巻第四十七之上

 

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百八三昧

【經】

首楞厳三昧、宝印三昧、師子遊戯三昧、妙月三昧、月幢相三昧、

出諸法三昧、観頂三昧、畢法性三昧、畢幢相三昧、金剛三昧

入法印三昧、三昧王安立三昧、放光三昧、力進三昧、高出三昧、

必入辯才三昧、釈名字三昧、観方三昧、陀羅尼印三昧、無誑三昧

摂諸法海三昧、遍覆虚空三昧、金剛輪三昧、断宝三昧、能照三昧、

不求三昧、無住三昧、無心三昧、浄灯三昧、無辺明三昧

能作明三昧、普照明三昧、堅浄諸三昧三昧、無垢明三昧、歓喜三昧、

電光三昧、無尽三昧、威徳三昧、離尽三昧、不動三昧

不退三昧、日灯三昧、月浄三昧、浄明三昧、能作明三昧、

作行三昧、知相三昧、如金剛三昧、心住三昧、普明三昧

安立三昧、宝聚三昧、妙法印三昧、法等三昧、断喜三昧、

到法頂三昧、能散三昧、分別諸法句三昧、字等相三昧、離字三昧

断縁三昧、不壊三昧、無種相三昧、無処行三昧、離蒙昧三昧、

無去三昧、不変異三昧、度縁三昧、集諸功徳三昧、住無心三昧

妙浄華三昧、覚意三昧、無量辯三昧、無等等三昧、度諸法三昧、

分別諸法三昧、散疑三昧、無住処三昧、一荘厳三昧、生行三昧

一行三昧、不一行三昧、妙行三昧、達一切有底散三昧、入名語三昧、

離音声字語三昧、然炬三昧、浄相三昧、破相三昧、一切種妙足三昧

不喜苦楽三昧、無尽相三昧、陀羅尼三昧、摂諸邪正相三昧、滅憎愛三昧、

逆順三昧、浄光三昧、堅固三昧、満月浄光三昧、大荘厳三昧

能照一切世三昧、三昧等三昧、摂一切有諍無諍三昧、不楽一切住処三昧、

如住定三昧、壊身衰三昧、壊語如虚空三昧、離著虚空不染三昧

【論】

首楞厳三昧、宝印三昧、師子遊戯三昧、妙月三昧、月幢相三昧、

出諸法三昧、観頂三昧、畢法性三昧、畢幢相三昧、金剛三昧

入法印三昧、三昧王安立三昧、放光三昧、力進三昧、高出三昧、

必入辯才三昧、釈名字三昧、観方三昧、陀羅尼印三昧、無誑三昧

 

 

 

 

 

 

大智度論釈摩訶衍品第十八之余

大智度論釋摩訶衍品第十八之餘

         (卷四十七)

 龍樹菩薩造

 後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯

大智度論、釈摩訶衍品第十八の余

                (巻四十七)

  龍樹菩薩造り

  後秦亀茲国の三蔵鳩摩羅什訳せり

 謂わゆる首楞厳等の百八三昧は菩薩摩訶薩の摩訶衍なりと説く。即ち百八三昧とは、菩薩行の種種相を説けるものにして、皆、空、無相、無作の三解脱門を体となし、故に三昧と名づくるものである。

 

百八三昧

【經】復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂名首楞嚴三昧。寶印三昧。師子遊戲三昧。妙月三昧。月幢相三昧。出諸法三昧。觀頂三昧。畢法性三昧。畢幢相三昧。金剛三昧。

復た次ぎに、須菩提、菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、謂わゆる首楞厳三昧、宝印三昧、師子遊戯三昧、妙月三昧、月幢相三昧、出諸法三昧、観頂三昧、畢法性三昧、畢幢相三昧、金剛三昧、

 復た次ぎに、

   須菩提!

   『菩薩摩訶薩』の、

     『摩訶衍』とは、

     謂わゆる、――

       『首楞厳三昧』、

       『宝印三昧』、

       『師子遊戯三昧』、

       『妙月三昧』、

       『月幢相三昧』、

       『出諸法三昧』、

       『観頂三昧』、

       『畢法性三昧』、

       『畢幢相三昧』、

       『金剛三昧』、

 

