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与 外 斉

又行者若欲坐先須結跏趺坐左足安右髀上与外斉右足安左髀上与外斉右手安左手掌中二大指面相合次端身正坐口合閉眼似開不開似合不合
  
  もう大分昔のことになってしまいましたが、かつて上の文を訳して勉強しておりました。 まだパソコンを導入する以前のことです。 この文は善道大師の観念法門というもので、日本ではかなり重要視されてしかるべき所ですが、図書館等の手近な所に訳文がありません。 やむなく自前で訳し始めました。
 
また、行者、もし坐らんと欲せば、まず結跏趺坐(けっかふざ)を須(もち)いよ。 左足を右髀(もも)の上に安(お)き、
  
  ここまで順調に来ていたペンの流れがはたと止まってしまいました。 次の『与外斉』を何う訳せばよいのか、いえ、読み方は分っています。 結跏趺坐というのは、坐禅の時の足の組み方ですから、わたくしも僅かながら経験もあり、人のも見ております。 当然、ここでは『外に向けて平らかにせよ。』と訳すべき所でしょう。 『』は、簡野道明の『字源』には稲の穂がそろうさま、平らかと有りますので、『平らか』と読んで間違いないでしょう。 問題は『』です。 この字に方向を示す意味があればよいのですが。
  
  『字源』では、○なかま、くみ、ともがら。○くみす(党)、なかまになる。○ともにす(偕)、いっしょに為す、つれだちて行く。○あたふ(予)、授ける。○したがふ(従)。○たすく(助)。○したしむ(親)。○ゆるす(許)、同意する。○まつ(待)。○やはらぐ(和)。○もって(以)、もちひる(用)。○かぞふ(数)。○および、と。○より、何何といづれぞ、比較の接続詞。○よりは。○ために、古、為に通ず。○くみして、ともに(偕)。○ぞ、か。○容与は閑適の貌。○あづかる「参与」。○予に通ず、猶予は疑ひて決せざる貌。○か(疑問の辞)。○与与はすがたののびのびしたる貌。と、これだけあります。
  
  どうもいけません、そこで図書館まで行き、諸橋轍次の『大漢和辞典』を引いてみました。 『』:○くみ、なかま。○なかまの国。与国。○くみする。なかまになる、したがふ、したしむ、たすける、ゆるす、よろこぶ。○と。および、これとかれと。○とともに。いっしょに、にともなって、につれて、おつて。○ともにする。○つれだつ。○あはせる。○にかよふ。又、たぐひ。○にかよふところ。共通点。○あひて。あひてになる。○あたへる。ほどこす。○ほどこし。○かへす。○まつ。○もちひる。○みな。すべて、こぞって。○とる。○かぞへる。○はかる。○やはらぐ。○よい。○する。なす。○いふ。○もつて。○ために。○ごとくする。○比較を表はす助辞。いづれぞ、(甲)孰与と連用する。(乙)何与と連用する。(丙)単用する。よりは、(甲)下文に寧ろと承ける。(乙)下文にしかず・しかんやと承ける。(丙)下文にいづれぞと承ける。○おける。於に同じ。○に。於に同じ。○語勢を助ける助辞。○○○姓。○疑問を表はす助辞。か。○反語を表はす助辞。や。○感嘆を表はす助辞。かな。○ほめる。誉に通ず。○のばす。○物のさま。与与を見よ。○歟に通ず○あづかる。さしくははる。○あづかって。人とともどもに。○よる。○うたがふさま。○予に通ず。○預に通ず。○あたへる。と、これだけあります。
  
  この中で一番近いのは、『大漢和辞典』の○に。於に同じ。ですか。 念の為に用例を見てみますと、「雖無徳与女」、「信乃謀与家臣」と有ります。 前は『汝に徳無しといえども』とでも、また後は『信じて、すなわち家臣に謀る』とでも読むのでしょうか。 何やらずいぶん近づいたような気がします。 よし、これで行こうということにいたしまして、何となく思いを残したまま、無理矢理納得したような次第です。 それがつい最近になって、祖父より譲り受けて以来、長らく使っていて愛着の深い、大正十二年刊の古い『字源』を諦めて、新しく、相当にパワーアップした『角川 大字源』を手に入れましたので、早速『』の項を引いてみました。
  
  『大字源』には、○くみする、仲間になる。○たすける(類)助。○したしむ、したがう(類)親、従。○ゆるす、賛成する(同)予。○くみ、なかま、ぐる。「党与」(類)類。○ともに、ともにする。○いっしょに。○まつ(類)待。○かぞえる(類)数。○やわらぐ、やわらげる(類)和。○あたえる(同)予。○と。‥および。○もって(類)以。○より。比較の助辞。○「孰与」はいずれぞ。どちらが。比較の助辞。○たれとともにか。だれが‥であろうか。どうして‥であろうか。反語の語法。○ために(類)為。○すべて、全部(類)挙、皆。○えらぶ(類)挙。○いう(類)謂、語。○むかう、対する(類)向、対。○姓。○あずかる、参与する、関係する(同)予。○ほめる、たたえる(類)誉。○か。疑問・感嘆の助辞。(同)歟。○か、や、かな。文中の感嘆の助辞。○与与を見よ。
  
