巻第六十七(下)
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大智度論釋歎信行品第四十五之餘
 龍樹菩薩造
 後秦龜茲國三藏法師鳩摩羅什奉 詔譯


【經】般若波羅蜜は南、西、北方至る

【經】舍利弗。是深般若波羅蜜佛般涅槃後。當至南方國土。是中比丘比丘尼優婆塞優婆夷。當書是深般若波羅蜜。當受持讀誦思惟說正憶念修行。以是善根因緣故。終不墮惡道中。受天上人中樂。增益六波羅蜜。供養恭敬尊重讚歎諸佛。漸以聲聞辟支佛佛乘而得涅槃。 舎利弗、是の深般若波羅蜜は、仏の般涅槃の後、当に南方の国土に至るべし。是の中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷は、当に是の深般若波羅蜜を書くべく、当に受持、読誦、思惟して説き、正憶念して修行し、是の善根の因縁を以っての故に、終に悪道中に墮ちず、天上、人中の楽を受けて、六波羅蜜を増益し、諸仏を供養、恭敬、尊重、讃歎し、漸く声聞、辟支仏、仏乗を以って、涅槃を得べし。
舎利弗!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
『仏の般涅槃の後』には、
『南方の国土』に、
『至るだろう!』。
是の中の、
『比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷』は、
是の、
『深い般若波羅蜜を書いて!』、
『受持、読誦、思惟、解説しながら!』、
『正しく憶念して!』、
『修行すれば!』、
是の、
『善根の因縁』の故に、
終に、
『悪道中に堕ちることなく!』、
『天上、人中の楽を受けながら!』、
『六波羅蜜』を、
『増益し!』、
『諸仏を供養、恭敬しながら!』、
『尊重し!』、
『讃歎して!』、
漸く( gradually )、
『声聞、辟支仏、仏の乗を用いて!』、
『涅槃』を、
『得るだろう!』。
  参考:『大般若経巻302』:『爾時舍利子白佛言。世尊。甚深般若波羅蜜多。佛滅度後何方興盛。佛言。舍利子。甚深般若波羅蜜多。我滅度後至東南方當漸興盛。彼方當有住菩薩乘苾芻苾芻尼鄔波索迦鄔波斯迦國王大臣長者居士。能於如是甚深般若波羅蜜多。深生信解書寫受持讀誦修習思惟廣說。復以種種上妙華鬘塗散等香衣服瓔珞寶幢幡蓋伎樂燈明。供養恭敬尊重讚歎如是般若波羅蜜多。彼由如是勝善根故。畢竟不墮諸嶮惡趣。常生天人中受富貴妙樂。由斯勢力增益六種波羅蜜多令速圓滿。因此復能供養恭敬尊重讚歎諸佛世尊。後隨所應依三乘法。漸次修習而趣出離。舍利子。甚深般若波羅蜜多。我滅度後從東南方轉至南方。漸當興盛。彼方當有住菩薩乘苾芻苾芻尼鄔波索迦鄔波斯迦國王大臣長者居士。能於如是甚深般若波羅蜜多。深生信解書寫受持讀誦修習思惟廣說。復以種種上妙華鬘塗散等香衣服瓔珞寶幢幡蓋伎樂燈明。供養恭敬尊重讚歎如是般若波羅蜜多。彼由如是勝善根故。畢竟不墮諸嶮惡趣。常生天人中受富貴妙樂。由斯勢力增益六種波羅蜜多令速圓滿。因此復能供養恭敬尊重讚歎諸佛世尊。後隨所應依三乘法。漸次修習而趣出離』
舍利弗。是深般若波羅蜜從南方當轉至西方。所在處是中比丘比丘尼優婆塞優婆夷。當書是深般若波羅蜜。當受持讀誦思惟說正憶念修行。以是善根因緣故。終不墮惡道中。受天上人中樂。增益六波羅蜜。供養恭敬尊重讚歎諸佛。漸以聲聞辟支佛佛乘而得涅槃。 舎利弗、是の深般若波羅蜜は、南方より当に転じて、西方に至るべし。所在の処に、是の中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷は、当に是の深般若波羅蜜を書くべく、当に受持、読誦、思惟して説き、正憶念して修行し、是の善根の因縁を以っての故に、終に悪道中に墮ちず、天上、人中の楽を受けて、六波羅蜜を増益し、諸仏を供養、恭敬、尊重、讃歎し、漸く声聞、辟支仏、仏乗を以って、涅槃を得べし。
舎利弗!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
『南方より転じて!』、
『西方の国土』に、
『至るだろう!』。
是の、
『深い般若波羅蜜の所在の処』に於いて 、
是の中の、
『比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷』は、
是の、
『深い般若波羅蜜を書いて!』、
『受持、読誦、思惟、解説しながら!』、
『正しく憶念して!』、
『修行すれば!』、
是の、
『善根の因縁』の故に、
終に、
『悪道中に堕ちることなく!』、
『天上、人中の楽を受けながら!』、
『六波羅蜜』を、
『増益し!』、
『諸仏を供養、恭敬しながら!』、
『尊重し!』、
『讃歎して!』、
漸く、
『声聞、辟支仏、仏の乗を用いて!』、
『涅槃』を、
『得るだろう!』。
舍利弗。是深般若波羅蜜從西方當轉至北方。所在處是中比丘比丘尼優婆塞優婆夷。當書是深般若波羅蜜。當受持讀誦思惟說正憶念修行。以是善根因緣故。終不墮惡道中。受天上人中樂增益六波羅蜜。供養恭敬尊重讚歎諸佛。漸以聲聞辟支佛佛乘而得涅槃。 舎利弗、是の深般若波羅蜜は、西方より当に転じて、北方に至るべし。所在の処に、是の中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷は、当に是の深般若波羅蜜を書くべく、当に受持、読誦、思惟して説き、正憶念して修行し、是の善根の因縁を以っての故に、終に悪道中に墮ちず、天上、人中の楽を受けて、六波羅蜜を増益し、諸仏を供養、恭敬、尊重、讃歎し、漸く声聞、辟支仏、仏乗を以って、涅槃を得べし。
舎利弗!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
『西方より転じて!』、
『北方の国土』に、
『至るだろう!』。
是の、
『深い般若波羅蜜の所在の処』に於いて 、
是の中の、
『比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷』は、
是の、
『深い般若波羅蜜を書いて!』、
『受持、読誦、思惟、解説しながら!』、
『正しく憶念して!』、
『修行すれば!』、
是の、
『善根の因縁』の故に、
終に、
『悪道中に堕ちることなく!』、
『天上、人中の楽を受けながら!』、
『六波羅蜜』を、
『増益し!』、
『諸仏を供養、恭敬しながら!』、
『尊重し!』、
『讃歎して!』、
漸く、
『声聞、辟支仏、仏の乗を用いて!』、
『涅槃』を、
『得るだろう!』。
舍利弗。是深般若波羅蜜是時北方當作佛事。何以故。舍利弗。我法盛時無有滅相。 舎利弗、是の深般若波羅蜜は、是の時、北方にて、当に仏事を作すべし。何を以っての故に、舎利弗、我が法は盛時に、滅相有ること無ければなり。
舎利弗!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
是の時、
『北方』で、
『仏事(the work of Buddha )』を、
『作すだろう!』。
何故ならば、
舎利弗!