  三昧(さんまい):心の一境に住して動かざる状態の意。『大智度論巻20()注:三昧』参照。

入法印三昧。三昧王安立三昧。放光三昧。力進三昧。高出三昧。必入辯才三昧。釋名字三昧。觀方三昧。陀羅尼印三昧。無誑三昧。

入法印三昧、三昧王安立三昧、放光三昧、力進三昧、高出三昧、必入辯才三昧、釈名字三昧、観方三昧、陀羅尼印三昧、無誑三昧、

       『入法印三昧』、

       『三昧王安立三昧』、

       『放光三昧』、

       『力進三昧』、

       『高出三昧』、

       『必入辯才三昧』、

       『釈名字三昧』、

       『観方三昧』、

       『陀羅尼印三昧』、

       『無誑三昧』、

攝諸法海三昧。遍覆虛空三昧。金剛輪三昧。斷寶三昧。能照三昧。不求三昧。無住三昧。無心三昧。淨燈三昧。無邊明三昧。

摂諸法海三昧、遍覆虚空三昧、金剛輪三昧、断宝三昧、能照三昧、不求三昧、無住三昧、無心三昧、浄灯三昧、無辺明三昧、

       『摂諸法海三昧』、

       『遍覆虚空三昧』、

       『金剛輪三昧』、

       『断宝三昧』、

       『能照三昧』、

       『不求三昧』、

       『無住三昧』、

       『無心三昧』、

       『浄灯三昧』、

       『無辺明三昧』、

能作明三昧。普照明三昧。堅淨諸三昧三昧。無垢明三昧。歡喜三昧。電光三昧。無盡三昧。威コ三昧。離盡三昧。不動三昧。

能作明三昧、普照明三昧、堅浄諸三昧三昧、無垢明三昧、歓喜三昧、電光三昧、無尽三昧、威徳三昧、離尽三昧、不動三昧、

       『能作明三昧』、

       『普照明三昧』、

       『堅浄諸三昧三昧』、

       『無垢明三昧』、

       『歓喜三昧』、

       『電光三昧』、

       『無尽三昧』、

       『威徳三昧』、

       『離尽三昧』、

       『不動三昧』、

不退三昧。日燈三昧。月淨三昧。淨明三昧。能作明三昧。作行三昧。知相三昧。如金剛三昧。心住三昧。普明三昧。

不退三昧、日灯三昧、月浄三昧、浄明三昧、能作明三昧、作行三昧、知相三昧、如金剛三昧、心住三昧、普明三昧、

       『不退三昧』、

       『日灯三昧』、

       『月浄三昧』、

       『浄明三昧』、

       『能作明三昧』、

       『作行三昧』、

       『知相三昧』、

       『如金剛三昧』、

       『心住三昧』、

       『普明三昧』、

安立三昧。寶聚三昧。妙法印三昧。法等三昧。斷喜三昧。到法頂三昧。能散三昧。分別諸法句三昧。字等相三昧。離字三昧。

安立三昧、宝聚三昧、妙法印三昧、法等三昧、断喜三昧、到法頂三昧、能散三昧、分別諸法句三昧、字等相三昧、離字三昧、

       『安立三昧』、

       『宝聚三昧』、

       『妙法印三昧』、

       『法等三昧』、

       『断喜三昧』、

       『到法頂三昧』、

       『能散三昧』、

       『分別諸法句三昧』、

       『字等相三昧』、

       『離字三昧』、

斷緣三昧。不壞三昧。無種相三昧。無處行三昧。離曚昧三昧。無去三昧。不變異三昧。度緣三昧。集諸功コ三昧。住無心三昧。

断縁三昧、不壊三昧、無種相三昧、無処行三昧、離蒙昧三昧、無去三昧、不変異三昧、度縁三昧、集諸功徳三昧、住無心三昧、

       『断縁三昧』、

       『不壊三昧』、

       『無種相三昧』、

       『無処行三昧』、

       『離蒙昧三昧』、

       『無去三昧』、

       『不変異三昧』、

       『度縁三昧』、

       『集諸功徳三昧』、

       『住無心三昧』、

妙淨華三昧。覺意三昧。無量辯三昧。無等等三昧。度諸法三昧。分別諸法三昧。散疑三昧。無住處三昧。一莊嚴三昧。生行三昧。

妙浄華三昧、覚意三昧、無量辯三昧、無等等三昧、度諸法三昧、分別諸法三昧、散疑三昧、無住処三昧、一荘厳三昧、生行三昧、

       『妙浄華三昧』、

       『覚意三昧』、

       『無量辯三昧』、

       『無等等三昧』、

       『度諸法三昧』、

       『分別諸法三昧』、

       『散疑三昧』、

       『無住処三昧』、

       『一荘厳三昧』、

       『生行三昧』、

一行三昧。不一行三昧。妙行三昧。達一切有底散三昧。入名語三昧。離音聲字語三昧。然炬三昧。淨相三昧。破相三昧。一切種妙足三昧。

一行三昧、不一行三昧、妙行三昧、達一切有底散三昧、入名語三昧、離音声字語三昧、然炬三昧、浄相三昧、破相三昧、一切種妙足三昧、

       『一行三昧』、

       『不一行三昧』、

       『妙行三昧』、

       『達一切有底散三昧』、

       『入名語三昧』、

       『離音声字語三昧』、

       『然炬三昧』、

       『浄相三昧』、

       『破相三昧』、

       『一切種妙足三昧』、

不喜苦樂三昧。無盡相三昧。陀羅尼三昧。攝諸邪正相三昧。滅憎愛三昧。逆順三昧。淨光三昧。堅固三昧。滿月淨光三昧。大莊嚴三昧。

不喜苦楽三昧、無尽相三昧、陀羅尼三昧、摂諸邪正相三昧、滅憎愛三昧、逆順三昧、浄光三昧、堅固三昧、満月浄光三昧、大荘厳三昧、

       『不喜苦楽三昧』、

       『無尽相三昧』、

       『陀羅尼三昧』、

       『摂諸邪正相三昧』、

       『滅憎愛三昧』、

       『逆順三昧』、

       『浄光三昧』、

       『堅固三昧』、

       『満月浄光三昧』、

       『大荘厳三昧』、

能照一切世三昧。三昧等三昧。攝一切有諍無諍三昧。不樂一切住處三昧。如住定三昧。壞身衰三昧。壞語如虛空三昧。離著虛空不染三昧。

能照一切世三昧、三昧等三昧、摂一切有諍無諍三昧、不楽一切住処三昧、如住定三昧、壊身衰三昧、壊語如虚空三昧、離著虚空不染三昧なり。

       『能照一切世三昧』、

       『三昧等三昧』、

       『摂一切有諍無諍三昧』、

       『不楽一切住処三昧』、

       『如住定三昧』、

       『壊身衰三昧』、

       『壊語如虚空三昧』、

       『離著虚空不染三昧』である。

  

 

 

云何名首楞嚴三昧。知諸三昧行處。是名首楞嚴三昧。

云何が、首楞厳三昧と名づくる。諸の三昧の行処を知る。是れを首楞厳三昧と名づく。

    何故、

      『首楞厳三昧』というのか?

      諸の、

        『三昧』の、

          『行処』を、

          『知る!』こと、

        是れが、

          『首楞厳三昧』である。

云何名寶印三昧。住是三昧能印諸三昧。是名寶印三昧。

云何が、宝印三昧と名づくる。是の三昧住して、能く諸三昧を印す。是れを宝印三昧と名づく。

   何故、

     『宝印三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『印可』する!ことができる。

       是れが、

         『宝印三昧』である。

云何名師子遊戲三昧。住是三昧能遊戲諸三昧中如師子。是名師子遊戲三昧。

云何が、師子遊戯三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧中に遊戯すること、師子の如し。是れを師子遊戯三昧と名づく。

   何故、

     『師子遊戯三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』中に、

           『師子』のように、

           『遊戯』する!ことができる。

       是れが、

         『師子遊戯三昧』である。

云何名妙月三昧。住是三昧能照諸三昧如淨月。是名妙月三昧。

云何が、妙月三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を照らすこと、浄月の如し。是れを妙月三昧と名づく。

   何故、

     『妙月三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

           『浄月』のように、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『妙月三昧』である。

云何名月幢相三昧。住是三昧能持諸三昧相。是名月幢相三昧。

云何が、月幢相三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の相を持す。是れを月幢相三昧と名づく。

   何故、

     『月幢相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『相』を、

           『持する!』ことができる。

       是れが、

         『月幢相三昧』である。

云何名出諸法三昧。住是三昧能出生諸三昧。是名出諸法三昧。

云何が、出諸法三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を出生す。是れを出諸法三昧と名づく。

   何故、

     『出諸法三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『出生』する!ことができる。

       是れが、

         『出諸法三昧』である。

云何名觀頂三昧。住是三昧能觀諸三昧頂。是名觀頂三昧。

云何が、観頂三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の頂を観る。是れを観頂三昧と名づく。

   何故、

     『観頂三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『頂上』を、

           『観る!』ことができる。

       是れが、

         『観頂三昧』である。

云何名畢法性三昧。住是三昧決定知法性。是名畢法性三昧。

云何が、畢法性三昧と名づくる。是の三昧に住して、決定して法性を知る。是れを畢法性三昧と名づく。

   何故、

     『畢法性三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『決定』して、

         『法性』を、

         『知る!』ことができる。

       是れが、

         『畢法性三昧』である。

云何名畢幢相三昧。住是三昧能持諸三昧幢。是名畢幢相三昧。

云何が、畢幢相三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の幢を持す。是れを畢幢相三昧と名づく。

   何故、

     『畢幢相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『幢(軍旗の如し)』を、

           『持する!』ことができる。

       是れが、

         『畢幢相三昧』である。

云何名金剛三昧。住是三昧能破諸三昧。是名金剛三昧。

云何が、金剛三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を破す。是れを金剛三昧と名づく。

   何故、

     『金剛三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『破る!』ことができる。

       是れが、

         『金剛三昧』である。

  

 

 

云何名入法印三昧。住是三昧入諸法印。是名入法印三昧。

云何が、入法印三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法に入る印なり。是れを入法印三昧と名づく。

   何故、

     『入法印三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』に、

           『入る!』、

           『印(許可印)』となる。

       是れが、

         『入法印三昧』である。

云何名三昧王安立三昧。住是三昧一切諸三昧中安立住如王。是名三昧王安立三昧。

云何が、三昧王安立三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の諸三昧中に安立し、住すること王の如し。是れを三昧王安立三昧と名づく。

   何故、

     『三昧王安立三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

       諸の、

         『三昧』中に、

         安立して、

           『王』のように、

           『住まる!』ことができる。

       是れが、

         『三昧王安立三昧』である。

云何名放光三昧。住是三昧。能放光照諸三昧。是名放光三昧。

云何が、放光三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く光を放ち、諸三昧を照らす。是れを放光三昧と名づく。

   何故、

     『放光三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『光』を放って、

       諸の、

         『三昧』を、

         『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『放光三昧』である。

云何名力進三昧。住是三昧於諸三昧能作力勢。是名力進三昧。

云何が、力進三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、能く力勢を作す。是れを力進三昧と名づく。

   何故、

     『力進三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

           『力勢』を、

           『作す!』ことができる。

       是れが、

         『力進三昧』である。

云何名高出三昧。住是三昧能搨キ諸三昧。是名高出三昧。

云何が、高出三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を増長す。是れを高出三昧と名づく。

   何故、

     『高出三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『増長』する!ことができる。

       是れが、

         『高出三昧』である。

云何名必入辯才三昧。住是三昧能辯說諸三昧。是名必入辯才三昧。

云何が、必入辯才三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を辯説す。是れを必入辯才三昧と名づく。

   何故、

     『必入辯才三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『辯じ説く!』ことができる。

       是れが、

         『必入辯才三昧』である。

云何名釋名字三昧。住是三昧。能釋諸三昧名字。是名釋名字三昧。

云何が、釈名字三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の名字を釈す。是れを釈名字三昧と名づく。

   何故、

     『釈名字三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『名字』を、

           『釈する!』ことができる。

       是れが、

         『釈名字三昧』である。

云何名觀方三昧。住是三昧能觀諸三昧方。是名觀方三昧。

云何が、観方三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の方を観る。是れを観方三昧と名づく。

   何故、

     『観方三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『方』を、

           『観る!』ことができる。

       是れが、

         『観方三昧』である。

云何名陀羅尼印三昧。住是三昧持諸三昧印。是名陀羅尼印三昧。

云何が、陀羅尼印三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の印を持す。是れを陀羅尼印三昧と名づく。

   何故、

     『陀羅尼印三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『印(通行許可印)』を、

           『持つ!』ことになる。

       是れが、

         『陀羅尼印三昧』である。

云何名無誑三昧。住是三昧於諸三昧不欺誑。是名無誑三昧。

云何が、無誑三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて欺誑せず。是れを無誑三昧と名づく。

   何故、

     『無誑三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

         『欺誑(だます)』される!ことがない。

       是れが、

         『無誑三昧』である。

  

 

 

云何名攝諸法海三昧。住是三昧能攝諸三昧如大海水。是名攝諸法海三昧。

云何が、摂諸法海三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を摂すること、大海水の如し。是れを摂諸法海三昧と名づく。

   何故、

     『摂諸法海三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

           『大海水』のように、

           『摂する!』ことができる。

       是れが、

         『摂諸法海三昧』である。

云何名遍覆虛空三昧。住是三昧遍覆諸三昧如虛空。是名遍覆虛空三昧。

云何が、遍覆虚空三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧を遍覆すること虚空の如し。是れを遍覆虚空三昧と名づく。

   何故、

     『遍覆虚空三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         遍く、

           『虚空』のように、

           『覆う!』ことができる。

       是れが、

         『遍覆虚空三昧』である。

云何名金剛輪三昧。住是三昧能持諸三昧。分是名金剛輪三昧。

云何が、金剛輪三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の分を持す。是れを金剛輪三昧と名づく。

   何故、

     『金剛輪三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『分』を、

           『持する!』ことができる。

       是れが、

         『金剛輪三昧』である。

云何名斷寶三昧。住是三昧斷諸三昧煩惱垢。是名斷寶三昧。

云何が、断宝三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の煩悩の垢を断ず。是れを断宝三昧と名づく。

   何故、

     『断宝三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『煩悩』の、

           『垢』を、

           『断ずる!』ことができる。

       是れが、

         『断宝三昧』である。

云何名能照三昧。住是三昧能以光明顯照諸三昧。是名能照三昧。

云何が、能照三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く光明を以って、諸三昧を顕照す。是れを能照三昧と名づく。

