際也.
  〔象に曰く、樽酒、簋膩は剛柔の際なるなり。〕
●簋(き)は竹の皿。膩(じ)は脂身。缶(ほとぎ)は素焼きの壺。牖(まど)は壁に開けた小窓。六四は陰柔正位、無応であるが六五の君に親比している。坎難の時期に際し、柔順至誠の態度で、九五の君に応接すべきであり、君をもてなすのに一樽の酒、一皿の脂身、素焼きの壺を用いて、君に会うのにも約束は壁の小窓からするようにして質素簡約に徹し、虚飾を戒めれば、終には咎は無い。
九五. 坎不盈.祗既平.無咎.
〔坎は盈(み)たざるも、祗(き)は既に平らかなり。咎無し。〕

  象曰.坎不盈.中未大也.
  〔象に曰く、坎の盈たざるは、中の未だ大いならざるなり。〕
●九五は陽剛中正で君位に居るが無応、坎は未だ盈ちていないが、荒れ狂いたる祇(き、地神)も漸(ようや)く平らかになるの象。咎は無い。
上六. 係用黴纆.寘於叢棘.三歲不得.凶.
〔係(つな)ぐに徽纆(きぼく)を用いて、叢棘(そうきょ)に寘(お)く。三歳まで得ず。凶。〕

  象曰.上六失道.凶三歲也.
  〔象に曰く、上六は道を失い、凶なることの三歳なるなり。〕
●徽(き)は三筋をよりあわせた縄、纆(ぼく)は二筋。叢棘(そうきょく)は茨の草むらで周りを囲んだ牢獄。上六は陰柔を以って坎険の極に居り、その険に深く陥っているの象。それを徽纆で繋がれて、叢棘の牢獄に留め置かれ、三年の間は脱けられないようなさまに譬える。凶。
  

(30)




離(り)
離下離上
離為火

離.利貞.亨.畜牝牛.吉.
〔離は、貞(ただ)しきに利(よろ)し。亨(とお)る。牝牛(ひんぎゅう)を畜(やしな)えば、吉。〕

  
  彖曰.離.麗也.日月麗乎天.百穀草木麗乎土.重明以麗乎正.乃化成天下.柔麗乎中正.故亨.是以畜牝牛吉也.
  〔彖に曰く、離は麗(つ)くなり。日月は天に麗き、百穀、草木は土に麗き、重明なるは以って正に麗きて乃(すなわ)ち天下を化成す。柔は中正に麗くが故に、亨る。これ牝牛を畜うの吉なり。〕
  
  像曰.明兩作離.大人以繼明照於四方.
  〔像に曰く、明の両(ふた)たび作(おこ)るは離なり。大人は以って明を継ぎ、四方を照らす。〕
  
●離は麗(つ、付着、継続)くの義。離下離上の重離、その卦体は上下の二陰が、それぞれ上下の二陽に附き、特に六二は中正の位に居り、離の卦主となり、その卦象は、上下の主爻の二陰が離徳の明を重ねた重明であり、上下の明徳を以ってよく正道に附いていることを示す。卦主の六二は自ら中正に附き、その明徳を守る。また重明は明が相継いで起るの象であり、それが離である。離は附くの義であり、人事に於いては、その附くところを誤らないようにし、何事にも貞正を守るのがよく、そうすれば願いは通る。譬えば牝牛のような柔順の徳を養い蓄えれば吉。
初九. 履錯然.敬之.無咎.
〔履(ふ)むこと錯然(さくぜん)たり。之(これ)を敬すれば、咎(とが)無し。〕

  象曰.履錯之敬.以辟咎也.
  〔象に曰く、履むこと錯たるの敬とは、以って咎を避くるなり。〕
●錯然は敬い慎むの義。初九は陽剛居初、六二の跡を履んで進み、これに交わらんとする象。妄動することなく、敬い慎んで行動すれば、咎は無い。
六二. 黃離元吉.
〔黄(こう)の離なるは、元(おお)いに吉。〕

  象曰.黃離元吉.得中道也.
  〔象に曰く、黄の離なるは元いに吉とは、中道を得ればなり。〕
●六二は柔順中正、この卦の卦主。故に黄離(こうり、黄は中央の色、離は附くで、六二が中正の位に就いていること)である。大いに中道を得て、大いに吉。
九三. 日昃之離.不鼓缶而歌.則大耋之嗟.凶.
〔日昃(かたむ)くの離なり。缶(ほとぎ)を鼓(う)ちて歌わざれば、則ち大耋(たいてつ)の嗟(なげ)きあらん。凶。〕

  象曰.日昃之離.何可久也.
  〔象に曰く、日昃くの離とは、何ぞ久しかるべけんや。〕
●九三は陽剛正位、不中、下卦の極。日(離)が西に傾いた殘りの明(離)の象。缶(ほとぎ)を鼓(う)って歌い、天命を楽しまなければ、やがて大耋(たいてつ、八十歳の老人)の嗟(なげ)きが有ろう。凶。
九四. 突如其來如.焚如.死如.棄如.
〔突如(とつじょ)として、それ来如(らいじょ)たり。焚如(ふんじょ)たり。死如(しじょ)たり。棄如(きじょ)たり。〕

  象曰.突如其來如.無所容也.
  〔象に曰く、突如としてそれ来如たりとは、容(い)るる所無きなり。〕
●九四は過剛不中不正、無応であるが明を継ぐべく、六五の柔に急迫する象。それは突然来る強引さの故に人に容れられず、焚(や)かれ殺され、捨てられる憂き目に遇う。
六五. 出涕沱若.慼嗟若.吉.
〔涕(なみだ)を出すこと沱若(たじゃく)たり。慼(うれ)うること嗟若(さじゃく)たり。吉。〕

  象曰.六五之吉.離王公也.
  〔象に曰く、六五の吉なるは、王公に離(つ)けばなり。〕
●六五は陰柔にして尊位に居り、正応無く、上下の二剛に迫られて憂懼するの象。淚をぽたぽた垂し(沱若)て、憂い嗟(なげ)く(嗟若)ことになるが、尊位に在るが故に自ら戒めて吉。
上九. 王用出征.有嘉折首.獲匪其醜.無咎.
〔王用って出征す。嘉(よ)きこと有りて首(かしら)を折(くじ)く。獲(う)るものその醜(たぐい)に匪(あら)ざれば、咎無し。〕

  象曰.王用出征.以正邦也.
  〔象に曰く、王用って出征すとは、以って邦を正すなり。〕
●上九は離の終、剛明の極。六五の王はこの剛明の徳有る人を用いて附き従わない罪人を征伐せしめるの象。嘉(よみ)すべきは敵の首領を摧くことであり、捕獲するのは雑兵附従の醜類ではない。その寛大さの故に、咎が無い。
  

(31)




咸(かん)
艮下兌上
沢山咸

咸.亨.利貞.取女吉.
〔咸は、亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。女を取(めと)るは吉。〕

  
  彖曰.咸.感也.柔上而剛下.二氣感應以相與.止而說.男下女.是以亨利貞取女吉也.天地感.而萬物化生.聖人感人心.而天下和平.觀其所感.而天地萬物之情可見矣.
  〔彖に曰く、咸は、感なり。柔を上にし、剛を下にし、二気感応して、以って相与う。止まりて説(よろこ)び、男は女に下る。ここを以って亨り、貞しきに利しく、女を取るは吉なるなり。天地感じて万物化生(かせい)す。聖人は人心を感ぜしめて、天下和平なり。その感ずる所を観て、天地、万物の情を見るべきなり。〕
  
  像曰.山上有澤.咸.君子以虛受人.
  〔像に曰く、山上に沢有るは咸なり。君子は以って虚にして人を受く。〕
  
●咸は感応、相交感するの義。艮下兌上の卦、その卦体は兌の柔(上六)が上に在り、艮の剛(九三)が下にあって、二体の主爻をなし、剛柔の二気の相感じ相応ずるの象。また上下の各爻が皆応であり、その卦徳は内艮止、外兌説(悦)であり、内は艮止の誠を男の志とし、外は兌悦の喜びを女の心とし、男が先に誠を以って感じ、女が喜んでこれに相応ずるを示す。その卦象は上兌少女、下艮少男であり、少男が下、少女が上に居る。これは少男が少女にへり下るの象で、男が女に先だつのは男の正を得ていることを示す。この少男、少女の二少の相感が咸であり、その情は専らにして深しとされている。咸は上下の二気が相感応することを示す卦であり、従って諸事、願いのままに通ずるの意であるが、当然互いに貞正であるのがよい。女を娶るに吉。天と地とが感応して、万物が生まれ出るように、聖人は人心に感応せしめて、天下を和平ならしむ。この天地が感応し、聖人が感応せしむる道理を観察すれば、天地万物の間に通ずる道理を見ることができよう。
初六. 咸其拇.
〔その拇(おやゆび)に咸ず。〕

  象曰.咸其拇.志在外也.
  〔象に曰く、その拇に咸ずとは、志の外に在るなり。〕
●咸は人身に象を取り、上卦は上体、下卦は下体に象り、下体より上体に及ぶ。初六は下体の初で九四の陽に応ぜんとする心はあるが、その感応はなお微かで、僅(わず)かに足の親指に感ずる程でしかない。感ずること未だ浅く、動き進まんとして進み得ない象。
六二. 咸其腓.凶.居吉.
〔その腓(こむら)に咸ず。凶、居れば吉。〕

  象曰.雖凶居吉.順不害也.
  〔象に曰く、凶と雖(いえど)も居れば吉とは、順(したが)えば、害あらざるなり。〕
●六二は正位にして下体の中に居り、上体の九五に正応がある。初六より一段上がって、その腓(こむら)に感ずるの象である。腓は歩行の時、足に応じて先ず動くもので、腓に感じて軽率に動くのは凶であるが、柔順の徳を以って静に家に居れば吉。
九三. 咸其股.執其隨.往吝.
〔その股(もも)に咸ず。それに随うを執(と)る。往けば吝。〕

  象曰.咸其股.亦不處也.志在隨人.所執下也.
  〔象に曰く、その股に咸ずとは、また処(お)らざるなり。志は人に随うに在り、執る所は下にあるなり。〕
●九三は陽剛正位、下体(足)の上、上体(身)の下に居り、下卦の主爻、上卦の主爻上六と正応である。そこで足の上部の股(もも)に感ずるに象(かたど)る。しかし股は足の上部に位置して自由でなく、身の動くままに随うものであるが故に、自ら積極的に行動するのは、うまく行かない。
九四. 貞吉悔亡.憧憧往來.朋從爾思.
〔貞しければ吉にして、悔亡ぶ。憧憧(しょうしょう)として往来すれば、朋(とも)は爾(なんじ)の思いに従う。〕

  象曰.貞吉悔亡.未感害也.憧憧往來.未光大也.
  〔象に曰く、貞しければ吉にして悔亡ぶとは、未だ感じて害せられざるなり。憧憧として往来すとは、未だ光大ならざるなり。〕
●九四は三陽の中央に在り、人身の心臓に当たる。陽剛陰位で位不正であり、同じく位不正の初六と正応するの象。上下交感の初に当たり、貞正であれば吉にして、悔は無い。私意妄想して憧憧(しょうしょう、心の定まらぬさま)と思い惑うだけでは、朋(初六)がその思いに従うだけで、広く人を感応させるまでには至らない。
九五. 咸其脢.無悔.
〔その脢(せじし)に咸ず。悔無し。〕

  象曰.咸其脢.志末也.
  〔象に曰く、その脢に咸ずとは、志の未だしなればなり。〕
●九五は中正尊位に居り、六二と正応、上六に親比するので、脢(せじし、背筋の肉)に感応するに象る。脢は人体で最も不動無感の部位であり、外からの刺激に無感動であるから、正応の六二、比の上六にも感じず、己を守って妄動しない。故に悔も無い。
上六. 咸其輔頰舌.
〔その輔頰(ほきょう)と舌とに咸ず。〕

  象曰.咸其輔頰舌.滕口說也.
  〔象に曰く、その輔頰と舌とに咸ずとは、口の説(よろこ)びを滕(あ)ぐるなり。〕
●上六は陰柔居極、上体兌悦の主爻で極めて物に感じやすく、軽はずみで物に感ずればすぐこれを口に出すので、口先だけで誠意に欠ける、故に輔(ほ、上顎)、頬、舌に感ずるに象る。
  

(32)




恒(こう)
巽下震上
雷風恒

恆.亨.無咎.利貞.利有攸往.
〔恒は、亨(とお)りて咎(とが)無し。貞(ただ)しきに利(よろ)し。往く攸(ところ)有るに利し。〕

  
  彖曰.恆.久也.剛上而柔下.雷風相與.巽而動.剛柔皆應.恆.恆亨無咎.利貞.久於其道也.天地之道.恆久而不已也.利有攸往.終則有始也.日月得天.而能久照.四時變化.而能久成.聖人久於其道.而天下化成.觀其所恆.而天地萬物之情可見矣.
  〔彖に曰く、恒は、久しきなり。剛は上にして、柔は下なり。雷、風相与え、巽(したが)いて動き、剛柔皆応ずるは、恒なり。恒は亨る、咎無し、貞しきに利しとは、その道に久しければなり。天地の道は、恒久にして已(や)まざるなり。往く攸有るに利しとは、終れば則ち始まる有るなり。日月は、天を得て、能(よ)く久しく照らし、四時は変化して、能く久しく成す。聖人は、その道に久しくして、天下化成(かせい)す。その恒とする所を観て、天地万物の情を見るべきなり。〕
  
  像曰.雷風.恆.君子以立不易方.
  〔像に曰く、雷風は、恒なり。君子は以って不易の方に立つ。〕
  
●恒は恒久不変、常あるの義。巽下震上の卦、その卦体は震の剛爻が上体に、巽の柔爻が下体に在り、それぞれの下位に居りながら共に主爻をなし、上下の陰陽は皆正応である。その卦徳は内巽順、外震動で、内は順(したが)い、外は動くのが恒である。更に上震雷、下巽風で、雷風の二物が助け合って万物を生成するのが自然の常理である。また上震長男、下巽長女で、長男が長女の上に在り、外に在って動き、長女は内に在って家を治めるの象で、これが夫婦常久の道であることを示している。凡そこの恒久不変の道を失わなければ、願いは通じて咎は無い。更に貞正を保つのがよろしいのは言うまでもなく、何事も進んで事をなすのがよろしい。日月は天の道を得て、恒久にして止まることなく万物を照らし、四季も天の道を得て変化し、恒久にして止まることなく万物を成長させる。聖人が、この天の道を久しく観察して、その道を行うので、天下は成育するのである。この恒久不変の道を観察すれば、天地、万物の心とも言うべき、道理が明らかになろう。
初六. 浚恆貞凶.無攸利.
〔恒を浚(ふか)くす。貞しけれども凶。利しき攸無し。〕

  象曰.浚恆之凶.始求深也.
  〔象に曰く、恒を浚くするの凶とは、始めに求むること深ければなり。〕
●初六は陰柔居初、不中不正ながらも下体巽(入)の主爻であり、九四がそれに応ずる。物事には漸進の常理あることを知らず、恒常の道を相手(九四)に強要するの象。その態度は貞正であっても、凶。何事にもよろしいところが無い。
九二. 悔亡.
〔悔亡(ほろ)ぶ。〕

  象曰.九二悔亡.能久中也.
  〔象に曰く、九二の悔亡ぶとは、能く中に久しければなり。〕
●九二は陽剛居陰の不正であるが剛中であり、六五の柔中不正に応ずる象。本来悔の有る地位ながら、剛中の徳を恒久的に保つので、その悔が無い。
九三. 不恆其德.或承之羞.貞吝.
〔その徳を恒にせずして、或は之(これ)に羞(はじ)を承(う)く。貞しけれども吝なり。〕

  象曰.不恆其德.無所容也.
  〔象に曰く、その徳を恒にせずとは、容(い)るる所無きなり。〕
●九三は過剛不中、正位に在り、その志すところは正応上六に在るので、軽挙妄動して久しくその地に止まれないの象。その徳を恒久にしなければ、人に容認されず、或は羞をかかされることもある。貞正にしていても、うまく行かない。
九四. 田無禽.
〔田に禽(えもの)無し。〕

  象曰.久非其位.安得禽也.
  〔象に曰く、久しきは、その位に非ず。安(いづく)んぞ、禽を得んや。〕
●九四は陽剛不中不正、上体震動の主爻であるが故に、常に非ずの象であり、狩猟に獲物が無いのに譬えらえる。
六五. 恆其德貞.婦人吉.夫子凶.
〔その徳を恒にして、貞し。婦人は吉。夫子は凶。〕

  象曰.婦人貞吉.從一而終也.夫子制義.從婦凶也.
  〔象に曰く、婦人は貞しくして吉とは、一に従いて終ればなり。夫子は義を制すべくして、婦に従えば凶なるなり。〕
●六五は柔順中位に居り、不正であるが、九二の剛中に従い、常に柔順の徳を守って貞正である。この柔中の徳は婦人ならば吉であるが、男子にとっては凶である。婦人が貞しければ吉とは、婦人は専(もっぱ)ら夫一人に従って終るべきである。夫は何事も決定しなくてはならず、婦人に従うようでは凶である。
上六. 振恆.凶.
〔振るうこと恒なり。凶〕

  象曰.振恆在上.大無功也.
  〔象に曰く、恒を振るって上に在り、大いに功無きなり。〕
●上六は陰柔居極、震(動)の終、恒道が窮まり、恒常普遍の道を固守することができず、常に動揺するの象。凶。
  

(33)




遯(とん)
艮下乾上
天山遯

遯亨.小利貞.
〔遯は、亨(とお)る。小は貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.遯亨.遯而亨也.剛當位而應.與時行也.小利貞.浸而長也.遯之時義大矣哉.
  〔彖に曰く、遯は亨るとは、遯(のが)れて亨るなり。剛は、位に当たりて応じ、時と与(とも)に行うなり。小は貞しきに利しとは、浸(ようや)くにして長ずればなり。遯の時義は、大なるかな。〕
  
  像曰.天下有山.遯.君子以遠小人.不惡而嚴.
  〔像に曰く、天の下に山有るは、遯なり。君子は以って小人を遠ざけ、悪(にく)まずして、厳しくす。〕
  
●遯は退避の義。世間より逃れ退くの意。艮下乾上の卦、その卦体は二陰四陽、下に二陰が浸長(しんちょう)して四陽が退避すべき時であることを示している。その卦徳は内艮止、外乾健で、内は止まって上に至らず、外は剛健で下と相接しないのが遯である。その卦象は上乾天、下艮山で、天の下に山が在るの象で、下は高さに限りの有る山、上は高さに限りの無い天、天は限りなく剛健な運行をすることを示しているのが遯の象である。月に当てれば旧暦六月の卦、人事を以って言えば、小人漸(ようや)く長じて、君子の韜晦(とうかい、身分才能を隠す)すべき時。韜晦してその志をつらぬき通すことができれば、やがて時が至って願いは通る。小事にも貞正を保つのがよろしい。
初六. 遯尾厲.勿用有攸往.
〔遯にして尾なり、厲(あやう)し。往く攸(ところ)有るに用うる勿かれ。〕

  象曰.遯尾之厲.不往何災也.
  〔象に曰く、遯の尾の厲しとは、往かざれば何の災かあらん。〕
●初六は陰柔居下、不正不中、遯(のが、逃)れる時に当たり、力弱くして遯の後尾であるが故に逃げ遅れる危険があるが、往かなければ何の災も無いだろう。
六二. 執之用黃牛之革.莫之勝說.
〔之(これ)を執(と)らうるに、黄牛(こうぎゅう)の革を用う。之を説(のが)るるに勝(た)うるもの莫(な)し。〕

  象曰.執用黃牛.固志也.
  〔象に曰く、執らうるに黄牛を用うとは、志を固くするなり。〕
●六二は柔順中正、二陰浸長の主であり、上の剛健中正の九五と正応である。六二は下体の艮止の徳を以って、遯れんとする四陽の主九五に迫り、これを引き止めようとする。そのさまは九五を捉えて黄牛の革紐(黄は中央の色、牛は柔順の物、革は志の堅固を示す)を用いるほどであり、それを解いて脱れることは誰にもできない。
九三. 係遯.有疾厲.畜臣妾吉.
〔遯に係(つな)がる。疾(なやみ)有りて厲し。臣妾を畜(やしな)うに吉。〕

  象曰.係遯之厲.有疾憊也.畜臣妾吉.不可大事也.
  〔象に曰く、遯に係がるの厲きとは、疾有りて憊(つか)るるなり。臣妾を畜うの吉とは、大事には可ならざるなり。〕
●九三は過剛正位不中、遯れる時であるのに、下の二陰に牽かれて、これに係(つなが)れるの象。譬えば疾が有って危ういようなさまであるが、臣妾を畜えて、大事をなすに他日を期せば吉。
九四. 好遯.君子吉.小人否.
〔好(よみ)すれども遯る。君子に吉、小人は否(しか)らず。〕

  象曰.君子好遯.小人否也.
  〔象に曰く、君子は好すれども遯る。小人は否らざればなり。〕
●九四は陽剛不正、初六に応じて好愛するものであるが、乾体の剛健を以って、よくこれを絶ち切って遯れる。剛健の君子ならば吉であるが、小人にはそうでない。
九五. 嘉遯貞吉.
〔嘉(よ)く遯る。貞しければ吉。〕

  象曰.嘉遯貞吉.以正志也.
  〔象に曰く、嘉く遯る、貞しければ吉とは、以って志を正せばなり。〕
●九五は陽剛中正、下体の柔順中正の六二に正応があるが、その遯れることは中正の道を得ているが故に、めでたく遯れることができる。その態度が貞正であれば吉。
上九. 肥遯無不利.
〔肥(ゆた)かに遯る。利しからざる無し。〕

  象曰.肥遯無不利.無所疑也.
  〔象に曰く、肥かに遯る、利しからざる無しとは、疑う所無ければなり。〕
●上九は乾体の陽剛を以って外卦の極、内卦の陰柔に係応する者が無いので余裕を以って悠々と退避することができる。従って何事もよろしくないことが無い。
  

大壮(34)




大壮(たいそう)
乾下震上
雷天大壮

大壯.利貞.
〔大壮は、貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.大壯.大者壯也.剛以動.故壯.大壯利貞.大者正也.正大.而天地之情可見矣.
  〔彖に曰く、大壮は、大なる者の壮(さか)んなるなり。剛にして以って動く。故に壮んなり。大壮は貞しきに利しとは、大なる者の正しきなり。正大にして、天地の情を見るべし。〕
  
  像曰.雷在天上.大壯.君子以非禮弗履.
  〔像に曰く、雷の天上に在るは、大壮なり。君子は以って礼に非ざれば、履(ふ)まず。〕
  
●大壮は、大(太陽)が盛んで壮(つよ)いの義。大いに壮(さか)んなりの意。乾下震上の卦、その卦体は四陽二陰、下から陽が次第に成長して、遂に壮盛に至るの象。その卦徳は内乾健、外震動で、剛健にして震動するの義が大壮である。またその卦象は上震雷、下乾天で、雷が天上に震うの象が大壮である。月に当てれば春の二月に配され、陽が長じて中を過ぎ四陽の壮盛に至ったことを示すものであり、陽剛壮盛でつい調子に乗り過ぎる嫌いが有る。故に、貞正を保つのがよろしい。天地の心とは、この太陽のように正大なものであって初めて見ることができる。天の上に雷が在るように、君子たるものは、礼を戴くが故に、礼にかなう道でなければ、履まないものである。
初九. 壯於趾.征凶有孚.
〔趾(あし)に壮んなり。征けば凶。孚(まこと)有り。〕

  象曰.壯於趾.其孚窮也.
  〔象に曰く、趾に壮んなりとは、その孚の窮まるなり。〕
●初九は陽剛居初、進むに壮んであるの象。人体に譬えれば、進むに当たって先ず動くものは趾(足先)である。但だ足先のみ先に行かんとして気がはやる恐れが有り、その場合は凶。しかし誠意は有る。初九は陽にして陽の位に居るので良いのであるが、この初九に応ずる九四もまた陽であり、大壮の卦の時に当たっては陽に過ぎるのである。
九二. 貞吉.
〔貞しければ吉。〕

  象曰.九二貞吉.以中也.
  〔象に曰く、九二の貞しければ吉とは、中を以ってなり。〕
●九二は陽剛居中、陰位の不正に在るが、下体の中を得て居り、上体六五の中に正応が有るので、壮んに進んでも貞正ならば吉である。
九三. 小人用壯.君子用罔.貞厲.羝羊觸藩.羸其角.
〔小人は、壮を用い、君子は、用うること罔(な)し。貞しけれども厲(あやう)し。羝羊(ていよう)、藩(まがき)に触れてその角を羸(やぶ)る。〕

