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平成二十年元旦
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皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年一年、またしてもご愛読くださいますよう、
よろしく、お願いもうしあげます。
  
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  何やら幼稚な感じの年賀状で始めることになってしまいましたが、はたして今年の初夢はどんなものになるのやら。
  人に頼んであった図案が届いてみると、いくぶんトホホな気分になりましたが、やはり頼んだという義理の重みは捨てきれず、まあこれも己より発したるかと諦めて、楽しげなる所はまあまあじゃないかと思うことにしました。
  
  今年の干支は”ねずみ”ということですが、あれでどうして、なかなか可愛らしくも愛敬のある顔の動物です。
  
  そういえば、もう何年も前のことになってしまいましたが、風呂の底に泥がたまっていると家内から報告がありました。
  風呂の底に泥がたまっている?
  その意味が解らず、つい声を荒げて何度も聞き返しました。
  何度聞いても、やはり風呂の底に泥がたまっていると言っております。
  
  どうも要領を得ません。
  やむをえず重い腰を上げて風呂場に行きました。
  風呂桶の底をのぞいてみますと、言葉のとおりです。
  確かに栓の口の周りに泥が置かれていました。
  
  狐につままれるとは、こんなことを言うのでしょうか。
  どうして栓の口の周りに泥が置かれているのだろう?
  誰がしたのだろう?
  いろいろ考えましたが、どうも合理的な答えが見つかりません。
  それ以後も、毎日泥が置かれております。
  
  思い悩むうちに、とうとう答えを知る日が来ました。
  ある日、風呂の扉を開けて、桶の底をのぞいてみると、それは小さなピンク色の手が出てきて、泥を栓の口の周りに置いているではありませんか。
  
  人の手と同じような細い細い五本の指が、両手で泥の塊をかかげ持っています。
  ややッ、これは何の手だ?
  
  驚いて見ていると、小さな鼻がのぞきました、手と同じように透き通るようなピンク色です。
  やがて顔全体が出てきて、不思議そうにこちらを見ました。
  黒い実のような二つの小さな目がこちらを見、目と目とが合ってしまいました。
  口の周りのヒゲで、ようやく納得。 小さなネズミだったのです。
  小さなネズミが泥を栓の口に詰め、上から水が落ちてこないよう工事していたのです。
  
  まあ、分かってしまえば不思議はないのですから、後の処置は便利屋さんに頼むことにしました。
  世の中の事は不思議と思っても案外合理的な理由があるものだなあと知り、胸をなで下ろしたという次第です。
  
  なお、『ネズミには六一○ハップ』、これが一番と便利屋さんが言っておりましたので、風呂桶の底に泥などがあった場合の参考になさってください。 ただし、これは内緒の話だそうです。
  
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  余談はさておき、――
  今、あらためて去年一年をふりかえり、一言に総括してみますと、或は”異常気象元年”というような、不吉な言葉が胸の奥より顔を出します。
  
  まだ、踏みとどまれるのか、もう、踏みこたえられないのか、臨界点は過ぎたのか、過ぎないのか、今の余力の有るうちこそが、知恵の出し時であるぞと、大声に叫びたいような気分です。
  
  お経の中の『何ぞ衆事を捨てざる。 各、強健の時に遇い、努力し懃めて善を修め、精進して世を度(わた)ることを願い、極めて長い生を得べし。』というような言葉も思いだされます。
  『何を不急不要の事をしているのだ。 皆、余力の有る健康なうちに、努力して為すべきことを為し、懸命に世を救えよ。 そして極めて長く生きるのだ。』
  二千年も前の言葉が、なぜこうも身にしみるのか、この二千年の間、人類はなぜかくも進歩しなかったのか。
  
  化石燃料を消費することにより成り立つような繁栄は真の繁栄ではない。 ただ銀行預金の残高を計算するような暮らしが豊かであるはずがない。 化石燃料の残滓と、その副産物の瓦礫の山で、地球上を覆い尽くす前に、早く気づいて後戻りすべきである。
  