わたしの、
『法の盛んな!』時に、
『滅相』は、
『無いからである!』。
  参考:『大般若経巻302』:『舍利子。甚深般若波羅蜜多。我滅度後復從北方至東北方當漸興盛。彼方當有住菩薩乘苾芻苾芻尼鄔波索迦鄔波斯迦國王大臣長者居士。能於如是甚深般若波羅蜜多。深生信解書寫受持讀誦修習思惟廣說。復以種種上妙華鬘塗散等香衣服瓔珞寶幢幡蓋伎樂燈明。供養恭敬尊重讚歎如是般若波羅蜜多。彼由如是勝善根故。畢竟不墮諸嶮惡趣。常生天人中受富貴妙樂。由斯勢力增益六種波羅蜜多令速圓滿。因此復能供養恭敬尊重讚歎諸佛世尊。後隨所應依三乘法。漸次修習而趣出離。舍利子。我滅度已後時後分後五百歲。甚深般若波羅蜜多。於東北方大作佛事。何以故。舍利子。一切如來應正等覺所尊重法。即是般若波羅蜜多。如是般若波羅蜜多一切如來應正等覺共所護念。舍利子。非佛所得法毘奈耶無上正法有滅沒相。諸佛所得法毘奈耶無上正法。即是般若波羅蜜多。舍利子。彼東北方諸善男子善女人等。若能於此甚深般若波羅蜜多。信解受持讀誦修習思惟廣說。我常護念是善男子善女人等令無惱害。舍利子。彼東北方諸善男子善女人等。若能書寫甚深般若波羅蜜多。復以種種上妙華鬘塗散等香衣服瓔珞寶幢幡蓋伎樂燈明。供養恭敬尊重讚歎甚深般若波羅蜜多。我定說彼諸善男子善女人等。由此善根畢竟不墮諸嶮惡趣。生天人中常受妙樂。由斯勢力增益六種波羅蜜多。因此復能供養恭敬尊重讚歎諸佛世尊。後隨所應依三乘法。漸次修習而般涅槃。何以故。舍利子。我以佛眼觀見證知。稱譽讚歎是善男子善女人等所獲功德東西南北四維上下無量無數無邊世界一切如來應正等覺安隱住持現說法者。亦以佛眼觀見證知。稱譽讚歎是善男子善女人等所獲功德。爾時舍利子白佛言。世尊。甚深般若波羅蜜多。佛滅度已後時後分後五百歲。於東北方廣流布耶。佛言。舍利子。如是如是。甚深般若波羅蜜多。我滅度已後時後分後五百歲。於東北方當廣流布。舍利子。我滅度已後時後分後五百歲。彼東北方諸善男子善女人等。若得聞此甚深般若波羅蜜多。深生信解書寫受持讀誦修習思惟廣說。當知彼善男子善女人等久發無上正等覺心。久修菩薩摩訶薩行。多供養諸佛多事諸善友。所種善根皆已成熟。由斯福力得聞如是甚深般若波羅蜜多深生信解。復能書寫受持讀誦修習思惟為他廣說。時舍利子復白佛言。世尊。佛滅度已後時後分後五百歲。於東北方當有幾許住菩薩乘諸善男子善女人等。得聞如是甚深般若波羅蜜多深生信解。復能書寫受持讀誦修習思惟為他廣說。佛言。舍利子。我滅度已後時後分後五百歲。於東北方雖有無量住菩薩乘諸善男子善女人等而少得聞甚深般若波羅蜜多。深生信解其心不驚不恐不怖亦無憂悔。復能書寫受持讀誦修習思惟為他廣說。舍利子。彼善男子善女人等聞此般若波羅蜜多。其心不驚不恐不怖亦無憂悔。深生信解書寫受持讀誦修習思惟廣說甚為希有。何以故。舍利子。是善男子善女人等。已曾親近供養恭敬尊重讚歎無量如來應正等覺及諸菩薩摩訶薩眾。請問如是甚深般若波羅蜜多相應義趣。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿布施波羅蜜多。不久定當圓滿淨戒安忍精進靜慮般若波羅蜜多。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿內空。不久定當圓滿外空內外空空空大空勝義空有為空無為空畢竟空無際空散空無變異空本性空自相空共相空一切法空不可得空無性空自性空無性自性空。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿真如。不久定當圓滿法界法性不虛妄性不變異性平等性離生性法定法住實際虛空界不思議界。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿苦聖諦。不久定當圓滿集滅道聖諦。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿四靜慮。不久定當圓滿四無量四無色定。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿八解脫。不久定當圓滿八勝處九次第定十遍處。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿四念住。不久定當圓滿四正斷四神足五根五力七等覺支八聖道支。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿空解脫門。不久定當圓滿無相無願解脫門。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿菩薩十地。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿五眼。不久定當圓滿六神通。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿佛十力。不久定當圓滿四無所畏四無礙解大慈大悲大喜大捨十八佛不共法。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿無忘失法。不久定當圓滿恒住捨性。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿一切智。不久定當圓滿道相智一切相智。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿一切陀羅尼門。不久定當圓滿一切三摩地門。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿一切菩薩摩訶薩行。舍利子。是善男子善女人等。不久定當圓滿阿耨多羅三藐三菩提。復次舍利子。彼善男子善女人等。一切如來所護念故。無量善友所攝受故。殊勝善根所住持故。為欲饒益多眾生故。求趣無上正等菩提。何以故。舍利子。我常為彼諸善男子善女人等。說一切智智相應之法。過去如來應正等覺亦常為彼諸善男子善女人等。說一切智智相應之法。由此因緣彼善男子善女人等。後生復能求趣無上正等菩提。亦能為他如應說法令趣無上正等菩提。舍利子。彼善男子善女人等。身心安定。諸惡魔王及彼眷屬。尚不能壞。求趣無上正等覺心。何況其餘樂行惡者。毀謗般若波羅蜜多。能沮其心不令求趣無上正覺。舍利子。如是大乘諸善男子善女人等。聞我說此甚深般若波羅蜜多。心得廣大妙法喜樂。亦能安立無量眾生於勝善法。令趣無上正等菩提。舍利子。是善男子善女人等。今於我前發弘誓願。我當安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。我於彼願深生隨喜。何以故。舍利子。我觀如是住菩薩乘諸善男子善女人等。所發弘願心語相應。彼善男子善女人等。於當來世定能安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。是善男子善女人等。亦於過去無量佛前發弘誓願。我當安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。過去諸佛亦於彼願深生隨喜。何以故。舍利子。過去諸佛亦觀如是住菩薩乘諸善男子善女人等。所發弘願心語相應。彼善男子善女人等。於當來世定能安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提乃至得受不退轉記。舍利子。是善男子善女人等信解廣大。能依妙色聲香味觸修廣大施。修此施已復能種殖廣大善根。因此善根復能攝受廣大果報。攝受如是廣大果報。專為利樂一切有情。於諸有情能捨內外一切所有。彼迴如是所種善根。願生他方諸佛國土現有如來應正等覺宣說如是甚深般若波羅蜜多無上法處。彼聞如是甚深般若波羅蜜多無上法已。復能安立彼佛土中無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提得不退轉』
舍利弗。我已念是善男子善女人受持是深般若波羅蜜乃至修行。亦念是善男子善女人。能書是般若波羅蜜。恭敬供養尊重讚歎。華香乃至幡蓋。 舎利弗、我れは已に、是の善男子、善女人の是の深般若波羅蜜を受持し、乃至修行するを念ぜり、亦た是の善男子、善女人の能く是の般若波羅蜜を書いて華香、乃至幡蓋もて恭敬し、供養し、尊重し、讃歎することを念ぜり。
舎利弗!
わたしは、
已に、こう念じた、――
是の、
『善男子、善女人』は、
是の、
『深い般若波羅蜜』を、
『受持し!』、
『乃至修行するだろう!』、と。
亦た、こう念じた、――
是の、
『善男子、善女人』は、
是の、
『般若波羅蜜を書くことができ!』、
『華香、乃至幢幡を用いて!』、
『恭敬、供養、尊重、讃歎するだろう!』、と。
舍利弗是善男子善女人以是善根因緣故。終不墮惡道中。受天上人中樂。增益六波羅蜜。供養恭敬尊重讚歎諸佛。漸以聲聞辟支佛佛乘而得涅槃。 舎利弗、是の善男子、善女人は、是の善根の因縁を以っての故に、終に悪道中に墮ちず、天上、人中の楽を受けて、六波羅蜜を増益し、諸仏を供養、恭敬、尊重、讃歎して、漸く声聞、辟支仏、仏の乗を以って、涅槃を得ん。
舎利弗!
是の、
『善男子、善女人』は、
是の、
『善根の因縁』の故に、
終に、
『悪道中に堕ちることなく!』、
『天上、人中の楽を受けながら!』、
『六波羅蜜』を、
『増益し!』、
『諸仏を供養、恭敬しながら!』、
『尊重し!』、
『讃歎して!』、
漸く、
『声聞、辟支仏、仏の乗を用いて!』、
『涅槃』を、
『得るだろう!』。
何以故。舍利弗。我以佛眼見是人。我亦稱譽讚歎十方世界中無量無邊阿僧祇諸佛。亦以佛眼見是人。亦稱譽讚歎 何を以っての故に、舎利弗、我れ仏眼を以って、是の人を見るに、我れも亦た称誉し、讃歎し、十方の世界中の無量、無辺阿僧祇の諸仏も亦た、仏眼を以って是の人を見るに、亦た称誉、讃歎すればなり。
何故ならば、
舎利弗!
わたしは、
『仏眼を用いて!』、
是の、
『人を見る!』と、
わたしは、
『称誉したり!』、
『讃歎するのである!』が、
『十方の世界中の無量、無辺、阿僧祇の諸仏』も、
『仏眼を用いて!』、
是の、
『人を見る!』と、
『称誉したり!』、
『讃歎したりするのである!』。
舍利弗白佛言。世尊。是深般若波羅蜜後時當在北方廣行耶。 舎利弗の仏に白して言さく、『世尊、是の深般若波羅蜜は、後時にも、当に北方に在りて、広く行ずべしや』、と。
『舎利弗』は、
『仏に白して!』、こう言った、――
世尊!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
後時に( on a later occasion )、
『北方に在って!』、
『広く行じられることになりますか?』、と。
  後時(ごじ):梵語 apareNa samayena の訳、後の機会に( with/by a later occasion )の義。
佛言。如是如是。舍利弗。是深般若波羅蜜後時在北方當廣行。舍利弗。後時於北方是善男子善女人。若聞是深般若波羅蜜。若書受持讀誦思惟說正憶念如說修行。當知是善男子善女人久發大乘心。多供養諸佛種諸善根。久與善知識相隨。 仏の言わく、『是の如し、是の如し、舎利弗、是の深般若波羅蜜は、後の時に、北方に在りて、当に広く行ずべし。舎利弗、後の時に、北方に於いて、是の善男子、善女人は、若し是の深般若波羅蜜を聞き、若しは書き、受持し、読誦し、思惟し、説き、正憶念し、如説に修行すれば、当に知るべし、是の善男子、善女人は、久しく大乗の心を発し、多く諸仏を供養して、諸の善根を種え、久しく善知識に相随えり』、と。
『仏』は、 こう言われた、――
その通りだ、その通りだ!