  象曰.小人用壯.君子罔也.
  〔象に曰く、小人は壮を用うれども、君子には罔きなり。〕
●九三は過剛不中、下体健剛の極の正位に居り、壮のまた壮なるものである。この壮盛の時に当たって、小人はなおその壮を用いて進もうとするが、君子は壮を用いることが無い。それでなくても壮の極であるから、貞正を固く守っていても危ない時であり、譬えば羝羊(ていよう、牡羊)が暴走して石垣に触れ、角を傷めるようなものである。
九四. 貞吉.悔亡.藩決不羸.壯於大輿之輹.
〔貞しければ吉。悔亡ぶ。藩決(ひら)きて羸(つか)れず。大輿(たいよ)の輹(とこしばり)に壮んなり。〕

  象曰.藩決不羸.尚往也.
  〔象に曰く、藩決いて羸れずとは、往くを尚(たっと)ぶなり。〕
●九四は四陽壮盛の極、陽剛を以って陰位の不正に居り、上は陰爻ばかりなので進み往くにも気がはやる恐れは無い。貞正であれば吉であり、悔は消滅する。譬えば石垣は前に開けて牡羊も角を傷めず、大きな輿(くるま)の輹(とこしばり、車軸と車体とを結ぶ革紐)が壮んで緩まないようである。
六五. 喪羊於易.無悔.
〔羊を易(えき)に喪(うしな)う。悔無し。〕

  象曰.喪羊於易.位不當也.
  〔象に曰く、羊を易に喪うとは、位の当たらざればなり。〕
●六五は陰柔不正、中を得て君位に居る。九四で石垣が開けたが、六五はその開けた石垣に譬える。羊を易(えき、国境の辺)に見失ったが、壮盛に過ぎることのない陰爻の故に悔が残らないに象(かたど)る。
上六. 羝羊觸藩.不能退.不能遂.無攸利.艱則吉.
〔羝羊、藩に触れ、退くこと能(あた)わず。遂(すす)むこと能わず。利しき攸(ところ)無し。艱(くる)しめば則ち吉。〕

  象曰.不能退.不能遂.不詳也.艱則吉.咎不長也.
  〔象に曰く、退くこと能わず、遂むこと能わずとは、詳ならざるなり。艱しめば則ち吉とは、咎の長からざるなり。〕
●上六は大壮の卦の終、壮動の極であり、陰爻陰位であるが故に、九三と同じく羝羊が石垣に触れるの象ながらも角を傷つけるのではなく、石垣に角を引っかけて退くこともできず、進むこともできないさまに象る。何事にもよろしいところが無いが、艱難辛苦しながらも自らの立場を詳(つまびらか)にし、弁(わきま)えて辛抱すれば、やがては吉となる。
  

(35)




晋(しん)
坤下離上
火地晋

晉.康侯用錫馬蕃庶.晝日三接.
〔晋は、康侯(こうこう)用って馬を錫(たま)わること蕃庶(はんしょ)にして、昼日三たび接せらる。〕

  
  彖曰.晉.進也.明出地上.順而麗乎大明.柔進而上行.是以康侯用錫馬蕃庶.晝日三接也.
  〔彖に曰く、晋は、進むなり。明、地上に出づれば、順にして大明に麗(つ)き、柔進みて上に行く。ここを以って、康侯は用って馬を錫わること蕃庶にして、昼日三たび接せらるるなり。〕
  
  像曰.明出地上.晉.君子以自昭明德.
  〔像に曰く、明の地上に出づるは、晋なり。君子は、以って自ら明徳を昭(あきら)かにす。
  
●晋は上進、進むの義。火の地上に進むに卦象を取る。坤下離上の卦、その卦体は四陰二陽、その卦徳は内坤順、外離明で、内には順徳を主とし、外には大明に麗(つ)くのが晋である。又その卦象は上離日、下坤地で明(離)が地(坤)の上に出で、進んで明らかになるの象である。晋は六四(観卦)の柔が進み長じて、柔中の君位に居る六五(晋卦)となる。晋の名義は進み長ずるで、進み長じた六五が卦主であり、康侯(こうこう、領国を康(やす)んじた諸侯)に擬して説かれる。一国の民を治め安んじた康侯が王の前に進み出る(晋)と、王から蕃庶(はんしょ、多数)の馬を賜り、昼日(一日)に三度も接見を許されたという故事に象(かたど)る。
初六. 晉如摧如貞吉.罔孚.裕.無咎.
〔晋如(しんじょ)たり、摧如(さいじょ)たり。貞(ただ)しければ吉。孚(まこと)なること罔(な)きも、裕(ゆた)かなるときは、咎(とが)無し。〕

  象曰.晉如摧如.獨行正也.裕無咎.未受命也.
  〔象に曰く、晋如たり、摧如たりとは、独り正を行うなり。裕なるときは咎無しとは、未だ命を受けざればなり。〕
●初六は陰柔不正、晋卦の最下にして、応爻の九四も不中不正なので、晋如として進もうとしても摧如(望みをうち摧かれるさま)として進み得ないの象。しかし貞正を保っていれば吉である。孚(まこと、信任)を得ないこともあるが、心を広く裕(ゆたか)にしていれば、咎は無い。
六二. 晉如愁如.貞吉.受茲介福.於其王母.
〔晋如たり、愁如たり。貞しければ吉。茲(こ)の介(おお)いなる福を、その王母に受く。〕

  象曰.受茲介福.以中正也.
  〔象に曰く、茲の介いなる福を受くるは、中正を以ってなり。〕
●陰柔中正であるが、上の六五が陰柔中不正であるので、相応ずることができない。従って晋如として進もうとするも、愁如として憂えるのである。しかし貞正を守っていれば吉。益々大きくなる福を、六五の王母(祖母)より受けるだろう。
六三. 眾允.悔亡.
〔衆、允(ゆる)す。悔亡ぶ。〕

  象曰.眾允之志.上行也.
  〔象に曰く、衆允すの志は、上に行けばなり。〕
●六三は陰柔不中不正、本来ならば進もうとして悔を免れないはずであるが、下体坤の極に居り、上進せんとする下二陰を率いて先進するの象であるが故に、衆陰に信任されて、悔も解消するのである。
九四. 晉如鼫鼠.貞厲.
〔晋如たる碩鼠(せきそ)なり。貞しけれども厲(あやう)し。〕

  象曰.鼫鼠貞厲.位不當也.
  〔象に曰く、碩鼠なり、貞しけれども厲しとは、位の当たらざればなり。〕
●九四は陽剛不正位、下体の坤順を出て上体の離明にすすんだが、坤の柔順の徳を失っているの象。人事について言えば、不当にも君位に近い高官の地位に進んだが、下賢の上進を忌んで邪暴の振舞いに及ぶに当たり、それを猛進する碩鼠(せきそ、巨大な鼠)に譬える。貞正であっても危うい所以(ゆえん)である。
六五. 悔亡.失得勿恤.往吉無不利.
〔悔亡ぶ。失得(しつとく)に恤(うれ)うること勿(な)かれ。往けば吉にして、利(よろ)しからざる無し。〕

  象曰.失得勿恤.往有慶也.
  〔象に曰く、失得に恤うること勿かれとは、往きて慶び有るなり。〕
●六五は陰柔で尊位に居り、位不正で下に正応も無い。本来ならば悔有りであるが、居中離明で大明の徳が有り、下三陰が順附しているので悔が消滅する。得失成敗は憂うるに及ばない、進んで事を行えば吉であり、何事にもよろしくないことが無い。
上九. 晉其角.維用伐邑.厲吉無咎.貞吝.
〔その角(つの)に晋(すす)む。維(こ)れ用って邑(くに)を伐てば、厲けれども吉にして、咎無し。貞しけれども吝。〕

  象曰.維用伐邑.道未光也.
  〔象に曰く、維れ用いて邑を伐つとは、道の未だ光(おお)いならざるなり。〕
●上九は過剛居極、剛に過ぎて進むの極に在るの象。それを角を先にして進むに譬える。これを以って領国の賊を伐つのであれば、危うくはあっても吉であり、咎は無い。しかし所詮、貞正を保ったところで、うまく行くものではない。
  

明夷(36)




明夷(めいい)
離下坤上
地火明夷

明夷.利艱貞.
〔明夷は、艱(くる)しみて貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.明入地中.明夷.內文明而外柔順.以蒙大難.文王以之.利艱貞.晦其明也.內難而能正其志.箕子以之.
  〔彖に曰く、明の地中に入るは、明の夷(やぶ)るるなり。内は文明にして、外柔順なり、以って大難を蒙(こうむ)る。文王(ぶんおう)は之(これ)を以ってせり。艱しんで貞しきに利しとは、その明を晦(くら)ますなり。内に難ありて能(よ)くその志を正す。箕子(きし)は之を以ってせり。〕
  
  像曰.明入地中.明夷.君子以蒞眾.用晦而明.
  〔像に曰く、明の地中に入るは、明夷なり。君子は以って衆に莅(のぞ)み、晦(くら)きを用って而も明らかなり。〕
  
●明夷は明るいものが夷(やぶ)れ傷つくの義。坤上離下の卦、明の地中に入るに象(かたど)る。晋に反するを明夷となす。晋は明盛の卦、明君が上に在り、群賢並び進むの時なるを示すが、明夷は昏暗の卦、暗君が上に在り、明者傷れるの時なるを示す。日が地中に入り、明が傷れて昏暗なるもの、これを明夷という。その卦体は晋に上下相反する。六二、六五が中順の徳ある明者で、彖伝に言う文王(殷を伐って周を興した聖王)、或は箕子(きし、殷の紂王を諌めた異母兄)を以ってこれを擬(ぎ)し、卦主をなす。その卦徳は内離明、外坤順、内は文明で外は柔順であるのが明夷である。その卦象は上坤地、下離火で明(火)が地中に入りて見えない象が明夷である。人事を以って言えば暗愚の君に蔽われて賢者の明徳が夷れ傷つくの象。故にこの明が地中に入るの時に当たっては、艱難辛苦するも貞正の道を固守するのがよろしい。●文王は内に文明の徳を有して外には柔順を以って、暴君紂王(ちゅうおう)に仕え、幽囚されるような大難を犯しながらも、終には紂を伐って周を興した。箕子は暴君紂王の異母兄として諌めたが用いられず、殺されかけたので狂ったふりをして奴隷の中に紛れ込み、一命を取り留めた。
初九. 明夷于飛.垂其翼.君子於行.三日不食.有攸往.主人有言.
〔明(めい)夷(やぶ)れ、飛ぶにその翼を垂る。君子は行(こう)に於いて三日食わず。往く攸(ところ)有れば、主人に言(げん)有り。〕

  象曰.君子於行.義不食也.
  〔象に曰く、君子、行に於いては、義として食わざるなり。〕
●初九は陽剛居初、卦の最下に在り、傷つけられるもまだ浅い。譬えば鳥が逃れ飛ぼうとして、翼を垂れ、飛び難い象、君子が災禍を避けて他国に行こうとするに於いて、三日食えない象である。また他処に行こうとすれば、その真意を悟らぬ暗愚の主人は、それに文句をつけるだろう。
六二. 明夷.夷於左股.用拯馬壯吉.
〔明夷れて、左の股(もも)を夷る。用って拯(すく)うに馬壮(さか)んなれば吉。〕

  象曰.六二之吉.順以則也.
  〔象に曰く、六二の吉は、順ずるを以って則(のり)とすればなり。〕
●六二は柔順中正、下体離(明)の主。己の明徳を夷り傷つけられたが、それは左の股(もも)を傷つけたほどで、さほど深くはない。従って強壮な馬(九三)に助けられて行けば、吉。
九三. 明夷於南狩.得其大首.不可疾貞.
〔明夷れ、南に狩して、その大首を得たり。貞(ただ)すこと疾(すみや)かなるべからず。。〕

  象曰.南狩之志.乃得大也.
  〔象に曰く、南狩の志は、乃(すなわ)ち大を得るなり。〕
●九三は陽剛居正、下体離の上、明夷るの極、至暗の主上六と正応する。従って往き進んで南征し、その首領(上六)を征伐するに象る。非常時である、貞正にすることを急いではならない。
六四. 入於左腹.獲明夷之心.於出門庭.
〔左の腹に入り、明夷の心を出門の庭に獲(う)。〕

  象曰.入於左腹.獲心意也.
  〔左の腹に入るとは、心意を獲るなり。〕
●六四は柔順居正、下体より進んで上体に入り、その下位に居る。柔中の六五に相鄰し、柔順中正を以って相親しむ。陰爻を左、坤を腹となし、譬えて六四は左の腹に入るに象る。共に明夷の人であり、故に明夷の主(六五柔順中正)の心を出門の庭にて知ることができ、危難の地より遠ざかることができる。
六五. 箕子之明夷.利貞.
〔箕子の明夷は、貞しきに利し。〕

  象曰.箕子之貞.明不可息也.
  〔象に曰く、箕子の貞とは、明の息(や)むべからざるなり。〕
●六五は柔順中正、明を夷る暗君の上六に最も近いので明夷(やぶ)るの主とされる。そこで殷の箕子が紂王の無道によってその明を夷り傷つけられても、なお貞正を保ったに譬える。貞正を保つのがよろしい。
上六. 不明晦.初登於天.後入於地.
〔明ならずして晦(くら)し。初めて天に登り、後には地に入る。〕

  象曰.初登於天.照四國也.後入於地.失則也.
  〔象に曰く、初めて天に登るとは、四国を照らすなり。後に地に入るとは、則を失えばなり。〕
●上六は明夷の極、陰柔居極で道理に明らかならず、在下の賢人の明徳を夷り傷つける暗君の象。初は天に登り、高位に在って天下を照らすが、後には明を失い失徳、失行の故に地下に葬り去られる。
  

家人(37)




家人(かじん)
離下巽上
風火家人

家人.利女貞.
〔家人は、女の貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.家人女正位乎內.男正位乎外.男女正.天地之大義也.家人有嚴君焉.父母之謂也.父父.子子.兄兄.弟弟.夫夫.婦婦.而家道正.正家.而天下定矣.
  〔彖に曰く、家人とは、女は位を内に正し、男は位を外に正す。男女の正しきは、天地の大義なり。家人に厳君有りとは、父母の謂いなり。父は父たり、子は子たり、兄は兄たり、弟は弟たり、夫は夫たり、婦は婦たりて家道正し。家を正して、天下定まれるなり。〕
  
  像曰.風自火出.家人.君子以言有物.而行有恆.
  〔像に曰く、風の火より出づるは、家人なり。君子は以って、言(げん)には物(もの)有り、行には恒(つね)有り。〕
  
●家人とは、程伝に「外に傷(やぶ)れ困(くる)しむときは則ち必ず内に反るは、家人の明夷に次ぐ所以(ゆえん)なり。家人とは家内の道、父子の親、夫婦の義。尊卑長幼の序にして、倫理を正し、恩義を篤(あつ)くするは、家人の道なり。卦は外巽内離にして、風、火より出づとなす。火熾(さかん)なれば則ち風生ず、風の火より生ずるは、内よりして出づるなり。内よりして出づるは、家よりして外に及ぶの象なり。六二と、九五との男女の位を内外に正しくするを家人の道となす。内に明らかにして外に巽(したが)うは、家に処するの道なり。人の、これを身に有する者は則ちよく家に施し、家に行う者は則ちよく国に施し、天下治まるに至る。天下を治むるの道は蓋(けだ)し家を治むるの道なり。推してこれを外に行うのみ。故に内よりして外に出づるの象を取りて、家人の義となすなり。」と言い、文中子の書に、「内を明らかにして外を斉(ととの)うを以って義となす云々」と言うように、家を調えること、これが家人の義である。家人は離下巽上の卦、その卦体は六二、九五がそれぞれ中正を得て相応じ、卦の主をなしている。六二の柔順中正は女が位を内に正しくすることを示し、九五の陽剛中正は男が位を外に正しくしていることを意味し、又その卦象は上巽風、下離火で、風、火より出づ、内の火より外の風を生ずるの象である。この象はまた一家の化は内より外に及ぶを表わす。内を実にして、外にそれを及ぼすのであるから、君子たるものは、当然ことばには必ずその言うべき内容が有り、行いには必ず行うべき軌範が無くてはならない。
初九. 閑有家.悔亡.
〔閑(ふせ)いで家を有(たも)つ。悔亡ぶ。〕

  象曰.閑有家.志未變也.
  〔象に曰く、閑いで家を有つとは、志の未だ変ぜざるなり。〕
●初九は陽剛居初、正位で下体離明の初に居る。家道の初に当たり、剛毅果断の態度を以って、外より邪志が入って乱れぬよう閑(ふせ)ぎ、家を守らなくてはならない。そうすれば悔は消滅しよう。
六二. 無攸遂.在中饋.貞吉.
〔遂(と)ぐる攸(ところ)無くして、中饋(ちゅうき)に在り。貞しければ吉。〕

  象曰.六二之吉.順以巽也.
  〔象に曰く、六二の吉は、順にして以って巽(したが)えばなり。〕
●六二は柔順中正、上の九五に正応があり、女の位を内に正すの象。婦人の道は事を成し遂げることには無く、中饋(ちゅうき、食事の世話)に在る。貞正ならば吉。
九三. 家人嗃嗃.悔厲吉.婦子嘻嘻.終吝.
〔家人嗃嗃(かくかく)たり、厲(はげ)しきを悔ゆれば吉。婦人嘻嘻(きき)たり、終には吝。〕

  象曰.家人嗃嗃.未失也.婦子嘻嘻.失家節也.
  〔象に曰く、家人嗃嗃たりとは、未だ失わざるなり。婦人嘻嘻たりとは、家の節を失うなり。〕
●九三は過剛不中、内卦の極の正位に居り、厳格に家中を治めるの象。故に家人(九三)は嗃嗃(かくかく、大声で叱りつけるさま)として婦子を叱りつけるが、その厳正さは悔が残るほどがよく、危ういが吉である。それに反して婦子が嘻嘻(きき、喜び笑うさま)としているようでは家の節度が無くなり、終にはうまく行くはずがない。
六四. 富家.大吉.
〔家を富ます。大いに吉。〕

  象曰.富家大吉.順在位也.
  〔象に曰く、家を富ますの大いに吉とは、順じて位に在ればなり。〕
●六四は陰柔正位、上体の巽順に入って下位に居る。正応があり婦道に安んじているの象。大吉。
九五. 王假有家.勿恤吉.
〔王、仮(おお)いに家を有(たも)つ。恤(うれ)うる勿かれ。吉。〕

  象曰.王假有家.交相愛也.
  〔象に曰く、王、仮いに家を有つとは、交(こもご)も相愛するなり。〕
●九五は陽剛中正、六四に乗じ六二の正応を有すの象。王とは大いに家を守り保つものである。厳正に過ぎると憂えてはならない。吉。
上九. 有孚.威如.終吉.
〔孚(まこと)有りて威如(いじょ)たり。終には吉。〕

  象曰.威如之吉.反身之謂也.
  〔象に曰く、威如たるの吉とは、身に反(かえ)るの謂なり。〕
●上九は陽剛ながら陰位、家道の極に居るの象。家道はすでに成っておるので、敢て厳正を期すまでもなく、誠意が有れば、威厳有る振りをするだけでよい。終まで吉。
  

(38)




睽(けい)
兌下離上
火沢睽

睽.小事吉.
〔睽は、小事に吉なり。〕

  
  彖曰.睽.火動而上.澤動而下.二女同居.其志不同行.說而麗乎明.柔進而上行.得中而應乎剛.是以小事吉.天地睽.而其事同也.男女睽.而其志通也.萬物睽.而其事類也.睽之時用大矣哉.
  〔彖に曰く、睽は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、その志は同行せず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上に行き、中を得て剛に応ず。ここを以って小事に吉なるなり。天地睽(そむ)けども、その事は同じきなり。男女睽けども、その志は通ずるなり。万物睽けども、その事は類するなり。睽の時用(じよう)の大いなるかな。〕
  
  像曰.上火下澤.睽.君子以同而異.
  〔像に曰く、上に火、下に沢あるは、睽なり。君子は以って同じくして異なる。〕
  
●睽は乖(そむ)くの義。兌下離上の卦、その卦体は柔中不正の六五が下体剛中不正の九二に応じ、位不正ながらも中道を得て剛に応じているので、なお小事には吉である。上卦離の火が上に炎上し、下卦兌の沢は下に潤下して、上下乖きあうの象。また離の中女と兌の少女と二女同居して、少女は寵愛せられて内に居り、中女が疎んじられて外に居り、その意志感情が乖いて反目するの象で、家人の卦の反対の卦である。その卦徳によれば、内兌悦、外離明(麗)で、悦順して明に付くこと、即ち柔順の道を示す。天地は天は高く地は低くして、相睽(そむ)くようであるが、その志すところの事は同じである。男女は相睽いても、その志は相通ずるところである。万物は相睽きながらも、その志は同類に存する。睽の時にも、その働きは大であるかな。火は上に在り、沢は下に在って、相睽くのが睽である。そこで君子たるものは、志を同じくしても、行いは異なるものであると知っているのである。
初九. 悔亡.喪馬勿逐自復.見惡人.無咎.
〔悔亡ぶ。馬を喪(うしな)うも、逐(お)うこと勿(な)かれ。自ら復(かえ)る。悪人を見るも、咎(とが)無し。〕

  象曰.見惡人.以辟咎也.
  〔象に曰く、悪人を見るとは、以って咎を避くるなり。〕
●初九は陽剛在下、上に正応が無いので、当然悔有りであるが、ここに悔亡ぶと言うのは、終には敵応不徳の九四と心を合せるに至るのを言う。これを譬えて馬(九四)を喪うも、やがて自ら復(かえ)ると言う。また己に乖(そむ)く悪人(九四)に会見すれば、咎を避けることができる。。
九二. 遇主於巷.無咎.
〔主に巷(ちまた)に遇(あ)う。咎無し。〕

  象曰.遇主於巷.未失道也.
  〔象に曰く、主に巷に遇うとは、未だ道を失わざればなり。〕
●九二は陽剛居中、六五の主と正応であるが、共に位不正、睽乖(けいかい)の時にあり、相遇うことかなわず、探しまわってやっと巷で遇うことができた。探しまわって遇うのは道に乖かず、従って咎は無い。
六三. 見輿曳.其牛掣.其人天且劓.無初有終.
〔輿(くるま)に曳かるるを見る。その牛掣(おさ)えられ、その人天(いれずみ)せられ、且つ劓(はなき)らる。初め無くして終り有り。〕

  象曰.見輿曳.位不當也.無初有終.遇剛也.
  〔象に曰く、輿に曳かるるを見るとは、位当たらざればなり。初め無くして終り有りとは、剛に遇えばなり。〕
●六三は陰柔不正、同じく位不正の二陽の間に居り、上九とは正応であるが、睽乖の時に当たるので、二陽に前後を妨げられるの象。九二には後から輿(くるま)を曳き止められ、九四は前から牛を掣(おさ)えようとする。六三自身も九四によって天(いれずみ)され、鼻を削がれるような憂き目に遇うまで、睽乖の時の故に上九の正応は疑って助けようとしない。このように初はさんざんであるが、最後には正応によって助けられる。
九四. 睽孤.遇元夫.交孚.厲無咎.
〔睽きて孤(こ)なり。元夫(げんぷ)に遇い、孚(まこと)を交わす。厲(あやう)けれども、咎無し。〕

  象曰.交孚無咎.志行也.
  〔象に曰く、孚を交わすの咎無しとは、志の行わるるなり。〕
●九四は陽剛不正、二陰の間に在って無応孤独、正に睽乖の時に居るが、元夫(善い男)の初九に遇い、互いに至誠を以って交際する。危ういが咎は無い。
六五. 悔亡.厥宗噬膚.往何咎.
〔悔亡ぶ。厥(そ)の宗(そう)、膚(ふ)を噬(か)む。往けば何の咎かあらん。〕

