<home>

卓袱台(ちゃぶだい)
  西洋料理を食べるときのマナーも、複雑なることは、吾が懐石の作法を超える、と言ってもよいと思われますが、一方西洋と、一口で言えるほどには、一様でなく、フランス式、イギリス式の二式を数えれば、それでことが済むとも言えないところに、我々、全くの門外漢が、まあ恥をかかずに済むだけの謂れもあるのです。
  そうは言っても、最低限のものを護ることが、マナーというものですから、全く何をしても好いという訳でもないという所に、我々、日本人のための、陥穽が待ち受けていることは、肝に銘じなくてはなりません。
  その最低限のマナーについて、僭越ながら、ちょっと書き留めて置こうと思います。当然、知っていなくてはならない人は、知っている筈ですが、日本の常識、世界の非常識、世界の常識、日本の非常識と言いまして、案外、知らない人もいるのではないかと、思うからです。

スプーンのマナー
1   スプーンは、スープ(ポタージュを含む)を飲む(西洋では食べると言います)ときのみに使います。その他の時には、使いません、スパゲッティに使うのはやめましょう。
  なお、カレーライスはポタージュに入ります。
2   流動物は、スプーンを顔の真正面から自分の方に向けて、先端から流し込みます、啜ってはいけません。固形物はスプーンを先端から口中に差込み、唇でしごくようにして食べます、剥き出した歯でしごいては、いけません。
  スプーンから口中に流し込むとき、顔を少し下に向けますが、努めて正面を見るようにして、下を向きすぎないことが、大切です。下を向きすぎると、スプーンの柄が、鼻に当りますから、角度を付けて、流し込むことが出来なくなります。この様なとき、自然と唇が尖り、啜りこむようになりますから、注意しましょう。
3 スプーンの先端ではなく、横から食べてはいけません。口の縁からこぼして、服を汚すことがあります。スプーンの形態がこの食べ方を要求しているのです。丸いスプーンもありますが、どこにでも在るわけではありませんし、初心者は基本に忠実であるべきです。
4   唇をとがらせては、いけません。我々は、プロフィール(横顔)に弱点を持っています。そのために、特にこの唇を尖らせた姿には、用心しなければなりません。平らな顔から、唇だけが飛び出していては、ある種の動物を連想させ、とても尊敬を勝ちうることは出来ません。スプーンの縁から、唇をとがらせて啜ったり、しないようにしましょう。
  また、コーヒー等、カップから直接、飲むときも唇を尖らせないように、しましょう。
5   スプーンを真上から、使ってはなりません。スプーンに掬った物を、真上から歯を使って取り上げたり、唇を尖らせて啜ったりしないようにしましょう。
6   スプーンに拘わらず、啜るようなことをして、音を立ててはいけません。
 どうも我々には一向に気にならない啜る音を、西洋人は、非常に気にするようです。我々が国内で、うどんを啜ろうが、ソバを啜ろうが、抹茶を啜ろうが、それは全く気兼ねする必要はありませんが、例え日本の国内であろうと、西洋料理に対しては、気をつけるようにしましょう。悪い癖は着けないのが良いのです。外国に生涯、用が無いとは、誰にも言い切れないでしょう。
  西洋人は鼻をかむ音は、どんなに大きくても無作法とは考えないようですが、鼻を啜る音には無作法を感じとるようです。外国では、これにも気をつけましょう。
7   息を吹きかけて、熱いものを冷まそうとしては、いけません。これは和食に対しても言えることです。とても無作法なことですから、もし物を吹いて食べるような、癖が着いている人は、必ず直してください。
  スープが熱いか、熱くないかは、皿の縁に触れてみれば、分かります。スプーンに八分目ほど掬ったら、そのまま暫く、待ってください。その間に、スプーンの裏に着いた、滴が落ちきるのを、待ちます。コンソメは一滴、ポタージュは二滴、スプーンを皿の上に構えて、心静かに、しずくが落ち切るのを、待ちましょう。
  この用心が、服やテーブルクロスが汚れるのを、救ってくれます。
8   スプーンで物を切っては、いけません。
  基本的に、スプーンはナイフ、フォークと一緒には使いません。では、カレーライスの肉が、大きいときには、どうすれば良いかというと、スプーンの背でつぶし、スプーンの縁でほぐして、食べてください。切ってはいけません。
  ブイヤベースは、どう食べるか。この場合、もしスプーン、ナイフ、フォークが一緒に出ていれば、先にナイフ、フォークで魚を食べ終わり、ナイフ、フォークを、皿の向こう側に揃えてから、スプーンを取って、残りのスープを食べてください。その他、スープの多い煮込み料理なども、これに準じます。
  上代では、吾が国でも、匙を用いていたようですが、相性が悪く、いつの間にか、和食から駆逐されてしまいました。このためかどうか、どうも我々は、スプーンの扱いに、大変苦労します。しかし、最低、啜るのではなく、流し込む、これだけは守ってください。


