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正 宗 極 楽 分 の 余 |
弥 勒 受 勅 分 |
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正 宗 極 楽 分 の 余
往生者の三輩
佛說無量壽經卷下 曹魏天竺三藏康僧鎧譯 |
仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)巻の下 曹魏の天竺の三蔵 康僧鎧(こうそうがい)訳す |
無量寿仏(むりょうじゅぶつ、阿弥陀仏)が極楽国土の建設に至る因縁と、安楽国土の荘厳を語る。
無量寿(むりょうじゅ):阿弥陀(あみだ)、この世界より西方に十万億の国土を過ぎたところにある安楽国土の教主。 安楽国土(あんらくこくど):極楽国土とも、安養国土とも、無量清浄土とも、無量光明土とも、無量寿仏土とも、蓮華蔵世界とも、密厳国とも、清泰国ともいい、梵名を須摩提(すまだい)という。 康僧鎧(こうそうがい):僧伽跋摩(そうがばつま)、或は僧伽婆羅(そうがばら)ともいう。印度人、曹魏嘉平五年(253)中国に来て、洛陽の白馬寺に於いて無量寿経を訳した。 |
佛告阿難。其有眾生生彼國者。皆悉住於正定之聚。所以者何。彼佛國中無諸邪聚及不定之聚 |
仏、阿難に告げたまわく、――それ、ある衆生、彼の国に生まれなば、皆、悉く正定の聚(しょうじょうのじゅ、必定して仏と成る位)に住す。所以(ゆえ)は何(いか)に。 彼の仏国中に、衆の邪聚(じゃじゅ、畢竟じて仏と成らない位)、および不定の聚(定まらない位)、無ければなり。 |
仏は阿難に教えられた、―― そうなのだ、 ある衆生が、彼の国に生まれれば、 皆、悉く必ず仏と成るだろう。 その訳は、 彼の国の中には、 畢竟(ひっきょう、ついに)じて仏と成らない者と、および 成るか成らないかが定まらない者とはいないのだから。
三聚(さんじゅ):また三定聚という。三つの群れに一切の衆生を兼ね収める。 (1)正定聚(しょうじょうじゅ):必定して仏と成る者。 (2)邪定聚(じゃじょうじゅ):畢竟じて仏と成らない者。 (3)不定聚(ふじょうじゅ):上の二者の中間、縁が有れば仏と成り、縁が無ければ仏と成らない者。 |
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十方恒沙諸佛如來。皆共讚歎無量壽佛威神功德不可思議 |
十方の恒沙(ごうじゃ、恒河沙)の諸仏如来も、皆、共に無量寿仏の威神の功徳の不可思議を讃歎せり。 |
十方の恒河沙等の諸仏如来も、皆、共に 無量寿仏の、この不可思議なる功徳(くどく、衆生済度の為の力)を讃歎している。 |
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諸有眾生聞其名號。信心歡喜乃至一念。至心迴向願生彼國。即得往生住不退轉。唯除五逆誹謗正法 |
諸の、ある衆生、その名号を聞き、信心歓喜して、乃(すなわ)ち一念に至るまで、至心(ししん、心から)に廻向(えこう、善行を振り向ける)して、彼の国に生まれんと願わば、即ち往生(おうじょう、極楽国に生まれること)して、不退転(ふたいてん、仏道を中断しないこと)に住す。ただ五逆(ごぎゃく、父を殺し、母を殺し、阿羅漢を殺し、仏身より血を出だし、和合僧を破壊する重罪)と正法(大乗)を誹謗するを除く。 |
諸の衆生が、その名号を聞いて、心から信じ、歓喜して、 たとえ、ただの一念(ねん、極めて短時間)の間でさえ、 心から廻向(えこう、善行を振り向ける)して、 彼の国に生まれたいと願えば、 必ず、往生(おうじょう、極楽国に生まれること)して、 不退転(ふたいてん、菩薩の修行を仏に成るまで中断しないこと)となる。 ただし、 五逆(ごぎゃく、父を殺し、母を殺し、阿羅漢を殺し、仏身より血を出だし、和合僧を破壊する重罪)の者と、 正法(大乗)を誹謗する者とを除く。
一念(いちねん):念には、憶えること(識)、思うこと(思)、読むこと(読、誦)、声に出すこと(唱)、および究めて短い時間といった意味がある。故に一念には、一たび思い浮かべること、一たび声に出すこと、極めて短い時間の一単位の三義がある。 |
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佛告阿難。十方世界諸天人民。其有至心願生彼國。凡有三輩 |
仏、阿難に告げたまわく、――十方の世界の諸天と人民、それ至心に彼の国に生まれんと願うこと有らんに、凡そ三輩(さんぱい、三類)あり。 |
仏は阿難に教えられた、―― 十方の世界の諸天と人民とが、 心より、彼の国に生まれることを願うには、 凡そ、三つの種類がある。 |
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其上輩者。捨家棄欲而作沙門。發菩提心。一向專念無量壽佛。修諸功德願生彼國 |
その上輩とは、家を捨て、欲を棄てて、沙門(しゃもん、出家)と作り、菩提心(ぼだいしん、仏と成ろうとする菩薩の心)を発して、一向に専ら無量寿仏を念(おも)い、諸の功徳を修めて、彼の国に生まれんと願う。 |
その上の者は、 家と欲とを棄てて出家し、 仏に成ろうとする菩薩の心を発して、 ひたすら他事を思わずに無量寿仏を思い、 諸の善い行いをして、 彼の国に生まれることを願う。
菩提心(ぼだいしん):仏と成ろうとする心。この世界を清めて、仏国土を建設しようとする心。世界を清めるとは、貪瞋癡の三毒によって、他の衆生を悩害する根本的な悪である、我我所(ががしょ、我と我が身心)への執著を、世界から無くすことをいう。謂わゆる菩薩心をいう。 功徳(くどく):善事を行う能力。 |
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此等眾生臨壽終時。無量壽佛與諸大眾。現其人前。即隨彼佛往生其國 |
これ等の衆生は、寿(いのち)終る時に臨んで、無量寿仏と諸の大衆と(共に)、その人の前に現れ、即ち彼の仏に随うて、その国に往生す。 |
これ等の衆生は、命の終りに臨んで、 無量寿仏が、諸の大衆と共に、 その人の前に現れ、 その仏に随って、 その国に往生する。 |
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便於七寶華中自然化生。住不退轉。智慧勇猛神通自在 |
便(すなわ)ち、七宝の華の中に於いて、自然に化生(けしょう、母胎に依らず生まれる)し、不退転に住して、智慧勇猛にして、神通自在なり。 |
すぐに、七宝の華に中に、 自然に化生(けしょう、母胎によらずに生まれること)して、 不退転(ふたいてん、菩薩の修行から退転しないこと)に住し、 智慧を得て、益々勇猛になり、 神通は自在と成る。
四生(ししょう):生まれる形態には四種ある。 (1)胎生(たいしょう):人類のように母胎中で体を成してから生まれる。 (2)卵生(らんしょう):鳥類のように卵の中で体を成してから生まれる。 (3)湿生(しっしょう):虫類のように湿気によって生まれる。 (4)化生(けしょう):託さずに自らの行為の因縁(業力)によって忽ちに起こることをいい、また天上と地獄、餓鬼の衆生はこの化生によって生まれるともいう。 不退転(ふたいてん):阿毘跋致(あびばっち)、菩薩が、いくたび生まれ変わっても菩提心を失わない位。 |
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是故阿難。其有眾生。欲於今世見無量壽佛。應發無上菩提之心。修行功德。願生彼國 |
この故に、阿難。それ、ある衆生、今の世に於いて、無量寿仏に見(まみ)えんと欲せば、まさに無上の菩提心を発(おこ)して、功徳を修行し、彼の国に生まれんと願うべし。 |
この故に、阿難、 ある衆生が、今の世に於いて、 無量寿仏に会いたいと思えば、 必ず、この上ない菩提心を発して、 功徳を積んで、修行し、 彼の国に生まれることを願え。 |
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佛語阿難。其中輩者。十方世界諸天人民。其有至心願生彼國。雖不能行作沙門大修功德。當發無上菩提之心。一向專念無量壽佛。多少修善。奉持齋戒。起立塔像。飯食沙門。懸繒然燈。散華燒香 |
仏、阿難に語りたまわく、――その中輩とは、十方の世界の諸天と人民、それ至心に彼の国に生まれんと願うこと有らんに、行きて沙門と作りて、大いに功徳を修むること能わずといえども、まさに無上の菩提心を発して、一向に専ら無量寿仏を念いて、多少に善を修め、斎戒(さいかい、五戒、八戒斎等、心の不浄を清めること)を奉持(ぶじ)し、塔像を起立し、沙門に飯食せしめ、繒(きぬ、絹織物)を懸け、灯を然(もや)し、華を散らし、香を焼(た)くべし。 |
仏は阿難に語られた、―― その中の者とは、 十方の世界の諸天と人民に、 心より、彼の国に生まれることを願うことが有れば、 家と欲とを棄てて、出家し、 大きな功徳を修めることができなくとも、 必ず、この上ない菩提心を発して、 ひたすら他事を思わず、無量寿仏のことのみを思って、 多くとも少なくとも、善いこと(施し等の善)を行い、 身を潔めて、悪を慎み、 仏塔を建て、仏像を造り、 出家に飯食を供養し、 寺院に繒(きぬ、絹織物)を懸け、 灯明を燃やし、華を散らし、香を焼(た)いて、 仏法僧の三宝に供養せよ。(注:自ら積まざる功徳を三宝に頼む)
五戒(ごかい):仏教徒は大乗小乗にかかわらず、この五戒を守らなければならない。 (1)不殺生(ふせっしょう):生き物を殺さない。 (2)不偸盗(ふちゅうとう):与えられない物を取らない。 (3)不妄語(ふもうご):嘘をつかない。他の生き物を脅すような粗暴の言葉を吐かない。 (4)不邪淫(ふじゃいん):他人の女房を取らない。 (5)不飲酒(ふおんじゅ):酒を飲んで正気をなくさない。酒以外でも正気をなくすようなことをしない。 八戒斎(はっかいさい):心の不浄を清めることを齋、身の過失非道を禁じることを戒という。 在家の信者が月ごとに幾日か日を決めて身を潔斎する。次の1~8を戒、9を齋という。 (1)不殺:生き物を殺さない。 (2)不盗:与えられない物を取らない。 (3)不婬:婬事をしない。 (4)不妄語:嘘をつかない。他の生き物を脅す粗暴の言葉を吐かない。 (5)不飲酒:酒を飲まない。 (6)身不塗飾香鬘:身に香を塗ったり、飾りを着けたりしない。 (7)不自歌舞、又不観聴歌舞:歌舞音曲を慎む。 (8)於高広之床座不眠坐:高広の大床に坐らない。 (9)不過中食:昼過ぎに食事をしない。 注:多少には、凡そ三意あり。一は並列、多いと少ないと。二は疑問、多いか少ないか。三はただ多い。 |
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以此迴向願生彼國。其人臨終。無量壽佛。化現其身。光明相好具如真佛。與諸大眾現其人前。即隨化佛往生其國。住不退轉。功德智慧次如上輩者也 |
これを以って廻向(えこう、善行の功徳を他に振り向けること)して、彼の国に生まれんと願え。その人の(寿の)終わりに臨んで、無量寿仏は化して、その身を現す。光明と相好(そうごう、仏の容貌と姿形)とは、具(つぶさ)に真仏の如くして、諸の大衆と(共に)、その人の前に現れんに、即ち化仏に随いて、その国に往生し、不退転に住して、功徳と智慧とは、上輩の者の如きに次ぐ。 |
これ(この善行)を振り向けて、彼の国に生まれることを願え。 その人の命が終る時、 無量寿仏が、化して、その身を現す。 光明と相好(そうごう、仏の姿形)は、真の仏と、細部に至るまで同じである、 無量寿仏が、 大衆とともに、 その人の前に、現れたとき、 ただちに、 その化仏に随って、 その国に往生し、 不退転に住する。 功徳と智慧とは、 上の者に次ぐ。 |
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佛語阿難。其下輩者。十方世界諸天人民。其有至心欲生彼國。假使不能作諸功德。當發無上菩提之心。一向專意乃至十念。念無量壽佛願生其國 |
仏、阿難に語りたまわく、――その下輩とは、十方の世界の諸天と人民、それ至心に彼の国に生まれんと欲すること有らんに、たとい諸の功徳を作すこと能わずとも、まさに無上の菩提心を発し、一向に意を専らにして、乃ち十念に至るまでも、無量寿仏を念(おも)いて、その国に生まれんと願うべし。 |
仏は阿難に教えられた、―― その下の者とは、 十方の世界の諸天と人民が、 心より、彼の国に生まれたいと欲するならば、 たとえ、諸の功徳を積むことができなくとも、 必ず、この上ない菩提心を発して、 ひたすら他事を思わずに、 わずか十回、無量寿仏の名を称えるほどにもせよ、 無量寿仏を、心に念(おも)い、 その国に生まれることを願え。
念(ねん):五義あり。(1)憶えること(識)、(2)思うこと(思)、(3)読むこと(読、誦)、(4)声に出すこと(唱)、(5)究めて短い時間(指を弾いて鳴らす時間の六十分の一とも四百分の一ともいう)の五義がある。 注:乃至十念は十回心に思うことを意味するが、この文の要旨は、わずかさの程度を言っているのであるから、十回仏の名を呼ぶとしても間違いではなく、反って真に即している。 |
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若聞深法歡喜信樂不生疑惑。乃至一念念於彼佛。以至誠心願生其國。此人臨終。夢見彼佛亦得往生。功德智慧次如中輩者也 |
もし深き法を聞いて、歓喜し、信じ、楽しんで、疑惑を生ぜず、乃ち一念に至るまでも、彼の仏を念い、至誠心(しじょうしん、真心)を以って、その国に生まれんと願え。この人、終わりに臨みて、夢に彼の仏に見えて、また往生を得、功徳と智慧とは、中輩の者の如きに次ぐ。 |
もし、深い法(大乗)を聞いたならば、 歓喜し、 信じ、楽しんで、 疑惑を生じず、 たとえ一念の間であっても、 彼の仏を思い、 真心で、その国に生まれることを願え。 この人の、命の終る時、 夢に彼の仏に会って、 往生することができる。 功徳と智慧とは、 中の者に次ぐ。 |
頌を説いて無量寿仏を称える