  無い袖は振れぬ、じゃあ、有るものとは何か。 はっきり言って太陽光線のみ。 太陽光線により、その一年間に生長した動植物の恵みのみ。 しかし、その太陽光線でさえ、水が汚れ砂漠化した世界には何もすることはできないぞ。 鉄もアルミも、もう十分以上に掘り尽くした。 後は、それをやりくりして生活しよう。 たとえ、江戸時代以前、いやもっと前まで、さかのぼった暮らしになったところで、それが実力なのだ。
  木の車輪を使おうよ。 日日の暮らしに電気を使うのは止めよう。 家の回り十里四方の作物だけを食べよう。 自動車も自転車も捨てて、大八車と足を使おう。
  
  ポーの同名の小説にあるような、メールストロムの大渦巻きが帆船を呑み込もうとするのに、それに近づきながらも、なお気づかないのが人間というものなのだろうか。
  早く気づいてほしい、‥‥
  
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  こんな事を、ときどき脳裏に去来させながらも、この老人のように無力では、すでにいかんともせんかたなく、無為に日々を過ごしております。 
  しかし、何もしないのも、返って心が疲れますので、こつこつと経典の現代語訳などをしておりました所が、近日になってようやく『国訳解説 浄土三部経』を完成させました。
  お正月のこととて、あるいは暇をもて余していらっしゃるのではないでしょうか?
  そのような奇特な方に、特にお勧めします。
  
  浄土といいましても、浄土宗の宣伝をしようというのでもなければ、真宗の宣伝をしようというのでもありません、法然も親鸞も関係ないのです。
  ましてや、あの世でも、死後の世界でも、葬式でも、そんなものは一切関係ありません。
  
  この浄土三部経というものは、一口に言ってみれば、極楽という理想の世界を描き出して、それはどのようにして作られたのか、それを説いているのです。
  
  私どもが、理想の世界に住もうと思うとき、それには二種の方法があります。
    一は、現在の世界を理想の世界にする。
    二は、すでに在る理想の世界に移住する。
  皆様は、どちらがお望みですか?
  
  浄土三部経では、その両方に道を開いていますが、文のままに受け取れば、現在の世界を理想の世界にする事に重きを在いているのが分り、これは般若経につながるものであると知ることができます。
  その事について、皆様にお読みいただきたいのですが、‥‥
  
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  しかし、どうしてもそんな時間は取れないと仰る方のためには、極楽の様子を少しだけお見せしましょう。 日本人には、とうてい思いも着けない、理想というよりはちょっと飛んでるのではないかというような景色を見ることができます。
 極楽のようす
1. 地面は真っ平らで、サファイアのような青い宝石、少しの濁りもなく透き通っている。
2. 地下には、金銀宝石で造られた八角の柱があって地を支える。 その柱の各面は七宝の色の光を放って輝き、非常にまぶしい。
3. 地面は、たてよこ碁盤の目のように、黄金の綱で仕切られている。
4. 仕切られた一区画ごとに、色とりどりの宝石の中の一種類が隙間なく敷き詰められ、そこから出る光は、上空に巨大な光の雲を形造る。
5. 光の雲は巨大な台となり、その上には金銀宝石で造られた宮殿があり、無数の天の童子が空中を飛びながら出入りしている。 宮殿の左右には、天にとどく無数の柱が建ち、無数の種種の楽器が懸かり、誰も打たないのに自然に鳴る。
6. 人々は、空中を自由に飛び交い、休みたくなれば後を追って付いてくる宮殿の中で休む。
7. 幾重にも重なる並木がある。 木々は種種の宝石から成り、例えば、黄金の幹、ルビーの枝、ダイヤモンドの小枝、エメラルドの葉、サファイアの花、桃色真珠の実など、種種さまさまであり、常に花が咲き、実が生る。
8. 花は中心から、色とりどりの光を放ち、くるくる旋回する蘂(しべ)をたらす。 花は、枝から枝を飛び回り、止まった所には、光を放つ宝石の実が生る。
9. 山のような巨大な宝石からは、水が出て川となる。 水はそれ自体が軟らかい宝石であり、きらきら光りながら流れる。 木々の本に至ると、幹をさかのぼり、花を尋ねてまた幹を下り降りる。
10. 正方形の巨大な池水があり、その周囲は階段状に宮殿楼閣が取囲む。 池水には、まん丸で巨大な睡蓮がびっしり咲いている。 人々が、その水につかると、水の深さは自在に変化する。
11. 空には極彩色の鳥が飛び交い、木々は葉と葉、小枝と小枝が触れ合い、皆が自然の最上の音楽を奏でる。
12. 一日に六回、時を決めて、満開の花が散り、落ちた花びらが、地面を三寸の厚さに覆うが、花が枯れるまえに、地が裂けて呑み込む。
   等々‥‥

