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和食の作法
  和食の作法は単独に存在しているものではありません。普段の立ち居振る舞いと密接に結びつき、掃除洗濯炊事などの家事のすべてが、統一された作法のもとにあるのです。
  これは西洋料理の場合のマナーとは意味が違い、本当に知っていなくてはならない人は、既に知っているものなのですが、しかし戦後になって大幅に事情が変わりました。大方の家では核家族といいまして、教える人がいないような状態にあるのです。このような人の為に、ごく基本的なことと考え方を説明することにより、幾分の手助けになればと思います。


<四季の暮らし>
  四季ごとの決まりごとは、生活にリズムをつけ、嫌なことを忘れさせ、暮らしに希望をもたらします。和食のことを語ろうとすれば、やはりここから入るのが理解が早かろうと思います。

  春は濡れ縁に直接面した障子にさす日陰が、そろそろ障子を開けてはどうですかと促がすことにより始まります。そこで言われるがままにさっと開け、一瞬の冷気に気を引き締められながら、庭を見渡しますが、昨日までと何等の違いを見出すことはできません。やはり早かったかと、また障子を締め切って引き篭もりを続けますが、もう間もなく春になるのは確かです。数日ならずして、知らぬ間に障子は全開になっていることでしょう。その頃になりますと、黒っぽい生垣の隅に、紫の大きな舌を垂らした木蓮が満開になります、水仙も咲き、沈丁花の香りが庭一杯に漂い、虫の羽音も春の訪れを告げています。

  桜の花が、生垣の向こうに満開に咲き誇る景色は誠に目出度いもので、生きていて良かった、是非この景色は眼底に刻み付けたいものだと思わずにはいられません。春の空の色は薄い青色で、染井吉野の花色と好い対比をなします。抑え難い欲求が起こり、毛氈を持ち出して花見をすることになりますが、家の者には例年のことですから、既に季節の筍鮨しが用意されております。焼きたての錦糸玉子を山盛りにかけて、薄く切った酢締めの車えびと甘く煮た椎茸、木耳の繊切り、木の芽はまだ早いので胡瓜の薄切り、アナゴの付焼きと薄切りの酢蓮根、色取りを考えて散らしのせられています。銘酒『白鷹』を飲めば気分はもう羽化登仙となって家族ともども無言の行のうちに日頃の憂さを晴らすのです。

  夏は雨に打たれた紫陽花の大きな花が幾百本の群れとなって、手洗いの側に咲くことから始まります。渡り廊下に立って、それを眺めると籐椅子の季節が来たなと思います。部屋のしつらいを変えるのも、もうすぐです。家中の障子、襖を外して御簾を掛けます。床の飾りも赤い色を避け、花瓶も水盤に変わります、座布団を夏用に変え、客用の団扇を座敷に用意することも忘れることはできません。庭には濃い影が多くなり、杉苔も水を吸って、いかにも涼しそうになります。この季節は廊下で過ごすことが、いかにも似合います。食事、お茶、新聞、読書、レコード、ラジオ、すべてが北側の広い廊下に持ち出されます。渡り廊下の籐椅子も風がよく通って快適です。明かりをすべて消すと、風に乗ってやって来た蛍が一つ二つ光っているのも楽しみです。

  盆過ぎには月見の季節がきます。東側の濡れ縁から戸板二枚の縁台を出し、絨毯を敷いて、三宝にお団子を三角形に積んで、お月見をします。黙って月を見上げながら、本当に兔が餅をついているなあと感心するのです。これもなかなか快適で、明日からはここで晩御飯を食べようかということにもなります。

  秋は中庭の満点星(どうだん)が真っ赤になると、その気分になります。居間の火鉢を口の広い萩焼きから、口が狭く熱の籠りやすい、信楽焼きに変えるのもこの季節です。もう部屋の中の生活が主になります。夏の間は小さな火鉢の火も、大きくなって鉄瓶の湯を沸(たぎ)らせるようになります。座敷にも小ぶりの手あぶりを出して置かなくてはなりません。暮れの仕度にいそがしいいそがしいと言っている間に、雪が降り、それが積もって枝ばかりの満点星が綿帽子を被ると、それが冬の始まりです。