  象曰.厥宗噬膚.往有慶也.
  〔象に曰く、厥の宗、膚を噬むとは、往けば慶び有るなり。〕
●六五は柔順居中、陰柔の身で陽の尊位に居り、悔も生じやすいが、九二の正応の助けを得て、悔を解消する。その宗族を同じくする九二に遇うのは、柔らかい肉切れを噬(か)むようなもので、間に邪魔する者(六三)が無くなるという象なので、何処へ往こうと、何の咎も無い。
上九. 睽孤.見豕負塗.載鬼一車.先張之弧.後說之弧.匪寇婚媾.往遇雨則吉.
〔睽きて孤なり。豕(いのこ)の塗(どろ)を負うを見、鬼を一車に載す。先には之(これ)が弧(ゆみ)を張り、後には之が弧を説(と、脱)く。寇(あだ)するに匪(あら)ず、婚媾(こんこう)せんとす。往きて雨に遇えば、則ち吉。〕

  象曰.遇雨之吉.群疑亡也.
  〔象に曰く、雨に遇うの吉とは、群疑(ぐんぎ)亡ぶればなり。〕
●上九は陽剛居極、不正で睽卦の極、上体離の最上に居るので、明察に過ぎ、疑い深く何者にも乖きがちである。正応の六三も上下二陽に牽掣(けんせい)されて容易に応合できない、故に孤立無援である。従って上九は疑心暗鬼して正応の六三に対し、さまざまな幻影を生ずる。それは子豚が汚い泥を背中一面に塗りたくっていたり、有りもしない幽鬼を一車に満載していたりするのを見るのであり、先には幻影に惑わされて弧(ゆみ)を張るが、後にはそれに気付いて弧の張りを解くのである。六三は寇(あだ)ではない、結婚しようとしている者なのだと悟り、遇いに往けば雨に遇う。雨は陰陽二気の和合であり、勿論吉である。
  

(39)




蹇(けん)
艮下坎上
水山蹇

蹇.利西南.不利東北.利見大人.貞吉.
〔蹇は、西南に利(よろ)し。東北に利しからず。大人を見るに利しく、貞(ただ)しければ吉。〕

  
  彖曰.蹇.難也.險在前也.見險而能止.知矣哉.蹇利西南.往得中也.不利東北.其道窮也.利見大人.往有功也.當位貞吉.以正邦也.蹇之時用大矣哉.
  〔彖に曰く、蹇は、難なり。険前に在るなり。険を見て、能(よ)く止まるは、知なるかな。蹇は西南に利しとは、往きて中を得ればなり。東北に利しからずとは、その道の窮まればなり。大人を見るに利しとは、往きて功有るなり。位に当たり、貞しければ吉とは、以って邦を正すなり。蹇の時用の大なるかな。〕
  
  像曰.山上有水.蹇.君子以反身脩德.
  〔像に曰く、山上に水有るは、蹇なり。君子は、以って身に反りて徳を修む。〕
  
●蹇は険難、困難、難(なや)むの義。字義はあしなえ。艮下坎上の卦、その卦体は九五の剛中が卦主、六二の柔中が正応である。蹇難(けんなん、険難)の時に当たり、六二がよく進み行きて九五の大人に応合すれば、よくその蹇難の世を救うことができることを示す。その卦徳は内艮止、外坎陥で、妄(みだり)に進み行けば険陥(けんかん)に入るが故に、よく止まるべきことを示す。蹇は行き悩んで進まぬことの意。坎険を見て止まるのが卦徳である。険難を見て止まれば、物事を知る智慧が有ると言ってもよかろう。西南(坤の方位、平坦安全の地)に行くのはよろしいが、東北(艮の方位、険阻危険の地)に行くのはよろしくない。また行き悩む蹇難を切り抜けるには、有徳の大人に出会ってその助けを得るのがよろしく、その為に貞正を守るのが吉となる。●蹇は、屯(水雷)、困(沢水)と共に三大難卦と称する。
初六. 往蹇來譽.
〔往けば蹇(なや)み、来たれば誉あり。〕

  象曰.往蹇來譽.宜待也.
  〔象に曰く、往けば蹇み、来たれば誉ありとは、宜しく待つべきなり。〕
●初六は柔順居初、不正無応、故に静に時を待つべきである。往けば蹇難に悩むが、反り来たれば誉が有る。
六二. 王臣蹇蹇.匪躬之故.
〔王臣(おうしん)蹇蹇(けんけん)たり。躬(み)の故(こと)に匪(あら)ず。〕

  象曰.王臣蹇蹇.終無尤也.
  〔象に曰く、王臣蹇蹇たりとは、終に尤(とがめ)無きなり。〕
●六二の臣は柔順中正、よく正応の君位に在る王を助けて国難に当たるが、陰柔の身にして蹇難を救う力は弱い、九五の王は蹇卦の主にして坎陥中に入って身動きが取れない。王臣蹇にして蹇である。これらの艱難辛苦に耐えるのは、国の為であり、決して一身上の事ではない。
九三. 往蹇來反.
〔往けば蹇み、来たれば反(かえ)る。〕

  象曰.往蹇來反.內喜之也.
  〔象に曰く、往けば蹇み、来たれば反るとは、内に之を喜ぶなり。〕
●九三は陽剛正位、下体艮の主爻であるが、正応の上六は陰柔無位で才力共に弱く、助けとはならない。従って進み行けば往き悩み、進み行かなければ九三の本位に反って、初六、六二が喜ぶ。
六四. 往蹇來連.
〔往けば蹇み、来たれば連なる。〕

  象曰.往蹇來連.當位實也.
  〔象に曰く、往けば蹇み、来たれば連なるとは、位に当たることの実なればなり。〕
●六四は陰柔正位であるが力才弱く、すでに上体の坎険中に入っているので往き悩んでいる。進まずに反り来たって止まれば、下の九三と手を連ねて事に当たることができる。
九五. 大蹇朋來.
〔大いに蹇(なや)むも、朋(とも)来たる。〕

  象曰.大蹇朋來.以中節也.
  〔象に曰く、大いに蹇むも朋来たるとは、中の節を以ってなり。〕
●九五は陽剛中正で上体の坎険の中に居り、下体柔順中正の六二が相応じている。陽剛を以って坎険中の尊位に居るので、大(陽)いに蹇(なや)むの象であり、同じく中正の徳有る六二が必ず相応じて相助けるの象である。
上六. 往蹇來碩吉.利見大人.
〔往けば蹇み、来たれば碩(おお)いに吉。大人を見るに利し。〕

  象曰.往蹇來碩.志在內也.利見大人.以從貴也.
  〔象に曰く、往けば蹇み、来たりて碩いなりとは、志の内に在ればなり。大人を見るに利しとは、以って貴に従うなり。〕
●上六は陰柔居極、難の解けようとする時に当たるが、柔順の故に往けば蹇み、往かずに下(九五)に就けば、蹇難が解け散ずるので、大功を得て大いに吉となるところである。大人(九五)に見(まみ)えて随従するのがよろしい。
  

(40)




解(かい)
坎下震上
雷水解

解.利西南.無所往.其來復吉.有攸往.夙吉.
〔解は、西南に利(よろ)し。往く所無ければ、それ来たりて、復(ま)た吉なり。往く攸(ところ)有れば、夙(はや)くして吉。〕

  
  彖曰.解.險以動.動而免乎險.解.解利西南.往得眾也.其來復吉.乃得中也.有攸往夙吉.往有功也.天地解.而雷雨作.雷雨作.而百果草木皆甲坼.解之時大矣哉.
  〔彖に曰く、解は、険にして以って動く。動きて険を免るるは、解なり。解の西南に利しとは、往きて衆を得るなり。それ来たりて、復た吉なりとは、乃(すなわ)ち中を得ればなり。往く攸有れば、夙くして吉なりとは、往きて功有るなり。天地解けて、雷雨作(おこ)り、雷雨作りて、百果草木皆甲坼(こうたく)す。解の時の、大いなるかな。
  
  像曰.雷雨作.解.君子以赦過宥罪.
  〔像に曰く、雷雨の作(おこ)るは解なり。君子は以って過を赦(ゆる)し、罪を宥(ゆる)す。〕
  
●解は解緩(かいかん)の義。難の解け緩むの意。坎下震上の卦、その卦体は柔中六五と剛中九二が卦の主で、その応合によって蹇難(けんなん、険難)を解緩することを示している。その卦徳は内坎陥、外震動で、内なる険陥から外に脱出すべく震動するの意を示す。又その卦象は上震雷、下坎水(雨)で、雷雨が起って陰陽二気が交感し、蹇難の解散するの象である。西南の坤の方位は平坦、安全の地であってよろしいが、険難が解け緩んで救いに往くべき処が無ければ、往かずして本位に復(かえ)り、安静の地に居るのが吉であり、往く処が有るならば、疾かに往くのが吉である。
初六. 無咎.
〔咎(とが)無し。〕

  象曰.剛柔之際.義無咎也.
  〔象に曰く、剛柔の際(まじわ)るは、義として咎無し。〕
●初六は陰柔居下、不正ながら九四に応ずるの象。陰陽相助け合うの時であるから、道理としても咎は無い。
九二. 田獲三狐.得黃.矢.貞吉.
〔田(かり)に三狐を獲(え)、黄矢(こうし)を得たり。貞(ただ)しければ吉。〕

  象曰.九二貞吉.得中道也.
  〔象に曰く、九二の貞しければ吉なるは、中道を得ればなり。〕
●九二は陽剛で中位不正に居り、六五の君に正応である。従って陰柔の三小人(初、三、上)を除去するの象。田に猟をして三狐を獲るに譬え、黄矢(こうし、黄金の鏃の矢、黄は中央の色、矢は直を表わす)を得るに譬える。貞正であれば吉。
六三. 負且乘.致寇至.貞吝.
〔負い且(か)つ乗り、寇(あだ)の至るを致す。貞しくとも吝なり。〕

  象曰.負且乘.亦可醜也.自我致戎.又誰咎也.
  〔象に曰く、負い且つ乗るとは、また醜(は)づべきなり。我れより戎(じゅう)を致す。又誰をか咎めん。〕
●六三は陰柔不正、下卦坎の上に居り、正応無く、上下の二剛に挟まれた、六爻中の最も不安定なる地位で、従って荷物を背負った卑賎の者が、貴人の乗る車に乗っているという醜(は)づべき象を取る。このような態度では寇(あだ)を招くことになり、たとえ貞正を保っていてもうまく行くはずがない。
九四. 解而拇.朋至斯孚.
〔而(なんじ)の拇(おやゆび)を解く。朋(とも)至りて、斯(ここ)に孚(まこと)あり。〕

  象曰.解而拇.未當位也.
  〔象に曰く、而の拇を解くとは、未だ位に当たらざればなり。〕
●九四は陽剛不正で、下の陰柔初六に応であるが、それは不中不正の応である。従ってその足の親指(初六)の束縛を解き去れば、同類の朋(九二)が来たり至って相信じて共に六五の君に誠信を尽くすことができる。
六五. 君子維有解.吉.有孚於小人.
〔君子は、維(こ)れ解くこと有れば、吉。小人に孚有り。〕

  象曰.君子有解.小人退也.
  〔象に曰く、君子解くこと有りとは、小人の退くなり。〕
●六五は陰柔にして中の尊位に在り、下に剛中の九二が応ずるので、君子の徳が有るの象である。従って解の主であるが、陰柔の故によく初、三、上の小人を解き去れば、二、四の賢人を登用することができて吉である。そうすれば小人も誠意を有することになろう。
上六. 公用射隼於高墉之上.獲之.無不利.
〔公は用って、隼(はやぶさ)を高き墉(かき)の上に射て、之(これ)を獲たり。利しからざる無し。〕

  象曰.公用射隼.以解悖也.
  〔象に曰く、公は用って隼を射るとは、以って悖(もと)れるを解くなり。〕
●上六は陰柔居極、下の六三(位不正)と敵応する。解卦震卦の極に居り、高い垣根の上の猛禽(六三坎難の象徴)を射て、これを捕獲する象。何事にもよろしくないところが無い。
  

(41)




損(そん)
兌下艮上
山沢損

損.有孚.元吉.無咎可貞.利有攸往.曷之用.二簋可用享.
〔損は、孚(まこと)有れば、元(おお)いに吉にして、咎(とが)無し。貞(ただ)しくすべし。往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。曷(いか)んが之(これ)を用いん。二簋(き)用いて享(まつ)るべし。〕

  
  彖曰.損.損下益上.其道上行.損而有孚.元吉.無咎.可貞.利有攸往.曷之用.二簋可用享.二簋應有時.損剛益柔有時.損益盈虛.與時偕行.
  〔彖に曰く、損は下に損(へら)して、上に益し、その道を上り行く。損すも孚有れば、元いに吉にして咎無く、貞しくすべくして、往く攸有るに利しく、曷んが之を用いん。二簋用いて享るべしとは、二簋は、時有るに応ずればなり。剛を損して柔を益すに時有り。損益、盈虚(えいきょ)は時と偕(とも)に行わる。〕
  
  像曰.山下有澤.損君子以懲忿窒慾.
  〔像に曰く、山下に沢有るは、損なり。君子は以って忿(いきどおり)を懲(こ)らし、欲を窒(ふさ)ぐ。〕
  
●損は減損、減らすの義。兌下艮上の卦、その下卦の兌沢の体は深く、艮山の体は高きを旨とする。下が深ければ上は益々高きを加えるのが損であり、下に損(へら)して上に益(ま)すのが損である。その卦徳は内兌説(悦)、外艮止で内外の三爻は皆応じているので、内に悦んで上に奉じ、外の高みにそれを止めるを示している。又その卦象は上山(艮)、下沢(兌)で山下の沢の水気が上昇して山の草木を潤すことを示している。損は減損、へらすの意。下卦第三爻を損して、上卦第三爻に益すを卦象に取る。人事に関してこれを言えば、下臣が損して、上君を益すを示して、誠信を以って下は僅かの物を上に贈り、上は誠信を以ってこれを受けるならば、大いに吉、何の咎も無い。但し贈り物をするに当たっては、貞正の態度を固守するのがよく、進んで事に当たるのがよろしい。何のように、損を用いればよいのか?二簋(き、穀物を盛って神に捧げる竹の器)を用いて神を享(まつ)るようにすればよい。●簋(き)は外側が円く、内側が四角で黍が一斗二升入る器であるが、通常外側が四角、内側が円で同じく一斗二升入る簠(ほ)という器と対を為し、「周礼、地官、舎人」に、「凡そ祭祀には簠簋を共にす」とあるように、一対を共に用いて神を祀るのを恒例とするものであるが、二簋を用いるのは不揃いの意味であり、時と場合によっては慌てて礼を失してもかまわないことを言うのである。
初九. 已事遄往.無咎.酌損之.
〔事を已(や)めて遄(すみ)やかに往けば、咎無し。酌(く)みて之(これ)を損す。〕

  象曰.已事遄往.尚合志也.
  〔象に曰く、事を已め遄やかに往くとは、志を合わすを尚(たっと)べばなり。〕
●初九は陽剛正位で最下に居り、上に六四の正応がある。そこで私事を止めて疾かに上の六四に往き、足らざるを益せば、何の咎も無い。但し事情を酌んで、損すべきである。
九二. 利貞.征凶.弗損.益之.
〔貞しきに利し。征けば凶。損さずして、之を益す。〕

  象曰.九二利貞.中以為志也.
  〔象に曰く、九二の貞しきに利しとは、中を以って志と為せばなり。〕
●九二は陽剛居中で位不正であるが、剛中であり、上の六五に正応が有るので、貞正を保つのがよろしい。己から進んで往き、妄に損して、上(六五)を益せば、凶である。
六三. 三人行.則損一人.一人行.則得其友.
〔三人行けば、則ち一人を損す。一人行けば、則ちその友を得。〕

  象曰.一人行.三則疑也.
  〔象に曰く、一人行く、三なれば則ち疑うなり。〕
●六三は陰柔で下卦兌悦の上に居るが、元の下卦(乾)は三陽で、その上爻が変じて陰爻になったのだから、三人が行って、一人を損したと言い、しかし六三は上九に正応し、陰を以って陽に従うので、これを一人行けば、則ちその友を得ると言うのである。
六四. 損其疾.使遄有喜.無咎.
〔その疾(なやみ)を損す。遄やかならしむれば、喜有り。咎無し。〕

  象曰.損其疾.亦可喜也.
  〔象に曰く、その疾を損すとは、また喜ぶべきなり。〕
●六四は陰爻陰位で正位に居るが、上下もまた陰柔であるので、柔に偏っている。この偏柔の疾を正応の初九によって損することを得るので、疾かに損させてくれれば、喜びが有り、咎は無いと言う。
六五. 或益之.十朋之龜弗克違.元吉.
〔或は之に十朋(じっぽう)の亀(き)を益すとも、違うこと克(あた)わず。元(おお)いに吉。〕

  象曰.六五元吉.自上祐也.
  〔象に曰く、六五の元いに吉なるは、上より祐(たす)くればなり。〕
●六五は柔順居中の徳を以って尊位に居り、帝位を履んでいる。損下益上の時に当たり、九二の正応を初として上九もこれに親比して、これを益す。故に自ら損しても、これを益すということは、その見返りの利益たるや十朋(朋は貝貨二枚)の高価な亀甲を以って占っても願いを違えられないほど確実なことである。故に大いに吉。
上九. 弗損.益之.無咎.貞吉.利有攸往.得臣無家.
〔損さずして、之を益す。咎無く、貞しければ吉。往く攸有るに利し。臣の家無きを得ん。〕

  象曰.弗損益之.大得志也.
  〔象に曰く、損さずして之を益すとは、大いに志を得るなり。〕
●上九は陽剛居極、損極まって益に転ずるの時に当たる。下の六五(君)と親比し、六三の臣と正応をなし、共に成卦の主爻をなす。従って自ら損することなく、この六五の君を益す。それには何の咎も無く、貞正を固く守れば吉である。進んで事を為すのがよろしい。臣(六三)を得るが、臣には心を牽(ひ)かれるような家は無い。
  

(42)




益(えき)
震下巽上
風雷益

益.利有攸往.利涉大川.
〔益は、往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。大川を渉(わた)るに利し。〕

  
  彖曰.益.損上益下.民說無疆.自上下下.其道大光.利有攸往.中正有慶.利涉大川.木道乃行.益動而巽.日進無疆.天施地生.其益無方.凡益之道.與時偕行.
  〔彖に曰く、益は、上を損して下に益す、民の説(よろこ)ぶこと疆(かぎ)り無し。上より下に下る、その道は、大いに光(かがや)く。往く攸有るに利しとは、中正にして慶び有ればなり。大川を渉るに利しとは、木道なれば乃(すなわ)ち行くに、益は動いて巽(したが)い、日の進むこと疆り無く、天は施し、地は生じ、その益すこと方無ければなり。凡そ、益の道は、時と偕(とも)に行わる。〕
  
  像曰.風雷.益.君子以見善則遷.有過則改.
  〔像に曰く、風雷は、益なり。君子は以って、善を見れば則ち遷(うつ)り、過有れば則ち改む。〕
  
●益は増益の義。震下巽上の卦、損卦の対で上に損して下に益するの意。その卦体は上卦初爻の陽を損して陰となし、下卦初爻の陰に益して陽となすの象であり、その卦徳は内震動、外巽入で、内に動いて外に入るの意、その卦象は上巽風、下震雷で、風雷相助けて益をなすを示す。故に程伝には、「雷風の二物は相益するものなり。風烈しければ則ち雷迅(はや)く、雷激しければ則ち風怒り、両(ふた)つながら相助け益すは益たる所以なり。震巽の二卦は皆下の変ずるによりて成る。陽変じて陰(六三)となるものは損なり、陰変じて陽(初九)となるものは益なり。上卦は損して下卦は益し、上を損して下に益するは益たる所以なり、これ義を以って言うなり。下厚ければ則ち上安し、故に下に益すを益となす。」と説くのである。故に、行う事が有れば行うのがよろしく、大川を渉るような大事も行うのがよろしい。
初九. 利用為大作.元吉.無咎.
〔用って大作を為すに利し。元(おお)いに吉なれば、咎(とが)無し。〕

  象曰.元吉無咎.下不厚事也.
  〔象に曰く、元いに吉、咎無しとは、下は事を厚くせざればなり。〕
●初九は陽剛正位、卦の最下に居り、上の柔正(六四)正応であり、共に成卦の主をなす。低位に居るとはいえ、今は上に損して下を益すの時、六四正応の助けを得て、大いに事を為すのがよろしい。但し位が低いが故に、善吉の事を為すに当たってのみ、咎は無いのである。
六二. 或益之.十朋之龜弗克違.永貞吉.王用享於帝吉.
〔或は之(これ)に十朋(じっぽう)の亀(き)を益すとも、違うこと克(あた)わず。永く貞(ただ)しきに吉。王は用って帝を享(まつ)る。吉。〕

  象曰.或益之.自外來也.
  〔象に曰く、或は之に益すとは、外より来たるなり。〕
●六二は陰柔中正、剛中正の九五と正応である。上より下に益すの時に当たり、明主が在下の賢臣を信任するの象で、十朋(朋は貝貨二枚)の高価な亀甲で占っても違うはずがない。ただ柔順に過ぎて貞正を守り通せない恐れから、永く貞正を保てば吉。王がこの賢臣を用いて天帝(万物を支配する神)を祀るなら、これも吉である。
六三. 益之.用凶事.無咎.有孚中行.告公用圭.
〔之を益すに、凶事を用うれば、咎無し。孚(まこと)有り、中行して、公に告ぐるに圭(けい)を用う。〕

  象曰.益用凶事.固有之也.
  〔象に曰く、益すに凶事を用うとは、固く之を有(たも)つなり。〕
●六三は陰柔不中不正、下体震動の極にあり躁動しやすいが、正応上九の助を期待し得て、戦争、飢饉の凶事に用いるなら、これに益しても、よく過ぎるを補って、咎は無い。誠信を以って中道を行えば、九五の王公に圭(けい、天子が諸侯を封ずる時授けた、諸侯の身分を示す玉。王に謁見して上告するとき手に持つ)を手にして上告するような身分にもなろう。
六四. 中行.告公從.利用為依遷國.
〔中行し、公に告げて従(したが)わる。用って依るが為に国を遷(うつ)すに利し。

  象曰.告公從.以益志也.
  〔象に曰く、公に告げて従わるとは、以って志を益すればなり。〕
●六四は己を損して下に益す益卦の主であるが、陰柔正位で君公(九五)の命を受けて共に下(初九)に益す。独断で動くことはできないが、中道を以って行い、上告すれば君公も従うであろう。このような人物を用いるなら、それに依って国を遷すような大事を為させてもよろしい。
九五. 有孚.惠心.勿問元吉.有孚惠我德.
〔孚(まこと)と、恵む心と有れば、問うこと勿(な)かれ、元いに吉。孚有りて、我が徳を恵めばなり。〕

  象曰.有孚惠心.勿問之矣.惠我德.大得志也.
  〔象に曰く、孚と、恵む心と有れば、之を問うこと勿かれ。我が徳を恵むとは、大いに志を得るなり。〕
●九五は陽剛中正の君位に在り、下に六二(陰柔中正)の正応があるから、誠意が有り、下に恵む心も在るので、改めて問うまでもなく大いに吉である。誠意と仁恵とを有するのは、我が徳(善を遂行する力に溢れた優れた品性)である。
上九. 莫益之.或擊之.立心勿恆.凶.
〔之を益すこと莫(な)くして、或は之を撃つ。心を立つるも恒(つね)勿(な)し。凶。〕

  象曰.莫益之.偏辭也.或擊之.自外來也.
  〔象に曰く、之を益すこと莫しとは、偏辞なればなり。或は之を撃つとは、外より来たるなり。〕
●上九は過剛居極、下の六三と位不正を以って相交わらんとするが交わることを得ない。従って下(六三)に益すことができず、或は九五から非難、攻撃を受けよう。志を立てようにも、私心に惑わされて恒となることは無い。凶の所以(ゆえん)である。
  

(43)




夬(かい)
乾下兌上
沢天夬

夬.揚於王庭.孚號有厲.告自邑.不利即戎.利有攸往.
〔夬は、王庭(おうてい)に揚(あ)ぐ。孚(まこと)ありて号(さけ)び、厲(あやう)きこと有り。告ぐること邑(みやこ)よりし、戎(じゅう)に即(つ)くに利(よろ)しからず。往く攸(ところ)有るに利し。〕

  
  彖曰.夬.決也.剛決柔也.健而說.決而和.揚於王庭.柔.乘五剛也.孚號有厲.其危乃光也.告自邑.不利即戎.所尚乃窮也.利有攸往.剛長乃終也.
  〔彖に曰く、夬は、決なり。剛の柔を決するなり。健やかにして説(よろこ)び、決して和(やわ)らぐ。王庭に揚ぐとは、柔、五剛に乗ずればなり。孚ありて号び厲きこと有りとは、その危ぶむときは、乃(すなわ)ち光(おお)いなればなり。告ぐるに邑よりす、戎に即くに利しからずとは、尚(たっと)ぶ所の乃ち窮すればなり。往く攸有るに利しとは、剛長じて乃ち終ればなり。〕
  