  
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  書ききれません。 文章にしてさえこれほどですから、実際に見ればどれほどか。 何もかもが、見渡せないほど大きく、目を開けていられないほど光輝き、常に音楽と色彩とが満ち満ち、熱くも寒くもなく、涼暖温和で、自然は美しく、まさに理想郷。 或は熱帯のジャングルに、蟻になって迷い込めば、こんなものか。
  
  随分、楽しい所なのでしょうね。 まさにインドならではの理想郷、‥‥。
  案外快適そうですね、‥‥。 少しぐらいなら住んでみたいような、‥‥。
  犬のように後を追う宮殿だとか、小鳥のように飛び回る花だとか、水のような宝石だとか、サファイアの地面、宝石の並木、光の雲の台にそびえる楼閣、‥‥
  
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  理想郷については、中国人も何やら書いています。 ついでですから、それも見ていただきましょう。 皆様、よくご存知の陶淵明、桃花源の記です。
桃花源の記  
桃花源記 桃花源の記
晋太元中、武陵人捕魚為業。縁渓行、忘路之遠近。忽逢桃花林。 晋の太元の頃(380頃)、武陵(今の湖南省辺りにあった郡)の人が、魚を捕ることを生業としていた。 谷川にそって船で行き、時を忘れて思いがけぬ遠くまで来てしまった。 気がついて辺りを見れば、一面は桃の花の林に覆われている。
夾岸数百歩、中無雑樹、芳草鮮美、落英繽紛。 両岸から数百歩の奥まで、桃の木以外、何も無く、芳しい緑の草の上には、花びらが舞い落ちていた。
漁人甚異之、復前行、欲窮其林。林尽水源、便得一山。 漁人は、変な事もあるものだと思い、また前に船を進め、その林がどこまで続くか行ってみた。 林は水源のところで尽き、そこに山があることが分った。
山有小口、髣髴若有光。 山には小さな入り口があり、中がぼんやりと光っているようだ。
便捨船従口入、初極狭、纔通人。復行数十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然、有良田美池桑竹之属。 ただちに船を捨てて、入り口に入ると初めは極めて狭く、ようやく人が通れるだけであったが、さらに数十歩行くと、前がぱっと開けて明るくなった。 土地は平で広々としている。 屋舎は整然と並び、良い田、美しい池があり、桑や竹の類も茂っていた。
阡陌交通、鶏犬相聞、其中往来種作、男女衣著悉如外人。 あぜ道は南北に通り、鶏と犬の鳴き声が聞こえてくる。 その中を往来し、種を蒔き、田を耕している男女は、皆、見慣れぬ衣を着けていた。 
黄髪垂髫、並怡然自楽。 黄ばんだ髪の老人も、髪をうなじに垂らした子供たちも、皆同じように、ゆったりとし自ずから楽しそうである。
見漁人、乃大驚問所従来。具答之、便要還家、設酒殺鶏作食。 村人は漁人を見ると、大いに驚き、どこから来たかと問う。 これこれこうこうと、一一答えていると、それを遮り、家に還って酒を用意し、鶏を殺して食事を作った。
村中聞有此人、咸来問訊、自云、「先世避秦時乱、率妻子邑人、来此絶境、不復出焉、遂与外人間隔。」。問、「今是何世。」 村中の人が、この人のことを聞きつけて出て来た。 村人は挨拶がすむと、こう言った、『先祖が、秦(前200頃)の時の乱を避け、妻子と村人を率いて、この素晴らしい景色の所に来ました。 それ以来、ここを出た者がいないので、ついに外の人と隔たってしまいました。』と。 そして更に問う、『今は、誰の世ですか?』と。
乃不知有漢、無論巍晋。此人一一為具言所聞、皆嘆宛。 漢(前200〜200頃)が有ることさえ知らないのだから、無論巍(250頃)も晋(250〜400)も知らない。 この漁人が、聞き知っている所を一一答えると、皆は驚いて、ため息をついた。
余人各復延至其家、皆出酒食。 ここにいない人たちも、また次々とその家に来て、皆、酒や食事を差し出した。
停数日、辞去、此中人語云、「不足為外人道也。」 数日、停った後、挨拶して去ろうとすると、ここの人はこう言った、『この村は、外の人に、お話しになるほどのものではございませんよ。』と。
既出、得其船、便扶向路、処処誌之、及郡下詣太守、説如之。 やがて、村を出て船を見つけ、前の路をたどりながら、処処に景色の特徴を記憶し、郡の役所まで来ると、太守に申し出て、これを説明した。
太守即遣人、随其往尋向所誌、遂迷不復得路。 太守は人を遣わし、その途中途中に、前に誌した目印をたどらせたが、ついに路が分らなくなってしまった。
南陽劉氏驥、高尚士也。聞之、欣然規往、未果尋病終。後遂無問津者。 南陽(河南省の地名)の劉氏驥(りゅうしき)は、高尚の士であり、これを聞いて喜び勇んで往こうと計った。 しかし、いまだ果たせぬうちに、病に倒れ、死んでしまった。 その後、漁人が船を着けたあの岸を尋ねた者はない。
   