  元旦の楽しみは家々の前の道が掃き清められ、日の丸が翻って、松の緑も清々しく見えることです。またお雑煮、お節料理も楽しみです。京の白味噌に丸餅と、すべて三ミリの厚さに丸く切った人参、大根、里芋の一切れづつ、百合根ひとかけらと、柚子の皮を吸い口にしたお雑煮、柔らかく戻した身欠き鰊を芯にした昆布巻き、一週間米のとぎ汁につけて戻した干し数の子、二センチの厚さで斜めに切った酢蓮根、車えびの塩焼き、金柑の砂糖煮、甘辛く煮た椎茸、煮しめには人参椎茸蓮根が入り、叩き牛蒡、人参と大根の紅白なます、以上は家の者の手作り、小田原の蒲鉾と伊達巻、京の黒豆の砂糖煮、栗の砂糖煮、琵琶湖の諸子の佃煮、田作り、これは買ったり貰ったりするもの。三が日を過ぎて、重箱に継ぎ足しながらも、材料が無くなって、とうとう一週間目には重箱もかたずけられてしまいます。来年の来るのが早くも待ち遠しくなる瞬間です。
  この外にも、節句ごとの行事、お祭り、お盆などが季節の節目となって、道具の出し入れ、行事に適した料理を作ることのうちに一年が過ぎてゆくのです。


<座敷、客間、居間>
  座敷と客間と居間の違いは、客になるとは、客を迎えるとは何ういうことかについて、およそのことを知ることになります。これらの三つは皆客を迎えるそれぞれ別の機能を持っています。
  <座敷>は挨拶の場、対面の場です。客は先ずここに通されて、主人の挨拶を待ちます。願い事がある人、若年の人意外は床の前に座布団を敷いて坐ることになります。願い事をするのに上座からは変ですし、若い人が上座にいてもやはり可笑しいからです。ただ若い人でも、この部屋でご飯を食べるような場合は上座に坐ることになります、これは給仕の仕勝手が悪いからです。この場合の挨拶は食事が終わった後で、主人の居間に案内され、そこで交わすことになります。
  時ならずして、主人が入ってきて、挨拶が交わされます。客は座布団を降りて挨拶します、もし座布団の上からお辞儀をしますと、前のめりになって大変に具合の悪いことになってしまいます。お元気でしたか。汽車はいかがでした。お子さんは今年は大学で。などと決まりごとの挨拶が交わされますと、今部屋の用意をさせています、直ぐにご案内させましょう。と断って主人は引っ込むことになります。
  座敷のしつらいを見てみましょう。
  座敷は挨拶の場に適するように、簡素にして重厚を旨とします。床と違い棚と袋戸棚のみが良く、付け書院は無いのが良いようです。床柱と床がまちも華美にならないようにします。天井も豪華は嫌味です。飾り棚も座敷机も出しません。机は挨拶の邪魔になります。
  ただし、泊まらない客の場合は、ここが客間となります。この時のみ衣桁(いこう)、脇息を出します。

  <客間>は泊り客にとっての居間です。客はこの部屋の中では主人となるのです。そのために華やかさと親密さを表現する必要があります。柱も梁も古色の付いていないのが良く、あめ色に輝いているのが良いのです。普段から水拭きではなく、乾拭きによる手入れが大切で、畳の縁も明るめの物にします。付け書院もこの場合には有効です。床柱も艶のあるものが良いでしょう。座敷机は無いのが普通です。衣桁と脇息は必ず無くてななりません。
  客が座敷にいる間に、家の者は客間の花を直し、座布団を敷いて、その左側に脇息を据えます。冬には手あぶりに炭を熾して座布団の右側に置きます。この三つは付き物です、人数分用意します。

  <居間>は主人が私的に客を迎える場です。畳に頭を擦り付けるような挨拶が不要ということです。主人の書斎を兼ねますので、机と鉄瓶の架かった火鉢が必要です。坐る場所は書見に必要な採光が得られるならば、何処でもかまいません。客の坐る場所も自由です。居間のしつらいは、好みですが簡素と実用を旨とします。柱と梁は古色がついて落ち着いた雰囲気が出たものが良いでしょう。付け書院は実用的では有りませんし、スースーした違い棚の代わりに、道具類を納めるための水屋を設(しつら)えるのも良いと思います。しかし何にしても主人の自由です。