佛告阿難。無量壽佛威神無極。十方世界無量無邊不可思議諸佛如來。莫不稱歎 |
仏、阿難に告げたまわく、無量寿仏の威神は極まりなく、 十方の世界の無量無辺不可思議の諸仏如来も、称歎せざるなし。 |
仏は阿難に教えられた、―― 無量寿仏の威神は極まりなく、 十方の世界の無量無辺不可思議の諸仏如来も 称歎しないものはない。 |
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於彼東方恒沙佛國。無量無數諸菩薩眾。皆悉往詣無量壽佛所。恭敬供養及諸菩薩聲聞大眾。聽受經法宣布道化。南西北方四維上下亦復如是 |
彼の東方の恒沙の仏国に於いて、無量無数の諸の菩薩衆も、皆、悉く往きて、無量寿仏の所に詣で、恭敬供養すること、諸の菩薩、声聞の大衆に及ぼし、経法を聴受して、(十方の国の衆生に)宣べ布き、道化(化導)す。南西北方四維上下もまた、またかくの如し。 |
彼の国の東方にある、恒沙の仏国に於いては、 無量無数の諸の菩薩衆が、皆、悉く 無量寿仏の所に往き、詣でて、 恭敬供養し、 彼の土の、諸の菩薩と声聞の大衆にも、 恭敬供養して、 経法を聴受し、 (十方の国に飛んで、その衆生に) 宣べ布いて、 道化している。 南、西、北方、四維、上、下についても同じである。 |
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爾時世尊而說頌曰 ◎東方諸佛國 其數如恒沙 彼土諸菩薩 往覲無量覺 南西北四維 上下亦復然 彼土菩薩眾 往覲無量覺 ◎一切諸菩薩 各齎天妙華 寶香無價衣 供養無量覺 咸然奏天樂 暢發和雅音 歌歎最勝尊 供養無量覺 ◎究達神通慧 遊入深法門 具足功德藏 妙智無等倫 慧日照世間 消除生死雲 恭敬遶三匝 稽首無上尊 ◎見彼嚴淨土 微妙難思議 因發無量心 願我國亦然 應時無量尊 動容發欣笑 口出無數光 遍照十方國 ◎迴光圍遶身 三匝從頂入 一切天人眾 踊躍皆歡喜 大士觀世音 整服稽首問 白佛何緣笑 唯然願說意 ◎梵聲猶雷震 八音暢妙響 當授菩薩記 今說仁諦聽 十方來正士 吾悉知彼願 志求嚴淨土 受決當作佛 ◎覺了一切法 猶如夢幻響 滿足諸妙願 必成如是剎 知法如電影 究竟菩薩道 具諸功德本 受決當作佛 ◎通達諸法門 一切空無我 專求淨佛土 必成如是剎 諸佛告菩薩 令覲安養佛 聞法樂受行 疾得清淨處 ◎至彼嚴淨土 便速得神通 必於無量尊 受記成等覺 其佛本願力 聞名欲往生 皆悉到彼國 自致不退轉 ◎菩薩興志願 願己國無異 普念度一切 名顯達十方 奉事億如來 飛化遍諸剎 恭敬歡喜去 還到安養國 ◎若人無善本 不得聞此經 清淨有戒者 乃獲聞正法 曾更見世尊 則能信此事 謙敬聞奉行 踊躍大歡喜 ◎憍慢弊懈怠 難以信此法 宿世見諸佛 樂聽如是教 聲聞或菩薩 莫能究聖心 譬如從生盲 欲行開導人 ◎如來智慧海 深廣無崖底 二乘非所測 唯佛獨明了 假使一切人 具足皆得道 淨慧如本空 億劫思佛智 ◎窮力極講說 盡壽猶不知 佛慧無邊際 如是致清淨 壽命甚難得 佛世亦難值 人有信慧難 若聞精進求 ◎聞法能不忘 見敬得大慶 則我善親友 是故當發意 設滿世界火 必過要聞法 會當成佛道 廣濟生死流 |
その時、世尊、しかも頌(じゅ、徳を称える歌)を説いて曰(のたま)わく、 『◎東方の諸仏の国、 その数、恒沙の如く、 彼の土の諸の菩薩、 往きて無量覚(無量寿仏)に覲(まみ)ゆ。 南と西と北と四維、 上下もまた、また然り、 彼の土の菩薩衆、 往きて無量覚に覲ゆ。 ◎一切の諸の菩薩、 各、天の妙華を齎(もたら)し、 宝の香と無価(むげ、無限の価値)の衣を、 無量覚に供養す。 咸然(げんねん、皆、一緒に)として天の楽を奏して、 暢びやかに和雅の音を発し、 歌に最勝の尊を歎じて、 無量覚を供養す‥‥ ◎『究めて神通と慧に達し、 遊んで深き法門に入り、 功徳(衆生済度の力)の蔵を具足して、 妙智は等倫(とうりん、比類)なく、 慧日は世間を照らし、 生死の雲を消し除く。』と。 恭敬して遶ること三匝(さんそう、三回)、 無上の尊に稽首(けいしゅ、頭を地に着けて礼する)す。 ◎彼の厳浄の土を見れば、 微妙にして思議し難く、 因って無量心を発すらく、 願わくは我が国もまた然らんと。 時に応じて無量尊(無量寿仏)、 容(かんばせ)を動かし、欣びを発して笑えば、 口より無数の光を出して、 遍く十方の国を照らす。 ◎光を迴らして身を囲遶(いにょう、周回)し、 三匝して頂より入れば、 一切の天人の衆は、 踊躍して、皆、歓喜す。 大士(だいじ、大菩薩)観世音、 服を整え稽首して問うて、 仏に白(もう)さく、『何に縁りてか笑いたもう、 唯(ゆい、はい)然り、願わくは意を説きたまえ。』と。 ◎梵声はなお雷震のごとく、 八音(はっとん、如来の声)、妙響(みょうごう)を暢びやかに、 『まさに菩薩に記(き、記別、成仏の保証)を授くべし。 今、仁(汝)に説かん、諦らかに聴け。 十方より来たる正士(しょうじ、菩薩)、 吾は悉く彼の願を知る。 厳浄の土を志求せんものは、 注:我が国もかくの如くと志求する 決(けつ、記別)を受けよ、まさに仏と作るべし。 ◎一切の法(事物)は、なお 夢か幻か響の如しと覚了して、 諸の妙願を満足せよ。 必ず、かくの如き刹(国)と成らん。 法は電影の如しと知り、 菩薩の道を究竟して、 諸の功徳の本を具(そな)えんものは、 決を受けよ、まさに仏と作るべし。 ◎諸の法門に通達せよ。 一切は空にして無我なり。 専ら求めて仏土を浄めよ。 必ず、かくの如き刹(くに)と成らん。』と。 諸仏、菩薩に告げて、 安養仏(あんにょうぶつ、無量寿仏)に覲(まみ)えしむ、 『法を聞いて楽しんで行を受け、 疾(と)く清浄の処(心)を得よ。 ◎彼の厳浄の土に至らば、 便(すなわ)ち速やかに神通を得て、 必ず無量尊に於いて、 記を受けて等覚(とうがく、仏)と成らん。 その仏の本願力により、 名を聞いて往生せんと欲せば、 皆、悉く彼の国に到りて、 自ずから不退転を致さん(極めん)。』と。 ◎菩薩、志願を興して、 己が国も異なりなからんと願い、 普く一切を度せんと念ずれば、 名は顕らかに十方に達して、 億の如来に奉(つつし)んで事(つか)え、 飛んで化(化導)すること、諸の刹に遍くし、 恭敬して、歓喜して去り、 還って安養国に到らん。 ◎もし人に善本(善行)なくば、 この経を聞くを得ず。 清浄の有戒の者なれば、 乃ち正法を聞くを獲(う)。 かつて、更(はじ)めて、世尊に見(まみ)え、 則ち、よくこの事を信じ、 謙敬(けんきょう)して聞き、奉(つつ)しんで行い、 踊躍して、大いに歓喜せり。 ◎憍慢と弊(たお、邪見に入る)れたると懈怠のものは、 以ってこの法を信じ難し。 宿世に諸仏に見(まみ)えしものは、 楽しんでかくの如き教えを聴く。 声聞、或いは菩薩、 聖心を究むること能わず、 譬えば、生るるより盲(めしい)なるもの、 行きて人を開導するが如し。 ◎如来の智慧海は、 深広にして崖底(がいてい)なく、 二乗(にじょう、声聞と菩薩)の測る所に非ず、 ただ仏のみ、独り明了す。 たとい、一切の人をして、 具足して、皆に道を得しめ、 浄慧、本空の如くならしめ、 億劫に仏智を思い、 ◎力を窮め、講説を極め、 寿(よわい)を尽くさんとも、なお知らず。 仏慧に辺際なく、 かくの如く清浄を致す。 寿命は甚だ得難く、 仏世にも、また値い難し。 人に、信と慧と有ること難く、 もし、聞かば精進して求めよ。 ◎法を聞いて、よく忘れずんば、 (無量寿仏に)見(まみ)え敬いて、大いなる慶びを得ん。 則ち、我が善き親友なり。 この故に、まさに意(菩提心)を発すべし。 たとい、世界に火の満てらんとも、 必ず過ごして、要(もと)めて法を聞けば、 会(かなら)ず、まさに仏道を成じて、 広く生死の流れを済わん。』と。 |
『◎東の方に、諸の仏の国のあるぞかし、 数は恒河の沙を超え、計うることもできぬほど。 この諸の、菩薩たち、往きて覲(まみ)ゆる無量覚(むりょうかく、無量寿仏)。 南と西と北、四維(しゆい)、上(うえ)下(した)もまた、また同じ、 あまたの国の菩薩たち、無量覚にぞ覲(まみ)えたる。 ◎この諸の菩薩たち、天の妙なる華(はな)もとめ、 宝の香と無価(むげ、無限の価値)の衣(え)を、供養したるか無量覚。 心合わせて天楽(てんがく)を、奏じて発(おこ)す和雅(わげ)の音、 無量尊(むりょうそん、無量寿仏)をば歌にして、無量覚をぞ供養する。 ◎『神通究(きわ)め智慧達し、遊んで入るは深き門、 功徳の蔵は満ち溢れ、妙なる智慧に比類(たぐい)なく、 慧日(えにち)世間を照らしなば、生死の雲を消し除く。』 三たび迴りて恭敬して、無上の尊に稽首(けいしゅ、首を垂れて礼すること)せり。 ◎彼処(かしこ)の国は浄くして、思いも寄らぬ珍異(めずら)しさ、 自然に発(おこ)る無量心、『ああ、我が国もこのように、 かくあれかし』と思うとき、笑みこぼさるる無量尊、 口より無数の光出で、四方(よも)の国をば照らしたり。 ◎出でし光は身を遶(めぐ)り、三たび巡りて頭より、 入れば天人それを見て、小躍りするや大歓喜。 大士菩薩(だいじぼさつ、大菩薩)の観世音、衣服整え首垂れて、 注:観世音は無量寿仏の脇士 仏に問うて申すらく、『何に縁りてか笑いたもう、 ただ願わくは我が為に、心の中(うち)を説きたまえ。』 ◎梵声(ぼんしょう、聖声)はなお雷震の、妙なる響(ひびき)暢びやかに、 『ただ嬉しきは遠来の、菩薩に授く良き記別(きべつ、成仏の保証)。 汝がために今説かん、漏らさず聞けよ諦(あき)らかに。 四方(よも)より来たる菩薩たち、吾はよく知るその願い、 浄き仏土を得んとする、その心さえあるならば、 いかで叶わぬことあらん、仏と成らぬ道理なし。 ◎夢か響か幻か、一切法(ほう、事物)はかくのごと、 かかる覚悟のその上で、妙なる願い果たすべく、 注:自らを無にして働け 倦まず忍べば汝(な)が国も、我が国にさえ劣らざらん。 法(ほう、一切の事物)は雷(いかづち)また影ぞ、知りて疑い起こさずに、 菩薩の道をひた走り、善き行いを為すならば、 注:自らを無にして菩薩道を走れ いかで叶わぬことかある、仏と成れぬ道理なし。 ◎法門無尽というなれど、要は一切空と無我、 休まず仏土を浄むれば、我が国にさえ劣らざらん。』 諸仏、菩薩に教うらく、安養仏に覲(まみ)えよと。 『彼処(かしこ)に法を楽しめば、疾(と)く得ん心境(ここち)清浄の。 ◎彼処に至らば速やかに、神通力を心得て、 無量尊より記を受けて、必ず成らん等覚(とうがく、仏)と。 仏の本願(ほんがん、大悲願)力(ちから)あり、名を聞き願え往生を、 皆、悉く彼の国に、至れば極む不退転。』 ◎菩薩ただちに志し、願う我が国かくのごと、 普き念(おも)いは一切を、度して名声十方に、 億の如来にひた事(つか)え、飛びて諸国を化導しつ、 恭敬歓喜し去りてまた、安養国に到りなん。 ◎この経聞くは希有なるぞ、善本なくば聞くを得ず、 戒ある者は清浄に、正法(しょうぼう、大乗)聞くを乃ち獲(う、得)。 かつて世尊に会いしより、則ち、この事よく信じ、 聞けば行うゆかしさは、小躍りしての大歓喜。 ◎憍慢(きょうまん)、邪見、懈怠(けたい)なる、故にこの法信じえず、 宿世、諸仏に会えばこそ、楽しみ聞かんこの教え。 声聞、菩薩なりとても、聖(ひじり、仏)の心究め得ず、 生まれながらの盲(めしい)にて、人導くにさも似たり。 ◎如来の智慧は海のごと、深さ広さに果てもなく、 声聞菩薩及ぶなく、ただ仏のみ明かすなり。 あらゆる人ぞ集まりて、皆、明らかに道を得て、 浄き智慧こそ大空の、心尽くして億劫に、 ◎仏の智慧を説かんとも、寿(よわい)尽くせどまだ知れず。 仏の智慧は無辺際、極む清浄かくのごと、 命甚だ得難くて、仏の世にも値(あ)い難し。 人は信ずること難く、智慧を得ることまた難く、 人もし法を聞くあらば、精進してぞ求めてよ。 ◎法を聞きてぞ忘れずば、仏に値いて慶ばん、 注:無量寿仏に値いて慶ぶ 則ち、これぞ我が親友(しんぬ)、この故、まさに意を発せ。 注:菩提心を発せ たとい世界に火の満てん、それすら過ごし法聞かば、 必ず仏と成りぬべく、広く生死(しょうじ、衆生)を済うべし。』と。
八音(はっとん):八の功徳ある如来の声。 (1)極好音:仏徳は広大なるが故に、皆をして好道に入らしむ。 (2)柔軟音:仏徳は慈善なるが故に、喜悦せしめ、皆、剛強の心を捨てて、自然に律行に入る。 (3)和適音:仏は道理の中に居るが故に、音声はよく調和し、皆をして和融し、自ら理を会得せしむ。 (4)尊慧音:仏徳は尊高なるが故に、聞く者は尊重し、智解(ちげ、智慧と理解)開明す。 (5)不女音:仏は首楞厳定(しゅりょうごんじょう、方便自在)に住して世俗の徳あり。 その音声は一切をして敬異せしめ、天魔、外道も帰服せざるなし。 (6)不誤音:仏智は円明なり。 照了して無謬、聞く者をして各々正見を得しめて、九十五種の邪非を離れしむ。 (7)深遠音:仏智は如実の究際なり。行位極高にして、その音声は臍より起りて十方に徹して至る。 近くに聞けども大音ならず、遠くとも小音ならず。皆をして甚深の理を証せしむ。 (8)不竭音:如来の極果は願行を尽くすことなし。無尽の法蔵に住するを以っての故に、 その音声は滔々として、尽くることなく、その響も竭きず。 よく皆をしてその語義を尋ねしめ、無尽常住の果を得しむ。 (『法界次第、下の下』) 注:この偈は、概ね、諸仏の国に修行する菩薩も、無量寿仏の国に於いて、更に修行し、功徳を得て、自らの仏国土を浄め、仏と成れという。 |
観世音、大勢至の光明を称える
佛告阿難。彼國菩薩。皆當究竟一生補處。除其本願。為眾生故。以弘誓功德而自莊嚴。普欲度脫一切眾生 |
仏、阿難に告げたまわく、彼の国の菩薩は、皆、まさに一生補処(いっしょうふしょ、この生が終れば仏と成る位)を究竟すべし。(ただし)その本願により、衆生の為の故に、弘誓(ぐぜい、衆生の願いを弘く取り上げる)の功徳を以って、自ら荘厳し、普く一切の衆生を度脱(済度と解脱)せんと欲するを除く。 |
仏は、阿難に教えられた、―― 彼の国の菩薩は、皆、まさに、 ついには、 一生補処(いっしょうふしょ、次の生で仏と成る位)の菩薩となるであろう。 ただし、その 本願(ほんがん、仏の因をなす願)により、衆生のために 功徳(くどく、衆生を導く力)で以って、自らを飾り、 一切の衆生を済度(さいど、導いて解脱させる)しようとする者を 除く。