   何故、

     『能照三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『光明』を以って、

       諸の、

         『三昧』を、

         『顕照する!』ことができる。

       是れが、

         『能照三昧』である。

云何名不求三昧。住是三昧無法可求。是名不求三昧。

云何が、不求三昧と名づくる。是の三昧に住して、法の求むべき無し。是れを不求三昧と名づく。

   何故、

     『不求三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『求める!』べき、

         『法』が、

         『無い!』ことになる。

       是れが、

         『不求三昧』である。

云何名無住三昧。住是三昧一切三昧中不見法住。是名無住三昧。

云何が、無住三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の三昧中に、法の住するを見ず。是れを無住三昧と名づく。

   何故、

     『無住三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『三昧』中に、

         『住する!』、

           『法』を、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『無住三昧』である。

云何名無心三昧。住是三昧心心數法不行。是名無心三昧。

云何が、無心三昧と名づくる。是の三昧に住して、心、心数法行ぜず。是れを無心三昧と名づく。

   何故、

     『無心三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

         『心、心数法』が、

         『行ずる!』ことはない。

       是れが、

         『無心三昧』である。

云何名淨燈三昧。住是三昧於諸三昧中作明如燈。是名淨燈三昧。

云何が、浄灯三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧中に於いて、明と作ること、灯の如し。是れを浄灯三昧と名づく。

   何故、

     『浄灯三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』中に、

           『灯』のような、

           『明(あかり)』と作る!

       是れが、

         『浄灯三昧』である。

云何名無邊明三昧。住是三昧與諸三昧作無邊明。是名無邊明三昧。

云何が、無辺明三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の与(ため)に、無辺の明と作る。是れを無辺明三昧と名づく。

   何故、

     『無辺明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

         『無辺』の、

           『明』と作って、

           『寄与』する!

       是れが、

         『無辺明三昧』である。

  

 

 

云何名能作明三昧。住是三昧即時能為諸三昧作明。是名能作明三昧。

云何が、能作明三昧と名づくる。是の三昧に住して、即時に能く諸三昧の為に、明と作る。是れを能作明三昧と名づく。

   何故、

     『能作明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       即時に、

       諸の、

         『三昧』の為に、

           『明』と、

           『作る!』ことができる。

       是れが、

         『能作明三昧』である。

云何名普照明三昧。住是三昧即能照諸三昧。門是名普照明三昧。

云何が、普照明三昧と名づくる。是の三昧に住して、即ち能く諸三昧の門を照らす。是れを普照明三昧と名づく。

   何故、

     『普照明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       即ち(直接)、

       諸の、

         『三昧』を、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『普照明三昧』である。

 

  (そく):ちかづく。近。いたる。至。

云何名堅淨諸三昧三昧。住是三昧能堅淨諸三昧相。是名堅淨諸三昧三昧。

云何が、堅浄諸三昧三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の相を堅浄ならしむ。是れを堅浄諸三昧三昧と名づく。

   何故、

     『堅浄諸三昧三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『相』を、

           『堅浄』にする!ことができる。

       是れが、

         『堅浄諸三昧三昧』である。

云何名無垢明三昧。住是三昧能除諸三昧垢。亦能照一切三昧。是名無垢明三昧。

云何が、無垢明三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の垢を除き、亦た能く一切の三昧を照らす。是れを無垢明三昧と名づく。

   何故、

     『無垢明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『垢』を、

           『除く!』ことができ、

         亦た、

         一切の、

           『三昧』を、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『無垢明三昧』である。

云何名歡喜三昧。住是三昧能受諸三昧喜。是名歡喜三昧。

云何が、歓喜三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の喜を受く。是れを歓喜三昧と名づく。

   何故、

     『歓喜三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『喜(よろこび)』を、

           『受ける!』ことができる。

       是れが、

         『歓喜三昧』である。

云何名電光三昧。住是三昧照諸三昧如電光。是名電光三昧。

云何が、電光三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧を照らすこと、電光の如し。是れを電光三昧と名づく。

   何故、

     『電光三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

           『電光』のように、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『電光三昧』である。

云何名無盡三昧。住是三昧於諸三昧不見盡。是名無盡三昧。

云何が、無尽三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、尽くるを見ず。是れを無尽三昧と名づく。

   何故、

     『無尽三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『尽きる!』のを、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『無尽三昧』である。

云何名威コ三昧。住是三昧於諸三昧威コ照然。是名威コ三昧。

云何が、威徳三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、威徳照然たり。是れを威徳三昧と名づく。

   何故、

     『威徳三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

           『威徳』が、

           『照然(かがやくさま)』となる。

       是れが、

         『威徳三昧』である。

云何名離盡三昧。住是三昧不見諸三昧盡。是名離盡三昧。

云何が、離尽三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の尽くるを見ず。是れを離尽三昧と名づく。

   何故、

     『離尽三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『尽きる!』のを、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『離尽三昧』である。

云何名不動三昧。住是三昧令諸三昧不動不戲。是名不動三昧。

云何が、不動三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧をして、不動不戯ならしむ。是れを不動三昧と名づく。

   何故、

     『不動三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

           『不動』、

           『不戯(たわむれない!)』にする。

       是れが、

         『不動三昧』である。

  

 

 

云何名不退三昧。住是三昧能不見諸三昧退。是名不退三昧。

云何が、不退三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧より退するを見ず。是れを不退三昧と名づく。

   何故、

     『不退三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』より、

           『退する!』のを、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『不退三昧』である。

云何名日燈三昧。住是三昧放光照諸三昧門。是名日燈三昧。

云何が、日灯三昧と名づくる。是の三昧に住して、光を放ち、諸三昧の門を照らす。是れを日灯三昧と名づく。

   何故、

     『日灯三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『光』を放って、

       諸の、

         『三昧』の、

           『門』を、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『日灯三昧』である。

云何名月淨三昧。住是三昧能除諸三昧闇。是名月淨三昧。

云何が、月浄三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の闇を除く。是れを月浄三昧と名づく。

   何故、

     『月浄三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『闇』を、

           『除く!』ことができる。

       是れが、

         『月浄三昧』である。

云何名淨明三昧。住是三昧於諸三昧得四無礙智。是名淨明三昧。

云何が、浄明三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、四無礙智を得。是れを浄明三昧と名づく。

   何故、

     『浄明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

           『四無礙智(義、法、辞、楽説無礙)』を、

           『得る!』ことができる。

       是れが、

         『浄明三昧』である。

云何名能作明三昧。住是三昧於諸三昧門能作明。是名能作明三昧。

云何が、能作明三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の門に於いて、能く明と作る。是れを能作明三昧と名づく。

   何故、

     『能作明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『門』に於いて、

           『明』と、

           『作る!』ことができる。

       是れが、

         『能作明三昧』である。

云何名作行三昧。住是三昧能令諸三昧各有所作。是名作行三昧。

云何が、作行三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧をして、各、所作有らしむ。是れを作行三昧と名づく。

   何故、

     『作行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

         各、

           『作す!』所が、

           『有らせる!』ようにできる。

       是れが、

         『作行三昧』である。

云何名知相三昧。住是三昧見諸三昧知相。是名知相三昧。

云何が、知相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の知相を見る。是れを知相三昧と名づく。

   何故、

     『知相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『知の相』を、

           『見る!』ことができる。

       是れが、

         『知相三昧』である。

云何名如金剛三昧。住是三昧能貫達諸法亦不見達。是名如金剛三昧。

云何が、如金剛三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸法に貫達し、亦た達するを見ず。是れを如金剛三昧と名づく。

   何故、

     『如金剛三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』に、

         『貫達』する!ことができるが、

       亦た、

         『達する!』と、

         『見る!』こともない。

       是れが、

         『如金剛三昧』である。

云何名心住三昧。住是三昧心不動不轉不惱。亦不念有是心。是名心住三昧。

云何が、心住三昧と名づくる。是の三昧に住して、心は不動、不転、不悩なり。亦た是の心の有らんことを念ぜず。是れを心住三昧と名づく。

   何故、

     『心住三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

         『心』は、

           『動く!』ことなく、

           『転ずる!』ことなく、

           『悩む!』こともない。

       亦た、

       是の、

         『心』を、

           『有する!』よう、

           『念ずる!』こともない。

       是れが、

         『心住三昧』である。

云何名普明三昧。住是三昧普見諸三昧明。是名普明三昧。

云何が、普明三昧と名づくる。是の三昧に住して、普く、諸三昧の明たるを見る。是れを普明三昧と名づく。

   何故、

     『普明三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       普く、

       諸の、

         『三昧』の、

           『明』を、

           『見る!』ことができる。

       是れが、

         『普明三昧』である。

  

 

 

云何名安立三昧。住是三昧於諸三昧安立不動。是名安立三昧。

云何が、安立三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて安立し、不動なり。是れを安立三昧と名づく。

   何故、

     『安立三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『安立』して、

           『不動』である!