  像曰.澤上於天.夬.君子以施祿及下.居德則忌.
  〔像に曰く、沢の天に上るは、夬なり。君子は以って、禄を施して下に及ぼし、徳に居れば則ち忌(い)む。〕
  
●夬は決断、決潰(けっかい、決壊)の義、分け決(さ)くの義。乾下兌上の卦。この下体は五陽が伸長して、上の一陰がまさに消尽(しょうじん)せんとするの卦形で、春三月に配当する。その卦徳は下乾健、上兌悦で剛健にしてよく悦び、決去(けっきょ)してよく和することを示すものである。その卦象は上兌沢、下乾天で沢の気が天に上って滿盈(まんえい)すれば、決壊し下り来たって下を潤(うるお)すことを示す。夬とは決の義、五陽を以って一陰を決去せんとする卦で、卦主は陽剛中正の九五(王)である。王が朝庭に於いて一陰の罪状を揚言(ようげん)すると、誠意ある九二がその衆(下四陽)に呼号して協力させるが、なお危うき事が有る。従って九五は先ず邑(ゆう、領国)より、戎(じゅう、武器)を執ることのよろしくない旨を周知させることが大切で、そうすれば何事を行うにもよろしくないことが無い。
初九. 壯於前趾.往不勝為咎.
〔趾(あし)を前(すす)むに、壮(さか)んなり。往きて勝たざるを、咎(とが)と為す。〕

  象曰.不勝而往.咎也.
  〔象に曰く、勝たざるに往くは、咎なり。〕
●初九は陽剛で最下、正位無応であるが、前進せんとして足を進めるに意気壮んである。しかし力不足は蔽(おお)うべくもない。進んで戦闘すれば、勝てずに咎を得ることになろう。
九二. 惕號.莫夜有戎.勿恤.
〔惕(おそ)れて号んで、莫夜(ばくや)に戎(じゅう)有るも、恤(うれ)うること勿(な)かれ。〕

  象曰.有戎勿恤.得中道也.
  〔象に曰く、戎有るも恤うること勿かれとは、中道を得ればなり。〕
●九二は陽剛居中ながら、柔位不正で滅多な行動を取らず、恐れて呼号したり、暮夜(ぼや)に武器を執(と)ったりするが、中道を行くのであるから、憂うることはない。
九三. 壯於頄.有凶.君子夬夬.獨行.遇雨若濡.有慍.無咎.
〔頄(ほおぼね)に壮んなり。凶有り。君子夬夬(かいかい)として独り行き、雨に遇うて濡(ぬ)るるが若(ごと)し。慍(いか)らるること有るも、咎無し。〕

  象曰.君子夬夬.終無咎也.
  〔象に曰く、君子夬夬とするも、終に咎無きなり。〕
●九三は過剛居正、独り上六の小人に正応するの象。陽剛に過ぎる反面、独り小人に応じて決去せんとするので、頄(ほおぼね)にまでその決意が表れている。逸(はや)りすぎれば凶である。衆君子(五陽)が決去しよう、決去しようとする時、独り行って一陰と和合し雨(陰陽和合を示す)に濡れようとしているので、衆君子の慍(いか)りを買うことになる。しかしそれが九三の本領であるが故に咎は無い。
九四. 臀無膚.其行次且.牽羊悔亡.聞言不信.
〔臀に膚(はだえ)無し。その行くこと次且(ししょ)たり。羊を牽(ひ)けば悔亡ぶ。言(げん)を聞くも信ぜず。〕

  象曰.其行次且.位不當也.聞言不信.聰不明也.
  〔象に曰く、その行くこと次且たりとは、位に当たらざればなり。言を聞くとも信ぜずとは、聡なるも、明らかならざればなり。〕
●九四は陽剛不中不正で無応、小人を決去する意志は有るが柔位に居る柔弱さから、臀に皮膚が無いかのように落ち着いておれず、その行いも次且(ししょ、逡巡)たるものである。しかし羊飼い(九五)に牽かれた羊のように後に従えば悔は解消する。しかし九五の言葉を聞いて信じたのではない。聡明さが足りないのである。
九五. 莧陸夬夬.中行無咎.
〔莧陸(けんりく)夬夬するも、中行なれば咎無し。〕

  象曰.中行無咎.中未光也.
  〔象に曰く、中行なれば咎無しとは、中の未だ光(おお)いならざればなり。〕
●九五は陽剛中正ながら、小人の上六を決去するの卦主でありながら、上六に親比して狎れ親しんでいる。莧陸(けんりく、山ごぼうで湿潤の陰気を好む植物)のように決去し、決去するが中道を行うので、咎は無い。
上六. 無號.終有凶.
〔号ぶこと無かれ。終に凶有り。〕

  象曰.無號之凶.終不可長也.
  〔象に曰く、号ぶこと無きの凶とは、終に長かるべからざるなり。〕
●上六は陰柔居極の小人で、その邪悪により君子に決去されるべき者である。泣き叫ぶ暇もなく決去され、終には凶運が待ち構えている。
  

(44)




姤(こう)
巽下乾上
天風姤

姤.女壯.勿用取女.
〔姤は、女の壮(さか)んなり。女を取(めと)るに用うること勿(な)かれ。〕

  
  彖曰.姤.遇也.柔遇剛也.勿用取女.不可與長也.天地相遇.品物鹹章也.剛遇中正.天下大行也.姤之時義大矣哉.
  〔彖に曰く、姤は、遇うなり。柔の剛に遇うなり。女を取るに用うること勿かれとは、与(とも)に長かるべからざればなり。天地は相遇いて品物(ひんぶつ)咸(ことごと)く、章(あき)らかなり。剛は、中正に遇いて、天下大いに行わるるなり。姤の時義の大いなるかな。〕
  
  像曰.天下有風.姤.後以施命誥四方.
  〔像に曰く、天の下に風有るは、姤なり。後より以って命を施し、四方に誥(つ)ぐ。〕
  
●姤は遇合、遇い合うの義。巽下乾上の卦、一陰が初めて下に生じて、五陽に遇合することを示す。五陽一陰の夬卦の対であり、夏五月に配される。その卦徳は下巽順、上乾健で、柔順にして剛健に遇合することを示し、その卦象は上乾天、下巽風で天の下に風があるの象、四方に周遍し、万物として遇わざるものが無いことを示す。姤は遇うの意、一陰(初六)が初めて下に生じて微弱ではあるが、やがてその正応(九四)に遇合して、五陽に匹敵する壮盛さを示すに至る。成卦の主であり、従って婦女の壮盛なる象を示すが、一女身が五男に遇うのは不貞であり、婬心壮んと言わざるを得ず、故にこのような女を娶ってはならないのである。
初六. 繫於金柅.貞吉.有攸往.見凶.羸豕孚蹢躅.
〔金柅(きんじ)に繋(つな)ぐ。貞(ただ)しければ吉。往く攸(ところ)有れば、凶を見る。羸(つか)れたる豕(いのこ)、孚(まこと)に蹢躅(てきちょく)たり。〕

  象曰.繫於金柅.柔道牽也.
  〔象に曰く、金柅に繋ぐとは、柔の道に牽(ひ)けばなり。〕
●初六は姤の卦主、一陰を以って五陽に当たる女壮の象。その勢いが壮んであるが故に、金柅(きんじ、鉄製の車止め)に繋がなくてはならず、こうすれば貞正を保って吉である。もし繋がれずに進み往けば凶事に遇うことだろう。痩せた豚であっても蹢躅(てきちょく、うろうろと行ったり来たりするさま)たる本性を懐いているようなものである。
九二. 包有魚.無咎.不利賓.
〔包(つと)に魚有り。咎(とが)無し。賓(ひん)に利(よろ)しからず。〕

  象曰.包有魚.義不及賓也.
  〔象に曰く、包に魚有りとは、義として賓に及ばざるなり。〕
●九二は陽剛居中で、無応の不正位に居り、初九に親比するの象で、剛中の徳を以って、初陰と出遇い、その進出をぴたりと抑え止める。譬えば包(つと)に魚を入れるの象で、咎は無いが、しかしこの魚を以って賓客(他の四陽)に供するようではよろしくない。
九三. 臀無膚.其行次且.厲.無大咎.
〔臀に膚(はだえ)無く、その行くこと次且(ししょ)たり。厲(あやう)けれども、大いなる咎無し。〕

  象曰.其行次且.行未牽也.
  〔象に曰く、その行くこと次且たりとは、行きて未だ牽(ひ)かれざるなり。〕
●九三は過剛不中、正位に居り、その志は初六の一陰に遇合することを求めている。しかし九二に阻(はば)まれて行き難く、臀に皮膚が無くて坐っていられないように落ち着かないさまで、その行いは次且(ししょ、逡巡)たるものなので、危うい。しかし剛正の徳により志の非なるを悟り、自ら妄動を戒めるので、大いなる咎には至らない。
九四. 包無魚.起凶.
〔包に魚無し。起てば凶。〕

  象曰.無魚之凶.遠民也.
  〔象に曰く、魚無きの凶とは、民を遠ざくればなり。〕
●九四は陽剛不中正、初六の正応であるが、親比の九二剛中に阻まれ、包の中には魚(初九)が無い象である。故に無理に動けば凶。
九五. 以杞包瓜.含章.有隕自天.
〔杞(き)を以って瓜(うり)を包む。章(あや)を含めば、隕(お)つること天よりするもの有り。〕

  象曰.九五含章.中正也.有隕自天.志不捨命也.
  〔象に曰く、九五の章を含むとは、中正なればなり。天より隕つる有りとは、志して命を捨てざるなり。〕
●九五は陽剛中正の尊位に在り、無比無応であるが姤の卦主であるが故に、陽剛の君主の徳力を発揮する妨げにはならない。故に杞(き、川やなぎ)の筺に瓜(初六)を包むの象を取る。章(あや、中正の美徳)を含み蔵(かく)しておれば、志は天命を捨てないので、天より隕石が落ちて懐に入るように、一陰に遇合することができよう。
上九. 姤其角.吝.無咎.
〔その角(つの)に姤(あ)う。吝なるも咎無し。〕

  象曰.姤其角.上窮吝也.
  〔象に曰く、その角に姤うとは、上に窮まりて吝なるなり。〕
●上九は過剛居極、頭上の角に譬える。角の高みから最下の初六に遇おうとしても、うまく行くはずがない。しかし咎は無い。
  

(45)




萃(すい)
坤下兌上
沢地萃

萃.亨.王假有廟.利見大人.亨.利貞.用大牲.吉.利有攸往.
〔萃は、亨(とお)る。王、仮(おお)いに廟を有(たも)つ。大人を見るに利(よろ)しくして、亨る。貞(ただ)しきに利し。大牲(たいせい)を用いて吉。往く攸(ところ)有るに利し。〕

  
  彖曰.萃.聚也.順以說.剛中而應.故聚也.王假有廟.致孝享也.利見大人亨.聚以正也.用大牲吉.利有攸往.順天命也.觀其所聚.而天地萬物之情可見矣.
  〔彖に曰く、萃は、聚(あつ)まるなり。順にして以って説(よろこ)び、剛中にして応ず。故に聚まるなり。王仮いに廟を有つとは、孝を致して享(まつ)るなり。大人を見るに利しく、亨るとは、聚まるに正を以ってすればなり。大牲を用いて吉、往く攸有るに利しとは、天命に順(したが)うなり。その聚まる所を観て、天地万物の情を見るべし。〕
  
  像曰.澤上於地.萃.君子以除戎器.戒不虞.
  〔像に曰く、沢の地に上るは、萃なり。君子は以って戎器(じゅうき)を除(おさ)めて、不虞(ふぐ)を戒む。〕
  
●萃は草の群がり生える、転じて聚集、聚(あつま、集)るの義。坤下兌上の卦、その卦体は尊位にある九五と下の六二とが中正を得て相応ずるので、この相応ずるが、相聚るに至ることを示す。その卦徳は内坤順、外兌悦で内より順従して悦びが外に及ぶことを示し、上下の情が相通じて、相聚るに至ることを示している。又その卦象は上兌沢、下坤地で、沢の水は下の地気が上り聚ったものであることを示す。萃卦は聚るの義、萃の時には、願いが通る。九五の王者は神聖なる宗廟に入り、大いに考(こう、死んだ父、先祖)を享(まつ)るの象であり、賢人に会見するのがよく、諸事願いは通る。貞正を保っているのがよろしく、大牲(たいせい、大きな牛の犠牲)を用いればなお吉、何事にも進んで行うのがよろしい。
初六. 有孚不終.乃亂乃萃.若號一握為笑.勿恤.往.無咎.
〔孚(まこと)有るも終らず。乃(すなわ)ち乱れ、乃ち萃(あつ)まる。若し号(さけ)べば、一握して笑いを為さん。恤(うれ)うる勿(な)かれ。往けば咎(とが)無し。〕

  象曰.乃亂乃萃.其志亂也.
  〔象に曰く、乃ち乱れ、乃ち萃まるとは、その志の乱るるなり。〕
●初六は陰柔居初、九四の君子と正応関係にあるが、間に六二、六三を夾むが故に、誠意が有っても九四と和合に終ることができず、六二、六三と乱れたり、集まったりする象。譬えば悲しんで泣き叫んでいた者が、一たび手を握りあえば、互いに打ち解け、笑いあうようなもので、憂えるようなことは何も無いし、積極的に往っても、咎は無い。
六二. 引吉無咎.孚乃利用禴.
〔引けば吉にして、咎無し。孚あれば、乃ち禴(やく)を用うるに利し。〕

  象曰.引吉無咎.中未變也.
  〔象に曰く、引けば吉にして、咎無しとは、中の未だ変ぜざればなり。〕
●六二は柔順中正、下卦二陰に挟まれているが、九五の君子と正応であり、互いに引き合うの象。吉であり何の咎も無い。心に誠意が有れば、神明を祀るのに、禴(やく、供物を簡約した祭)を用いてもよろしい。
六三. 萃如嗟如.無攸利.往無咎.小吝.
〔萃如(すいじょ)たり、嗟如(さじょ)たり。利しき攸(ところ)無し。往けば咎無きも、小(すこ)しく吝なり。〕

  象曰.往無咎.上巽也.
  〔象に曰く、往けば咎無しとは、上の巽(したが)えばなり。〕
●六三は陰柔不中不正、無応で、人と集まろうとしても叶わず、嗟(なげ)き悲しむの象。よろしいところが無い。自ら往くも咎は無いが、小しばかりうまく行かない。
九四. 大吉.無咎.
〔大吉にして咎無し。〕

  象曰.大吉無咎.位不當也.
  〔象に曰く、大吉にして咎無しとは、位の当たらざればなり。〕
●九四陽剛不正で、初六に正応、六三に親比するので、下三陰と集まっても、大吉であり咎は無い。九五の近臣であり、位が不正なので本来なら、九五の怒りに触れて咎の有るはずであるが、九五に同体、同徳の近臣であり、志が同じであるが故に咎は無い。
九五. 萃有位.無咎匪孚.元永貞.悔亡.
〔萃めて位有り、咎無し。孚とするに匪(あら)ずとも、元(おお)いに永く貞しければ、悔亡ぶ。〕

  象曰.萃有位.志未光也.
  〔象に曰く、萃めて位有りとは、志の未だ光(おお)いならざればなり。〕
●九五は剛健中正の尊位に居り、萃の卦主として大人の徳を備えているので咎の無い象である。もし誠意を以って集まらない者が有ったとしても、大いに永く貞正を保っていれば、悔は消滅するだろう。
上六. 齎咨涕洟.無咎.
〔齎咨(せいし)し、涕洟(ていい)す。咎無し。〕

  象曰.齎咨涕洟.未安上也.
  〔象に曰く、齎咨し涕洟すとは、未だ上に安んぜざればなり。〕
●上六は陰柔が萃卦の極、無位の地に居るもので、下に正応無く、九五の君子に成じて安処せず、これに集まることを求めても得られないの象。従って齎咨(せいし、ああという嘆息の声)を漏らし、涕洟(ていい、淚と鼻汁)を流すが、咎は無い。
  

(46)




升(しょう)
巽下坤上
地風升

升.元亨.用見大人.勿恤.南征吉.
〔升は、元(おお)いに亨(とお)る。用って大人を見るに、恤(うれ)うること勿(な)かれ。南に征すれば吉。〕

  
  彖曰.柔以時升.巽而順.剛中而應.是以大亨.用見大人.勿恤.有慶也.南征吉.志行也.
  〔彖に曰く、柔は時を以って升(のぼ)り、巽にして順、剛中にして応ず。ここを以って大いに亨る。用って大人を見るに、恤うること勿かれとは、慶び有るなり。南に征して吉なるは、志の行わるるなり。〕
  
  像曰.地中生木.升.君子以順德.積小以高大.
  〔像に曰く、地中に木を生ずるは、升なり。君子は以って徳に順(したが)いて小を積み、以って高大なり。〕
  
●升は昇、進み昇るの義。巽下坤上の卦、その卦体は九二の剛中が六五の柔中に応じているが、共に位不正である。この柔中の徳を以って尊位に居る六五が下って九二の大人に見(まみ)えることを示している。その卦徳は内巽入、外坤順で、内は謙遜にして従い入り、外は柔順にして柔中の徳が有ることを示している。従ってその志が大いに行われる。又その卦象は上坤地、下巽木で、地中に生じた木が、日々生長して上昇することを示す。升は下から上に進み高きに昇るの卦である。従って進んで事をなすに諸事よく願いが通る。柔中の尊位(六五)の方から下って、在下の大人(九二)に見えるので、何の憂いも無い。陽明(九二)の方角へ向かって南下し前進すれば吉。
初六. 允升大吉.
〔允(まこと)に升(のぼ)る。大吉。〕
  象曰.允升大吉.上合志也.

  〔象に曰く、允に升りて大吉とは、上の志を合わせればなり。〕
●初六は柔順居下、巽の主爻である。柔昇るの時に当たり、上の剛中九二に親比しているの象。上の二陽と志を合わせて、誠意を以って升るので、大吉である。
九二. 孚乃利用禴.無咎.
〔孚(まこと)あれば、乃(すなわ)ち禴(やく)を用うるに利(よろ)し。咎(とが)無し。〕

  象曰.九二之孚.有喜也.
  〔象に曰く、九二の孚とは、喜び有るなり。〕
●九二は陽剛居中、柔中六五の君に正応である。そこで内に誠心が有るならば、禴(やく、供物を簡約した祭)を執り行ってもよろしい。咎は無い。
九三. 升虛邑.
〔虚邑(きょゆう)に升る。〕

  象曰.升虛邑.無所疑也.
  〔象に曰く、虚邑に升るとは、疑う所無きなり。〕
●九三は陽剛居正、昇り進んでも、これを妨げる者はなく、あたかも無人の領地に入るようなものである。
六四. 王用亨於岐山.吉無咎.
〔王用って岐山(きざん)に亨(きょう)す。吉にして咎無し。〕

  象曰.王用亨於岐山.順事也.
  〔象に曰く、王用って岐山に亨すとは、事に順(したが)うなり。〕
●六四は上体坤に昇って正位に居るので、その徳は順正で君位に最も近い賢臣である。従って王の六五はこの賢臣を用いて、岐山(きさん、周都の南西に在る山)の神明を祀れば、吉であり、咎は無い。
六五. 貞吉升階.
〔貞(ただ)しければ吉。階(きざはし)に升る。〕

  象曰.貞吉升階.大得志也.
  〔象に曰く、貞しければ吉、階に升るとは、大いに志を得るなり。〕
●六五は上体坤順の中尊位に居る坤卦の主であり、下体に剛中の正応がある。従って柔中の徳有る君として、貞正を守れば吉であり、譬えば昇りやすい階段を昇るように、その志を遂げることができる。
上六. 冥升.利於不息之貞.
〔冥(くら)くして升る。息(や)まざるの貞に利し。〕

  象曰.冥升在上.消不富也.
  〔象に曰く、冥くして升り上に在るは、消(しょう)して富まざるなり。〕
●上六は陰柔を以って升卦の極に居りながら、なお進み昇らんとするほど冥昧(めいまい)無智であり、消費して富まざる態度であるが、態度を改めて休むことなく貞正を保っておればよろしい。
  

(47)




困(こん)
坎下兌上
沢水困

困.亨.貞大人吉.無咎.有言不信.
〔困は、亨(とお)る。貞(ただ)し、大人には吉にして咎無し。言うこと有るも信ぜられず。〕

  
  彖曰.困.剛揜也.險以說.困而不失其所亨.其唯君子乎.貞大人吉.以剛中也.有言不信.尚口乃窮也.
  〔彖に曰く、困は、剛の揜(おお)わるるなり。険にして以って説(よろこ)び、困(くる)しみてその亨る所を失わざるは、それ唯だ君子のみか。貞し、大人には吉とは、剛中なるを以ってなり。言うこと有るも信ぜられずとは、口を尚(たっと)べば乃(すなわ)ち窮するなり。〕
  
  像曰.澤無水.困.君子以致命遂志.三歲不覿.
  〔像に曰く、沢に水無きは、困なり。君子は以って命を致し、志を遂ぐ。三歳覿(み)ざらん。〕
  
●困は困窮、困(くる)しむの義。坎下兌上の卦、九二(剛中)と九五(剛中正)とが相応ぜず、九二は上下の二陰に挟まれ、九四、九五の陽剛は上六の陰柔に覆われている。成卦の主は九二と上六であり、下体坎の陽剛が、上体兌の陰柔に覆われているのが困である。卦徳は内坎険(陥)、外兌説(悦)で、身は険難の中に陥って困窮するが、常に貞正を守るので、その道は通じて喜びがあることを示している。また卦象は上兌沢、下坎水で坎水は兌沢の下にあり、漏水して下に在るので、上の沢は枯竭して水が無く、困乏する象が困である。困とは困窮、困しむの意、坎卦の剛が兌卦の柔に蔽われ、九二の陽が初、三の陰に蔽われ、四、五の陽が上六の陰に蔽われて困しむ卦象に取る。困窮に陥っても忍耐を重ねれば必ず願いは通る。貞正を守ることが大切であり、それのできる賢人には吉であり、咎は無い。ただ困窮するに際しては、その弁舌は人に信用されないので、沈黙に徹するのがよい。
初六. 臀困於株木.入於幽谷.三歲不覿.
〔臀(しり)、株木(しゅぼく)に困(くる)しむ。幽谷(ゆうこく)に入りて、三歳覿(み)ず。〕

  象曰.入於幽谷.幽不明也.
  〔象に曰く、幽谷に入るとは、幽(くら)くして明らかならざるなり。〕
●初六は陰柔不正、上の九四(陽剛不正)に正応が有るが、九二(剛中不正)にも親比している。臀が株木(九二)に困められ、九四を求めて幽谷に入って、三年間は出会うことができないの象。
九二. 困於酒食.朱紱方來.利用享祀.征凶無咎.
〔酒食に困しむ。朱紱(しゅふつ)方(まさ)に来たらんとす。用って享祀(きょうし)するに利(よろ)し。征けば凶なり、咎無し。〕

  象曰.困於酒食.中有慶也.
  〔象に曰く、酒食に困しむとは、中にして慶び有るなり。〕
●九二は陽剛居中、位不正で上下の二陰に挟まれ、上に正応も無いが、剛中を以って成卦の主となっている。有為の才能を抱きながら、二陰に挟まれて意を得ず、わずかに酒食を以って鬱憤を晴らすに象(かたど)るが、隠忍自重していれば、やがて朱紱(しゅふつ、朱色の膝掛けで天子の礼服に用いる)の君(九五)が来て挙用してくれるであろう。享祀(きょうし、供え物をして神を祀る)して待つのがよろしい。自ら進んで往くのは凶であるが、往かなければ咎は無い。
六三. 困於石.據於蒺蔾.入於其宮.不見其妻.凶.
〔石に困しみ、蒺蔾(しつり)に拠(よ)る。その宮に入りて、その妻を見ず。凶。〕