舎利弗!
是の、
『深い般若波羅蜜』は、
後時に、
『北方に在って!』、
『広く行じられることになる!』。
舎利弗!
『後時の北方』に於いて
是の、
『善男子、善女人』が、
若し、
是の、
『深い般若波羅蜜を聞いたり、書いたりして!』、
『受持、読誦、思惟、解説しながら!』、
『正して憶念し!』、
『如説に修行すれば!』、
当然、こう知らねばならぬ、――
是の、
『善男子、善女人』は、
『久しく、 大乗の心を発して!』、
多く、
『諸仏を供養しながら!』、
『諸の善根を種え!』、
久しく、
『善知識』に、
『相随ってきた( to had obeyed )!』、と。
  相随(そうずい):梵語 anuvidhaana の訳、命令に従って行動すること/従順( acting conformably to order, obedience )の義。
舍利弗白佛言。世尊。後時北方當有幾所善男子善女人求佛道書深般若波羅蜜乃至如說修行。 舎利弗の仏に白して言さく、『世尊、後の時、北方には、当に幾所の善男子、善女人有りてか、仏道を求めて、深般若波羅蜜を書き、乃至如説に修行する』、と。
『舎利弗』は、
『仏に白して!』、こう言った、――
世尊!
『後時の北方』には、
何れほどの、
『善男子、善女人が有って!』、
『仏道を求めながら!』、
『深い般若波羅蜜』を、
『受持、乃至如説に修行するのですか?』、と。
佛告舍利弗。後時北方雖多有求佛道善男子善女人。少有善男子善女人聞是深般若波羅蜜不沒不驚不怖不畏。 仏の舎利弗に告げたまわく、『後の時、北方にて、多く仏道を求むる善男子、善女人有りと雖も、善男子、善女人にして、是の深般若波羅蜜を聞いて、没せず、驚かず、怖れず、畏れざるは少し有るのみ。
『仏』は、
『舎利弗』に、こう告げられた、――
『後時の北方』では、
『仏道を求める!』、
『善男子、善女人』が、
『多く、有る!』が、
是の、
『深い般若波羅蜜を聞いて!』、
『没することも、驚くことも、怖畏することもない!』
『善男子、善女人』は、
『少し、有るだけである!』
何以故。是人多親近供養諸佛多諮問諸佛。是人必能具足般若波羅蜜禪波羅蜜毘梨耶波羅蜜羼提波羅蜜尸羅波羅蜜檀波羅蜜。具足四念處。乃至具足十八不共法。 何を以っての故に、是の人は、多く諸仏に親近して供養し、多く諸仏に諮問すればなり。是の人は、必ず能く般若波羅蜜、禅波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、羼提波羅蜜、尸羅波羅蜜、檀波羅蜜を具足し、四念処を具足し、乃至十八不共法を具足すべし。
何故ならば、
是の、
『人』は、
多く、
『諸仏』に、
『親近、供養しながら!』、
多く、
『諸仏』に、
『諮問した( had inquired )!』ので、
是の、
『人』は、
必ず、
『般若、禅、毘梨耶、羼提、尸羅、檀波羅蜜を具足して!』、
『四念処、乃至十八不共法』を、
『具足するのである!』。
  諮問(しもん):梵語 pari√(prach) の訳、誰かに何かを尋ねる/尋問する/質問する( to interrogate or ask a person about anything, to inquire about )の義。
舍利弗。是善男子善女人善根純厚故。能多利益眾生。為阿耨多羅三藐三菩提。 舎利弗、是の善男子、善女人は、善根が純厚なるが故に、能く多く衆生を利益して、阿耨多羅三藐三菩提を為す。
舎利弗!
是の、
『善男子、善女人は善根が純厚である!』が故に、
『阿耨多羅三藐三菩提を得る為め!』に、
『衆生』を、
『多く利益することができる!』。
  純厚(じゅんこう):純粋深厚( pure and hard )。
何以故。我今為是善男子善女人。說應薩婆若法。過去諸佛亦為是善男子善女人。說應薩婆若法。以是因緣故。是人後生時。續得阿耨多羅三藐三菩提心。亦為他人說阿耨多羅三藐三菩提法。 何を以っての故に、我れは今、是の善男子、善女人の為に、薩婆若に応ずる法を説き、過去の諸仏も、亦た是の善男子、善女人の為に、薩婆若に応ずる法を説けば、是の因縁を以っての故に、是の人は、後の生の時に続いて、阿耨多羅三藐三菩提の心を得、亦た他人の為に、阿耨多羅三藐三菩提の法を説けばなり。
何故ならば、
わたしは、
今、
是の、
『善男子、善女人の為め!』に、
『薩婆若に相応する!』、
『法を説いている!』が、
亦た、
『過去の諸仏』も、
是の、
『善男子、善女人の為め!』に、
『薩婆若に相応する!』、
『法を説いたのであり!』、
是の、
『因縁』の故に、
是の、
『人』は、
『後生の時( in their alterlives )』に、
続いて( continuously )、
『阿耨多羅三藐三菩提に向かう!』、
『心を得!』、
『他人』の為に、
『阿耨多羅三藐三菩提を得る!』、
『法を説くからである!』。
是善男子善女人皆一心和合。魔若魔民不能沮壞阿耨多羅三藐三菩提心。何況惡行人毀呰行深般若波羅蜜者。能壞其阿耨多羅三藐三菩提心。 是の善男子、善女人は、皆一心に和合すれば、魔、若しは魔民は、阿耨多羅三藐三菩提の心を沮壊する能わず。何に況んや、悪行の人の、深般若波羅蜜を行う者を毀呰して、能く、其の阿耨多羅三藐三菩提の心を壊せんをや。
是の、
『善男子、善女人』は、
皆、
『一心』に、
『和合する!』ので、
『魔や、魔民』は、
『阿耨多羅三藐三菩提に向かう!』、
『心』を、
『沮壊することができない( cannot injure )!』、
況して、
『悪行の人』が、
『深い般若波羅蜜を行じる者を、毀呰して!』、
其の、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『壊ることのできるはずがない!』。
  沮壊(そえ):◯梵語 pralopa の訳、絶滅/全滅する( destruction, annihilation )の義。◯梵語 pratisaM-√(hR)の訳、引き寄せる/押しとどめる( to draw or keep back )、取り除く/嫌がらせる( to take away, put off )、同化する/圧倒する/破壊する( to absorb, annihilate, destroy )の義。
  毀呰(きし):謗る( disparage )、梵語 pari-√(vad) の訳、罵る/中傷する/悪口を言う/非難する( to speak ill of, slander, revile, accuse )の義。
舍利弗。是求菩薩道諸善男子善女人。聞是深般若波羅蜜。大得法喜法樂。亦立多人於善根。為阿耨多羅三藐三菩提 舎利弗、是の菩薩道を求める諸の善男子、善女人にして、是の深般若波羅蜜を聞けば、大いに法喜、法楽を得て、亦た多人をして、善根に立たしめ、阿耨多羅三藐三菩提を為すなり。
舎利弗!