  ようやく見つけ出すことができました。 ○むかう、対する(類)向、対。 ちょうどぴったりです。 『外に向けて平らかならしめよ。』、まさしく、こうに違いありません。 何と頼りになる辞書であることよ。 何年越しのわだかまりが一気に融ける気がします。 これに勝る嬉しさがまたとあろうか。 いや随分高価な辞書でしたが、それだけの価値はありました。 元来、わたくしは自分の所有物について相当に満足するような性格なのですが、それにも増して満足した次第です。
  
  しかし、その後、またしても高価な買い物をしてしまいました。 次は『学研 新漢和大字典』です。 『角川 大字源』は親字の数が少なく、一万二千字しかありませんので、仏典にはやや不足しています。 それもユニコードに有る字が載っていないのですから、何をか況やです。 それで仕方なく、二万字の親字を誇る『学研 新漢和大字典』を買いました。 ただ使い勝手の良さは天下に比類無く、できればこれだけで済ませたい所ですが、それにしては余りにも内容が貧弱です。
  問題は、どちらをメインにしようかです。 最初に使いやすい『学研』を引き、次ぎに内容の詳しい『角川』を引くべきか、その逆がよいか。 効率を考えると使いにくいが当る確率の高い『角川』を最初に引くのが良いように思えますが、気持ちは幾分小さくて軽く、その上引きやすいような工夫が随所に見られる近代的な『学研』を最初に引きたいのです。

  所がです、これが驚いたことに、何とまあ、ひょっとしてこれは病気でしょうか、何でも必ず二度引かなくては安心できなくなってしまいました。
  『学研』を最初に引けば、内容の心許ないのは分かり切ったことです。 そこで『角川』を最初に引きますが、やはり同じく安心できなくて、『学研』の方も引いてしまいます。 毎度毎度二度手間をかけるという、まことに、やっかいで面倒くさいような次第です。 何でも二つというのは良くございません、一つが宜しいということでしょう。
 
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  最近、用がありまして、浄土関係のサイトを検索しておりました所、西本願寺系の寺のサイトに、上の善導の観念法門の訳を見つけました。
  この部分を、この人は何と訳しているのだろう、興味の有る所です。 早速ページを繰ってみますと有りました。
 
  また行者、もし坐せんと欲せば、先づすべからく結跏趺坐すべし。 左の足、右の髀の上に安(お)きてほかと斉(ひと)しくし、
 
  何と、『ほかと斉しく』とは、わたくしの乏しい知識の上からは、外を『ほか』と読むのはよく有ることですが、『内外』と言いますので、同一の身体に属す他の一方を外とは言わないのではないだろうか。 いや、わたしの方が間違っているのかな。‥‥
  いや、どこまでも悩みの尽きないことでございます‥‥。
 
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  ご覧いただいているように、仏典を訳すというような作業は、皆、このような漢和辞典を引くことの繰り返しでございます。 あらかじめ、およその意味を見当づけ、それに合うような項目を辞書の中に探し出す。 有ればよろしいのですが、無いときはまたこれが大変でして、気になって作業を次ぎに進めることができません。 一時間いくらと対価をいただいてする仕事ではございませんので、凡その意味が通じたからといって、そこで満足することも、またつまらないような気がいたします。 しかし、これが解決するまでに何ヶ月とか何年とかかかることもあるのでして、‥‥
 
  このようなこともありました。
爾時諸比丘中前著衣持鉢入王舎城乞食
 
  これは十誦律を勉強していた時に出会った文句です。 『その時、諸の比丘は中前に衣を著け鉢を持って王舎城に入り乞食した。』とあります。 では中前とは何を指すのでしょうか。 大通りの真ん中を前に進むことでしょうか、そのように読んでも読めないことはありません。 辞書で『中』を引くと、○うち、うちがわ。○なか、まんなか、なかば、なかごろ、あいだ。○ほどよい、たいらか。○あたる、あてる。命中、的中、中毒。○かなう。合格、及第。○あわせる。一致。○へだてる。○かなめ。○うる。等とあり、どうもいけません。 『中前』を引いてみても回答が反ってきません。
  これにはほとほと困ってしまいました。 何ヶ月か過ぎてようやく思いついたのが仏教辞典です。 『中』の付く項目を探してみますと、有りました、「中食:齋食之異名。以当日中而食故也。過午則不許食一毫之食」。 『中食』:齋食の異名。日中に当たりて食するを以っての故なり。午を過ぎれば、則ち一毫の食も許さず。とあります。 齋食は『とき(時)』ともいいまして、僧に許された食事のことで、一日一回午前中に取るのが決まりです。 漢和辞典で『中食』を引きますと「食事中」とありますので、仏教辞典の有難みが分ります。 漢和辞典にて日中を引きますと、○まひる。とあります、また『中午』という言葉が正午を指すともあります。 どうやら中前とは『正午以前』もしくは『中食以前』、即ち『午前中』のことと推測できます。 まあ言ってみれば当然のことで、何も苦労するような事ではございませんが、それにしてもはっきりしないのは、心にわだかまりが残ってかないませんので、苦労する訳です。 やはり、コストを考えていてはできないことです。
 