  象曰.據於蒺蔾.乘剛也.入於其宮.不見其妻.不祥也.
  〔象に曰く、蒺蔾に拠るとは、剛に乗ればなり。その宮に入りて、その妻を見ずとは、不祥なるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、上に正応は無く、下は剛中に乗じて、下体坎険の上に在り、困窮の極に居る。往けば堅剛な石(九四)に阻まれて相手にされぬ恥辱を受け、下に退けば九二の剛に乗じて、蒺蔾(しつり、浜菱)の茂みに寄りかかったように棘(とげ)に刺される。その上、六三の宮(妃の居所)に入っても、妻は去って敵応の上六に居るので、見ることができないの象。凶。
九四. 來徐徐.困於金車.吝.有終.
〔来たること徐徐(じょじょ)たり。金車(きんしゃ)に困しむ。吝なれども終り有り。〕

  象曰.來徐徐.志在下也.雖不當位.有與也.
  〔象に曰く、来たること徐徐たりとは、志の下に在ればなり。位に当たらずと雖(いえど)も、与(くみ)するものの有るなり。〕
●九四は陽剛不中不正、才徳が不足するが故に正応の初六も九二に親しんで、来るにしてもゆっくりしていて、金車(初六を載せた車、九二)に困められる。何事もうまく行かないが、終には初六に遇えるの象。
九五. 劓刖.困於赤紱.乃徐有說.利用祭祀.
〔劓(はなき)られ、刖(あしき)られ、赤紱(せきふつ)に困しむ。乃(すなわ)ち徐(おもむろ)に説(よろこ)び有り。用って祭祀(さいし)するに利し。〕

  象曰.劓刖.志未得也.乃徐有說.以中直也.利用祭祀.受福也.
  〔象に曰く、劓られ刖らるとは、志の未だ得ざるなり。乃ち徐ろに説び有りとは、中直なるを以ってなり。用って祭祀するに利しとは、福を受くるなり。〕
●九五は陽剛中正、君位に居りながら、上には上六、下には六三の二陰に覆われて益々困しむの象。上には上六に鼻を切られ、下には六三に足を切られ、赤紱(せきふつ、赤色の膝掛けで諸侯が用いる)の在下の賢人(九二)とは敵応であるために、これを求めて困しむが、やがて誠意が通じて喜びが有る。祭祀して九二を待つのがよろしい。
上六. 困於葛藟.於臲卼.曰.動悔有悔.征吉.
〔葛藟(かつるい)に、臲卼(げつごつ)に困しむ。曰(ここ)に動けば悔あり。悔いること有れば征きて吉。〕

  象曰.困於葛藟.未當也.動悔有悔.吉行也.
  〔象に曰く、葛藟に困しむとは、未だ当たらざるなり。動けば悔あり、悔いること有れば吉とは、行けばなり。〕
●上六は陰柔居極、九五に乗じ、六三に敵応するので、困極まって変ずるの象である。往こうとすれば葛藟(かつるい、蔓草の類)に絡まれて困しみ、居れば尊位(九五)の上に乗じて臲卼(げつごつ、危うく不安なさま)として困しむ。そこで動けば悔が有るが、悔い改めて往けば吉である。
  

(48)




井(せい)
巽下坎上
水風井

井.改邑不改井.無喪無得.往來井井.汔至亦未繘井.羸其瓶.凶.
〔井は、邑(くに)を改むるも、井を改めず。喪(うしな)うこと無く、得ること無し。往来井を井とす。汔(ほとん)ど至らんとして、また未だ井に繘(つるべなわ)せずして、その瓶を羸(やぶ)るは、凶なり。〕

  
  彖曰.巽乎水而上水.井.井養而不窮也.改邑不改井.乃以剛中也.汔至亦未繘井.未有功也.羸其瓶.是以凶也.
  〔彖に曰く、水に巽(い)れて水を上ぐるは、井なり。井は養いて窮まらざるなり。邑を改めて井を改めずとは、乃(すなわ)ち剛中なるを以ってなり。汔ど至らんとして、また未だ井に繘せずとは、未だ功有らざるなり。その瓶を羸るとは、ここを以って凶なるなり。〕
  
  像曰.木上有水.井.君子以勞民勸相.
  〔像に曰く、木の上に水有るは、井なり。君子は以って民を労(いたわ)り、勧めて相(たす)く。〕
  
●井は井戸の義。君子が徳を修めて人を養う態度は一定不変で終始改まらないの意。巽下坎上の卦、井戸に釣瓶(つるべ)を入れて水を汲み上げるに象(かたど)る。その卦体は九五、九二が剛中であるが相応ぜず、上体坎の九五が中正で卦主である。井は坎水を主とし、以って民を養うの義であるから、九五の君が主となる。卦徳は内巽入、外坎陥で、穴の中に入れて水を汲み上げるの義を示すのが井の卦である。また卦象は上坎水、下巽木で、水気が浸潤して木の上に及んでいることを示すのが井の象である。井は上水(坎)、下木(巽)の卦象で、木(釣瓶)を井水の下に入れて、水を上に汲み出すことを示す。その邑(ゆう、領国)を改めて他に遷すことはできるが、その井戸を改めて他に移すことはできない。どの井戸も常に汲んで尽きることがなく、又汲まずとも満ち溢れることもない。往く者も来る者も水を汲んで井戸を利用する。しかしもし釣瓶が水に至ろうとする時、未だ水に至らないのに、釣瓶縄を引上げるか、釣瓶桶を壊してしまうようなことがあれば、凶である。
初六. 井泥不食.舊井無禽.
〔井に泥あれば食らわれず。旧井に禽(とり)無し。〕

  象曰.井泥不食.下也.舊井無禽.時捨也.
  〔象に曰く、井に泥ありて食らわれずとは、下なればなり。旧井に禽無しとは、時の捨つればなり。〕
●初六は陰柔居下無応、井戸が泥で濁り、飲むことができないの象。このような古井戸には小鳥さえ寄りつかない。時に捨てられたのである。
九二. 井谷射鮒.甕敝漏.
〔井谷(せいこく)より鮒(ふな)に射(そそ)ぐ。瓶敝(やぶ)れて漏る。〕

  象曰.井谷射鮒.無與也.
  〔象に曰く、井谷より鮒に射ぐとは、与うること無ければなり。〕
●九二は陽剛居中、不正無応、井谷(せいこく、井戸の底の水の湧き出る穴)から出る水は、やっと鮒に注ぐ程度しかないの象。釣瓶を投げ込んでも底に当たり、反って壊れて漏ることだろう。
九三. 井渫不食.為我心惻.可用汲.王明.並受其福.
〔井を渫(さら)えたれど食らわれず、我が心を惻(いた)ましむ。用って汲むべし、王にして明らかならば、並びにその福を受けん。〕

  象曰.井渫不食.行惻也.求王明.受福也.
  〔象に曰く、井を渫えたれど食らわれずとは、行けば惻むなり。王の明なるを求むれば、福を受けん。〕
●九三は陽剛正位、下卦の上に居り、上卦に正応(上六)がある。井戸を浚(さら)えたが飲んでもらえず、我れ(九三)の心の痛みとなるの象。在下の賢人の未だ登用されざるに譬える。登用してその智慧を汲まなければならない。王(九五)が明らかならば、王も我れ(九三)も並びにその福を受けるだろう。
六四. 井甃無咎.
〔井に甃(しきがわら)す、咎無し。〕

  象曰.井甃無咎.脩井也.
  〔象に曰く、井に甃すとは、井を修むるなり。〕
●六四は陰柔正位、上卦に入り下卦に正応は無い。陰柔の故に自ら汲み出すことはできぬが、井戸の内壁を修理して漏れないようにすることはできるの象。咎は無い。
九五. 井洌寒泉.食.
〔井洌(きよ)くして寒泉あり、食らわる。〕

  象曰.寒泉之食.中正也.
  〔象に曰く、寒泉の食らわるとは、中正なればなり。〕
●九五は陽剛中正、井の卦主である。井戸は洌(きよ)く寒泉が湧き、よく人に飲まれるの象。
上六. 井收.勿幕有孚.元吉.
〔井より収(く)む、幕(おお)うこと勿(な)かれ。孚(まこと)有りて、元(おお)いに吉。〕

  象曰.元吉在上.大成也.
  〔象に曰く、元いに吉なるの上に在るは、大いに成るなり。〕
●上六は柔順正位、人が井戸より汲むの象。幕で覆ってはならない、井戸が大成したのだから。誠意が有り、善吉である。
  

(49)




革(かく)
離下兌上
沢火革

革.已日乃孚.元亨.利貞.悔亡.
〔革は、已日(いじつ)にして乃(すなわ)ち孚(まこと)とせらる。元(おお)いに亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。悔亡ぶ。〕

  
  彖曰.革.水火相息.二女同居.其志不相得.曰革.已日乃孚.革而信之.文明以說.大亨以正.革而當.其悔乃亡.天地革.而四時成.湯武革命.順乎天而應乎人.革之時大矣哉.
  〔彖に曰く、革は、水火相息(やす)む。二女同居して、その志の相得ざるを、革と曰う。已日にして乃ち孚とせらるとは、革(あらた)めて之(これ)を信ずるなり。文明にして以って説(よろこ)び、大いに亨りて以って正し。革めて当たれば、その悔乃ち亡ぶ。天地革まりて四時成り、湯武(とうぶ)命を革めて、天に順(したが)いて人に応ず。革の時の大いなるかな。〕
  
  像曰.澤中有火.革.君子以治曆明時.
  〔像に曰く、沢の中に火有るは、革なり。君子は以って暦(こよみ)を治めて時を明らかにす。〕
  
●革は原義を獣皮の毛を去って内側を漂白するに象(かたど)り、白の義であり、永く存して汚れ穢れたるを漂白して白く易(か)える、即ち変革、改革、革新、更新、改めること、これが革の義である。その卦体は六二、九五が中正を以って相応じ、特に九五は剛中正を以って尊位に居り、革卦の主で、変革の主で、九五の爻に言う、大人は虎変(こへん)すの大人である。六二は柔中正で成卦の主であり、九五の命に応じて変革の先駆を為す、爻辞にはこれを、已日にして乃ちこれを革(あらた)むと言う。上六も成卦の主で、小人は面を革むの小人に当たる。その卦徳は内離明、外兌悦で、彖伝に言う文明にして以って説ぶである。その卦象は上兌沢、下離火で、沢と火とが一卦の中に併存し、彖伝に言う水火相息むである。又下少女(兌)、上中女(離)で、少、中の二女が一家の中に同居するの象で、当然その志す所は異なり、相克するに至る。相克して相息するのであり、天地の道もこれによって変革して四時をなし万物は生成する、この変革の時を示すのが革である。革は革新、革命の意、水火相争い、相息むの卦象を取る。凡(およ)そ物を革めるには、已日(いじつ、已に革むべき時)に至っての後に漸(ようや)く、これを革めるのが、誠意ある態度といえる。善であり、願いは大いに通るが、貞正な態度を保つのがよろしく、そうすれば悔は解消する。
初九. 鞏用黃牛之革.
〔鞏(かた)むるに、黄牛の革を用う。〕

  象曰.鞏用黃牛.不可以有為也.
  〔象に曰く、鞏むるに黄牛を用うとは、以って為すこと有るべからざるなり。〕
●初九は陽剛無位、最下に居り、上に正応も無いが柔順中正の徳を示す六二に親比することができる。革新の時の初に当たり、未だ期が熟さないので、黄牛(黄は中央の色、六二を示す)の革を以って身を堅め、貞正を堅固に保たなくてはならない。
六二. 已日乃革之.征吉無咎.
〔已日にして乃ち之を革む。征けば吉にして咎無し。〕

  象曰.巳日革之.行有嘉也.
  〔象に曰く、已日にして之を革むとは、行けば嘉(よ)きこと有るなり。〕
●六二は柔順中正で内卦離(文明)の卦主であり、上には陽剛中正の九五を正応に持つ。従って已日(革めるべき日)に至ったので、漸くこれを革めるに象(かたど)る。往って正応に従えば吉であり、何の咎も無い。
九三. 征凶貞厲.革言三就.有孚.
〔征けば凶、貞しけれども厲(あやう)し。革言(かくげん)三たび就(な)れば、孚有り。〕

  象曰.革言三就.又何之矣.
  〔象に曰く、革言三たび就れば、又何(いづ)くにか之(ゆ)かん。〕
●九三は過剛不正、下体離の上に居り、躁動し前進せんとするの象。従って軽率に進めば凶であり、貞正を保っても危うい。革新の衆議が三たび成就すれば、往っても誠意有る態度と言えよう。
九四. 悔亡.有孚改命.吉.
〔悔亡ぶ。孚有りて命を改むれば、吉。〕

  象曰.改命之吉.信志也.
  〔象に曰く、命を改むるの吉とは、志を信ずればなり。〕
●九四は陽剛陰位の不中不正で、無応であり、本来悔が有ってしかるべきところ、陽剛と陰柔の徳を兼ね備えて革めるのだから、悔は解消するの象。誠意が有って天命を改めるのは、吉。
九五. 大人虎變.未佔有孚.
〔大人は虎変す。未だ占わずして孚有り。〕

  象曰.大人虎變.其文炳也.
  〔象に曰く、大人虎変すとは、その文炳(あき)らかなるなり。〕
●九五は陽剛中正の尊位に居り、革卦の主であるので、百獣の王虎が夏から秋にかけて毛が抜け替わり、その美しい文様を明白にするの象を取る。もはや占うまでもなく誠意有る態度を示すだろう。
上六. 君子豹變.小人革面.征凶.居貞吉.
〔君子は豹変し、小人は面を革(あらた)む。征けば凶。貞しきに居れば吉。〕

  象曰.君子豹變.其文蔚也.小人革面.順以從君也.
  〔象に曰く、君子は豹変すとは、その文蔚(うつ)なればなり。小人は面を革むとは、順じて以って君に従うなり。〕
●上六は陰柔を以って革の終に居り、革道すでに成るの時である。下の九三に正応が有り、九五の君に親比する。君子(九五)が豹のように身体全体の毛皮を変えて、文様を艶やかにするに応じて、自ら小人の九三は面持ちを革めて君主に従うの象。積極的に行動すれば凶であるが、家におとなしく居れば貞正を保って吉である。
  

(50)




鼎(てい)
巽下離上
火風鼎

鼎.元吉.亨.
〔鼎は、元(おお)いに吉にして亨(とお)る。〕

  
  彖曰.鼎象也.以木巽火.亨飪也.聖人亨以享上帝.而大亨以養聖賢.巽而耳目聰明.柔進而上行.得中而應乎剛.是以元亨.
  〔彖に曰く、鼎は、象(かたど)るなり。木を以って火に巽(い)れて、亨飪(ほうじん)するなり。聖人は、亨(ほう)して以って上帝を享(まつ)り、大亨して以って聖賢を養う。巽にして耳目聡明なり。柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。ここを以って元いに亨る。
  
  像曰.木上有火.鼎.君子.以正位凝命.
  〔像に曰く、木の上に火有るは、鼎なり。君子は以って位を正して命を凝(な)す。〕
  
●鼎は「かなえ」と訓み、物を亨飪(ほうじん、煮炊き)するに用いる三足、両耳の器を指す。革(かく)が故(ふる)いものを取り去りて改めるの意であるにのに対し、鼎は新しく良いものを取るの意である。巽下離上の卦、その卦形は初六を足、中央三陽を腹、上の六五を耳、上九を鉉(げん、耳輪)に象(かたど)る。その卦象、卦徳は上離火、下巽木で、木の上に火が有り、木(巽)を火(離)に入(巽)れて、煮炊きするものが鼎であることを示し、聖王が物を亨飪して天帝を祀り、また同じく聖賢を養うが故に、大いに願いが通るの意となる。
初六. 鼎顛趾.利出否.得妾以其子.無咎.
〔鼎、趾(あし)を顛(さかしま)にす。否(ひ)を出すに利(よろ)し。妾(しょう)を得るに、その子を以ってす。咎無し。〕

  象曰.鼎顛趾.未悖也.利出否.以從貴也.
  〔象に曰く、鼎、趾を顛にすとは、未だ悖(もと)らざるなり。否を出すに利しとは、以って貴に従えばなり。〕
●初六は陰柔、鼎の最下に居り、鼎の足に当たる。最下の地位に居りながら、上の九四に応ずるのを足を顛(さかしま)にするに象る。底に溜まった否(ひ、否悪な汚穢)を出すのがよろしい。後嗣ぎの子を儲けるために妾を得るようなもので、咎は無い。
九二. 鼎有實.我仇有疾.不我能即.吉.
〔鼎に、実有り。我が仇(あだ)に疾(なやみ)有るも、我れに即(つ)くこと能(あた)わず。吉。〕

  象曰.鼎有實.慎所之也.我仇有疾.終無尢也.
  〔象に曰く、鼎に実有りとは、之(ゆ)く所を慎むなり。我が仇に疾有りとは、終に尤(とがめ)無きなり。〕
●九二は陽剛中不正、初六に親比し、六五に応ずる。従って空の鼎(陰位)の中に陽剛の実を得るに象る。我が仇(初六)は強いて我れに親比せんとする疾が有るが、我れは貞正を固く保っているので、我れの側に来ることができない。吉。
九三. 鼎耳革.其行塞.雉膏不食.方雨虧悔.終吉.
〔鼎の耳革(あらた)まり、その行(こう)塞(ふさ)がる。雉の膏(あぶら)あれども、食らわれず。方(まさ)に雨ふらんとして悔を虧(か)く。終には吉。〕

  象曰.鼎耳革.失其義也.
  〔象に曰く、鼎の耳革まるとは、その義を失えばなり。〕
●九三は陽剛正位、同じく鼎の腹中に有る実に象るが、六五はその正応でないので、鼎の耳(六五)が変わって役に立たない象で、六五の君の所へ行く道が塞がり、折角の雉の膏(九三)も食べてもらえない。しかしやがては和合の雨が降って、陰陽(六五、九三)相和すことになり、悔は欠けて無くなるだろう。終には吉。
九四. 鼎折足.覆公餗.其形渥.凶.
〔鼎、足を折り、公の餗(そく)を覆す。その形渥(あく)たり。凶。〕

  象曰.覆公餗.信如何也.
  〔象に曰く、公の餗を覆すとは、信は如何(いかん)。〕
●九四は陽剛不正、上の六五の君に最も近い三公の要職に在りながら、才徳が伴わず、初六の小人に応じてこれを寵用し、鼎の足が折れたかのように失敗を招くの象。公(九四)の餗(そく、鼎に盛った食物)を覆すような事をして、その顔は恥ずかしさで赤く(渥)なる。凶。
六五. 鼎黃耳金鉉.利貞.
〔鼎に黄耳(こうじ)金鉉(きんげん)あり。貞しきに利し。〕

  象曰.鼎黃耳.中以為實也.
  〔象に曰く、鼎に黄耳ありとは、中にして以って実と為せばなり。〕
●六五は柔順居中、柔中の徳を備えて君位に在り、しかも上九陽剛の助を得て、恩沢を下に及ぼす。鼎の黄耳(黄は中央の色、六五)に金鉉(鼎の耳輪、上九)の備わった象で、貞正であるのがよろしい。
上九. 鼎玉鉉.大吉.無不利.
〔鼎に玉鉉あり。大吉にして利しからざる無し。〕

  象曰.玉鉉在上.剛柔節也.
  〔象に曰く、玉鉉の上に在るは、剛柔に節あるなり。〕
●上九は陽剛居陰、剛柔不偏で節(ほどのよさ)を得ている象。その硬剛にして柔潤(じゅうじゅん)なることを玉の鉉に譬える。大吉であり、何事によらずよろしくないことが無い。
  

(51)




震(しん)
震下震上
震為雷

震.亨.震來虩虩.笑言啞啞.震驚百里.不喪匕鬯.
〔震は、亨(とお)る。震の来たるや虩虩(げきげき)たり。笑いて言うや啞啞(あくあく)たり。震は、百里を驚かせども、匕鬯(ひちょう)を喪(うしな)わず。〕

  
  彖曰.震亨.震來虩虩.恐致福也.笑言啞啞.後有則也.震驚百里.驚遠而懼邇也.出可以守宗廟社稷.以為祭主也.
  〔彖に曰く、震は亨る、震の来たるや虩虩たりとは、恐れて福を致すなり。笑いて言うや啞啞たりとは、後に則(のり)有るなり。震は百里を驚かすとは、遠きを驚かし邇(ちか)きを懼れしむるなり。出でて以って宗廟(そうびょう)社稷(しゃしょく)を守り、以って祭主と為るべきなり。〕
  
  像曰.洊雷震.君子以恐懼脩省.
  〔像に曰く、洊(しき)りに雷あるは、震なり。君子は以って恐懼し、修省す。〕
  
●震は震動の義。震下震上の卦、小成卦の震は一陽が二陰の下に生じたことを示し、その卦徳は動(震動)、その卦象は雷(雷声)であり、家族では長男に、方位では東方に配される。そこで大成卦では、陽気が東方より発動して、一陽(初九)を下に生じ、上り進んで二陽(九四)に至ることを示す。従って卦体では初九と、九四が主となるが、陽剛正位を以って初九が卦主となるので、卦辞は専らこの事を述べる。その卦徳、卦象は、初に雷声が鳴動し、重ねて雷声が鳴動することを示す。震は陽気が発動し、一陽が初めて下に生じ上り進む卦であるから、諸事よく願いが通ずる。人は雷鳴が来ると虩虩(げきげき、戒愼恐懼するさま)とし、終れば啞啞(あくあく、安んじて笑うさま)として笑い声を挙げるものだが、雷鳴が轟いて百里を驚かせても、宗廟(そうびょう、先祖の廟所)、社稷(しゃしょく、土地と五穀の神)を祀るほどの人ならば、匕鬯(ひちょう、匕は鼎の美をすくう匙、鬯は香草を入れて醸した酒、共に神を祀るに用いる)を取り落とすようなことはしない。
初九. 震來虩虩.後笑言啞啞.吉.
〔震の来たるとき虩虩たり。後に笑いて啞啞と言う。吉。〕

  象曰.震來虩虩.恐致福也.笑言啞啞.後有則也.
  〔象に曰く、震の来たるとき虩虩たりとは、恐れて福を致すなり。笑いて啞啞と言うとは、後に則有るなり。〕
●初九は陽剛が震の最下位に居るので、震が来れば虩虩(げきげき、虎の恐れるさま)とし、後には笑いながら啞啞(あくあく、笑いながら語るさま)として言うが、雷声に恐懼戒愼して、吉。後に笑うのは、それが人としての法則である。
六二. 震來厲.億喪貝.躋於九陵.勿逐七日得.
〔震来たれば厲(あやう)し。億(やす)んじて貝(ばい)を喪(うしな)い、九陵(きゅうりょう)に躋(のぼ)る。逐(お)う勿(な)かれ、七日にして得ん。〕

  象曰.震來厲.乘剛也.
  〔象に曰く、震来たれば厲しとは、剛に乗ればなり。〕
●六二は陰柔中正、初九に乗ずるので、雷震が来たれば危ういが、安んじて貝(ばい、貨幣)を喪い、九重の丘陵に登るの象。柔順中正の徳を喪わず、貞正を保つが故に、喪った財物は逐わずとも、七日すれば得ることができる。
六三. 震蘇蘇.震行無眚.
〔震(ふる)いて蘇蘇(そそ)たり。震いて行けば眚(わざわい)無し。〕

  象曰.震蘇蘇.位不當也.
  〔象に曰く、震いて蘇蘇たりとは、位の当たらざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正、下体の上に居り、上体六四の地位に就かんとして心が安まらない象。雷震を恐れて蘇蘇(そそ、恐れるさま)たる有様であるが、雷震を恐れず行けば、災難は無い。
九四. 震遂泥.
〔震いて遂(つい)に泥(なづ)む。〕

  象曰.震遂泥.未光也.
  〔象に曰く、震いて遂に泥むとは、未だ光(おお)いならざるなり。〕
●九四は陽剛不中不正、六三、六五に挟まれ動きが取れないの象。震雷にも遂に泥に足を捉られて何もできない。
六五. 震往來厲.意.無喪有事.
〔震いて往来すれば厲し。意(やす、億)んずれば事有るを喪うこと無し。〕

  象曰.震往來厲.危行也.其事在中.大無喪也.
  〔象に曰く、震いて往来すれば厲しとは、危ぶみて行くなり。その事は中に在り、大いに喪うこと無きなり。〕
●六五は陰柔不正にして尊位に居り、陽剛不正の九四に乗ずるので、震雷に往来すれば危ういが、柔順中道の徳に安んじていれば、何事も喪うことは無い。
上六. 震索索.視矍矍.征凶.震不於其躬.於其鄰.無咎.婚媾有言.
〔震いて索索(さくさく)たり、視て矍矍(かくかく)たり。征けば凶。震うことその躬(み)に於いてせず、その鄰に於いてすれば、咎(とが)無し。婚媾(こんこう)に言(げん)有り。〕