弘誓(ぐぜい):菩薩の本願の誓いは衆生の願いを弘く取り上げることをいう。 |
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阿難。彼佛國中。諸聲聞眾身光一尋。菩薩光明照百由旬 |
阿難、彼の仏国中に、諸の声聞衆の身光は一尋(じん、八尺)なり。菩薩の光明は、百由旬(ゆじゅん、十キロメートル)を照らす。 |
阿難、彼の仏国中では、 諸の声聞衆の身光は、一尋(じん、二メートル)であり、 菩薩の光明は、百由旬(ゆじゅん、十キロメートル)である。 |
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有二菩薩最尊第一。威神光明。普照三千大千世界 |
二菩薩有り、最も尊く第一にして、威神の光明は、普く三千大千世界を照らせり。 |
二菩薩が有り、最も尊く第一である。その 威神の光明は、普く三千大千世界を照らす。 |
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阿難白佛。彼二菩薩其號云何 |
阿難、仏に白さく、『彼の二菩薩の、その号はいかに。』 |
阿難が仏に申した、 『その二菩薩の名は、何といいますか?』 |
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佛言。一名觀世音。二名大勢至。是二菩薩。於此國土修菩薩行。命終轉化生彼佛國 |
仏言(の)たまわく、―― 一は観世音と名づけ、二は大勢至と名づく。 この二菩薩は、この国土(釈迦仏の化導するこの娑婆世界)に於いて、菩薩の行を修め、命終わりて転(うつ)り化し、彼の仏国に生まれぬ。 |
仏が言われた、―― 一は観世音(かんぜおん)といい、二は大勢至(だいせいし)という。 この二菩薩は、 この(釈迦の導く国土)国土に於いて、 菩薩の行を修め、 命が終ると、彼の国に 転じて化生(けしょう、四生の一、ふッと他の世界に生まれること)したのである。 |
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阿難。其有眾生生彼國者。皆悉具足三十二相。智慧成滿深入諸法。究暢要妙神通無礙。諸根明利。其鈍根者成就二忍。其利根者得阿僧祇無生法忍 |
阿難、それある衆生、彼の国に生まれなば、皆、悉く三十二相(仏の形相)を具足して、智慧は成満(じょうまん、満足)し、深く諸法に入りて、(諸法の)要と妙とに究暢(くちょう、通達)し、神通は無礙(むげ、自在)にして、諸根(眼耳鼻舌身意等の修行に必要な根本要因)明利なり。 その鈍根の者すら、二忍(音響忍と柔順忍)を成就し、その利根の者なれば、阿僧祇(あそうぎ、無数)の無生法忍を得るなり。 |
阿難、ある衆生が、 彼の国に生まれたならば、皆、悉く 三十二相(さんじゅうにそう、仏の勝れた容貌と形態)を身に備え、 智慧は、仏と同じであり、深く 諸法(しょほう、あらゆる事物)の 主要と微妙な性質に通達し、 神通は無礙(むげ、自在)であり、 諸根(しょこん、眼耳鼻舌身意等の修行に必要な根本要因)が明利である。 その中の、 鈍根の者ですら、 音響忍(おんごうにん、音響で覚る力)と 柔順忍(にゅうじゅんにん、心が柔順で真理に逆らわない力)とを得ている。 利根の者ならば、 無数の無生法忍(むしょうほうにん、不生不滅の真理を覚る力)を得ている。
音響忍(おんごうにん):世間の音響を聞いて真理を覚る智慧を得る。 柔順忍(にゅうじゅんにん):智慧によって心が柔順になり真理に逆らわない。 無生法忍(むしょうほうにん):万物は平等無差別にして、不生不滅なりの真理を覚る。 |
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又彼菩薩。乃至成佛不更惡趣。神通自在常識宿命。除生他方五濁惡世。示現同彼如我國也 |
また彼の菩薩は、乃ち仏と成るに至るまで、悪趣に更(かえ)らず、神通は自在にして、常に宿命を識る。(ただし)他方の五濁(ごじょく)の悪世に生まれ示現して彼に同ずる、我が国の如きをば除く。 |
また、彼の国土の菩薩は、仏に成るまでは、再び 悪趣(あくしゅ、地獄餓鬼畜生)に生まれることはなく、 神通は自在であり、常に宿命(しゅくみょう、自他の過去世の生)を識る。 ただし、 五濁(ごじょく、汚れ濁った悪世)の悪世に生まれて、 その国の衆生と同じ生を示現する、 この国の私(釈迦)のような者を除く。
五濁(ごじょく):世間の質が下がり混濁するを五種に分ける。 (1)劫濁(こうじょく):飢饉、疫病、戦争等が起こり、末世の状態になる。 (2)見濁(けんじょく):邪見がはびこる。 (3)煩悩濁(ぼんのうじょく):貪欲、瞋恚、愚癡等の煩悩が盛んになる。 (4)衆生濁(しゅじょうじょく):衆生の質が低下して、悪事を働く。 (5)命濁(みょうじょく):衆生の寿命が短くなる。 |
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佛語阿難。彼國菩薩承佛威神。一食之頃往詣十方無量世界。恭敬供養諸佛世尊 |
仏、阿難に語りたまわく、――彼の国の菩薩は、仏の威神(神通力)を承けて、一食の頃(あいだ)に、十方の無量の世界に往き詣でて、諸仏世尊を恭敬し供養す。 |
仏は阿難に語られた、―― 彼の国の菩薩は、仏の威神(いじん、神通力)を授かって、 一食(じき)の間(一度の食事に要する時間)に、 十方の無量の世界に行き、 諸仏に詣でて、 恭敬供養する。 |
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隨心所念。華香伎樂繒蓋幢幡。無數無量供養之具。自然化生應念即至。珍妙殊特非世所有 |
心に念ずるままに、華、香、伎楽、繒(きぬ)、蓋、幢、幡の、無数無量の供養の具は、自然に化生し、念に応じて即ち至り、珍妙殊特にして世に有る所に非ず。 |
心に念ずるがままに、 華、香、技芸、音楽、繒(そう、壁掛け)、蓋(がい、日傘)、 幢(どう、筒型の旗、吹き流し)、幡(ばん、のぼり)などの、 無量無数の供養の具は、自然に 化生し、 念ずれば、たちどころに現れる。 これらは、 珍妙、殊特であって、世の物ではない。 |
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輒以奉散諸佛菩薩聲聞大眾。在虛空中化成華蓋。光色晃耀香氣普熏。其華周圓四百里者。如是轉倍。乃覆三千大千世界。隨其前後以次化沒 |
輒(すなわ)ち、以って奉(ささ)げ、諸の仏、菩薩、声聞の大衆に散けば、虚空中に在りて化し、華の蓋と成り、光の色は晃(あきら)かに耀き、香気は普く薫る。その華(の蓋)は、周円(周囲)四百里なる者あり。かくの如きが転(うた)た倍して、乃ち三千大千世界を覆い、その前後に随って、次を以って化して没す。 |
それを、手に持って奉げ、 諸仏、菩薩、声聞の大衆の上に散(ま)けば、 それは、虚空中に住(とど)まって 華の蓋と成り、 光の色が明らかに輝き、 香気が、普く薫り、 その華の蓋は、 或るものは、周囲が四百里あり、 或るものは、その倍、また 或るものは、その倍と、いくらでも倍のものがあり、 三千大千世界を覆うものまである。 それ等は、 現れた順に随って、次々と消えてゆく。 |
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其諸菩薩僉然欣悅。於虛空中共奏天樂。以微妙音歌歎佛德。聽受經法歡喜無量。供養佛已未食之前。忽然輕舉還其本國 |
その諸の菩薩は、僉然(せんねん、皆)として欣悦(ごんえつ、悦ぶ)して、虚空中に於いて、共に、天の楽を奏(かな)で、微妙の音と歌を以って、仏の徳を歎じ、経法を聴受して、歓喜すること無量なり。仏を供養しおえて、未だ食せざるの前に、忽然(こつねん、たちまち)として軽く挙りて、その本国に還る。 |
諸の菩薩は、皆、喜び楽しんで、虚空中にて共に、 天の音楽を奏で、 微妙な音色と歌とで、 仏の徳を嘆じる。 経法を聴受して、 無量に歓喜し、 仏を供養し終れば、食事の前に、いつのまにか 軽々と飛び上がって、 その本国に還る。
未食(みじき):食事前、比丘の食事は一日一回、乞食をし終えて、正午前ぐらいに取る。 |
彼の国の菩薩を称える
佛語阿難。無量壽佛。為諸聲聞菩薩大眾頒宣法時。都悉集會七寶講堂。廣宣道教演暢妙法。莫不歡喜心解得道 |
仏、阿難に語らく、無量寿仏は、諸の声聞、菩薩の大衆の為に、法を頒宣(はんせん、頒賜宣下)したもう時、都(すべ)ては悉く、七宝の講堂に集会(しゅうえ)す。広く道の教えを宣べ妙法を演暢(えんちょう、伸びやかに演説する)したまうに、歓喜して心より解し、道を得ざるものなし。 |
仏は阿難に語られた、―― 無量寿仏が、 諸の声聞と菩薩の大衆の為に、 法を説く時、皆は悉く、 七宝の講堂に集まる。 行くべき道について、詳しく教え、 素晴らしい法を、伸びやかに説けば、 皆は悉く、 歓喜して、 心より理解し、 行くべき道について 覚らない者はいない。
頒宣(はんせん):頒も宣も上位者から下位者に述べ告げること。 演暢(えんちょう):伸びやかに滞らず演説すること。 |
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即時四方自然風起。普吹寶樹出五音聲。雨無量妙華隨風周遍。自然供養如是不絕 |
即ち時に、四方より自然の風起りて、普く、宝樹を吹き、五音(ごおん、五つの音階)の声を出せば、無量の妙華を雨ふらして、風に随うて、周遍(しゅうへん)す。自然の供養も、かくの如くに絶えず。 |
その時、四方より自然の 風が起り、普く、 宝樹を吹いて、 五音(ごおん、正しい音階の音楽)を出させ、無量の 素晴らしく美しい華を 雨のように降らす。 華は、風に随って 空一面に 舞い踊る。
自然も、このように 供養して、 絶えることがない。 |
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一切諸天皆齎天上百千華香萬種伎樂。供養其佛及諸菩薩聲聞大眾 |
一切の諸天も、皆、天上の百千の華香、万種の伎楽を齎(もたら)して、その仏、および諸の菩薩、声聞の大衆を供養す。 |
一切の諸天も、皆、天上の 百千の華と香、 万種の音楽と舞楽とを 齎(もたら)して、彼の国土の、諸の 菩薩と声聞の大衆を 供養する。 |
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普散華香奏諸音樂。前後來往更相開避。當斯之時。熙然快樂不可勝言 |
普く、華香を散らし、諸の音楽を奏で、前後して来往し、更(こもごも)相い開き避(よ)く。この時に当たりて、熙然(きねん、なごやか)として快楽し言うに勝(た)うべからず。 |
普く、 華と香とを散(ま)き、諸の 音楽を奏でながら、天人たちは、 前後し、互いに 会釈して通り過ぎる。
このような事は、まことに 楽しく和やかで、快く、 言うべき言葉も無い。 |
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佛告阿難。生彼佛國諸菩薩等。所可講說常宣正法。隨順智慧無違無失 |
仏、阿難に告げたまわく、彼の仏国に生じて、諸の菩薩等は、講説すべき所は、常に正法を宣べ、智慧に随順して、違うこと無く、失うこと無し。 |
仏は阿難に教えられた、―― 諸の菩薩たちは、彼の国に生まれると、 法を説くときには、常に 正法(大乗)を説き、 智慧(ちえ、般若波羅蜜)に随順(ずいじゅん、逆らわず随うこと)して、 智慧に逆らうことも、智慧を失うことも無い。
智慧(ちえ):般若波羅蜜、仏および大菩薩の智慧をいう。 |
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於其國土所有萬物。無我所心無染著心。去來進止情無所係。隨意自在無所適莫。無彼無我無競無訟 |
その国土に於いて、所有(あらゆる)万物に、我所(がしょ、我が物、身心)の心無く、染著の心無し。去来進止(こらいしんし、行動)は情に係る所無く、意に随って自在、適莫(ちゃくまく、好悪)する所無く、彼無く、我無く、競う無く、訟(うった)うる無し。 |
(諸の菩薩は、) その国土に在る、あらゆる万物に対して、 我所(がしょ、我以外の事物)という心が無く、 一切の事物に対して、愛著する心も無い。 去るも来るも、進むも止まるも、一切の行動は、 情(じょう、一時の心の動き)に因ることは無く、 意(い、本心)に随い、自在である。 一切の万物に対して、 好むも悪(にく)むも無く、 彼と我とを分け隔てて考えることが無いので、 競うことも無く、 争うことも無い。
我所(がしょ):我が所有の略。我が身心。また自身を我といい、自身以外の万物を我所有ということもあります。我に対する事物。 情(じょう):感覚によって起る心の動き。 意(い):常に心に在ること。志、意志、本意、本心。 適莫(ちゃくまく):特に好み、激しく嫌うこと。 |
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於諸眾生得大慈悲饒益之心。柔軟調伏無忿恨心。離蓋清淨無厭怠心。等心勝心。深心定心。愛法樂法喜法之心 |
諸の衆生に於いては、大慈悲と饒益(にょうやく、利益)の心を得、柔軟に調伏して忿恨(ふんこん、忿怒遺恨)の心無く、蓋(がい、煩悩)を離れて清浄、厭(いと)い怠ける心無く、等心、勝心、深心、定心と、法を愛し、法を楽しみ、法を喜ぶの心あり。 |
(諸の菩薩は、)諸の 衆生に対して、 大慈悲と、(衆生を) 饒益(にょうやく、利益)する心を得て、 柔軟に調伏(ちょうぶく、制御)され、 忿怒し遺恨に思う心は無い。 蓋(がい、心に蓋する煩悩)を離れて清浄であり、 厭怠(えんたい、うみ疲れる)の心も無い。 等心(とうしん、衆生を差別しない心)と、 勝心(しょうしん、何にも勝る心)と、 深心(じんしん、深く決心した心)と、 定心(じょうしん、定まって他事に思いを馳せない心)と、 法を愛し、法を楽しみ、法を喜ぶ心が有る。