       是れが、

         『安立三昧』である。

云何名寶聚三昧。住是三昧普見諸三昧如見寶聚。是名寶聚三昧。

云何が、宝聚三昧と名づくる。是の三昧に住して、普く諸三昧を見るに、宝聚を見るが如し。是れを宝聚三昧と名づく。

   何故、

     『宝聚三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住して、

       普く、

       諸の、

         『三昧』を見れば、

           『宝聚』を、

           『見る!』ようである。

       是れが、

         『宝聚三昧』である。

云何名妙法印三昧。住是三昧能印諸三昧。以無印印故。是名妙法印三昧。

云何が、妙法印三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を印す。無印を以って、印するが故に、是れを妙法印三昧と名づく。

   何故、

     『妙法印三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

         『印する!』ことができる。

       即ち、

         『無印』を以って、

         『印する!』が故に、

       是れを、

         『妙法印三昧』というのである。

云何名法等三昧。住是三昧觀諸法等無法不等。是名法等三昧。

云何が、法等三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の等を見るに、法の不等なる無し。是れを法等三昧と名づく。

   何故、

     『法等三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       こう観る!、――

       諸の、

         『法』は、

           『等しい!』、

         『法』の、

           『等しくない!』ものは、

           『無い!』と。

       是れが、

         『法等三昧』である。

云何名斷喜三昧。住是三昧斷一切法中喜。是名斷喜三昧。

云何が、断喜三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切法中の喜を断ず。是れを断喜三昧と名づく。

   何故、

     『断喜三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『法』中の、

           『喜』を、

           『断ずる!』。

       是れが、

         『断喜三昧』である。

云何名到法頂三昧。住是三昧滅諸法闇。亦在諸三昧上。是名到法頂三昧。

云何が、到法頂三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の闇を滅し、亦た、諸三昧の上に在り。是れを到法頂三昧と名づく。

   何故、

     『到法頂三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』の、

           『闇』を、

           『滅する!』ことができ、

       亦た、

       諸の、

         『三昧』の、

           『上』に、

           『在る!』ことができる。

       是れが、

         『到法頂三昧』である。

云何名能散三昧。住是三昧中能破散諸法。是名能散三昧。

云何が、能散三昧と名づくる。是の三昧中に住して、能く諸法を破散す。是れを能散三昧と名づく。

   何故、

     『能散三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』を、

         『破散』する!ことができる。

       是れが、

         『能散三昧』である。

云何名分別諸法句三昧。住是三昧能分別諸三昧諸法句。是名分別諸法句三昧。

云何が、分別諸法句三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧の諸法句を分別す。是れを分別諸法句三昧と名づく。

   何故、

     『分別諸法句三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』と、

       諸の、

         『法句』を、

         『分別』する!ことができる。

       是れが、

         『分別諸法句三昧』である。

云何名字等相三昧。住是三昧得諸三昧字等。是名字等相三昧。

云何が、字等相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の字の等を得。是れを字等三昧と名づくる。

   何故、

     『字等相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『字(名字)』の、

           『等相』を、

           『得る!』ことができる。

       是れが、

         『字等相三昧』である。

云何名離字三昧。住是三昧諸三昧中乃至不見一字。是名離字三昧。

云何が、離字三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧中に、乃至一字だに見ず。是れを離字三昧と名づく。

   何故、

     『離字三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』中に、

           『一字』すら、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『離字三昧』である。

  

 

 

云何名斷緣三昧。住是三昧斷諸三昧緣。是名斷緣三昧。

云何が、断縁三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の縁を断ず。是れを断縁三昧と名づく。

   何故、

     『断縁三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『縁』を、

           『断ずる!』ことができる。

       是れが、

         『断縁三昧』である。

云何名不壞三昧。住是三昧不得諸法變異。是名不壞三昧。

云何が、不壊三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の変異を得ず。是れを不壊三昧と名づく。

   何故、

     『不壊三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』の、

           『変異(不空)』を、

           『得る!』ことがない。

       是れが、

         『不壊三昧』である。

云何名無種相三昧。住是三昧不見諸法種種。是名無種相三昧。

云何が、無種相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の種種なるを見ず。是れを無種相三昧と名づく。

   何故、

     『無種相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』の、

         種種の、

           『相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『無種相三昧』である。

云何名無處行三昧。住是三昧不見諸三昧處。是名無處行三昧。

云何が、無処行三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の処を見ず。是れを無処行三昧と名づく。

   何故、

     『無処行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『処(種種義)』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『無処行三昧』である。

云何名離曚昧三昧。住是三昧離諸三昧微闇。是名離矇昧三昧。

云何が、離蒙昧三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の微闇を離る。是れを離蒙昧三昧と名づく。

   何故、

     『離蒙昧三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『微闇』を、

           『離れる!』ことができる。

       是れが、

         『離蒙昧三昧』である。

 

  曚昧(もうまい):うすぐらい。蒙昧。

  矇昧(もうまい):あきめくら。蒙昧。

云何名無去三昧。住是三昧不見一切三昧去相。是名無去三昧。

云何が、無去三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の三昧の去相を見ず。是れを無去三昧と名づく。

   何故、

     『無去三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『三昧』の、

           『去相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『無去三昧』である。

云何名不變異三昧。住是三昧不見諸三昧變異相。是名不變異三昧。

云何が、不変異三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の変異相を見ず。是れを不変異三昧と名づく。

   何故、

     『不変異三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『変異』の、

           『相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『不変異三昧』である。

云何名度緣三昧。住是三昧度一切三昧緣境界。是名度緣三昧。

云何が、度縁三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の三昧の縁ずる境界を度す。是れを度縁三昧と名づく。

   何故、

     『度縁三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『三昧』の、

         縁ずる!

           『境界』を、

           『度す!』ことができる。

       是れが、

         『度縁三昧』である。

云何名集諸功コ三昧。住是三昧集諸三昧功コ。是名集諸功コ三昧。

云何が、集諸功徳三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の功徳を集む。是れを集諸功徳三昧と名づく。

   何故、

     『集諸功徳三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『功徳』を、

           『集める!』ことができる。

       是れが、

         『集諸功徳三昧』である。

云何名住無心三昧。住是三昧於諸三昧心不入。是名住無心三昧。

云何が、住無心三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、心は入らず。是れを住無心三昧と名づく。

   何故、

     『住無心三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『心』が、

           『入る!』ことがない。

       是れが、

         『住無心三昧』である。

  

 

 

云何名淨妙華三昧。住是三昧令諸三昧得淨妙如華。是名淨妙華三昧。

云何が、浄妙華三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧をして、浄妙の華の如きを得しむ。是れを浄妙華三昧と名づく。

   何故、

     『浄妙華三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

         『華』のような、

           『浄妙』を、

           『得させる!』ことができる。

       是れが、

         『浄妙華三昧』である。

云何名覺意三昧。住是三昧諸三昧中得七覺分。是名覺意三昧。

云何が、覚意三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧中に、七覚分を得。是れを覚意三昧と名づく。

   何故、

     『覚意三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』中に、

           『七覚分』を、

           『得る!』ことができる。

       是れが、

         『覚意三昧』である。

云何名無量辯三昧。住是三昧於諸法中得無量辯。是名無量辯三昧。

云何が、無量辯三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法中に於いて、無量の辯を得。是れを無量辯三昧と名づく。

   何故、

     『無量辯三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』中に、

         『無量』の、

           『辯』を、

           『得る!』ことができる。

       是れが、

         『無量辯三昧』である。

云何名無等等三昧。住是三昧諸三昧中得無等等相。是名無等等三昧。

云何が、無等等三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧中に、無等等の相を得。是れを無等等三昧と名づく。

   何故、

     『無等等三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』中に、

         『無等等』の、

           『相』を、

           『得る!』ことができる。

       是れが、

         『無等等三昧』である。

云何名度諸法三昧。住是三昧度一切三昧。是名度諸法三昧。

云何が、度諸法三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の三昧を度す。是れを度諸法三昧と名づく。

   何故、

     『度諸法三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『三昧』を、

         『度(わた)る!』ことができる。

       是れが、

         『度諸法三昧』である。

云何名分別諸法三昧。住是三昧諸三昧及諸法分別見。是名分別諸法三昧。

云何が、分別諸法三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧、及び諸法を分別して見る。是れを分別諸法三昧と名づく。

   何故、

     『分別諸法三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』、及び、

       諸の、

         『法』を、

           『分別』して、

           『見る!』ことができる。

       是れが、

         『分別諸法三昧』である。

云何名散疑三昧。住是三昧得散諸法疑。是名散疑三昧。

云何が、散疑三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の疑を散ずるを得。是れを散疑三昧と名づく。

   何故、

     『散疑三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』の、

           『疑』を、

           『散ずる!』ことができる。

       是れが、

         『散疑三昧』である。

云何名無住處三昧。住是三昧不見諸法住處。是名無住處三昧。

云何が、無住処三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の住処を見ず。是れを無住処三昧と名づく。

   何故、

     『無住処三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』の、

           『住処』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『無住処三昧』である。

云何名一莊嚴三昧。住是三昧終不見諸法二相。是名一莊嚴三昧。

云何が、一荘厳三昧と名づくる。是の三昧に住して、終に諸法の二相なるを見ず。是れを一荘厳三昧と名づく。

   何故、

     『一荘厳三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       終に、

       諸の、

         『法』に、

           『二相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『一荘厳三昧』である。

云何名生行三昧。住是三昧不見諸行生。是名生行三昧。

云何が、生行三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸行の生ずるを見ず。是れを生行三昧と名づく。

   何故、

     『生行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『行』が、

           『生ずる!』のを、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『生行三昧』である。

  

 

 

云何名一行三昧。住是三昧不見諸三昧此岸彼岸。是名一行三昧。

云何が、一行三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の此岸、彼岸を見ず。是れを一行三昧と名づく。