是の、
『菩薩道を求める!』、
『善男子、善女人』は、
是の、
『般若波羅蜜を聞いて!』、
『法を聞く喜、楽』を、
『大いに得て!』、
亦た、
『阿耨多羅三藐三菩提の為め!』に、
『多くの人』を、
『善根に立たせるのである( to establish on the good roots )!』。
  (りゅう):梵語 pratiSThaa の訳、又安立に作る、~の上に立たせる( to stand sb./sth. on )の義、~を地位に就ける( to establish sb. in )の意。



【論】般若波羅蜜は南、西、北方至る

【論】釋曰。是深般若波羅蜜。佛滅度後當至南方國土者。佛出東方於中說般若波羅蜜。破魔及魔民外道。度無量眾生。然後於拘夷那竭雙樹下滅度。後般若波羅蜜從東方至南方。 釈して曰く、是の深般若波羅蜜は、仏の滅度の後、当に南方の国土に至るべしとは、仏は東方に出でたまいて、中に於いて般若波羅蜜を説き、魔、及び魔民、外道を破し、無量の衆生を度して、然る後に拘夷那竭の双樹の下に滅度したまいて後、般若波羅蜜は、東方より南方に至るなり。
釈す、
是の、
『深い般若波羅蜜』が、
『仏が滅度された!』後、
『南方の国土』に、
『至るだろう!』とは、――
『仏が、東方に出られる!』と、
『東方』中に於いて、
『般若波羅蜜を説きながら!』、
『魔や、魔民や、外道を破って!』、
『無量の衆生』を、
『度され!』、
その後に、
『倶夷那竭国の双樹の下』に於いて、
『滅度されたのである!』が、
その後に、
『般若波羅蜜』は、
『東方より、南方に至るのである!』。
  拘夷那竭(くいなが):梵名 kuzi-nagara 、中印度の国城の名、釈尊入滅の地として知らる。『大智度論巻26上注:拘尸那竭羅』参照。
如日月五星二十八宿。常從東方至南方。從南方至西方。從西方至北方。圍繞須彌山。 日月、五星、二十八宿の如きは、常に東方より南方に至り、南方より西方に至り、西方より北方に至りて、須弥山を囲繞す。
例えば、
『日、月、五星、二十八宿』が、
『常に、東方より南方、南方より西方、西方より北方に至りながら!』、
『須弥山』を、
『囲繞するようなものである( going around )!』。
  囲繞(いにょう):梵語 parivaara の訳、ぐるりと取り巻く( surrounding )の義、周囲を迴る( going around )の意。
又如供養常法。右繞遍度閻浮提人。以是因緣故。從東方至南方從南方至西方。如佛無著心故不定一處。般若波羅蜜亦如是。不定住一處。從西方至北方。 又供養の常法の如きは、右繞して、閻浮提の人を遍く度す。是の因縁を以っての故に、東方より南方に至り、南方より西方に至るなり。仏の無著の心の故に、一処を定めたまわざるが如く、般若波羅蜜も亦た是の如く、一処に定住せず、西方より北方に至る。
又、
例えば、
『供養の常法のように!』、
『右繞しながら( turning the right side towards )!』、
『遍く!』、
『閻浮提の人を度するのであり!』、
是の因縁の故に、
『般若波羅蜜』は、
『東方より、南方に至り!』、
『南方より、西方に至るのであり!』、
『仏が、著心が無い!』が故に、
『一処』に、
『定られなかったように!』、
『般若波羅蜜』も、
是のように、
『一処に定住せず!』、
『西方より、北方に至るのである!』。
  右繞(うにょう):梵語 pradakSiNa の訳、右に置く( standing or placed on the right )の義、[尊敬を示して、]人や物を常に右に置いて周囲を迴る/右に廻る( to turn towards persons or things so as to place them on one's right; turn the right side towards; as a token of respec )の意。『大智度論巻2上注:右繞三匝』参照。
二方眾生好供養書讀乃至修行。華香乃至幡蓋受大果報。如經中說。後展轉至北方。此中供養所得果報如上所說。舍利弗。是般若波羅蜜北方當作佛事。 二方の衆生は好んで、供養し、書き、読み、乃至修行し、華香、乃至幡蓋もて、大果報を受くること、経中に説けるが如し。後に展転して北方に至り、此の中の供養の所得の果報は、上の所説の如し、『舎利弗、是の般若波羅蜜は北方にて、当に仏事を作すべし』、と。
『南、西二方の衆生』が、
『好んで、華香乃至幡蓋を般若波羅蜜に供養し!』、
『書、読、乃至修行して!』、
『大果報を受けること!』は、
例えば、
『経』中に、
『説かれた通りである!』が、
その後、
『展転として( successively )!』、
『北方に至り!』、
此の中に於いて、
『供養して得た!』、
『果報』は、
上に、こう説く通りである、――
舎利弗!
是の、
『般若波羅蜜』は、
『北方に於いても!』、
『仏事を作すはずである( to aid Buddha's works )!』、と。
  展転(てんでん):梵語 parampara の訳、次から次( one following the other )の義、継続的に( successively )の意。
是中說因緣。佛在時能斷眾疑。佛法興盛不畏法滅。佛滅後過五百歲正法漸滅。是時佛事轉難。是時利根者讀誦正憶念亦華香供養。鈍根者書寫華香等供養。是二種人久久皆當得度。是故說當作佛事。 是の中に因縁を説く。仏の在時には、能く衆疑を断ち、仏法興盛して、法滅を畏れず。仏の滅後に五百歳を過ぎて、正法漸く滅すれば、是の時、仏事は転た難し。是の時、利根の者は読誦し、正憶念し、亦た華香もて供養し、鈍根の者は書写して、華香等を供養す。是の二種の人は、久久にして、皆当に度を得べし。是の故に説かく、『当に仏事を作すべし』、と。
是の中に、
『因縁』を、こう説いている、――
『仏の在時』には、
『衆疑( could decide against many doubts )を断じることができ!』、
『仏法が興盛して!』、
『法滅を畏れなかった!』が、
『仏滅後、五百歳を過ぎる!』と、
漸く( gradually )、
『正法』が、
『滅しだした!』。
是の時、
『仏事』は、
『転た難しくなった( to be difficult increasingly )!』。
是の時、
『利根の者』は、
『般若波羅蜜』を、
『読誦しながら!』、
『正しく憶念し!』、
亦た、
『華香』を、
『供養したのである!』が、
『鈍根の者』は、
『般若波羅蜜を書写して!』、
『華香』等を、
『供養したのである!』。
是の、
『二種の人』は、
『久久にして( for a long long time )!』、
『皆!』、
『度を得ることになる!』。
是の故に、こう説くのである、――
『仏事』を、
『作すことになる!』、と。
佛言。是善男子善女人我及十方諸佛。皆以佛眼見念知讚歎。 仏の言わく、『是の善男子、善女人は、我れ及び十方の諸仏、皆仏眼を以って見て、念じ、知り、讃歎す』、と。
『仏』は、こう言われた、――
是の、
『善男子、善女人』を、
『わたしや、十方の諸仏が、皆仏眼で見ながら!』、
『念知したり( to remember and acknowledge )!』、
『讃歎するのである!』。
  念知(ねんち):梵語 saMjaanante?, saMjJaa の訳、気が合う( agree together )の義、認識する/理解する( to acknowledge, recognize; to know well, understand )の意。
舍利弗白佛言。是深般若在北方廣行耶。 舎利弗の仏に白して言さく、『是の深般若は北方に在りて、広く行ずるや』、と。
『舎利弗』は、
『仏に白して!』、こう言った、――
是の、
『深い般若』は、
『北方に於いても!』、
『広く、行じられるのですか?』、と。
廣行者於閻浮提北方廣大故。又北方地有雪山。雪山冷故藥草能殺諸毒。所食米穀三毒不能大發三毒不能大發故。眾生柔軟信等五根皆得勢力。如是等因緣北方多行般若波羅蜜。 広く行ずとは、閻浮提に於いては、北方は広大なるが故なり。又北方の地には、雪山有り、雪山の冷たきが故に薬草は能く諸毒を殺ぎ、食する所の米穀は、三毒をして大発する能わざらしめ、三毒の大発する能わざるが故に、衆生は柔軟にして、信等の五根は、皆勢力を得。是れ等の如き因縁もて北方には、多く般若波羅蜜を行ずるなり。
『広く、行じる!』とは、――
『閻浮提に於いて!』、
『北方は広大である!』が故に、
『又北方には雪山が有り、雪山は冷たい!』が故に、
『薬草』が、
『諸毒を殺し( to detoxify )!』、
『米穀を食う( to eat rice and do not make killing )!』が故に、
『三毒』を、
『大発させず( let not araise )!』、
『三毒が大発させない!』が故に、
『衆生は柔軟であり!』、
『信等の五根』が、
『皆、勢力を得る!』ので、
是れ等のような
『因緣』で、
『北方に於いて!』、
『般若波羅蜜』を、
『多く、行じるのである!』。
  (せつ):梵語 √(hiMs) の訳、傷つける/殺す/破壊する( to injure, harm, wound, kill, destroy )の義。
  (ほつ):◯梵語 utpaada の訳、足で立つ( standing on the legs )の義、出来/出生/生産( coming forth, birth, production )の意。◯梵語 utthaapana の訳、立たせる/出てこさせる/齎す( causing to rise or get up; causing to come forth, bringing forth )の義、持ち上げる/引き上げる( raising, elevating )の意。
是人聞是深般若波羅蜜。書持乃至正憶念如說行。當知是人久發大乘意。多供養佛種善根。與善知識相隨。是故能於惡世書持信受乃至如說修行。 是の人は、是の深般若波羅蜜を聞いて、書持し、乃至正憶念し、如説に行ず。当に知るべし、是の人は、久しく、大乗の意を発して、多く仏を供養して、善根を種え、善知識と相随えば、是の故に、能く悪世に於いて書持し、信受し、乃至如説に修行するなり。