蓋(がい):五蓋(ごがい)、心を覆い蓋(ふた)をして、善心の妨げとなる、煩悩の異名。 (1)貪欲(とんよく):貪りと各種の欲望。 (2)瞋恚(しんに):怒り。 (3)睡眠:心が昏迷し、身体が重くなる。 (4)掉悔(とうかい):躁鬱の症状。 (5)疑法:疑って決断しないこと。 |
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滅諸煩惱。離惡趣心。究竟一切菩薩所行。具足成就無量功德。得深禪定諸通明慧。遊志七覺修心佛法 |
諸の煩悩を滅して、悪趣(に趣く)の心を離れ、一切の菩薩の行う所を究竟し、具足して無量の功徳を成就し、深き禅定と、諸の通明(つうみょう、六通三明)の慧を得て、遊んで七覚(しちかく、七覚支)を志し、心に仏の法を修む。 |
(諸の菩薩は、)諸の 煩悩を滅して、 悪趣(あくしゅ、地獄、餓鬼、畜生)の因となる心を離れ、 一切の菩薩の行うべき事(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧方便)を、徹底して行い、 無量の功徳(くどく、衆生を救う力)を完全に成就し、 深い禅定と、 諸の神通力を生ずる智慧を得て、 七覚支(しちかくし、禅定と智慧とを均等ならしめる法)を志し、 心に仏法を修める。
六神通(ろくじんつう):六種の超能力。 (1)神足通:即時に何処にでも行くことができる能力。 (2)天眼通:世間の全てを見通す能力。 (3)天耳通:世間の全てを聞く能力。 (4)他心通:他の心を全て知る能力。 (5)宿命通:自他の過去世を全て知る能力。 (6)漏尽通:煩悩が全くないこと。 三明(さんみょう):六神通のうち、天眼、宿命、漏尽通をいう。 七覚分(しちかくぶん):七覚支、七菩提分、覚りを助ける七つのもの。 (1)念覚支:憶念して忘れないこと。 (2)択法覚支:物事の真偽を選択する智慧のこと。 (3)精進覚支:正法に精進すること。 (4)喜覚支:正法を喜ぶこと。 (5)軽安覚支:身心が軽快であること。 (6)定覚支:心を散乱せしめないこと。 (7)捨覚支:心が偏らず平等であること。捨とは平等を意味する。 |
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肉眼清徹靡不分了。天眼通達無量無限。法眼觀察究竟諸道。慧眼見真能度彼岸。佛眼具足覺了法性 |
肉眼は清徹(しょうてつ)して分了せざるなく、天眼は通達して無量無限、法眼は観察して諸道を究竟し、慧眼は真を見てよく彼岸に度し、仏眼は具足して法性を覚了す。 |
(諸の菩薩の) 肉眼(にくげん、人の眼)は、 清(す)み徹って、分別して明了でないものはなく、 天眼(てんげん、天人の眼)は、 一切の障碍物を通して、無量無限を見ることができ、 法眼(ほうげん、事物を見分ける菩薩の眼)は、 一切を観察して、諸道(衆生を救う道、方便)を窮め、 慧眼(えげん、空と無相の真理を見る智慧の眼)は、 真実を見て、衆生を彼岸(ひがん、覚りの世界)に渡すことができ、 仏眼(ぶつげん、肉眼、天眼、法眼、慧眼を兼ね備えた仏の眼)は、 一切を具足をして、法性(ほっしょう、一切の世界の本性)を覚了(かくりょう、覚る)している。
五眼(ごげん):眼には次の五つが有る。 (1)肉眼:人間の眼。障害物を通して、また遠方のもの、微小なもの、巨大なものを見ることはできない。 (2)天眼:天人の眼。あらゆる障害物を通して見ることができるが、形のないものを見ることはできない。 (3)慧眼:声聞辟支佛の眼。空と無相の理の智慧を見ることができる。 (4)法眼:菩薩の眼。衆生を救うために、一切の法門の智慧を見ることができる。 (5)仏眼:上の四つを兼ね備えた、仏の持つ眼。 注:彼の国土に生まれた菩薩は、仏と同じ禅定と智慧と眼とを持つ。 |
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以無礙智為人演說 |
無礙(むげ、自由自在)の智を以って人の為に演説す。 |
(諸の菩薩は) 無礙(むげ、自由自在)の智慧で、人の為に演説する。 |
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等觀三界空無所有。志求佛法具諸辯才。除滅眾生煩惱之患 |
等しく三界は空にして所有(しょう、物)無きを観て、志して仏法を求め諸の辯才を具(そな)え、衆生の煩悩の患いを除滅(じょめつ)す。 |
(諸の菩薩は) 三界(さんがい、苦の世界)は等しく 空であり、 何者も存在しないと観て、 仏法を志し、求めて、 諸の弁舌の才を身に備え、 衆生の煩悩の患いを除滅(じょめつ)する。 |
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從如來生解法如如 |
如(にょ、真如、世界の真実)従り来生して、法の如如(にょにょ、事物の本性)を解し、 |
(諸の菩薩は) 如(にょ、真実)より来生した如来(仏)であり、 一切の事物の如如(にょにょ、事物の本性)を理解する。
如(にょ):真如(しんにょ)、世界に唯一の真実(の理念)。 如如(にょにょ):事物の本性、諸法(一切の事物)の本性は如である。 彼も如、此も如であるが故に如如という。 |
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善知習滅音聲方便。不欣世語樂在正論 |
善く習と滅を知って、音声(おんじょう)の方便すれども、世語を欣ばず、楽しんで正論に在り。 |
(諸の菩薩は、) 善を習い、悪を滅することを、善く知り、 音声(声で話す)の方便を用いるが、 世間話を喜ばず、 楽しんで正法(しょうぼう、大乗)を論じている。
注:浄影寺慧遠(じょうようじえおん、梁代の僧)は無量寿経義疏(むりょうじゅきょうぎしょ)で『善を習う教えを習音声、悪を滅する教えを滅音声、菩薩はこれに悉くよく善く解するが故に善知と名づけ、中を巧みに知るが故に方便という』としている。 |
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修諸善本志崇佛道。 |
諸の善本(ぜんぽん、善根)を修め、志して仏の道を崇む。 |
(諸の菩薩は、) 諸の善本(ぜんぽん、善根、善い行い)を修め、 仏道を志して崇める。 |
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知一切法皆悉寂滅。生身煩惱二餘俱盡 |
一切法(いっさいほう、一切の事物)は、皆、悉く寂滅なりと知りて、生身と煩悩の二余(によ、二つの残り香)は倶に尽く。 |
(諸の菩薩は、) 一切法(いっさいほう、一切の事物)は、皆、悉く 寂滅(じゃくめつ、涅槃、不生不滅)であると知り、 肉身と煩悩とは、 残す所なく、二つながらに 尽きている。
二余(によ):二つの残りもの。前世に因をもつ肉身と、肉身に付随する煩悩とが、仏と成る直前の菩薩にも残っていることをいう。 注:一切の事物は、空であり、平等であって、不生不滅である。 |
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聞甚深法心不疑懼。常能修行 |
甚だ深き法を聞いて、心に疑懼(ぎく、疑いと怖れ)せずして、常によく修行す。 |
(諸の菩薩は、) 甚だ深い法(大乗)を聞いて、心に 疑いと 怖れとを生じず、常によく 修行する。 |
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其大悲者。深遠微妙靡不覆載。 |
その大悲とは、深く遠くして微妙にして、覆載(ふくさい)せざることなし。 |
(諸の菩薩の、) その大悲とは、 奥深く、微妙であり、 天のように一切を覆い、 地のように一切を載せる。
覆載(ふくさい):天が万物を覆い、地が万物を載せるが如きことをいう。 |
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究竟一乘至于彼岸。決斷疑網慧由心出。於佛教法該羅無外 |
一乗(大乗)を究竟して彼岸に至り、疑網を決断して、慧は心より出づ。仏の教法に於いて該羅(がいら、広く覆う)して外(ほか)無し。 |
(諸の菩薩は、) ただ一つの正法である大乗を窮め、 彼岸(ひがん、迷妄を離れた覚りの世界)に至り、 疑いの網を決断して、 衆生を救う智慧の方便は、心から自在に出る。 仏の教えについては その全てを覆い尽くして、 余す所が無い。 |
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智慧如大海 |
智慧は大海の如く、 |
(諸の菩薩は、) 智慧は大海の如く、 |
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三昧如山王 |
三昧(さんまい、心の動かないこと)は山王(せんおう、須弥山)の如く、 |
三昧(さんまい、心の動かないこと)は須弥山の如く、 |
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慧光明淨超踰日月 |
慧の光は明らかに浄く、日月を超踰(ちょうゆ)し、 |
智慧の光は、明るく浄く、日月を超越して、 |
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清白之法具足圓滿。猶如雪山。照諸功德等一淨故 |
清白(しょうびゃく、清浄潔白)の法は具足して円満に、なお雪山の照らすが如し、諸の功徳は、等しく一に浄きが故に。 |
清浄にして潔白なる法(煩悩を完全に離れた諸功徳)は、 円満に身に備わり、 雪山(せっせん、ヒマラヤ山)よりも、なお世間を照らす。 その諸の功徳は、 平等であり、もっぱら 浄いが故に。
注:等、一、浄は、共に平等を表す。一切の差別を離れること。 |
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猶如大地。淨穢好惡無異心故 |
なお大地の如し、浄と穢と好と悪と心に異なり無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 大地のようである、 浄いも、穢いも、 好ましいも、悪きも、 一切を差別しないが故に。 |
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猶如淨水。洗除塵勞諸垢染故 |
なお浄水の如し、塵労(じんろう、煩悩)の諸の垢と染みとを、洗い除くが故に。 |
(その諸の功徳は) 浄い水のようである、 煩悩の諸の垢と染みとを、 洗い 除くが故に。 |
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猶如火王。燒滅一切煩惱薪故 |
なお火王の如し、一切の煩悩の薪を焼いて滅するが故に。 |
(その諸の功徳は) 火王(かおう、大火)のようである、一切の 煩悩の薪を、 焼いて 滅するが故に。 |
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猶如大風。行諸世界無障閡故 |
なお大風の如し、諸の世界を行って障閡(しょうがい、障碍)無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 大風のようである、どの 世界の事を 行っても、 障碍が無いが故に。 |
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猶如虛空。於一切有無所著故 |
なお虚空の如し、一切の有(う、事物)に於いて著する所無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 虚空のようである、 一切の事物に 著(つ)かないが故に。 |
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猶如蓮華。於諸世間無染污故 |
なお蓮華の如し、諸の世間に於いて染汚無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 蓮華のようである、 諸の世間に 在って、 染められも汚されもしないが故に。 |
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猶如大乘。運載群萌出生死故 |
なお大乗の如し、群萌(ぐんもう、衆生)を運載して生死を出づるが故に。 |
(その諸の功徳は) 大きな乗り物のようである、 群萌(ぐんもう、衆生)を 乗せて、 生死を出るが故に。 |
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猶如重雲。震大法雷覺未覺故 |
なお重雲の如し、大法の雷を震わして未だ覚めざるを覚ますが故に。 |
(その諸の功徳は) 重なる雲のようである、 大法(だいほう、大乗)の雷を、 震わせて、未だ目覚めない者を、 目覚めさすが故に。 |
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猶如大雨。雨甘露法潤眾生故 |
なお大雨の如し、甘露の法を雨ふらして衆生を潤(うるお)すが故に。 |
(その諸の功徳は) 大雨のようである、 甘露の法(大乗)を 雨降らせて、 衆生を潤(うるお)すが故に。 |
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如金剛山。眾魔外道不能動故 |
金剛山の如し、衆魔、外道の動かすこと能わざるが故に。 |
(その諸の功徳は) 金剛山(こんごうせん、世界の最外周を取り巻く連山、鉄囲山)のようである、 衆魔(しゅうま、身魔、煩悩魔、死魔、天魔)も 外道(げどう、仏教以外に奉事する者)も 動かすことができないが故に。 |
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如梵天王。於諸善法最上首故 |
梵天王の如し、諸の善法に於いて、最上首なるが故に。 |
(その諸の功徳は) 梵天王のようである、 諸の善法(ぜんぽう、善い事物)の中で、 最上首(さいじょうしゅ、第一)であるが故に。 |