   何故、

     『一行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『此岸』や、

           『此岸』を、

             『見る!』ことがない。

       是れが、

         『一行三昧』である。

云何名不一行三昧。住是三昧不見諸三昧一相。是名不一行三昧。

云何が、不一行三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の一相なるを見ず。是れを不一行三昧と名づく。

   何故、

     『不一行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『一相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『不一行三昧』である。

云何名妙行三昧。住是三昧不見諸三昧二相。是名妙行三昧。

云何が、妙行三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の二相なるを見ず。是れを妙行三昧と名づく。

   何故、

     『妙行三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『二相』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『妙行三昧』である。

云何名達一切有底散三昧。住是三昧入一切有一切三昧。智慧通達亦無所達。是名達一切有底散三昧。

云何が、達一切有底散三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の有、一切の三昧に入るに、智慧通達して、亦た達する所無し。是れを達一切有底散三昧と名づく。

   何故、

     『達一切有底散三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『有』に入り、

       一切の、

         『三昧』に入って、

         『智慧』が、

           『通達』する!が、

         かと言って、

           『達する!』所は、

           『無い!』のである。

       是れを、

         『達一切有底散三昧』という。

云何名入名語三昧。住是三昧入一切三昧名語。是名入名語三昧。

云何が、入名語三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の三昧の名語に入る。是れを入名語三昧と名づく。

   何故、

     『入名語三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

         『三昧』の、

           『名語』に、

           『入る!』ことができる。

       是れが、

         『入名語三昧』である。

云何名離音聲字語三昧。住是三昧不見諸三昧音聲字語。是名離音聲字語三昧。

云何が、離音声字語三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の音声、字語を見ず。是れを離音声字語三昧と名づく。

   何故、

     『離音声字語三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『音声』、

           『字語』を、

             『見る!』ことがない。

       是れが、

         『離音声字語三昧』である。

云何名然炬三昧。住是三昧威コ照明如炬。是名然炬三昧。

云何が、然炬三昧と名づくる。是の三昧に住して、威徳の照明すること、炬の如し。是れを然炬三昧と名づく。

   何故、

     『然炬三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『威徳』が、

         『炬(たいまつ)』のように、

         『照明』する!ことになる。

       是れが、

         『然炬三昧』である。

云何名淨相三昧。住是三昧淨諸三昧相。是名淨相三昧。

云何が、浄相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の相を浄む。是れを浄相三昧と名づく。

   何故、

     『浄相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『相』を、

           『浄める!』ことになる。

       是れが、

         『浄相三昧』である。

云何名破相三昧。住是三昧不見諸三昧相。是名破相三昧。

云何が、破相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の相を見ず。是れを破相三昧と名づく。

   何故、

     『破相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『相』を、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『破相三昧』である。

云何名一切種妙足三昧。住是三昧一切諸三昧種皆具足。是名一切種妙足三昧。

云何が、一切種妙足三昧と名づくる。是の三昧に住して、一切の諸三昧の種を、皆、具足す。是れを一切種妙足三昧と名づく。

   何故、

     『一切種妙足三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       一切の、

       諸の、

         『三昧』の、

           『種(たね)』を、

         皆、

           『具足』する!ことになる。

       是れが、

         『一切種妙足三昧』である。

  

 

 

云何名不喜苦樂三昧。住是三昧不見諸三昧苦樂。是名不喜苦樂三昧。

云何が、不喜苦楽三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の苦楽を見ず。是れを不喜苦楽三昧と名づく。

   何故、

     『不喜苦楽三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『苦、楽』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『不喜苦楽三昧』である。

云何名無盡相三昧。住是三昧不見諸三昧盡。是名無盡相三昧。

云何が、無尽相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の尽くるを見ず。是れを無尽相三昧と名づく。

   何故、

     『無尽相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『尽きる!』のを、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『無尽相三昧』である。

云何名陀羅尼三昧。住是三昧能持諸三昧。是名陀羅尼三昧。

云何が、陀羅尼三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧を持す。是れを陀羅尼三昧と名づく。

   何故、

     『陀羅尼三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』を、

         『持(たも)つ!』ことができる。

       是れが、

         『陀羅尼三昧』である。

云何名攝諸邪正相三昧。住是三昧於諸三昧不見邪正相。是名攝諸邪正相三昧。

云何が、摂諸邪正相三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、邪正の相を見ず。是れを摂諸邪正相三昧と名づく。

   何故、

     『摂諸邪正相三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

         『邪、正』の、

           『相』を、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『摂諸邪正相三昧』である。

云何名滅憎愛三昧。住是三昧不見諸三昧憎愛。是名滅憎愛三昧。

云何が、滅憎愛三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の憎愛を見ず。是れを滅憎愛三昧と名づく。

   何故、

     『滅憎愛三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『憎、愛』を、

           『見る!』ことがない。

       是れが、

         『滅憎愛三昧』である。

云何名逆順三昧。住是三昧不見諸法諸三昧逆順。是名逆順三昧。

云何が、逆順三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法、諸三昧の逆順を見ず。是れを逆順三昧と名づく。

   何故、

     『逆順三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』、

       諸の、

         『三昧』の、

           『逆、順』を、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『逆順三昧』である。

云何名淨光三昧。住是三昧不得諸三昧明垢。是名淨光三昧。

云何が、浄光三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の明、垢を得ず。是れを浄光三昧と名づく。

   何故、

     『浄光三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『明』の、

           『垢』を、

           『得る!』ことがない。

       是れが、

         『浄光三昧』である。

云何名堅固三昧。住是三昧不得諸三昧不堅固。是名堅固三昧。

云何が、堅固三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の堅固ならざるを得ず。是れを堅固三昧と名づく。

   何故、

     『堅固三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『堅固でない!』ものを、

           『得る!』ことはない。

       是れが、

         『堅固三昧』である。

云何名滿月淨光三昧。住是三昧諸三昧滿足如月十五日。是名滿月淨光三昧。

云何が、満月浄光三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の満足なること、月の十五日の如し。是れを満月浄光三昧と名づく。

   何故、

     『満月浄光三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』は、

           『月の十五日(満月)』のように、

           『満足』となる。

       是れが、

         『満月浄光三昧』である。

云何名大莊嚴三昧。住是三昧大莊嚴成就諸三昧。是名大莊嚴三昧。

云何が、大荘厳三昧と名づくる。是の三昧に住して、大荘厳し、諸三昧を成就す。是れを大荘厳三昧と名づく。

   何故、

     『大荘厳三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       『大荘厳』して、

       諸の、

         『三昧』を、

         『成就』する。

       是れが、

         『大荘厳三昧』である。

  

 

 

云何名能照一切世三昧。住是三昧諸三昧及一切法能照。是名能照一切世三昧。

云何が、能照一切世三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧、及び一切法を能く照らす。是れを能照一切世三昧と名づく。

   何故、

     『能照一切世三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』、

       及び、

       一切の、

         『法』を、

           『照らす!』ことができる。

       是れが、

         『能照一切世三昧』である。

云何名三昧等三昧。住是三昧於諸三昧不得定亂相。是名三昧等三昧。

云何が、三昧等三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧に於いて、定、乱の相を得ず。是れを三昧等三昧と名づく。

   何故、

     『三昧等三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に於いて、

         『定、乱』の、

           『相』を、

           『得る!』ことがない。

       是れが、

         『三昧等三昧』である。

云何名攝一切有諍無諍三昧。住是三昧能使諸三昧不分別有諍無諍。是名攝一切有諍無諍三昧。

云何が、摂一切有諍無諍三昧と名づくる。是の三昧に住して、能く諸三昧をして、有諍、無常を分別せざらしむ。是れを摂一切有諍無諍三昧と名づく。

   何故、

     『摂一切有諍無諍三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』に、

           『有諍、無諍』を、

           『分別させない!』ようにできる。

       是れが、

         『摂一切有諍無諍三昧』である。

云何名不樂一切住處三昧。住是三昧不見諸三昧依處。是名不樂一切住處三昧。

云何が、不楽一切住処三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の依処を見ず。是れを不楽一切住処三昧と名づく。

   何故、

     『不楽一切住処三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『依処』を、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『不楽一切住処三昧』である。

云何名如住定三昧。住是三昧不過諸三昧如相。是名如住定三昧。

云何が、如住定三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の如相を過ぎず。是れを如住定三昧と名づく。

   何故、

     『如住定三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

           『如相』を、

           『過ぎる!』ことはない。

       是れが、

         『如住定三昧』である。

云何名壞身衰三昧。住是三昧不得身相。是名壞身衰三昧。

云何が、壊身衰三昧と名づくる。是の三昧に住して、身相を得ず。是れを壊身衰三昧と名づく。

   何故、

     『壊身衰(身衰を壊る)三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

         『身相』を、

         『得る!』ことはない。

       是れが、

         『壊身衰三昧』である。

云何名壞語如虛空三昧。住是三昧不見諸三昧語業如虛空。是名壞語如虛空三昧。

云何が、壊語如虚空三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸三昧の語業の虚空の如きを見ず。是れを壊語如虚空三昧と名づく。

   何故、

     『壊語如虚空(語の虚空の如きを壊る)三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『三昧』の、

         『語業』を、

           『虚空』のようだ!と、

           『見る!』ことはない。

       是れが、

         『壊語如虚空三昧』である。

云何名離著虛空不染三昧。住是三昧見諸法如虛空無礙亦不染。是名離著虛空不染三昧。須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍

云何が、離著虚空不染三昧と名づくる。是の三昧に住して、諸法の虚空の如くして、無礙なるを見て、亦た染せず。是れを離著虚空不染三昧と名づく。須菩提、是れを、菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づく。

   何故、

     『離著虚空不染三昧』というのか?