是の、
『人』は、
是の、
『深い般若波羅蜜を聞いて!』、
『書持し、乃至正しく憶念して!』、
『如説に、修行するのである!』が、
当然、こう知るべきである、――
是の、
『人』は、
久しく、
『大乗の意』を、
『発し!』、
多く、
『仏を供養して、善根を種えたり!』、
『善知識に、相随った!』ので、
是の故に、
『悪世に於いても!』、
『書持、信受し、乃至如説に修行することができるのである!』、と。
舍利弗問。北方有幾許人。聞是深般若波羅蜜。能書讀誦乃至如說修行。 舎利弗の問わく、『北方には、幾許の人か有りて、是の深般若波羅蜜を聞き、能く書き、読誦し、乃至如説に修行する』、と。
『舎利弗』は、こう問うた、――
『北方』には、
是の、
『深い般若波羅蜜を聞いて!』、
『書いたり、読誦したり、乃至如説に修行することができる!』、
『人』が、
『何れほど有るのですか?』。
佛答。是深般若波羅蜜難知難行。雖多有人發無上道心得名菩薩少。有人聞是般若波羅蜜心通達不驚不沒 仏の答えたまわく、『是の深般若波羅蜜は難知難行なり。人の無上道の心を発して、菩薩と名づくるを得るもの多く有りと雖も、人の是の般若波羅蜜を聞いて、心に通達し、驚かず、没せざるもの有ること少し。
『仏』は、こう答えられた、――
是の、
『深い般若波羅蜜は知ることも、行じることも難しく!』、
『無上道の心を発して、菩薩と称される!』、
『人』は、
『多く有る!』が、
是の、
『般若波羅蜜を聞いて心に通達し驚くことも、没することもない!』、
『人』は、
『少し有るだけである!』。
心通達不驚不怖相。佛此中自說。是人多親近諸佛。親近諸佛者於無量世常見諸佛恭敬供養。 心に通達し、驚かず、怖れざる相を、仏は此の中に自ら説きたまわく、『是の人は、多く諸仏に親近す』、と。諸仏に親近すとは、無量世に於いて、常に諸仏を見て、恭敬し供養すればなり。
『心に通達して驚くことも、怖れることもない相』を、
『仏』は、此の中に自ら説かれている、――
是の、
『人』は、
『諸仏』に、
『多く、親近したからである!』、と。
『諸仏に親近する!』とは、
『無量世に於いて!』、
『常に諸仏を見ながら恭敬し、供養することである!』。
問難者直問其事。疑心不解重種種問名為難。是人世世從諸佛問難般若波羅蜜事。 問難とは、直に其の事を問うに、疑心解けざれば、種種の問を重ぬるを名づけて難と為す。是の人は、世世に諸仏に従いて、般若波羅蜜の事を問難せり。
『問難』とは、
其の、
『事を、直に問いながら!』、
『疑心』が、
『説けず!』、
『重ねて、種種に問うこと!』を、
『難じる( asking again and again )!』と、
『称する!』が、
是の、
『人は、世世に諸仏に従いながら!』
『般若波羅蜜の事』を、
『問難したのである!』。
是人功德果報雖未成。當知是人具足六波羅蜜三十七品乃至十八不共法。具足是福德淳熟故多利益眾生。所謂檀波羅蜜尸羅波羅蜜因緣故。生於富貴家自行布施教人布施。羼提波羅蜜禪波羅蜜因緣故。令無量眾生出家受戒發阿耨多羅三藐三菩提心。 是の人は、功徳の果報未だ成ぜずと雖も、当に知るべし、是の人は、六波羅蜜、三十七品、乃至十八不共法を具足す。是の福徳を具足して、淳熟するが故に、多く衆生を利益す。謂わゆる檀波羅蜜、尸羅波羅蜜の因縁の故に、富貴の家に生じて、自ら布施を行じ、人に教えて布施せしめ、羼提波羅蜜、禅波羅蜜の因縁の故に、無量の衆生をして、出家し、受戒して、阿耨多羅三藐三菩提心を発さしむ。
是の、
『人』の、
『功徳の果報』は、
『未だ、成就していない!』が、こう知るべきである、――
是の、
『人』は、
『六波羅蜜、三十七品乃至十八不共法』を、
『具足し!』、
是の、
『福徳を具足して、淳熟である
his meritorious virtue is completely ripened )!』が故に、
『衆生』を、
『多く利益する!』。
謂わゆる、
『檀波羅蜜、尸羅波羅蜜の因緣』の故に、
『富貴の家に生じて!』、
『自ら、布施を行じ!』、
『人に、布施を教え!』、
『羼提波羅蜜、禅波羅蜜の因緣』の故に、
『無量の衆生を出家、持戒させて!』、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『発させるのである!』、と。
  淳熟(じゅんじゅく):完全に熟した( completely ripened )、梵語 paripakva の訳、完全に成熟/完成/成就/円熟した( Quite ripe, mature, accomplished, perfect. )の意。
  福徳(ふくとく):梵語 puNya の訳、善/正/徳/浄( the good or right, virtue, purity )の義、称讃に価する徳( the meritorious virtue )の意。
此中佛說因緣。是人從我及過去諸佛聞應薩婆若大乘法。是故後生不失是心。 此の中に仏は因縁を説きたまわく、『是の人は、我れ及び過去の諸仏に従いて、薩婆若に応ずる大乗の法を聞き、是の故に、後生にも是の心を失わざるなり』、と。
此の中に、
『仏』は、
『因縁』を、こう説かれている、――
是の、
『人』は、
『わたしや、過去の諸仏より!』、
『薩婆若に応じる大乗の法』を、
『聞いた!』ので、
是の故に、
『後生に於いても!』、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『失わないのである!』。
是人亦教化他人說如是事。如然一燈展轉皆然。 是の人は、亦た他人を教化して、是の如き事を説かしむこと、一灯を然(もや)せば、展転して、皆然ゆるが如し。
是の、
『人』は、
亦た、
『他人を教化して!』、
是のような、
『事』を、
『説かせるのである!』が、
譬えば、
『一灯を燃やせば( to light a candle )!』、
『展転して( successively )!』、
『皆、燃えるようなものである!』。
是人諸煩惱薄無慳貪嫉妒瞋恚故不相讒謗。常一心和合。是故魔若魔民不能沮壞。若人少有錯故魔得其便。如人有瘡受毒。魔是欲界主尚不能沮壞。何況惡行人。 是の人の諸の煩悩薄く、慳貪、嫉妒、瞋恚無きが故に、相讒謗せず、常に一心に和合すれば、是の故に魔若しは魔民は、沮壊する能わず。若し人、少し錯有れば、故に魔は、其の便を得ること、人に瘡有れば、毒を受くるが如し。魔は、是れ欲界の主なるも、猶尚お沮壊する能わず、何に況んや、悪行の人をや。
是の、
『人』は、
『諸の煩悩が薄く、慳貪、嫉妒、瞋恚が無い!』が故に、
『相讒謗することがなく( nobody slanders another )!』、
『一心に和合する( they are harmonized and of one mind )!』ので、
是の故に、
『魔や、魔民』に、
『沮壊されることがない!』。
若し、
『人』に、
『少しでも、錯が有れば( if they make few mistakes )!』、
是の故に、
『魔』が、
『便を得る( get their opportunities )!』が、
譬えば、
『人に、瘡が有れば!』、
『毒』を、
『受けるようなものである!』。
『魔は、欲界の主である!』のに、
尚お、
是の、
『人』を、
『沮壊することはできない!』。
況して、
『悪行の人』に、
『沮壊できるはずがない!』。
  讒謗(ざんぼう):梵語 bheda-varNa-vaadin の訳、中傷/悪口を言うこと( slander )。
  一心(いっしん):梵語 avikSipta-citta の訳、乱れない心( a unfrustrated mind )の義。
  和合(わごう):梵語 saMgraha, saMgRhiita の訳、握られた/捉らえられた/受け止められた/集中した/集められた( grasped, seized, caught, taken, received, collected, gathered )の義、調和した( harmonized )の意。
或有人惡行而非惡。如未離欲聖人。以是故說惡行人毀呰般若波羅蜜即毀壞菩薩。 或は有る人は、悪行なれども悪に非ず。未だ離欲せざる聖人の如し。是を以っての故に説かく、『悪行の人、般若波羅蜜を毀呰すれば、即ち菩薩を毀壊す』、と。
或は、
有る、
『人』は、
『悪行である!』が、
『悪人ではない!』。
未だ、
『欲を離れない!』、
『聖人のようなものである!』。
是の故に、 こう説く、――
『悪行の人』が、
『般若波羅蜜を毀呰すれば( to slander the p.p. )!』、 即ち、
『菩薩』を、
『毀壊することになる( to blame )!』、と。
  毀呰毀訾(きし):梵語 avarNa の訳、無表情( having no outward appearance, colourless )の義、非難する・悪く言う( blame, speaking ill of )の意。
  毀壊(きえ):非難する( to censure )、梵語 prati-√(baadh) の訳、撃退する/払いのける( beat back, ward off )、妨害する/制止する( to check, restrain )、苦痛を与える/苦しめる( to pain, torment )の義。
復次諸善男子善女人無量世來愛佛法深著實法。信力慧力多故聞深般若波羅蜜。得大慈大悲心故隨眾生力令入深般若波羅蜜。若令得般若因緣。所謂布施持戒等諸善根。 復た次ぎに、諸の善男子、善女人は、無量世より来、仏法を愛して、深く実法に著するも、信力、慧力多きが故に、深般若波羅蜜を聞き、大慈大悲の心を得るが故に、衆生の力に随いて、深き般若波羅蜜に入れしめ、若しは般若の因縁を得しむ。謂わゆる布施、持戒等の諸の善根なり。
復た次ぎに、
『諸の善男子、善女人』は、
『無量世』以来、