  象曰.震索索.中未得也.雖凶無咎.畏鄰戒也.
  〔象に曰く、震いて索索たりとは、中未だ得ざればなり。凶なりと雖(いえど)も咎無しとは、鄰を畏れて戒むるなり。〕
●上六は陰柔居極、震の極に居て甚だ不安であり、雷鳴を聞いては索索(さくさく、不安なさま)とし、電光を視ては矍矍(かくかく、驚いて見回すさま)たるの象。敢(あえ)て往けば凶である。雷震はその身体にまで迫っているのではない、その鄰に来ただけなので、咎は無い。結婚しようとすれば、鄰(六五)から怨まれて物言いがついても、やむを得ないことである。
  

(52)




艮(ごん)
艮下艮上
艮為山

艮其背.不獲其身.行其庭.不見其人.無咎.
〔その背に艮(とど)まりて、その身を獲(え)ず。その庭に行きて、その人を見ず。咎(とが)無し。〕

  
  彖曰.艮.止也.時止則止.時行則行.動靜不失其時.其道光明.艮其止.止其所也.上下敵應.不相與也.是以不獲其身.行其庭不見其人.無咎也.
  〔彖に曰く、艮は、止まるなり。時止まれば則ち止まり、時行けば則ち行き、動静にその時を失わず。その道は光明なり。艮は、その止まるなり、その所に止まるなり。上下の敵応じて、相与(くみ)せざるなり。ここを以ってその身を獲ず、その庭に行くもその人を見ず、咎無きなり。〕
  
  像曰.兼山.艮.君子以思不出其位.
  〔像に曰く、兼ねて山あるは、艮なり。君子は以って思うことその位を出でず。〕
  
●艮は安止、静止の義であって、小畜、大畜の制し止める、力を以って止めるの義ではない。艮下艮上の卦、小成卦の艮は一陽が二陰の上に止まることを示し、その卦徳は止(静止)、その卦象は山であり、家族では少男に、方位では東北に配される。大成卦では重艮止で上卦の一陽がそれぞれの主爻であるが、九三は陽剛正位で主卦の主をなし、上九は成卦の主をなす。彖伝に、時止まれば則ち止まり、時行けば則ち行き、動静その時を失わざれば、その道光明なり。その止に艮(とど)まるは、その所に止まるなり。上下の敵応じて、相与(くみ)せざるなり、と言うのが艮の義である。内の一陽(九三)の身と、外の一陽(上九)の人が、それぞれの二陰(背中)に止まるの象で、背中は人体の中の最も動かない所であるが故に、止まるべき所とされる。心が止まるべき所に止まっていれば、身体の私欲は遂(と)げ得ず、他人の庭(上卦)に上り行きても、人(上九)の動静を見ることはない。咎の無い所以(ゆえん)である。
初六. 艮其趾.無咎.利永貞.
〔その趾(あし)に艮(とど)まる。咎無し。永く貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  象曰.艮其趾.未失正也.
  〔象に曰く、その趾に艮まるとは、未だ正を失わざるなり。〕
●初六は陰柔が最下に居り、人の身体で言えば足に当たる。足を止めて観察、反省すれば咎は無い。但(ただ)し永く貞正を保つのがよろしい。
六二. 艮其腓.不拯其隨.其心不快.
〔その腓(こむら)に艮まる。拯(すく)わずしてそれ随(したが)う。その心は快(こころよ)からず。〕

  象曰.不拯其隨.未退聽也.
  〔象に曰く、拯わずしてそれ随うとは、未だ退き聴かざればなり。〕
●六二は身体の腓(こむら)に当たり、自ら進んで動かないが、陰柔中正、上に正応が無く、九三に親比している。従って過剛不中無応の九三の妄動(ぼうどう)を引き止めるのではなく、つい引きずられてしまうので、心中快く思っていない。
九三. 艮其限.列其夤.厲薰心.
〔その限(こし)に艮まる。その夤(せじし)を裂き、厲(あやう)くして心を薰(や)く。〕

  象曰.艮其限.危薰心也.
  〔象に曰く、その限に艮まるとは、危うくして心を薰くなり。〕
●九三は過剛不中で下体の上、上下の際に止まり、人体で言えば限(こし、上下の際限即ち腰)に当たって動かないのが性であるが、互卦(三、四、五爻)が震(動)であるが故に、時にはなお妄動しようとするの象。その腰(限)が動こうとするので、その夤(せじし、背中の筋肉)が引き裂け、危ぶんで心が焼ける。
六四. 艮其身.無咎.
〔その身に艮まる。咎無し。〕

  象曰.艮其身.止諸躬也.
  〔象に曰く、その身に艮まるとは、諸(これ)を躬(み)に止むるなり。〕
●六四は陰柔正位に居り、不中無応で他人を正す程の力は無いが、自らは止まるべき時にはよく止まるの象を取る。従って咎は無い。
六五. 艮其輔.言有序.悔亡.
〔その輔(ほおぼね)に艮まる。言に序有り。悔亡ぶ。〕

  象曰.艮其輔.以中正也.
  〔象に曰く、その輔に艮まるとは、中なるを以ってなり。〕
●六五は柔順居中、不正無応で、言語を慎んで身を正すが故に、輔(頬骨)に艮まるの象を取る。従って妄動、妄言せず、言語を出せば秩序が有り、中道を得ているので、不正無応により本来悔いるべきであるが、悔は解消する。
上九. 敦艮.吉.
〔艮まるに敦(あつ)し。吉。〕

  象曰.敦艮之吉.以厚終也.
  〔象に曰く、艮まるに敦きの吉とは、以って終を厚くするなり。〕
●上九が陽剛を以って重艮の上によく止まる。故に敦(厚)く止まるので、吉。
  

(53)




漸(ぜん)
艮下巽上
風山漸

漸.女歸吉.利貞.
〔漸は、女の帰(とつ)ぐなり。貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.漸.之進也.女歸吉也.進得位.往有功也.進以正.可以正邦也.其位.剛得中也.止而巽.動不窮也.
  〔彖に曰く、漸は、之(ゆ)きて進むなり。女の帰ぐに吉なり。進みて位を得、往きて功有るなり。進むには正を以ってし、以って邦(くに)を正すべきなり。その位は剛にして中を得るなり。止まりて巽(したが)い、動きて窮せざるなり。〕
  
  像曰.山上有木.漸.君子以居賢德善俗.
  〔像に曰く、山の上に木有るは、漸なり。君子は以って賢徳に居りて俗を善くす。〕
  
●漸は漸進、次第に進むの義。速かに進むのではなく、徐(おもむ)ろに進む、一歩一歩順を履んで進むの意。艮下巽上の卦、内外両卦は、九三(艮)、六四(巽)の中二爻が主爻をなす。その卦象は上巽木、下艮山で、山上に木有るの象、山上に有れば、高大の木にして人の植えたものにあらず、自然に任せて漸進し成長したることを示すのも、漸の義である。その卦徳は内艮止、外巽順で、止まりて順うを示し、正しい順序を履んで、次第に進むの意に取り、女子の帰(とつ、嫁)ぐに吉であることを示す。貞正を保つのがよろしい。
初六. 鴻漸於干.小子厲有言.無咎.
〔鴻(かり)、干(みぎわ)に漸(すす)む。小子厲(あやう)くして、言(げん)有れども、咎(とが)無し。〕

  象曰.小子之厲.義無咎也.
  〔象に曰く、小子の厲きは、義として咎無し。〕
●初六は陰柔不正無応、最下に居り応爻も無いので、安んじて止まれないのを、鴻(かり)が干(みぎわ)を漸(すす)むに譬える。漸の六爻が皆鴻の象を取るのは、この水鳥は、行列の先後に順序があり、その往来も寒暑に応じて時を知るので、漸進の義にかなうからである。小子(初六)は不安げで危ういので、他(六四)から何かと物言いがつくが、漸むのは義にかなうので、咎は無い。
六二. 鴻漸於磐.飲食衎衎.吉.
〔鴻、磐(いわ)に漸む。飲食衎衎(かんかん)たり。吉。〕

  象曰.飲食衎衎.不素飽也.
  〔象に曰く、飲食衎衎たりとは、素飽(そほう)せざるなり。〕
●六二は陰柔中正で、九五の陽剛中正に正応である。鴻が干(水際)より一歩漸進して、平らな磐(いわ)に上り、漸く堅固安泰の所を得て、衎衎(かんかん、和らぎ楽しむさま)として飲食するの象。しかるべく六五の君を助けており、素飽(そほう、才能が無いのに禄を食(は)むこと、素餐(そさん)の意)しているではないので、吉。
九三. 鴻漸於陸.夫征不復.婦孕不育.凶利禦寇.
〔鴻、陸(くが)に漸む。夫(ふ)往きて復(かえ)らず、婦(ふ)孕(はら)みて育(やしな)わず。凶にして寇(あだ)を禦(ふせ)ぐに利し。〕

  象曰.夫征不復.離群醜也.婦孕不育.失其道也.利用禦寇.順相保也.
  〔象に曰く、夫往きて復らずとは、群醜(ぐんしゅう)を離るるなり。婦孕みて育わずとは、その道を失えばなり。用って寇を禦ぐに利しとは、順にして相保てばなり。〕
●九三は下卦の主爻、過剛不中無応、上卦の主爻六四に親比する。鴻は磐より陸に進み上ったが、水鳥の故に却って不安で落ち着かないの象。夫(九三)が六四と浮気して帰らず、婦(六四不中無応)も不貞の子を孕んで育てないことに譬えて、凶である。敵を防御するのがよろしい。
六四. 鴻漸於木.或得其桷.無咎.
〔鴻、木に漸む。或はその桷(たるき)を得ん。咎無し。〕

  象曰.或得其桷.順以巽也.
  〔象に曰く、或はその桷を得んとは、順にして以って巽(したが)えばなり。〕
●六四は陰柔正位、不中無応、過剛の九三に乗じて不安であるの象。水鳥(鴻)が水を離れて木の枝に進むの象。或は九三の邪しまな支配を振り切り、上の九五中正の尊位を承けることができれば、小枝ではなく家の桷(たるき)を得たように安定であり、咎は無いであろう。
九五. 鴻漸於陵.婦三歲不孕.終莫之勝.吉.
〔鴻、陵(おか)に漸む。婦は三歳まで孕まず。終に之(これ)に勝つこと莫(な)し。吉。〕

  象曰.終莫之勝吉.得所願也.
  〔象に曰く、終に之に勝つこと莫きの吉とは、願う所を得るなり。〕
●九五は陽剛中正の尊位に居り、鴻が安泰な丘陵に進むの象。六二が正応であるが、中を六四、九三に隔てられるので、婦(六二)は三年間孕むことはない。しかし終には、この九五に勝つ者は誰も居らないので、吉。
上九. 鴻漸於陸.其羽可用為儀.吉.
〔鴻、逵(ちまた)に漸む。その羽は用って儀と為すべし。吉。〕

  象曰.其羽可用為儀吉.不可亂也.
  〔象に曰く、その羽は用って儀と為すべき吉とは、乱るべからざるなり。〕
●上九は陽剛居極不正、鴻が危険な逵(ちまた)に進むの象。その羽は抜き取られて、儀式に用いられるが、進めば終が有るのが道理で、有終を飾ることになり、吉である。
  

帰妹(54)




帰妹(きまい)
兌下震上
雷沢帰妹

歸妹.征凶無攸利.
〔帰妹は、征けば凶なり。利(よろ)しき攸(ところ)無し。〕

  
  彖曰.歸妹.天地之大義也.天地不交.而萬物不興.歸妹人之終始也.說以動.所歸妹也.征凶.位不當也.無攸利.柔乘剛也.
  〔彖に曰く、帰妹は、天地の大義なり。天地交わらざれば万物興らず。帰妹は、人の終始なり。説(よろこ)びて以って動く、帰(とつ)ぐ所は妹なり。征けば凶とは、位の当たらざればなり。利しき攸無しとは、柔の剛に乗ずればなり。〕
  
  像曰.澤上有雷.歸妹.君子以永終知敝.
  〔像に曰く、沢の上に雷有るは、帰妹なり。君子は以って終を永くし、敝(やぶ)るるを知る。〕
  
●帰妹は少女を帰(とつ、嫁)がせるの義。兌下震上の卦、その卦体は中四爻(二、三、四、五)が皆位不正であり、三、五の柔爻が二、四の剛爻に乗じて不善であり、六三が成卦の主、六五が主卦の主である。その卦徳は内兌説(悦)、外震動で、内にまず悦んで往き、外これに感じて動くことを示し、然るべき順を履まずに自ら悦んで往き、その婦徳の不貞であることを示す。なお易経には男女夫婦の配合を説くものに咸、恒、漸、帰妹の四卦があり、程伝にはその違いを、以下のように言っている。咸(沢山)は男女相感ずるなり。男は女に下り、二気感応し止まりて悦ぶ、男女の情の相感ずるの象なり。恒(雷風)は常なり。男は上にして女は下なり、巽順にして動き陰陽皆相応ず。これ男女の室に居りて夫婦唱随の常道なり。慚(風山)は女帰ぐにその正を得たるなり。男は女に下って各正位を得、止静にして巽順なるなり。その進むに漸ありて、男女の配合にその道を得たるなり。帰妹(雷沢)は女の嫁帰するなり。男(震長男)は上にして女(兌少女)は下なるは、女の男に従うにして、少(わか)きを悦ぶの義あり。説(悦)を以ってして動かしめ(兌説)、動かさるる(震動)に悦(兌説)を以ってすれば、則ちその正を得ず、故に位(中四爻)皆当たらず、初九と上六とは陰陽の位に当たるといえども、陽は下に在り陰は上に在りて、また位(剛上柔下)に当たらざるなり。漸(風山)とは正に相対す。咸(沢山)、恒(雷風)は夫婦の道にして、漸(風山)、帰妹(雷沢)は女帰ぐの義なり。咸(沢山)と帰妹(雷沢)とは男女の情なり。咸は止まりて悦び、帰妹は悦ぶに動(震)く、皆悦ぶを以ってするなり。恒と漸とは夫婦の義なり。恒は巽(順)いて動き、漸は止まりて巽うなり。皆巽順を以ってして、男女の道、夫婦の義は、ここに備われり。
初九. 歸妹以娣.跛能履.征吉.
〔妹を帰がしむるに娣(てい)を以ってす。跛(あしなえ)にして能(よ)く履(ふ)む。征けば吉。〕

  象曰.歸妹以娣.以恆也.跛能履.吉相承也.
  〔象に曰く、妹を帰がしむるに娣を以ってすとは、恒(つね)なるを以ってするなり。跛にして能く履むの吉とは、相承くればなり。〕
●初九は陽剛正位、最下無応、地位が卑しく正応が無いので、従って正夫人として帰ぐべきではなく、娣(てい、副妻、付き添いの婦人)として往けば恒(つね、不変)であって善いの象。跛でもなんとか婦道を履むことができるので、往けば吉。
九二. 眇能視.利幽人之貞.
〔眇(すがめ)にして能く視る。幽人の貞(ただ)しきに利し。〕

  象曰.利幽人之貞.未變常也.
  〔象に曰く、幽人の貞しきに利しとは、未だ常を変ぜざるなり。〕
●九二は陽剛居中不正で、六五陰柔に応ずる。賢女(九二)が愚夫(六五)に帰ぐの象。眇(すがめ、片眼)の人が余りよく見えないようにして、幽人(ゆうじん、隠棲した人)のように貞正を守るのがよろしい。
六三. 歸妹以須.反歸以娣.
〔妹を帰がしむるに須(もとめ)を以ってす。反って帰がしむるに娣を以ってす。〕

  象曰.歸妹以須.未當也.
  〔象に曰く、妹を帰がしむるに須を以ってすとは、未だ当たらざればなり。〕
●六三は陰柔陽位の不正不中で、無応である。初九に同じく地位が卑しいが故に、求められて帰いだが、家に還って改めて娣(てい、前出)として帰ぐの象。
九四. 歸妹愆期.遲歸有時.
〔妹を帰がしむるに、期を愆(あやま)る。帰ぐを遅(ま)てば時有り。〕

  象曰.愆期之志.有待而行也.
  〔象に曰く、期を愆るの志には、待ちて行くことの有るなり。〕
●九四は陽剛不正無応、賢女が良き配偶者を得られず、婚期を逸するの象。帰ぐのを遅らせば、その時も有ろう。
六五. 帝乙歸妹.其君之袂.不如其娣之袂良.月幾望.吉.
〔帝乙(ていいつ)、妹を帰がしむ。その君の袂(たもと)は、その娣の袂の良きに如かず。月は望(もち)に幾(ちか)し。吉。〕

  象曰.帝乙歸妹.不如其娣之袂良也.其位在中.以貴行也.
  〔象に曰く、帝乙妹を帰がしむ、その娣の袂の良きに如かざるなりとは、その位の中に在りて、貴を以って行けばなり。
●六五は柔順居中不正、高い位に在りながら、身を下して正応九二の賢者に帰ぐの象。帝乙(ていいつ、殷王)は妹を臣下の賢人に帰がせたが、その君(正夫人)の着物の袂(たもと)は、娣の着物の袂の良さに及ばなかった。貴い身分でも中道を得ておれば、時に応じて簡素にするものである。月は満月に近い。吉である。
上六. 女承筐無實.士刲羊無血.無攸利.
〔女は筺(かご)を承(う)くるに実無く、士は羊を刲(さ)くに血無し。利しき攸無し。〕

  象曰.上六無實.承虛筐也.
  〔象に曰く、上六の実無きは、虚筺(きょきょう)を承くるなり。〕
●上六は陰柔居極無応、徳が薄く配偶を得られないの象。譬えば女が婚礼道具の筺(はこ)を承けたが、中味が入っておらず、男が婚礼の宴に羊を割いたが、血が無いようなもので、よろしいところが何も無い。
  

(55)




豊(ほう)
離下震上
雷火豊

豐.亨.王假之.勿憂.宜日中.
〔豊は、亨(とお)る。王、之(これ)に仮(いた)る。憂うる勿(な)かれ。日の中(ちゅう)するに宜(よろ)し。〕

  
  彖曰.豐.大也.明以動.故豐.王假之.尚大也.勿憂宜日中.宜照天下也.日中則昃.月盈則食.天地盈虛.與時消息.而況於人乎.況於鬼神乎.
  〔彖に曰く、豊は、大なり。明にして以って動く、故に豊なり。王之に仮るとは、大を尚(たっと)べばなり。憂うる勿かれ、日の中するに宜しとは、宜しく天下を照らすべきなり。日中すれば則ち昃(かたむ)き、月盈(み)つれば則ち食(しょく)す。天地の盈虚(えいきょ)は、時と消息(しょうそく)す。而(しか)も況(いわ)んや人に於いてをや、況んや鬼神に於いてをや。〕
  
  像曰.雷電皆至.豐.君子以折獄致刑.
  〔像に曰く、雷電の皆至るは、豊なり。君子は以って獄を折(さだ)めて刑を致す。〕
  
●豊は盛大の義。離下震上の卦、その卦徳は内離明、外震動で、明にして動、動にして明なるが故に豊大なることを示し、その卦象は上震雷、下離電で、雷は威怒を、電は明照を意味し、天下に王者たることを示すものである。豊は勢いの盛大なることを示し、盛大ならば願いの通るのが道理である。王者は、ここに至って初めて憂えることが無く、日が中天にあるように振る舞えるのである。ただし日も中(ひる)を過ぎれば傾き、月も満ちれば欠けるのが道理であり、天地の盈虚(えいきょ、満ち欠け)は、時と共に消息(しょうそく、消えると生じる、生滅)するものであり、それは人であろうと、鬼神であろうと同じなのであることを肝に銘ずべきである。又雷(らい、怒号の声)と、電(でん、明察の光)とが皆同時に至るのが、豊である。君子は、そこで明察によって獄(ごく、裁定)を下し、怒号の声で命じて刑を執行する。
初九. 遇其配主.雖旬無咎.往有尚.
〔その配主に遇う。旬(じゅん)と雖(いえど)も咎(とが)無し。往けば尚(たっと)ばるること有り。〕

  象曰.雖旬無咎.過旬災也.
  〔象に曰く、旬と雖も咎無しとは、旬を過ぐれば災あるなり。〕
●初九は陽剛居初、九四の対爻と同徳の陽剛で、明(下体離)と動(上体震)の初に在り、相助けて豊の盛大を致すに至る。従って初九はその良き九四の配主(配偶の主人)と遇えば、旬(しゅん、十年)を過ぎても、咎は無い。進んで往けば大切にされるであろう。
六二. 豐其蔀.日中見斗.往得疑疾.有孚發若.吉.
〔その蔀(しとみ)を豊(おお)いにす。日中に斗(と)を見る。往けば疑いを得て疾(なや)まん。孚(まこと)有りて発若(はつじゃく)たれば、吉。〕

  象曰.有孚發若.信以發志也.
  〔象に曰く、孚有りて発若たりとは、信、志を発するなり。〕
●六二は柔順中正、明知の人であるが、応爻の六五が陰柔不正の暗君であるが故に、明を蔽(おお)われるの象。譬えば蔀(しとみ、日除けの簾)を下ろすか、日中に北斗七星を見るように暗くなり、進んで事に当たれば、疑われて悩むことになるが、誠意を以って、啓発に努めれば、吉である。
九三. 豐其沛.日中見沬.折其右肱.無咎.
〔その沛(とばり)を豊いにす。日中に沬(ばい)を見る。その右の肱(ひじ)を折るも、咎無し。〕

  象曰.豐其沛.不可大事也.折其右肱.終不可用也.
  〔象に曰く、その沛を豊いにすとは、大事には可(か)ならざるなり。その右の肱を折るとは、終に用うべからざるなり。〕
●九三は陽剛居正ながら、正応上六の柔暗に蔽われて、その暗さは六二よりも甚だしいの象。譬えばその沛(とばり)を下ろしたように真っ暗になり、日中に沬(ばい、北斗の端の星)を見るようである。その右肘を折ったように、十分な力を発揮できなくても、それは九三が頼むに足りないからなので、咎は無い。
九四. 豐其蔀.日中見斗.遇其夷主.吉.
〔その蔀を豊いにし、日中に斗を見る。その夷主(いしゅ)に遇(あ)えば、吉。〕

  象曰.豐其蔀.位不當也.日中見斗.幽不明也.遇其夷主.吉行也.
  〔象に曰く、その蔀を豊いにすとは、位の当たらざればなり。日中に斗を見るとは、幽(くら)くして明らかならざるなり。その夷主に遇えば吉とは、行けばなり。〕
●九四は陽剛不中不正、六二と同じく六五の暗君に蔽われて、その蔀を下ろし、日中に北斗を見るようであるが、初九の夷主(いしゅ、同輩の主)に遇うことができれば、同徳相応じて吉である。
六五. 來章有慶譽.吉.
〔章(しょう)を来たせば、慶誉(けいよ)有り。吉。〕

  象曰.六五之吉.有慶也.
  〔象に曰く、六五の吉なるは、慶有るなり。〕
●六五は陰柔不正、柔暗の主だが尊位に居り、下には対爻の六二の賢人が居り、同徳を以って応じ、来て助けようとしているの象。章(しょう、明)を来させることができれば、慶びと誉れが有り、吉である。
上六. 豐其屋.蔀其家.闚其戶.闃其無人.三歲不覿.凶.
〔その屋を豊いにし、その家に蔀す。その戸を闚(うかが)うに、闃(げき)としてそれに人無く、三歳まで覿(み)ず。凶。〕

  象曰.豐其屋.天際翔也.闚其戶.闃其無人.自藏也.
  〔象に曰く、その屋を豊いにすとは、天際に翔(かけ)るなり。その戸を闚うに、闃としてそれに人無しとは、自ら蔵(かく)るるなり。〕
●上六は陰柔居極、暗愚にして人と親しもうとしないの象。その屋根を大きく豊かにし、その家に蔀を下ろし、その戸の隙間より外を覗い、闃(げき、静か)として無人のようであり、三年の間、人の顔を見ようとしない。凶である。
  

(56)




旅(りょ)
艮下離上
火山旅

旅.小亨.旅貞吉.
〔旅は、小(すこ)しく亨(とお)る。旅には貞(ただ)しければ吉。〕

  
  彖曰.旅小亨.柔得中乎外而順乎剛.止而麗乎明.是以小亨旅貞吉也.旅之時義大矣哉.
  〔彖に曰く、旅は小しく亨るとは、柔中を外に得て、剛に順(したが)い、止まりて明に麗(つ)く。ここを以って小しく亨り、旅には貞しければ吉なるなり。旅の時義の大なるかな。
  