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如尼拘類樹。普覆一切故 |
尼拘類樹(にくるいじゅ、大樹の名)の如し、普く一切を覆うが故に。 |
(その諸の功徳は) 尼拘類樹(にくるいじゅ、巨大樹の名)のようである、 普く一切を 覆うが故に。
尼拘類樹(にくるいじゅ):高さ10メートル、枝から垂れ下がった気根が地に達すると根を張ってぶどう棚のようになり、次第に四方に広がりよく繁茂する。大きいものはただ一本の木が気根によって支えられながら100メートル四方にもなる。それにもかかわらず比較的に種が小さいために、小さい因から大きな果報を得ることに譬えられる。 |
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如優曇缽華。希有難遇故 |
優曇鉢(うどんはつ、樹名)の華の如し、希有にして遇い難きが故に。 |
(その諸の功徳は) 優曇鉢(うどんはつ、樹名)の華のようである、 希有であり 遇い難いが故に。
優曇鉢華(うどんはつげ):優曇婆羅華(うどんばらげ)、霊瑞華(りょうずいけ)、無花果の類に似た花を持つ。ヒマラヤ山麓およびデカン高原、セイロン等に産し、幹は高さ三メートル余り、葉は二種あって、一は平滑、二は粗糙、皆長さ十五センチ、端が尖る。花は雌雄異花、甚だ細く壷状に凹んだ花托の中に隠れ、常に隠花植物と誤たれる。花托は大きさ拳ほどで拇指に似て、十余個が集まる。食えるが味は劣る。世に称して三千年に一度開花し、仏の出世に値うと開き始めるという。 |
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如金翅鳥。威伏外道故 |
金翅鳥(こんじちょう、巨大鳥の名)の如し、外道を威伏するが故に。 |
(その諸の功徳は) 金翅鳥(こんじちょう、巨大鳥の名)のようである、 外道を 威伏(いふく、威服)するが故に。
金翅鳥(こんじちょう):迦楼羅(かるら)、翼を広げると三百三十万里あり、龍を取って食うという。 |
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如眾遊禽。無所藏積故 |
衆(もろもろ)の遊禽(ゆうきん、小鳥)の如し、蔵積する所無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 群がる小鳥のようである、 (何物も) 蔵(かく、陰蔵)し、積(つ、蓄積)まないが故に。 |
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猶如牛王。無能勝故 |
なお牛王(ごおう)の如し、よく勝つもの無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 牛王(ごおう、巨大牛)のようである、 (何者も)それに 勝つことができないが故に。 |
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猶如象王。善調伏故 |
なお象王の如し、善く調伏せらるるが故に。 |
(その諸の功徳は) 象王(ぞうおう、巨大象)のようである、 善く調伏(ちょうぶく、馴致)されているが故に。
調伏(ちょうぶく):身口意の三業を調えて、悪業を制圧すること。 |
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如師子王。無所畏故 |
師子王の如し、畏るる所無きが故に。 |
(その諸の功徳は) 師子王(ししおう、巨大師子)のようである、 畏れるものが無いが故に。 |
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曠若虛空。大慈等故 |
曠(ひろ)きこと虚空の若(ごと)し、大慈等しきが故に、 |
(その諸の功徳は) どこまでも広いこと、虚空のようである、 大慈が等しくゆきわたるが故に。 |
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摧滅嫉心不望勝故 |
嫉心を摧滅(さいめつ、挫く)す、勝ちを望まざるが故に。 |
(諸の菩薩は) 嫉妬する心を、摧滅(さいめつ、挫き滅ぼす)する、 勝ちを望まないが故に。 |
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專樂求法心無厭足。常欲廣說志無疲倦。擊法鼓。建法幢。曜慧日。除癡闇 |
専ら、楽しんで法を求め、心に厭足(えんそく)する無く、常に広く説かんと欲して、志しに疲倦(ひけん)する無く、法の鼓を撃ち、法の幢を建て、慧の日を曜(かがや)かし、癡の闇を除く。 |
(諸の菩薩は) 専ら、楽しんで法を求めて、心に厭足(えんそく、飽きる)することが無く、 常に、広く法を説くことを欲して、志が疲倦(ひけん、疲れ倦む)することが無く、 法の鼓を、撃ち鳴らし、 法の幢(どう、はた)を、打ち建て、 智慧の日を、曜(かがや)かし、 愚癡の闇を、取り除く。 |
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修六和敬。常行法施。志勇精進心不退弱 |
六和敬(ろくわぎょう、衆生を敬うこと)を修め、常に法施を行って、志は勇(勇敢)にして精進し、心は退弱(たいにゃく、退却と怯弱)ならず。 |
(諸の菩薩は) 六和敬(ろくわぎょう、礼拝、讃歎、信心、戒律、見解、利養を同じくする)を、修め、 常に、法施を行い、 志は、勇敢に精進し、 心は、退きも怯えもせず、弱くならない。
六和敬(ろくわぎょう):僧が互いに敬い和合すること。菩薩が衆生を敬うこと。 (1)礼拝等、身体で敬う。 (2)讃歎等、口で敬う。 (3)信心等、意で敬う。 (4)戒を同じうして和合する。 (5)空等の見解を同じうして和合する。 (6)衣食等の利を同じうして和合する。 |
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為世燈明最勝福田 |
世の為の灯明、最勝の福田たり。 |
(諸の菩薩は) 世の灯明と、為って、 最勝の福田である。 |
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常為師導等無憎愛 |
常に師と為って導き、等しく憎愛なし。 |
(諸の菩薩は) 常に、師と為って導き、 (衆生を)等しく見て憎愛しない。 |
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唯樂正道無餘欣慼 |
ただ正道を楽しんで、余の欣慼(ごんせき、喜びと愁い)無し。 |
(諸の菩薩は)ただ 正道のみを、楽しんで、 余の欣慼(ごんせき、喜びと愁い)は無い。 |
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拔諸欲刺以安群生 |
諸の欲の刺を抜いて、以って群生(ぐんしょう、衆生)を安んず。 |
(諸の菩薩は) 諸の欲の刺を、抜いて、 群生(ぐんしょう、衆生)を安んじる。 |
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功德殊勝莫不尊敬 |
功徳は殊勝にして、尊敬せざるなし。 |
(諸の菩薩は) 功徳(くどく、衆生を救う力)は、殊に勝れ、 尊敬しない者は無い。 |
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滅三垢障遊諸神通 |
三垢(さんく、三毒、貪瞋癡)の障りを滅して、諸の神通に遊ぶ。 |
(諸の菩薩は) 三垢(さんく、貪欲、瞋恚、愚癡)の障りを、滅ぼして、 諸の神通(じんつう、不思議な力)に遊ぶ。 |
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因力緣力。意力願力。方便之力。常力善力。定力慧力。多聞之力。施戒忍辱。精進禪定。智慧之力。正念止觀諸通明力。如法調伏諸眾生力。如是等力一切具足 |
因の力、縁の力、意の力、願の力、方便の力、常の力、善の力、定の力、慧の力、多聞の力、施、戒、忍辱、精進、禅定、智慧の力、正念、止観、諸の通と明の力、如法に諸の衆生を調伏する力、かくの如き等の力は、一切を具足す。 |
(諸の菩薩は) 因(いん、今菩薩たることの因)の力、 縁(えん、今菩薩たることの縁)の力、 意(い、衆生済度の意志)の力、 願(がん、衆生済度の願)の力、 方便(ほうべん、衆生済度の種種の方策)の力、 常(じょう、常に変わらぬ志)の力、 善(ぜん、一切の悪行を断つ)の力、 定(じょう、一切の乱心を除く)の力、 慧(え、一切の惑心を除く)の力、 多聞(たもん、善事を多く聞く)の力、 施(せ、布施)、戒(かい、持戒)、忍辱、精進、禅定、智慧の力、 正念(しょうねん、常に衆生済度を心に思う)、 止観(しかん、妄念を止め正観する)、 諸の通(つう、神足、天眼、天耳、他心智、宿命、漏尽)と 明(みょう、宿命、天眼、漏尽)の力、 如法(にょほう、正しく)に諸の衆生を調伏する力、 このような 力の一切を、具足する。 |
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身色相好功德辯才。具足莊嚴無與等者 |
身色(しんしき、肉体)と相好(そうごう、好ましい形相と容貌)と功徳(くどく、衆生を導く力)と辯才(べんざい、弁舌の才能)とは具足して、荘厳するに与(とも)に等しき者無し。 |
(諸の菩薩は) 勝れた、 身色(しんしき、肉身)と 相好(そうごう、好ましい行相と容貌)と 功徳(くどく、衆生を導く力)と 辯才(べんざい、弁舌の才能)とを、具足して、 荘厳(しょうごん、勝れた容姿才能で身を飾ること)は 等しく並ぶ者が無い。 |
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恭敬供養無量諸佛。常為諸佛所共稱歎 |
無量の諸仏を恭敬供養して、常に諸仏の共に称歎する所たり。 |
(諸の菩薩は) 無量の諸仏を、 恭敬し、供養して、 常に、 諸仏は共に、称歎する。 |
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究竟菩薩諸波羅蜜。修空無相無願三昧不生不滅諸三昧門。遠離聲聞緣覺之地 |
菩薩の諸の波羅蜜を究竟して、空、無相、無願の三昧、不生不滅の諸の三昧の門を修めて、声聞と縁覚の地を遠離す。 |
(諸の菩薩は) 菩薩の諸の波羅蜜(はらみつ、彼岸に至る道、 布施波羅蜜(ふせはらみつ、布施をして他の衆生に楽を与えて彼岸に至る道)、 持戒波羅蜜(じかいはらみつ、戒を持して他の衆生を害さずに彼岸に至る道)、 忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ、他に害されても耐えて彼岸に至る道)、 精進波羅蜜(しょうじんはらみつ、上の三波羅蜜を休まず怠らずに彼岸に至る道)、 禅定波羅蜜(ぜんじょうはらみつ、上の四波羅蜜を一心に他心を雑えず彼岸に至る道)、 智慧波羅蜜(ちえはらみつ、上の五波羅蜜を絶えず生みだし彼岸に至る道))を 究竟(くきょう、修行して究める)して、 空(くう、我も我が身心も無い)、 無相(むそう、我も彼も、あれもこれも、一切の差別は無い)、 無願(むがん、我が行業には一切の因縁因果が無く、従って一切の願いは無い)の 三昧(さんまい、一心不乱に衆生を済度すること)、 不生不滅(ふしょうふめつ、我は生じもせず滅しもしない)の 諸の三昧の門を、修めて、 遠く、 声聞(しょうもん、小乗法を修める仏弟子)、 縁覚(えんがく、自ら無常を悟る者)の地(ち、境地)を、離れる。
注:不生不滅の諸三昧:小乗の徒はただ一身の不生不滅を願うのみであるが、菩薩は一切の不生不滅を計るが故に、三昧も種種有り、よって諸三昧という。 |
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阿難。彼諸菩薩。成就如是無量功德。我但為汝略言之耳。若廣說者。百千萬劫不能窮盡 |
阿難、彼の(国の)諸の菩薩は、かくの如き無量の功徳を成就せり。我は、ただ汝が為に、略してこれを言うのみ。もし広く説かば、百千万劫しても窮(きわ)め尽くすこと能わず。 |
阿難、彼の諸の菩薩は、このような無量の功徳を成就している。 私は、ただお前の為に、略して言ったのである。 もし、 広く説くならば、百千万劫の間、説いても、窮め尽くすことはできない。 |
弥 勒 受 勅 分
三毒、その一、貪りの毒
佛告彌勒菩薩諸天人等。無量壽國聲聞菩薩。功德智慧不可稱說。又其國土。微妙安樂清淨若此 |
仏は、弥勒(みろく)菩薩と諸の天人等に告げたまわく、『無量寿国の声聞菩薩の功徳と智慧は称え説くべからず。 またその国土の微妙にして安楽、清浄なることは、かくの若(ごと)し。 |
仏は、弥勒(みろく、菩薩名)菩薩と諸の天人等に教えられた、―― 無量寿国の声聞と菩薩の 功徳と智慧とは、 称(たた)え説くことができない。 また、 その国土が、 微妙であり、 安楽であり、 清浄であることも、 今、述べたとおりである。
弥勒(みろく):慈氏(じし)、姓を阿逸多(あいった)という。 釈迦仏の仏位を継ぐ、補処の菩薩。 現在、兜率天に於いて法を説き、仏の入滅後の五十六億七千歳の時、人間に下生して華林園の龍華樹の下で正覚を得る。 |
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何不力為善。念道之自然。著於無上下。洞達無邊際。宜各勤精進。努力自求之。必得超絕去。往生安養國。橫截五惡趣。惡趣自然閉。昇道無窮極 |
何ぞ、力(つと)めて善を為し、道の自然なるを念じ、上下無きに著して、辺際無きに洞達せざる。 宜しく、各、勤めて精進し、努力して、自らこれを求むべし。 必ず、超絶して去るを得、安養国に往生すべし。 横に五悪趣を截れば、悪趣は自然に閉じ、道を昇ること窮極(ぐごく、行き止まり)無からん。 |