『仏法を愛して!』、
『実法』に、
『深く、著する!』が、
『信力、慧力が多い!』が故に、
『深い般若波羅蜜』を、
『聞けば!』、
『大慈、大悲の心を得る!』が故に、
『衆生の力に随って!』、
『深い般若波羅蜜』に、
『入らせ!』、
若しくは、
『般若の因縁』を、
『得させる!』。
謂わゆる、
『布施、持戒』等の、
『諸の善根である!』。
為阿耨多羅三藐三菩提故者。是善男子善女人求無上道故。教他令住諸善根福德 阿耨多羅三藐三菩提の為めの故にとは、是の善男子、善女人は無上道を求むるが故に、他を教えて、諸の善根の福徳に住せしむるなり。
『阿耨多羅三藐三菩提の為めの故に!』とは、――
是の、
『善男子、善女人が、無上道を求める!』が故に、
『他人に教えて!』、
『諸の善根、福徳』に、
『住させることである!』。



【經】善男子、善女人は仏前に誓願を立てる

【經】是善男子善女人於我前立誓願。我行菩薩道時。當度無數百千萬億眾生。令發阿耨多羅三藐三菩提心。示教利喜乃至阿鞞跋致地受記。我知其心我亦隨喜。 是の善男子、善女人は、我が前に於いて誓願を立つらく、『我れ、菩薩道を行ずる時、当に無数百千万億の衆生を度して、阿耨多羅三藐三菩提の心を発さしめ、乃至阿鞞跋致の地を示し、教え、利し、喜ばして、受記せしむべし』、と。我れは其の心を知り、我れも亦た随喜す。
是の、
『善男子、善女人』は、
わたしの前で、
『誓願』を、こう立てた、――
わたしは、
『菩薩道を行じる!』時、
『無数、百千万億の衆生を度して!』、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『発させ!』、
乃至、
『阿鞞跋致地を示し、教え、利し、喜ばして!』、
『阿毘跋致の記』を、
『受けさせねばならない!』、と。
わたしは、
是の、
『善男子、善女人の心を知って!』、
亦た、
『わたしも、随喜するのである!』。
  参考:『大般若経巻302』:『舍利子。是善男子善女人等。今於我前發弘誓願。我當安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。我於彼願深生隨喜。何以故。舍利子。我觀如是住菩薩乘諸善男子善女人等。所發弘願心語相應。彼善男子善女人等。於當來世定能安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。是善男子善女人等。亦於過去無量佛前發弘誓願。我當安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提。乃至得受不退轉記。舍利子。過去諸佛亦於彼願深生隨喜。何以故。舍利子。過去諸佛亦觀如是住菩薩乘諸善男子善女人等。所發弘願心語相應。彼善男子善女人等。於當來世定能安立無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提乃至得受不退轉記。舍利子。是善男子善女人等信解廣大。能依妙色聲香味觸修廣大施。修此施已復能種殖廣大善根。因此善根復能攝受廣大果報。攝受如是廣大果報。專為利樂一切有情。於諸有情能捨內外一切所有。彼迴如是所種善根。願生他方諸佛國土現有如來應正等覺宣說如是甚深般若波羅蜜多無上法處。彼聞如是甚深般若波羅蜜多無上法已。復能安立彼佛土中無量百千俱胝那庾多諸有情類。令發無上正等覺心。修諸菩薩摩訶薩行。示現勸導讚勵慶喜。令於無上正等菩提得不退轉。』
  参考:『大智度論巻54』:『示者示人好醜善不善應行不應行。生死為醜。涅槃安隱為好。分別三乘分別六波羅蜜。如是等名示。教者教言汝捨惡行善是名教。利者未得善法味故心則退沒。為說法引導令出。汝莫於因時求果。汝今雖勤苦。果報出時大得利益。令其心利故名利。喜者隨其所行而讚歎之令其心喜。若樂布施者讚布施。則喜故名喜。以此四事莊嚴說法』
是善男子善女人亦於過去諸佛前立誓願。我行菩薩道時。當度無數百千萬億眾生。令發阿耨多羅三藐三菩提心。示教利喜乃至阿鞞跋致地受記。諸過去佛亦知其心而隨喜。 是の善男子、善女人は、過去の諸仏の前に於いて誓願を立つらく、『我れ、菩薩道を行ずる時、当に無数百千万億の衆生を度して、阿耨多羅三藐三菩提の心を発さしめ、乃至阿鞞跋致の地の受記を示し、教え、利し、喜ばしむべし』、と。諸の過去の仏も亦た、其の心を知りて、随喜せり。
是の、
『善男子、善女人』は、
『過去の諸仏の前に於いても!』、
『誓願』を、こう立てた、――
わたしは、
『菩薩道を行じる!』時、
『無数、百千万億の衆生を度して!』、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『発させ!』、
乃至、
『阿鞞跋致地を示し、教え、利し、喜ばして!』、
『阿毘跋致の記』を、
『受けさせねばならない!』、と。
『諸の過去の仏』も、
是の、
『善男子、善女人の心を知って!』、
亦た、
『随喜したのである!』。
舍利弗。是諸善男子善女人所為心大。所受色聲香味觸法亦大。亦能大施。能大施已種大善根。種大善根已得大果報。為攝眾生故受身。能於眾生中捨內外所有物。 舎利弗、是の諸の善男子、善女人の所為の心は大にして、所受の色、声、香、味、触、法も亦た大なれば、亦た能く大いに施し、能く大いに施し已りて、大善根を種え、大善根を種え已りて、大果報を得、衆生を摂せんが為の故に、身を受け、能く衆生中に於いて、内外の有らゆる物を捨つ。
舎利弗!
是の、
『諸の善男子、善女人』は、
『所為の心( the mind consecrated )が大である!』が故に、
『所受の色声香味触法』も、
『大なのであり!』、
亦た、
『大いに!』、
『施すことができる!』。
『大いに施せば!』、
『大善根』を、
『種えることになり!』、
『大善根を種えれば!』、
『大果報』を、
『受けることになる!』が、
『衆生を摂する( to hold living beings )為め!』の故に、
『身』を、
『受けるのであり!』、
『衆生中に於いて!』、
『内外の所有物
all internal or external what I possess )』を、
『捨てることができるのである!』。
  所為(しょい):行為、原因。為される事( something to be done )、◯梵語 kRtya の訳、為されること/行われること( to be done or performed )、実行可能な( practicable, feasible )の義。◯梵語 abhisaMskRta の訳、捧げられた/奉献された( consecrated )の義。
  内外(ないげ):梵語 adhyaatma- baahya の訳、内側と外側( internal and external )の義。
以是善根因緣故。發願欲生他方世界現在諸佛說深般若波羅蜜處。於諸佛前聞是深般若波羅蜜已。亦於彼示教利喜百千萬億眾生。令發阿耨多羅三藐三菩提心。 是の善根の因縁を以っての故に、願を発して他方世界の現在の諸仏の深般若波羅蜜を説く処に生まれんと欲し、諸仏の前に於いて、是の深般若波羅蜜を聞き已りて、亦た彼に於いて、百千万億の衆生を示し、教え、利し、喜ばして、阿耨多羅三藐三菩提の心を発さしむ。
是の、
『善根の因縁』の故に、 こう願を発す、――
『他方世界の現在の諸仏』が、
『深い般若波羅蜜を説く処』に、
『生まれ!』、
『諸仏の前に於いて!』、
是の、
『深い般若波羅蜜』を、
『聞き!』、
『彼の世界に於いて、百千万億の衆生に示し教え利し喜ばせ!』、
『阿耨多羅三藐三菩提の心』を、
『発させよう!』、と。
舍利弗白佛言。希有世尊。佛於過去未來現在法。無法不知無法如相不知。眾生之行無事不知。今佛悉知過去諸佛及菩薩聲聞。亦知今現在十方諸佛世界菩薩及聲聞。亦知未來諸佛及菩薩聲聞。 舎利弗の仏に白して言さく、『希有なり、世尊、仏は、過去、未来、現在の法に於いて、法として知らざる無く、法の如相として知らざる無く、衆生の行には、事として知らざる無し。今、仏は悉く、過去の諸仏、及び菩薩、声聞を知り、亦た今現在の十方の諸仏の世界の菩薩、及び声聞を知り、亦た未来の諸仏、及び菩薩、声聞を知りたもう。
『舎利弗』は、
『仏に白して!』、こう言った、――
希有です!
世尊!
『仏』は、
『過去、未来、現在の法に於いて!』、
『知らない法も、知らない法の如相も!』、
『無く!』、
『衆生の行に於いても!』、
『知らない事』が、
『無いのです!』。
今、
『仏』は、
悉く、
『過去の諸仏や、菩薩、声聞』を、
『知り!』、
亦た、
『今現在、十方の諸仏の世界の菩薩や、声聞』を、
『知り!』、
亦た、
『未来の諸仏や、菩薩、声聞』をも、
『知っていられるのです!』。
  参考:『大般若経巻302』:『時舍利子復白佛言。甚奇世尊。希有善逝。佛於過去未來現在諸所有法無不證知。於一切法真如法界及法性等無不證知。於諸法教無不證知。於諸有情心行差別無不證知。於過去佛菩薩聲聞及佛土等無不證知。於未來佛菩薩聲聞及佛土等無不證知。於現在佛菩薩聲聞及佛土等無不證知。於十方界一切如來應正等覺及所說法菩薩聲聞佛土等事無不證知。世尊。若菩薩摩訶薩於六波羅蜜多。勇猛精進恒求不息。彼於此六波羅蜜多。為有得時不得時不。佛言。舍利子。彼善男子善女人等。恒於此六波羅蜜多。勇猛精進欣求不息。一切時得無不得時。何以故。舍利子。彼善男子善女人等。恒於此六波羅蜜多。勇猛精進欣求不息。諸佛菩薩常護念故。舍利子言。世尊。彼善男子善女人等。若不得六波羅蜜多相應經時。如何可說彼得此六波羅蜜多。佛言。舍利子。彼善男子善女人等。恒於此六波羅蜜多。勇猛信求不顧身命。有時不得此相應經無有是處。何以故。舍利子。彼善男子善女人等。為求無上正等菩提。示現勸導讚勵慶喜諸有情類。令於此六波羅蜜多相應經典受持讀誦思惟修學。由此善根隨所生處常得此六波羅蜜多相應契經。受持讀誦勇猛精進如教修行。成熟有情嚴淨佛土。速證無上正等菩提』
世尊。未來世有善男子善女人。勤求六波羅蜜。受持讀誦乃至修行。有得有不得。 世尊、未来世の有る善男子、善女人が、六波羅蜜を勤求するに、受持し、読誦し、乃至修行せんに、有るいは得、有るいは得ざらん。
世尊!