  像曰.山上有火.旅君子以明慎用刑.而不留獄.
  〔像に曰く、山の上に火有るは旅なり。君子は以って明らかに慎んで刑を用い、獄に留めず。〕
  
●旅は羇旅(旅人)、本居を失い他所へ身を寄せるの義。序卦伝に、豊は大なり。大を窮むる者は必ずその居を失う、故にこれを受くるに旅を以ってす、と言うように、旅して客寄(きゃくき、寄宿)するの意である。艮下離上の卦、その卦体は三陰三陽で柔中の六五が尊位に在って卦主、下に応爻が無いので上下の二陽に順うことを示す。その卦徳は内艮止、外離麗(附)で、内(艮)には止まって剛に順い、外(離)には明に麗(つ)くので、本居に永くは定住せず次に移り付くことを示し、客寄するの意の旅である。又その卦象は上離火、下艮山で山の上に火が在るの象、火は山の草木を焼きながら、次々と燃え移り、久しくは一所に止まっていないので、客寄する旅の象とされ、君子は、そこで明察を以って慎重に刑罰を用い、裁判を不用に長引かせて、滞(とどこお)らせない。旅は他郷に在るの象で、親戚、故旧(こきゅう)の頼るべき者は居らず、不便の事も多い、故に万事につけ大いに願いが通るというわけにはいかないが、自重すれば小しは通る。旅の恥はかき捨てというような心をもたず、常に貞正を保って行動すれば、吉。
初六. 旅瑣瑣.斯其所取災.
〔旅して瑣瑣(ささ)たり。斯(こ)れその災を取る所なり。〕

  象曰.旅瑣瑣.志窮災也.
  〔象に曰く、旅して瑣瑣たりとは、志の災に窮すればなり。〕
●初六は陰柔居下、陰小に過ぎて落ち着かないの象。旅に出て心が瑣瑣(ささ、細かい事にこせこせこだわるさま)としていれば、そこから災難を生じる。
六二. 旅即次.懷其資.得童僕貞.
〔旅して次(やど)に即(つ)き、その資(もとで)を懐きて、僮僕の貞しきを得。〕

  象曰.得童僕貞.終無尢也.
  〔象に曰く、僮僕の貞しきを得とは、終に尤(とがめ)無きなり。〕
●六二は柔順中正、旅に出て次(し、宿)につき、旅費がたっぷり有り、忠実な僮僕を得るの象。それは六二が、柔順に中道を行い、貞正だからである。
九三. 旅焚其次.喪其童僕.貞.厲.
〔旅してその次を焚(や)かれ、その僮僕を失う。貞しけれども、厲(あやう)し。〕

  象曰.旅焚其次.亦以傷矣.以旅與下.其義喪也.
  〔象に曰く、旅してその次を焚かるとは、また以って傷まし。旅を以って下に与(くみ)するは、その義の喪(うしな)えるなり。〕
●九三は過剛不中、柔順謙下すべき旅の時に当たり、剛に過ぎて中ならずの象。宿に着けば、その宿が焼け落ち、忠実な僮僕は嫌気がさして、何処かへ行ってしまった。貞正であっても厳格すぎるのは、危うい。
九四. 旅於處.得其資斧.我心不快.
〔旅して、処(ところ)に於いてその資斧(しふ)を得。我が心は快(こころよ)からず。〕

  象曰.旅於處.未得位也.得其資斧.心未快也.
  〔象に曰く、旅して処に於いてとは、未だ位を得ざるなり。その資斧を得とは、心の未だ快からざるなり。〕
●九四は陽剛不正、旅に出て落ち着く処は得たものの、地位を得ることができず、心が不安で快くないので、再び資斧(しふ、旅費)を工面するの象。斧は旅に必要な道具を示し、三四五爻の卦は兌金(刀)、二三四爻の卦は巽木(柄)より得たる象。
六五. 射雉一矢亡.終以譽命.
〔雉を射て一矢(いっし)亡う。終に以って誉命(よめい)あり。〕

  象曰.終以譽命.上逮也.
  〔象に曰く、終に以って誉命ありとは、上に逮(およ)ぶなり。〕
●六五は柔順居中、上下二陽もこれを助けるので、旅に出て柔順中道の徳を失わず、譬えば雉(羽の文様が明らかで、離を示す)を射るのに、矢を一本損するぐらいで手に入れるの象であり、終に誉命(名誉と爵位)を手に入れるまでに及ぶ。
上九. 鳥焚其巢.旅人先笑後號咷.喪牛於易.凶.
〔鳥、その巣を焚(や)かる。旅人先に笑い、後には号(な)き咷(さけ)ぶ。牛を易(えき)に喪(うしな)う。凶。〕

  象曰.以旅在上.其義焚也.喪牛於易.終莫之聞也.
  〔象に曰く、旅を以って上に在り、その義焚かるるなり。牛を易に喪うとは、終に之(これ)を聞くこと莫(な)きなり。〕
●上九は過剛居極、卑順謙虚であるべき旅に出て驕り高ぶり、柔順しようとする六五に親比せず、人に憎まれるの象。譬えば鳥が、その巣を焼かれるように、旅人は先には笑っているが、後には泣き叫ぶことだろう。牛を易(えき、国境)まで牽いて行きながら、見失ったようである。凶。
  

(57)




巽(そん)
巽下巽上
巽為風

巽.小亨.利有攸往.利見大人.
〔巽は、小(すこ)しく亨(とお)る。往く攸(ところ)有るに利(よろ)しく、大人を見るに利し。〕

  
  彖曰.重巽以申命.剛巽乎中正.而志行.柔皆順乎剛.是以小亨.利有攸往.利見大人.
  〔彖に曰く、重巽は、以って命を申(かさ)ぬるなり。剛は中正に巽(したが)いて、志行われ、柔は皆剛に順う。ここを以って小しく亨る。往く攸有るに利しく、大人を見るに利し。〕
  
  像曰.隨風.巽.君子以申命行事.
  〔像に曰く、随(したが)える風は、巽なり。君子は以って命を申ねて事を行う。〕
  
●巽は従順、従入の義。二陽の下に一陰が従い入るの象。卦象は風で、風がどんな所や物にも吹き入るので、又入を卦徳とする。上下重なる巽は風(巽)が繰り返し、反覆して吹くように、命令を反覆して伝達することを示す。従って、よく順従する陰(小)を主として、物事が小しは思い通りになるので、願いが小し通る(小しく亨る)と言い、陰が上り進んで陽に順従すべく、往くのがよろしいと言い、陽剛中正の徳ある大人(九五)に遇って教を聞くのがよろしいと言うのである。
初六. 進退.利武人之貞.
〔進み退く。武人の貞しきに利し。〕

  象曰.進退.志疑也.利武人之貞.志治也.
  〔象に曰く、進み退くとは、志の疑うなり。武人の貞しきに利しとは、志の治まるなり。〕
●初六は陰柔不正で最下に居り、上に居る陽剛不正に抑(おさ)えられて、進退の行動に果断さを欠くの象。武人の貞正に徹するのがよろしい。
九二. 巽在床下.用史巫.紛若吉.無咎.
〔巽(したが)いて床下(しょうか)に在り。史巫(しふ)を用うること紛若(ふんじゃく)たり。吉にして、咎(とが)無し。〕

  象曰.紛若之吉.得中也.
  〔象に曰く、紛若たるの吉なるは、中を得ればなり。〕
●九二は陽剛不正にして中位に居り、巽順の態度が過ぎて寝台の下に這(は)いつくばうの象。史巫(しふ、史は神主、巫は巫女)を用いて神に祈ることが紛若(ふんじゃく、多いさま)であれば、剛中の徳を以って、人(初六)はその敬虔な態度に感ずるので、故に吉であり、咎は無い。
九三. 頻巽吝.
〔頻(しき)りに巽う。吝なり。〕

  象曰.頻巽之吝.志窮也.
  〔象に曰く、頻りに巽うの吝なるは、志の窮するなり。〕
●九三は過剛不中、不遜(ふそん)の心を懐きながら、うわべは巽順を装うの象。うまく行くはずがない。
六四. 悔亡.田獲三品.
〔悔亡ぶ。田に三品を獲(え)たり。〕

  象曰.田獲三品.有功也.
  〔象に曰く、田に三品を獲たりとは、功有るなり。〕
●六四は柔順無応で、九三の剛に乗って九五の剛を承け、悔の有る地位であるが、柔順で正位に居り巽順の正道を得ているので、その悔は解消する。田に出て猟をすれば、三品(狩猟の獲物の三種の用途、乾豆(かんとう)、賓客(ひんきゃく)、充庖(じゅうほう))の獲物を獲るの象。●三品とは上中下三種の獲物のことで、上の乾豆は上殺で獲物の心臓に矢が当たり、速く死ぬ。これを乾肉にして豆(たかつき)に盛り、祭祀に用いる。中の賓客は、中殺で獲物の股や腰に矢が当たり、上殺よりも遅く死ぬ。その肉は調理して賓客を饗応する。下の充庖は下殺で、獲物の腸に矢が当たり、最も遅く死ぬ。汚れて穢いので調理して自らの食膳に供する。
九五. 貞吉.悔亡.無不利.無初有終.先庚三日.後庚三日.吉.
〔貞しければ吉。悔亡びて、利しからざる無し。初無くして終有り。庚(こう)に先だつこと三日、庚に後(おく)るること三日にして、吉。〕

  象曰.九五之吉.位正中也.
  〔象に曰く、九五の吉なるは、位の正中なればなり。〕
●九五は陽剛中正、尊位に居るが、巽順を旨(むね)とするのに当たって過剛無応であり、悔の有る立場であるが、貞正を保っていれば吉となり、悔は解消する。何事にもよろしくないことが無いの象。事の初は悔が有るが、終には悔は無い。庚(十干(じっかん)、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)に先だつ三日(丁、丁寧の意)、庚に後れること三日(癸、癸度(きたく)、癸(はか)り度(はか)る、善く考えるの意)。庚(更、悔い改めるの意)、即ち悔い改めて(庚=更)、丁寧に善く考えれば吉である。
上九. 巽在床下.喪其資斧.貞凶.
〔巽いて床下に在り。その資斧を喪う。貞しけれども凶。〕

  象曰.巽在床下.上窮也.喪其資斧.正乎凶也.
  〔象に曰く、巽いて床下に在りとは、上の窮まるなり。その資斧を喪うとは、正しく凶なるなり。〕
●上九は過剛居極、無応無比で、九二と同じく巽順に過ぎて寝台の下に這いつくばうの象。この態度は巽順の時が極まって、強引さを求められる時に当たっては、貞しくとも凶であるので、その資斧(しふ、陽剛の徳、旅卦参照)を失うに譬えられる。
  

(58)




兌(だ)
兌下兌上
兌為沢

兌亨.利貞.
〔兌は、亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。〕

  
  彖曰.兌.說也.剛中而柔外.說以利貞.是以順乎天而應乎人.說以先民.民忘其勞.說以犯難.民忘其死.說之大.民勸矣哉.
  〔彖に曰く、兌は、説(よろこ)ぶなり。剛中にして柔は外なり。説びて以って貞しきに利し。ここを以って天に順(したが)いて、人に応ず。説びて以って、民に先だつときは、民はその労を忘る。説びて以って難を犯すときは、民はその死を忘る。説びの大なる、民の勧(すす、励む)むかな。〕
  
  像曰.麗澤.兌.君子以朋友講習.
  〔像に曰く、麗(つ)ける沢は、兌なり。君子は以って朋友講習す。〕
  
●兌は説(よろこ)ぶ、喜悦の義。八卦の兌は一陰二陽で、一陰が二陽の上に進み、喜びが外に現われたることを示している。その卦徳は説(えつ、悦)であり、その卦象は沢である。その他にも西(方位)、口(身体)、少女(家族)、羊(動物)などがその卦象とされている。重兌について言えば、二陰が成卦の主で、主卦の主は剛中の九二、九五、特に剛中正の九五である。又兌の卦象は、麗澤(りたく)で、二沢が相付き、相滋益することを示し、人事に於いては朋友相講習するのが兌の卦象である。剛(誠実)が中にあって、外に柔(悦び)があるのが兌である。悦ぶにも、貞(誠実)であるのがよろしい。このようにして天の道に順(したが)い、人に応ずるのである。悦びを以って、民に率先して行えば、民はその苦労を忘れ、悦びを以って、国難を犯せば、民はその死を忘れるのである。悦びは偉大である。民が、どれほど悦んで励(はげ)むことか。
初九. 和兌吉.
〔和して兌(よろこ)ぶ。吉〕

  象曰.和兌之吉.行未疑也.
  〔象に曰く、和して兌ぶの吉なるは、行いて未だ疑われざるなり。〕
●初九は陽剛正位ながら、最下に居り、上に無応、無比で陰柔に親比することのない唯一の剛爻である。従って最下に居るので卑順にして和悦し、比、応が無いので偏私する所が無く、兌悦の道の正を得るの象、吉である。
九二. 孚兌吉.悔亡.
〔孚(まこと)ありて兌ぶ。吉。悔亡(ほろ)ぶ。〕

  象曰.孚兌之吉.信志也.
  〔象に曰く、孚ありて兌ぶの吉なるは、志を信ずればなり。〕
●九二は陽剛にして位不正であるが、下体の中を得て剛中の徳が有る。六三の陰柔と親比せず、剛中の誠意を以って人と和悦するの象で、吉であり、悔は解消する。
六三. 來兌凶.
〔来たりて兌ぶ。凶。〕
  
象曰.來兌之凶.位不當也.
  〔象に曰く、来たりて兌ぶの凶なるは、位の当たらざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正で、下体兌の主爻(成卦の主)であり、上に応爻が無いので、上下の陽爻と妄(みだり)に親比しようとするが、既に下の九二は剛中で誠信が有るので来ない、従って上の九四を招いて来させるが、分を犯した妄悦(ぼうえつ)であるが故に、凶である。
九四. 商兌未寧.介疾有喜.
〔商(はか)りて兌ぶも未だ寧(やす)からず。介(かた)く疾(にく)めば喜有り。〕

  象曰.九四之喜.有慶也.
  〔象に曰く、九四の喜は、慶び有るなり。〕
●九四は陽剛不正で、上に陽剛中正を承け、下は陰柔不正の六三に比するので、上の九五に就くべきか、下の六三に親比すべきか、推量して未だ安らかならざるの象。柔邪を憎んで遠ざければ、喜びも有るだろう。
九五. 孚於剝.有厲.
〔剥(はく)に孚あり。厲(あやう)きこと有り。〕

  象曰.孚於剝.位正當也.
  〔象に曰く、剥に孚ありとは、位の正しく当たればなり。〕
●九五は陽剛中正、君位に在るが、下の九二(剛中不正)とは敵応であり、上の上六は陰柔兌悦の主で、卦の極に居り、陰陽相親比する関係にある。上六(剥)を信じて、これと妄親すれば、陽剛中正の徳を剥落されるに至り、必ず危うい事が有る。
上六. 引兌.
〔引きて兌ぶ。〕

  象曰.上六引兌.未光也.
  〔象に曰く、上六の引きて兌ぶとは、未だ光(おお)いならざるなり。〕
●上六は陰柔にして卦の極に居り、兌悦の主となって、下の九五と陰陽親比の関係を結び、対応の六三(陰柔不正)と敵応する。従って上六は下二陽を誘引して相親比して兌悦の道を極めようとするのであるが、実は九五の徳を剥落するに至るのである。
  

(59)




渙(かん)
坎下巽上
風水渙

渙.亨.王假有廟.利涉大川.利貞.
〔渙は、亨(とお)る。王、仮(おお)いに廟を有(たも)つ。大川を渉るに利(よろ)し。貞(ただ)しきに利し。〕

  
  彖曰.渙亨.剛來而不窮.柔得位乎外而上同.王假有廟.王乃在中也.利涉大川.乘木有功也.
  〔彖に曰く、渙は亨るとは、剛来たりて窮まらず、柔位を外に得て、上同ず。王、仮いに廟を有つとは、王は乃(すなわ)ち中に在るなり。大川を渉るに利しとは、木に乗りて功有るなり。〕
  
  像曰.風行水上.渙.先王以享於帝立廟.
  〔像に曰く、風の水上を行くは、渙なり。先王は以って帝(てい)を享(まつ)りて廟を立つ。〕
  
●渙は渙散、散らすの義。離散の意。坎下巽上の卦、その卦体は九五(卦主)は陽剛中正を以って君位に居り、その応位の九二(成卦の主)は剛中を以って内に在り、柔正の六四(成卦の主)はこれを承けて外に在る。その卦徳は内坎陥、外巽入で、内の剛中(九二)は卦主(九五)と同徳を以ってよく艱険(かんけん)の難に堪えてその本を堅くし、外の柔正(六四)はこれと陰陽相比(なら)びて入り、相共に天下の渙散を収拾(しゅうしゅう)せんとすることを示す。又その卦象は上巽風、下坎水で、風が水上を吹き行く象で、激動して波浪を放散することを示している。風が水上に在って水を吹き散らすの象は、又その渙散を萃聚(すいじゅう、集合)するの意を含む。その故に、渙は一度離散したものを、集合する手だてを講ずれば、願いが通るのである。王(九五)が祖廟を大いに祀るならば、祖霊がこれに応じて願いを通す、これが渙であり、大川を渉るような大事さえ行うのがよろしい。
初六. 用拯馬壯吉.
〔用って拯(すく)うに、馬壮(さか)んなれば、吉。〕

  象曰.初六之吉.順也.
  〔象に曰く、初六の吉なるは、順なればなり。〕
●初六は陰柔不正で渙卦の初に居り、渙散の始まる時に当たるの象で、その渙散は未だ勢いが盛んではない。この渙散を救うのに、壮んな馬(九二の剛中)の助けを得ることができれば、吉。
九二. 渙奔其机.悔亡.
〔渙のときその机(き)に奔(はし)る。悔亡ぶ。〕

  象曰.渙奔其机.得願也.
  〔象に曰く、渙のときその机に奔るとは、願を得るなり。〕
●九二は陽剛居中、渙散の時に当たり、陰の位に居り、正応も無いので、本来ならば悔が有るが、陰陽相親比する初六の机(き、脇息)に身を寄せかけることができれば、悔は解消する。
六三. 渙其躬.無悔.
〔その躬(み)を渙(ち)らす。悔無し。〕
  象曰.渙其躬.志在外也.

  〔象に曰く、その躬を渙らすとは、志の外に在るなり。〕
●六三は陰柔不中不正で、坎険の極に居るが、諸爻中、この爻にのみ外に応爻(上九)が有るので、従って内の九二には親比せず、外上九に応じて、己の身に生ずる険難を渙散しようとする象。悔は無い。
六四. 渙其群.元吉.渙有丘.匪夷所思.
〔その群を渙らす。元(おお)いに吉。渙るときは丘(きゅう)有り。夷(ともがら)は思う所に匪(あら)ず。〕

  象曰.渙其群元吉.光大也.
  〔象に曰く、その群を渙らす、元いに吉とは、光大なるなり。〕
●六四は外渙(巽順)に入り、陰柔正位を得て、上の九五の君を承(う)け、これに陰陽相親比し巽順するの象。従って渙散の時に当たり、その群れを渙散して、九五に親比することができれば、大いに吉である。群を渙らせば丘墓(狎れ親しんだ群れの墓場)が有るが、夷(ともがら、仲間)は思う所ではない。
九五. 渙汗其大號.渙.王居無咎.
〔渙のときその大号(たいごう)を汗にす。渙のとき王居れば、咎無し。〕

  象曰.王居無咎.正位也.
  〔象に曰く、王居れば咎無しとは、正位なればなり。〕
●九五は陽剛中正、王として汗を渙散し、大いに天下に号令するの時に当たるの象。王が中道の正位に居れば、咎は無い。
上九. 渙其血.去逖出.無咎.
〔その血を渙らし、去りて逖(とお)く出づ。咎無し。〕

  象曰.渙其血.遠害也.
  〔象に曰く、その血を渙らすとは、害に遠ざかるなり。〕
●上九は陽剛不正にして、渙卦の極に居るの象。既に戦いの時は過ぎて、その浴びた血を渙散する時に当たる。渙散の次は萃聚の時である、疾く去りて遠くへ出て行けば、咎は無い。
  

(60)




節(せつ)
兌下坎上
水沢節

節.亨.苦節不可貞.
〔節は、亨(とお)る。節に苦しめば貞(ただ)しくすべからず。〕

  
  彖曰.節亨.剛柔分而剛得中.苦節不可貞.其道窮也.說以行險.當位以節.中正以通.天地節而四時成.節以制度.不傷財.不害民.
  〔彖に曰く、節は亨るとは、剛柔分れて剛中を得ればなり。節に苦しめば貞しくすべからずとは、その道の窮まればなり。説(よろこ)びて以って険に行き、位に当たりて以って節し、中正にして以って通ず。天地に節ありて四時成る。節して以って度を制すれば、財を傷(やぶ)らず、民を害せず。〕
  
  像曰.澤上有水.節.君子以制數度.議德行.
  〔像に曰く、沢上に水有るは、節なり。君子は以って数度を制し、徳行を議す。〕
  
●節は節制、節度、程よくして止まるの義。兌下坎上の卦、その卦体は九二、九五が剛中で、九五が尊位に当たり、卦主として中正の徳を以って、天下を節制し、節止することを示す。その卦徳は内兌説(悦)、外坎陥で、悦んで坎険(九五の尊位)に行き、尊位に在っては節制することを示す。その卦象は上坎水、下兌沢で、沢上に水が有り、受け入れる分量に制限が有り、限度を超えることはない。この節度を尊び重んずるのが節の象である。節はその限度に止まるの義であるので、物事は自然に思い通りになる。しかし度を過ぎて、その限度を固守することに苦しんでいるようでは、貞正を保つことができない。天地が節目を以って春夏秋冬の四時を成(な)すように、節制して度を過ごさないようにすれば、財を損なうことなく、民を害することもない。君子はそこで節制して、それを徳行として奨励するよう朝議するのである。
初九. 不出戶庭.無咎.
〔戸庭(こてい)を出でず。咎(とが)無し。〕

  象曰.不出戶庭.知通塞也.
  〔象に曰く、戸庭を出でずとは、通塞(つうそく)を知ればなり。〕
●初九は陽剛居正、六四の正応とは九二の剛中不正によって隔てられているので、門庭を出られないの象。未だ時機の到来せぬことを見極め、慎重に構えて居れば、咎は無い。
九二. 不出門庭.凶.
〔門庭を出でず。凶。〕

  象曰.不出門庭凶.失時極也.
  〔象に曰く、門庭を出でざるの凶とは、時の極まるを失すればなり。〕
●九二は陽剛不正、下体の中位に居りながら、上体の九五陽剛中正と敵応である。敵応であっても時機を得れば、同徳相助けることもあるので往くべきであるが、遂に時機を失って、門庭を出られないの象。その消極的な性質の故に凶。
六三. 不節若.則嗟若.無咎.
〔節若(せつじゃく)たらざれば則ち嗟若(さじゃく)たり。咎無し。〕

  象曰.不節之嗟.又誰咎也.
  〔象に曰く、節せざるの嗟(なげ)きは、又誰をか咎めん。〕
●六三は陰柔にして不中不正、上体の坎険を目前に臨むの危地に在るの象。従って自ら節制しなければ、当然嗟(なげ)き悲しむことになる。咎は無い。
六四. 安節亨.
〔節に安んず。亨る。〕

  象曰.安節之亨.承上道也.
  〔象に曰く、節に安んずるの亨るとは、上の道を承くればなり。〕
●六四は陰柔正位で九五の陽剛中正を承けて柔順すると共に、上体坎水の下に在って、水が節止して安んずるの象。従って諸事に願いが通る。
九五. 甘節吉.往有尚.
〔節に甘んず。吉。往けば尚(たっと)ばるること有り。〕

  象曰.甘節之吉.居位中也.
  〔象に曰く、節に甘んずるの吉とは、位に居りて中なればなり。〕
●九五は陽剛中正にして、尊位に居り、心から節制に甘んずるの象。その態度は吉であり、貞正であるので、往けば人の尊敬を受ける。
上六. 苦節貞凶.悔亡.
〔節に苦しめば貞しくとも凶。悔亡ぶ。〕