何故、人は 努力して、善い事を行い、 道(みち、善事を行うこと)は自然(じねん、道理に適う)であることを、心に念じて、 上下、貴賎の差別が無いことを、堅く信じ、 一切は無辺際(むへんざい、自他、彼此の差別を作る垣根が無いこと)であることに、 洞達しないのであろうか。 宜しく、各 勤めて精進(しょうじん、怠らない)し、 努力して、自ら これを求めよ。 必ず、この 世界を超絶して、去り、 安養国に往生(おうじょう、別の世界に生まれる)できよう。 (善を為して、) 五悪趣(ごあくしゅ、地獄、餓鬼、畜生、人間、天上)の根本を、横に断ち截(き)れば、 五悪趣の門は、自然に閉じ、 道を昇る(世界が浄まる)ことには、 極まりが無いのである。
注:道綽は、安楽集(下)で、横にを解釈して、この娑婆世界では、先ず見惑を断ずる修行をして、三悪趣の因を離れ、次いで修惑を断じて人天の因を離れる、このように長時の修行を要するが、安楽国に往生すれば、直ちに娑婆の五道を離れるにより、これを横にと言うとしている。 よって善を行って五悪趣を截るのではなく、往生して截るとする。 |
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易往而無人。其國不逆違。自然之所牽。何不棄世事。勤行求道德。可獲極長生。壽樂無有極 |
行き易けれど(行く)人無し。 その国は逆違せずして、自然の牽(ひ)く所なり。 何ぞ、世事を棄て、勤め行うて、道の徳を求めざる。 (行けば)極めて長く寿を生くるを獲(え)て、楽しみは極まり有ること無かるべし。 |
往き易いのに、 往く人が、無いとは、 その国が 逆らっているのではない。 自然なことであるのに、 何故、 世事を棄て、 勤めて修行し、 道の徳(とく、善事の果報)を 求めないのか。 極めて長く 寿(よわい)を生き、 極まりなき楽しみを 獲(え)ることができるのに。 |
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然世人薄俗。共諍不急之事。於此劇惡極苦之中。勤身營務以自給濟 |
然るに世人は薄俗(はくぞく、軽薄にして俗悪)にして、共に不急の事を諍(あらそ)い、この劇悪の極苦の中に於いて、身を勤め、務めを営み、以って自ら給済(きゅうさい、あてがいおぎなう)す。 |
然るに、 世の人は、軽薄で、俗悪であり、 共に、 不急の事を、争い、 この劇悪の極苦の中で、 身のために、務めを営み、 自らを、 給済(きゅうさい、あてがいおぎなう)している。 |
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無尊無卑。無貧無富。少長男女共憂錢財 |
尊きも無く卑しきも無く、貧しきも無く富めるも無く、少長男女、共に銭財を憂う。 |
尊い者も、卑しい者も、 貧しい者も、富める者も、 少年も、年長も、 男も、女も、共に 銭財を憂いている。 |
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有無同然。憂思適等。屏營愁苦。累念積慮。為心走使無有安時 |
(銭財の)有るも無きも同じく然りして、憂いの思いは、まさに等し。屏営(びょうよう、不安でうろうろする)として愁い苦しみ、念(おもい)を累(かさ)ね慮(おもんぱかり)を積んで、心の走り使いと為り、安らぐ時の有ること無し。 |
有る者も、無い者も、同じであり、 憂い思うことは、まったく等しい、 不安げに、うろつき、 愁い苦しんで、 過去を思い、 未来を考えるのである。 このように、 心を走り使って、 片時も安まる時が無い。 |
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有田憂田。有宅憂宅。牛馬六畜奴婢錢財衣食什物。復共憂之。重思累息憂念愁怖 |
田有れば田を憂い、宅有れば宅を憂い、牛馬六畜(ごめろくちく、牛、馬、犬、羊、豚、鶏)、奴婢、銭財、衣食、什物(じゅうもつ、日用道具)も、また共にこれを憂う。 思いを重ね息(ためいき)を累ねて、憂いの念は愁い怖る。 |
田が有れば、田を憂い、 宅が有れば、宅を憂い、 牛馬六畜(ごめろくちく、牛、馬、犬、羊、豚、鶏)、 奴婢、銭財、衣食、什物(じゅうもつ、日用雑器)も、また皆共に、これを 憂う。 思いを重ね、ため息を累(かさ)ねて、 憂い、念じ、愁い、怖れるのである。 |
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橫為非常水火盜賊怨家債主。焚漂劫奪消散磨滅。憂毒忪忪無有解時 |
横(おう、非例)に、非常の水火、盗賊、怨家(おんけ、敵)、債主(さいしゅ、貸し主)は、焚(や)き漂(ただよ)わせ劫(かす)め奪い消し散らして、磨滅すれば、憂いの毒に忪忪(しゅじゅ、びくつく)として、解ける時の有ること無し。 |
突然、非常の 水火、盗賊、怨家(おんけ、敵)、債主(さいしゅ、貸し主)によって、 焼かれ、漂わされ、 掠(かす)められ、奪われて、 消散し、磨滅するのであるから、 憂いの毒に、 びくびくして、 心配の、 解消する時が無い。 |
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結憤心中不離憂惱。心堅意固適無縱捨 |
憤(いきどおり)を心中に結んで、憂いの悩みを離れず、心は堅く、意は固(かたくな)に、まさに縦(ほしいまま)に捨てること無し。 |
憤りは、心中に結ばれ、 憂いの悩みは、離れないのであるが、 心は、堅く、 意(おもい)は、固(かたく)なに 悩みを、縦(ほしいまま)に 捨てることができない。 |
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或坐摧碎身亡命終。棄捐之去莫誰隨者 |
或は、坐して摧砕(ざいさい、砕ける)し、身亡びて命終れば、これを棄捐(きえん、棄てる)して去り、誰も随う者なし。 |
或は、何もせずに、砕け散ってしまう。 身が亡びて、命が終り、 身を捨てて、去らなければならない時、 誰も、 随う者は無い。 |
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尊貴豪富亦有斯患。憂懼萬端勤苦若此。結眾寒熱與痛共俱 |
尊貴、豪富なるも、またこの患い有り。 憂いと懼れは万端(ばんたん、完全にそろう)して、勤苦(ごんく、勤めを果たす)することかくの若し。 衆(もろもろ)の寒熱と痛みと共に結んで、倶にあり。 |
尊貴も豪富も、またこの悩みが有る。 憂いと懼(おそ)れの、万端(ばんたん、ひとそろい)は、このように 勤苦(ごんく、勤めを果たす)するのであるから、 衆の寒熱(かんねつ、身が寒くなったり熱くなったりすること)は、 痛みと共に、結ばれる。 |
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貧窮下劣困乏常無 |
貧窮なると下劣なるとは困乏して、常に無し。 |
貧窮(びんぐ、貧乏困窮)の者と、下劣(げれつ、賎業)の者とは、 困窮し、貧乏であって、 常に、財産が無い。 |
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無田亦憂欲有田。無宅亦憂欲有宅。無牛馬六畜奴婢錢財衣食什物。亦憂欲有之 |
田無きも、また憂いて田有らんことを欲し、宅無きも、また憂いて宅有らんことを欲し、牛馬六畜、奴婢、銭財、衣食、什物も、また憂いてこれ有らんことを欲す。 |
田が無ければ、また 憂いて、 田の有ることを欲し、 宅が無ければ、また 憂いて、 宅の有ることを欲し、 牛馬六畜、奴婢、銭財、衣食、什物が無ければ、また 憂いて、 これの有ることを欲するのである。 |
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適有一復少一。有是少是。思有齊等。適欲具有便復糜散。如是憂苦當復求索。不能時得 |
たまたま、一有れば、また一を少(か)き、これ有ればこれを少いて、斉等(さいとう、等しくそろう)に有らんことを思う。欲に適(かな)いて具(つぶさ、完全)に有れば、便ちまた糜散(みさん、粉々になって飛び散る)す。 かくの如き憂いと苦しみに、まさにまた求索(ぐさく、求める)すれども、時にも得ること能わず。 |
たまたま、一つ有れば、一つが欠け、 これが有れば、これが欠けるので、 全てが、等しくそろうことを、思うのであるが、 欲がかなって、全てが有ると思えば、すぐにまた飛び散ってしまう。 このように、 憂い苦しみながら、まだ、諦めずに、 求め続けるのであるが、一時にせよ、 得ることができない。 |
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思想無益。身心俱勞坐起不安。憂念相隨勤苦若此。亦結眾寒熱與痛共俱 |
思想(しそう、思い巡らす)すれど益無く、身心は倶に労(つか)れて、坐起に安からず。 憂いと念は相い随って勤苦(ごんく、勤労)することかくの若く、また衆の寒熱は痛みと共に結んで倶にあり。 |
思い巡らせても、益は無く、 身心は、倶に疲労して、 寝ても起きても、不安である。 憂いと念(おも)いとは、相い随い、このように 勤苦(ごんく、勤めを果たす)するので、また 衆の寒熱が、痛みと共に、結ばれるのである。 |
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或時坐之終身夭命。不肯為善行道進德 |
或る時は、ここに坐して身を終え命を夭(ほろぼ)せども、あえて善を為して道を行き、徳を進めず。 |
或る時には、このまま 身を終えて、命を亡(うしな)い、 喜んで、 善(ぜん、道理にあうこと)を為し、 道(みち、正しい行い)を行い、 徳(とく、衆生を救う力)を進めようとしない。 |
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壽終身死當獨遠去。有所趣向善惡之道莫能知者 |
寿(いのち)終り、身は死して、独り遠くに去らんとするに当り、趣き向う所の善悪の道の有るを、よく知る者はなし。 |
寿(いのち)終り、身が死んで、 独りで、 遠く去るに、当り、 趣き向う所の善悪の道が、何であるか、 知ることのできる者はいないのである。 |
三毒、その二、怒りの毒
世間人民父子兄弟夫婦家室中外親屬。當相敬愛無相憎嫉。有無相通無得貪惜。言色常和莫相違戾 |
世間の人民の、父子、兄弟、夫婦、家室(けしつ、家族)、中外の親族(ちゅうげのしんぞく、父方母方の親族)は、まさに相い敬愛すべく、相い憎嫉すること無く、有るも無きも相い通じて貪惜を得ること無く、言色(ごんしき、言葉と顔色)常に和して、相い違戻(いれい、もとる、背く)することなかれ。 |
世間の人民は、 親子、兄弟、夫婦、家族、内と外の親戚ならば、 敬い愛しあって、 憎み嫉みあってはならない、 財産の、有る者も、無い者も、 通じ(交換し)あって、 貪ったり、惜しんではならない。 言葉と、顔色とは、 常に、和やかにして、 背きあってはならない。 |
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或時心諍有所恚怒。今世恨意微相憎嫉。後世轉劇至成大怨 |
或は時に、心に諍いて、恚怒(いぬ、怒る)する所有れば、今世の恨意(こんい、恨みの気持ち)微かに相い憎嫉するも、後世には転(うたた、どんどん)劇(はげ)しく、大怨と成るに至る。 |
或は、時に、 心で諍い、怒りを懐けば、 今世の恨みは、 微かに、憎み嫉みあっているのであっても、 後世には、どんどん 劇(はげ)しくなって、ひどく怨むことになってしまう。 |
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所以者何。世間之事更相患害。雖不即時應急相破。然含毒畜怒結憤精神。自然剋識不得相離。皆當對生更相報復 |
所以は何んとなれば、世間の事は、更(こもご)も、相い患害(げんがい、傷つける)し、即時、応急に相い破らざるといえども、然るに毒を含み、怒を蓄え、憤りを精神(こころ)に結び、自然に識(しき、事物を分別する心の部分)に剋(きざ)みて、相い離るることを得ず、皆、まさに対生(たいしょう、二人が同時同所に生まれる)して、更も相い報復すべし。 |
何故ならば、 世間の事で、互いに 傷つけあえば、 その場、その時に、争いあわなくても、 毒を含み、怒を蓄え、 憤りを、心に結んで、 自然に、 意識の中に、刻み込まれて、 (敵どうしは)離れなくなり、皆 同時、同所に生まれて、 再び、報復しあうのである。
注:毒は、世間に流され、世間に蓄えられ、世間に害をなす。 一人の怒りは、世間の怒りとなる。 |
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人在世間愛欲之中。獨生獨死獨去獨來。當行至趣苦樂之地。身自當之無有代者 |
人は、世間の愛欲の中に在りて、独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来たり、行(ぎょう、行業)に当りて苦楽の地に至り趣き、身は自らこれに当りて、代わる者の有ること無し。 |
人は、 世間の愛欲の中に、在って、 独り生まれ、独り死に、 独り去り、独り来る、 善悪の行いにより、 苦楽の地に、趣くが、 自らの身が、趣くのであり、 誰も、 代ってはくれない。 |
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善惡變化殃福異處。宿豫嚴待當獨趣入 |
善悪は変じて殃福(おうふく、罪福)の異処と化し、宿は予(あらかじ)め厳かに待てば、まさに独り趣き入るべし。 |
善悪は、 罪福に、変化して、 趣く処が、 異なるのであり、 宿は、すでに 厳正に、用意されているので、 そこには、 独りで、入らなくてはならない。 |
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遠到他所莫能見者。善惡自然追行所生。窈窈冥冥別離久長。道路不同會見無期。甚難甚難復得相值 |
遠く他所に到れども、よく見る者なし。 善悪は自然に追うて生まるる所に行き、窈窈(ようよう、かすか)冥冥(みょうみょう、暗い)として別離すること久長(くちょう、長い時間)なり。 道路は同じからざれば合い見るに期(ご、期限)無し。 また相い値うことを得ること甚だ難く甚だ難し。 |