ナイフ、フォークのマナー
1   ナイフは右手、フォークは左手に持ってください。
  ナイフは肘を動かして使いますから、もし左手で持てば、左隣の人と、肘がぶつかり合って、非常に不愉快な目に遭います。隣との間に余裕がないことは、よくあることです。決して破ってはならないマナーの一つです。注意しましょう。
  ナイフで切り終えて、左右の手のなかの、ナイフとフォークを持ち替えても良いという、国もありますが、基本は最初から最後まで持ち替えないことですから、それに慣れましょう。慣れない者が、持ち替える時に、皿の上に落して、大きな音をさせて、恥をかくことを防いでくれます。
  左手でフォークを持つことは、箸を左手で扱うことに比べれば、何でもありません。すぐ慣れることでしょう。基本中の基本と心得て、他の意見に惑わされないように、して下さい。
  また、最初に肉の全体を、一口大に切り分けてしまってから、ナイフを置いて、右手にフォークを持って、食べることは、一見、気楽そうですが、食べることのみに熱中しているように、見えますし、味も劣ります。その他にも、いろいろな理由から、お勧めできません。何事も慣れと考えて、是非、基本的なマナーを身に着けてください。
2   ナイフは刃の中ほどを使います。先のほうには、刃が付いていないのが、普通です。肉を切るとき手首を動かすだけでは無理で、肘を動かすことになりますので、隣とぶつかり合わないよう気を付けましょう。
3   フォークの基本は、ナイフで一口分を切り取って、それを刺して食べることです。掬って食べることではありません。
  そして刺した物を食べる方法ですが、口の下のほうに柄がくるように、フォークを順手で持って下さい。これを逆手に持って、柄が上にくるようにしますと、上にした柄で、顔の真ん中を、二つに割るようで、具合が悪いものです。それに肘も上にあがって、総体的に美しくありません。
4   フォークで切ってはなりません。オムレツのように柔らかい物も、ナイフで切ってください。もちろん、最初からフォークだけしか出ていない場合は、この限りではありませんが、このマナー集の目的からは、はずれています。
  オムレツが、フォークに刺さらないほど柔らかいときは、ナイフを皿の向こう側に置いて、右手の邪魔にならないようにし、フォークを空いた右手に持って、食べます。一口分づつ掻き寄せるようにして食べてください。ナイフとフォークを持ち替えないことが、ポイントです。
5   フォークに刺した肉を、直接歯をむき出して、取ってはいけません。一旦、口の中に入れて、唇と歯を同時に使って取ってください。
6   フォークに刺した肉の一部を、咬み取っては、いけません。フォークに刺したものに限らず、咬み取ることはありません。そのためにナイフがあるのです。ただし、骨付きの鳥の足を手に持って、食べるときは、この限りではありませんが、このマナー集の目的からは、はずれています。
7   フォークに刺した肉に、息を吹きかけて冷ましては、なりません。もし、何にでも、息を吹きかけて冷まして食べる癖があれば、非常に無作法なことであると心得て、意識して、その癖を取ってください。熱いときは、暫く待ってから食べてください。はやく冷めるようにと、その他のいかなることも、しないようにして下さい。
8   フォークに刺さらないものを、掬って食べる方法ですが、イギリス式は背に乗せて、フランス式は腹に乗せて食べます。ここでも、食べるときに、柄が下になる、イギリス式を薦めます。この方が圧倒的に美しいからです。
  しかし、この方法は大きな弱点を持っています。何しろ、フォークの背に物を載せるのは、大変に難しいのです。慣れだけではなく、知恵を使って、クリアしましょう。それは、背に載せた物が、滑り落ちないように、フォークの先に、小さい肉片を刺してから、それを頼りに細々した物を、載せるのです。こうすれば、大抵の物は載せることが出来ると思いますが、もし、それでも滑り落ちるようでしたら、あきらめて、フランス式に切り替えて、何度も失敗することを防いでください。
  思い出しましたが、豆などはフォークの背で、潰してからのせるようにすれば、転げ落ちないで済ますことが出来ます。憶えて置いてください。
9   フォークで掬った物を食べるときは、フォークの横から食べないようにしましょう。
  横からしか、食べることが出来ないような物があるとは思えませんが、もし、そのようでしたら、もう食べるのはあきらめて、ください。
  フォークとナイフについては、マナーは緩やかです。スプーンの扱いに比べれば、美しさも表現しにくいものです。郷に入れば郷に従えで、人のすることを、よく観察して、美しいと思える人の真似をしてください。ただ、西洋人がして、さほど気にならないことも、吾が同胞がすると、非常に見にくく見えることが、有るということは、よく憶えて置いてください。ソーセージを丸ごと、フォークに刺して、食べるようなことは、例え人がしていても、真似しないでください。