     是の、

       『三昧』に住すれば、

       諸の、

         『法』は、

         『虚空』のように、

           『無礙』だ!と、

           『見る!』が、

         亦た、

           『染する!』こともない。

       是れが、

         『離著虚空不染三昧』である。

   須菩提!

   是れが、

     『菩薩摩訶薩』の、

       『摩訶衍』である。

  

 

 

 

 

 

【論】釋曰。上以十八空釋般若波羅蜜。今以百八三昧釋禪波羅蜜。百八三昧佛自說其義是時人利根故皆得信解。今則不然。論者重釋其義令得易解

釈して曰く、上には、十八空を以って、般若波羅蜜を釈し、今は、百八三昧を以って、禅波羅蜜を釈す。百八三昧は、仏自ら、其の義を説きたまえるに、是の時、人は利根なるが故に、皆、信解することを得たり。今は、則ち然らず。論者は、重ねて其の義を釈し、解し易きを得しめん。

 釈す、

   上には、

     『十八空』を以って、

       『般若波羅蜜』を、

       『釈した!』ので、

   今は、

     『百八三昧』を以って、

       『禅波羅蜜』を、

       『釈す!』のである。

     『百八三昧』について、

       『仏』は、

       自ら、

       其の、

         『義』を、

         『説かれた!』が、

     其の時、

       『人』は、

         『利根』であった!が故に、

       皆、

         『信解』した!のである。

     今は、

       そうでない!が、

       『論者』が、

       重ねて、

       其の、

         『義』を、

         『釈す!』ので、

       たやすく、

         『解する!』ようになろう。

首楞嚴三昧者。秦言健相。分別知諸三昧行相多少深淺。如大將知諸兵力多少。

首楞厳三昧とは、秦に健相と言い、諸三昧の行相、多少、深浅を分別して、知ること、大将の、諸兵力の多少を知るが如し。

   『首楞厳三昧』とは、

   秦には、

     『健相』と言い、

     諸の、

       『三昧』の、

       『行相』の、

         『多、少』、

         『深、浅』を、

           『分別』して、

           『知る!』ことであり、

     譬えば、

       『大将』が、

       諸の、

         『兵力』の、

           『多、少』を、

           『知る!』のと同じである。

 

  経曰:「云何名首楞嚴三昧。知諸三昧行處。是名首楞嚴三昧。

復次菩薩得是三昧。諸煩惱魔及魔人無能壞者。譬如轉輪聖王主兵寶將所往至處無不降伏。

復た次ぎに、菩薩は、是の三昧を得るに、諸煩悩の魔、及び魔人に、能く壊る者無し。譬えば、転輪聖王の主兵宝の、将いて往く所は、至る処、降伏せざる無きが如し。

 復た次ぎに、

   『菩薩』は、

   是の、

     『三昧』を得れば、

     諸の、

       『煩悩の魔』、及び、

       『魔の人』に、

     是の、

     『三昧』を、

       『壊(やぶ)る!』ような者は、

       『無い!』のであり、

   譬えば、

   『転輪聖王』の、

     『主兵宝将』の、

     『往く!』所には、

     『至る!』処、

       『降伏』しない!者が、

       『無い!』のと同じである。

寶印三昧者。能印諸三昧。於諸寶中法寶是實寶。今世後世乃至涅槃能為利益。如經中說。佛語比丘。為汝說法。所說法者。所謂法印。法印即是寶印。寶印即是三解脫門。

宝印三昧とは、能く諸三昧を印す。諸宝中に、法宝は、是れ実の宝なり。今世、後世、乃至涅槃まで、能く利益を為す。経中に説くが如し、仏の比丘に語りたまわく、『汝が為に法を説くに、所説の法とは、謂わゆる法印なり。法印とは即ち是れ宝印なり。宝印とは、即ち是れ三解脱門なり。』と。

   『宝印三昧』とは、

   諸の、

     『三昧』を、

     『印(認可印)』する!ものである。

   『宝印』とは、

   諸の、

     『宝』中には、

     『法宝』が、

       『実』の、

       『宝』であり、

     『今世』にも、

     『後世』にも、

       『涅槃』に至る!まで、

       『利益』する!ことができる。

   『経』中には、

     こう説いている、――

     『仏』は、

       『比丘』に、こう語られた、――

       お前の為に、

         『法』を、

         『説こう!』、

       『説く!』所の、

         『法』とは、

         謂わゆる、

           『法印』である。

         『法印』とは、

         是れは、

           『宝印』である。

         『宝印』とは、

         是れは、

           『三解脱門(空、無相、無作解脱門)』である、と。

 

  経曰:「云何名寶印三昧。住是三昧能印諸三昧。是名寶印三昧。

  参考:『仏説法印経』:『爾時佛在舍衛國。與苾芻眾俱。是時佛告苾芻眾言。汝等當知。有聖法印。我今為汝分別演說。汝等應起清淨知見。諦聽諦受。如善作意。記念思惟。時諸苾芻。即白佛言。善哉世尊。願為宣說。我等樂聞。佛言。苾芻。空性無所有。無妄想。無所生。無所滅。離諸知見。何以故。空性無處所。無色相。非有想。本無所生。非知見所及。離諸有著。由離著故。攝一切法。住平等見。是真實見。苾芻當知。空性如是。諸法亦然。是名法印。復次諸苾芻。此法印者。即是三解脫門。是諸佛根本法。為諸佛眼。是即諸佛所歸趣故。是故汝等。諦聽諦受。記念思惟。如實觀察。復次苾芻。若有修行者。當往林間。或居樹下諸寂靜處。如實觀察。色是苦是空是無常。當生厭離。住平等見。如是觀察。受想行識。是苦是空是無常。當生厭離。住平等見。諸苾芻。諸蘊本空。由心所生。心法滅已。諸蘊無作。如是了知。即正解脫。正解脫已。離諸知見。是名空解脫門。復次住三摩地。觀諸色境。皆悉滅盡。離諸有想。如是聲香味觸法。亦皆滅盡離諸有想。如是觀察名為無想解脫門。入是解脫門已。即得知見清淨。由是清淨故。即貪瞋癡皆悉滅盡。彼滅盡已。住平等見。住是見者。即離我見及我所見。即了諸見。無所生起。無所依止。復次離我見已。即無見無聞。無覺無知。何以故。由因緣故。而生諸識。即彼因緣。及所生識。皆悉無常。以無常故。識不可得識蘊既空。無所造作。是名無作解脫門。入是解脫門已。知法究竟。於法無著。證法寂滅。佛告諸苾芻。如是名為聖法印。即是三解脫門。汝諸苾芻。若修學者。即得知見清淨。時諸苾芻。聞是法已。皆大歡喜。頂禮信受

復次有人言。三法印名為寶印三昧。一切法無我。一切作法無常。寂滅涅槃。是三法印一切人天無能如法壞者。入是三昧能三種觀諸法。是名寶印。

復た次ぎに、有る人の言わく、『三法印を名づけて、宝印三昧と為す。一切の法は無我なり。一切の作法は無常なり。寂滅は涅槃なり。是の三法印は、一切の人、天に、能く如法に壊る者無し。是の三昧に入りて、能く、三種に諸法を観ず。是れを宝印と名づく。』と。

 復た次ぎに、

   有る人は、

     こう言っている、――

       『三法印』が、

       『宝印三昧』である!

     即ち、

       一切の、

         『法』は、

         『無我』である!

       一切の、

         『作法』は、

         『無常』である!

       即ち、

         『寂滅』が、

         『涅槃』である!という、

     是の、

       『三法印』は、

       一切の、

         『人、天』には、

         如法に、

           『壊(やぶ)る!』者が、

           『無い!』のである。

       是の、

         『三昧』に入れば、

         諸の、

           『法』を、

             『三種』に、

             『観る!』ことができ、

         是れを、

           『宝印』というのである、と。

復次般若波羅蜜是寶。是相應三昧名印。是名寶印。

復た次ぎに、般若波羅蜜は、是れ宝なり。是れに相応する三昧を、印と名づく。是れを宝印と名づく。

 復た次ぎに、

   『般若波羅蜜』は、

   是れが、

     『宝』であり、

   是れに、

     『相応』する!