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  そのような事で、気象庁から梅雨入り宣言も出たことですし、何とか室内で楽しく過ごす遊びは無いものかと思っておりました所、これが一向に雨が降らず、まことに結構なよいお天気が続きます。 少しばかりの用もございますので、ここは一つ京都へ行こうということに相成りまして、午前中の涼しい時刻を三千院界隈で過ごすことにいたしました。 十一時頃、三千院の前に並ぶ土産物屋で中食を取りました。
  三千院の仏さんも悪いことはございませんが、その三千院の前を通り過ぎて突き当たりに巨堂を構える勝林院の仏さんの方が、いたく私のお気に入りでございますので、先にそちらを参ることにいたしました。 堂中に入りますと記憶の随の丈六の阿弥陀さんが私をお迎えくださいます。 あまつさえ写真さえ自由に取らせていただけますのは有難いことです。 他の寺院さんでは撮影お断りの看板が必ずと言っていいほど掲示してありますので、ここの仏さんはかなり心の広いお方のようにお見受けいたしました。 気分を良くして、次は三千院。 わたくしには仁和寺の法師のような悪い癖があるらしく、添え物を見ただけで満足して帰るとよく言われております。 悔いを後に残さないように心がけておらないと、また言われてしまいますので、三千院も隈なくお参りして、暑いさなかを京都市内まで、再び自ら運転する車中の人となりました。
  それにしても、時代は確かに進歩していますようで、およそ車社会の底辺に属するような者でさえ、自動でヘッドライトが点灯消灯いたしますし、炎天下の駐車場に放置されていても、乗り込んでキーをひねれば自動でエアコンから冷風が吹き出し、汗をかく間もなく室内は適温になってしまいます。 何もさわらないのに、かゆい所に手が届くということで、今回改めて便利ということを実感いたしました。 これは、どうやら良い買い物であったようです。
  
  
  
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  三千院の門前の食堂で何やら京風弁当と言ったような中食を取りましたが、その中に卵焼きが入っておりました。 それを一口食べて、家内と顔を見合わせます。 わたくしが『勝ったな。』と目で語りますと、『うん、勝った。』と相手も誇らしげな目つきで見返しました。
  
  ではその勝った所の卵焼きをご披露いたしましょう。 これの作り方は、誰にでもできる優しい作り方ですので、皆様もご自分でお作りになり、ぜひご賞味ください。 簡単な割においしい卵焼きです。
 
だし汁で二倍にふえる京風卵焼きの作り方
材料:二人前、卵三個に対して
 かつおだし汁120C.C.
 酒と味醂を等量に合わせて煮きったもの40C.C.
 塩小さじ三分の一杯
 醤油小さじ二分の一杯
 純正のくず粉角砂糖ぐらい
 純良な菜種油大さじ一杯
 味の素一振り
 
(1)くず粉を二三滴の水で良く練りだし汁に溶かし込みます。 だし汁は熱いと卵が煮えてしまいますので、ぬるま湯程度に冷まして使います。 
(2)だし汁を、あらかじめ粗く溶いておいた卵に、よくかき混ぜます。
(3)煮きった酒と味醂に塩をよく溶かしこみ、醤油を加えて、卵汁によく混ぜます。 くず粉は味を遠くしますので、塩醤油味醂等の味を左右するものと一緒にしてはいけません。 最後に味の素を一振りします。
(4)卵の腰を切りすぎないように。
 
(1)卵焼き器に直に火が当らないようにします。
(2)強火で熱した卵焼き器に純良な菜種油を大さじ一杯入れ、よく熱して油の臭みを取り除きます。
(3)熱した油を小皿に取ってください。
(4)幾分多めの油の残る卵焼き器に卵汁の三分の一量を低い所から流し込みます。 低い所から流し込むのは、勢いよく流し込んで、油の膜を切らないようにするためです、できるだけそっと流し込んでください。
(5)割と多めの油を使いますが、純良な菜種油は卵焼きには、よく合いますので心配いりません。 その他の油は一長一短です。 ただし菜種油は火を通さないと嫌な臭いがしますので、必ずよく火を通すようにします。
 
(1)すぐに中火に調節して、左の写真程度に焼けたなら手前に巻き込みます。 写真にあるような大きめの卵返しが有ると楽ですが、無いときは箸を上手に使って卵焼き器をあおりながら巻き込んでください。 金属のへらは卵焼き器を傷つけます。
(2)卵焼き器の空いた所に、小皿の油を流し込み全体に回るように卵焼き器を傾けます。 焼き付かないように多めの油を使います、布などで拭き取ってしまうのは良くありません。
(3)手前に巻いた卵を向う側に滑らせ、空いた手前側に残りの卵汁の二分の一を流し込みます。
(4)焼けたならば、残りも同じようにします。
京風手抜きだし巻き卵、二人前の出来上り



  (与外斉 おわり)