『未来世』の、
有る、
『善男子、善女人』が、
『六波羅蜜を勤求して!』、
『受持、読誦したり、乃至修行していても!』、
有るいは、
『六波羅蜜』を、
『得!』、
有るいは、
『六波羅蜜』を、
『得られないのです!』、と。
佛告舍利弗。若善男子善女人一心精進勤求。當得應六波羅蜜諸經 仏の、舎利弗に告げたまわく、『若し善男子、善女人、一心に精進して勤求すれば、当に六波羅蜜に応ずる諸経を得べし』、と。
『仏』は、
『舎利弗』に、こう告げられた、――
若し、
『善男子、善女人』が、
『一心』に、
『精進して!』、
『勤求すれば!』、
『六波羅蜜に相応した!』、
『諸経』を、
『得られるはずである!』、と。
舍利弗白佛言。善男子善女人如是勤行。當得是應六波羅蜜深經。 舎利弗の仏に白して言さく、『善男子、善女人は、是の如く勤行すれば、当に是の六波羅蜜に応ずる深経を得べし』、と。
『舎利弗』は、
『仏に白して!』、こう言った、――
『善男子、善女人』が、
是のように、
『六波羅蜜』を、
『勤めて行すれば!』、
是の、
『六波羅蜜に相応した!』、
『深い経』を、
『得られるはずです!』、と。
佛語舍利弗。是善男子善女人得是應六波羅蜜深經。何以故。善男子善女人為阿耨多羅三藐三菩提故。與眾生說法示教利喜令住六波羅蜜中。 仏の舎利弗に語りたまわく、『是の善男子、善女人は、是の六波羅蜜に応ずる深経を得ん。何を以っての故に、善男子、善女人は、阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、衆生の与に法を説き、示し、教え、利し、喜ばして、六波羅蜜中に住せしむればなり。
『仏』は、
『舎利弗』に、こう語られた、――
是の、
『善男子、善女人』は、
是の、
『六波羅蜜に相応した!』、
『深い経』を、
『得るだろう!』。
何故ならば、
『善男子、善女人』は、
『阿耨多羅三藐三菩提の為めに!』、
『衆生』に、
『法』を、
『説き!』、
『衆生』に、
『道』を、
『示し、教え、利し喜ばして!』、
『衆生』を、
『六波羅蜜』中に、
『住させるからである!』。
以是因緣故。是善男子善女人後身轉生。易得應六波羅蜜深經。得已如六波羅蜜所說修行精勤不息。乃至淨佛世界成就眾生。得阿耨多羅三藐三菩提 是の因縁を以っての故に、是の善男子、善女人は、後身を転生して、易(たやす)く六波羅蜜に応ずる深経を得、得已りて、六波羅蜜の所説の如く修行して、乃至仏世界を浄むるまで精勤して息(や)まず、衆生を成就して、阿耨多羅三藐三菩提を得るなり。
是の、
『因縁』の故に、
是の、
『善男子、善女人』は、
後に、
『身を転じながら!』、
『生じ!』、
易く( easily )、
『六波羅蜜に応じた深い経』を、
『得るのであり!』、
得たならば、
『六波羅蜜の所説のように!』、
『修行しながら!』、
乃至、
『仏世界を浄めるまで、精勤して息まず!』、
『衆生を成就して!』、
『阿耨多羅三藐三菩提を得るのである!』。



【論】善男子、善女人は仏前に誓願を立てる

【論】釋曰。佛說。善男子善女人於我前及過去諸佛前立誓願。我行菩薩道。當令無量百千萬億眾生發無上道意示教利喜令得阿鞞跋致記。我及過去佛。知是善男子心大能有所作故隨喜。 釈して曰く、仏の説きたまわく、『善男子、善女人は、我が前、及び過去の諸仏の前に於いて、誓願を立つらく、我れ菩薩道を行じて、当に無量百千万億の衆生をして、無上道の意を発さしめ、示し、教え、利し、喜ばして、阿鞞跋致の記を得しめん、と。我れ、及び過去の仏は、是の善男子の心の大にして、能く作す所有るを知るが故に、随喜す』、と。
釈す、
『仏』は、こう説かれた、――
『善男子、善女人』は、
『わたしの前と、過去の諸仏の前に於いて!』、
『誓願』を、こう立てた、――
わたしは、
『菩薩道を行じて!』、
『無量百千万億の衆生』に、
『無上道の意』を、
『発させ!』、
『無上道を示し教えて、利し、喜ばせ!』、
『阿毘跋致の記』を、
『得させねばならぬ!』、と。
『わたしと、過去の仏』は、
是の、
『善男子の心が大であり!』、
『所作を有することができる( be able to have what's to be done )!』と、
『知り!』、
是の故に、
『随喜するのである!』、と。
善男子善女人聞佛知其心則生歡喜。自念過去作誓願事。倍加精進。 善男子、善女人は、仏に、其の心を知るを聞けば、則ち歓喜を生じて、自ら過去に誓願を作せる事を念じ、倍して精進を加えん。
『善男子、善女人』が、
『仏』が、
是の、
『善男子、善女人の心を知る!』と、
『聞いて!』、
則ち、
『歓喜を生じて!』、
自ら、
『過去に作した誓願事』を、
『念じて( to recall )!』、
倍して、
『精進』を、
『加えるのである!』。
大心者一切眾生心皆樂緣六塵。有人行雜福德。所謂作福時心生疑悔。是福德果報雖得富貴不能好用。亦不能與他。罪業因緣故。諸根闇鈍不擇好醜。 大心とは、一切の衆生の心は、皆、六塵を縁ずるを楽しむ。有る人は、福徳を雑えて行う。謂わゆる福を作す時、心に疑悔を生ずれば、是の福徳の果報は、富貴を得と雖も、好く用うる能わず、亦た他に与うる能わず。罪業の因縁の故に、諸根闇鈍にして、好醜を択ばざればなり。
『大心』とは、――
『一切の衆生の心』は、
皆、
『六塵に縁じる( being caused by the six cognitive objects )!』のを、
『楽しむ!』ので、
有る人は、
『罪悪を雑えた!』、
『福徳を行じる!』ので、
謂わゆる、
『福を作す!』時にも、
『疑悔( doubts and repentance )』を、
『生じる!』ので、
是の、
『福徳の果報は、富貴を得ることができても!』、
『用いること!』を、
『好むことができず!』、
亦た、
『他人に!』、
『与えることもできず!』、
『罪業の因緣』の故に、
『諸根が闇鈍であり!』、
『好醜を択ばない!』。
  疑悔(ぎけ):梵語 saMzaya- kaukRtya の訳、疑惑と後悔( doubts and repentance )の義。
  好醜(こうしゅう):梵語 kalyaaNaM vaa akalyaaNaM vaa の訳、善悪・美醜・貴賎・幸不幸・運不運・徳不徳・正邪( good or bad; beautiful or ugly; noble or ignoble; happy or unhappy; fortunate or unfortunate; virtuous or vicious; right or wrong )等の義。応に行ずべき事と行ずべからざる事( what ought to be done or not to bedone )の意。
是善男子未得道時。清淨福德故。得上妙五欲。亦能盡意用能隨意施與。或施窮乏或種於福田。 是の善男子は、未だ道を得ざる時、清浄の福徳の故に、上妙の五欲を得て、亦た能く意を尽して用い、能く意の随(まま)に、施与し、或は窮乏に施し、或は福田に種う。
是の、
『善男子』は、
『未だ、 道を得ない!』時にも、
『清浄な福徳の故に、上妙の五欲を得て!』、
『意を尽して、用いることができ!』、
『意の随に、施与することができ!』、
或は、
『窮乏』に、
『施したり!』、
或は、
『福田』に、
『種えるのである!』。
  尽意(じんい):思うぞんぶん( to enjoy fully oneself to do )。
若得善知識聞佛法著欲心息憐愍眾生。為阿耨多羅三藐三菩提故。內外所有布施無所愛惜。若持戒遍行十善道具戒律儀。以慈悲心共行。餘善法亦如是。皆以深心自行。及引導他人令行善道。 若しは、善知識を得て、仏法を聞き、著欲の心息(や)みて、衆生を憐愍し、阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、内外の所有を布施して、愛惜する所無けん。若し持戒して、遍く十善道、具戒、律儀を行ずれば、慈悲心を以って共に行ず。余の善法も亦た是の如く、皆深心を以って自ら行じ、及び他人を引導して、善道を行ぜしめん。
若し
『善知識を得て、仏法を聞けば!』、
『著欲の心』が、
『息んで( to stop )!』、
『衆生を憐愍して、阿耨多羅三藐三菩提の為め!』の故に、
『内外の所有を布施して!』、
『愛惜する所が無くなり!』、
若し、
『持戒して、遍く十善道、具戒、律儀を行ずれば!』、
『慈悲心を用いて!』、
『十善乃至律儀を共に行じ!』、
『餘の善法』も、
