印度にコーサラ国という国がありましたが、そこの舎衛城(しゃえいじょう)という都の近くに祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)という僧伽(そうが)が在りますが、その他にも某(なにがし)という僧伽がありまして、そこに二人の長老の比丘が住んでおりました。一緒に生活する比丘の集団のことを僧伽と呼ぶのですが、仏教の盛んな土地柄でもありまして、地元の有力者たちは、毎年比丘たちのために、多くの衣を作り布施をしてきましたので、今年も多くの衣を作って比丘たちに布施をし、来世の福を積んでおこうと、多くの衣を持って、僧伽に来まして、ちょうどそこに居た二人の長老の比丘に与えました。
二人の長老の比丘は「もしこれ等の衣を大勢に分け与えることによって、何かの罪を犯すことにはならないだろうか。」と、このように恐れて、自分たちでは分け与えることをようしません。
そんな中に現れたのが六群比丘の一人、ウパナンダという方でして、説法論議に巧みと伝えられていますが、何よりもお釈迦様が亡くなられた時に、もうこれで叱られなくてすむと言って喜んだということで一躍有名になった方です。
このウパナンダ比丘は比丘の常としまして、地方地方の僧伽を渡り歩き、移り住んでいましたが、どこか布施されたものを多く貯えている所はないだろうか、そういえば去年、世尊(お釈迦様のことです。)はコーサラ国の某所に安居(あんご)していらっしゃたから、さぞお布施も多く集まったことだろう。ちょっと行ってみようと思いまして、この地に現れたような訳なのです。
ここで安居(あんご)といいますのは、印度には雨季というものがありまして、網の目のようになった川が溢れて、歩き回って人々に法を施すということが出来ません。そこで比丘たちは毎年夏の間、つまり四月十六日から七月十五日までの九十日間は一つの所に留まって、勉強したり修行したりして過ごすことをいうのです。
ウパナンダは二人の長老と挨拶をかわして、用意された場所に坐りますとさっそく切り出しました、
――「ここはお布施の方はどうですか、多くありましたか。そうでもないですか。」
――「多くありましたよ。」
――「もう、他の比丘たちに、分けておしまいになりましたか。」
――「いえ、まだ分けてないのです。」
――「それはまたいったいどうして。」
――「いただいた衣があまり多いのに、いただいたのは私たち二人だけです。もし分けて何かの罪になってもいけないと思って、よう分けないでいるのです。」
――「いやそれは分けなくてよかったですな。もし分けていればとんだ罪になっていたかもしれません。」
――「あなたは分けることがお出来ですか。」
――「はい、私なら出来ます。それには先ず羯磨(かつま)ということをしなくてはなりません。簡単に分けるという訳にはいかないのです。」
ここでいう羯磨(かつま)というのは儀式のことでして、何人か集まりまして、何々をすると宣言して、異議を問うことにより全員の意思を統一しようというものなのですが、ここでウパナンダがしようとする羯磨は、決められた規則に少しも則(のっと)らないまったくのインチキ羯磨なのです。
二人の長老が多くの衣を持ち出して、ウパナンダの前に置きますと、ウパナンダはそれを三つの山に分けまして、
――「二人はこの一山の側に坐りなさい。」と言います。
自分は二山の側に坐って、声をはりあげて宣言しました、
――「汝ら二人の長老、一心に聴け。汝らは、二人と一山の衣、合わせて三つ。私は一人と二山の衣、合わせて三つ。このように羯磨する、これで好いか、どうだ。」
――「好い、好い。」と、二人の長老がこう答えますと、ウパナンダは一枚の衣を広げ、その中に自分の取り分の二山の衣を包み込んで縛りつけ、担(かつ)いで去ろうとします。
二人の長老はあわてて、
――「この私たちの山の衣はまだ二つに分けていただいていませんよ。どうしてそんなに急いで帰ろうとなさる。」と言いますと、ウパナンダは、
――「もし私が分けてあげるとすると、お礼を頂戴しなくてはなりませんよ。」と言いますので、長老たちも、
――「します。します。」と答えました。
そこでウパナンダは長老たちの一山から一枚の好い衣を選んで取り除け、残りを二つに分けて、二人に分け与えて出て行ってしまいました。
ウパナンダはこのようにして得た多くの衣を担(かつ)いで祇園精舎へ往きましたが、それを見た比丘たちは大騒ぎです、
――「ウパナンダが来たぞ、きっとどこかで恥知らずなまねをしてきたに違いない。」、そしてウパナンダに問いただします、
――「ウパナンダ、あなたはいったいどこでその多くの衣物を得たのですか。」、ウパナンダがこれこれこういう訳で得ましたと答えますと、比丘たちは口々に、
――「それでどうして比丘といえるのだ。そのようにして二人の長老の物を奪うとは。」と言いながら、世尊に事の顛末を報告しました。
世尊は比丘たちを皆集められまして、その前でウパナンダに問いかけられます、
――「そんなことを本当にしたのか。」
――「はい本当にしました、世尊。」
――「何故そのような馬鹿げた真似をしでかしたのだ。まったく、騙してまで、そのような長老の物を奪うとは。」と、いろいろことを分けて教えられ、そして比丘たちに、次のようなたとえ話をされました。
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