<客を迎える>
  交通の便が宜しくない頃の話です。宿屋もろくに無い地方のことですから、遠方の客と言えば泊まっていただくものと決まっていました。これは「暫くご無沙汰致して居ります‥‥墓参りを兼ねて‥‥泊まりますので宜しくお願い申し上げます。」と言ったような手紙の遣り取りから始まります。それから暫くは忙しくなります。家中の掃除をし、障子の破れたところを格子の分だけ切り取って張りなおします。庭の雑草も特に念入りに取り除き、愈々当日になりますと、ハタキをかけて掃き掃除、拭き掃除、家の周りの道を掃き、水を打って、家中の手水鉢の水を新しくし、床の間の花を生けて、客を待ちます。
  客は朝早くに家を出ますが、交通事情が悪いので、早くても二時頃の到着ということになります。「御免。」という訪いの声に合わせて、「はい。」と答えて、家人は玄関に迎えに出、何度も頭を下げて日頃の無沙汰を詫び、それではどうぞ座敷の方にお通り下さい。座敷での挨拶は先ほど申したとおりです。ただ、冬の場合は、客はオーバーのボタンを外しただけで着たまま上座に坐ります。帽子は脱ぎます。
  客間では床の間の花を正し、座布団を敷き、脇息を据え、火鉢の火を掻き立て、衣桁のホコリを払って、全てに遺漏の無いことを確かめてから客を迎えます。昔の冬は随分寒かったようで、部屋が十分暖まるまでは客はオーバーを着たままです。


<給仕をする>
  客の数は部屋数と夜具の数にもよりますが、一家族二人までが適当です。膳には、四つの蓋付きの椀と、一つの蓋の無い椀が付属しています。全て塗り物です。蓋付きは熱い物を、蓋の無い物は冷たい料理を盛ります。左手前の飯椀は一番深いもの、右手前の汁椀は二番目に深いもの、左奥の浅めの大きい方には煮物を色取りよく、右奥の小さい方は焼きもの用です。真ん中に和え物を盛るための蓋の無い椀を置きます。もし刺身を出したい場合は、辛子醤油、わさび醤油で和えて蓋の無い椀に盛ることになります。このような塗り物はすべて仕様を注文して作らせますから、家によって微妙な違いがあります。大きさ高さもそれぞれです。
  両細の箸を、適当に切った奉書紙を三つに折った、その中に入れて両端を三センチほど下に折り、膳の手前に落としこみます。膳は一つづつ客の前に運びます。給仕はその家の若い主婦の役目です。部屋の前まで来ると、部屋の中に向かって正座して、膳を置いて、障子を開け、「お食事をお持ちしました。」と声をかけて、膳を持って立ち上がり部屋に入ったところで両膝を着き、膳を置いて障子を閉めます。正客の外に次客が有るときは、手伝いの者にもう一つの膳を持たせ、それを敷居際から受け取って、畳の上の適当な場所に並べてから、障子を閉めます。決して障子を開け放しにしないように気をつけます。
 膳を一つ持って立ち上がり、正客に向かって正座し、飯椀の蓋を取り去り畳の上に置いてから、膳を百八十度回し畳の上を滑らせて、客に渡します。蓋は持ってもとの所に置き、次の膳を次客に渡します。蓋を持って、台所に下がり、飯櫃を盆に載せて運び、給仕するに適当な位置に座を占めます。廊下に近く、正客の前まで部屋を斜めに横切らなくてもよい場所が適当です。飯櫃は左前に置き、盆は前に置きます。正客のご飯が残り少なになったとき、盆を持って立ち上がり、客の前に正座して、「御代わりをどうぞ。」と言います。客は残り一口のご飯を椀の縁に寄せて見苦しくないようにして差し出された盆の上に置きます。次に次客の方に顔を向けますと、次客は「私にもどうぞ。」と言って、給仕の手間を省くようにします。盆に載せた椀を間違えないように憶えて、元の場所に戻り、ご飯をよそって、客の前に正座して、盆を介して手渡しします。
  汁の代えがあるときは蓋をして、膳の脇に置きます。蓋のあるものは冷めませんから畳の上に置いてもよいのです。客は先の汁に蓋をして、膳の右側前方に置いてから、新しい汁を膳の上に載せます。
  ご飯を一回お代わりをしてから、盆を持って台所に戻り、漬物とお茶の用意をして、盆に蓋付きの湯飲みと茶托、お茶の入った小ぶりの土瓶、漬物の入った瀬戸物の鉢を載せて、定位置に戻ります。
  前のようにして、「ご飯のお代わりをどうぞ。」と言う声に対し、「十分に頂戴しました。お茶をどうぞ。」または「お香子をどうぞ。」と聞いてから、給仕の定位置に戻り、お茶を注ぎ、漬物の鉢と一緒に盆に載せて、正客の前に座り、漬物と湯飲みを正客の左手の近く、畳の上に置きます。次客の側には湯飲みだけを置きます。客は箸を逆さに持ち替えてから鉢を取り、漬物を少し取って空いた椀の中に入れます。鉢は次客に手渡しされます。次客は渡された鉢をいったん左手の近くの畳の上に置きなおし、箸を逆さに持ってから鉢を再度左手に取ります。お茶は、蓋をとって茶托に立てかけ、湯飲みを取り上げて、飯椀の中に半分注ぎいれ、茶托に戻し、漬物の一切れで椀のなかをよく拭い、それを飲んで漬物を食べます。
  給仕は「ご馳走様でした。」の声を聞いて、膳を二つと漬物の鉢、飯櫃を障子の近くに移動させ、また廊下に移動させますが、障子の開いている時間を短くすること、一回の明け建てで済ますように心がけねばなりません。
  このように給仕をするということは、立ったり坐ったりが多く、普段から足腰が丈夫でなければ、なかなか勤まるものではありません。客が馴れて来れば徐々に略式にすることは、客にとっても余分な気兼ねを無くし必要なことです。