  
  何しろ桃源郷と言えば、皆のあこがれの的でしょう? 本当に、これですか?
  いくぶん期待はずれのような、‥‥。 こんなもんですかね、‥‥?
  
  中国人は、おおむね実際的であり、想像力を駆使するようなことを好まないとは聞いていましたが、まさかこれほどとは、‥‥。
  
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            ところで、
              日本人の理想郷とは何でしょうか?
  
            えーっと、何かありませんか?
              常世の国ですか?
              具体的なイメージが湧きませんね、‥‥
            あっ、そうそう‥‥、
              女護ヶ島というのがありました!
            しかし、
              日本人として恥ずかしくないですか?
  
 
理想という鉤に
智恵の綱を結びつけ
未来という頂上めがけて
投げ揚げて
自らを
はるか高みに牽き上げる
 
  
***
そうは、言うものの
  汝、自らを知れとも言いますしね
女護ヶ島だろうと何だろうと
自らを知らなくては
話にも何にも
なりません
***
**

  
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あれっ、どうも正月気分が浮き立ちませんね
どうしたんでしょう?
  
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何か余興でもいたしましょうか?

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**しばらくお待ち下さい**
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             ―― 俳風寸劇 春 ――
  ――舞台:四畳半の和室。中央に食卓兼用の書き物机。
  
――机の右手に主人、左手に妻が座っている。
  
――折しも食事が終り、妻が机の上の食器を側らの盆に載せおえたところ。
主人:(空いた机の上に新聞を広げながら)
  おいッ‥‥、船場吉兆がブロイラーを『ほんにわとり』と表示してたんだってさ。 さすがは老舗の名門、嘘をつくことには堪えられなかったってことかな、‥‥。
  しかし名門にしては、小さくはないか?
  ‥‥‥‥。
  やはり家で食うのが一番だな、外で食うのは何かの記念日ぐらいにしてさ。
  安心だし、安くすむし、味だって‥‥。
  
:(盆を持って起ち上がりながら)
  ご自分で作って、お食べになれば? 家には、あなたのお拾いになった猫が八匹もいるんですよ!
  その上、オオネコの面倒まで見切れるものですか!
    (室を出ながら乱暴にふすまを閉める、『ピシャリ』)
主人:‥‥。 (一人残されて憮然とする。)
   ―― 暗転 ――
  
  
――舞台:中央に小さな梅の木、ウグイスが止まっている。
  
――ジャンパーに宗匠頭巾の主人が前に立ち止まり、梅の花を見ている。
     何とか一句ひねり出そうという風情。

主人: 目出度さも中くらいなり、おらが春、‥‥。
ウグイス: ホーホケキョ、‥‥。
  
  ―― 幕 ――
  
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さて、お雑煮でもいただきましょうか。
初詣は、その後です。
普段着で近くのお宮に詣で、
お賽銭を100円入れて、柏手を打ち、
心の中で、どうもよろしくと、お辞儀する、
こんな所です。
 
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あばら屋に梅一輪の春を呼び
  
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     では皆様、今年一年つつがなくお過ごしくださいませ。 
     来月、またお目にかかりましょう、それまでご機嫌よう。



  (平成二十年元旦 おわり)