スパゲティのマナー
1   右手に持った、フォークだけを使います。ナイフもスプーンも使いません。蝦の殻、貝の殻等を身から外すのは、左手の三指の先端と、右手のフォークを使ってください。殻を外し終えたら、左手の指先は、フィンガーボールの水に漬けて洗い、ナプキンで拭きます。
2   一口分のスパゲティをフォークの先に絡め取り、巻きつけて食べます。スプーンを使うと、きれいに巻きつけることが、出来ますが、スプーンは使いません。ただし、看護婦などが病人に食べさせたり、子供に食べさせたりするときに、スプーンを使って、先端が垂れないようにしている、ということは聞いたことが、有ります。
  我々はスプーンの代わりに、皿の縁を使いましょう。皿の縁が立ち上がる所の、丸みがスプーンの代わりになります。
3   スプーンに巻きつけた一口分を、持ち上げると、先端が垂れ下がっているのが見えます。10センチ以内なら、そのまま口中に入れます。それ以上はやり直して下さい。
  このようにしますと、口からスパゲティの端が垂れ下がりますので、顔は下を向いているのが、無難でしょう。垂れ下がった分を、フォークで受け、口中に入れ込みますが、口の中に全てが入り切らないうちは、口を、もぐもぐさせないようにしましょう。
4   口から垂れ下がった分を、咬み切るのは無作法です。
  我々の中には、ウドンなら咬み切っても良いと、思っていらっしゃる方も、多いと思いますが、端から見ていて、決して気持ちの好いものでは、ありません。
5   啜りこまないようにしてください。唇と歯を上手に使って、垂れ下がった分を、口中に手繰り入れるのですが、スマートにすることは、大変難しく、技術が必要です。よく他人の方法を見て、練習してください。
  スパゲティは特殊技術を要します。技術が不足すると、美しく食べることは不可能です。その上、堕落することは容易で、いくらでも汚らしく食べることが可能です。これは、もう観察と練習以外に、王道となるような方法はありません。十分に練習されることを、期待します。