是のように、
『皆、深心より自ら行じながら!』、
『他人を引導して!』、
『善道を行じさせる!』。
  具戒(ぐかい)・具足戒(ぐそくかい):梵語 upasaMpadaa, upasaMpanna の訳、準備が整った( prepared )の義、僧の秩序に入る行為( the act of entering into the order of monks )の意。梵語 upasaM√(pad) 即ち来る・到達する・同等に作る・具足戒を受ける( to come to, arrive at, reach, obtain, to come up to, be equivalent to, to receive into the order of monks )に由来する語。
  律儀(りちぎ):梵語 saMvara の訳、自制・抑制する( restrain, forbearance )の義、宗教的規則( religious observance )の意。
是福德因緣故。不求世樂天王人王富貴處。聞有現在佛處願往生彼。是菩薩知諸法實相故不樂生。若為眾生生十方佛前聞深般若波羅蜜。聞已於彼開化無量百千眾生發無上道心。 是の福徳の因縁の故に、世楽の天王、人王、富貴の処を求めず、現在の仏の処有りと聞けば、願って彼に往生す。是の菩薩は、諸法の実相を知るが故に生を楽しまざるも、若しは、衆生の為に、十方の仏前に生じて、深般若波羅蜜を聞き、聞き已りて、彼に於いて、無量百千の衆生を開化して、無上道の心を発さしむ。
是の、
『福徳の因縁』の故に、
『世間の楽や、天王、人王、富貴の処を求めず!』、
『現に、仏の在る処が有る!』と、
『聞けば!』、
『彼の処』に、
『往って、生じよう!』と、
『願う!』。
是の、
『菩薩』は、
『諸法の実相を知る!』が故に、
『生』を、
『楽しまない!』が、
若し、
『衆生の為めならば!』、
『十方の仏前に生じて!』、
『深い、般若波羅蜜』を、
『聞き!』、
『般若波羅蜜を聞いたならば!』、
『彼の処に於いて!』、
『無量百千の衆生を開化して!』、
『無上道の心を発させる!』。
舍利弗無一切智。聞說三世菩薩願行事發希有心。白佛言。世尊。佛於三世中無法不知。從如法性實際無不知者。諸眾生心所行業果報因緣無事不知。從十方現在諸佛及過去未來世佛及世界弟子及所行事皆悉遍知。佛一切智其力甚大不可思議。 舎利弗は、一切智無く、三世の菩薩の願行の事を説くを聞いて、希有の心を発し、仏に白して言さく、『世尊、仏は三世中に於いて、法の知らざる無く、如、法性、実際に従いて、知らざる者無く、諸の衆生心の所行の業、果報、因縁の事として知らざる無く、十方の現在の諸仏より、及び過去、未来世の仏、及び世界、弟子、及び所行の事まで、皆悉く、遍く知りたもう。仏の一切智は、其の力甚大にして、不可思議なり』、と。
『舎利弗は、一切智が無い!』ので、
『三世の菩薩』の、
『願行事が説かれるのを、聞く!』と、
『希有の心』が、
『発り!』、
『仏に白して!』、こう言った、――
世尊!
『仏』は、
『三世』中に、
『知らない法』が、
『無く!』、
『如、法性、実際に従われること!』を、
『知らない者』が、
『無く!』、
『諸の衆生の所行の業、果報の因縁』は、
『知らない事』が、
『無く!』、
『十方現在の諸仏より、過去未来世の仏、世界の弟子の所行の事まで!』、
『皆、悉く!』、
『遍く、知っていられ!』、
『仏の一切智の力』は、
『甚大であり!』、
『不可思議です!』、と。
舍利弗意謂。同是出家人俱求般若波羅蜜。何以故。有得有不得者。 舎利弗の意に謂わく、『是の出家人に同じく、倶に般若波羅蜜を求む。何を以っての故にか、得る有り、得ざる者有る』、と。
『舎利弗の意』は、こう謂ったのである、――
是の、
『出家人に同じく!』、
『般若波羅蜜』を、
『倶に、求めながら!』、
何故、
『得る者と、得ない者とが!』、
『有るのですか?』。
佛答。若是菩薩常一心求六波羅蜜不惜身命。是人內有好心外諸佛菩薩及諸天所護助故。 仏の答えたまわく、『若し、是の菩薩、常に一心に六波羅蜜を求めて、身命を惜まざれば、是の人は、内に好心有り、外に諸仏、菩薩、及び諸天の護助さるるが故なり』、と。
『仏』は、こう答えられた、――
若し、
是の、
『菩薩』が、
『常に、一心に六波羅蜜を求めて!』、
『身命』を、
『惜まなければ!』、
是の、
『人』は、
『内には!』、
『好心』が、
『有り!』、
『外には!』、
『諸仏菩薩や、諸天に護られ!』、
『助けられるからである!』。
舍利弗意雖復精進佛不在世魔力復大。是菩薩云何得是般若波羅蜜深經。是故更問得是應六波羅蜜深經。 舎利弗の意にすらく、『復た精進すと雖も、仏世に在さずんば、魔の力も復た大ならん。是の菩薩は、云何が、是の般若波羅蜜の深経を得ん』、と。是の故に更に問わく、『是の六波羅蜜に応ずる深経を得んや』、と。
『舎利弗の意』は、こうである、――
『復た、精進したとしても( if they carry out his exertion )!』、
『仏が在世しなければ!』、
『復た、魔力も大なのである( also the power of Destroyer is big )!』が、
是の、
『菩薩』は、
何のようにして、
是の、
『般若波羅蜜の深い経』を、
『得るのだろうか?』、と。
是の故に、
更に問うた、――
是の、
『六波羅蜜に応じた深い経』を、
『得ることになるのですか?』、と。
  精進(しょうじん):梵語 viirya の訳、男らしさ/強さ/気力( manliness, strength, energy )の義、不屈の精神( fortitude )の意。正精進、即ち正しい努力( right exertion )の義を有する梵語 samyagvyaayaama に同じ。
  (ま):梵語 maara の訳、殺生/破壊( killing, destroying )の義、障害物/破壊神/邪悪な者( an obstacle, hindrance; the Destroyer, Evil One )の意。
佛言。得此中說得因緣。所謂善男子善女人為無上道故。為眾生說法示教利喜令住六波羅蜜開佛道。是業果報故轉身易得應六波羅蜜深經。 仏の言わく、『得ん』、と。此の中に得る因縁を説きたもう。謂わゆる『善男子、善女人は、無上道の為の故に、衆生の為に法を説き、示し、教え、利し、喜ばし、六波羅蜜に住して、仏道を開き、是の業の果報の故に身を転じて、易く六波羅蜜に応ずる深経を得ん』、となり。
『仏』は、
是の、
『深い経を得るのである!』と、
『言われて!』、
此の中に、
『得る因縁』を、
『説かれた!』。
謂わゆる、
『善男子、善女人』は、
『無上道の為め!』の故に、
『衆生の為めに、法を説いて!』、
『道を示し、教えて!』、
『衆生を利して、喜ばせ!』、
『衆生を、六波羅蜜に住させて!』、
『仏道』を、
『開き!』、
是の、
『業の果報の故に、身を転じながら!』、
『六波羅蜜に応じて深い経』を、
『易く得るのである!』。
若得能疾受持乃至如所說。修行精進不捨。世世常不離。用六波羅蜜果報故。淨佛世界成就眾生。乃至無上道。若吝惜法則常生邊地無佛法處
大智度論卷第六十七
若し得て、能く疾かに受持し、乃至所説の如く修行して、精進して捨てず、世世に常に離れざれば、六波羅蜜の果報を用いる故に、仏世界を浄めて、衆生を乃至無上道まで、成就す。若し法を、吝惜すれば、則ち常に辺地の、仏法無き処に生ず。
大智度論巻第六十七
若し、
『経巻を、疾かに受持することができ!』、
『所説のように、修行し精進して捨てず!』、
『世世に、常に離さなければ!』、
『六波羅蜜の果報を用いる!』が故に、
『仏世界を浄めたり!』、
『衆生を成就しながら!』、
乃ち( gradually )、
『無上道』に、
『至ることになる!』が、
若し、
『法を吝惜すれば( to spare the dharma )!』、
常に、
『仏法の無い辺地』に、
『生じることになる!』。

大智度論巻第六十七
  吝惜(りんしゃく)・慳惜(けんじゃく):梵語 an- aatta- manas の訳、吝嗇な/物惜しみする( parsimonious, miserly )の意。利己的な/貪欲な/妬み深い( selfish, greedy, envious )の義を有する梵語 matsara に同じ。


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