     『三昧』を、

       『印』といい、

     是れが、

       『宝印』である。

師子遊戲三昧者。菩薩得是三昧。於一切三昧中出入遲速皆得自在。譬如眾獸戲時若見師子率皆怖懾。師子戲時自在無所畏難。

師子遊戯三昧とは、菩薩は、是の三昧を得るに、一切の三昧中に於いて、出入、遅速、皆、自在を得。譬えば、衆獣は戯るる時、若し師子を見ば、卒かに、皆、怖懾するも、師子は戯るる時、自在にして、畏難する所無きが如し。

   『師子遊戯三昧』とは、

     『菩薩』は、

     是の、

       『三昧』を得れば、

       一切の、

         『三昧』中に於いて、

           『出、入』、

           『遅、速』が、

         皆、

           『自在』となる。

     譬えば、

       『衆獣』は、

         『戯れる!』時に、

         若し、

           『師子』を見れば、

           にわかに、

           皆が、

             『怖懾』するが、

       『師子』は、

         『戯れる!』時にも、

         『自在』であり、

           『畏難』する!所が、

           『無い!』のと同じである。

 

  怖懾(ふしょう):威勢の為におどされて、気がなえること。怖畏。

  畏難(いなん):怖れはばかって憂う。

  経曰:「云何名師子遊戲三昧。住是三昧能遊戲諸三昧中如師子。是名師子遊戲三昧。

復次師子戲時於諸群獸強者則殺伏者則放。菩薩亦如是。得是三昧於諸外道強者破之信者度之。

復た次ぎに、師子は戯るる時、諸の群獣に於いて、強き者は則ち殺し、伏する者は則ち放つ。菩薩も亦た是の如く、是の三昧を得て、諸外道に於いて、強き者は之を破り、信ずる者は之を度す。

 復た次ぎに、

   『師子』が、

     『戯れる!』時、

     諸の、

       『群獣』に於いて、

         『強い!』者は、

           『殺す!』が、

         『伏する!』者は、

           『放す!』ように、

   『菩薩』も亦た、

   是のように、

   是の、

     『三昧』を得た!ならば、

     諸の、

       『外道』に於いて、

         『強い!』者は、

           『破る!』が、

         『信ずる!』者は、

           『度す!』のである。

復次師子遊戲者。如初品中說。菩薩入是三昧中。地為六反震動。令一切十方世界地獄湯冷盲者得視聾者得聽等。

復た次ぎに、師子の遊戯とは、初品中に説けるが如く、菩薩、是の三昧中に入れば、地は為に、六反振動し、一切の十方の世界をして、地獄の湯は冷ならしめ、盲者には視るを得しめ、聾者には聴くを得しむ等なり。

 復た次ぎに、

   『師子遊戯』とは、

     『初品』中に説く!ように、

   『菩薩』が、

   是の、

     『三昧』中に入る!と、

     『地』が、

       『六反』、

       『震動』する!のであり、

     一切の、

     十方の、

       『世界』では、

         『地獄』の、

           『湯』が、

           『冷たく!』なり、

         『盲者』が、

           『見える!』ようになり、

         『聾者』が、

           『聞こえる!』ようになる等である。

妙月三昧者。如月滿清淨無諸翳障能除夜闇。此三昧亦如是。菩薩入是三昧。能除諸法邪見無明闇蔽等。

妙月三昧とは、月満ちて、清浄なれば、諸の翳障無く、能く、夜闇を除くが如し。此の三昧も、亦た是の如く、菩薩、是の三昧に入れば、能く諸法の邪見、無明の闇蔽等を除くが如し。

   『妙月三昧』とは、

     『月』が、

       『満ち』て、

       『清浄』ならば、

     諸の、

       『翳障』が、

         『無くし』て、

       『夜闇』を、

         『除く!』ことができるが、

     此の、

     『三昧』も亦た、

       是のように、

     『菩薩』が、

     是の、

       『三昧』に入る!と、

     諸の、

       『法』に関する!

         『邪見』や、

       『無明』の、

         『闇蔽』等を、

         『除く!』ことができる。

 

  翳障(ようしょう):かげのさわり。

  闇蔽(あんぺい):闇がおおうこと。

  経曰:「云何名妙月三昧。住是三昧能照諸三昧如淨月。是名妙月三昧。

月幢相三昧者。如大軍將幢以寶作月像。見此幢相人皆隨從。菩薩入是三昧中。諸法通達無礙皆悉隨從。

月幢相三昧とは、大軍将の幢に、宝を以って、月像を作し、此の幢相を見る人は、皆、随従するが如し。菩薩、是の三昧中に入るに、諸法に通達し、無礙なれば、皆、悉く、随従するが如し。

   『月幢相三昧』とは、

     『大軍の将』の、

       『幢(将軍旗)』は、

         『宝』を以って、

         『月像』を作す!ので、

       此の、

       『幢』の、

         『相』を、

         『見る!』人が、

       皆、

         『随従』する!ように、

     『菩薩』も、

     是の、

       『三昧』中に入って、

       諸の、

         『法』に、

           『通達』し、

           『無礙』となる!ので、

         皆が、

         悉く、

           『随従』する!のである。

 

  経曰:「云何名月幢相三昧。住是三昧能持諸三昧相。是名月幢相三昧。

出諸法三昧者。菩薩得是三昧。令諸三昧搨キ。譬如時雨林木茂盛。

出諸法三昧とは、菩薩は、是の三昧を得て、諸三昧をして増長せしむ。譬えば、時雨の、林木をして茂盛ならしむるが如し。

   『出諸法三昧』とは、

     『菩薩』は、

     是の、

       『三昧』に入る!と、

     諸の、

       『三昧』を、

       『増長』させる!ことになる。

     譬えば、

     『時雨』が、

       『林木』を、

       『茂盛』させる!のと同じである。

 

  経曰:「云何名出諸法三昧。住是三昧能出生諸三昧。是名出諸法三昧。

觀頂三昧者。入是三昧中能遍見諸三昧。如住山頂悉見眾物。

観頂三昧とは、是の三昧中に入りて、能く遍く、諸三昧を見ること、山頂に住して、悉く、衆物を見るが如し。

   『観頂三昧』とは、

   是の、

     『三昧』中に入れば、

     遍く、

     諸の、

       『三昧』を、

       『見る!』ことができる。

     譬えば、

     『山頂』に住まって、

     悉く、

       『衆物』を、

       『見る!』のと同じである。

 

  経曰:「云何名觀頂三昧。住是三昧能觀諸三昧頂。是名觀頂三昧。

畢法性三昧者。法性無量無二難可執持。入是三昧必能得定相。譬如虛空無能住者。得神足力則能處之。

畢法性三昧とは、法性は、無量、無二にして、執持すべきこと難くとも、是の三昧に入れば、必ず、能く、定相を得。譬えば、虚空は、能く住する者無けれども、神足力を得れば、則ち能く之に処するが如し。

   『畢法性三昧』とは、

     『法性』は、

       『無量』、

       『無二』で、

         『執持』する!のも、

         『難しい!』が、

   是の、

     『三昧』に入れば、

     必ず、

       『定相』を、

       『得る!』ことができる。

   譬えば、

     『虚空』に、

       『住まれる!』者は、

       『無い!』が、

     『神足』の、

     『力』を得れば、

       『虚空』に、

       『処(お)れる!』のと同じである。

 

  経曰:「云何名畢法性三昧。住是三昧決定知法性。是名畢法性三昧。

畢幢相三昧者。入是三昧則於諸三昧最為尊長。譬如軍將得幢表其大相。

畢幢相三昧とは、是の三昧に入れば、則ち諸三昧に於いて、最も尊長と為る。譬えば、軍将は、幢を得て、其の大相を表すが如し。

   『畢幢相三昧』とは、

   是の、

     『三昧』に入れば、

     諸の、

       『三昧』に於いて、

         『最も』、

         『尊長』される!のであり、

     譬えば、

     『軍』の、

       『将』が、

       『幢』を得て、

     其の、

       『大相』を、

       『表す!』のと同じである。

 

  経曰:「云何名畢幢相三昧。住是三昧能持諸三昧幢。是名畢幢相三昧。

金剛三昧者。譬如金剛無物不陷。此三昧亦如是。於諸法無不通達。令諸三昧各得其用。如車磲瑪瑙琉璃唯金剛能穿。

金剛三昧とは、譬えば、金剛は、物の陷(やぶ)らざる無きが如し。此の三昧も、亦た是の如く、諸法に於いて、通達せざる無く、諸三昧をして、各、其の用を得しむること、車渠、馬瑙、琉璃の、唯だ金剛のみ、能く穿つが如し。

   『金剛三昧』とは、

   譬えば、

     『金剛』には、

       『破れない!』物が、

       『無い!』ように、

   此の、

   『三昧』も亦た、

     是のように、

     諸の、

       『法』に於いて、

         『通達』できない!ものが、

         『無い!』のであり、

     諸の、

       『三昧』にも、

       各、

       其の、

         『用(はたらき)』を、

         『得させる!』のである。

     譬えば、

       『車磲』、

       『馬瑙』、

       『琉璃』は、

       唯だ、

         『金剛』でのみ、

         『穿てる!』のと同じである。

 

  経曰:「云何名金剛三昧。住是三昧能破諸三昧。是名金剛三昧。

 

 

入法印三昧者。如人入安隱國有印得入無印不得入。菩薩得是三昧。能入諸法實相中。所謂諸法畢竟空。

入法印三昧とは、人の、安隠の国に入るに、印有れば、入るを得、印無ければ、入るを得ざるが如く、菩薩は、是の三昧を得て、能く諸法の実相中に入る。謂わゆる諸法の畢竟空なり。

   『入法印三昧』とは、

   譬えば、

     『人』が、

       『安隠』の、

       『国』に入る!のに、

         『印』が、

           『有る!』者は、

           『入れる!』が、

         『印』が、

           『無い!』者は、

           『入れない!』のと同じように、

     『菩薩』は、

     是の、

       『三昧』を得れば、

       諸の、

         『法』の、

           『実相』中に、

           『入る!』ことができる。

       謂わゆる、

       諸の、

         『法』は、

           『畢竟』じて、

           『空』なのである。

 