  象曰.苦節貞凶.其道窮也.
  〔象に曰く、節に苦しめば貞しくとも凶とは、その道の窮まればなり。〕
●上六は陰柔居極、中道を過ぎ、窮屈に節制を守って苦しむの象。貞正ではあるが、窮屈すぎて凶。悔の残る原因は無い。
  

中孚(61)




中孚(ちゅうふ)
兌下巽上
風沢中孚

中孚.豚魚吉.利涉大川.利貞.
〔中孚は、豚魚(とんぎょ)にして吉。大川を渉るに利(よろ)し。貞(ただ)しきに利し。〕

  
  彖曰.中孚.柔在內而剛得中.說而巽.孚.乃化邦也.豚魚吉.信及豚魚也.利涉大川.乘木舟虛也.中孚以利貞.乃應乎天也.
  〔彖に曰く、中孚は、柔内に在りて、剛中を得たり。説(よろこ)びて巽(したが)うは、孚なり。乃(すなわ)ち国を化(か)するなり。豚魚にして吉とは、信は豚魚にまで及ぶなり。大川を渉るに利しとは、木に乗りて舟虚(うつろ)なればなり。中孚にして以って貞しきに利しとは、乃ち天に応ずるなり。〕
  
  像曰.澤上有風.中孚.君子以議獄緩死.
  〔像に曰く、沢上に風有るは、中孚なり。君子は以って獄を議し、死を緩(ゆる)くす。〕
  
●中孚は鳥が懐中に卵を抱くの義、心中に孚(まこと、誠信)を懐くの意である。兌下巽上の卦、その卦体は二陰が内に在り、四陽が外に在って、中虚(陰虚)の象、又上下の二体に於いては九二、九五が中実(陽実)の象を示している。この中虚、中実の象を取って、中孚(信)と称する。その卦徳は内兌説(悦)、外巽順で、下は悦を以って上に応じ、上は順を以って下に順(したが)うことを示し、孚(信)の義とされる。又その卦象は上兌沢、下巽木で、外実、内虚の象によって、舟と楫(かじ)に象り、大川を渉るによろしいとされる。心中に誠信が有れば、無知、鈍感の豚や魚でも感ずるので、吉であり、大川を渉るような大事を行うこともできる。しかし貞正を保つのがよろしい。君子は、それで獄(ごく、判決)を朝議して、死罪を緩やかにする。
初九. 虞吉.有它不燕.
〔虞(やす)んずれば吉。它(た)有れば燕(やす)からず。〕

  象曰.初九虞吉.志未變也.
  〔象に曰く、初九の虞んずれば吉なるは、志未だ変ぜざるなり。〕
●陽剛居初、六四の正応があるが、これに心を動かさず、自らの孚誠(ふせい、まこと)に安んずれば、吉。他に心を動かすようでは、くつろげない。
九二. 鶴鳴在陰.其子和之.我有好爵.吾與爾靡之.
〔鶴鳴きて陰に在り、その子之(これ)に和す。我れに好き爵(しゃく)有り、吾(わ)れ爾(なんじ)と之を靡(わか)たん。〕

  象曰.其子和之.中心願也.
  〔象に曰く、その子之に和すとは、中心より願うなり。〕
●九二は陽剛居中、剛中孚誠の徳が有り、二陰の下に在りながら、その徳が自ら顕れて、在下の初九もこれに和し親しむの象。譬えて言えば、鶴が鳴けば、蔭に隠れているその子が和すようである。我れには好い爵(しゃく、さかずき)が有る、我れは汝に、これを分け与えよう、と。
六三. 得敵.或鼓或罷.或泣或歌.
〔敵を得たり。或は鼓(こ)し、或は罷(や)む。或は泣き、或は歌う。〕

  象曰.或鼓或罷.位不當也.
  〔象に曰く、或は鼓し或は罷むとは、位の当たらざればなり。〕
●六三は陰柔不中不正、上九に正応が有るが、六四の陰柔に妨げられて、前に進めないので、心が定まらないの象。敵を得たが、鼓を打ってこれと戦おうか、それとも止めようか、負けて泣こうか、仲直りして共に歌おうかと。
六四. 月幾望.馬匹亡.無咎.
〔月は望(もち)に幾(ちか)し。馬匹(ばひつ)亡(うしな)う。咎(とが)無し。〕

  象曰.馬匹亡.絕類上也.
  〔象に曰く、馬匹亡うとは、類を断ちて上るなり。〕
●六四は柔順居正、柔順孚誠の徳が満ち、月が満月に近いの象。九五の君に親比するので、初九正応の馬匹(ばひつ、馬)を失っても、咎は無い。
九五. 有孚攣如.無咎.
〔孚(まこと)有りて攣如(れんじょ)たり。咎無し。〕

  象曰.有孚攣如.位正當也.
  〔象に曰く、孚有りて攣如たりとは、位の正しく当たればなり。〕
●九五は陽剛中正の尊位に居り、孚誠に満ち溢(あふ)れて天下の人心を攣如(れんじょ、引きつけ連ねるさま)として引きつけるの象。咎は無い。
上九. 翰音登於天.貞凶.
〔翰音(かんおん)天に登る。貞しけれども凶。〕

  象曰.翰音登於天.何可長也.
  〔象に曰く、翰音天に登る、何ぞ長かるべけんや。〕
●上九は過剛にして中孚卦の極に居る。孚誠の心は十分だが、実行力が伴わないの象。譬えば翰音(かんおん、鶏の鳴声)が、天に登るようなものであり、貞正であっても凶である。
  

小過(62)




小過(しょうか)
艮下震上
雷山小過

小過亨.利貞.可小事.不可大事.飛鳥遺之音.不宜上.宜下.大吉.
〔小過は、亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。小事に可なるも、大事には可ならず。飛鳥(ひちょう)之(これ)が音を遺(のこ)す。上るに宜しからず、下るに宜し。大いに吉。〕

  
  彖曰.小過.小者過而亨也.過以利貞.與時行也.柔得中.是以小事吉也.剛失位而不中.是以不可大事也.有飛鳥之象焉.飛鳥遺之音.不宜上.宜下.大吉.上逆而下順也.
  〔彖に曰く、小過とは、小なる者の過ぎて亨るなり。過ぐるに以って貞しきに利しとは、時と与(とも)に行うなり。柔は中を得たり、ここを以って小事に吉なり。剛位を失いて、中ならず、ここを以って大事には可からざるなり。飛鳥の象有り。飛鳥之が音を遺す、上るに宜しからず、下るに宜し、大いに吉とは、上るは逆にして、下るは順なればなり。〕
  
  像曰.山上有雷.小過.君子以行過乎恭.喪過乎哀.用過乎儉.
  〔像に曰く、山上に雷有るは、小過なり。君子は以って行いては恭(きょう)に過ぎ、喪(うしな)いては哀(あい)に過ぎ、用いては倹(けん)に過ぐ。〕
  
●小過は二陽四陰の卦で、小(陰)が大(陽)に過ぎるの意で、これを「程伝」には、人は信(中孚)とするところなれば、則ち必ず用い、行えば則ち過ぐるあるは小過の中孚に継ぐ所以なりと言い、また「折中」には、大過は大事の過ぐるなり、小過は小事の過ぐるなり。大事とは天下国家に関繁するの事をいい、小事とは日用常行の事をいうとも説く。小過は四陰二陽で、小(陰)が大(陽)を小しく越え過ぎているの卦、物事には中(ちゅう、常度)を小しく越え過ぎなくてはならない時もあるが、越え過ぎるのは中を得んがためである。従って小過は自ら諸事願いが通るのが道であり、それには貞正を保つのが必要である。小過の道は小事(日用常行の事)には相応しいが、大事(天下国家に関する事)には相応しくない。六二、六五の小(陰)が中を得て、九三、九四の大(陽)が中を得ないからである。小過は、飛鳥が既に飛び過ぎ、その鳴声のみが残し止まるの象である。上に上るのはよろしくない。下に下るのがよく、大吉である。山(艮)の上に雷(震)の有るのが小過である。君子はこの少しばかり常度を過ぎた現象を見て、日常の行いは、恭(うやうや)し過ぎるほど、恭しくし、喪に服するときには、哀しみ過ぎるほど、哀しみ、日常の生活は倹(つつ)まし過ぎるほど、倹ましくするのである。
初六. 飛鳥以凶.
〔飛鳥なり、以って凶。〕

  象曰.飛鳥以凶.不可如何也.
  〔象に曰く、飛鳥の以って凶なるは、如何(いかん)ともすべからざるなり。〕
●初六は陰柔居下、上の九四に正応が有り、それを目指して一途に上ろうとするが、陰柔不正の力不足であり、六二、九三に妨げられる。譬えば飛ぶ鳥が、飛ぶことを以って凶を招くの象。如何ともしようがない。
六二. 過其祖.遇其妣.不及其君.遇其臣.無咎.
〔その祖を過ぎて、その妣(ひ)に遇う。その君に及ばずして、その臣に遇う。咎無し。〕

  象曰.不及其君.臣不可過也.
  〔象に曰く、その君に及ばずとは、臣は過ぐべからざるなり。〕
●六二は柔順中正、在下有徳の賢者、君主に遇おうとして、上に進むが、その父(九三)、祖父(九四)を過ぎて、その妣(ひ、祖母)の六五に遇わなくてはならない。しかし六五は敵応であるから、その君としては相応しくなく遇うことがかなわない。従って、その臣(九三)と親比することになるのだが、有徳の賢者であるが故に、咎は無い。
九三. 弗過防之.從或戕之.凶.
〔過ぎて之(これ)を防がざれば、従いて或は之を戕(そこな)わん。凶。〕

  象曰.從或戕之.凶如何也.
  〔象に曰く、従いて或は之を戕うとは、凶なること如何にせん。〕
●九三は陽剛正位不中、上に上六の正応が在るが、小過で陰柔の小人の勢いが強い時に当たって、陽剛が陽位に居るのだから、衆陰の憎しみを受けやすい。これを過度に防ぐのでなければ、或は身を損なうことも有ろう。凶である。
九四. 無咎.弗過遇之.往厲必戒.勿用永貞.
〔咎無し。過ぎて之に遇わず。往けば厲(あやう)し、必ず戒むべし。永く貞しくするを用うること勿(な)かれ。〕

  象曰.弗過遇之.位不當也.往厲必戒.終不可長也.
  〔象に曰く、過ぎて之に遇わずとは、位の当たらざればなり。往けば厲し、必ず戒むべしとは、終に長かるべからざればなり。〕
●九四は陽剛不正で、陰位に居り、剛に過ぎないので咎は無い。六五の君に親比したいのだが、正応の初六に力が及ばない(弗過)ので六五に遇うことができない。無理に往けば危ういので、妄動を戒めなくてはならないが、時が至れば初六を去って、六五に臣従するのが道であり、永く貞正を保っている時ではない。
六五. 密雲不雨.自我西郊.公弋取彼在穴.
〔密雲あれど雨ふらず。我が西郊よりせん。公(こう)、彼の穴に在るを弋取(よくしゅ)す。〕

  象曰.密雲不雨.已上也.
  〔象に曰く、密雲ありて雨ふらずとは、已(すで)に上ればなり。〕
●六五は陰柔不正にして君位に在るので、力の不足は如何ともしがたい。これを譬えて密雲あれども雨ふらず、やがて我が西郊(陰の方角に当たる郊外)より、降り出すだろう、と言い、公(六五の君主)が彼の西郊に在る穴に、弋(枝ほこ)を差し入れて小動物(小事)を取るの象。
上六. 弗遇過之.飛鳥離之凶.是謂災眚.
〔遇うて之を過ぎず。飛鳥之に離(かか)る、凶。これを災眚(さいせい)と謂う。〕

  象曰.弗遇過之.已亢也.
  〔象に曰く、遇うて之を過ぎずとは、已に亢(たか)ぶれるなり。〕
●上六は陰柔居極、止まらずに上ろうとするので、初六と同じく飛鳥に象(かたど)る。下って九三に応ずべきところ、これに遇わずに上り過ぎてしまい、譬えば、飛鳥が弋にかかるような目に遇うので、凶であり、これを災眚(さいせい、災難)と言う。
  

既済(63)




既済(きせい)
離下坎上
水火既済

既濟.亨小.利貞.初吉.終亂.
〔既済は、亨ること小なり。貞(ただ)しきに利(よろ)し。初は吉にして、終には乱る。〕

  
  彖曰.既濟亨.小者亨也.利貞.剛柔正而位當也.初吉.柔得中也.終止則亂.其道窮也.
  〔彖に曰く、既済は亨るとは、小なる者の亨るなり。貞しきに利しとは、剛柔正にして、位の当たればなり。初の吉なるは、柔の中を得ればなり。終に止まりて乱るるは、その道の窮まるなり。〕
  
  像曰.水在火上.既濟.君子以思患而豫防之.
  〔像に曰く、水の火上に在るは、既済なり。君子は以って患(わずらい)を思いて預(あらか)じめ之(これ)を防ぐ。〕
  
●既済は既に救う、既に成るの義。既済は離下坎上の卦、その卦象は上坎水、下離火で、水が火の上に在る。水は潤下(じゅんか)するもの、火は炎上するものであるが故に、水と火とが相交わって亨飪(ほうじん、煮炊き)などの諸用を致し得ることを示す。またその卦体は三剛三柔で皆その正位を得ていると共に三柔が三剛に乗じて居ることにも注意を要する。また六爻がそれぞれ陰陽の正位に在るので、事の既に成るの意を示す。事が既に成れば、新しい発展を期すよりは、寧ろ事の敗壊(はいかい)、衰頽(すいたい)を警戒しなければならぬ。従って願いの通ること小であり、貞正を守るのがよろしい。総じて初は吉であっても、終には乱れるものと悟るべきである。
初九. 曳其輪.濡其尾.無咎.
〔その輪(りん)を曳(ひ)き、その尾を濡(ぬ)らす。咎(とが)無し。〕

  象曰.曳其輪.義無咎也.
  〔象に曰く、その輪を曳くとは、義として咎無きなり。〕
●初九は陽剛正位で下卦離火の初に居り、上卦坎水の六四に正応が有る。従ってこれに進み往こうとする強い志が有り、車(六四)の車輪を引き戻す象であり、又川を渡ろうとして子狐がその尾を濡らしてしまった象である。共に力不足で到達しがたい象であるが、六四に赴こうとする志は道理であるので、咎は無い。
六二. 婦喪其茀.勿逐.七日得.
〔婦(ふ)その茀(ふつ)を喪(うしな)う。逐(お)う勿(な)かれ。七日にして得ん。〕

  象曰.七日得.以中道也.
  〔象に曰く、七日にして得んとは、中道を以ってなり。〕
●六二は柔順中正、正応の九五に遇おうと思っても、初九、九三の二陽に挟まれ阻(はば)まれて上進できない。譬えば婦人が、その茀(ふつ、中を外から見えなくする車の蔽い)を失った象であるが、その茀を逐うてはならない。七日すれば時が変じて自然に戻ってくるのだから。
九三. 高宗伐鬼方.三年克之.小人勿用.
〔高宗(こうそう)鬼方(きほう)を伐(う)ち、三年にして之(これ)に克(か)つ。小人を用うる勿かれ。〕

  象曰.三年克之.憊也.
  〔象に曰く、三年して之に克つとは、憊(つか)れたるなり。〕
●九三は陽剛正位、下体離明の終に居り、上体坎険の極上六に応じて、険難を冒(おか)して往こうとするの象。譬えば、殷(いん)中興の聖王高宗(こうそう)が鬼方(きほう、殷の周辺の蛮族)を征伐に往き、三年してようやく勝つことができた故事のように、成功するのは容易な事ではない、故に急いで小人を用いてはならない。
六四. 繻有衣袽.終日戒.
〔繻(ぬ)るるに衣袽(いじょ)有り。終日戒む。〕

  象曰.終日戒.有所疑也.
  〔象に曰く、終日戒むとは、疑う所有ればなり。〕
●六四は陰柔正位、下体離明を出でて上体坎険に入り、険難の地に在るの象。譬えば、船底の栓が緩んで水が入って来ても、衣袽(いじょ、栓の周囲に詰めるぼろ)が有れば心配ないように、終日油断せぬよう戒めなくてはならない。
九五. 東鄰殺牛.不如西鄰之禴祭.實受其福.
〔東鄰の牛を殺すは、西鄰の禴祭(やくさい)して、実にその福を受くるに如かず。〕

  象曰.東鄰殺牛.不如西鄰之時也.實受其福.吉大來也.
  〔象に曰く、東鄰の牛を殺すも、西鄰の時に如かざるなり。実にその福を受くとは、吉の大いに来たるなり。〕
●九五は陽剛中正、上卦坎険の主で尊位に在るが、事の既に成るの時に当たっては妄(みだり)に動かず、中正の徳を益々修めるの象。譬えば、東鄰の家でよく徳を修めない者が、牛を殺して先祖を祀っても、西鄰の家で、よく徳を修めた者が豚を殺して禴祭(やくさい、供物の少い薄祭)するのに及ばないように、徳を修めるということは、実にその福を受けるのである。●東鄰は殷紂王(ちゅうおう)の奢侈(しゃし)にして高慢なる態度を言い、西鄰は周文王(ぶんおう)の倹約にして敬虔(けいけん)なる態度を言う。(鄭玄の坊記(礼記)注)
上六. 濡其首厲.
〔その首を濡らす。厲(あやう)し。〕

  象曰.濡其首厲.何可久也.
  〔象に曰く、その首を濡らす、厲しとは、何ぞ久しかるべけんや。〕
●上六は陰柔にして坎険の極に居り、不安の地に在る。下に九三の応爻が有るが、互体(二、三、四爻)坎の中爻に当たるので、これに応を求めれば、更に坎険の中に陥る。そこで子狐が川を渡ろうとして、その首まで濡らすに譬える。死ぬとは限らないが、危ういことである。
  

未済(64)




未済(びせい)
坎下離上
火水未済

未濟.亨.小狐汔濟.濡其尾.無攸利.
〔未濟は、亨(とお)る。小孤汔(ほと)んど済(わた)らんとして、その尾を濡(ぬ)らす。利(よろ)しき攸(ところ)無し。〕

  
  彖曰.未濟亨.柔得中也.小狐汔濟.未出中也.濡其尾.無攸利.不續終也.雖不當位.剛柔應也.
  〔彖に曰く、未済は亨るとは、柔の中を得ればなり。小孤汔ど済らんとすとは、未だ中を出でざるなり。その尾を濡らす、利しき攸無しとは、続いて終らざればなり。位に当たらずと雖(いえど)も、剛柔応ずるなり。〕
  
  像曰.火在水上.未濟.君子以慎辨物居方.
  〔像に曰く、火の水上に在るは、未済なり。君子は以って慎んで物を辨(べん)じて方(ほう)に居(お)く。〕
  
●未済は未だ完成せずの義にして、既済の既に成るの義に対す。即ち未済とは、既に成り窮まったかに見える物も、そこに止まり滞(とどこお)ることなく常に変じて窮まりないことを示して、易の主旨である変易(へんえき)の理を明らかにするものである。これを「程伝」には、既済は物の窮まるなり。物は窮まりて変ぜざれば、則ち已(や)まざるの理なし。易は変易して窮まらざるものなり。故に既済の後は、これを受くるに未済を以ってして終る。未済なれば則ち未だ窮まらざるなり。未だ窮まらざれば、則ち生生するの義あり、と言う。坎下離上の卦、その下体は三柔三剛の陰卦で、その六爻は皆正位を得ず位不正であるが、柔爻は皆剛爻を承け、皆応爻が有る。六五は上卦離の中爻で柔中文明の徳が有り、一卦の主爻をなしている。その卦象は上離火、下坎水で、火が水の上に在るので、火は上に在りて炎上し、水は下に在りて潤下(じゅんか)する。故に水、火は相交わらずして相乖(そむ)くものとなり、相済(救)いて用を済(な、成)すことの無い未済の象を示す。未済の義は事未だ成らずであり、他日には必ず成るも、今は未だ成らずの意である。事の未だ成らざる時に当たって、柔中(六五)の徳を以って事に当たれば、やがては願いは通る。未済の卦は、狐の象を示し、上体は首(頭)、下体は尾に象(かたど)る。一卦の主象を子狐(六五)となし、坎水の険を渡るに汔(ほと)んど渡り、その首は向こう岸(上九)に達せんとしているが、その尾(六三)は未だ坎水(互卦二三四爻)の内に在って濡らす、従って渡る事は未だ終らず、事の未だ成らずの象である。従って何事につけても、よろしいことは無い。未済とは、火が水の上に在って、相交わらないの象を示すが、その反面、両者は各相異なる物として、それぞれの場処に居り、相侵すことの無い象を示す。君子は、そこを以って、慎重に諸の事物を弁別し、それぞれを最も相応(ふさわ)しい場所に置くのである。
初六. 濡其尾.吝.
〔その尾を濡(ぬ)らす。吝。〕

  象曰.濡其尾.亦不知極也.
  〔象に曰く、その尾を濡らすとは、また極(きわみ)を知らざるなり。〕
●初六は陰柔不正、下卦坎険の初に居り、九四の陽剛不正に応じて往こうと志すが、自らの力の極を知らないの象。譬えば子狐が、川を渡ろうとして、その尾を濡らすように、うまく行くはずがない。
九二. 曳其輪.貞吉.
〔その輪(りん)を曳く。貞(ただ)しくして吉。〕

  象曰.九二貞吉.中以行正也.
  〔象に曰く、九二の貞しくして吉なるは、中以って正を行えばなり。〕
●九二は陽剛不正であるが、下卦坎険の中位に居ってその主爻をなし、又上の六五柔中の卦主に応じて進み往こうと志すが、柔順中道の徳を以って、譬えば自ら車を引いて戻して妄進せしめないよう、自重するの象で、よく自らを抑止して、貞正を保つので、吉である。
六三. 未濟征凶.利涉大川.
〔未だ済(な)らず。征けば凶。大川を渉るに利し。〕

  象曰.未濟征凶.位不當也.
  〔象に曰く、未だ済らず、征けば凶とは、位の当たらざるなり。〕
●六三は陰柔不中不正、下卦坎険の極に居り、上九に応じて速かに脱出しようと志すが、未だ徳が備わらず、未だ事が成らないの象。従って敢(あえ)て往けば凶であるが、九二の剛中に乗じている現在の柔順不正の立場を理解して、九四の陽剛に拯(すく)い上げられ、上九の正応に手を引かれて往くならば、大川を渉るような大事を行ってもよろしい。
九四. 貞吉悔亡.震用伐鬼方.三年有賞於大國.
〔貞しければ吉にして、悔亡(ほろ)ぶ。震(ふる)いて用って鬼方(きほう)を伐つ。三年にして大国に賞せらるること有り。〕

  象曰.貞吉悔亡.志行也.
  〔象に曰く、貞しければ吉にして悔亡ぶとは、志の行わるるなり。〕
●九四は陽剛不中不正、既に下卦坎険を脱出して上卦離明に入り、六五の天子を承(う)け、親比してこれを助けるの象。不中不正の悔が有ってしかるべきところが、六五に親比し補佐するに当たり貞正を保てば吉であり、悔も解消する。本来有する陽剛の勇気を振るい興して、それで鬼方(きほう、蛮族の名)を伐てば、三年の後には大国に封(ほう)ぜられて領有することになろう。
六五. 貞吉無悔.君子之光.有孚吉.
〔貞しくして吉。悔無し。君子の光あり、孚(まこと)有りて吉。〕

  象曰.君子之光.其暉吉也.
  〔象に曰く、君子の光とは、その暉(かがやき)の吉なるなり。〕
●六五は柔中の徳を以って尊位に在り、下には九二に応じて九四に乗じて居り、上には上九を承けて居るので、これ等の賢者(陽)の補佐を受けるので、君子の光(かがやき)を発揮できるの象。誠意を以って当たれば吉。
上九. 有孚於飲酒.無咎.濡其首.有孚失是.
〔飲酒に孚有り。咎無し。その首を濡らすときは、孚有れども是(こ)れを失う。〕

  象曰.飲酒濡首.亦不知節也.
  〔象に曰く、飲酒して首を濡らすとは、また節を知らざるなり。〕
●上九は陽剛を以って未済の極、無位の地に居り、まさに既済に入ろうとする時に当たるので、特に何もすることが無いの象。下の六五の君に乗じ、六三に応じて居るので、何も心配せず酒でも飲んで居ればよい。ただ誠意が有りさえすれば、咎は無い。ただ酒に溺れて首まで濡らすようでは節度を知らないということで、誠意が有っても、これを失うだろう。
  

 
 
 
 
 
 
 
  (易経六十四卦 おわり)