<客の心得>
  1. 客は渡された膳を適当な位置に引き寄せます。畳の上を滑らすようなことは、厳に戒しむべきことですが、塗りの物は当たりがやさしく、畳を傷めることがありませんので、この場合はかまいません。ただし畳の縁には気を付けなければなりません。まず、椀の蓋を取って、右の物は右側の、左の物は左側の畳の上に置きます。畳に水気が付かないように大きな蓋を上向きに置き、それに被せるように小さい物を下向きに載せます。傷が付きますので、何のような器も決して重ねてはいけません。食べ終わって片付けるのを手伝おうと気を利かした積もりで、瀬戸物も何も全て重ねてしまう人がいますが、大変悪い習慣です。是非直してください。
  2. 箸袋を開いて、箸を取り出し、膳の左側の縁に箸先を掛けて置きます。箸袋は膳の上の邪魔にならない所に置きます。
  3. 手を合わせて「いただきます。」と言います。
  4. 最初に汁椀を右手で取り、左手で持ちます。右手を添えて一口、椀の縁から吸います。右手で箸を取り、箸先を、椀を持ったままの左手の人差し指と中指で挟んで支え、右手を持ち替えて、手のひらを上向きにします。汁に箸先を二センチほど入れて濡らし、ご飯が箸に付着しないようにします。椀の縁で箸先の汁気を切り、先ほどと同じように左手の中指と人差し指で箸先を支えて、右手を持ち替え箸を上から持って、膳の左縁に立てかけます。その後で、左手の汁椀を右手で取り、膳の上に置きます。
  5. 飯椀は左手で取り、右手を添えて持ちよいように持ち直します。右手で箸を取り、左手の中指と人差し指で挟んで持ち替え、ご飯を一口分掬うようにして口中に入れます。咀嚼する音を出さないように唇を閉じて食べます。箸を持ち替えて下に置き、左手を適当に持ち替えて椀を下に置きます。
  6. 後は右手のものは汁のように、左手のものはご飯のようにして、食べます。どの椀も手に持って食べます。箸を著けた椀は何も残してはいけません、一椀のものは残さず食べるか、それとも初めから箸を著けないか、このどちらかにするよう心掛けてください。
  7. 食事は全ての蓋を元の器に元のように被せ、箸を箸袋に戻しいれて、膳に落とし入れることで終わります。蓋を上向きにし重ねるようなことは決してしてはいけません。塗りの物は吸い着きが良いので、このようにして蓋が取れなくなってしまうことは、想像以上によくあることです。
  8. 手を合わせて「ご馳走さまでした。」と言います。


<現代風のアレンジ>
  現代は華美と実用、この二つが特徴です。美しい瀬戸物を用いて、扱いの難しい漆器を避けるようになります。このことは和食の作法にどのような変化をもたらしたのでしょうか。
  1. 刺身のように複雑な盛り付けと大きな皿の多用により、器を手にとって食べることが出来なくなりました。また器の重いことも手に取ることを困難にします。
  2. 飯と汁は昔どおりに手に持って食べます。箸の持ち替えも以前のとおりに行います。
  3. 瀬戸物の皿は持ち勝手が悪い物ですから、箸をのばして挟み、御飯茶椀に受けて汁が垂れないようにします。手で受けることもあります。これはどちらが良いとも言えません。刺身を食べるときは小皿の醤油に漬けますが、小皿を持ったほうが良いか、御飯茶椀が良いか、手皿が良いか迷うところですが、汁が垂れたとき手が汚れると少し困惑しますので手皿は避けたほうが良いかとも思われます。
  4. 箸を伸ばすとき一番困るのは袖の始末です。着物の場合は、袖先を汁に着けないように気を使わなくてはなりません。膳ではなく、書き物机の上に器があるときは、膳よりもかなり高いところに並びますので、洋服でも袖に気を付けなくてはなりません。
  5. 大きな物は、箸で一口分を切って食べます。箸で切れないものは、やむを得ず噛み切りますが、元の器に残りを戻してはいけません。器を手に持っているならば、食べ終わるまで箸で挟んだままにします。手に持っているのが御飯茶碗のときには、その中に落とし込んでも良いのですが、その物を食べ終わるまで茶碗を手から放しません。