遠く、他所に到るのであるが、 何処に往くのか、分る者はない、しかし 善悪の行いは、 自然に、後を追って、 生所に、行くのである、 かすかで、暗い道を行き、 (親しい者と)別離して、長い時間が経つが、 皆、道路(どうろ、行く道)が、同じではないので、 再び、出会い、見ることは、期待できない、 再び、出会うことは、 甚だ難く、甚だ難いのである。 |
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何不棄眾事 |
何ぞ衆事を棄てざる。 |
何故、 不急の衆事を棄てないのか。 |
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各曼強健時。努力勤修善。精進願度世。可得極長生 |
各、強健の時に遇えば、努力し勤めて善を修め、精進して世を度(わた、渡る)ることを願い、極めて長き生を得べし。 |
各、強健の時に遇えば、 努力して、勤めて善を修め、 精進して、世を渡ることを、願い、 極めて長い生を、得なくてはならない。
注:極めて長い生は、極楽に往生することをいう。 注:曼は他本に従い遇に改める。 |
三毒、その三、愚癡の毒
如何不求道。安所須待欲何樂乎 |
如何(いかん)が道を求めざる。 いづくにか須待(ま)つ所ありて、何の楽しみをか欲する。 |
何故、 道を求めないのか、 何を期待して、 何の楽しみを、 欲するのか。 |
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如是世人。不信作善得善為道得道。不信人死更生惠施得福。善惡之事都不信之。謂之不然終無有是 |
かくの如きの世人は、善を作して善を得、道を為して道を得ることを信ぜず。人死せば更に生じ、恵み施して福を得ることを信ぜず。善悪の事は、すべてこれを信ぜずして、これを然らずと謂い、終(つい)に、これ有ること無し。 |
このような、 世の人は、 善を作して、善を得る、 道を為して、道を得ることを 信じない、 人が死ねば、再び生まれ、 恵み施せば、福を得ることを 信じない、 善悪の事は、すべて信じずに、 これを、『そうではない』と言い、 ついに、 善を行って、道を得ることをしない。 |
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但坐此故且自見之。更相瞻視先後同然。轉相承受父餘教令 |
ただ、ここに坐すが故に、且(しばら、なんとなく)く自らこれを見て、更(こもご)も相い瞻視(せんし、見習う)す。 先後も同じく然り。 転た相い父の余(のこ)せし教令(きょうりょう、教え)を承受(しょうじゅ、受ける)す。 |
ただ空しく、その考えを守って、変えないが故に、何となく、 自ら、確信し、人も、それを見習い、 先の者を、後の者が、また見習い、 どんどん転がりながら、 父の教えを、子が受けつぐ。 |
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先人祖父素不為善不識道德。身愚神闇心塞意閉。死生之趣善惡之道。自不能見無有語者。吉凶禍福競各作之。無一怪也 |
先人、祖父、もとより善を為さず、道の徳を識らざれば、身は愚かに神(じん、精神)は闇く、心は塞がり意は閉ざす。 死生の趣(みち)、善悪の道は、自ずから見ること能わずして、語る者も有ること無し。 吉凶禍福は競いて、各これを作せども、一として怪しむこと無し。 |
先人も、祖父も、もとより 善を、行わず、 道の徳(道のもたらす効果)を、識らないのであるから、 (後の人は、) 精神は、暗く(智慧は無く)、 心は、塞がり(他の意見を受け入れず)、 意は、閉ざしている(見解を変えようとしない)。 生死の道、善悪の道を、 自ら、見ることができないので、 (善悪、生死の正道を、)語る者も無く、 吉凶、禍福が、 その身に、競って、襲いかかっても、 それを、(自らが道を行わないことに由るとは、)一つとして疑わない。 |
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生死常道轉相嗣立 |
生死の常道は、転た相い嗣(つ)ぎて立つ。 |
生死は、常の道となり、 次から次にと、立て続く。 |
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或父哭子或子哭父。兄弟夫婦更相哭泣。顛倒上下無常根本。皆當過去不可常保 |
或は父は子を哭(なげ)き、或は子は父を哭き、兄弟、夫婦、更も相い哭泣(こくきゅう、なげく)す。 上下を顛倒するは、無常の根本なり。 皆、まさに過ぎ去るべく、常に保つべからず。 |
或は、父が、子を亡って、哭(なげ)き、 或は、子が、父を亡って、哭く、 兄弟、夫婦も、たがいに哭きあうのである。 上下が顛倒する(若い者が先に死ぬ)ことは、無常の根本である、 皆、過ぎ去ってしまい、 常に、保つことはできない。 |
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教語開導信之者少。是以生死流轉無有休止 |
教え語りて、開き導けども、これを信ずる者は少なし。 これを以って、生死に流転して休止有ること無し。 |
語って教え、 道を開いて導いても、 これを信じる者は少ない。 この故に、 生死に流転し、休むことが無いのである。 |
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如此之人。曚冥抵突不信經法。心無遠慮各欲快意 |
かくの如きの人は、曚冥(もうみょう、ぼんやりと闇い)し抵突(たいとつ、ぶつかる)して、経法を信ぜず。 心に遠き慮(おもんぱかり)無くて、各、意を快くせんと欲す。 |
このような人は、 暗闇で、ぶつかり合いながらも、 経法を、信じず、 心に、遠くを慮ることが無いので、 各々、快楽のみを欲する。 |
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癡惑於愛欲。不達於道德。迷沒於瞋怒。貪狼於財色 |
癡(おろ)かにも愛欲に惑いて、道の徳に達せず。 迷いて瞋怒に没し、財色に貪狼(ろんろう、欲深く貪る)す。 |
愚かにも、愛欲に惑い、 道の徳に、達せず、 怒りの泥沼に、迷没し、 財欲と色欲とを、 欲深く貪っている。 |
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坐之不得道。當更惡趣苦。生死無窮已。哀哉甚可傷 |
ここに坐して、道を得ざれば、まさに悪趣の苦しみを更(あらた)にして、 生死は窮まり已(や)むこと無かるべし。 哀れなるかな、甚だ傷(いた)むべし。 |
このまま、 道を得なければ、 必ず、 悪趣(あくしゅ、地獄、餓鬼、畜生の三悪道)の苦しみを、再び、味わい、 生死に流転して、尽きることがないだろう。 哀れなるかな、 甚だ、傷ましいことである。 |
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或時室家父子兄弟夫婦。一死一生更相哀愍。恩愛思慕憂念結縛。心意痛著迭相顧戀。窮日卒歲無有解已 |
或は時に、室家(しつけ、いえ)の父子、兄弟、夫婦が、一り死に一り生まれ、更に相い哀愍(あいみん、嘆き悲しむ)し、恩愛(おんない、いつくしむ)し、思慕して、憂いの念に結縛(けつばく、苦に結びつける)す。心意は痛く著して、迭(たがい)に相い顧恋(これん、恋い慕う)し、日を窮め歳を卒(お、終)うれども解け已むことの有ること無し。 |
或は、時に、 家中の、親子、兄弟、夫婦の、 一人は死に、 一人は生きれば、更に 嘆き、悲しみ、 慈しみ、慕って、 憂いの念を、 心に、結び、 苦に、縛りつける、 心の思いは、 痛切に著(じゃく)して(死者から離れず)、 思い出しては、 恋い慕い、 年月を経ても、 苦しみから 解かれることがない。 |
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教語道德心不開明。思想恩好不離情欲 |
道の徳を教え語れども、心は開明せず、恩好(おんこう、いつくしみ)を思想(しそう、思い巡らす)して、情欲を離れず。 |
道の徳を、教え語っても、 心は、開き明るくならない、 慈しんだ過去に、思いを巡らせて、 情欲が、離れない。 |
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惛曚閉塞愚惑所覆。不能深思熟計心自端政專精行道決斷世事 |
惛矇(こんもう、闇い)し、閉塞して、愚惑に覆われ、深く思い、熟(つぶさ)に計って、心自ずから端政(たんじょう、端正)に専精(せんしょう、もっぱら)に道を行い、世事を決断すること能わず。 |
暗く、塞がったままの心は、 愚かさと、惑いとに、覆われて、 深く、思うことも、 隅々まで、考えることも、 心が、自ら正しくなることも、 専ら、道を行うことも、 世事を、捨て去ることも できないのである。 |
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便旋至竟年壽終盡不能得道。無可奈何 |
便旋(べんせん、うろつく)して竟(おわり)に至り、年寿終(つい)に尽くれども道を得ること能わず。 奈何(いかん)ともすべきこと無し。 |
あてどなくさまよって、 年月が経ち、 寿命が尽きようとしても、 道を得ることができず、 何ともしようがないのである。 |
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總猥憒擾皆貪愛欲。惑道者眾。悟之者寡 |
猥(みだり)に憒憂(けう、心が乱れ憂う)を総(あつ)むれば、皆、愛欲を貪り、道に惑う者は衆(おお)く、これを悟る者は寡(すくな)し。 |
みだりに、 心が乱れることばかりを、集めるので、 皆、愛欲を貪り、 道に惑う者は、多く、 道を悟る者は、少ない。 |
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世間匆匆。無可聊賴 |
世間は匆匆(そうそう、慌ただしい)として、聊賴(りょうらい、頼りにする)すべきもの無し。 |
世間は、 慌ただしく、 頼る者も無い。 |
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尊卑上下貧富貴賤。勤苦匆務各懷殺毒。惡氣窈冥為妄興事。違逆天地不從人心 |
尊卑、上下、貧富、貴賎、勤苦(ごんく、ほねおり苦しむ)し、匆務(そうむ、慌ただしく務める)して、各、殺毒(せつどく、心の毒、瞋り)を懐き、悪氣(あくけ、悪意)は窈冥(ようみょう、薄暗い)として、為に妄りに事を興し、天地に違逆して人心に従わず。 |
尊い者も、卑しい者も、 上位の者も、下位の者も、 貧しい者も、富んだ者も、 貴い者も、賎しい者も、 勤苦(ごんく、苦労)しながら、 慌ただしく務めている、 その故に、各々、 殺毒(せつどく、殺生する毒、心中の瞋り)を、懐き、 悪意は、心の中に暗くわだかまって、 みだりに、事を起し、 天地に、逆らい、 人心に、従わない。 |
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自然非惡先隨與之。恣聽所為待其罪極 |
自然の悪ならざるものも、先づ、随いてこれに与(くみ)し、恣(ほしいまま)に為す所を聴(ゆる)して、その罪の極まるを待つ。 |
自然に、 悪人でない者までが、 率先して、この 悪人に随い、仲間になり、 心の欲するままに、何でも行い、 そして、その 罪が極まるのを、待つのである。 |
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其壽未盡便頓奪之下入惡道。累世懟苦展轉其中。數千億劫無有出期。痛不可言甚可哀愍 |
その寿、未だ尽きざれども、便ち頓(とみ)に、これを奪いて、悪道に下(くだ)し入れて、世を累ねて苦を懟(うら)み、その中に展転して、数千億劫にも、出づる期の有ること無し。 痛ましいこと言うべからず、甚だ哀愍すべし。 |
その寿命が、未だ尽きていなくても、突然、 命を奪われて 悪道に、落ち入り、 世世に、苦を怨むことになり、 数千億劫の間、その中を展転として、 出ることは、まったく 期待できない。 痛ましいかな、言うべき言葉も無い、 甚だ、哀れむべきことである。 |
生死を厭うて、安楽国を願え
佛告彌勒菩薩諸天人等。我今語汝世間之事。人用是故坐不得道。當熟思計遠離眾惡。擇其善者勤而行之 |
仏、弥勒菩薩と諸の天人等に告げたまわく、『我、今、汝に世間の事を語らん。 人、これを用いるが故に、坐して道を得ず。 まさに熟(つぶさ)に思い計らって衆の悪を遠離し、その善なる者を択び、勤めてこれを行うべし。 |
仏は、弥勒菩薩と諸の天人等に教えられた、―― 私は、今、お前たちに 世間の事を語ろう。 人は、これを用いるが故に、 何もせずに、道を得ないのである、 よく熟考して、 衆の悪を遠ざけて、離れ、 その善なる者を択び、勤めて 行わなければならない。 |
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愛欲榮華不可常保。皆當別離無可樂者。曼佛在世當勤精進 |
愛欲、栄華は、常に保つべからず。 皆、まさに別離すべく、楽しむべき者無し。 仏の在世に遇わば、まさに勤めて精進すべし。 |
愛欲と栄華とは、 常に保つことはできない、 皆、別離するのであり、 楽しむに値するものも無い、 仏の在世に、遇うたならば、 必ず、勤めて精進しなければならない。
注:曼は他本に従って遇と改める。 |
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其有至願生安樂國者。可得智慧明達功德殊勝。勿得隨心所欲。虧負經戒在人後也 |
それ、安楽国に生まれんと願うに至ること有らば、智慧明達し功徳の殊勝なるを得べし。 心の欲する所に随うを得て、経戒を虧負(きふ、背く)して人の後に在るを得ることなかれ。 |