  経曰:「云何名入法印三昧。住是三昧入諸法印。是名入法印三昧。

三昧王安立三昧者。譬如大王安住正殿召諸群臣皆悉從命。菩薩入三昧王。放大光明請召十方無不悉集。又遣化佛遍至十方。安立者。譬如國王安處正殿身心坦然無所畏懼。

三昧王安立三昧とは、譬えば、大王の、正殿に安住して、諸の群臣を召すに、皆悉く、命に従うが如く、菩薩は、三昧王に入りて、大光明を放ち、十方を請召するに、悉く集まらざること無く、又化仏を遣わして、遍く十方に至らしむ。安立とは、譬えば、国王の正殿に安処するに、身心坦然として、畏懼する所の無きが如し。

   『三昧王安立三昧』とは、

   譬えば、

     『大王』が、

       『正殿』に、

       『安住』して、

       諸の、

         『群臣』を、

         『召す!』ならば、

       皆、

         『命』に、

         『従う!』のと同じように、

     『菩薩』も、

       『三昧王』に入って、

       『大光明』を放ち、

       十方の、

         『菩薩』を、

         『請召する!』ならば、

       悉く、

         『集まらない!』ものは、

         『無い!』のである。

       又、

         『化仏』を遣わして、

         遍く、

           『十方』に、

           『至らせる!』のでもある。

   『安立』とは、

   譬えば、

     『国王』が、

       『正殿』に、

         『安処』すれば、

       『身心』が、

       『坦然』となって、

         『畏懼』する!所が、

         『無い!』のと同じである。

 

  坦然(たんねん):平穏なさま。坦坦。

  畏懼(いく):はばかり恐れる。

  経曰:「云何名三昧王安立三昧。住是三昧一切諸三昧中安立住如王。是名三昧王安立三昧。

放光三昧者。常修火一切入故生神通力。隨意放種種色光。隨眾生所樂。若熱若冷若不熱不冷。照諸三昧者。光明有二種。一者色光。二者智慧光。住是三昧中照諸三昧。無有邪見無明等。

放光三昧とは、常に火を修めて一切に入るが故に、神通力を生じて、意に随うて種種の色光を放つに、衆生の楽しむ所に随うて、若しは熱、若しは冷、若しは不熱不冷なり。諸の三昧を照らすとは、光明に二種有り、一には色光、二には智慧光なり。是の三昧中に住すれば、諸の三昧を照らして、邪見、無明等有ること無ければなり。

   『放光三昧』とは、

   常に、

     『火』を修めて、

       『一切』に、

       『入る!』が故に、

     『神通力』を生じて、

     『意』のままに、

     種種の、

       『色光』を、

       『放つ!』のであるが、

     『衆生』の、

     『楽しむ!』所に随って、

       『熱い!』のもあり、

       『冷たい!』のもあり、

       『熱くもなく、冷たくもない!』のもある。

   諸の、

     『三昧』を、

     『照らす!』とは、

       『光明』には、

         『二種』有り、

       一には、

         『色』の、

         『光』、

       二には、

         『智慧』の、

         『光』である。

   是の、

     『三昧』中に住まる!と、

     諸の、

       『三昧』を、

       『照らす!』ので、

     是の中に、

       『邪見』、

       『無明』等が、

         『無くなる!』のである。

 

  火一切入(かいっさいにゅう):火大が一切処に周辺して、間隙あること無しと観る定。十一切入の一。『大智度論巻11()注:十徧処』参照。

  経曰:「云何名放光三昧。住是三昧。能放光照諸三昧。是名放光三昧。

力進三昧者。先於諸法中得信等五種力。然後於諸三昧中得自在力。又雖住三昧而常能神通變化度諸眾生。

力進三昧とは、先には、諸法中に於いて、信等の五種の力を得、然る後に、諸三昧中に於いて、自在の力を得。又、三昧に住すと雖も、常に能く神通変化して、諸の衆生を度す。

   『力進三昧』とは、

     『先』には、、

       諸の、

       『法』中に、

         『信』等の、

         五種の、

           『力』を、

           『得た!』ならば、

     『後』には、

       諸の、

       『三昧』中に、

         『自在』の、

           『力』を、

           『得る!』のである。

     又、

       『三昧』中に、

         『住まり!』ながら、

       常に、

         『神通』を以って、

         『変化』して、

         諸の、

           『衆生』を、

           『度す!』のである。

 

  経曰:「云何名力進三昧。住是三昧於諸三昧能作力勢。是名力進三昧。

高出三昧者。菩薩入是三昧。所有福コ智慧皆悉搨キ。諸三昧性從心而出。

高出三昧とは、菩薩は、是の三昧に入れば、有する所の福徳、智慧は、皆、悉く増長し、諸の三昧の性は、心に従いて出づ。

   『高出三昧』とは、

     『菩薩』は、

     是の、

       『三昧』に入る!と、

       有する!所の、

         『福徳』と、

         『智慧』が、

         皆、

           『増長』する!のであり、

       諸の、

         『三昧』の、

         『性』が、

           『心』に従って、

           『出る!』のである。

 

  経曰:「云何名高出三昧。住是三昧能搨キ諸三昧。是名高出三昧。

  :三昧の性の心に従いて出づとは、三昧の性とは、名字に従いて知る所の三昧の義を指し、心の欲するがままに、種種の三昧の出生するを云う。

必入辯才三昧者。四無礙中辭辯相應三昧。菩薩得是三昧。悉知眾生語言次第。及經書名字等悉能分別無礙。

必入辯才三昧とは、四無礙中の辞、辯相応の三昧なり。菩薩は、是の三昧を得れば、悉く、衆生の語言を知り、次第に経書、名字等に及び、悉く、能く分別して、無礙なり。

   『必入辯才三昧』とは、

     『四無礙』中の、

       『辞無礙』、

       『辯無礙』に、

         『相応』する!

         『三昧』であり、

     『菩薩』は、

     是の、

       『三昧』を得る!と、

       悉く、

         『衆生』の、

         『言語』を、

           『知る!』ことができ、

       次第に、

         『経書』、

         『名字』等に及ぶ!まで、

         悉く、

           『分別』できて、

           『無礙』となる。

 

  経曰:「云何名必入辯才三昧。住是三昧能辯說諸三昧。是名必入辯才三昧。

釋名字三昧者。諸法雖空以名字辯諸法義令人得解。

釈名字三昧とは、諸法は、空なりと雖も、名字を以って諸法の義を辯じ、人をして、解を得しむ。

   『釈名字三昧』とは、

     諸の、

       『法』は、

       『空』である!が、

     『名字』を以って、

     諸の、

       『法』の、

       『義』を、

         『辯ずる!』なら、

       『人』に、

         『理解』させる!ことができる。

 

  経曰:「云何名釋名字三昧。住是三昧。能釋諸三昧名字。是名釋名字三昧。

觀方三昧者。於十方眾生以慈悲憐愍平等心觀。

観方三昧とは、十方の衆生に於いて、慈悲、憐愍、平等の心を以って、観る。

   『観方三昧』とは、

     十方の、

     『衆生』に於いて、

       『慈悲』、

       『憐愍』、

       『平等』の、

         『心』を以って、

         『観る!』ことである。

 

  経曰:「云何名觀方三昧。住是三昧能觀諸三昧方。是名觀方三昧。

復次方者。循道理名為得方。是三昧力故。於諸三昧得其道理。出入自在無礙。

復た次ぎに、方とは、道理に循(したが)うを、名づけて、方を得と為す。是の三昧の力の故に、諸三昧に於いて、其の道理を得、出入自在にして、無礙なり。

 復た次ぎに、

   『方』とは、

     『道理』に、

       『順ずる!』ことを、

     『方』を、

       『得る!』というのである。

   是の、

   『三昧』の、

     『力』の故に、

     諸の、

       『三昧』に於いて、

       其の、

         『道理』を、

         『得る!』ならば、

       其の、

       『三昧』に於いて、

         『出、入』が、

           『自在』となり、

           『無礙』となる!のである。

 

  (じゅん):したがう。遵守。

  (ほう):ただしい。なおい。正。直。のり。法。義。則。みち。道。法則。道理。てだて。方法。術策。

陀羅尼印三昧者。得是三昧者。能得分別諸三昧皆有陀羅尼。

陀羅尼印三昧とは、是の三昧を得る者は、能く、諸の三昧を分別するを得て、皆、陀羅尼有り。

   『陀羅尼印三昧』とは、

   是の、

     『三昧』を得る!者は、

     諸の、

       『三昧』を、

       『分別』する!ことができ、

     皆、

       『陀羅尼』を、

       『有する!』のである。

 

  経曰:「云何名陀羅尼印三昧。住是三昧持諸三昧印。是名陀羅尼印三昧。

無誑三昧者。有三昧生愛恚無明邪見等。是三昧於諸三昧都無迷悶之事。

無誑三昧とは、有る三昧は、愛、恚、無明、邪見等を生ずるも、是の三昧は、諸の三昧に於いて、都て、迷悶の事無し。

   『無誑三昧』とは、

   有る、

     『三昧』は、

       『愛、恚、無明、邪見』等を、

       『生ずる!』が、

   是の、

     『三昧』を得れば、

     諸の、

       『三昧』に於いて、

       都(すべ)ての、

         『迷悶』する!ような、

           『事』が、

           『無くなる!』のである。

 

  経曰:「云何名無誑三昧。住是三昧於諸三昧不欺誑。是名無誑三昧。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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