<家風の違い>
  和食には本膳という料理が室町からの正式の料理としてあり、それに合わせた作法もあります。現代のように文化の断絶を経験しますと、皆自信が無くなりまして、正式にはどうか、どれが正式かなどと、何かと言うと正式を求めたくなります。そしてそれらの教授の門を敲いて教えを受けたりする訳ですが、それを絶対唯一と思っては、それは間違いです。
  茶道の家元にもいろいろの流派がありますが、ある物は頑なに古風を守り、ある物は変に時代に媚びて、どちらに転んでも滑稽なものがあるのと同様に、今時、室町の流儀がそのままに通用する筈が無いことは、僅かの時間に大きく変化した上の例をみていただければ、よくご理解されることと思います。
  昔のことですが、家風に合わないからといって、折角嫁に来たのに帰されるということは稀ではありませんでした。これは何ういうことかと言いますと、言われたことを直ぐ忘れたり、大きな声で笑ったりする程度のことではないのです。例えば、決められた日を過ぎても、御簾が出されていない、どうしたのかと問われれば、「今年はまだ暑くなっていません。暑くなってないのに夏の設(しつら)いをするような不合理なことは、ようしません。」、または「私の里では、違います。」と口答えすることを家風が違うと言うのです。
  作法も同じことです。どの家にも、その家の中で確立された方法がありまして、それはその家に適し、風土に適し、時代に適し、更に洗練されたものだからです。他から学んだものとは、その重みが違うのです。ある流儀を習うことは、とても良いことで、場合によっては不可欠となることもありますが、別の流儀を認めないようでは、まだ習わないほうが害が少ないともいえるのです。


<御飯をよそう>
  御飯をよそうことは、少しも難しい事ではありません。しかし御飯を、美味しそうに見せたり、実際美味しくしたりする効果があります。
  1. 見た目好く、二度に分けてよそいます。
  2. 杓子の初めの一掬いで適量の大部分をよそい、次の一掬いは見た目を考えての分です、欠けた分を補う気持ちで僅かを掬って、欠けた所に、そっと置きます。
  3. 上から押さえ付けてはいけません。


<箸の扱いについて>
  1. 椀を左手に確実に持ってから、箸を取り上げます。漬物の鉢のように重い器の場合は先に箸を正しく持ってから、左手で鉢を持ち上げます。このために鉢はあらかじめ左手近くの畳の上になくてはなりません。
  2. 箸を取り上げたり、膳の縁に立てかけるときは、右手の手のひらを下に向け、親指と人差し指、中指で箸の中ほどを摘まんで持ち上げます。
  3. 左手は親指を縁に浅く掛け、残りの四本の指で椀を支えていますが、このとき人差し指を一センチほど椀から浮かせて、中指との隙間に箸先から五センチのところを差し挟み、落とさないように人差し指で押さえます。
  4. 右手を反して手のひらを垂直にし親指を離します。手刀を切る要領です。人差し指の第二関節の上に、箸の手元側から五センチのところを載せ、親指で箸の頭を二センチの間隔になるよう、さばき整えます。人差し指を内側に少し曲げ中指と一つになるよう揃え、人差し指の先端と中指の先端の間に箸の一本を、薬指の先端にもう一本の箸を載せ、親指で二本の箸を軽く押さえます。
  5. よく練習してください。
  6. 箸で突き刺して食べてはいけません。
  7. 箸は膳の縁にかけるか、箸置きにかけるか、これ以外の置き場所はありません。
  8. 箸で人や物を指してはいけません。
  9. 箸先は二センチ以上濡らさないよう練習します。
  10. 大根、高野豆腐など大きな物は箸で切って食べます。もし筍(たけのこ)、蒟蒻(こんにゃく)のように箸で切ることの困難な物は、やむを得ず歯で噛み切りますが、残りは箸で挟んだまま、咬み趾の歯形を人に見せないよう、左手の器に入れ、食べ終わるまで放してはいけません。


   以上、簡単に和食の作法を述べました。
(和食の作法  おわり)