もし、心から 安楽国に生まれようと願うに至ったならば、 智慧の明らかに達したものと、 功徳(くどく、衆生を救う力)の殊に勝れたものとを、 必ず、得るだろう。 心の欲するままにして、 経と戒とに背き、 人の後に在るようであってはならない。 |
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儻有疑意不解經者。可具問佛當為說之 |
儻(も)し疑いの意有りて経を解せざれば、具(つぶさ)に仏に問うべし。 まさに為にこれを説くべし。』と。 |
もし、 疑いの心が、有って、 経を、解せないならば、 具(つぶさ)に、仏に問え、 必ず、この人の為に、 説こう。 |
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彌勒菩薩長跪白言。佛威神尊重。所說快善。聽佛經者貫心思之。世人實爾如佛所言 |
弥勒菩薩、長跪(ちょうき、両肘両膝を地に着ける)して白して言さく、『仏の威神は尊重にして、説く所は快善(かいぜん、痛快にして立派)なり。 仏の経を聴く者、心を貫いてこれを思うに、世人は実に爾(しか)り、仏の言わるる所の如し。 |
弥勒菩薩は、長跪(ちょうき、両肘両膝を地に着ける)して、申した、 『仏の 威神(いじん、威厳と神力)は、尊くも重みがあり、 所説は、痛快で見事でございます。 仏の経を聴けば、心を貫きます。 そして、これを思いますに、 世の人は、実にそうであり、 仏の仰るとおりです。 |
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今佛慈愍顯示大道。耳目開明長得度脫。聞佛所說莫不歡喜。諸天人民蠕動之類。皆蒙慈恩解脫憂苦 |
今、仏、慈愍して大道を顕示したもうに、耳目開明なれば長く度脱(どだつ、済度解脱)を得ん。 仏の所説を聞いて歓喜せざるものなく、諸天、人民、蠕動(ねんどう、地をはってうごめく)の類、皆、慈恩を蒙りて憂苦を解脱せん。 |
今、仏は、哀れみを顕わして、 大道をお示しになりました、 耳が開き、目が明らかであれば、 永久に救われて、 苦の世界を脱することでしょう、 仏の所説を聞いて、 歓喜しないものはおりません、 諸天、人民、蠕動(ねんどう、地をはってうごめく)の類も、皆 慈恩を蒙って、 憂苦を解脱いたします。 |
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佛語教誡甚深甚善。智慧明見八方上下去來今事莫不究暢 |
仏、教誡を語りたまえるに、甚だ深く甚だ善なり。 智慧は明らかに八方上下去来今(こらいこん、過去未来現在)の事を見て、究暢(くちょう、究めて伸びやか)せざるものなし。 |
仏は、 教えと誡めとを、お語りになりましたが、 甚だ深く、甚だ善いものでございました。 仏の智慧は、 八方上下、過去未来現在の事を、明らかに見て、 究めて伸びやかでございます。 |
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今我眾等。所以蒙得度脫。皆佛前世求道之時謙苦所致。恩德普覆福祿巍巍。光明徹照達空無極 |
今、我が衆等、度脱を得ることを蒙る所以(ゆえ)は、皆、仏の前世の道を求めたまえる時に謙苦(けんく、謙譲勤苦)の致す所にして、恩徳は普く覆い福録(ふくろく、福徳)は巍巍たり。 光明は徹照して空に達すること極まり無し。 |
今、我等、衆の者が、 度脱(どだつ、導かれ苦を脱する)を蒙る所以(ゆえ)は、皆 仏が、前世に 道を求めて、 苦を耐え抜かれたからでございます、 その 恩(おん、いつくしみ)と徳(とく、衆生を救う力)とは、 普く、一切の衆生を、覆い、 福(ふく、善の果報)と禄(ろく、福と同じ)とは、 巍巍(ぎぎ、山のように高大なさま)としており、 光明は、 徹(つらぬ)き照らして、 空に達し、 極まりがございません。 |
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開入泥洹。教授典攬威制消化。感動十方無窮無極 |
泥洹(ないおん、涅槃)に入る(道)を開き、(経戒を)教授し、典攬(てんらん、典籍を集める)し、(邪見を)威制(いせい、威をもって制す)し、消化(しょうけ、化導)し、十方を感動せしめて窮まり無く、極まり無し。 |
泥洹(ないおん、涅槃)に入る道を、開いて、 教戒を、教授し、 諸経を、典攬(てんらん、典籍を集める)し、 邪見を、威制(いせい、威をもって制す)し、 衆生を、消化(しょうけ、苦を消して楽に化す)して、 十方の世界を感動させ、 極まりがございません。 |
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佛為法王尊超眾聖。普為一切天人之師。隨心所願皆令得道。今得值佛。復聞無量壽聲。靡不歡喜。心得開明 |
仏は法王たりて、尊きこと衆聖を超え、普く一切の天人の師と為り、心に願う所に随うて、皆、道を得せしむ。 今仏に値うことを得て、また無量寿の声を聞き、歓喜せざるものなく、心に開明を得たり。』と。 |
仏は、 法王として、 尊さは、衆(あまた)の聖を超え、 普く、一切の天人の師と為り、 心の願いのままに、 皆に、道を得させられます。 今、仏に値うことができ、 また、無量寿の声を聞いて、 歓喜しない者は無く、 心が開け、明らかになりました』と。 |
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佛告彌勒。汝言是也。若有慈敬於佛者。實為大善 |
仏、弥勒に告げたまわく、『汝が言は是(ぜ)なり。 もし仏に於いて慈しみ敬う者あらば、実に大善と為す。 |
仏は、弥勒に教えられた、―― お前の言葉は正しい。 もし、ある者が、 仏を、慈しみ敬えば、 実に、大善人である。 |
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天下久久乃復有佛 |
天下は久久(くく)として、乃ちまた仏有り。 |
天下には 長時間の後に、ようやく 仏が、現れた。 |
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今我於此世作佛。演說經法宣布道教。斷諸疑網。拔愛欲之本。杜眾惡之源 |
今、我、この世に於いて仏と作り、経法を演説して道の教えを宣べ布き、諸の疑いの網を断じて、愛欲の本を抜き、衆悪の源を杜(と)ぢたり。 |
今、私は、この世に於いて、 仏と作り、 経法を、演説して、 道の教えを、宣べ布き、 疑いの網を、断裂し、 愛欲の根本を、抜いて、 衆の悪の根源を、閉ざした。 |
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遊步三界無所拘閡。典攬智慧眾道之要。執持綱維昭然分明。開示五趣度未度者。決正生死泥洹之道 |
遊んで三界を歩き、拘礙(くげ、妨げる)する所無く、典攬せし智慧は、衆の道の要なり、綱維(こうゆい、大綱)を執持すれば昭然(しょうねん、明らか)として分明(ふんみょう、明らか)なり。五趣を開示して未だ度せざる者を度し、生死と泥洹の道とを決め正せり。 |
三界を、遊び歩いて、 妨げる者も無く、 集めた、智慧は、 衆の道の要であり、 綱維(こうゆい、法要を繋ぐ大綱)を、執持(しゅうじ、手に取る)すれば、 道理は明らかであり、 五趣(ごしゅ、地獄、餓鬼、畜生、人間、天上)を開き示して、 未だ、度(ど、救い導く)していない者を度し、 生死と、泥洹の道とを、決断して正した。 |
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彌勒當知。汝從無數劫來修菩薩行。欲度眾生其已久遠。從汝得道至于泥洹。不可稱數 |
弥勒、まさに知るべし、汝は、無数劫より来(このかた)、菩薩の行を修めて、衆生を度せんと欲して、それすでに久しく遠し。 汝に従って道を得、泥洹に至れる者は称(はか)り数(かぞ)うるべからず。 |
弥勒、知るがよい、―― お前は、 無数劫の昔よりこのかた、 菩薩の行を修めて、 衆生を度すことを欲して、すでに、 久遠(くおん、ほぼ永遠)の時間が過ぎ、 お前によって 道を得て、 泥洹に至った者は、無数である。 |
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汝及十方諸天人民一切四眾。永劫已來展轉五道。憂畏勤苦不可具言。乃至今世生死不絕。與佛相值聽受經法。又復得聞無量壽佛。快哉甚善吾助爾喜 |
汝、および十方の諸天、人民、一切の四衆(ししゅ、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)、永劫よりこのかた、五道を展転して、憂い畏れて勤苦(ごんく、勤労)すること具には言うべからず、乃ち今世に至るまで生死絶えず。仏と相い値うて、経法を聴受し、またまた無量寿仏を聞くを得る。 快きかな、甚だ善し。 吾、爾(なんじ)を助けて喜ばせん。 |
お前、および 十方の諸天、人民、 一切の四衆(ししゅ、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)は、 永劫(ようごう、永遠の昔)よりこのかた、 五道(ごどう、地獄、餓鬼、畜生、人間、天人)を展転とし、 憂い畏れ、勤苦(ごんく、勤労)し、 具に言うことはできないが、 ようやく、今世に至り、 それでも、なお 生死を、絶つことができなかった、しかし 今、やっと 仏に、値うことができて、 経法を、聴受し、 その上、 無量寿仏を聞くことができたのである。 快いかな、甚だ善(ぜん、立派)である、 私は、今、 お前を、助けて、 喜ばせよう。 |
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汝今亦可自厭生死老病痛苦惡露不淨無可樂者。宜自決斷端身正行益作諸善。修己潔體洗除心垢。言行忠信表裏相應 |
汝は、今また、自ら生死老病の痛苦、悪露(あくろ、悪が露出する)不浄にして楽しむべき者の無きを厭うべし。 宜しく自ら決断して、身を端(ただ)し行いを正して、益(ますます)諸の善を作し、己を修め体を潔くして、心の垢を洗い除き、言行忠信にして表裏相応すべし。 |
お前は、今、また自らも 生死、老病の痛苦、 悪が露出して、 不浄であり、 楽しむべき者の無いものを、 厭い、 宜しく自ら 不浄を決断して、身を端(ただ)し、 行いを正して、ますます諸の善を作し、 己を修(おさ、善によって身を飾る)めて、体を潔め、 心の垢を洗い除いて、 言(げん、言葉)と行(ぎょう、行い)と、 忠(ちゅう、心に偽りが無い)と信(しん、言葉に偽りが無い)と、 表裏を、相応させよ。 |
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人能自度轉相拯濟。精明求願積累善本 |
人、よく自ら度して転(うた)た相い拯済(じょうさい、救う)し、精(もっぱ)ら明らめ求め願うて善本を積み累ねよ。 |
人は、 自らを度(ど、救う)すことから始めて、 だんだん、互いに救いあうことができる、 ひたすら、 道理を明らめ、 (安楽国を)求め願うて、 善本(ぜんぽん、善の根本)を積み累ねよ。
注:前に『安楽国に生まれんと願うに至る』とあり、後には『無量寿国に生まれて』とある。 |
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雖一世勤苦須臾之間。後生無量壽佛國快樂無極 |
一世に勤苦(ごんく、勤労)すといえども、須臾(しゅゆ、暫く)の間なり、後に無量寿国に生まるれば快楽は極まり無し。 |
一世の間、 勤苦(ごんく、懸命に勤める)するとしても、 須臾(しゅゆ、僅かの時間)の間のことである、 後世は、 無量寿国に生まれて、 快楽は極まり無い。 |
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長與道德合明。永拔生死根本。無復貪恚愚癡苦惱之患。欲壽一劫百劫千億萬劫。自在隨意皆可得之。無為自然。次於泥洹之道 |
長く道の徳と合して明らかに、永く生死の根本を抜いて、また貪恚愚癡の苦悩の患い無く、寿は一劫、百劫、千億万劫ならんと欲せば、自在に意の随(まま)に皆、これを得べし。 無為は自然にして泥洹の道に次ぐ。 |
長く、道の徳(修行で得た力)と合して、 智慧は明らかになり、 永く、生死の根本を抜いて、 貪欲、瞋恚、愚癡の苦悩の患いに還ることは無く、 長い寿命を欲するならば、 一劫でも、百劫でも、千億万劫でも、 自在に、意のままに、皆、 得ることができる。 無為(むい、人の妄想によらない事物)は自然であり、 泥洹の道に次ぐのである。 |
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汝等宜各精進求心所願。無得疑惑中悔自為過咎。生彼邊地七寶宮殿。五百歲中受諸厄也 |
汝等、宜しく各、精進して心に願う所を求むべし。 疑惑を得て中悔(ちゅうけ、途中で悔い止まる)し、自ら過咎(かく、過失)を為し、彼の辺地の七宝の宮殿に生まれて、五百歳の中に諸の厄を受くること無かれ。』と。 |
お前たちは、 宜しく、各、精進して、 心に願う所を、求めよ、 疑惑して、 途中で悔い止まり、 自らの過失により、 彼(か、安楽国)の辺地の、 七宝の宮殿に生まれ、 五百歳の間、 諸の厄難を受けないように。
注:疑惑して安楽国に往生する者は、五百歳の間、辺地の七宝の宮殿に於いて、仏、および諸菩薩に会い、法を聞くことがない。 後にこの経に於いて具に明かされる。 |
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彌勒白佛。受佛重誨。專精修學。如教奉行不敢有疑 |
弥勒、仏に白さく、『仏の重ねての誨(おし)えを受け、専精に学を修め、教えの如くに奉って行い、敢て疑うこと有らじ。』と。 |
弥勒は仏に申した、 『仏の重ねての誨(おしえ)を、受け、 もっぱら、学を修め、 教えのとおりに、行い、 敢て、疑うことはいたしません。』と。 |
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