手のマナー
1   食事中の手について、美しく見せるには、どうすれば良いかということです。
2   一日に何回も手を洗って、清潔にする。爪には特に、注意する。
3   指を揃えて、なるべく長く見せます。手を握りこまない。指を開かない。要するに、グーとパーを避けてください。
4   人に手のひらを見せない。手の甲を見せるように、気をつけます。手のひらは、人に見られると恥ずかしいものなのです。
5   ナイフ、フォークを持っていないとき、手をどこに置けば良いか。これについては、少なくとも片手は膝の上に置くイギリス式と、両手ともテーブルに置くフランス式があります。
  折角、美しい手をしているのに、隠すのは勿体ない、フランス式をお勧めします。手にも会話に参加させてやってください。但し、手首をテーブルの縁から離さないように、これを守ってください。下品になります。
6   デザートあるいは肉の皿のときも、右手にフォークを持っていて、フォークで刺すには小さすぎ、掬おうとしても押すことになって、どんどん逃げてしまうことが、時として起こります。このような時、手でつまんで食べてはいけません。諦めるのが普通ですが、どうしても食べたければ、次のようにしてください。
  左手の指先を、目立たないように皿の隅に被さるように置き、何気ない振りをして、そこへフォークで追い込んでくるのです。左手の指の腹を使って(爪はダメ)掬う手助けをします。
  もし人に見られても、にっこりすればマナー違反にはなりません。おいしい料理を最後の一切れまで食べるのは、特に恥ずかしいことではないのです。緊急時のマナーとして心得て置いてください。
  指の代わりに、小さくちぎったパンを使うことは、皆さんよくご存知だと思いますが、この時もパンでフォークの中に掃き入れるのではなく、パンのところへフォークを寄せるようにしてください。


その他のマナー
1   椅子の背にもたれないでください。
2   肘をテーブルに突くのは、決してしてはなりません。著しいマナー違反です。他の人、すべてを不愉快にさせます。
3   物を噛むときは、口を閉じてください。クチャクチャ音がするのは、聞いている人、全てにとって迷惑です。皆、食欲が無くなってしまいますので、折角、料理を用意してくれた、ホストにとって、非常に気の毒なことをすることになります。
4   身振り手振りは控えめになさってください。ナイフ、フォークを上に向けての身振りは下品です。
5   大きな声も禁物です。野良ではないのです。
6   食事は会話を意味します。会話に加われない、子供を参加させてはなりません。大学生以上が適齢です。ただし、誕生パーティ、クリスマスパーティ、これらに準ずるもの、および子供連れの旅先でのホテルのレストラン等やむをえない場合に関しては、特別な場合の例外として、参加を許されます。
7   <注意事項> 例え西洋人がしているからといって、悪い手本を真似してはいけません。我々には理解しにくい理由があるのかも知れません。西洋人がスパゲティを啜って音を立てていたとしても、その音は許される音かもしれません。我々にはL(エル)とR(あーる)の音の違いを聞き取ることが出来ないのと同じ様なことが、もし有るとすれば、あなたの立てる音と、西洋人の立てる音の間に違いがあるかもしれないからです。

  以上、最低これを守れば、マナーに適うと言えるだろうと思える分を選んでみました。もし正しいマナーについて、もっと知りたい方は、たしかクセジュ文庫に好い教科書があったと思いますから、探してみてください。しかしマナーの基本は、人の嫌がることをしないことに尽きますので、余り詳しいものを修めるよりは、基本を充実させることが、より大切であると理解していただきたいと思います。
  最近、肘をテーブルに突いて、食事する人達が目につきますが、何うしたことでしょう。このみっともないことの原因は何処にあるのでしょう。
  直観的には、家庭での食事が台所のテーブル上で為される事に有るような気がします。ひょっとして幼少の児童が、大人の椅子テーブルで食事をしているのではありませんか。
  もし、そうだとすると原因はそこにあるのでは、子供の肘がテーブルに届かず、子供は肘を突かずに、物を食べることが出来ないのでは、何かそのように思えてきます。
  我々にはテーブルにより食事をする歴史が浅いのです。ちゃぶ台がやっと普及し始めたのが、昭和の初め頃、それまでは、お膳であったり、又は床に直に茶碗を置いて、食べていました。お膳はほぼ膝の高さであり、正座をし、背筋を伸ばして食べるのが、一番楽な姿勢であったと憶えています。
  その国の伝統でないものを、取り入れることは、時として思わぬ事故を引き起こします。テーブルでご飯を食べることも、それではないでしょうか。たしか、聞いたところでは、西洋では、子供用の椅子を、その子専用に誂え、子供の成長とともに、椅子の脚を、父親が切るということが、あったように思いますが、そのような配慮が欠けた、表面だけの物真似を、我々はしているのでは、ないでしょうか。
(卓袱台(ちゃぶだい)  おわり)